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<title>ワラーチで走りたくて</title>
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<description>ウルトラマラソンやトレイルのレースに出た結果を記録に書いています。ワラーチで走ってます。</description>
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<title>2015おんたけウルトラ100kmの記録</title>
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<![CDATA[ <br>7月19日におんたけウルトラ100kmを15時間10分13秒で完走した。すでに1か月を経過したが、やっと記録を書く気になったので、拙い駄文を記すことにする。<br><br>前日の18日、車で雨のなかを出発した。明日は晴れる予報が出ているし、おんたけ<br>のコースは林道で、美ヶ原のような泥沼トレイルではないので、雨のことはあまり<br>気にしていなかった。<br><br>今回もすべてワラーチで行くつもりである。ただし、7/4の美ヶ原トレイルを泥沼激坂でのワラーチ破損が原因で、わずか20kmでリタイヤしているだけに、用心をして予備のワラーチをバックパックに入れ、その予備も壊れた時のために、急遽購入したビブラムのファイブフィンガーズもバックパックに押し込むという念の入れようだった。<br><br>雨は数日前から降り続いていて、Yahooカーナビでルートを検索すると、松原スポーツ公園に向かう御嶽湖沿いの道に通行止めのマークが何カ所もついていた。<br>Yahooカーナビもそれを避けて付知峡方面から王滝村に向かうルートを示している。このルートも相当困難な山道に見えるが、せっかく行って通行止めでDNSになってしまっては死んでも死にきれない。今回はなんとしても完走してUTMFポイント３を得なければならないのだ。Yahooカーナビの通りに行くことにした。<br><br>ところが、付知峡を越えてしばらく進むと、渡合方面はがけ崩れで通行止めとの看<br>板があらわれた。この情報はYahooにはない。通行止めを無視、Yahooカーナビを信<br>じて前進する。道はすれ違い困難なほど狭く、路面はガタガタに荒れて、車が４WD<br>で良かったが、これはたどり着けないのでは？と心配になってきた。<br><br>前方からワンボックスの車が現れて、ぎりぎりですれ違いざまに、運転手のラン<br>ナーっぽいお兄さんがウインドウを下ろし、「この先行き止まりでした」とい<br>う。「おんたけですか？」と聞くとそうだという。彼もYahooカーナビを信じて来た<br>らしい。「御嶽湖のあたり通行止めらしいですよね」と言うと、「あっちは広い道<br>路だからなんとかなるでしょう」との返事。行き止まりでは仕方がない。自分もそ<br>こでUターンすることにした。<br><br>この判断は正解で、通行止めのマークが出ていたところは、たんなる工事中で、土<br>日は工事も休みとなっており、何の問題もなく通行できた。もしかしたら、DNSにな<br>るかと思っていただけに、あそこでワンボックスのお兄さんに会えてよかった。<br><br>1年ぶりに来た松原スポーツ公園は、駐車スペースが雨でぐちゃぐちゃにぬかる<br>み、大きな水たまりがあちこちにできていた。<br>受付け場所に行きゼッケンなど一式をもらってくると、それだけで足は泥だらけに<br>なってしまった。参加賞のTシャツは赤色でちょっと残念。赤のシャツは、派手なの<br>で普段着としては使いにくいのだ。<br><br>細かい雨が降り続いている。時折、車の屋根をたたく雨音が強くなり、明日は晴れ<br>るという予報であるが、本当だろうかと不安になる。<br><br>昼は、パスタをゆでてトマトソースで和えたものをタッパー2つに分けて詰め込んだ<br>炭水化物弁当。ひとつを昼に食べて、もう一つは夕方にとっておく。おにぎりも5つ<br>持ってきていて、3つを食べて、2つはデポバッグに入れた。おかずは毎度おなじみ<br>のサバ水煮缶と魚肉ソーセージ。今年は春から数えて6回目の遠征であるが、毎回同<br>じ様なメニューで飽きてきた。そろそろ新しいメニューを考えないといけない。<br><br>おんたけはUTMFの資格3ポイント得られるので、絶対完走しなければならない。ワ<br>ラーチ2足の紐を念入りに確認する。最初に履くワラーチの紐は、硬めのナイロンで<br>漁業ロープに使われるもの。耐水性と強度があるが、肌への当たりは荒く、雨でふ<br>やけた皮膚がすりむける恐れがある。そこで足の甲からくるぶしにかけて、細い骨<br>がでっぱったところを中心に念入りにキネシオテープを巻いた。<br><br>予備のワラーチは、やわらかいナイロン繊維の紐（3ミリ径）を使っている。耐久性<br>に不安があるが、100kmを通して履くわけではないので何とか持ちこたえるだろ<br>う。メインのワラーチがビブラムシート2枚の凸凹面を外合わせに接着したものに対し、予備ワラーチはビブラムシートにペレマットを重ね滑り止めのざらざらしたゴムシートを貼ってある。<br><br>さらに両方のワラーチがダメになった時のために、VFF（ファイブフィンガーズ）も<br>用意した。これはデポ地点に預けるつもりでいたが、そこにたどり着くまでにワ<br>ラーチが持たなかったら困ると考え、これも最初からザックに入れていくことにし<br>た。<br><br>VFFで走ったことは一度もない。数日前に買ったばかりだ。履いてみた感じでは、シューズ感たっぷりでワラーチのような解放さはまったくない。しかも親指の<br>長さに合わせてサイズを選んだのだが、他の指が短すぎてVFFの各指収納エリアに収<br>まってくれない。またソールが足裏のアーチをかたどって成形されているのだが、ゴムが硬くて自分のアーチになじまず、いまいちしっくりこない。<br><br>これなら、普通のトレランシューズを予備に持った方がよさそうだったが、それだ<br>と背中のザックに収まらない。VFFの良いところはコンパクトに収納できることだ。<br><br>暗くなって7時に二つ目のパスタ弁当を夕飯に食べ、仮眠に入る。うとうとしなが<br>ら、8時の100マイルスタートの声を聞いた。<br><br>10時半ころに起きて、トイレに行く。雨は止んでいた。とりあえず魚肉ソーセージ<br>と、手製のグラノーラバーを食べる。ファイントラックのドライメッシュを、昨年<br>のKOUMI100でもらったTシャツの下に着て、ひざ下まであるランパンを履いた。<br><br>ハイドレに2リットルの水、エネルギージェル10個、手製のグラノーラバー、予備のワラーチ、VFFで、リュックはパンパンである。また、ヘッドライトとハンドライ<br>ト、予備の電池、携帯も装備し、総重量は5㎏近くなっていると思われた。ゴアテックスのカッパは、気温が高く下半身は濡れても平気との判断で、上だけをザックに入れた。<br><br>デポ袋には、薄いウインドブレーカー、タオル、おにぎり2つ、後半用のエネルギー<br>ジェルを放り込み、口をしっかりと紐で縛った。<br><br>11時半に車を出て、スタート地点に向かう。ワラーチ履きの人は見かけない<br>が、Face Bookの情報によれば、２～３人はいるはずだった。<br><br>他のランナーから話しかけられることはなく、その視線はあまり好ましいものではないような気がした。ロードならともかく、トレイルをサンダル履きで走るなんてなんと非常識な！？といった感じか（被害妄想に過ぎず）。<br><br>スタートしてしばらくは濡れた舗装路を行く。昨年は故障していて大腿部に力が入<br>らず、スタートしてすぐに最後尾となったことを思い出す。スイーパーの軽トラッ<br>クのヘッドライトに始終照らされながら、8時間もかけて40km地点までしか進めなかったという苦い記録だ。<br><br>今年は痛いところはどこもなく好調だった。舗装路が終わり、林道に入ると道幅<br>いっぱいにひろがった水溜りがあらわれ、周囲のランナーはシューズの浸水に声を上げていた。自分はワラーチなので、水溜りは歓迎だ。ざばざばと入って泥を洗い<br>流す。<br><br>おんたけの林道は、黄土色のさらさらした泥で、ワラーチにまとわりつかな<br>い。美ヶ原のトレイルは粘着質の黒土で、ソールに付着したものがどんどん堆積<br>し、それがぬるぬると滑って地獄だった。おんたけはその点らくちんだ。<br><br>調子よく走っていたが、最初のチェックポイントが遠く感じられた。32kmという<br>マップ上に表記に対し、実際は37km地点という説明だった。<br><br>夜が明けてきて、まだ第1関門にたどり着いていなかった。ワラーチの凸凹が水でふ<br>やけた足裏に凸凹をスタンプして痛みを感じる。ガレた下りで痛みがつらくな<br>り、とりあえずワラーチを脱いだ。ザックを下ろしてVFFに履き替えてみる。ところ<br>がこれが最悪だった。まるで足に合わない木靴のようだった。ソールは板のように<br>硬く、とがった岩石からガツガツと衝撃が伝わってくる。こりゃとても駄目だと<br>思った。30分も持たなかった。<br><br>雨がまた降ってきていた。ザックをおろし予備のワラーチに履き替える。足の甲に<br>巻きつけたテーピングをすべてはがしたら、巻きがきつ過ぎたのか青黒くうっ血し<br>ていた。予備ワラーチは柔らかい紐を使っているのでテーピングは要らない。これ<br>でいつも練習で履いているワラーチスタイルになった。<br><br>ペレマットがクッションに入っているので、ガレた下りもわりと苦なく行けるよう<br>になった。やっぱりワラーチは良い。なによりも毎日履いていて、体がワラーチで<br>走ることに馴れていた。第1関門がすぐに見えてきた。<br><br>第1チェックポイントのエイドで、オレンジを切ったやつを4つ立て続けに食べ、バ<br>ナナ、おにぎりとむさぼり食った。大をしたかったが、トイレは何人か並んでいた<br>のであきらめて出発。<br><br>ここから先は、単調なトレイルが続いたせいか、どの地点での記憶だったか定かで<br>ない。思い出すままに記しておく。