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<title>シャキの「まだまだオートバイ(車も自転車も)乗るぞ～　</title>
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<description>なが～くオートバイに乗っていますが、令和になって早3年　時代に取り残されないように日々の事を、また、昔を忘れないよーに過去の事も書綴っていきたいと思います。</description>
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<title>「RX7 NOW」</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221225/15/sg1118-2021/a5/28/j/o1080071915220853352.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221225/15/sg1118-2021/a5/28/j/o1080071915220853352.jpg" alt="" width="1080" height="719"></a><div><br></div>1978年に発売されたマツダRX7。RIZEの曲が流れるCMがとてもカッコ良かった。<br>18才になったらすぐに免許を取って乗るつもりだったのに、オートバイに夢中になりすぎて完全にタイミングを逃してしまってた。。<br>でもね、時ってあるのでね。<br>付き合い始めた彼女のお兄さんがRX7に乗っていたのです。<br><p>その彼女が僕より先に４輪の免許を取り、デートはオートバイのタンデムから「彼女の運転する」RX7に変わりました。</p><p>そのRX7、限定車のGTというモデルでガンメタに細いストライプが入ったとてもカッコいい車でした。ダートを走るのが好きだったお兄さんの趣味で車高があげられ、タイヤはラリータイヤでした。が、なぜかどこかの社外マフラーが！これが本当にいい音で(個人的には)アクセルオフで「ブーーパンパン」と火を吹く(笑)</p><p>もう完全に虜でした。</p><p>当然、助手席では物足りなくなりよーやく免許取得の決意をしたのです。</p><p>オートバイのように試験場での一発受けを考えましたが、さすがに受かる自信がなかったので教習所へ行く事に。が、当時は予約がなかなか取れず時間がかかりそうだったので合宿で取る事にしました。(この時点ではまだアルバイトだったのでまとめて休みがお取れた)当然、合宿は地方ばかりで土地勘のない茨城や栃木ばかり。。どこか知っている土地はないかと色々探すと河口湖に！富士山周辺はさんざん走り回っていたので即決！ここなら空いている時間にオートバイで走り回れる(笑)着替えと簡単な手荷物をFXに積んで走り慣れた道志道(当日はほとんどがダート)を行きました。</p><p>教習所に着くとそこ富士急ハイランドの真裏。。てか、ジェットコースターの真下。。学科を受けている時も、乗車している時もジェットコースターの轟音と悲鳴が一日中聞こえていました(笑)</p><p>あっという間に2週間が過ぎ全て試験を合格し晴れて卒業しました。(絶対に追試を受けたくなかったので常に勉強していたので、FXでは河口湖を一周しただけてした)行ってから知ったのですが(バカですね～)、公認試験場ではなかったので、地元に戻ってからの再度の試験場で学科の試験で苦戦しましたが(笑)なんとか普通免許を取得しました。</p><p>早速セブン探しです。今みたいにネット環境など無いので、友人と一緒に夜、ひたすら車屋巡りです。半径50キロ位を必死に探した挙げ句、近所でほぼ理想のセブンを見つけ購入！早速、彼女のお兄さんからもらったどこかの？マフラーを付けて箱根通いの始まりです。会社がホンダの販売店だったので、一緒行く仲間は全部スーパーCIVICばかりだったので１人浮いていました(笑)</p><p>ちょうどOPTIONが創刊された頃で雨宮のセブンに憧れTWRのフロントカウルなんぞ付けて楽しんでいました。その後、後期形に乗り換えたりしてセブンは２台乗りました。</p>
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<pubDate>Wed, 09 Feb 2022 23:44:47 +0900</pubDate>
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<title>新しい仕事・新しいオートバイ</title>
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<![CDATA[ 体した事故でなかったのですが、完全に自分のミスで起こした事故。。<br>プレスはまだまだ続けるつもりでいたのですが、行きつけのオートバイ屋さんから「うちで働かない？今の仕事と似てるかも」と。？？似てる？。<br><p>当時はまさにオートバイ大ブーム！オートバイが売れて売れてしょうがない時代です。「登録専門でやらない？」？？。都内に１店舗。川崎に４店舗。その全ての店で売れたオートバイのナンバー登録をオートバイで回ってほしいそうです。う～ん、オートバイに乗るは一緒だけど内容が違い過ぎる。そして土地勘がない川崎。。でも、待機時間が結構あったり、不規則な勤務体制のプレスよりも走る時間が多いいし、(当時はとにかく走りたかった)スタッフには女性も居るし(笑)、何より、会社の中で唯一無二の仕事。というわけで、事故のタイミングとお誘いのタイミングが合いアッサリと転職しました。</p><p>で、初日。「仕事で使うオートバイだけど何がいい？」と言われ、「え？自分のオートバイじゃないんですか？」と聞くと「うちでカワサキのオートバイはないでしょう」と。そりゃそうだ、会社名も◯◯ホンダだし、オートバイもメインはホンダです。