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<title>双極性障害による日々のこと</title>
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<description>病気のことや自分のことなど、発信していけたらと思います。</description>
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<title>最近出会った本と日々のこと</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、Setsuと申します。</p><div>元々Vlog動画を見るのが好きなのですが、最近自分でもVlogを初めてみたいなぁなんて考えている今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。</div><div>私はというと、ここ数日の初夏の暑さに体が慣れないでいます。因みに好きな季節は冬です。</div><div><br></div><div>今回は最近買った本の紹介をしてみたいと思います。一番直近で買ったのは“たな“さんの「ごはんのおともをあと少し」という本です。この本は「ごはんのおとも」というシリーズ二作の後にでた作品となります。実は前作の「ごはんのおとも」、私は読んだことがないのですが、Instagramに掲載されていた漫画を読んで、本屋に立ち寄った際に見つけた「ごはんのおともをあと少し」から買ってしまいました。順次揃えていく予定です。</div><div>この本は、ゆるっとした漫画で構成されているのですが、もう本当にご飯が美味しそう。思わず載っていたレシピのひとつを作るに至ってしまいました。美味しかったです。</div><div><br></div><div>昔はよく小説を読んでいて、特に桜庭一樹さんの小説が好きで集めていたのですが、病気になってからというものめっぽう文字に弱くなってしまい、頭にうまく入ってこなくなりました。その頃から本を買うことを諦めていたのですが、ある本との出会いが私をまた本好きに戻してくれました。それは、井出千秋さんの「家が好きな人」という本です。これはさまざまな家が好きな人が出てくる漫画の作品でした。イラストは勿論のこと、この本の中には、自分の好きな家具で固めた理想の部屋で暮らすさまざまなキャラクターが出てくるのです。その姿に、酷く憧れました。</div><div>私は実家暮らしで、いまだに弟と同じ部屋のため自分だけの部屋というものがありません。なので余計に憧れが強かったのです。でも、働いていた頃も収入の面でも精神的な面でも、一人暮らしは現実的じゃありませんでした。なので、憧ればかりを強くしている状態です。</div><div>そして、続けて井出千秋さんの本を二冊、買いました。作品集とエッセイでした。どちらも素敵な本で、今まで触れてこなかったエッセイ本や、ゆるっとした漫画作品に目を向けるようになりました。文字も多くなく、簡単に読み返せるけど、満たされる。この出会いは衝撃的でした。</div><div><br></div><div>今でも小説も読みますが、読むスピードがどうしても遅い為何冊もは読めません。なんか読みたいけどそんなに文章量のないものがいいな、という時に手が伸びる作品たちです。</div><div>「ごはんのおともをあと少し」はごはんのおとものレシピも載っているため、料理の参考にもなってとても良いです。</div><div>皆さんもぜひ、お手に取ってみてください。</div><div><br></div><div>本日は、この辺で。</div><div><br></div><div><br></div><div>追伸</div><div>　これを書いた後日、ごはんのおとも2も買いました。どれも美味しそうなものばかりで、その中からひとつ、作ってみました。美味しかったです。母にも好評でした。</div>
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<link>https://ameblo.jp/setsu-s-days/entry-12968085502.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 14:42:31 +0900</pubDate>
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<title>腕の傷と生きている証のこと</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、Setsuと申します。</p><div>今回の話は、少しだけセンシティブな話題かもしれません。それでも、私を構成するものの一つなので、お話しさせていただきます。</div><div><br></div><div>私の腕には、たくさんの傷跡があります。ご想像の通り、自分でつけたものです。今ではすっかり綺麗に、とはいきませんが肌色にはなっています。</div><div>自傷というと、死にたさから行ったり、構われたいから行うことが一般的でしょうか。私の場合少し違っていて、自分の激情を抑えるためにやっていました。昔から、家族のちょっとした言動にイラッとしたり、それによって自分ではうまく抑えられないような、身を焼く感情に支配されることがありました。今思うと、躁状態でカッとなりやすかったのかもしれません。</div><div>そんな時に、私はどうすることもできずに、自分を傷つけていました。</div><div><br></div><div>痛みによって、我に帰る。頭がすぅっと冷えていき、やっと落ち着ける。頭を掻きむしっても物に当たっても解消されないそれは、その手段の時だけ静まるのです。その激情が、怒りであっても悲しみであっても。</div><div><br></div><div>でもここ数年は、特に病院に通い出してからはめっきり減りました。ようやく普通の人間に近づけた気がしました。