<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>パーマ屋の娘のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/sekosan/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>パーマ屋の娘　と　地蔵な商店街の住人　通行人</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>その15歩</title>
<description>
<![CDATA[ その向かいくらいにニンニクの健康食品を売る店。<br>その又少し先には梅干しの専門店。ごく最近出来たお店だ。<br>みんな、お地蔵様に参拝に来る人向けの商品構成になっている。<br>やっぱり、おばあちゃんの原宿？。<br><br>パーマ屋の娘が子供の頃からある店ではないがお気に入りの店がある。<br>商店街を四分の三ほど行った所にある煎餅屋だ。<br>若い夫婦で手焼き煎餅を商っている。<br>どこが好きかというと、この夫婦、<br>何となくおっとりしていて良いとこのお嬢さんとお坊ちゃんが結婚してお店をやっている感じがする。<br>ちょっと良い感じのエグゼクティブ夫婦を扱う雑誌に出て来そうな感じがすごく良い。<br>育ちが良さそうに誰にでも愛想もいい。<br>もっと良いのはここの店の堅焼き煎餅。<br>８～９センチの丸い醤油味の煎餅がおいしい。<br>パーマ屋の娘はこれが大好きで海外出張の時には必ず二〇～三〇枚位を持っていく。<br>そのまま食べられるし、湿気さえ気おつければ滞在中保つ。<br>万が一、忙しかったり、店が閉まってしまったり、<br>田舎に行って店を店を見つけられなかったりして食事をとれない状況になってもこの煎餅があれば大丈夫。二枚もゆっくり食べればおなかもきつくなるし、日本食が恋しい時などにはぴったり。<br>海外に済む日本人のおみやげにしても喜ばれるし、初めて食べる外人にも評判がいい。<br>　<br>　ある時日本人の奥さんとアメリカ人の旦那さんにおみやげにあげた。<br>奥さんは日本の食べ物は貴重でしかもおいしい煎餅とあって大事に食べていた。<br>しかし、アメリカ人の旦那さんは珍しさもあって<br>奥さんが大事に取って置いた煎餅を棚から見つけてバリバリ食べてしまい<br>夫婦喧嘩になった事があった。<br>何だかおみやげで喧嘩になるなんてしかも、喜ばれた上での喧嘩。<br>変な気分だった。その夫婦には帰国後煎餅を送ってあげた。<br>　堅くて香ばしくて今まで食べた煎餅の中で一番好きな煎餅だ。<br>ただし、パーマ屋の娘は一度この煎餅で痛い目に遭った事がある。<br>丸い煎餅をそのままをガリっとかじったとたん、前歯がガギと欠けた。<br>それ以来、小さく砕いてから食べることにしている。<br>でも、ストレスがたまった時には一気にガリッとやるとおいしいし、<br>気分もすっきりする。<br>悲しかったのはパーマ屋の娘の連れ合いが減量を医者に言い渡され菓子類は全て禁止。<br>もちろん煎餅も例外ではなかったので、しばらく煎餅を買えなかったこと。<br>最近は　解禁になったので　煎餅屋かよいは再開した。<br>　もう一つは冷害で米が採れない年があったとき70円だった煎餅が90円に値上がりしていた事だ。<br>原料の米が高値だったのだが、ちょっとガッカリした。<br>でもそのときでも味は同じで安心した。今では一枚80円。<br>パーマ屋の娘の連れ合いも自分で買ってくるようになった。<br>陁にも　粗目がついたのやら　ノリの付いたのやら　いろいろ　あるが<br>やっぱり　醤油で焼いたのが　一番すきな　パーマ屋の娘の娘であった。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10213314186.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Feb 2009 13:52:05 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その14歩目</title>
<description>
<![CDATA[ その　お店の斜め前に<br>お笑いのタレントさんがやっているお店がある。<br>地蔵通りにこのお店ができたときには<br>タレントショップができるというので<br>誰のお店ができるのかと　ちょっとわくわくしたが　<br>若いタレントのショップができるわけはなく・・・・。<br>漫才で<br>「地下鉄がどっから入っていくのか、考えると寝らんなくなちゃった」って落ちの漫才師さんで　<br>奥さんとやってた方。<br>店の看板には山藤章二氏が書いたご本人の似顔絵がでかでかと描かれている。<br>時々店先に立たれて　年長のご婦人方に愛想を振りまいて握手なんかしている。<br>そのお店では年輩向きの健康肌着やカジュアルなシャツを売っている。<br>俗に言うババシャツと言われるシャツがよく売れているようだ。<br>巣鴨には　マルジという　他の追随を許さない衣料品店があるが　<br>マルジよりは　高級感を全面にだして　品質の良さを売り物にしている。<br>お店の店員さんは　妙齢のご婦人と男性が2人。