<br><br>100マイルの選手をときどき見かけるようになった。100マイルは我々より4時間早く<br>スタートしていて、出会った時点でおおむね40kmは先行していると思われる。彼ら<br>は淡々と一定のリズムで走っている。登りも歩くことなくトコトコ走っていく。あ<br>る女性ランナーについていこうとしたが、登りでじわじわと引き離されてしまっ<br>た。<br><br>他の大会でよく見かける、サルカニ合戦の衣装を着けた人も100マイルを走ってい<br>た。彼は昨年のKOUMI100でも見かけた。こちらがすでに間に合わない4周目を走っているところを、ラストの周回と思われるサルカニさんに追い抜かれた。「それで走ってるの？」追い抜きざまにワラーチをみてそう声をかけられたのを覚えてい<br>る。強健で寡黙なランナーである。名前はわかっているがここには記さない。ネッ<br>トで検索しても彼のことは何もわからない。自分のことをブログに書いたりFace<br>Bookで公開したりしない人なのだ。静かに自分のウルトラを走っている。日本には<br>このようなウルトラランナーが他に何人もいるのだろう。<br><br>50kmの小エイドでやっと大のトイレに入り、2つ目のチェックポイントではデポ袋からおにぎりを2つ食べた。エネルギーはどれだけとっても足りない感じがし、エネルギージェルを1時間おきに摂取する。<br><br>もうだめ、リタイヤかなと思っても、それは単なるガス欠で、骨格や筋肉というメ<br>カが壊れたわけじゃない。エネルギーを補充してやればまた走りだせるのだ。<br><br>第3関門を越えるころになると、ガレた石が足裏に激しく痛みを与えるようになって<br>きた。できるだけ平らな石や草地に着地するように、脳が素早く画像処理をする<br>が、その頭もだいぶ朦朧としてきた。下りは衝撃がつらくどんどん抜かれる。登り<br>は衝撃が少ないので、また抜き返す。その繰り返しだ。<br><br>最後の小エイドに向かう長い下りは特につらかった。ゆるめの下りでスピードが自<br>然に上がるが、足裏への刺激が容赦ない。小柄な女性が先行しそれを追いかけていたが、小エイドにつくまでに引き離されてしまった。彼女は100マイルの選手でエイドを超えて左折、100マイルのループに分かれていった。<br><br>この小エイドで残り5kmと思っていたが、なんと残り7kmと告げられた。そのときのショックは大変なものでいっぺんに力が抜けてしまった。急に走る気がなくなりとぼとぼと歩いた。<br><br>2kmほど歩いて、今度こそ本当に残り5kmになったところで、なんとか走りだした。松原スポーツ公園に向かう舗装路を、歩くのと変わらないスピードでよたよたと走った。<br><br>息子よ、見ていろ（見れないけど）。男の意地はこうやって見せるのだ。<br><br>Power Sportsの黄色い旗が見え、橋を渡り、ゴールが見えてきた。<br><br>完走できる。そのよろこびで体中が満たされた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12063164366.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Aug 2015 18:30:37 +0900</pubDate>
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<title>美ヶ原トレイルでワラーチ惨敗</title>
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<![CDATA[ <br>UTMF資格2ポイントを得られるはずだった美ヶ原トレイル80kmは、第一関門を通過できずに無念のリタイアとなってしまった。<br>2012年に参加したことがあり、この時は70kmだったと思うが、制限時間の15分前に<br>ヨレヨレで完走を果たしている。なので、コース事情は大体わかっていて、泥沼ト<br>レイル対策として両面ビブラムのワラーチを製作し、準備は万全であった。<br><br>しかしながら、今年の美ヶ原は、両面ビブラムワラーチなどではとうてい歯が立た<br>ない、泥沼滑り台となっていたのだった。<br><br>スタート時点では小雨がぱらついていた。昼にかけて雨は上がる予報がでてお<br>り、気温もそれほど低くなく、レインジャケットは背中のザックにしまい、ハイテ<br>クのドライメッシュの上にTシャツというウエアリングで、列の後方に並んだ。<br><br>HOKAのシューズが大流行のようである。それからSHINANOのトレランポールなどな<br>ど、スタート地点は最新のトレラングッズの見本市のようだ。<br><br>もちろんワラーチの人は見当たらなかった。しかし、スタートしてゲレンデを登っ<br>ているときに、ワラーチの人に声をかけられたので、もうひとり変わり者がいたよ<br>うである。彼は予備のワラーチをザックに吊り下げていたが、無事ゴールできただ<br>ろうか。ビブラムファイブフィンガーの女性も見かけた。泥沼滑り台を下るに<br>は、ワラーチより有利だったと思うが、どうなっただろうか。<br><br>ゲレンデを登りきると、尾根伝いの道を進む。土は黒い粘着質で数日来の雨で水分<br>をたっぷり含み良く滑る。このあたりはまだ岩混じりなので、できるだけ岩の上に<br>着地するようにすれば、なんとか滑りながらも進むことができた。上り下りを繰り<br>返すが、それほどきつい傾斜ではない。<br><br>送電線の鉄塔をいくつか通過し、いったん舗装路に出て、和田峠のエイドにたどり<br>着いた。バナナをたべて、少し並んでトイレで小用する。<br>しかしこの時点で、ワラーチにあけた紐通しの穴が両足とも千切れていた。泥ですべって紐に過度のテンションがかかり、エッジに近いところで穴が切れたのだ。<br><br>かかとに近いところ<br>で、底板を固定できない状態になってしまっていた。<br><br>新しいところに穴をあければよいのだが、あいにく道具を持参していない。車のカ<br>ギで穴をあけることも出来そうだったが、時間がかかる。窮余の策で、紐を底板に<br>ぐるっと廻してハムのように足を縛ってしまうことにした。これでなんとかレース<br>を継続できそうだった。<br><br>エイドを出ると、粘着質の狭いトレイルに入る。バランスを崩して滑らないように<br>気を付けながら登っていく。<br><br>扉峠に向かう稜線にでると、景色はすばらしく、まさに美ヶ原だったが、しばらく<br>進むと霧が立ち込め、冷たい雨混じりの風が左から強烈に吹き付けてきた。ドライ<br>メッシュのシャツを着ていたので、体はそれほど冷えない。まだ体力、気力共に十<br>分に温存していた。<br><br>三峰山のピークを越えると、泥の滑り台が始まった。57㎏の体重が重力に引っ張ら<br>れ、3㎜の紐で固定されたワラーチはいとも簡単に体から分離していく。もはや裸足<br>でいるのと変わりなかった。そのうち、親指の股のところ、メガネ状にあけた2つの<br>穴に紐をU字形に通した部分で、穴がちぎれてひとつになり、同時に紐も切れてし<br>まった。<br><br>万事休すだが、まだあきらめてはいけない。ひとつに拡がってしまった穴に、切れ<br>た紐を2本通して、穴の先にそのへんにあった木片を縛り付けた。木片は抜け止めだ<br>が、滑り止めの効果も期待できる。こうやって、ワラーチの補修に時間を取られて<br>いる間に、大勢のランナーに抜かれていった。「ワラーチの人がんばれ」と声をか<br>けてくれる人もいてありがたかった。<br><br>しかし、美ヶ原はここからが一層過酷だった。<br><br>大勢の人が通過した後のトレイルは、ツルツルヌルヌルの滑り台と化して、立って<br>いることすら不可能になっていた。もはやワラーチは無用の長物となり、両足とも<br>脱いで裸足になるしかなかった。裸足も結局は滑るのだが、ワラーチを気にする必<br>要がないのがわずかに良いと言えた。何十回転んだかわからない。この辺りで、次<br>のエイドでリタイヤしたほうがよいかもと思い始めていた。<br><br>そのうち、右下に舗装路が見え、コースは車の通る道に出た。固い道は裸足で走る<br>のが気持ち良い。左手の崖から湧き出ている雨水でワラーチに付着した泥を洗い流<br>す。かなり粘着質でなかなかとれなかった。次のエイドで、新しい位置に穴をあけ<br>直すつもりだった。車のカギを使ってなんとか穴はあけられる。後半はガレ場が続<br>くはずなのでなんとかなるだろう。<br><br>左手にトレイルへの入り口が見え、そこが扉峠のエイドとなっていた。腰を下ろし<br>てワラーチの修理にとりかかる。細かい雨が降り続いていた。<br><br>スタッフの人が近づいてきて、この時間だと第一関門の10時に間に合わないとい<br>う。ここから関門まで5kmあるが、すでに9時を過ぎており、登りなので間に合いそ<br>うにないということだった。「わかりました」体力は十分に残っており、まだまだ<br>行くつもりでいたが、時間切れでは仕方がない。あきらめはすぐについた。<br><br>収容車は、私を含め4名。スタート地点までもどる車の時間がやけに長く、20kmとは<br>いえずいぶん頑張ったのだと自分をなぐさめた。。<br><br>今回は、ワラーチでトレイルを走ることの難しさを改めて思い知らされた。次はお<br>んたけだが、林道が主体なのでまだワラーチでいけるかもしれない。8月の志賀エク<br>ストリームは、トレランシューズでないと絶対無理だろう。ワラーチにこだわるの<br>もいいけど、UTMFのポイントを得る方がもっと大事だ。せっかくの2ポイントを逃し<br>てしまいなんとも無念である。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150709/11/sekine-minoru/38/21/j/o0800045013360868817.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150709/11/sekine-minoru/38/21/j/o0800045013360868817.jpg" width="100%"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12048370786.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jul 2015 10:47:41 +0900</pubDate>
