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<title>カタツムリ、上昇</title>
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<description>大学生の私が頭の中を整理したりアウトプットしたりする場所</description>
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<title>メンヘラ考察</title>
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<![CDATA[ <font size="1"><br>最近言葉による一方的なラベリングが著しいように思う。<br><br>特にネットの世界では、そうだ。<br><br>話の通じない人はアスぺ、ちょっと痛い人は問答無用で中二病。<br><br>本来の言葉の意味とは違うのに、そっちが蔓延るせいで、言葉の意味そのものが変容している。<br><br>メンヘラ、もその一つだ。<br><br>困ったちゃん、構ってちゃん、そういう人たちを差す言葉になって等しい。<br><br><br>本来言葉はラベリングのための道具ではない。<br><br>あいまいで、不明瞭な物をそのまま伝えるために、意味を掬い取るものである。<br><br>まあ、言葉についての話は今度するとして、メンヘラの話をしたい。<br><br>メンヘラとは元がネットスラングで、2chのメンタルヘルス板にいるような人、という意味である。<br><br>その時点である意味侮蔑的なので、安易に使うべきではないだろう。<br><br>それなのにメンヘラと付き合ったら終わる。などと短絡的な使い方をする人を結構見る。<br><br>ニコニコ大辞典にはこう書いてあった。<br><br>癌の方をガンラーと呼ばないように、精神疾患の人をメンヘラと呼ぶべきではない。と。<br><br>私はそこまで言葉狩りをするつもりではない、むしろ、社会の在り方を問いたいのだ。<br><br>一体、メンヘラはそこまで忌避すべきものなのだろうか？<br><br>精神を病むのは、そんなに珍しいことなのだろうか？<br><br><br>私がこんなにこだわるのには理由がある。<br><br>まあ、ここには下らない恋煩いも書いてしまったから躊躇しないが、<br><br>私自身メンタルクリニックに月二回、通っているのだ。<br><br>詳しい病名はドクターの意向で知らされていないが、<br><br>今はパキシルとリフレックスとエビリファイを貰っていることから、おそらく鬱ではないかと思う。<br><br>どうでもいいことだが昔は自傷もしていて、今はその誘惑と戦う毎日だ。<br><br>そんな私だが勿論最初は病院に掛かる事を戸惑っていた。<br><br>私は叔父が精神病院に入院して長かったため、余計偏見があったんだと思う。<br><br>でも実際通ってみて自傷は減ったし、眠れるようになったし、QOLがぐっと持ち上がったのは事実だ。<br><br>(今は薬を辞めたいと思っているけど、なかなか上手くいかない。)<br><br><br>だから何が怖いって、メンヘラへの悪意が蔓延って、医者に掛かる人が減ることだ。<br><br>風邪が長引いたら病院へ行くように、心の不調が長引いたら無理しない方がいい。<br><br>それに心を病んでしまうのは悪い事でも恥ずかしいことでも何でもない。<br><br>状況、家庭環境、そういったもので誰でもなる可能性がある。<br><br>病院や薬を危ないと思う人もいるし、それは個人の価値観だから何とも言えないが、<br><br>まあ、ホントに辛いなら死ぬよりは薬を飲めば良いと思う。<br><br><br>弱者への悪意はどうしようもない、ってことが一番言いたいことです。<br><br>首の短いキリンだって、生きてて然るべきなのが人間なんですから。</font>
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<pubDate>Mon, 14 Apr 2014 10:56:00 +0900</pubDate>
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<title>恋だの、愛だの</title>
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<![CDATA[ <font size="1">下らない。いや、やっぱり嘘です。<br><br>下ります。もう、東京から茨城くらい下ります。(ごめんなさい茨城)<br><br>という事で恋に悩んでいます。<br><br>どうせこんなブログ、皆殆ど知らないだろうから書いちまうけど。<br><br>悩んでるのは告白するかどうかです。うわー。<br><br>どうすべきだと思います？って、知らないですよね。<br><br>自分でどうにかしないと…<br><br><br>私の友達には「恋だの愛だの下らねえ」。と断言しちゃう子もいます。<br><br>まあ、価値観は人それぞれなんで、口を出すのも野暮だけど。<br><br>でもやっぱり遺伝子には逆らえないと思う。<br><br>こんなこと書くと変態みたいでいやだなあ。<br><br>ホントに言いたいことはもっとロマンチック。つまりですね、<br><br>ベターハーフがこの世には居るんじゃないかと。<br><br>この体で生れ落ちて、私達は淋しさを覚える。なぜか。