それでも痕は残るもので、それを隠すために夏場でも長袖を着ていました。今思うと異常でした。汗をぼたぼたとかきながら、長袖だけは譲らずに。人に見られるのが怖かったのです。そして同じ存在でないと認識されることが。</div><div><br></div><div>今はもう半袖でも外を歩けます。というか近年の気候では長袖なんて着ていたら即救急車です。腕の傷も、いつの間にか見られるのがあまり怖くなくなりました。きっと、誰もそんなに他人のことを気にしていないと気づいたからです。接客業を主にしていましたが、客から指摘を受けたことも、同僚から質問されたこともありません。みんな、いい意味で無関心でした。それに救われました。</div><div><br></div><div>もし、今これを読んでいる人の中に、自分を傷つけてしまう人がいるとしても、あまり悲観することはありません。所詮いつかはただの傷跡になるのです。転んで擦りむいた傷も、手術を受けた傷も、動物に引っ掻かれた傷も、さしたる違いはないのです。無理に感情を押し込めてこの世界を諦めてしまうのなら、多少人に迷惑をかけてでも生きる選択をしてほしいです。親に頼れない、家族に頼れないなら、行政に頼ってください。病院に頼ってください。</div><div>いつの日か、私のように思い出として話せる日が来ることを信じて、一緒に戦いましょう。</div><div>戦うことは容易ではないです。長い時間がかかるかもしれません。事実、私もまだ戦いの真っ最中です。それでも、今日と同じ明日が永遠に続くわけではないことを、どうか知っていてください。</div><div><br></div><div>本日は、この辺で。</div>
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<link>https://ameblo.jp/setsu-s-days/entry-12967885398.html</link>
<pubDate>Sun, 31 May 2026 17:14:45 +0900</pubDate>
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<title>日々を平和にしてくれる音楽のこと</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、Setsuと申します。</p><div>今日は少しばかり、日常の話を中心にしたいと思います。</div><div><br></div><div>私はゲーム実況動画を見るのが好きです。正確には、ゲームが好きでみていることも多々あるのですが、私自身、ゲームが下手くそでなかなか自分でできないのでみているとも言えます。</div><div>これまで、動画を視聴している以外に、流し見やBGM感覚で動画をつけていることがありました。無音に退屈を感じ、作業に集中できなかったり寂しさを感じたりしてしまうからです。</div><div>それを最近、ローファイミュージックやゲームのBGMに変えてみています。</div><div><br></div><div>ここ数日は、どうぶつの森のBGMだったり、コーヒートークというゲームのサントラだったりを聞いています。</div><div>なんとなく、平和で凡庸な、普通の日常を送れているような錯覚を得られてとてもいいです。</div><div>現実は、病気に苦しみながら無力な日々を送っているだけなんですけどね。ハハ。</div><div>日常にBGMをつけるというのは、思いの外いいものです。何もないと感情がマイナスな方向に引っ張られていってしまうことが多いです。これからのこと、これまでのこと、現状、親に金を借りながら生活するしかない自分。思考に身を任せてしまうと、死にたくなります。いっそ消えてしまえた方が人の迷惑にならないんじゃないか、とか考えてしまうのです。</div><div>そんな時、ほのぼのとした音楽が鳴っているとアンバランスですよね？考えてることと今流れてる時間合わないなぁとか、クスッとできる要素になります。</div><div><br></div><div>こういった時期はダークな曲やダークな作品には触れません。感情が持っていかれるので。だからといって、自分を励ます曲を流し続けるのもなんだか滑稽だし、「私は今メンタルが弱ってます！」とさも言っているようで気が引けます。なので、平和な日常のそばにいてくれるような音楽が心地よく感じるのです。</div><div>　勿論、ゲーム実況動画もいいのですが、動画になっているゲームに気を配らないといけないですし(暗い題材だと引っ張られて不安になる)、その結果いつも同じ動画を見ていると、段々飽きてきます。なので程よく聞き流せる音楽ほど最適なものはありません。見ていなかった場面を見に巻き戻す必要もありません。</div><div><br></div><div>もし、心が不安で満ちてしまっている時、鬱期、落ち込んでしまっている時。そんな気分に合った悲しい曲を聴くことや静寂の中に身を投じることを一旦やめて、ほのぼのとしたBGMやサントラを聴いてみてください。きっと寄り添って、ただそこに居てくれます。元気な動画などもいいですが、言語情報が思考に邪魔な場合もあると思うので、選択肢の一つに加えることをご検討ください。</div><div><br></div><div>それでは本日はこの辺で。</div>
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<link>https://ameblo.jp/setsu-s-days/entry-12967679379.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2026 17:28:13 +0900</pubDate>
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<title>躁状態と言葉のこと</title>