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<title>2015 高山ウルトラの記録</title>
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<![CDATA[ <br>スタート地点で並んでいると、小柄な男の人からワラーチですねと声をかけられた。みると、その人もワラーチだった。奈良県から来たという。号砲とともに前方<br>に走り去ってしまい以降ゴールまで会うことはなかった。ゼッケンはシャツの下に<br>隠れて確認できなかったので名前がわからないが、自分より速いことは確かだ。<br><br>100kmの参加者でワラーチの人は他には見かけなかった。85kmを過ぎてから、ルナサンダルを履いた71kmの参加者に会ったくらいだ。ワラーチ率は0.1%といったところか。<br><br>レース後、事務局公開のリザルトから奈良県のゼッケンをすべて書き出して、All<br>Sportsの写真をゼッケン検索してみたら、タイムが速い方から二つ目で、スタート地点で会ったワラーチの人を見つけた。なんと9時間45分でゴールしていた。写真を見るとワラーチの両足裏が同時に地面から浮いており、ホバークラフト状態だ。自分もこうやって走りたい！<br><br>途中、「ワラーチですね」と話しかけてきた人は、自身もワラーチの経験があ<br>り、また裸足ランで有名な京都のタイラさんを知っていて、その話になった。互い<br>に丹後ウルトラを走ったことがあることがわかり、あのコースは路面が荒れている<br>し、まだ暑い季節なので道路が焼けて裸足は大変だよね、ということになった。自<br>分は丹後ウルトラでタイラさんにやはり「ワラーチですね」と声をかけてもらったことがあり、彼女のブログも時折見ている。今年も丹後に裸足で挑戦するようなの<br>で、完走できることを祈っている。<br><br>高山ウルトラ名物のスキー場からの長い下りは、ワラーチランのテクニックを磨く<br>のに最適な道場となった。７～８kmにわたり急な下りが続く。膝をつっぱって後ろ<br>寄りの重心で下っていくのが、これまでシューズを履いた自分が苦手とする下りの<br>フォームだった。ワラーチでは、膝を深く曲げて腰を低めに落とし、着地の寸前に<br>足を引き上げる感覚を大事にする。衝撃が来る前に足を引っ込めてしまう感じ<br>だ。その感覚を持続するのが難しい。ワラーチがペタペタ鳴ったり膝に衝撃を感じ<br>るときはそれができていない証拠だ。「着地前に足を引き上げる」ことを常に意識<br>しなければならない。<br><br>長い下りがやっと終わって、脚が逝ってしまった感覚はなかった。どうやらうまく<br>下ってこれたようだ。<br><br>一方上りは、アキレス腱の反射を意識する。伸ばされたゴムがばちんと縮む感<br>覚。ゴムボールが弾むように着地した衝撃の反射で浮き上がる感じだ。坂道をか<br>る～く走るイメージ。膝に手をついてえっちらと歩く場合は、大腿筋の前面が縮む<br>力を使っている。そうじゃなくて、反射を使えばいいのだ。<br><br>長い下りの後半で、くまのぷーさんの着ぐるみをかぶったランナーとしばらく並走<br>する。くまもんのリュックもしょっているが、九州でなく関西から来た人のよう<br>だ。彼もワラーチや裸足ランに興味があり、しばらく試していたが、結局シューズ<br>に戻った。現在はゼロドロップのシューズを選んでいるという。フォアフットで走<br>ることはシューズでもできるし、ワラーチはもういいかなと思ったとのこと。<br><br>自分の場合、すっかりワラーチにはまり込んでいて、この先もシューズに戻りそう<br>にないが、なぜだろう。解放感がやめられないのか、注目されるのが快感なの<br>か、マイノリティであることの優越感があるのか、よくわからないが少なくとも左<br>記の3つは全て当たっている。<br><br>ワラーチランは膝に負担をかけないことは確かだ。それはそれが人間本来の走り方<br>に近いからだと思う。そしてシンプルな履物で走ることで、生き方やその他の生活<br>習慣から、余計なものが排除されていく。歯磨き粉やシャンプーを使うのを止めたり、砂糖やアルコールの摂取をしなくなったのもそれだ。いろいろなものを排除しすぎて丸裸で走ったら警察に捕まってしまうけれど、少なくとも裸足でのウルトラ<br>完走は目標として考えている。<br><br>その後、ナスの着ぐるみランナーにも会う。「ナスがんばれー」と沿道から声がか<br>かる。コスプレランナーはどこでも人気だ。そして、そこそこのタイムで完走して<br>いるからすごい。<br><br>コースが変わったので昨年と同じ景色を走っていても、今年はおよそ25kmも手前のポイントということになる。小学生の応援で賑やかな丹生川支所の関門は、昨年な<br>ら82.7kmでゴールが見えていたが、今年は同じ場所でもまだ57.2kmである。まだま<br>だ先が不透明な位置だ。国府に向かう川沿いの道を走りながら、昨年だったらこの<br>辺でゴールだったのになーと思ってしまう。<br><br>高山ウルトラの魅力は、地元の人々の声援だ。高山市民で今日ウルトラマラソンが<br>あることを知らない人はいなくて、手が空いている人は残らず応援してくれると<br>いった感じである。<br>小学校では先生が指導して、エイドの補給物はなにがいいかみんなで考え、分担を<br>決め、横断幕の寄せ書きも作ってきたに違いない。それを思うとおじさんは涙がで<br>そうになる。今年孫ができた51歳はそういったことに涙もろいのだ。<br><br>丹生川支所をでて畑を両側に見ながら90度に道を曲がると、老人介護施設があ<br>り、入所しているお年寄りたちが、外に椅子を出していっせいに応援してくれ<br>る。自転車の高校生もすれ違いざまに声がかかる。<br><br>小さい手、しわくちゃの手、いろいろな手にハイタッチをして、エネルギーをも<br>らった。こちらのエネルギーも伝わっただろうか。<br><br>膝を深く必要以上に曲げて走ることで、脚は棒でなくバネになる。（ケンボブ）<br><br>各エイドでは、まず水を紙コップに2杯のんで、それからポカリを1杯。梅干しと塩<br>が全てのエイドにあるので、ひとつ食べて塩は2杯目の水を飲むときに一つまみを入<br>れた。キャンディーはいつまでも口に残って呼吸が苦しいのでとらない。オレンジ<br>とバナナは、見つけたらかならずもらう。時折ある豪華なエイドでは白玉ぜんざ<br>い、よもぎソバ、ホウレンソウのおひたし、シフォンケーキ、小さいおにぎり、豚<br>汁、ミニトマト、凍ったカップゼリーなどをいただいた。コーラも普段は全く飲ま<br>ないが、あればもらっていたので、都合４～５杯は飲んだと思う。70kmすぎて持参のエネルギージェルも1パック摂取、エネルギー事情は十分だった。<br><br>2015年は5月までに、篠山フル、チャレフジ５LAKES、峨山道トレイルと計画した<br>レースはすべて完走、大きな故障もなく順調にきている。6月の高山ウルトラを完走<br>したら、7月からは全てウルトラトレイルで、UTMFのポイントを稼ぐために、ひとつも落としたくない。<br><br>昨年の7月は大腿筋が極度に疲労して走れなくなり、おんたけ100マイルをわずか<br>40kmでリタイアした。今年はその反省から大腿筋の疲労には神経質になっている。<br><br>峨山道ウルトラの後から、左膝上部から太ももにかけて鈍い痛みが残り、疲労感が<br>いつまでも消えないのが気になっていた。右の足裏も土踏まずから踵にかけて、走り始めに痛みを感じる。7月から本命のレースが続くので、高山ではこれらを悪化させないようにしなければならなかった。<br><br>①膝を深く曲げ全身でショックを吸収する。②アキレス腱の反射を使う。③着地直前に足を引き上げる。高山ウルトラではこの3つを強く意識することにした。③が実践できれば①は自然に実現できる。②はかる～く走るイメージを保てばよい。<br><br>結果、足裏アーチはレース翌朝に痛みが出たが、1週間後の今日、痛みがまったく消<br>えてしまったのに驚いている。大腿部の疲労感も２～３日したらレース前よりも軽<br>くなって、現在はほとんどなくなった。100kmレースが体に痛みとならず、かえって治癒の効果があったようなのだ。<br><br>これで、7月からの後半戦をなんとか戦える気がしてきた。7月は美ヶ原80km、おん<br>たけ100km、8月に志賀エクストリーム、9月王滝ダート、そしてラストは10月のKOUMI100マイルだ。<br><br>3回目の高山ウルトラは、11時間47分34秒でゴール、過去最高のタイムだった。高山<br>市長に抱き迎えられ、木でできた完走メダルを首にかけてもらった。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150615/14/sekine-minoru/5f/b2/p/o0180032013337901726.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150615/14/sekine-minoru/5f/b2/p/o0180032013337901726.png" width="180" height="320"></a><br><br><br><br>以上<br>
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12039137691.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2015 13:22:10 +0900</pubDate>
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<title>2015峨山道トレイルの記録</title>