<br>かのご婦人はちょっと前は　たぶん芸能界で活躍してたんでしょ？っていう感じのいでたちで<br>ちょっと高めの声で話す。<br>観光にお見えのご婦人たちより　どこか　華やかだ。<br>パーマ屋の娘が　犬の散歩で通りかかると<br>必ず声をかけてくれる。<br>「ああ　今日もかわいいわね。いいこね～」。<br>どうも　恐縮してしまう。<br>ここには　不思議な　布を使った　トップスが売られている<br>水の入った　コップに　布の切れ端をいれ<br>「これ　濡れても　冷たくならないんですよ」<br>と　お客の手を　とって　手の甲に　その布を滑らせ<br>「ほらね」っと　説明している。<br>パーマ屋の娘も　さわらせてもらったが<br>なるほど　さして　冷たさは感じなかった。<br>しかして<br>「汗をかいても冷えない」という商品らしい。<br>タレントショップだけあって<br>お客の入りは　なかなかのようだ。<br>縁日などには　かの　タレントさん本人が　店頭に立っていることもある。<br>いかにもいい人そうな　お顔立ちで　話しかけられると<br>思わず　お店にはいってしまい　何か購入されるご婦人が<br>ひっきりなし。<br>巣鴨　唯一の　タレントショップだ。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10174414701.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Dec 2008 16:46:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その13歩目</title>
<description>
<![CDATA[ 郵便局の近所には何軒か新しくできた店がある。<br>おばあちゃん向け洋品店。<br>　昔からあったテーラード店が　新しい店舗に移ったと持ったら　<br>年配の女性専門の洋品店になった。<br>幼稚園の子供がいるよな若いママがみたら<br>ゲッと　思うかもしれない　派手な紫と黒とピンクをあしらったＴシャツ。<br>どこから見てもあっあそこにいる　っと　わかりそうな<br>鮮やかな色合いのジャット。<br>お腹周りに伸び縮みするジッパーが付いたスラックス。<br>膝が悪い人がお医者さんに行ったとき簡単に膝を診察してもらえるように　<br>くるぶしから膝まで　ジッパーであくようになっているスラックス。<br>大きな豹がでんと胸にあしらわれたカットソー。<br>その色違いでピンクの豹もいる。渋いグリーンとか　濃い茶色なんて無い。<br>ピンクのフリル付き大きめゆったりサイズのブラウス。<br>おっグレーのカーディガンっとおもったら　銀のバラの刺繍がびっしり。<br>でも　これを着ると　元気になるらしい。<br>その証拠に　歩いている年長のご婦人たちの歩く速さの早いこと。<br>大きな荷物をもって　さっさと　歩く。<br>以前　巣鴨の年長のご婦人たちを研究した日本女子大の先生がいて<br>その方のご本では　何人かの　年長のご婦人たちの地蔵通りでの行動を<br>調査したレポートが載っていたが、その行動範囲と言ったら<br>お地蔵さまの境内をまんべんなく回り、佃煮やを2件はしごし、<br>新しくできた　漬け物屋、お茶屋はもちろん　<br>恒例の薬屋4店舗巡り、<br>餅菓子屋でおみやげの餅菓子を買い求めついでにお昼ご飯をすます。<br>そこから　マルジを攻めて　また　お地蔵さんの境内にもとり　<br>ベンチで一休み。<br>ここまで2時間。よく調べたもんです。<br>でも　歩いている年長のご婦人は70歳を　軽くこえています。<br>サーチを担当した人は大学学院生24歳の女性。<br>この女性にお会いしたがこのときサーチは結構疲れたとおっしゃてました。<br>とにかく巣鴨にくる年長のご婦人たちは元気がいいのだ。<br>だから　明るく色鮮やかで目立つ洋服をお召しになる（？）のだ。<br>だから　巣鴨の用品店て　結構派手で　目立つ物が多いんです。<br>こんど　ちょっと　のぞいてみれください。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10152653952.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Oct 2008 16:13:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その12歩目</title>
<description>
