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<title>あすなろ日記</title>
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<title>22年目の告白 私が殺人犯です</title>
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<![CDATA[ 藤原竜也の存在感ある演技が好きで、早速映画を見に行きました。大筋は読めてしまうのだけど、引き込まれました。<br>一番最良の結末なんだけどモヤモヤ。それはやはり亡くなった人はかえらないから。殺人は絶対にだめ、当たり前だけど強く思いました。<br>真の犯人は、友人を目の前で殺された経験から、身勝手な共感を求めて、他の人にも自分と同じ体験をさせるために犯行を繰り返す。<br>母を殺された男の子は、世の中を憎み、絶望してアウトローな人生を送る。<br>父を殺された女の子、妻を殺された医師、愛人を殺されたやくざは、それぞれ心に傷を負い、表面上は折り合いを保っているように見えるが悲しみを押し込めている。<br>婚約者を殺された男性、妹を殺された刑事は復讐に人生を費やす。<br>大切な人を殺された人は、皆、その死を消化できない。心の整理なんて、殺人に関係する人たちは一生つくことが無いのだろうなと思った。<br><br>映画を見て、いくつか難しい選択肢に心がとらわれた。<br>大切な人を殺されたとき、誰が犯人か分かるのと分からないのはどちらがまだ救いなのだろう。<br>犯人を法で裁き償わせるのと、復讐で殺すのはどちらが遺族にとって救いなのだろう。<br>時効はあった方が良いのか、廃止されて良かったのか。<br>刑法39条の是非は。<br><br>考えさせられる映画だった。<br>
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<pubDate>Mon, 12 Jun 2017 19:52:54 +0900</pubDate>
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