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<![CDATA[ <br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150525/21/sekine-minoru/e9/0c/j/o0569032013317944018.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150525/21/sekine-minoru/e9/0c/j/o0569032013317944018.jpg" width="569" height="320"></a><br><br><br>峨山道トレイルが終わって、1週間が過ぎてしまった。左大腿部の張りが未だに残<br>り、月曜日から練習を再開したものの、体は重い。<br>レースの記憶も薄れかけてきた。そろそろ、記録を書き残さないといけないと思<br>う。<br><br>5月16日土曜日、朝7時に車で自宅をでた。高速道路料金を節約するため、往路は一<br>般道路のみで行くのである。<br>昼は弁当を作ったし、夜も缶詰、魚肉ソーセージをあらかじめ買っておいた。それ<br>と、正月から冷凍庫でカチカチになっていた餅を油で揚げたやつ。これを今晩と明<br>日の朝食べれば、即席のカーボローディングになるだろう。おやつは、ピーナッ<br>ツ。とにかくナッツ類が好きなので、ミックスナッツとかバタピーがあれば、満足<br>である。コーヒーも買わなくて済むよう、家で淹れたやつをサーモスに入れてき<br>た。<br><br>ピーナッツをぼりぼり食べながら、国道を北上する。<br>天気は小雨模様であるが、予報では明日は晴れることになっている。今日の雨でト<br>レイルがぐちゃぐちゃにぬかるんでいないか、それが心配だ。いちおう、雨用に滑<br>り止めのざらついたゴム板をフットベットに貼ったワラーチも持ってきた。もっと<br>本格的な雨になった場合のことも考えて、ちゃんとしたトレイルシューズも車に積<br>んだ。雨でぬかるんだトレイルをワラーチで行くことの大変さは、昨年のKOUMI100<br>で経験している。<br><br>受付け会場の羽咋（はくい）市、コスモアイル羽咋には午後1時半頃到着。6時間半<br>の行程だった。空は雨雲が低く小雨がぱらついている。気温も太平洋側からすると<br>低めのようだ。ゼッケンを受け取ると、参加賞は陶器の皿と輪島塗の箸であっ<br>た。私はTシャツが欲しかったが、こういう参加賞も良いと思う。第1回目なことも<br>あり、出走者は400名程度と少なめである。<br><br>15時からウエルカムパーティ。気乗りしなかったが、会場を覗くと食べ物が並べら<br>れていたので、栄養確保の目的で参加することにした。コース説明も聞いておく必<br>要があった。<br><br>寿司は生ものなのでやめておいて、ローストビーフとか唐揚げとかを食べる。イカ<br>団子が名物とかで、それもいただく。ワインや酒も豊富にふるまわれており、呑み<br>助にはたまらないパーティだ。<br>実は体調は100%と言えなく、チャレンジ富士五湖の疲れが残っている。長時間立っ<br>ていると、大腿部が張ってきて辛くなる。ひととおり食べてお腹がいっぱいになっ<br>たら、帰りたくなってきた。<br>コース説明が始まっていたが、「コースはぬかるんでいて、イノシシが泥浴びして<br>いるようなところもある」と聞いたら、その情報だけで十分と思い、会場を後にし<br>た。<br><br>スタート地点の邑知中学校に車で移動する。ここに選手の駐車場があることになっ<br>ている。まだ時間が早いせいか、車は1台も止まっていない。スタッフの数名が大会<br>の看板を設置していたが、それもじきに帰ってしまった。がらんとした中学校<br>で、ひとりぼんやりと時間をつぶすことになった。<br><br>車中でうとうとしていると、夕方になって、車のドアをノックする者がいる。大会<br>スタッフと思われるおじさんがすまなさそうに、「ここは明日の朝3時半から車を入<br>れるので、それまでは近くのコンビニか、公園の駐車場に移動してもらいたい」と<br>いう。このあたり、チャレンジ富士五湖と同じ展開である。素直に従い、車を移動<br>する。コスモアイルまで戻ろうかと思ったが、途中にマックスバリューがあったの<br>で、そこで車中泊することにした。24時間営業であるし駐車場も広いので問題ない<br>だろう。<br><br>パーティである程度食べたので、持参した鶏胸肉をボイルしてオリーブ油でマリネ<br>したやつを追加で食べたら、お腹がいっぱいになった。本を読もうかと思った<br>が、頭に入らないので、はやばやとシュラフにもぐって寝る。駐車場のライトが明<br>るく、車に積んであった段ボールをウインドウに立てかけて光線を遮る。<br><br>翌日は、朝3時ごろに目覚めた。猛烈な尿意がある。マックスバリューのトイレに向<br>かうが、外から入れないようにバリケードが作ってある。店内から行けるかと思<br>い、自動ドアから入ったが、冷房が効きすぎて寒く、尿意が高まる一方の上、トイ<br>レが見つからないので、そのまま自動ドアをでて車に戻り、植え込みに立ちション<br>して事なきを得た。<br><br>エンジンをかけ、向かいのコンビニに移動、コーヒーを買ってまたマックスバ<br>リュー駐車場にもどり、昨夜に残した鶏胸肉のマリネと揚げ餅を朝食に食べる。魚<br>肉ソーセージも食べたかもしれない。サバの水煮缶もあったが、食欲がわかず食べ<br>なかった。3時半に邑知中学校に向かって車を出す。<br><br>邑知中学校は、すでに選手の車を受け入れていて、もはや何台も停まっていた。警<br>備の人に誘導されてグランドの指定位置に停める。<br>2012年のOSJ氷ノ山トレイルでもらった黄色のTシャツに前ゼッケンをつけ、後ろの<br>ゼッケンはザックに取り付けた。晴れの予報なので、レインウエアは持たずに通勤<br>ランで使っている薄手のウインドブレーカをザックに入れた。<br>水はハイドレに2リットルとちょっと、両脇のウエストポケットにエネルギージェル<br>を6パック、たぶん使わないが必須携行品のライトを装備、熊鈴とコンパス、スマホ<br>を入れて荷物は結構な重さになった。ストックも持ってきたが、置いていくことに<br>した。<br><br>スタートは6時なので、5時くらいまで仮眠することにする。<br><br>5時過ぎてすっかり夜が明け、周囲もざわついてきたので、車を出てスタート地点に<br>向かう。「ワラーチですね」の声をかけられたら、その人もワラーチを履いてい<br>た。スイーパーだという、都会風の人だった。レース中は会わない方がいいねと<br>言って別れた。HOKAがスポンサーになっていることもあり、頑丈そうなトレイル<br>シューズを履いている人が多いように見えた。選手でワラーチは自分だけのよう<br>だ。<br><br>6時にスタート。真ん中より少し後ろ加減に位置する。<br><br>走り出したら、もう細かいことはあまり記憶に残っていない。舗装路が少しあっ<br>て、すぐにトレイルに入っていったような記憶がある。最初の給水は6km地点。水と<br>塩、塩せんべいというシンプルなスタイルだ。トレイルは、休日の朝に走る地元の<br>裏山に似ていた。ゆるやかな稜線を登ったり下ったりする走れるコースだ。杉の落<br>ち葉がクッションとなって走りやすい。<br><br>永光寺を越えてしばらく行くと、川の流域に開けた田園地帯を通る。のんびりした<br>田舎の風景、地元の人の声援を受けて舗装路を走る。このあたりでロシアから参加<br>の外国人が抜いていった。彼は無事ゴールできたろうか？<br><br>第一エイドにかけてのトレイルは、最初は良かったが、沢に降りた低いところが前<br>日の雨でかなりぬかるんでいた。注意していたがついにずぼりとくるぶしまで泥に<br>はまり込んでしまった。こうなるとワラーチはテンでダメで、足裏のアーチに泥が<br>つまって、斜面でずるずるとすべってしまう。特に進行方向に向かって左右に傾斜<br>がついているところなどは、ワラーチの紐がちぎれそうになるくらい、足がゴム板<br>からはみ出してしまう。こりゃあだめだ。KOUMI100と同じである。<br><br>とりあえず、ザックから手拭いを出して、足裏に詰まったどろをぬぐって、再び走<br>り出すが、ほとんど効果がなく、ズルズルと滑りまくりである。<br>この事態は十分予想していたので、泥対策をしたワラーチに履き替えることにす<br>る。これは、フットベットに滑り止めのざらざらしたゴム板を張ったもので、車の<br>フロアマットの一部を切り取って作ったのである。これは、足裏に泥が滞留しない<br>しすべらないはずだ。<br><br>泥対策ワラーチは効果がそれなりにあり、再び走り出すことができるようになっ<br>た。多少は滑るが、走っているうちに泥が排出されてすぐに乾いてくる。幸い、前<br>進するにつれ、ぬかるみの比率も減ってきたようだった。<br><br>ワラーチでトレイルを走るコツは、滑るのを恐れないことだ。おそるおそる足を出<br>すと、ずるっとすべって尻餅をついてしまう。木をつかんで体を支えながら下るの<br>も良くない。滑りながら下るつもりで思い切って着地、ぴょんぴょんと跳ねる感じ<br>で、接地時間を短くする。ずるっときても止まらずに次の足を出していく。重心を<br>次々と移動していって、しりもちをつく暇を与えない。そうすると、膝にかかる負<br>担も少ないし、速い。<br><br>ちゃんとしたトレイルシューズを履いている人でも、滑っている。ワラーチだから<br>といって不利なわけではない。<br><br>今回のワラーチは、つま先を少し切り詰めて、足指がほんの少し地面に触れるよう<br>にしてある。今までのは、足指よりゴム板の方が前に出ていたが、地元の裏山を<br>走っているときに、このでっぱったところが木の根にひっかかり転倒してしまった<br>のだ。それの対策で、先端を切り詰め、足指の方が前に出るようにした。これだと<br>木の根にひっかけることがない。足指が時折地面に触れるが、特に痛いということ<br>もない。<br><br>トレイルの下りで、このちょっと飛び出た足指がうまく機能した。足指で地面をつ<br>かむ感じ、食い込ませる感じを意識すると、滑りにくい気がする。