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<title>日々の暮らしを大切に</title>
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<description>我が家の大黒柱がいきなり腎臓がんに。いつまでも忘れないための記録として。</description>
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<title>せん妄</title>
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<![CDATA[ <p>薬の量をどんどん増やしていく。</p><p><br></p><p>私が見ている間、痛みがない時はうとうと寝ていることもあった。</p><p><br></p><p>はっと目を覚まして</p><p><br></p><p>『〇〇（私の名前）、餃子の注文入ったな！やっぱり野菜が人気やなぁ』</p><p><br></p><p>と私に言う。</p><p><br></p><p>最初はせん妄がどんな状態だったのか分からなかったので一瞬間ができてしまったけど</p><p><br></p><p>『そうやね』</p><p><br></p><p>と答えた。</p><p><br></p><p>『〇〇（会社の上司）のお嬢様パーティ、〇〇（私の名前）も行かないとあかん。嫌やなぁ』</p><p><br></p><p>私『パーティ？？それは嫌かなぁ』</p><p><br></p><p><br></p><p>辛かった日々で、少しふっと笑うことができる思い出。</p><p><br></p><p>時には私が病室に入った瞬間</p><p><br></p><p>『遅い！靴は？早く行かないと。裁判所に傍聴しに行かないと』</p><p><br></p><p>と身体中に管がついてることも忘れててすたすた歩いていく。</p><p><br></p><p>子供たちがいる時に分からないことを言い始めたらどうしようと心配したけど</p><p><br></p><p>不思議なもんでそれはなかった。</p><p><br></p><p>子供たちがいるとパパとして話しかけていた。</p><p><br></p><p>すごいね。</p><p><br></p><p>病室に入って顔を見たら私は『ただいま！』と彼に言う。</p><p><br></p><p>『おかえりー』と嬉しそうに答える彼。</p><p><br></p><p>せん妄も時々ある中でもやっぱり辛い痛みは続いていた。</p><p><br></p><p>病院に子供たちと向かう途中で彼からLINEがきた。</p><p><br></p><p>『何時にくる？』</p><p><br></p><p>私『もうすぐ着くよ』</p><p><br></p><p>『鎮静剤にサインをして』</p><p><br></p><p>このメッセージが彼からきた最後のLINEになった。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12854959954.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Jun 2024 15:31:23 +0900</pubDate>
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<title>少しずつ</title>
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<![CDATA[ <p>日に日に痛みが悪化していく。</p><p><br></p><p>緩和ケアの先生が色々と薬を試してくれるがなかなか難しい場所に腫瘍があるらしく痛みをとることに苦戦している様子だった。</p><p><br></p><p>子供たちをつれて行く日もタイミングが大切だった。嘔吐をしている姿は本当に見ているのが辛くて、、</p><p><br></p><p>痛みがひどいと彼も子供たちに気をつかうことがしんどいと言う。</p><p><br></p><p>でも一体彼がいつまでこうして自分の意思で言葉で話ができるのか分からなくて、子供たちともきちんと話をできてなかったから私は、妻として母親としてどうすればいいのだろうとずっと考えていた。</p><p><br></p><p>そんな中、少しだけ体調が良さそうなときに子供たちを連れていった。</p><p><br></p><p>その日の彼の言葉は家族の心の中にしまっておきたいのでここでは書きませんが、彼は自分の思いを伝えていました。</p><p><br></p><p>どれだけ子供たちのことを思っているのか、愛しているのか、それはこの先会えなくなってもずっと変わらないことだということを、時折襲ってくる痛みを我慢しながら、いつもの優しい口調で伝えていた。</p><p><br></p><p>特にパパっ子だった娘は頑張って笑顔で返していたけど気持ちはぐちゃぐちゃで</p><p>家に帰ってから愛犬の横でえんえん泣いていた。</p><p><br></p><p>息子はいつも顔にはださない子なので、取り乱した様子もなかったけどそれが逆に心配だった。</p>
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<pubDate>Wed, 05 Jun 2024 15:05:56 +0900</pubDate>
