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<title>readymade by いとうせいこう</title>
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<title>『野守』</title>
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 　2020年、宝生流二十世宗家・和英氏の企画として“能にまつわる場所の魅力について、能楽師・澤田宏司氏が私いとうにあれこれ教えてくださる”という『能楽紀行』が始まり、第一回は『野守』を取り上げて、”春日野の旅と野守にまつわる言い伝え”についてご案内いただき、なおかつ満員の観客の中にまぎれて、実際に『野守』を観劇したのであった。むろん宝生能楽堂でのことであった。　その折、ただ話を聞いて能を見るだけでは申し訳ないと思い、私は観客の皆さんのために『野守』を急いで現代語訳し、印刷していただいて配った。
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<dc:date>2026-04-12T22:38:59+09:00</dc:date>
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<title>能現代語訳3　『国栖（くず）』</title>
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 2024年9月、安藤礼二氏に招かれて吉野へ行き、そこで秘められた名所など数々訪ねつつ、私はあれこれ思いつくままにしゃべったのだが、その途中で話を『群像』で緊急にまとめると聞き、それならば自分でも足を踏み入れた国栖、その小さな土地を舞台とする能の現代語訳をどうしても入れたいと思い立って、帰京して二日ほどで入稿した。国栖は谷崎潤一郎の『吉野葛』にも出てくる重要な場所だし、あたりはどこかで私に中上健次の『熊野集』のことをしきりに思い出させた。そういう磁場を訪ね歩いた晴天の日の熱気が唐突な翻訳を生んだ
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<dc:date>2026-01-23T11:38:26+09:00</dc:date>
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<title>能現代語訳2　『杜若』</title>
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能十番（補遺）2  序文「存在の押韻」 　ジェイさんがエルヴィスの曲を挙げた。同じように業平の詩の高い技術を私が説明するならラップで、ということになろうか。彼は句の頭に指定の音を折り込み、たった一行の中で「来ぬる／着ぬる」などと次々に中間韻を踏んでみせる（ちなみにエルヴィスが継承している英語詩なら「やっと来た／派手な服を着た」と脚韻を二行に分け、同音の面白さを複数回の使用によって強調するだろう。複数化か単一化か、この方向の違いが日本の韻との決定的な差異だ）。伝説的な物語にしたがうならば、業平のこ
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<dc:date>2026-01-20T12:58:01+09:00</dc:date>
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<title>能現代語訳　『黒塚』</title>
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能十番（補遺）1 　2020年4月号から2022年2月号まで『新潮』にて隔月連載した『能十番』は、2024年12月に新潮社から出版された。　私の現代語訳、それを英訳したジェイ・ルービン氏による、互いの趣味の極致のような本である。　ただし『能十番』という題名もあり、連載時に訳していたものを二作ほど外して著作にした。　そのことを2026年正月にふと思い出し、せっかくだからこのブログに載せておこうと考えた。　幸い担当編集者・足立さん、そしてワキ方の原本詞章を御提供いただいた安田登さん、そしてジェイ・ル
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<title>ITP新曲『一本の樹木は森である』のためのテキスト群(9/23ソーラー武道館）</title>
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 一本の樹木にもよく見れば小さなクモやアリ、ヤドリギ、コケ、菌類が無数に宿っており、そこに蝶がかすめ飛び、鳥が休み、時には都会でもタヌキなどが木の実を食べに訪れる。つまり一本の樹木はひとつの森なのだ。ことに古い樹木ならなおさら、命の重なりは深い。したがってひとつの樹木を伐ることは、ひとつの森を一挙に滅ぼすことだ。 十本の樹木なら十の森、百本なら百の森、千本なら千の森を我々は潰してしまう。 （私たちは古くから森に神社を造り、樹木から仏像を彫り出し、暮らしの原点である里山を木々のもとにこしらえてきた
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<dc:date>2023-09-22T23:13:08+09:00</dc:date>
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<title>入管法改正に反対する集会に寄せて</title>
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　いとうせいこうと申します。 　この七年ほど、ヨーロッパ、アフリカ、中東などで『国境なき医師団』の活動を取材し、難民及びそれに準じる立場の方々の話をつぶさに聞いてまいりました。 　まずひとつ言えることは、もちろん彼らは自ら国を出たかったわけではない。出ざるを得ない状況に突然見舞われて、想像を超える苦難の中で命を安らげる場所を必死に探しているのです。 　そしてもうひとつ重要なのは、私たち日本に住む者も残らず彼らと同じ境遇になる可能性を持っているということです。原因は大変な異常気象かもしれない。ある
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<dc:date>2023-05-13T17:09:47+09:00</dc:date>
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<title>『一本の樹木は森である』（明治神宮外苑　樹木伐採反対集会に寄せて）</title>
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『一本の樹木は森である』 　一本の樹木にもよく見れば小さなクモやアリ、あるいはもっと小さなコケや菌類などがたくさん宿っており、そこに蝶がかすめ飛び、鳥が休み、時にはタヌキなどが木の実を食べに訪れます。つまり一本の樹木はひとつの森のような存在なのです。　したがってひとつの樹木を伐ることは、ひとつの森を滅ぼすことです。　十本の樹木なら十の森、百本なら百の森、三千本ならば三千の森を私たちは潰してしまうのです。「鎮守の森」というように、私たちは森に神社を造り、長い寿命を持つ樹木から仏像を彫り出し、暮らし
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<dc:date>2023-04-25T11:52:57+09:00</dc:date>
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<title>新小唄３　「今夜は」</title>
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 今夜は心がうそ寒いちょいと誉めちゃあくれないか言葉羽織って袖通しはい　恩に着るよ
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<title>新小唄「恋だけが」</title>
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 恋だけが流行（はやり）の病だった頃人に隠れて会えたというに今じゃほんとに命とり
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<title>続・一羽の鳥について</title>
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　有権者は、票を入れた候補が勝利しても、敗北しても自分だけは常に勝利している。　選挙出来ていることが、そのまま「民主主義の勝利」だからである。　選挙のない国のことを考えてみればいい。　ゆえに選挙の日、私たちはもっと浮かれていいと思う。　朝から家族で笑いあったり、道行く人とハイタッチなんかもいい（ただし、手はすぐ消毒ね）。　偉大な記念日なんだから、愉快で巨大なパレードなどしてもいいのだ（距離を取って、えんえんと長くね）。　繰り返す。　投票日は私たち国民の勝利の日である。　街に出て陽気に羽ばたこう。
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<dc:date>2021-10-16T22:39:11+09:00</dc:date>
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