<br><br>40kmくらいまでは比較的調子よく走ってきたが、広い林道が続いて、舗装路に出る<br>と、とたんに走れなくなった。気力もなくなり、リタイヤという言葉が浮かんでく<br>る。<br>虫が峰にむかって登る舗装路は、歩くのもつらい状況になってしまった。巨大な風<br>力発電のプロペラがぶわんぶわんと低い風切り音をたてて回っているのを見なが<br>ら、とぼとぼと進む。このプロペラは巨大だ。メンテナンス中なのか、ひとつだけ<br>地面に置かれているプロペラがあったが、翼幅が人の背丈くらいある。おそらく外<br>被はカーボンファイバー製、中心はアルミハニカムだろうか。風の谷のナウシカの<br>ようだなと思った。<br><br>峠を登りきたっところで、これはガス欠だと気づいた。これほど急に走れなくなる<br>のは単純なエネルギー切れなのだ。走力がないわけじゃない。まだ50kmも走ってい<br>ないのだ。そうであれば対策は簡単。エネルギージェルを立て続けに2パック摂取す<br>る。坂を下るうちに、少しずつ元気が回復してきた。次の第三エイドでは、おにぎ<br>りがあるはずだ。そこでコーラももらっちゃおう。そう思うとますます元気が出て<br>きた。<br><br>舗装路を下っていくと、左のトレイルに誘導され、それをきっかけにすっかり回復<br>できた。ゆるい下りをバンバン飛ばしていく。前を行く人がたまらず道を譲ってく<br>れる。こんなことは今までなかったことだ。<br>ふたたび、舗装路に出ると、すぐに第三エイドにたどり着いた。カメラマンがいた<br>のでおどけてみせたが、All Sportsには掲載されなかったので残念。<br><br>ここでおにぎり2個とコーラをもらう。長距離走には炭水化物は必須だ。高性能なエ<br>ンジンで、いいオイルを使って、高いタイヤを履いていても、ガソリンがなくては<br>走れない。このおにぎりはもち米かと思うくらいおいしかった。コーラも飲んでエ<br>ネルギー満タンである。「いろんな人を見てきたけど、あんたはすごいわ」とワ<br>ラーチをほめられ、いい気になってエイドを後にする。<br><br>エイドを出てすぐに、紐がくるぶし近辺に食い込んで痛むのに気づき、紐の通し方<br>を変更する。自作のワラーチはこうやって自由に改造できるので良いと思う。自分<br>でいろいろ工夫して体に合わせていくのが楽しい。<br>46kmのエイドを過ぎ、残りはもはや30kmもない。100kmにくらべたら、なんと気が楽<br>なことだ。十分完走できる気がしてきた。<br><br>第四エイドまでは、7kmと短くすぐに到着。残りはなんと20kmである。もう終わりで<br>はないか！風車の辺りではちょっと大変であったが、なんだかんだいって後20km<br>走ったらゴールである。うれしくなってきた。<br><br>第五エイドがある桑塚山にかけて、高低差のグラフでは厳しそうな登りのように見<br>えたが、ゆるやかな稜線の上り下りが連続する走りやすいトレイルで、気持ちが良<br>い。エイドに着くと63kmで残りは10km、もはやゴールは庭先である。ライト装備の<br>チェックがある第三関門を、チェック不要な時間帯で通過し、最後の峨山を登<br>る。ここはちょっと厳しく歩かないと登れない。峨山を越えると、あとはゆるい稜<br>線を登ったり下ったりし、なかなか舗装路に出ないなーと思っていたところで、人<br>里が見えた。<br><br>ゴールの大本山総持寺祖院に、10時間26分44秒で到着。峨山タイム（10時間以<br>内）は切れなかったが、ゴールできただけで満足だった。足はワラーチごと泥だら<br>けで、本物のララムリのようになった。<br><br><br><br><br>終わり
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12030941425.html</link>
<pubDate>Mon, 25 May 2015 17:28:49 +0900</pubDate>
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<title>チャレンジ富士五湖の記録（4）</title>
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<![CDATA[ <br>ワラーチでレースを走っていると、他のランナーから声をかけられることがしばし<br>ばある。<br><br>ほとんどが、「痛くないですか？」という。そう聞かれると反射的に「痛くないで<br>すよ」と答えて、そこで会話が終わってしまうのが、すこし悲しいところであ<br>る。実際、痛かったら走れないので、紐の廻し方や締め付けの強さなど、神経質に<br>やり直して、ちょうどいいあんばいを決めている。<br><br>昨年の夏からシューズで走っていないので、ワラーチでなければ走る気がしな<br>い。仕事などで靴を履かなければならないときがあるが、窮屈で仕方がない。すで<br>に足指は締め付けられない解放感になれてしまい、好き放題に四方に広がっている<br>ので、今シューズを履いて走ったら、豆だらけになりそうだ。ちなみに普段も素足<br>にクロックスで過ごしている。<br><br>篠山フルはずっと雨で、ワラーチと足裏が常につるつる滑り、ゴールしたら大きな<br>血豆ができていた。その後、車のフロアマットの一部を切り取って、滑り止めに貼<br>りつけた雨対策ワラーチを作ってみたが、どうだろう。おんたけウルトラと<br>か、KOUMI100など、夜明けにかけて必ず雨が降るだろうし、そうでなくても、泥で<br>ぬかるんでいる道があるので、そこでこのワラーチを試してみようかと思ってい<br>る。<br><br>一度だけ、ちがう声のかけられ方をした。「いつもワラーチで走っているのです<br>か？」「そうですよ、昨年の丹後ウルトラもこれで走りました」「足が強いんです<br>ね。僕はすぐにアーチが下がってしまってダメです」「そんなことないです。いつ<br>もゆっくりと走っているので、これでも大丈夫なんです」「ワラーチは、合う人<br>は"はまる"って、聞きますよ。やっぱりそういう人は、ふくらはぎとかも強いんで<br>すよ」会話がしばらく続いて、その人は追い越していった。<br><br>「アーチが下がる」といっていた。違うなと思った。アーチは複雑な足骨の組合せ<br>でできた構造物で、疲れて下がるということはないと思う。真上から荷重をかけて<br>やれば、がしっとショックを吸収してアーチは強固に耐えてくれる。痛むのは、お<br>そらく骨周りの筋で、真上から素直に荷重が載らず、斜めからだったり、ねじれて<br>荷重が入ったりするから、足裏の筋が変な方にひっぱられて痛いのだ。<br><br>現に自分も、スタートからずっと、右足のアーチがしくしくと痛いのであるが、そ<br>れは右ひざがまっすぐ前に出てないからだとわかっている。ひざを少し内側に出す<br>ように意識すると、結果荷重ラインがまっすぐになり、足裏の筋は自然にストレッ<br>チされて、痛みが軽くなる。その意識を続けるようにするのであるが、忘れてくる<br>と痛みだすのだ。<br><br>西湖に向かう途中のエイドで、再びうどんを食べる。ハテナエイドというのがこの<br>次にあったはずだが、全く記憶にない。なにか変ったものがあったかな？すでに<br>98kmを超えて、残りは20ｋｍである。いよいよゴールが見えてきた。<br><br>帰りのプレミアムエイドでは、DNSのパワーバーをいただく。雷おこしのやわらかめ<br>の感じで好きな味だ。好きなだけ食べていいようなので、３つくらい食べて、５つ<br>くらいをウエストポケットに押し込んだ。ゴールしてからのおやつにするのだ。<br><br>河口湖廻りの帰り道は、フルマラソンで何度も走ったおなじみのコースで、心がや<br>すまる。<br><br>前を、小柄な女性ランナーが走っている。なにかのお笑い芸人のコスプレだろう<br>か。違うかもしれないがそんな感じで、くまもんのザックをしょっている。この人<br>は、精進湖あたりから、前になり後ろになり、ずっと一緒に走ってきたのだ。スッ<br>と先に出て行ったかと思うと、歩いていて私が追い抜く。しばらくするとまた、ス<br>ピードアップして先に出て、といったあんばいだ。小学生とも思える背丈なが<br>ら、ここまで耐えて走っているのはさすがである。ウルトラとかトレイルレースで<br>いつも思うのは、女性の強さだ。何十キロも走ってきてヨレヨレの男性を、さっと<br>追い抜いて行く。後半に強いのだ。<br><br>富士吉田の市内に入り、道は長い上り坂になった。富士山のまわりをめぐるのだか<br>ら、坂はやむを得ないが、これはつらい。3km上りが続いて、2km下ればゴールだと<br>書かれた紙を持った人がいたが、ほんとだろうか。<br>ここから下りですよーという声で左に曲がる。ちょっとした上りがすぐにあって<br>「うっ」となるが、それからは下りだ。競技場に向かって長い道を下っていく。若い<br>カップルが3LAKESのゼッケンをつけて走っていた。男性が女性を気遣いながらゴールに向かっている。きっとウルトラに初めて挑戦する女性に、100kmを何度も経験した男性が付き添って、今回は71kmを走っているのだろうと、勝手に想像した。ゴールが近づき、女性が脱いだウインドブレーカーを男性が走りながらザックに押し込んでやっている。<br><br>ついに競技場にたどり着いた。トラックを1周してからのゴールでなくて良かっ<br>た。ゲートのセンサーを踏んで、13時間48分を確認した。学生にメダルと大きなタ<br>オルをもらったら、自然と涙がにじんだ。参加賞がタオルで良かったと思った。<br><br>おわり。
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12018236195.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Apr 2015 14:23:27 +0900</pubDate>
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<title>チャレンジ富士五湖の記録（3）</title>