カワサキはまずいよね。「ホンダ車なら何でも好きなのでいいから選んで」と言われました。まず浮かんだのは当然CBX400F。でも、まだ多少の謙虚さがあった自分は「400ではなく250で十分です」と。。(あとで後悔)</p><p>「じゃあ、これは？」と言われたのが発売されたばかりCBX250。そう、250RSの後に続く単気筒です。本当はVTがいいなかな？と思ったのですが、新しい物好きが幸いしてこれに決めました。</p><div><br></div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/22/sg1118-2021/b3/70/j/o0640048015017459622.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211017/22/sg1118-2021/b3/70/j/o0640048015017459622.jpg" alt="" width="640" height="480"></a></p><div>納車されると、バレないうちミラーを定番のSRに換え、ハンドルも１センチづつカットしました(笑)で、仕事は。朝、本社に行くと各店舗から届いている登録書類の確認。書類に不備はないか、印鑑はちゃんと押してあるか。原付と自動二輪を合わせて全店舗で毎日20～30件位ありました。という事は、5店舗で毎日それだけ売れていたという事です。(土日明けの月曜日はさらに多いい！)午前中は主に川崎市内の区役所巡り。午後は横浜・川崎・品川陸事</div><div>→都内の区役所。たまに多摩・八王子・相模・足立・練馬と近郊の陸事も入ります。12時～13時の昼休み以外はほぼ走りっぱなしです。また、役所は時間がキッチリしてるのでホントいつもギリギリでした。そういう意味ではプレスよりも緊張感は大きかったかも。</div>
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<pubDate>Sun, 17 Oct 2021 22:13:32 +0900</pubDate>
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<title>プレスライダー</title>
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<![CDATA[ 憧れのプレスライダーになり、日々先輩にドヤされながらも楽しい毎日を過ごしていました。<br><p>平日のルーティーンとしては、朝夕は納本。ようは新聞配達です。官庁街にある各省庁の中にある記者クラブへ、出来立てホヤホヤの新聞を配るのです。当然、ガブではなく持ち込んでいる自分のオートバイです。バイク便みたいにリヤに箱なんて積んでいないので(絶対に積まない！)リヤシートに常時装着しているチューブを切ったゴムでしっかりと固定し、当然全て積めないので、コロナのタンクバックの上に積んでから同じくゴムバンドで固定するとほぼアゴの高さまできます。</p><div><br></div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211015/21/sg1118-2021/57/7c/j/o1080081015016359790.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211015/21/sg1118-2021/57/7c/j/o1080081015016359790.jpg" alt="" width="1080" height="810"></a></p><div><br></div><p>ので、落ちないように両腕で挟みながら走ります。今でこそあまり見られませんが、俗にいわれた「プレス乗り」というのはここらきていました</p><br><p>肝心のオートバイは、当時は圧倒的にRZ250かCBX400。YAMAHAかホンダが支流で、SUZUKIやカワサキは少なかったです。そしていじり方は、ハンドルは出来る限り短くカット。ミラーはSRの純正をステーをこれまたカット。またはナポレオンのラジカルミラーをやっぱりカット。ウインカーは小さい社外製の物に交換。車種は何であれ、すり抜けの為にとにかく幅を狭くするのが第一！</p><p>あとは、さりげいステッカーをセンス良く貼ってましたね～</p><p>ALBIやyuzo等メジャーではないレース関係の物で、ヨシムラやモリワキはまず貼っていませんでした。<br></p><p>そして、社旗・コロナのタンクバック・ワニ口クリップの三点セット！社旗は普段は上下から三角折にしてからグルグル巻いてクリップで固定。決まりはなかったが、緊急で急ぐ時に広げてなびかせてカッコつける(笑)。コロナのタンクバック。命よりも大事な原稿やフィルムを入れるのに必須です。コロナからはシルバーのビニール製の物を出ていましたが、プレスの業界では、幌布でカーキ色の物しか使いません。本来の使い方ととは前後逆向きに付けてゴムバンドで固定し、社旗を棒に付けない人はビニールの中に入れていました。ワニ口クリップ。これは首都高券(当然ETCなんてナイ)をミラーのステーに挟むために必須。</p><p>こんなスタイルで走る官庁街。</p><p>近所だけど楽しかったのが、宮内庁行き。その都度、社から支給される腕章を腕に付け、通行許可証をタンクバックに入れて行くのですが、一般車は(人も)入れない広～い宮内庁に馬場先門から入り、修学旅行の団体さんの注目を浴びなが疾走出来るのです！屈強な門の前には沢山のお巡りさんがいて、腕章と許可証を確認すると「ご苦労様です！」と門を開けてくれます。この瞬間が一番気持ち良かったですね～。野球。僕は野球には興味がなかったのですが、デスクの配慮で野球好きな人を優先して行かせてくれていました。後楽園、横浜球場、たまに西武球場まで行き、記者席の真横の特等席で待機。記者さんが撮ったフィルムと原稿を預かり全速力で社に戻ります。