<![CDATA[ 商店街の中程に郵便局がある。<br>この郵便局も今はずいぶんときれいで明るくなったが<br>パーマ屋の娘が小さい時にはコンクリート色の薄暗い建物だった。<br>真ん中に回転扉があって両脇にドアがついていた。<br>パーマ屋の娘は郵便局の回転扉が好きだった。<br>回転扉を回していると　どこかに違う世界にいけるような気がした。<br>ちょっと　大人になった気分にもなった。<br>回転扉までは4段か5段のちょっとした階段があった。<br>学校から帰って行く途中の子供たちが回転扉の前から　<br>何階か　階段を飛び降りてから帰っていった。<br>小さい子は3段目から　大きい子は　一番上から飛び降りた。<br>だけどパーマ屋の娘は気になっていた。<br>階段の角に付いている鉄の縁。<br>もし　飛び降りるのに失敗してこの角に足ぶつけたら<br>血がでて痛いだろうな～～っと　思った。<br>それくらい　角がとがって見えた。<br>実際何人かは　足をぶつけて痛い思いをした。<br>　ある日　パーマ屋の娘がいそいそと回転扉に向かうと<br>回転扉にロープがかけられて回転扉から郵便局に入れなくなっていた。<br>どうもだれかが回転扉に手を挟んで大けがをしたらしい。<br>それで　安易な方法として　使用禁止にしたらしい。<br>パーマ屋の娘は　ショックだった。<br>だって　お姫様になれなくなってしまったのだから。<br>回転扉から外にでると　お姫様になった気分で　スカートが<br>ひらっとはねあがったようなきがして　いい気持ちだったのに。<br>回転扉から局に入ると　映画でみた大きな銀行に入って行く大富豪の令嬢になれたのに。<br>回転扉から入ってそのまま　表にでてくると<br>巣鴨の地蔵通りから　パリの町並みに瞬間移動できた気分になれたのに。<br>思わず　ため息をついてしまった思い出がある。<br><br><br>灰色のイメージの建物が窓の沢山ある明るい建物に建て替えられ<br>局のまえにはいくつかのベンチがしつらえられた。<br>そのベンチにはいつも人が座ってるようになった。<br>縁日の日にはお好み焼きを持った人が何人も<br>並んでお好み焼きを食べていたり、氷を食べ<br>ていたりする。木のベンチはなんだか温もり<br>があって好きだ。日曜日にはお弁当を広げている人たちもいる。<br>おにぎりやお新香を密閉<br>容器に入れてお友達同士がとりかえっこして食べている。<br>まるでピクニックの様だ。<br>きっとほかの郵便局の前ではだれもお弁当なんて広げないと思う。<br>　夜は夜でアベックが座って仲良く話し込んだり、<br>酔っぱらちゃったお父さんが寝ころんで休憩していたりする。<br>ときどき　終電を逃しちゃった人が寝ていたりもする。<br>駅前でもないのになかなか利用度が高いベンチなのだ。<br>そんな　局前ベンチである。<br>　ここには近隣の迷惑ものがいる。<br>この迷惑もの、かつてはお地蔵の本殿に住んでいたのだが建物が汚れる、<br>参拝の人に糞がかかるなどの理由で敷地から追い出された。<br>迷惑物は鳩。<br>追い出された鳩は商店街の入り口にある「六地蔵」に避難した。<br>その残りの何十羽が郵便局に集まるようになった。<br>近くに豆や雑穀など商う店があてその店先のおこぼれが目当てらしい。<br>鳩たちはここで食事をする人の残り物をあさったり、<br>わざわざ餌をまきに来る人もいて、鳩の数はどんどん増えている。<br>鳩がおとなしくしている時はいい。<br>でも一旦何かに驚いて一斉に飛び立つ時の羽音とホコリ。<br>お弁当を広げている人には迷惑な話だ。<br>近所の食べ物屋さんは<br>「少なくとも餌だけはやらないでほしい」と言っている。<br>この食べ物屋さんは決して鳩を追い払う様な事はしないが・・・。<br>通りすがりの犬も迷惑を被る。<br>犬に驚いて鳩がいきなり飛び立つ物だから餌をやっていた子供が泣いたり、<br>お弁当を広げながらお弁当のおこぼれを鳩にやっている人が<br>「なんて犬だ！」といって怒ったりする。犬と犬の飼い主にすれば<br>「なんで？。通っただけでしょう？」てな具合だ。<br>鳩も犬も悪気は無い。<br>人間が勝手に餌をやっているだけだ。<br>餌をやる人も良い人で、餌をやらない人も良い人。<br>良い人ばかりだと世の中うまく行かない。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10149826519.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Oct 2008 21:37:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その11歩目</title>
<description>
<![CDATA[ お地蔵通り商店もだいぶ様変わりしてきた。<br>コンビニが３軒もできたのも最近の事だ。<br>一番最初に出来たコンビニはその前、時計屋さんだった。<br>この辺では近所のお店を屋号で呼ばずその家の氏で呼ぶのが普通だ。<br>だからコンビニになった時も<br>「田端さんに買い物に行ってくるね」という調子だった。<br>最近出来たコンビニは酒屋さんがコンビニになった店で<br>若いアルバイト店員に混じって酒屋のご主人がレジにいるのを見ると<br>他のコンビニと違って冷やかしで帰れない気がし、なにか買うのものを探してしまう。<br>「変な本も買いにくいから他で買ったりして・・・」と言う具合だ。<br>でも夜小腹が減り何か欲しい時や夏冷蔵庫の氷が間に合わない時などはすぐ近くにあるし、24時間営業だしとても助かる。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/11/c8/10099224409.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/11/c8/10099224409_s.jpg" alt="マルジ" width="220" height="165" border="0"></a><br><br><br>　地蔵通りの中程にいつも自転車がたくさん止まり、<br>交通渋滞を引き起こすというすさまじいお店がある。