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<title>さめとくじらの思考法</title>
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<description>さめとくじらが考える</description>
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<title>おめしもの</title>
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<![CDATA[ 　二、三年前から値段のうそ臭さに尻込みしてたkolorのパッカリングパンツを購入。<br>　しかし若すぎるなあ。二、三年の間に二十五歳をまたいでしまった。なかなか履く機会は限られるというか、家で一人ファッションショーにいそしむときだけになるかもしれない。<br>　二、三年前に買えばよかった。まだうら若い気分でいられる日があった頃に。<br>　高すぎても、金なんかはたいてしまえばよかった。貯金なんか後からすればよかった。<br><br>　最近、若い人があまり服に金をかけない傾向にある気がする。貯金に回したり、他の有意義なことに費やす人が増えている気がする。<br>　しかし自分は、服というのはわりと金を使っていいものだと思っている。<br>　服というのは、人の、ある時期の、ある一瞬の印象を決める、繊細な要素のひとつだからだ。<br><br>　すばらしい瞬間には、ぜひ美しい服をまとっていたほうがいい。<br>　みじめな瞬間には、せめて美しい服をまとっていたほうがいい。<br>　これは誰だってそうだろう。<br>　服なんて興味ねえやっていう人でも、自分自身に興味がないということはあるまい。<br><br>　もし明日、人生のうちで最も決定的な瞬間が来るとしたら、その時ぼろきれみたいな服なんか着ていたくないでしょう。<br>　ずっと年を取って、在りし日の自分を思い出すだけが楽しみになったとき、その記憶の中の自分が薄汚い格好をしていたら、せっかくの思い出もちょっと台無しになってしまうんじゃないかな。
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<pubDate>Wed, 19 Dec 2012 01:43:20 +0900</pubDate>
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<title>画家の手</title>
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<![CDATA[ 　正しさと間違いの差がわからない。善悪の基準は曖昧、良し悪しときたらもう不明だ。思想も宗教も常識的な倫理も、信用できない。<p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　だが画家の手だけは信用に足る。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　なぜなら画家自身がどんなつまらない思想を持っていようと、彼の手はただ目の前の絵画を美しくするためだけに動くからだ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　この動き、絵画を少しでも美しくする、良くするための動きだけを、自分は信用する。人の動作も、歴史の歩みも、だからそうであってほしい。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　少しでも美しく、少しでも良く。</p>
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<link>https://ameblo.jp/semi090/entry-11380586009.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Oct 2012 22:22:02 +0900</pubDate>
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<title>『不可触民』</title>
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<![CDATA[  <p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">『不可触民』という本を読んだ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　カースト制度の最下層民、ダリットについて書かれている。絵に描いたような差別。どこかで見たような侮蔑。どこか空想じみた現実……しかし、どこが空想じみてるんだ？　いや、自分にとって、空想じみてるだけだ。自分の狭い意識の中だけで。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　なかなか厳しい本だ。背中からどんと突かれたような……。ときどき、こうして知らない世界を見る。どこかでは聞いたような気はしても、本当にそんなものがあるとは信じない、まさにアンタッチャブルな現実。知ってはいても、触れる機会はない。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　現代日本は、差別とはほぼ無縁に近い。異国の風土を受け入れないことはあっても、どっちがえらい、という簡単な片付け方はしない。これは、すばらしいことだろう。誰がそうしたのか、昔からそうだったのか、そこまではわからないが……。まあ、解放運動のことなどを考えると、やはり、長い月日の流れの果てに、ようやくこうなったのだろう。だからよけいにすばらしい。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　自分は、差別には特に批判的だ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　これは幼い頃に手塚治虫の『ブッダ』ばかり読みふけっていたためだろう。あの漫画は釈迦の思想の中でも、カースト精度への批判が特に色濃く描かれている。深いことはよくわからないながらも、とにかく差別はだめだ、という意識がそこで刷り込まれたようだ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　しかし、客観的にはいくらか過剰でもある。差別意識を持つ人に対して、侮蔑の念を抱いてしまう。これこそある種の差別かもしれない、と思うことがある。なかなか反省する機会はないが。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">『不可触民』の話に戻ろう。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm"><span lang="ja-JP">　この本の中で最も驚かされたのは、ダリットたちの中には、ガンジーに対し批判的な見方をするものが多いということだ。ガンジーは、カースト外に位置づけられていたダリットを、カースト内に入れようとしただけで、カースト制度そのものをリセットする気はなかったからだという。</span></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm"><span lang="ja-JP">　ガンジーの自伝に大変感動した自分なので、これは少し残念だった。あれほど偉大なガンジーにさえ、思想上の不足はあったということだ。</span></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　しかしまあ、それは当然といえば当然かもしれない。どんな思想家にも、抜け落ちている部分はあるはずだ。思想は無意識とは戦えない。ガンジーがダリットの身分にあったとしたら、カーストはもっと違った観点から意識されていたことだろう。（もっとも、ガンジーがダリットだったら、あれほどの功績は成し遂げられなかっただろうが。）</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　ガンジーがカースト制度の破壊ができなかったことを、そう嘆く必要はない。人には領分があるということだ。ある人にできないことは、また別の人がすればいい。人それぞれに役割がある。『ブッダ』にだって、そう書かれている。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　一人の天才に、すべてがたくされているわけではないというのは、考えようによってはありがたいことだ。どんな天才も、寿命を延ばすことはできない。いつかは死ぬ。手の届かないところが出てくる。それは、また別のものにたくさなければならないのだ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　もし、音楽のすべての場を、ベートーヴェンという一人の天才が、独力のみで切り開かなければならなかったとしたら、音楽は今よりつまらないものになっただろう。どうしても、狭いものになっただろう。音楽はまるで宇宙のようだが、人が作り出すものは宇宙のようにはならない。無数の音楽家が星のように現れては消えることで、やっと夜空が輝き始める。</p>