</p><p>と、色々な仕事があるのですが、(細かくいえば他にも沢山)一番緊張するのが「追っかけ」です。今でもたまに見る、芸能人や有名人が拘置所から出て車で移動するを沢山のオートバイで追跡するのではなく(当時もありましたが)記者さんが乗るハイヤーの後を付いて行き、事件・事故現場まで行くのです。今ほど報道規制が厳しくなかったので、現場ギリギリまで行き、生々しい場面に遭遇します。ここで原稿とフィルムを受け取り、全速力で社に戻るのです。時間帯によっては入稿の締め切りに間に合いません。他社に負けないスクープが特ダネになるかならないかは、全て自分のライディングに掛かっているのです！幸い？残念？ながら自分が在籍していた時には誰でも知る大きな事件・事故はありませんでしたが、自分が入社する少し前に、羽田沖の日航機墜落事故と、ホテルニュージャパンの火災がほば同時に起きて、先輩方は１日中、羽田と赤坂を往復していたそうです。</p><p>社旗をなびかせていれば白バイも見逃してくれるとよく言われていましたが、それは自分達よりももっと前の話で、自分の時代ではしっかりと捕まってくる先輩も結構いました。でも、白バイさんとはお互いにオートバイ乗って仕事をしている間柄か、街中で遭うと必ず挨拶をしていましたね。</p><p>あと、「すり抜け」。</p><p>何故に報道がオートバイを使うか？。</p><p>単純に、急ぐ案件が多いからです。その為には当然すり抜けをします。ただ、彼らにもそれなりのプライドがあり、どんなに飛ばしてもスマートに。事故を起こさないのはもちろんの事、車のドライバーを驚かせないように気を使っていたのです。と、言ってもはたからみたらどう見てもムチャな運転してるな～と思われていたと思います。</p><p>インターネットが普及して、原稿はおろか写真まで瞬時に送れてしまう現在では、プレスライダーの仕事はほぼ無くなりましたが、官庁街や皇居周辺ではまだ走られていますね。ただ、昔みたいにすり抜けはせず、信号待ちでもちゃんと車の後ろで並んでいますね。</p><p><br></p><p>憧れが叶ってようやくなれたプレスライダーですが、たったの半年で事故を起こして退社しました。。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sg1118-2021/entry-12703638594.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Oct 2021 19:58:25 +0900</pubDate>
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<title>Z400FX</title>
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<![CDATA[ <p>RD50の後、MB50に乗り換えました。</p><p>ホンダ初の2サイクルロードスポーツで、友達だけで最大8台揃いほぼ毎週、奥多摩へ通っていました。</p><p>が、回りが続々と中型を取り、(中には大型も。。)皆400に乗り出すと当然自分も乗りたくなるものです。</p><p>そんな折、デビューしたばかりのFXを友達が手放すというので慌てて中型を取り、売ってもらいました。</p><p>一番初期型なので多分E1?</p><div><br></div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/19/sg1118-2021/32/98/j/o0640042615014405953.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/19/sg1118-2021/32/98/j/o0640042615014405953.jpg" alt="" width="640" height="426"></a></p><div>まさにこのカラー</div><div><br></div><div>ヨンフォア無き後、最初の4気筒という事でとにかく流行りましたね。</div><div>回りも含めて皆、ヨシムラ等の集合を付けてましたが、ノーマルのスタイルが好きだった自分はカスタムを(当時は改造(笑))しようとは思いませんでした。</div><div>(この頃は取り締まりも厳しかったしね)</div><div>でも知ってしまったのです。</div><div>海外ではGPいう名前で、すんばらしくカッコいい姿になっているのを。。で、直ぐに着手！まず純正のファイアークラッカーレッドのタンクとサイドがバーとテールカウルを入手してカッティングシートでシルバーと紺のラインを入れる。フロントフェンダーはメッキの上から強引に塗装。が、公然直ぐに剥がれる(笑)</div><div>マフラーも黒に塗装するがフェンダーと同じく(笑)。ヘッドライトとウインカーは何かの物を流用してとりあえず形にはなりました。</div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/20/sg1118-2021/fa/56/j/o1080072015014416379.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/20/sg1118-2021/fa/56/j/o1080072015014416379.jpg" alt="" width="1080" height="720"></a><div>いやー、それにしてもよく走りました。当時付き合っていた彼女と共に、北は北海道から南は奄美大島まで。その間も、当時多摩川の川崎側にあったモグリのモトクロスコースを走ったり、反対岸の東京側にあった元ラジコンコースをステップを擦りながらグルグルグルグル(笑)。いつの間にかエンジンは550に載せ換え、マフラー以外の外装はメーターも含めて全て🇩🇪ドイツ仕様になっていました。