<br>衣料品を扱っているお店なのだがその量が半端じゃない。<br>家族全員、赤ちゃんからおじいちゃん、おばあちゃんまでの下着からよそいきまで、<br>なんでも揃う。<br>中には膝や肘、間接のあちこちの保温や保護に使うサポーターや<br>水虫防止用の靴下なんてのもある。<br>もちろん喪服やドレスもある。<br>男物の礼服も作業着もある。<br>そうそうもちろんモンスラもある。<br>「ここに来ればわたしらのズロースもあるのよ。７分パンツも７分袖のシャツも。<br>おしゃれ着もあるしね」<br>ズロースって何かご存じ？。<br>股上の深いパンツで足の入る部分に細いゴムが入っている。<br>ブルマを薄いソフトジャージで作った様な下着だ。<br>しかし、この店のメリットは品揃えの多さだけでは無い。<br>安い。とにかく安いのだ。<br>スリッパ235円。子供用スエットスーツ485円。<br>半端な靴下100円。結構よさげなジャンパー1980円。<br>タイムサービスとか特価品なんてもっと安い。<br>「さあ、ただいまだけのサービスです。一流メーカブラウス。<br>7800円以上が780円。780円です」<br>女の店員さんがマイクを持ってお客をあおると買い物を済ませて通りすぎようとす<br>る人まで品物の入った段ボールをのぞき込む。<br>遠くから買い物にやってきたお友達同士がお互いのお気に入りを当てながら<br>「あんたこれいいわ。780円には見えないわ」<br>「これ買おうかな。でもさ近所の人に780円て言わないでよ」<br>「大丈夫、あたしも買うから。こっちの茶色」と楽しそう。<br>でもこのお店ちょっと欠点もある。<br>品物が多すぎて探すのが大変。目的の物がなかなか見つからない。<br>子供連れのおかあさんは子供が通りに出ないように、<br>悪戯をしないように見張りながら買い物をするのだけれど、<br>品物陰に隠れたら子供なんてすぐ見失う。<br>でも、ちょっと覚悟を決めて両手を自由に出来る服装で出かけると、<br>すごいお気に入りなどが見つかってしかも安いときているから結構おすすめ。<br>お店は地蔵通りを挟んで向かい合って２軒ある。<br>その片方で自分のパンツを買い会計で男の人に会った。<br>眼鏡をかけた丸顔の男性。<br>そして、向かいの店で主人のシャツを買おうと前を見ると、<br>さっきレジにいたはずの人がマイク片手にお客を呼び込んでいる。<br>（？）見間違い？スーパーマンじゃあるまいし早業すぎる。<br>滅多にお目にかかれないがここの経営者の兄弟だ。<br>双子でも無いのに良く似た兄弟だ。<br>パーマ屋の娘は見比べてはいつもニコニコしてしまう。<br>つい最近、なんと3件目の店がオープンした。<br>紳士物を専門に扱う店を開いたのだ。<br>襟元にボアが付いた暖かそうなハーフコートが1980円。<br>紳士用パジャマが1000円。<br>ブリーフ380円、ランニングシャツ380円などやっぱり安い。<br>近頃はお客さんに外国の人も増えた。<br>おばあさんたちはそんな外国人の面倒もみてしまう。<br>「あんた、それは物がわるいわよ。こっち、こっち、こっちにしなさい」<br>すると話しかけられた外国人は<br>「こっち？」と言葉が解ったのか素直にアドバイスに従って品物をとりかえた。<br>その後もそんな会話（？）のやりとりがあって、<br>外国人は品物を買って店を出ていった。<br>通りにでた外国人に<br>「うるさいおばさんに捕まったわね」とパーマ屋の娘が話かけると<br>「ΨαμψΣηω」えっ？<br>つたない英語であのおばさんの言葉は解ったのか聞いたら、彼らの答えは<br>「NO」だった。言葉が解らないのによくおばさんの言うとおりにしたわねと言うと<br>「年寄りの忠告は聞くものだ」と言われた。<br>フィリピンの人はいい人だと思った。<br>その後4件に増えたマルジは<br>今日も多国籍の老若男女でにぎわっている。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10148795749.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Oct 2008 10:40:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その10歩目</title>
<description>