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<title>悪化の日々</title>
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<![CDATA[ <p>この入院から彼の状態は悪化していった。</p><p>熱は下がったが痛みと嘔吐はひどくなる一方だった。</p><p><br></p><p>私は顔をみないと安心できなかったので毎日病院に通った。</p><p><br></p><p>薬で痛みをコントロールできているわずかな時間に話しをすることができた。</p><p><br></p><p>『毎日私の顔しか見れてないね。他に来てほしい人いる？会いたい人いない？』</p><p><br></p><p>彼　『いない。〇〇が来てくれたらいい』</p><p><br></p><p>そうか、、でも日に日に痩せていくし、あなたを心配してる人がたくさんいるよ。内心思いながらも、もし自分でも彼と同じように、痩せていく姿を誰にも見せたくないと思っただろう。</p><p><br></p><p>この頃からもしかしたら、もう彼は治らない、</p><p>家には帰れない、奇跡はおこらない、、</p><p>そんなふうに思い始めていた。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12854955551.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Jun 2024 14:47:38 +0900</pubDate>
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<title>発熱</title>
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<![CDATA[ <p>発熱が続く中、これはスーテントの副作用なのか腫瘍熱？全身状態がよくないのか私たちには分からなかった。</p><p><br></p><p>熱があったのでいつもと違う病棟に入院した。荷物を持って行くと、ちょっときつそうな看護師さんが『感染症か今検査中です。落ち着いたら泌尿器科か緩和ケア病棟へ移動されますよね？』と聞いてきた。</p><p><br></p><p>私はその時は熱が引いたら泌尿器科に戻りまた違う薬で治療をすると思っていたので頭が？？？だった。</p><p><br></p><p>緩和ケア病棟にうつる？</p><p><br></p><p>既に緩和ケア科の先生には痛みをとるために色々とお世話になってたけど緩和ケア病棟への移動を申し込むというのは</p><p><br></p><p>もう治療はしないということで、私たちはそんなふうには考えていなかったから</p><p><br></p><p>病院側ではそんな話になっているのかと思うと悲しくて頭が真っ白になってしまった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12854954491.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Jun 2024 14:36:42 +0900</pubDate>
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<title>退院</title>
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<![CDATA[ <p>スーテントの効果はわずかなものだったが、少し痛みや嘔吐が回復傾向にあったので退院することになった。</p><p><br></p><p>子供たちには深刻な状態であることはやんわりは伝えていたが、普通に話したり、自分でお風呂に入ったりはできてたので心配はしていたが、大丈夫、また治して元気になるだろうと思っていた。</p><p><br></p><p>しかし退院してから発熱が続き食事もとれなくなったので再び入院することになった。</p><p><br></p><p>この入院から自宅に帰ることは二度となかった。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12854953473.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Jun 2024 14:26:53 +0900</pubDate>
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<title>新しい薬</title>
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<![CDATA[ <p>２回目の入院中にオプジーボからスーテントに変更することに。</p><p><br></p><p>確かスーテントは大きなカプセルで吐き気や嘔吐がある彼には飲みにくい様子だった。</p><p><br></p><p>でももう残された薬はこれくらいだという主治医。</p><p><br></p><p>食べる時間を調整して服用した薬を吐いてしまわないように工夫していた彼。</p><p><br></p><p>まだまだ私たちは希望をもっていた。</p><p><br></p><p>スーテントは副作用がきついというのをいろんな方のブログに書いてあり不安だったけど</p><p>もう可能性のある薬は試してみたいと彼も強い意志を持っていた。