あっ、思い出した。とある有名プレスライダーの真似をしてリヤにDUNLOPのスリックタイヤを履いていた時がありました。が、一度白バイに見つかり、目白の住宅街で階段を登ってまで逃げた(ダメだって)事があったので、またまたDUNLOPのレインタイヤに変えました。これが凄いタイヤで、土砂降りの箱根でステップがガリガリ(濡れいるのでズリズリ？)擦れました！が、減りの早さったら(笑)</div></div><div>とにかく気にいっていたので周りが大型に乗り換えても、大型を取って乗り換える気はありませんでしたね。</div><div>そんなおり、友人の紹介で、ずっと憧れていたプレスライダーになれたのです。</div><div>当然、FXを持ち込みましたが、仕事中にトラブル等、絶対にあってはならないので新規一転、新車を投入しました。</div><div>デビューしたばかりのZ400GPです。</div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/21/sg1118-2021/c0/0f/j/o0621041215014452222.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/21/sg1118-2021/c0/0f/j/o0621041215014452222.jpg" alt="" width="621" height="412"></a><div><br></div></div><div>今度は、最初から大好きなGPカラーだったので、ミラーをお約束のSRの物に変えてステーをカット。と、リヤフェンダーをやはりドイツ仕様のロングに変えただけです。まだまだ元気一ぱいだったFXは手放す事はせずに彼女に乗せる事にしました。</div><div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/21/sg1118-2021/60/86/j/o1080072015014452226.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211011/21/sg1118-2021/60/86/j/o1080072015014452226.jpg" alt="" width="1080" height="720"></a><div>そして、官庁街を走る毎日が始まりました。</div></div>
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<pubDate>Mon, 11 Oct 2021 19:16:13 +0900</pubDate>
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<title>スロットカーとRX7 (SA22C)</title>
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<![CDATA[ <p><br></p><p>中学の頃、自転車と共に夢中になっていたのが「スロットレーシング」。</p><p>コースに溝が掘ってあり、そこに電気が流れてモーターを動かして</p><p>疾走させるのです。</p><p>何度かブームがあったのですが多分、第二次だったと思います。</p><p>コースがあるのは目黒通りの端と端。。</p><p>等々力と白金です。</p><p>そのほぼ真ん中に住んでいた僕は自転車で行ったり来たり。</p><p>でも、お客のほとんどが大人ばかりでだんだん行きずらくなっていきました。。</p><p>んな折、たまたま目にした雑誌(AutoSport？)に、「スロットレーシング　恵比寿にオープン」の文字！</p><p>！！直ぐに電話して「中学生ですが行ってもいいですか？」と聞くと「もちろん！来てー」と。</p><p>その日のうちに直ぐに行くと白金よりは小さいですがお店の雰囲気が凄くいい！</p><p>それが、残念ながら今は無き</p><p>「ミスタークラフト」です。</p><div><br></div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211001/19/sg1118-2021/a0/e8/j/o1080060715009402495.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211001/19/sg1118-2021/a0/e8/j/o1080060715009402495.jpg" alt="" width="1080" height="607"></a></p><div>(これは数年前にクラフト同窓会で集まった時の一枚です)</div><p>学校から帰ると毎日のように、長がーい茶屋坂を上り通いました。</p><p>そんな折、ナント広尾に引っ越す事になりました。</p><p>やっぱり坂はありましたが、自転車で10分もかかりません(嬉)</p><p>クラフトでは、スロットカーを走らせるのはもちろんですが、そこに集ってくる方々が素晴らしかったのです。</p><p>やはり大人が圧倒的に多かったのですが、そのほとんどが2輪4輪の有名ジャーナリストや、雑誌の編集者やレーサーの卵(現在も現役の有名ドライバー)だったのです。</p><p>しかも皆さん、自分達子供にもとても優しく、スロットカーの事や本物の車の事などとても優しく教えてくれました。</p><p>そんな時にデビューしたのがあの</p><p>「サバンナ　RX7」です。</p><div><br></div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211001/19/sg1118-2021/81/65/j/o0680038615009417798.