<![CDATA[ 近頃、巣鴨駅近くと地蔵通りには薬屋さんがたくさん出来た。<br>チェーン店展開をしているお店が４軒。<br>昔からの薬屋さんが大きくなったり、<br>昔のままで６軒と歩けば便利に買い物が出来、<br>いつもどの店もお客さんがたくさん入っている。<br>そのほかに、漢方薬局も３軒ある。<br>みんな、どこか病んでいるのかと思うとそうでもない。<br>おしゃれのための化粧品や髪染めなどを買い求める人がたくさんいるのだ。<br>たくさん並んでいる薬屋さんを<br>「ドラッグストアー」と呼んで高校生の女の子達がたくさん買い物をしている。<br>ちゃんとどの店が何が安いかを知っているのが主婦よりすごい。<br>友達とちゃんと品定めをしてかわいいマニキュアとかリップクリームとか<br>きっと校則違反だとは思うのだけどヘアーブリーチなども抱えて買っていく。<br>「これは髪がパサパサになるからダメよ。<br>これは良いけど高いよね。アムロのＣＭのもあるけどどうする？」<br>茶髪の女の子は真剣だ。<br>「ちゃんとスキンケアしないと２５すぎたらオバサンだってママが言ってた」<br>う～ん私より自分を磨いてる。ご年輩の御婦人だってまけてはいない<br>「あんたは白髪がすくないからおしゃれ染めってので充分よ。<br>あたしはもう真っ白だから白髪染め。<br>あんた、そのファンデーションは若い子向きよ。<br>色が黒く見えて損よ。大人は色白でなくっちゃ！」<br>ちょと遠くなった目で小さな説明書きを読み読み<br>化粧品や健康食品を篭に放り込む。<br>お店だってお客さんを逃がさないように店員さんはたくさんいるし、<br>レジもたくさんあけてお客を待たせない。<br>ご年輩には胃腸薬や入れ歯磨きの試供品を、<br>若い女の子にはビタミンＣやカルシュウムの試供品をおまけに付ける。<br>順番に入って品揃えと値段を見て歩くだけでも立派に<br>リクリエーションになりそうな位たくさんある。<br>どの、薬屋さんでもお年寄りと店員さんの珍問答が繰り広げられる。<br>「えっと、便秘の薬で行楽てのをちょうだい」<br>「行楽ですか？」と店員さん<br>「そっ、行楽。娘がそういってたのよ」<br>店員さんは棚を見ながら<br>「行楽、行楽？？？」と探すが見つからない。<br>「ないの？じゃいいわ」<br>「あいすいません」と店員さん。お年寄りが別の店に向かったころ<br>「あっ、コーラックだ！」と大きな声を発した。<br>店の半分くらいの店員さんとお客さんが大声の主の店員さんの方を一斉に振り向いた。<br>「そうだ、そうだコーラックだ！」<br>声の主の店員さんはなおもつぶやき続ける。<br>事の成り行きを知らない人はさぞや変なやつと思ったに違いない。<br>中には用意のいい家族を持ったお年寄りもいる。<br>常備薬の箱をおばあさんに持たせて買い物に出していた。<br>なんとこのおばあさん秋田の観光ツアーのバッチをつけていたのにはビックリ。<br>日本中から薬を買いにきているのか？<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10146901580.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Oct 2008 20:12:19 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その9歩目</title>
<description>
<![CDATA[ 巣鴨の地蔵通りにはパーマ屋の娘が小さいときからの大好きな店屋がたくさんある。<br>商店街の入り口近くで餅菓子を売る店の主人や女将さんはいつも愛そうが良く<br>「おねえさんいつもすいませんね」と必ず声をかけ、<br>季節の果物や草花をおまけに付けてくれたり、<br>おつかいのもにたくさん買うと別に１つか２つよけいに大福やお団子をいれてうれる。<br>女性って幾つになっても「おばさん」なんて呼ばれたらむっとする。<br>そんななか　かならづ<br>「おねんさん」は気持ちがいい。<br>食堂もついていてどんなに忙しくても<br>おばあさんやおじいさんの要領を得ない注文に<br>お店で働く人たちがいやな顔をしたのを見たことがない。<br>店主の人柄が店員さんにも伝わるのだろう。<br>　その店のすぐ側に人形焼きの店がある。<br>昔からの顔馴染みの職人さんが忙しく人形焼きを焼いている。<br>ずいぶん前だが商店街の青年会が中心になって毎月ボーリング大会を<br>開いていたことがある。<br>パーマ屋の娘も誰かに誘って貰って毎回参加していた。<br>その中にこの人形焼き屋の職人さんがたくさん参加していてずいぶん仲良くして貰った。<br>　香ばしいにおいのする午前中にこの前を素通り出来ない。<br>あんこの入っていない鳩の形をした一番安い袋を時々買うが<br>いつも可愛い格好でおいしい。<br>２度にわたる消費税などの値上げにも商品の便乗値上げなどしない根性がすごい。<br><br>　その少し先にお茶屋さんが何件か並んでいる。<br>この付近に集中しているので呼び込み合戦がすさまじい。<br>ちいさな茶碗に濃いお目のお茶を入れ、<br>３つ４つお盆に乗せ通りすがりの人に勧める。<br>巣鴨には結構古くからお茶屋さんをしている店が何件かある。<br>そのお茶屋さんだけで商売をしていたときには今のような呼び込み合戦はなかった。<br>気に入ったお茶屋さんで<br>「いつものください」と言えば２００グラムで５００円の粉茶を売ってくれた。<br>ある時、<br>個人商店らしくない会社が経営しているなと思わせるお茶屋さんが１件できて<br>ネクタイを締めた若い男の店員さんが客引きをするようになった。<br>古くからのお茶屋さん２件の目と鼻の先。新しいお茶屋さんができてからしばらくして呼び込み合戦の火蓋が切って落とされた。<br>　新しくできたお茶屋さんは若い男の店員さんが元気良く呼び込みをする。<br>もう一方では海苔の切れ端を客に勧める。<br>もう一軒では流行のお茶。<br>たとえば、グリーンティーという甘い味のついたお茶や羅漢果という実のお茶を勧める。<br>どこも元気でおもしろい。<br>でも、こちらが元気の無いときには少しうるさい。<br>そんなときパーマ屋の娘はぐるっと　避けて通ることにしている。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10146563117.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Oct 2008 22:18:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その8歩目</title>