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<![CDATA[ <br>河口湖を廻るコースはおなじみの道だ。20代の半ばから終わりにかけては、河口湖<br>フルマラソンに毎年出ていた。あのころは結構速くて、2時間40分台で走っていたの<br>だった。40代の最後に、改名された富士山マラソンを走ったが、もう3時間は切れな<br>かった。でもいいのだ。こうして、50歳になってフルの約3倍のレースを走っている<br>自分を、20代のころ想像できただろうか。<br><br>50kmを超えたあたりのエイドで、オレンジを食べる。4つに切ったものを3片、次々<br>と食べる。ここでゴールだったら、全部食べてしまいたいくらい美味い。エネル<br>ギーが充填されていく感じだ。<br><br>河口湖が終わり、西湖に向かってのぼりに入る前に、プレミアムエイドがある。荷<br>物を預けた人はここで受け取るが、自分はないので関係ない。どうもシートの上に<br>並べた荷物を自分で探す方式のようである。だからいわんこっちゃない。見つける<br>のも大変な時間のロスだ。DNSというメーカーのアミノ酸ドリンク、アセロラみたい<br>な酸っぱいやつをもらって、奥に進み、バナナ、暖かい緑茶をいただく。あまりプ<br>レミアムな感じがしないなと思いつつ、アミノ酸ドリンクをもう一杯飲んで、出発<br>する。<br><br>西湖にかけての登りはきつい。河口湖フルが富士山マラソンに改名して、河口湖と<br>西湖をまわるフルになったが、そのレースでもこの登りは唯一辛いところだ。もっ<br>ともチャレンジ富士五湖ではラストの坂はもっときつかったのだが。<br><br>西湖が終わると、エイドで、うどんがあった。大きめの容器にたっぷりとはいった<br>やつをずるずると食べる。ぬるいがうまい。ぬるくていいのだ、熱かったら素早く<br>食えない。汁を捨てるかごに、食べ残しのうどんが山盛りになっている。なんて<br>もったいないんだ。ポテトチップスもあり普段はこういったものは絶対食べないの<br>だが、塩味が欲しくて片手にいっぱい食べてしまう。それからチョコレートとオレ<br>ンジもいただく。<br><br>さっきから食べ物の話ばかりであるが、周囲のランナーはどうかというと、ウエー<br>ブスタートで後から出発した100kmの人たちには、最前から次々と抜かれてい<br>る。100kmでも速い人は駅伝みたいに飛ばすのだ。じゃまにならないように、歩道の<br>左寄りを行き、追い抜くときだけ、右に出る方式だ。ここいらで、もう折り返して<br>きた100kmの先頭組に遭遇するようになった。なんという速さ。ぶつかったら大<br>変、大けがになりそうだ。歩道は広くないので、後ろから抜いてくる早い人、前か<br>ら折り返してくるもっと早い人、両方に気を使わないといけない。<br><br>精進湖にかかるあたりのエイドで、カステラを食べる。ペースがちょっと落ちてき<br>た。時計を見ていないので感覚的だが、7分/kmペースくらいじゃないだろう<br>か。（あとでランナーズアップデートを見たら、6分30秒/kmペースだった）さすが<br>に疲労を感じるようになる。精進湖が終わると70kmも過ぎて、100kmのレースだった<br>らゴールがイメージできるところだ。<br><br>本栖湖への分岐で、100km組と別れる。ここからしばらくは、ピンクゼッケンを付け<br>た5LAKES組だけになるのだ。この辺で、ザックのウエストポケットからパワージェ<br>ルを取り出して飲んだと記憶している。昨年のトレランレースで余ったやつだ。賞<br>味期限が切れているので、消費する必要もあり持参してきた。パワージェルは飲む<br>とすぐに元気になり、30分くらい勢いが続く。なにか入っているんだろうか？と思<br>うが、成分表を見ても変なモノは入ってなさそうである。強烈な糖分がしゃきっと<br>させるのかもしれない。左のポケットにもうひとつあるが、これは90km過ぎたら使<br>うことにしよう。<br><br>河口湖で晴れでも本栖湖あたりは雨や雪のこともあり、との情報は間違いではない<br>ようで、小雨がぱらついてきた。といってもカッパを出すほどでもない。本栖湖は<br>深い緑色で、魚釣りをする人が多くみられる。湖畔に椅子を出して、じっくりと長<br>期戦で臨むといった感じだ。釣れるのはフナやブラックバスらしい。船を出す店も<br>あり、看板が出ていた。釣りも静なるスポーツといえるのかな。スポーツとはなん<br>だろう。体を動かすのがスポーツであるのなら、釣りはちょっと違うな。<br><br>このあたりのエイドはシンプルだ。水と塩、それから梅干し。本栖湖らしくスト<br>イックでよい。80kmを超えたあたりで、付近を走っていたランナーが、残りはフル<br>マラソンを1回走るくらいだなと、仲間としゃべっていた。そうか、そう考えるとな<br>んとかゴールできそうだなと思えた。<br><br>本栖湖を廻ってしまったら、あとは帰るだけ。精進湖の入り口で100kmの人々が左か<br>らどっと合流してきた。黄色いゼッケンを付けた71kmのランナーも加わっているの<br>で、走路は急に賑やかになる。女性の姿も多くみられウエアが華やかだ。すぐのエ<br>イドは、第5関門であるが、時計は見ない。たぶん間に合っている。ここでクリーム<br>パンを食べた記憶がある。グレープフルーツもこのあたりで食べたと思うが、ひと<br>つ前のエイドだったかもしれない。<br><br>ここからは、数時間前に通った道を、ふたたび折り返していくのだ。まだ、これか<br>ら精進湖や本栖湖に向かうランナーとすれ違うが、さすがにそれらの人数は少な<br>い。<br><br>続きは(4)で。
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12017915106.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2015 18:48:35 +0900</pubDate>
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<title>チャレンジ富士五湖の記録（2）</title>
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<![CDATA[ <br>4/19午前4時、まだ暗い北麓公園の陸上競技場をスタートした。最初にトラックを1<br>周してから外に出ていくところはウルトラらしくない。駅伝みたいだ。1周目の終わ<br>りで寛平ちゃんとタッチする人で小山ができている。自分も加わりたかったが、な<br>にせ、5LAKESの部は関門が厳しい。時間を無駄にできないのだ。寛平ちゃんの顔だ<br>けしっかりとみて、競技場を出る。<br><br>気温は低いはずだが、着込んでいるせいか寒くはない。冬用の長袖にTシャツを重<br>ね、その上からウインドブレーカを着て、手袋も装着。下はひざ下まである七分丈<br>のランパン。すね毛をたどってさらに視線を下にやると、素足にワラーチだ。走り<br>出してすぐに上半身は温まり、手袋も要らない感じになってきた。ワラーチの素足<br>だけが冷たい。<br><br>ハンドライトを右手に持って走るが、ところどころ巨大なぼんぼりのような灯りが<br>ともしてあり、足元が覚束ないほど暗いわけではない。ライトを使っていない人も<br>多い。トレイルランで使うヘッドライトの人は1人だけ見た。<br><br>背中のザックはゴアテックスの上下を入れたので、結構膨らんでいる。周囲を見る<br>と、装備は様々だ。トレランで使う小さめのザックの人、ウエストポーチにドリン<br>クボトルだけの人、まったく荷物のない人もいる。エイドは5kmごとにあるし、荷物<br>も途中に預けてある。だけど、長い道のりでは何があるかわからない。みなそれぞ<br>れに心配なところがあって、着替えや、補給食などを持っているのだ。<br><br>痛むところはどこにもなかった。ペースがやや早いかなと思ったが、体調が良いの<br>で、そのまま流れにのっていくことにした。<br><br>山中湖に向かって下っていくまっすぐな道で、背中に冷たい空気を感じて、ふりか<br>えると、裾の中ほどまで雪をかぶった富士山がくっきりと見えた。左側に少し密度<br>が濃い林があるところで、立ちションをする。事前配布のルールブックには、トイ<br>レ以外での排泄は失格です！などと書いてなかったよな、と記憶を再確認す<br>る。UTMFだったら即刻アウトだ。こういうとき男は便利にできている。世の中で<br>男が優位なのはそれくらいかもしれないなと思う。<br><br>距離表示が2.5kmごとにあるのはうれしい。20分も走らないうちに次の距離表示が出<br>て、着実にゴールをたぐりよせていく感じだ。<br><br>関門1のエイドで、あたたかいココアをもらう。普段は甘い物を飲まないので、大変<br>うまい。小さなパンもあったが、糖質制限で菓子パンは御法度である。ここではと<br>らなかった。<br><br>山中湖を左に見て、ウッドデッキのようになった木道の上を走る。うっすらと霜が<br>おりているようで、つるっと滑る感じがあり、右側のコンクリ部分によける。<br><br>次のエイドでは、レーズンをちょっと食べた。各エイドには必ず、水と塩、梅干し<br>がある。それだけのところもある。ところによって、菓子や果物類が加わる。ブ<br>アーム（ほんとはウに点々をつけるのだがキーの打ち方がわからない、アも小さく<br>したい）というスポーツドリンクも各所にあった。エイドは高山とか丹後のウルトラ<br>に比べると、質素な感じだ。<br><br>写真家が集まることで有名な、忍野八海も通過したはずである。しかし三脚にカメ<br>ラを立てた人たちを見たように覚えているが、例の水車小屋を背景にした富士山の<br>風景は、記憶がない。<br><br>みそ汁のエイドがあり、きちんといただく。おにぎりもうまそうだったが、白米は<br>まだ早いと思い、やめておいた。北麓公園に戻るゆるい坂道を上る。すでに30km以<br>上きたが、まだそれほど走ったという感じがせず、体調はよい。右足のアーチがす<br>こし張っていて気になるが、走っている間にストレッチされて、最後まで大丈夫だ<br>ろう。<br><br>河口湖に向かう途中で、フルマラソンの距離を通過する。ここで初めて時計を確認<br>する。8時半ちょっと前で4時間半くらいか。ペースとしては悪くない。制限には十<br>分間に合う計算である。<br><br>フルの距離を過ぎて、すこし体が重くなるのを感じる。気分的にも「長いな」と思<br>うようになった。これは危ない兆候で、エネルギーが枯渇してきたのだ。理想とす<br>る脂肪燃焼回路を使えば、ここで蓄えた体脂肪をぐんぐん燃やしていけるはずだ<br>が、まだそういう体はできていないようである。<br><br>ここらで、糖質積極大量摂取に、方針を切り替えることにした。とにかく完走でき<br>なければ話にならない。