</p><p><br></p><p>１週間たち心配したような大きな副作用はなく</p><p>、なによりも痛みが少し緩和されていると彼が喜んでいた。</p><p><br></p><p>嘔吐の回数も少し減り、痛みも少し緩和され</p><p>これはもしかしてスーテントがきいてる？と</p><p>私たちは久しぶりに嬉しい気持ちになった。</p><p><br></p><p>この頃、私は子供たちにはこれまでずっと彼の詳しい病名は伝えてなかったので言うべきか悩んでいた。</p><p><br></p><p>腎臓が悪いというのは伝えていた。</p><p><br></p><p>もう言わないといけない時なんじゃないかと看護師のKさんにも言われた。</p><p><br></p><p>Kさんは子供たちが不安にならないように私もお子さんたちと会って話がしたいなと言ってくれた。</p><p><br></p><p>中学生の子供たちは多感な年頃でもちろん反抗的なかわいくない年頃でもあり（特に娘）、</p><p>自分のことで頭いっぱい、お手伝いもあまりできないし、まぁそんな風に育ててきた私たちに責任があるけど、、</p><p><br></p><p><br></p><p>そんな子供たちに</p><p>パパの現状を伝えることにした。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12843161169.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Mar 2024 08:37:13 +0900</pubDate>
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<title>入院中</title>
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<![CDATA[ <p>3ヶ月の間に3回入退院を繰り返した。</p><p>自宅から病院まで車で40分ほどかかる。</p><p><br></p><p>この往復を私はいつも時間に追われながら運転していた。</p><p><br></p><p>痛みにたえる彼を救急で診てもらう時、</p><p><br></p><p>吐きそうな彼をなんとか自宅まで我慢できるかはらはらした時</p><p><br></p><p>どうしてもすぐに仕事に戻らないといけないので1日に2往復したり</p><p><br></p><p>彼から病院に持ってきてほしいもののリクエストが色々あって早く届けたくて仕事の合間に</p><p>抜け出したり、仕事の後面会時間に間に合うようにすっとばしたり</p><p><br></p><p>ほとんど毎日行ったり来たりで</p><p><br></p><p>今思うとよく事故等おこさなかったな、自分。</p><p>って思う。</p><p><br></p><p>最後の1ヶ月は心身ともにふらふらになり運転ができなくなってしまい姉や弟がかわりに運転をしてくれた。有り難かった。</p><p><br></p><p>彼はどんどん痩せていったから私以外の人にはあまり来てほしくなさそうだった。</p><p><br></p><p><br></p><p>何ヶ所か病棟も変わっていろんな看護師の方にお世話になったけど、正直なところ</p><p>きつい看護師の方がたくさんいた。</p><p><br></p><p>彼もよく言っていた。</p><p><br></p><p>大変な仕事なのはよく分かるけどそんな言い方する？っていうことが度々あった。</p><p><br></p><p>彼の余命僅かなとき</p><p>彼の状態が伝わってなくて家族は制限なしに面会できたはずなのに、遠方からお見舞いにきた義理姉を看護師はコロナによる面会制限のため再入室できないと追い返したり、ほうれんそうがほんとにできてない病院だなぁと残念に思ったことが何度もあった。</p><p><br></p><p><br></p><p>彼はしんどいうえにきつい看護師さんばかりでかわいそうだった。</p><p>（少ないけど良い看護師の方もいたみたいですが）</p><p><br></p><p>だから緩和ケア病棟の担当の看護師さんは際立って素晴らしくて彼も私もほんとに最後までお世話になった。子供たちもです。</p><p><br></p><p><br></p><p>彼が痛みで辛いとき一緒に泣いてくれたみたい。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12843139002.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Mar 2024 00:31:09 +0900</pubDate>
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<title>入院②</title>