<description>
<![CDATA[ お地蔵さんの境内では夏には盆踊りが開かれる。<br>商店街の役員がハッピを着込み交通整理をしたり普段から<br>練習して備えた太鼓のばちさばきを披露したり結構な人出になる。<br>最近は無いようだがパーマ屋の娘が小学生の頃にはコンテストがあった。<br>何日か通って一通り踊りを覚えた頃コンテストが始まる。<br>商店街の近所の踊りのお師匠さんや商店会の役員が審査委員で<br>踊っている子の背中に番号の書いてある内輪を刺す。<br>内輪をさしてもらった子は舞台の上に上がり２０人ほどがそろったところで<br>会場に来た人の投票で順位が決められる。<br>６位くらいから順に発表されて商店街のあちこちの店の品物が商品で渡される。<br>大人も子供も一緒の舞台だったから１位とか２位はたいてい大人だった。<br>うまいのは踊りを習っている子。<br>その当時も日本舞踊を習っている子は少なかったので特に目立った。<br>パーマ屋の娘の同級生の野口という女の子はお姉さんと一緒に踊りを習っている上に<br>姉妹で美人だったから最高に目立った。<br>おまけに、姉さんが踊りのお師匠さんをしているのでコンテストの条件は良かった。<br>「お姉さんが先生だもの当たり前よね」とやっかみ半分の陰口も有ったが<br>可愛くて踊りがうまいのは事実だった。<br>パーマ屋の娘も彼女が羨ましかった。<br>パーマ屋の娘はできるだけ上の商品がほしかったのである作戦を考え出した。<br>コンテストは１週間くらいある。<br>上位に入賞した人は決勝大会に出る資格と共にリボンの印を付けるので<br>内輪を刺すコンテストにはもうでない。<br>そこで、うまい人たちがいい加減選別されて人数の減った頃の日を見はからって<br>審査員の前を行ったり来たり。<br>パーマ屋の娘もちょっとは自信が有ったものだから上位の商品をねらった。<br>案の定５日目ともなると子供が多くなり作戦通り２等賞の商品をせしめた。<br>決勝にも残った。<br>　上手に踊る大人の人たちは浴衣に白い足袋に草履を履いていて、<br>なんだか特別な人と思えた。<br>その中には普段、商店街では見かけない人も多く隣の町から参加しているらしかった。<br>結局、決勝戦の上位入賞者は足袋を履いた人たちが独占。<br>同級生の野口という子も足袋を履いていた。<br>むろんパーマ屋の娘やほかの同級生たちは選外であった。<br>　今でも毎年夏になると盆踊りが開かれる。<br>パーマ屋の娘は中学生くらいになると盆踊りには行くものの踊りを踊らなくなった。<br>なんだか人前で踊るのが気恥ずかしくてせっかく作って貰った絞りの浴衣も<br>手を通さず終い。<br>そのかわり。<br>盆踊り大会は友達と堂々と夜、待ち合わせの出来る場であった。<br>中の良い友達とつるんでいるだけで楽しくて幸せだった。<br>巣鴨の隣町とか　あちこちで開かれる盆踊り大会を順番に回って<br>屋台の焼きそばやアイスキャンディーを友達と分けあって食べるのが夏の行事になった。<br>そして、すっかり大人になった今でもゴム風船に安いジュースをいれて固めたアイスキャンディーや真っ赤なショウガの乗ったお好み焼きがパーマ屋の娘の夏の楽しみの一つだ。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10145154818.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Sep 2008 10:52:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その７歩目</title>
<description>
<![CDATA[ パーマ屋の娘　と　地蔵な商店街の住人　通行人<br><br>パーマ屋の娘が遭遇した　商店街の住人　通行人の悲喜交々。 それは　全て　パーマ屋の娘がかかわる単なる日常。 の　はずですが・・・・。<br>2008-09-27(Sat)<br>その７歩<br><br>　パーマ屋の娘が幼稚園に通っていたころにはお地蔵さんの本堂は木造で、<br>今あるりっぱな山門はなかった。<br>線香を焚く鉄の大きな香炉も今のように灰が下に落ちる様なものではなく、<br>夕方になると寺男が香炉の下の口から真っ赤な線香の灰をかき出して<br>水をかけて消していた。<br>そのときに上がる水蒸気の匂いが線香の匂いと鉄の匂いが混じった様な匂いで<br>忘れられない。<br>パーマ屋の娘は良くお地蔵さんの境内で遊んだ。<br>大きな銀杏の木の下で葉っぱを集めて首飾りにしたり、<br>洗い観音の柄杓で境内に水をまいたりした。