元々は二人で一つだから。<br><br>だからアダムとイブがそうしたように、お互いを求めるんじゃないかなあ。<br><br>それって気持ち悪くもなんともない。恋は、罪悪だけど、素敵です。<br><br>どんなに文明が発達しても、文化的になっても、恋と愛には逆らえない。<br><br>なんて、考えるわけです。<br><br><br><br>ちなみに、話は変わりますけど。<br><br>「三良坂　鯨」というのが私の使ってるペンネームなわけです。<br><br>その語源を聞かれたのでお話ししようと思います。<br><br>星、好きですかね。私は好きです。ホームプラネタリウムを買うくらいに。<br><br>で、ミラっていう星があるんです。それがあるのはくじら座。<br><br>だから「くじら座のミラ」で三良坂鯨(ミラサカクジラ)。なんか私痛々しいな。<br><br>痛々しいついでに、なんでそんな名前にしたのかも。<br><br>ミラは変光星で、その色や輝きの度合いを変える珍しい星なんです。<br><br>だから私もいろんな話を生み出せるように、という願いを込めてみたわけです。<br><br>星に願いを。<br><br>以上で説明お仕舞。ちゃんちゃん。(あー恥ずかしい)</font>
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<link>https://ameblo.jp/satisfaction09/entry-11818998260.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Apr 2014 16:18:22 +0900</pubDate>
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<title>回遊魚の呟き</title>
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<![CDATA[ <br><font size="1">早稲田の中央図書館は、かなり大きい。<br><br>私は今日初めて訪れたのだが、その佇まいに圧倒されて、軽い目眩がしたくらいだ。<br><br>学生証をスライドしてゲートをくぐり、<br><br>本の森の中を、放たれた回遊魚のようにぐるぐる回っていた。<br><br>右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても本、本、本。<br><br>デザインの専門雑誌など、普段書店で見かけないような物まで置いてあるのが嬉しい。<br><br>あれにこれにとパラパラつまみ食いするうちに、はっとすれば夕食の時間が過ぎていた。<br><br><br>私が今日借りたのは、<br><br>「とらわれない言葉―アンディー・ウォーフォル―」、「和的」(わてき)、「11月そして12月」<br><br>の三冊だ。<br><br>最初のアンディーの語録は視覚的でとても面白い本なので、<br><br>現代アートや彼自身に興味が無くても、ちょっとでも「言葉」に興味があればお勧めである。<br><br><br>さて、ちょっと小説について話がしたい。<br><br>私は暗い、重い本が好きだ。<br><br>勿論明るい、楽しい話も嫌いではない。実際、星新一なんかも昔はよく読んだ。<br><br>でも息を止めて潜水していくような、あの感じがやっぱりたまらないのである。<br><br>厄介なしがらみ、騒動、現実では御免だ！って事の中心へ、本を読めば立つことができる。<br><br>しかもいつでも顔を上げれば安全な現実に戻ってこれるのである。<br><br>こんな甘美な苦痛がいったい他にあるだろうか？<br><br>まったく自分でも(悪い読書家だ)と思う。<br><br>ただ時にはまっとうにテクストに分け入るような読書もする、と弁明しておこう。<br><br>「11月そして12月」もそんな私の好きな部類だ。<br><br>父親と姉の二人が不倫しており、主人公は高校大学中退というどんずまりである。<br><br>おまけに姉はハルシオンで自殺未遂を起こす。<br><br>(まあ、元ユーザーに言わせればハルシオンで死のうだなんて本当に馬鹿馬鹿しいけれど。)<br><br>けれど最後にはさわやかなエンドである。こちらもそこそこお勧めだ。<br><br>機会があれば、是非どうぞ。</font>
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<pubDate>Tue, 08 Apr 2014 21:29:46 +0900</pubDate>
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<title>カルガモコーヒー(松戸)</title>