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12017850204.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2015 15:40:43 +0900</pubDate>
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<title>チャレンジ富士五湖の記録（1）</title>
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<![CDATA[ <br>4/18土曜日、いつもどおり朝4時半に起きて、5時から早朝ランニングに出かけ<br>た。アマゾンで購入したビブラムシートとペレマットというクッション材が金曜日<br>までに届いていたので、昨夜作ったばかりのワラーチのためし履きも兼ねての早朝<br>ランである。最近の休日ランは、このように皆が起き出す前にさっと10kmばかり走<br>るのが習慣である。<br><br>昨年の春はまだ底厚のシューズを履いていて、早朝から30km走って、月間800kmは<br>いっていたのだ。そして7月に故障して、大腿筋がロックしてしまい力が乗せられな<br>くなり、おんたけ100マイルはわずか40kmでリタイヤ。8月は完全に休養して走ら<br>ず、志賀エクストリームトライアングルはDNS。長い盆休みはDIYで庭の工事などに<br>精を出していた。<br><br>9月に入り、大腿部をリラックスさせて走るにはどうしたらいいか考え、裸足ランニ<br>ングをすればいいのではと思いついた。そして会社の昼休みに、駐車場を裸足でぐ<br>るぐるまわる練習を始めた。シューズでは膝に体重がのらずランフォームにならな<br>かったが、裸足だと不思議と走っている形ができた。Born To Runも繰り返して読ん<br>でいて、裸足で走れば故障が治るという直感みたいなものがあった。<br><br>そうはいっても、アスファルトに浮いた小石を踏んづけるととんでもなく痛いの<br>で、３～４kmも走れれば十分なほうだった。一度ぎゃっと痛い目に合うと、気持ち<br>が萎え、ワラーチに履き替えた。そう、ワラーチだって、その前の冬に作って、使<br>用を中断していたものがあったのだ。<br><br>9月の丹後ウルトラが近づいてきた。まだ走れているころにエントリーしたのであ<br>る。往復の通勤ランをワラーチでこなせるようになったが、大腿部の張りがなかな<br>か消えなかった。DNSにはしたくなかったがシューズで走れる気がせず、ワラーチで<br>走ることに決心した。ワラーチでレースに出たこともないのにいきなり100kmであ<br>る。しかし、ワラーチなら100km走り切れるというおかしな自信があった。<br><br>9月14日の丹後ウルトラは、ワラーチだけで完走。13時間11分12秒で家族が待つゴー<br>ルに飛び込んだ。<br><br>前置きが長くなったが、年が明けて、チャレンジ富士五湖が3回目のワラーチでのウ<br>ルトラである。丹後の後、KOUMI100マイルもワラーチで走っている（4周でタイムア<br>ウト）ので、ワラーチ以外で走る選択肢はなかった。<br>結果、5LAKES 118kmを13時間48分57秒で完走したのだが、以下はその一部始終であ<br>る。<br><br>朝食を少なめにとって、7時半ごろ家を出る。目的地は、富士北麓公園の駐車場<br>だ。ゼッケン一式はすでに受け取っているので、明日のスタートまでに到着すれば<br>よく、急ぐ必要はない。費用節約のために、全て一般道路で行くことにした。ドラ<br>イブのおともは、糖質制限中のおやつとして最近よく食べている、煮干しの揚げた<br>やつと、好物のピーナッツである。菓子パンやクッキーは好きだったが完全にやめ<br>た。<br><br>高遠の桜は先週終わり、桜祭りの看板だけが残っていて、道はすいていた。甲府市<br>内に入ると、渋滞し始めた。結局、現地に着いたのは、8時間半後の16時近くだっ<br>た。とはいえ、受け付けは事前に終わっているしもらうものもないので、すること<br>がない。スタート地点を確認して、近くのスーパーに夕食の買い物に出かけた。車<br>中で惣菜などを食べるのだ。<br><br>マックスバリューで、アジフライ(大）、トンカツフライ、焼き鳥串2本、もめん豆<br>腐、温泉卵3つを買う。ここに来るまでの間、６Pチーズ、魚肉ソーセージ、サバ塩<br>焼きなども買っており、これらが今日の夕食である。米やパン、麺類は食べな<br>い。低糖質食でどこまでウルトラを走れるか、実験である。とはいえ、フライには<br>パン粉がたくさんついているし、魚肉ソーセージもわりと糖質がある。<br><br>北麓駐車場にもどり、シュラフにもぐって、スマホの画面など見ていると、車の窓<br>をコンコンとたたく者がいる。なにか？「駐車場を占めるので出ていってほし<br>い」という。「選手は明日の朝2時半に開門するので、それまで道の駅などにいるべ<br>し」とのことだ。それは知っていた。事前のパンフにもそう書いてあった。まさ<br>か、その通りに運営されるとは思っていなかっただけである。指示に従い、速やか<br>に移動、富士吉田の道の駅に向かう。<br><br>4/19大会当日、道の駅で2時に目覚めた。ひどく冷えている。Tシャツにウインドブ<br>レーカだけでトイレに行ったら、それだけで芯から凍えた。周囲の車もざわざわと<br>動き出しているので、すぐに出発。2時半に北麓駐車場に付くと、もはや車が行列を<br>作っていて、係員の誘導に従う。事前パンフの説明とは違って、公園内の道路わき<br>に路駐するよう指示された。あれあれと思ったが、いろいろ場所のやりくりがある<br>のだろうと思い、素直に従う。<br><br>さっそく車中で朝食。レトルトのグリーンカレーを、昨夜食べた豆腐の空き容器に<br>あけて、サバ水煮缶を加え、冷たいまま食べる。辛くてうまいし、サバとカレーは<br>良く合う。それだけでは足りないので、魚肉ソーセージ、チーズ、クリームブラン4<br>枚を食べる。水分は缶コーヒーと烏龍茶で、たちション必至の組合せである。低糖<br>質で走る実験なので、いままでにように、おにぎり３つに菓子パン！という食事は<br>しない。<br><br>スマホで天気を確認する。河口湖周辺は終日、雨降りにならないようだ。しか<br>し、本栖湖や精進湖のあたりはこの辺で晴れていても、雨や雪になったりすると聞<br>く。念のため、背中のリュックにゴアテックスの上下を入れる。それと予備のワ<br>ラーチは紐が切れた時のため。ウエストポケットには、パワージェルを2つ入れ<br>た。ハンドタオルとスマホ、荷物はそれが全て。途中2カ所に荷物を預けられる<br>が、それをピックアップするのに時間をとられるし、途中で必要なエネルギーはエ<br>イドステーションで賄えばよいので、預ける荷物は無しだ。<br><br>5LAKES(118km)のスタートは4時。寛平ちゃんがスタートのピストルを鳴らす。寛平<br>ちゃんはこのコースで練習を重ね、スパルタスロンや地球1周のアースマラソンに挑<br>戦していったのだ。ウルトラを市民マラソンとして広めた彼の功績は大きいと思<br>う。寛平ちゃんに影響を受けてウルトラの世界にはまり込んだ人は少なくないはず<br>だ。<br><br>さあ長い旅がはじまった。と言ってもすべては今日中に終わる話である。集中して<br>行こう。
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-12017460447.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Apr 2015 16:43:46 +0900</pubDate>
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<title>2015篠山ABCマラソンの記録（3）</title>