<br>その頃のお地蔵さんは今のように夕方まで人がわさわさといるわけではなく、<br>１時ころからお参りする人もまばらで、<br>お坊さんも暇だったのかパーマ屋の娘やその友達と良く遊んでくれた。<br>何人もお坊さんがいるときはバレーボール位のボールでキックベースなる<br>足でける野球の相手をしてくれたり、どっちボールの相手もしてくれた。<br>一人のときは<br>「遊園地の飛行機だー」と手を持ってぐるぐる回し一回１０円と言って手をだした。<br>「ハイ、１０円」といって手を差し出した。<br>差し出された手に葉っぱや小石を乗せるともう一度回してくれた。<br>お坊さんかパーマ屋の娘のどちらかが目が回って気持ち悪くなるとその遊びはおわった。<br>今頃はどこかのお寺の住職にでもなっている偉いお坊さんだったのかもしれない。<br>今時のお坊さん達は子供と遊んだりするのだろうか？<br> <br>theme : ショートショート<br>genre : 小説・文学<br>小説 ｜ comment : 0 ｜ trackback : 0 ｜ ▲<br>« NEXT |  BLOG TOP  | PREV »<br>trackback<br><br>この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)<br>comment form<br>Name<br><br>Subject<br><br>Mail<br><br>URI<br><br>Font &amp; Icon<br>      <br>Comment<br><br>Pass<br><br>Secret<br>管理者にだけメッセージを送る<br><br><br>comment<br>▲<br>« NEXT |  BLOG TOP  | PREV »<br>Powered by FC2 Blog<br>ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ<br>Copyright © パーマ屋の娘　と　地蔵な商店街の住人　通行人 All Rights Reserved.<br>プロフィール<br>Author:弁天小娘<br>ＦＣ２ブログへようこそ！<br>最近の記事<br>その8歩目 (09/29)<br>その７歩 (09/27)<br>その6歩目 (09/26)<br>その5歩目 (09/24)<br>その４歩目 (09/23)<br>最近のコメント<br>最近のトラックバック<br>月別アーカイブ<br>2008年09月 (6)<br>2007年12月 (1)<br>2007年11月 (1)<br>カテゴリー<br>未分類 (0)<br>小説 (8)<br>ブログ内検索<br><br>　パーマ屋の娘が幼稚園に通っていたころにはお地蔵さんの本堂は木造で、<br>今あるりっぱな山門はなかった。<br>線香を焚く鉄の大きな香炉も今のように灰が下に落ちる様なものではなく、<br>夕方になると寺男が香炉の下の口から真っ赤な線香の灰をかき出して<br>水をかけて消していた。<br>そのときに上がる水蒸気の匂いが線香の匂いと鉄の匂いが混じった様な匂いで<br>忘れられない。<br>パーマ屋の娘は良くお地蔵さんの境内で遊んだ。<br>大きな銀杏の木の下で葉っぱを集めて首飾りにしたり、<br>洗い観音の柄杓で境内に水をまいたりした。<br>その頃のお地蔵さんは今のように夕方まで人がわさわさといるわけではなく、<br>１時ころからお参りする人もまばらで、<br>お坊さんも暇だったのかパーマ屋の娘やその友達と良く遊んでくれた。<br>何人もお坊さんがいるときはバレーボール位のボールでキックベースなる<br>足でける野球の相手をしてくれたり、どっちボールの相手もしてくれた。<br>一人のときは<br>「遊園地の飛行機だー」と手を持ってぐるぐる回し一回１０円と言って手をだした。<br>「ハイ、１０円」といって手を差し出した。<br>差し出された手に葉っぱや小石を乗せるともう一度回してくれた。<br>お坊さんかパーマ屋の娘のどちらかが目が回って気持ち悪くなるとその遊びはおわった。<br>今頃はどこかのお寺の住職にでもなっている偉いお坊さんだったのかもしれない。<br>今時のお坊さん達は子供と遊んだりするのだろうか？
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10145154594.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Sep 2008 10:50:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その6歩目</title>
<description>