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<![CDATA[ <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140406/12/satisfaction09/69/50/j/o0167016712899809267.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140406/12/satisfaction09/69/50/j/t01670167_0167016712899809267.jpg" alt="" width="167" height="167" border="0"></a><br><br><font size="1"><br>小さな図書館と大きな川の近く。カルガモコーヒーはいつでも暖かく迎えてくれる。<br><br><br>椅子、机、その配置…それから並べられた本、絵本。<br><br>たしか私の大好きな太宰の「女生徒」も並べられていたはずだ。<br><br>お洒落な喫茶店にわざわざ太宰を置いてしまう所が、しびれる。<br><br>「カフェってこんな感じだよな」なんて安直さは無く、拘りを全てに感じる。<br><br>それでいて押しつけがましくない、素敵な感じだ。<br><br><br>その拘りは珈琲にも勿論発揮されている。<br><br>豆の量り売りもしているから、上手く淹れる自信がある人は買ってみるといいかもしれない。<br><br>確か私は越南珈琲を頼んだと思う。<br><br>まろやかな練乳の甘み、その中にある豆の酸味、苦み。<br><br>その絶妙なブレンドは、ちょうど目の前の本棚のようだ。<br><br>ちょっと見つけにくいところにあるカルガモコーヒー、一度探してみてください。</font>
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<link>https://ameblo.jp/satisfaction09/entry-11815112065.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Apr 2014 12:43:31 +0900</pubDate>
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<title>利他と利己</title>
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<![CDATA[ <font size="1"><br>どっちが偉いんだろう。だなんて、決まりきったこと。<br><br><br>叔父が倒れました。<br><br>私は割と叔父が好きだ。何でって、可愛がられているから。あと、尊敬しているから。<br><br>叔父は喫茶店が大好き。<br><br>喫茶店に一日十件もまわったり、マッチを集めた人として雑誌(MONOだったかな？)に載ったり。<br><br>猫のような性格、気まぐれで気まま。ラーメン食べに札幌まで行ったり。<br><br>私は少し叔父に似ているところがあるので、余計可愛がられたのかもしれない、なあ。<br><br><br>そんな叔父が3.11以降一貫して続けてきたのは、現地でのボランティア。<br><br>私は3.11に結局向き合えなかった。<br><br>遠くの事、に、しておきたかった。<br><br>精神的に不安定になって、エア被災して、そんな自分も嫌で。何もできなかった。<br><br>私が信じている言葉の力さえ、使うことが出来なかった。<br><br>それなのに叔父は自分の体も顧みないで、ずっと戦ってきたわけだ。<br><br>やっぱり尊敬する。私のような軟弱者にはとても真似できない。<br><br><br>明日はお見舞いに行こうと思います。<br><br>お疲れ様、と、お花を持って。</font>
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<pubDate>Sat, 05 Apr 2014 21:17:43 +0900</pubDate>
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<title>ルリユールおじさん/大きな木のような人</title>
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<![CDATA[ <font size="1.5"><br>大学合格祝いに、代母さんから三冊の絵本が届いた。<br><br>（代母さんっていうのはキリスト教用語で、<br><br>堅信を受ける時にお母さんの役割を果たす人の事だ。）<br><br>私の代母さんは80歳近いのだがまだまだお元気で、<br><br>旅行鞄と共に世界中を飛び回っている。<br><br>そんな方から送られたプレゼント。なんでもご自身が好きな絵本だそうだ。<br><br>「大学祝いに絵本？とも思いましたが、やっぱりこれにしました」<br><br>そんな手紙を読んで、ああ、こういう大人になりたいものだと強く思った。<br><br><br>今回挙げた二冊は、そういう経緯で私のもとへ届けられた。<br><br>二冊ともいせひでこさんが書かれたもので、続き物になっている。<br><br>「ルリユールおじさん」は実在するモデルがいるそうで、<br><br>製本職人の仕事姿を通して本の普遍性について描かれているものだ。<br><br>全く世の中には大人向けの絵本もあるものだなと感心した。<br><br>もっとも元々絵本というものは、きっと大人が読んでも面白いんだろうけど。<br><br><br>私はこれを読んで本…だけでなく、テクストの普遍性について思いを馳せた。<br><br>書く、という事。文字を並べる、言葉を紡ぐ。<br><br>人間が人間であることの、終わらない証明。<br><br>だからこそ、平安時代の恋模様に時を超えた共感が生まれる。<br><br>知らない誰かの死に涙を流す。<br><br>そんなことを考えて、はっと気が付いた。<br><br>代母さんは、私が文章にまつわる仕事に就きたい事を知っている！<br><br>なんという素敵なプレゼントだろう。<br><br>これは、一生抱えて生きていこう。私はそう思った。<br><br><br><br><br>話は変わるが、私は今日井之頭公園に友人と遊びに行った。<br><br>その時スワンボートに乗ったのだが、コントロールが悪くて桜の枝に激突してしまった。<br><br>あ、折れる。そう思った。<br><br>しかし、である。桜の細い枝は、なんとボートを押し返してしなった。<br><br>繊細で華奢に見える枝が、大人の女二人が乗ったボートと拮抗するのである。<br><br>私はいたく感動した。桜の力強さを体感できた、と思う。<br><br>そんな些細な話でした。 </font>