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<![CDATA[ <br>ゴールゲートのセンサーを踏んでちらと横を見たら、デジタル表示が3時間53分を示<br>していた。過酷な環境だったがとりあえず4時間を切れてよかった。スタッフの少年に完走メダルを掛けてもらう。<br><br>ワラーチの紐にくくりつけたセンサータグを外す。センサーのプラスチック板が素足の甲にこすれて血が出ていた。ワラーチだといつもこうなる。スタート前に足首につけるセンサーと交換してもらえるようだっ<br>たが、面倒なので、親指と人差し指の間に渡したワラーチの紐に、センサータグの<br>針金をねじりつけている。<br><br>幸い、冷雨で足の感覚は完全にマヒしており、痛みはまったくない。<br><br>いろはすをもらって、駐車場に戻ろうとしたが、どっちに車停めていたのか、さっ<br>ぱりわからない。方向感覚が狂ってしまったのか。あてずっぽうに歩き出した<br>が、係の人に、「こっから先は通行できないよ」と言われてしまった。ランナーが<br>走っているのが見える。走路になっていて横断できないのだ。<br><br>仕方ないので、そこは迂回して、ゴールした他のランナーがぞろぞろ歩いていく方にとりあえずついていく。市役所の前を通るが、スタート前に市役所は見ていないので、たぶん違う方に向かっている。雨はまだ降っていて、体がどんどん冷えていく。あまり物事を考えられず、とにかく歩く。<br><br>白いウインドを着た若いスタッフの人に、駐車場はどこですか？と聞くが、駐車場といったって自分がどこに停めたのかこの若い人が知るはずもなく、「それはわか<br>りません」の返事。体はずんずん冷えてきて、レース中より辛くなってきた。<br><br>城の堀に沿って歩いていくと、ランナーが走っているのが見え、走路を横切る道に出<br>た。さっきより齢が進んだスタッフの人に、駐車場に戻りたいが迷っていてたどり<br>着けないと言うと、なにやらトランシーバーで連絡を取ったあと、「この先を左に<br>行くと、係の人がいて、今連絡を取りましたから、走路を横切らせてもらえますの<br>で、それで駐車場に戻って下さい。」という、具体的で実現性のあるなんとも頼り<br>がいのある返事。<br><br>彼の言う駐車場が自分の車があるところか一抹の不安はあったが、希望の光はそれしかない。とにかく歩いた。<br><br>こちらに向かって反対に歩いてくるゴールしたランナーもいたりして、果たしてこ<br>の道でいいのか、不安は途切れなかった。道は狭くぬかるんでいて、駐車場から慎重に出てきた車をやり過ごすのにも時間がかかる。城の石垣が右手に見え、急に開<br>けた場所に出た。<br><br>記憶にはない場所だが、駐車場は近いのだろうか。左手に舗装された駐車場があるが、自分の停めたところの路面は砂利だった。方向が違ったのだろうか？と思っていたところ、いきなり左側に見慣れた三菱デリカの姿が見えた。使ったことないスキーキャリアが付いたその車は間違いなく自分のものだ。よかった。やっと帰ってこれた。マラソンのゴールよりうれしかったかもしれない。<br><br>手がかじかんで、なかなかリュックのベルトが解放できなかったり、キーが回せな<br>かったりで、車に入るのもやっとだった。濡れたものを全部脱いで、乾いた衣服に着替える。エンジンがかかっていない車内は冷えているはずだが、それ以上に体が<br>冷えているので、暖かく感じる。<br><br>ワラーチを脱ぐと、両足の母指球のあたりに大きな水泡ができていた。いつもはこんなものはできないのだが、雨で皮膚とゴムが滑って、摩擦がいつもより大きかったのかもしれない。人心地ついてエンジンをか<br>け、暖かいエアーが出始めると、車内は湿気で満たされウインドウガラスはみな<br>曇ってしまった。<br><br>しばらく、ぼんやりし、体があったまった気がしたので、エアコンをスタートさせ<br>る。ウインドウガラスの曇りがあらかたとれたところで、コンビニに向かう。暖か<br>いラーメンを食べたかった。糖質制限中だけど走った後だからこれくらいは<br>OK。<br><br>カップラーメンと、サラダチキン（鶏胸肉をゆでて塩味がついたレトルトパック）を買って、むしゃむしゃ食べる。<br><br>帰りは、高速道路のインターまでがひどい渋滞。マラソン帰りの人が集中している<br>のだ。マニュアルミッションの車なので、クラッチを踏むと母指球の水泡が痛<br>い。暖かい車内で水泡がさらに膨らんできたようだった。<br><br>高速に入ってしまうと渋滞はなく、途中何度も休憩しながら、帰ってきた。食事は家についてからと思っていたので、ミックスナッツをぼりぼり口に入れながら、ブラックコーヒーで流し込んだ。糖質を過剰にとっていなければ運転は眠くならない（多少は眠い）<br><br>夜10時前に帰宅。風呂に入って、夕食はおでん。糖質制限にはありがたいメニューだった。
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-11999281647.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Mar 2015 11:43:47 +0900</pubDate>
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<title>2015篠山ABCマラソンの記録（2）</title>
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<![CDATA[ <br>10時40分に陸連組がスタートして、10分後に非登録組スタートのファンファーレが鳴る。1万人もいるとは思えないほどスムーズなスタートだ。<br><br>スタートゲート通過までずいぶんかかった気がしたが、後からランネットの記録を見ると、2分ちょっとで通過している。ワラーチを踏んづけられないように、周囲と距離を保ちながら、ころばないように走る。<br><br>4時間以内で完走できればいいので、ペースは気にしない。ウルトラのペースより若干速めで行く感じだ。体も軽く、まずは良いスタートをきった。<br><br>途中のラップは特に見ていなかったが、ランナーズアップデートでみると、10km通<br>過が55分51秒で、スタートロスを引いてラップは53分47秒、ペースは5分23秒/km。いつもの通勤ランよりちょっと速いくらい。<br><br>エイドは5kmおきにあり、スポーツドリンクと水が紙コップで置いてある。スポーツドリンクが手前においてあり、それを各エイドで必ず取った。２～３口だけ飲んであとは捨てる。<br><br>冷たい雨に打たれてサポートするエイドの人々は大変だ。ウルトラのエイドでは立ち止まってゆっくり飲むが、フルは短いレースなので、立ち止まらずに行く。<br>基本的に5kmごとのエイドでは、スポーツドリンクと水だけのようだった。<br><br>20kmくらいから、沿道で応援してくれる人々からのいろいろな差し入れがあっ<br>た。飴とかチョコとか果物とか。<br>自分はほとんどもらわわなかったが、唯一、赤飯を親指くらいの小さなおにぎりにしたものを出している少女の親子がいて、これは思わず、「いただきまーす」といって頂戴した。<br><br>ゆるい上り坂が目立ち始めて、少しエネルギー不足かなと感じていたところで、これはありがたかった。久々のもち米は「うまし！」で、力がみなぎった。<br><br>20kmの通過は、1時間50分で、10kmからのラップは54分11秒と、少し遅くなってきたが、まあほぼイーブンである。足はまだまだ軽く、どこも痛まず、ワラーチの具合<br>もよい。雨だけが降り続いていて、手袋はぐっしょりで役たたずとなり、ポケットにしまわれた。<br><br>25km手前だったか、シシ汁を出しているエイドがあったので、すかさず立ち寄る。あったかいみそ汁で大変うまい。シシ肉は野趣あふれる香りで豚肉とは違う。ここだけは立ち止まってゆっくりと味わった。<br><br>25kmをすぎると、30.6kmの関門を折り返してきたランナーとすれ違うコースとな<br>る。5km先を行くランナーは皆すっ飛ばしているという感じでとても速い。<br><br>彼らはすでに35kmを越えていて、今2時間15分だから、ゴールまであと7kmを30分以内で行けるとして、2時間45分のランナーということだ。<br><br>自分も20代のころはあれくらいで走っていたなと思うが、遅くても50歳の今も走り続けられていることに感謝したい。<br><br>とにかく3時間以内のランナーは速い。そっちばかりみているとセンターライン寄りになるが、もしぶつかったら大けがになって相手に迷惑がかかってしまう。<br>速い人々を見てこっちのペースも上がる。コース設定としてはなかなか良いと思<br>う。<br><br>こっちもやっと折り返し点を迎え、自分より遅いランナーとご対面することになった。急に優越感を持ってしまう。長い下りが終わる35km地点まで来ると、対向車線には歩いている人が目立つようになった。<br><br>この時点で歩き出すと先が長くてつらい。自分も初マラソンのときは25kmくらいで歩き出していたことを思い出す。彼らもまだ経験が浅いのだろう。がんばれ！<br><br>30kmの通過は、2時間46分14秒<br>で、20kmからのラップは56分12秒と、すこしづつ遅れてきた。10-20kmのラップと比すと2分遅い。まあそれも後からランネットを見て書いている話で、走っている最中、時計は見ず、気分でペースを決めていた。<br><br>まだまだ、ガス欠感はない。さすがに足は軽快とは言えなくて、ペースアップは難しいが、ラストまで十分いけそうだ。<br><br>36.3kmの関門を過ぎると、残りは6kmもない。いつもの通勤ランより短い距離だ。結<br>局、雨は降りやまず、かえって雨脚が強まったようにさえ感じる。ゴアテックス上<br>下を着てきてよかった。<br><br>向かい側の道路に、選手収容者の観光バスが並んで走っている。これだけ寒いと、止まったら終わりだ。すぐに収容してあげないと、低体温症になってしまう。<br><br>道路わきにうずくまって膝を抱えていたランナーは無事に収容されただろうか。今年の篠山は過酷だ。完走率は低いに違いない。<br><br>ゴールに向けてはまっすぐで平坦な道が続く。40km地点通過。<br><br>昨年の今頃は、大腿筋が痛くて走るのがつらかった。まだシューズを履いていて、大腿部で着地のショックを吸収する走り方をしていた。長年そういった走り方を続けてきて、昨年夏のおんたけウルトラで、ついに走れなくなった。<br><br>大腿筋の前面が完全にロックしてしまい、まともに着地できなくなったのだった。おんたけウルトラは40kmでリタイア。<br><br>大腿部の筋肉を使って走るのはよくないことはわかっていた。Born to Runを繰り返して読んでいたし、ワラーチで走った経験も少しあった。吉野剛の裸足ランニングの本も読んでいたし、ケンボブの本も買った。<br><br>シューズを脱ぎ捨てる用意はできていたのだ。完全に走れなくなるまで、それに踏み切れなかったということだ。<br><br>&gt;&gt;次はゴールから帰宅まで
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<link>https://ameblo.jp/sekine-minoru/entry-11997565743.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Mar 2015 07:42:30 +0900</pubDate>
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