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<![CDATA[ 2026/05/27<div>こんにちは、Setsuと申します。</div><div>前回書いてから、変わらず調子が悪くてどうしようもありません。</div><div>私は、鬱の時は身体症状が酷くなりやすく、混合状態の時に精神不安定になりやすい傾向にあります。</div><div><br></div><div>何年か前、躁からの混合状態の時に精神不安定が酷く、ほんのちょっとしたことや自分のミスなどでカッとなり物に当たったり自分を傷つけることで興奮状態を回避しようとしていた時期がありました。その時は、自分ではコントロールしようのない破壊衝動に怯えていました。子供がよく訪れるお店で働いていたこともあり、人を傷つけてしま合うのではないかと言う恐怖から逃げるように職を辞しました。</div><div>その時は薬を増やしてもらい、なんとかその衝動を抑えられるようになりました。</div><div><br></div><div>インターネットでは、比較的軽く「躁」と言う言葉が使われていますよね。例えば、深夜テンションでの投稿に対してや、調子のいい日のことだったり。ただ、病気としての躁は、経験上軽い物ではありません。</div><div>双極性障害は、しばしば躁鬱と呼ばれることがあり波の上がった状態のことを躁と言います。これは調子がいい、と言うわけではなく、私的には「アクセルから足が離せなくなった状態」に近いと思います。躁から抜けた時に初めて客観視できるのですが、異様な行動をしている、いつもならしないようなミスをする、しかしそれに目を向けられずに衝動のままに行動してしまう、まさにそんな状態です。ミスなどをしても、自分を顧みることはすぐには出来ず、時間が経ってから、それこそ波の切り替わった後に後悔します。なんなら、その時は他人が悪いと言う他責思考にまで陥ってしまいます。</div><div>これは、私が経験してきたことなので、全ての双極性障害罹患者に当てはまるという訳ではないとは思うのですが、少なくとも私はそんな感じでした。</div><div>なので、軽い感じで躁という言葉が使われているのを見ると、なんだかモヤモヤしてしまうのが本音です。</div><div><br></div><div>私は比較的躁が軽いです。借金を作ったこともないし、身を滅ぼすようなお金の使い方まではしたことがありません。それでも、自分に、病気に振り回されています。</div><div>なので、気軽に使っている言葉の本当の意味や状態を、できれば知っていてほしいのです。使うな、などとは言いません。ただ、知らないまま言葉を使うと言うのは、とても恐ろしいことです。実際にその状態にある人やその周りの人を、無意識に傷つける結果になることもあります。それは、この病気や言葉に限らずです。誰でも自分を発信できる時代、言葉の大切さを今一度思い出してみてほしいです。</div><div><br></div><div>では、本日はこの辺で。</div>
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<link>https://ameblo.jp/setsu-s-days/entry-12967446108.html</link>
<pubDate>Wed, 27 May 2026 11:27:20 +0900</pubDate>
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<title>ご挨拶と私のこと</title>
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<![CDATA[ 2026/05/25<div>こんにちは、Setsuと申します。</div><div>鬱期に突入したらしく、身体の調子が思うようにいかなくなってきたので、これを機に日々の綴りを始めてみたいと思います。</div><div><br></div><div>まず、私のことを少しだけ。</div><div>五年ほど双極性障害で通院しています。現在無職で、一年ほど前から鬱期になると主に身体の右半身が動かなかったり痛みが出たりと言う症状があります。いつか社会復帰したいと考えています。</div><div>趣味は絵を描いたり小説を書くことです。ゲーム実況動画をよく見ます。</div><div><br></div><div>さて、病気の状態を記録すると、これ以上薬は出せないと先生から言われております。それでも不調が出るので、以前働いていた職を辞して療養中です。</div><div>主に右足の違和感が大きく、膝の痛み、足全体に力が入らなく引きずるようにしか歩けない、など。</div><div>精神的にも不安定になりがちで、考えなくていいことを考えたり、逆に何も考えられなかったり。</div><div>希死念慮も、漠然としたものがあります。どこか遠くに行きたい。そのまま消えて無くなってしまいたい。</div><div><br></div><div>今回、ブログと言う形で記録を始めたのは、周りに同じ病気の人がいないからです。相談や、分かち合うことも叶いません。できれば、これを通して同じ病気の人に、こんな人間もいるのだと言うことを知ってほしいです。</div><div>私自身、ネットで検索をしてみたりもしましたが、あまり出会うことができず…。</div><div>勿論、環境や強いられることが人それぞれ違います。同じ病気の人間が、こうしてここに生きていることを、発信したいのです。</div><div><br></div><div>これから、不安感や身体症状など、共有していければと思います。</div><div>本日はこの辺で。</div>
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<link>https://ameblo.jp/setsu-s-days/entry-12967271331.html</link>
<pubDate>Mon, 25 May 2026 16:42:35 +0900</pubDate>
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