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<pubDate>Thu, 03 Apr 2014 23:28:49 +0900</pubDate>
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<title>自由の不自由</title>
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<![CDATA[ <font size="1"><br>大学の入学式で言われた言葉。衝撃的に頭を揺さぶった言葉。<br><br>「勝手におやりなさい、<br><br>この言葉が命令のように聞こえる事を恐れながらも、<br><br>この言葉を送ります」<br><br>大学に行けば何かが与えられると思っていた。自分の方向を漠然と指し示すような何かが。<br><br>なのに送られたのは上記のような言葉。<br><br>私は自分を恥じた。全く馬鹿だ。だってこれは命令ですらないのだ。<br><br>「勝手にやるかどうか」も含めて勝手なのだから。<br><br><br>私はやりたいことが無いわけじゃない。むしろ沢山あって困るくらいだ。<br><br>でもそのバラバラの「こと」がどう繋がるのか、<br><br>繋がった「こと」たちが私をどう変えるのか、<br><br>全く見当がつかない。<br><br>文化を概して見る授業、子供の発達心理学、文芸サークルの読書会…<br><br>文化を構想する、なんてたいした目標を掲げた学部にいるものの、<br><br>自分のアイデンティティーさえ見失いそうになる。<br><br>自由の持つ圧倒的な不自由さに今は立ちすくむばかりだ。<br><br><br>でも同時に勇気づける言葉も渡された。<br><br>それは漱石の講演の一部を引用したもので、<br><br>大学の中で「霧の中にいるような」気分であると、<br><br>「袋の中に閉じ込められたような」心持であると言っていた。<br><br>ああ、悩んでいてもいいんだ。そんな風に思えた。<br><br>私はこの四年間、悩むことから逃げずにいたい。<br><br>悩みの中にいることは、陰鬱で、窮屈で、どんずまりのように思える。<br><br>でもその中でしか見えない光もきっとあるのだ。<br><br>そして初めて「何か」を構想し、私は「何者か」になる事が出来る。<br><br><br>だから、悩もう。沢山よもう。<br><br>最後に、やっぱり、沢山書こう。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/satisfaction09/entry-11811845681.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Apr 2014 21:29:46 +0900</pubDate>
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<title>チャノマ(上野)</title>
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<![CDATA[ <br><br>　　　　　　　　　<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140331/18/satisfaction09/c7/c5/j/o0800060012893197854.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140331/18/satisfaction09/c7/c5/j/t02200165_0800060012893197854.jpg" alt="" width="220" height="165" border="0"></a> <br><br><br><br><font size="1.5"><br>気の置けない友人の家でまったりすることほど落ち着く事はない。<br><br>特にそれがベットの上なら、話も弾む。<br><br>ガールズトークに花が咲いて、うっかり恋の話なんかも口をつくかもしれない。<br><br>そんなシチュエーションを形にしたのがここ「チャノマ」だ。<br><br><br>チャノマにはベット席と普通の椅子席が用意されている。<br><br>親しい友達と、あるいはもっと親しくなりたい誰かと訪れたのなら、<br><br>迷わずベット席にするべきだろう。<br><br>靴を脱いで、足を伸ばして、隣に座れば、ぐっと心的距離が近くなる。<br><br><br>ベット席にはテーブルはない。代わりに用意されるのは大きなお盆である。<br><br>その上に紅茶や季節をつめこんだようなデザートを並べる。<br><br>すこし品性にかけるって？<br><br>それくらいじゃなきゃ、内緒話はできないでしょう。<br><br><br>今の時期だと苺をふんだんに使ったケーキがお勧めだ。<br><br>飲み物は何でもおいしいが、あえてチャイラテなんかを飲むと面白いかもしれない。<br><br>甘ーいシフォンケーキと合わせれば、スパイスが効いてくる。<br><br>ちょうど、甘い話と辛口コメントの親友とのお喋りみたいに。</font>　　<br>
