<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>seetimulra1986のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/seetimulra1986/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/seetimulra1986/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>タクシーに乗るぞー！</title>
<description>
<![CDATA[ 今や規制緩和だ格差社会だと何ともややこしい世の中になったものだ。先日、大阪のタクシードライバーさんの特集を見たが、年収はガタ減り、病人を抱えてご自分までもが心身ともに疲労困憊状態。景気が上向きつつあると識者はいうのだが、まだまだ我々庶民にはほど遠いことでなかなか実感として捉えられない。亭主が自営業を廃業して「タクシーに乗ろうと思う」と言った頃はまだまだよかった頃だったかもしれない。「なんとかなる」という見通しがあった。手持ちのものを切り崩しながら、しばらくは職探しをしていた。一緒に買い物に出かけた時「こうやって気楽に運転しながら給料もらえるといいんじゃがのー」とつぶやいた。まさか、サンダル履きにＴシャツで好きな所へ行って、給料は貰えんよなあ。タクシーに乗ることを決心した亭主は、何年かぶりに履歴書なるものを書いた。亭主の字は普段は特別にどうと言うことは無いのだが、ものによっては製図に書き込むような字を書くことがある。この時の履歴書も製図のような字で書いていた。亭主はこの履歴書を持って、とあるタクシー会社に面接に行った。行って面接してもらえる日を聞いて改めて出直すくらいのつもりでいたので、私も一緒に出かけて、亭主が戻ってくるのを車の中で待っていた。亭主は古びた三階建ての非常階段のような階段を上って行った。偏見に満ちた私の頭の中は、このような会社に勤めるのかという思いが強くて、タクシー以外に勤め口をさがして欲しくもあったが、我が身が膨らんできているのだから亭主にどうこう言えるものでもなく、ただただ成り行きを見ているほか無かった。履歴書を持っていくだけの時間にしては長かった。亭主は三階の部屋からなかなか戻ってこなかった。やっとのことで亭主が降りてくるカンカンという靴音が聴こえた時は、心細く留守番をしている所へ、母親が帰ってきた時のような安堵感があった。運転席へ乗り込んだ亭主は「明日から自動車学校へ行く」という。事態がのみ込めないまま、車は走り出した。ーーーー部屋に入ったら、部長だという人がいて履歴書を見ながら話をしたんだ。「こりゃあ、自分で書いたのかって聞かれたよ。」・・・・活版印刷でもしたのかっていうような字だモンね、言われるよ。「部長さんが面接をしたんだけど、こんな人がタクシー会社の人なんだと思ったね」・・・・それで、面接は？「いやー、何とも簡単だったよ。」二種免許は持ってるか？　　　　持ってません。給料はいくら欲しい？　　　　　二十万以上は欲しいです。しんどいでーー　　　　　　　　えっ、タクシーはしんどいですか？　手を上げたお客さんを乗せるだけじゃあないんですか。いや、免許を取るのがしんどいぞー、やってみるか？　　　はい、やります！！よし、チョッと待って。どこかへ電話をして予約らしきことを依頼されている。よっしゃあ！明日から自動車学校へ行ってこい、合格したら電話だ！さっきの電話は自動車学校への電話だったのだ。これで亭主は完全にタクシーの世界に入ったのだ、後戻りはしないのだと私は自分につぶやいた。亭主は吹っ切れたように行動した。自動車学校へ入学。先ずは学科の講義である。亭主が言うには、学生の時よりは真面目に、というより必死で講義を受け試験勉強をしたのだそうだ。講義の翌日の学科試験は難なく合格！翌日から実地の練習が始まった。試験官は「貴方は上手だ、あした試験を受けんさい」確かに亭主は自負するくらい運転は上手いと思うが・・・・亭主は二種の試験は一発合格する人間はいないらしいぞ、と言いつつあわよくば自分は一発合格して帰るぞ！と思っているに違いない。私はマンションのベランダに出たり入ったりしながら、亭主が帰る道を眺めつつその車を探したがなかなか帰ってこない。時間がかかっているということは、合格？でもそんなに簡単にとれるものでないと言ってたし・・・ああ、やっと帰ってきた。どうだった、と聞くのも聞けず。しかし亭主はあっさり「おちた」九割がた試験が終わった所で試験官がブレーキ！！何故？「どっちが優先だ？」こっちが左、相手が右から･･･だから『左方優先！』ところが「こちらの道幅が１メートル狭い」コースを覚えるときにはわかっていたのに結果が全て。遅かりし・・・試験官はふつうに「帰ろうか」と告げた。まあ、不合格ということで・・翌日は練習、翌々日亭主は二度目の試験に挑戦。この日は亭主は落ちる気はしなかったのだろう。おそらく一時間半くらいで終わるぞ、と言うので一緒に出かけていった。私は自家用車の中で、持ち込んだ雑誌や本の類で時間をつぶそうと思ったが目が活字を追うだけでいっこうに頭に入らない。長かったような、短かったような時間が終わった。亭主は夏の日差しをよけるでもなく、こちらに向かっている。受かったのだ、と思わせるような無防備な笑顔である。「さあ、お祝いの食事に行くか！」試験はスイスイとほとんどノーミスだったそうだ。ただ、坂発車でサイドブレーキを忘れてしまった。しかし坂発車は完璧であったという。二十数名の受験者のなか合格者が発表された。二名！早速会社へ合格の報告電話。「おめでとう！早かったのお」当時は免許交付までに三週間かかった。この間が研修期間に充てられる。お客様リストを渡され、全て頭に叩き込む。同時に入社したもうひとりと毎日朝から三時ころまで出社して研修を受けた。待ちに待った交付の日、８時半に警察署へ寄って免許証を受け取る。二種の所へ『１』とある。この『１』のために、亭主よ、頑張ったね!制服制帽が新鮮である。出社すると運行管理者が「免許証を！」と提示を求めた。亭主は真新しい免許証を提示。「よっしゃあ！！」エンジンのかかったタクシーが亭主を待っている。亭主、いよいよデビューである。会社を出ていきなり手を上げた人がいたそうだ。自動ドアを操作、吸い込まれるようにお客様が乗ってこられた。３４０円、ワンメーターではあったが、亭主の掌に入ったその小銭は札束をいじっていた頃より輝いて見えただろう。初日だから早く上がれ、といわれたので１１時頃には帰ってくるよ、と言っていたのにとうとう明け方の４時頃帰ってきた。眠るに寝れず私は「お父さん遅いね」とお腹の赤ちゃんに話しかけながら一枚マタニティを縫い上げた。この時売り上げが確か四万円。いきなりトップに躍り出たデビュー戦だった。ではまたね亭主にするなら　タクシードライバー！...
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/seetimulra1986/entry-12036368634.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jun 2015 09:13:33 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