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<link>https://ameblo.jp/semi090/entry-11374009048.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Oct 2012 00:24:49 +0900</pubDate>
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<title>恨み</title>
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<![CDATA[ 　岡本綺堂の小説は好きだ。　評価のわかれにくい、はっきりと上手な小説家だ。文章がいい。<br><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　静謐で、古い。古臭いのではなく、まさしく古い文章の名残がある。豊かな知性、安定した叙情。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">『白髪鬼』をつい先日読んだ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　優秀な書生が弁護士試験を受けるも、毎年試験中に女幽霊が出て、動揺から落第してしまう、というお話。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　記憶にひっかかるところがあったので、以前読んだことがあったのかと思ったが、そうではなかった。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　これは、科挙にまつわる伝承に酷似しているのだ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　宮崎市定の『科挙』には、幽霊譚が数々紹介されている。その中に、怨念を抱いたまま死んだ女が、試験中、学生の前に現れるという話があったはずだ。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　教訓深い内容だったのかもしれないが、そこまでは詳しく覚えていない。試験用紙と机の横に立つ幽霊、という映像だけが印象に残っている。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　その印象は、怖さによるものではなかった。むしろ美しさか、官能によるところが大きい。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　どうも自分は、女性の恨みに多少感じるところがあるらしい。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm"><span lang="ja-JP">　自覚はない</span><font face="Times New Roman, serif">M</font><span lang="ja-JP">っ気のせいかもしれないが、それだけでもない気がする。美的感覚が何かを告げる。恨みが、女性の容貌を青く燃え上がらせるのではないか……。</span><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　この点は、同様の趣味を持つ男は多いだろう。どころか、女性にさえそれは多いだろう。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　かの『源氏物語』でも、「淡い恨みは女をいとおしくさせる」といった文章を見た。紫式部の筆であり、訳は与謝野晶子だ。だから、どちらにしても女性の嗜好には間違いない。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP"><br></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　分析にもならないが、こうした作用は、恨みが単純・原始的な感情であるというところから来るのかもしれない。</p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0cm" lang="ja-JP">　恨みはどうしても歪まない。愛情とは違って、はじめから屈折しているからだ。こみいった感情ではなく、直接に人を切ろうとする。恨みには熱がある。熱のある感情には、人は心動かされずにはいられない。</p>
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<pubDate>Sat, 22 Sep 2012 20:18:09 +0900</pubDate>
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<title>2012/09/16</title>
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<![CDATA[ 広島に社員で旅行。<br><br>自分はどうしてこんなところにいるんだ？と話した後、皆眠ってしまった。<br>人々が寝静まってから、思考が始まる。<br>まだ夜が暑い。耳鳴りがする。<br>こんなところにいるわけは、どうしても何もない……世界中どこにいようと、誰がいようと、同じ疑問を持つことができる。皆が眠っていれさえすれば。<br><br>三日後にはまた仕事だ。<br>働くのは嫌いじゃないが、うんざりする。<br>金融機関の仕事と言うのは、思っていたよりも簡単だが、うんざりする。<br>どうせ他人の金策だ。金銭に無頓着な自分が、人の蓄えを増やす手伝いをするというのは……決してつまらなくもないが、うんざりする。<br>金銭に無頓着だからこそ、業務には向いているのかもしれない。おおむね慣れてきてからは、仕事でつらく感じたことはない。こんな単純な業務がこなせない人は、どうやら金を恐れている人らしい。大金を数える際に、手なんか震えさせなくていい。推理小説よりも気楽にめくる。<br>青ざめた表情の若い夫婦が金を借りに来ても、同情する必要はない。静かに笑って追い返す。単純な業務。<br><br>しかしうんざりする。いや、どんな仕事でもそうだろう。普段はそれなりに楽しく働いていても、ときどき気だるい一瞬がある。どうしてこんなことをしてるんだ？と。もちろん、どうしても何もない。業務だからだ。仕事だ。<br><br>うだるような季節が続く。<br>暑い暑いとうなっているが、実際暑い。<br>たまに、日陰で一休みしながら、煙草を一服。<br>モーツァルトの音楽を一曲聴く。<br>アイネクライネナハトムジーク、第一楽章。<br>肺のずいぶんと奥から、高揚する。本当に晴れる。<br><br>今も、音楽が聴きたい。音楽と、読書と、清らかな絵画で、日々の淀みを晴らしたい。音楽、小説、水のような色彩。音楽、詩、水面の緩やかな流れ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/semi090/entry-11355823130.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Sep 2012 01:30:01 +0900</pubDate>
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