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<![CDATA[ <p>再入院ではきつくなる痛みに対してこれまでより強めの痛み止めをお願いして、オプジーボ から</p><p>分子標的薬に変更することになった。</p><p><br></p><p>主治医は一発逆転はオプジーボ なんだけどなあと言う。</p><p><br></p><p>痛みには医療系麻薬をつかい少しでも痛みを緩和しようと緩和ケア科の先生がこまめに彼の病室を訪ねてくれた。</p><p><br></p><p><br></p><p>この頃正直に言うと私たちは主治医にはあまり良い感情を持っていなかったけど緩和ケアの先生、看護師の方が素晴らしい方々で彼も安心していた。</p><p><br></p><p><br></p><p>あの手この手で痛みをとる方法を考えてくださり、また彼の不安な気持ちを穏やかに優しく聞いてくれて、、</p><p><br></p><p>特に私は担当の看護師の方には本当にお世話になりました。彼のいないところで看護師のKさんに言われました。</p><p><br></p><p>私の身体は大丈夫？他にお見舞いに来れる人がいないため仕事、家事に病院といつも時間に追われながら精一杯な自分の身体を心配してくださり</p><p>思わず涙がぽろぽろでてしまった。</p><p><br></p><p>Kさんは子供たちにはまだ現状を伝えれてないことを気にしてて、でも私はまだ彼の余命などを主治医からも何の話もされてないしまだまだ分からない、新しい分子標的薬が効くかもしれないし、、と思ってたからもっと悪くなってしまったら子供たちに話そうと思ってることを伝えたら</p><p><br></p><p>Kさんは『ん、、新しい薬が効いてくれたらそれが1番いいこと。でももし効かなければ、、今はまだ会話もできてるけど、、お子さんたちに話す時にはちゃんと会話ができるか分からない』と言われた。</p><p><br></p><p>この会話ができる今は重要なんだと。</p><p><br></p><p>この時の私にはKさんの言ってることはよく分からなかった。</p><p><br></p><p>でも私はその意味をそう先ではないあの日に分かることになる。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12842472594.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Feb 2024 00:43:17 +0900</pubDate>
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<title>退院</title>
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<![CDATA[ <p>少し食べれるようになったとはいえ食べては少し吐くなど、嘔吐の症状はなくならなかった。</p><p><br></p><p>彼の嘔吐する姿は大人の私がみていても辛いもので、早くすっきりしたくて自ら喉に指をいれ激しい嗚咽が聞こえてくるので</p><p><br></p><p>子供たちも不安そうな顔をしていた。</p><p><br></p><p>退院してからも彼は腰痛、腹痛が少しずつ増していくことに不安そうだった。</p><p><br></p><p>これは絶対薬の効果はでてないと言う彼。</p><p><br></p><p>確かにステント留置で少し食べれるようにはなったけど嘔吐もあるしなによりも腹痛や腰痛がひどくなってる様子だった。</p><p><br></p><p>あまりに痛そうだったのでお腹に手をあててみた。さするように手を動かすと彼の不安そうな表情が少しだけ和らいだ気がしたけどまたすぐ辛そうな表情になった。</p><p><br></p><p>結局痛みが増していく中、自宅では不安だったので退院から3日後再入院になった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12842342945.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Feb 2024 00:38:52 +0900</pubDate>
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<title>回復</title>
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<![CDATA[ <p>ステントを 留置してもらう当日、私は仕事を途中で抜け出して病院に行く予定だったけど</p><p><br></p><p>彼から今日は薬の影響で一日中寝てると思うから来なくて大丈夫とLINEが入る。</p><p><br></p><p>主治医からは本当にいつもなんの連絡もなかった。</p><p><br></p><p>彼はいつも自分で治療や病院を決めてきた。</p><p><br></p><p>私が頼りなかったせいもあるかもしれないけど。</p><p><br></p><p>当日、終了予定の時間を過ぎても彼からも病院からもなんの連絡もない。</p><p><br></p><p>仕事どころではなくて携帯ばかりに目がいく。</p><p><br></p><p>やっと病院から連絡があり無事に終わりましたと。</p><p><br></p><p><br></p><p>その2時間後くらいに彼にいれたLINEが既読になり返事がくる。</p><p><br></p><p><br></p><p>ステント 留置した部分がすごく痛いと。</p><p><br></p><p><br></p><p>でもそれから数日後少しずつ食べれるようになり</p><p>なんとか退院の目処がついた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/satoon-m/entry-12842243855.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Feb 2024 09:49:45 +0900</pubDate>
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