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<link>https://ameblo.jp/satisfaction09/entry-11809712143.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Mar 2014 17:57:18 +0900</pubDate>
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<title>ギャラン(上野)</title>
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<![CDATA[ <br><br><br><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140330/17/satisfaction09/25/be/j/o0512064012892057613.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140330/17/satisfaction09/25/be/j/t02200275_0512064012892057613.jpg" width="220" height="275"></a> </p><br><br><br><br><br><p><font size="1.5">きらびやかな入口、クラシックな店内。そしてレトロな書体。</font></p><font size="1.5"><br><p>昭和の「古き良き喫茶店」をギャランは思い出させてくれる。</p><br><p>その佇まいは純喫茶、という呼び名が相応しい。</p><p><br></p><p>味のしっかりする珈琲に砂糖を溶かして飲むのもいいが、</p><br><p>やはりこうした喫茶店では「あれ」が飲みたくなる。</p><br><p>そう、緑の憎めないやつ。メロンソーダである。</p><br><p>それにケーキもつければ、どことなく、高度経済成長期の幸福を頬張っているような、</p><br><p>そんな不思議なタイムスリップを味わうことができる。</p><br><br><p>寒い日は紅茶を飲むのもいいだろう。</p><br><p>ポットに二杯目がある幸福は、紅茶でしか感じられない。</p><br><p>なにも珈琲だけが喫茶店巡りの楽しみではないのだ。</p><br><p>もっとも珈琲の飲み比べも、その店の雰囲気を知ることができる、楽しい試みだけれど。</p><br><br><br></font><p><font size="1.5">（写真は食べログからお借りしました。カメラを持ち歩くべきですね…）</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/satisfaction09/entry-11808779765.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Mar 2014 17:54:35 +0900</pubDate>
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<title>穂高(御茶ノ水)</title>
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<![CDATA[ <p><font size="1.5">ふかふかの緑の椅子、どこか古びたテーブル。</font></p><font size="1.5"><br><p>御茶ノ水駅のすぐそば、穂高はひっそりとお客を待っている。</p><br><br><p>運ばれてくる珈琲は香りが豊かで味は苦すぎず、酸味も少ない。</p><br><p>かといってマイルドすぎもしない、絶妙な味だ。</p><br><br><p>しかし穂高の魅力は珈琲の味だけでない。</p><br><p>店の趣、微睡めば電車の音が微かに聞こえ、</p><br><p>まるで昔の列車の中でぼんやりしているような気分になる。</p><br><p>がたん、ごとん、と揺られて、どこへ行こうか。</p><br><p>そんな風に思いをはせながら少し目をつぶってみる。</p><br><p>すると柔らかい幸せの中に自分が居ることに気づくだろう。</p><br><br></font><p><font size="1.5">ノスタルジックな夢に浸れる穂高、是非訪れてみてください。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/satisfaction09/entry-11808023052.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Mar 2014 20:10:41 +0900</pubDate>
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