<![CDATA[ パーマ屋の娘が一番最初にお金の計算を覚えたのは<br>たぶん「ふくや」という駄菓子屋だろうと思う。<br>食べると口が真っ赤になる酢大根や何でできているかはわからないが黄色や緑やピンクに染まったヨーグルトが試験管のようなガラス瓶に入った物。<br>ビニールの長い管に入ったピンクや緑の甘い寒天。<br>10円で釘をくるっと回して止まったところの数だけもらえるソース煎餅などなど<br>今考えると怪しい食べ物がたくさんあった。<br>怪しい駄菓子がたくさんおいてある棚の向こうにお好み焼きの台があった。<br>お好み焼きの台は一台で丸イスが５脚か６脚置いてあった。<br>パーマ屋の娘や彼女の友人たちはあくまでも「お好み焼き」といっていたがどうもシンプルな「もんじゃ焼き」と思った方が正しいようだ。<br>小麦粉を水で薄く溶いたものを鉄板の上に流し小さなコテで取り、醤油をつけて食べた。<br>カリカリになるまで焼いてお煎餅といって食べたりした。<br>家で作ってもらうお好み焼きはフライパンで母が作ってくれる事が多かった。<br>「ふくや」では小さな器に１人前ずつ入れられたタネ、小皿に少しだけ入れられた醤油、自分だけで使う小さなコテ、ちょっと大人のお客さんみたいで誇らしかった。<br>香ばしい香りが小麦粉を溶いただけの物とはとても信じられないくらいおいしかった。<br>中には青海苔やサキイカをトッピングできる物も有ったが<br>パーマ屋の娘は高いのでいつも「素」だけ。それが確か10円。<br>トッピングが5円か10円。だがその上があった。<br>卵にお砂糖を入れてソースを付けて食べる「たまご」20円である。<br>パーマ屋の娘はお客さんに小遣いを貰った時など特別な時だけ「たまご」を注文した。<br>「たまご」には威力が有って、もんじゃ１つでグズグズ時間を取っているような子供は<br>「たまご焼くから早くして」というと鉄板の場所を空けてくれた。<br>良くかき回した卵をティースプーンで少しづつ鉄板に流し小さな丸を幾つか作ってプツプツと穴が開いたら焼き上がり。<br>小さなコテで小皿に分けて貰ったソースをちょっと付けて食べる。<br>甘い卵の味がソースと良くあって子供の大ご馳走だ。<br>機嫌のいい時は気に入った友達にもご相伴させた。<br>小遣いの少ないときにはもちろん「たまご」に場所をゆずった。<br>子供なりの処世術を身につける悲しい場所でもあったようだ。<br>　こんなに楽しく勉強にもなった「ふくや」であったが大人たちみんなに評判がいいわけでは無かった。<br>パーマ屋の娘の母親でさえ口を真っ赤にして帰ると<br>「ふくやに行くならお小遣いをあげない」と怒られた。<br>そんな時パーマ屋の娘はほとぼりが冷めるのを静かに待ってはこそこそと出かけて行き堂々と「たまご」を注文した。<br>　<br>今の地蔵通りには子供がこんな勉強できる場所は無いと思う。<br>ちょっと前まではプラモデルを作ったり直したりを教えてくれるお店が有ったりもしたが女の子には今一評判が良くない、というよりも女の子は寄りつかなかった。<br>そんなお店も今はおもちゃの販売だけをするようになってしまった。<br>　「ふくや」は子供の社交場であったし、「ふくやのおばさん」は先生であった。<br>小さい子には優しく大きい子の言うことを聞くようにいつも言われた。<br><br>しかし、大好きだった「ふくや」に高学年になると行かなくなった。<br>「ふくや」のお菓子ではお腹が一杯にならなくなったような気がしたから。<br>そうじゃない　小さい子と一緒にあのお好み焼きの台に座るのが<br>恥ずかしくなったから。<br>そのうち「ふくや」は戸が閉まったままになり閉店した。<br>「ふくやのおばさん」にはそれからも時々町で出会ったりするがいつまでも、<br>どんなにパーマ屋の娘が大人になってからもパーマ屋が無くなってからも<br>「パーマ屋の子よね。おかあさん元気？」と挨拶される。<br>昔、自分を良く見ていてくれた大人に会うのはちょっと気恥ずかしい。<br>でも　巣鴨には　そんな　大大人が　まだまだ　たくさん　いる。<br><br><a href="&lt;A HREF=&quot;http://blog.with2.net/link.php?692794&quot;>人気ブログランキングへ&lt;/A>" target="_blank" title="&lt;a href=&quot;http://stat.ameba.jp/user_images/80/08/10096389016.jpg&quot; target=&quot;_blank&quot;>&lt;img src=&quot;http://stat.ameba.jp/user_images/80/08/10096389016.jpg&quot; alt=&quot;ランキングバナー&quot; border=&quot;0&quot; />&lt;/a>"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/80/08/10096389016.jpg" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/80/08/10096389016.jpg" alt="ランキングバナー" border="0"></a><br>　　　ぽちっと　お願いします。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sekosan/entry-10144689787.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Sep 2008 10:47:23 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