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211001/19/sg1118-2021/81/65/j/o0680038615009417798.jpg" alt="" width="680" height="386"></a></p><div><br></div><p>ある編集者の方が早速、広報車に乗って来てくれて僕を助手席に乗せてくれたのです。</p><p>恵比寿から防衛省の脇のS字を抜けて坂を上がると右に曲がる直角コーナーがあるのですが、「ん？速くない？」と思った瞬間、車が真横に！</p><p>その方、はやり運転が上手かったので綺麗なカウンターでさらっと立て直して一言「なんてテールハッピーなんだ」(当時っぽい)と。</p><p>そう、本当に初代RX7はじゃじゃ馬だったんですね～</p><p>それからはもう、頭の中はRX7の事で頭がいっぱい。</p><p>「車の免許を取ったら絶対に乗るぞ」と誓ったのです。</p><p>約3年待てばいいのです。</p><p>が、実際に買ったのは5年後でしたー　なぜに？</p>
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<link>https://ameblo.jp/sg1118-2021/entry-12701291325.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Oct 2021 18:15:41 +0900</pubDate>
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<title>FZ1 フェザー</title>
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<![CDATA[ <div>数年前のある日、先輩の会社を訪ねると「買い替えるんたけどこれ乗らない？」と。<br>そろそろまた大きめのオートバイに乗りたくなってきた時だったので即答で「買います！」と。<br>「ノーマルに戻す？」<br>と言われたましたが、自分好みのセンスいいいじり方だったので「まんまこのままでいいです！」<br><p>と言って即効持ち帰りました。(沢山のパーツと共に)</p><p><br></p><p>んで、仲間達と共に伊豆へ～</p><p>「もう置いてきぼりはないぞ」</p><p>と開けぎみに走り出すと。。</p><p>「レスポンスが良すぎるー」</p><p>「ブレーキが効・・き過ぎるー」で、てんでついて行けない。。</p><p>ここ数年、古い～いオートバイ(ブロス650 古いにも程がある)に乗っていたので現在のオートバイの進化について行けないのです。。</p><p>すると以前同じフェザーに乗っていた仲間がチョチョッとメーターをいじり「チョットセッティングを変えてみたので乗ってみて下さい」というので走ってみると、</p><p>「!!!こんなに変わるんだ！」</p><p>アクセルを開けるタイミングが自分とシンクせず、思いどおりに開けられないのでスピードが乗らない。のでブレーキか効き過ぎる。</p><p>出先で出来るチョットのセッティング(自分では出来んが)であんなに変わるって、今のオートバイってホント、凄いのね～</p><p><br></p><p>現在の1台です</p><p>なんとか10日に１度は乗ってます。</p></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210930/22/sg1118-2021/b3/36/j/o1080060715009026493.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210930/22/sg1118-2021/b3/36/j/o1080060715009026493.jpg" alt="" width="1080" height="607"></a><div><br></div><br>
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<pubDate>Thu, 30 Sep 2021 22:37:12 +0900</pubDate>
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<title>16才！</title>
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<![CDATA[ <p>人生のマラソンも折り返しを過ぎ、日々考えるなかで「ブログに残す？」と思いつき初めてみました。</p><p>久々にビギナーから初めます～</p><p><br></p><p><br></p><p>「早く16才になってオートバイに乗りたい～」と恵比寿・広尾界隈の山坂を、友達と2台の自転車で毎晩暴走していた中学時代。</p><p>よ～やく高校に入っても誕生日が10月。。</p><p>やっと原付免許を取ったら同級生はもう中型を取ってる。。</p><p>「いいもんねー、原付だって自転車に比べたら全然楽しーもんねー♥️」</p><p>と、直ぐに新車を買った。「YAMAHA　RD50SP」</p><p>日本車初のキャストホイール装備車！</p><div><br></div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210930/21/sg1118-2021/59/c3/j/o0750050015008986620.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210930/21/sg1118-2021/59/c3/j/o0750050015008986620.jpg" alt="" width="750" height="500"></a></p><div>これでFISCO(←古い呼び方ね)へよく通いました。</div><div>行きは真夜中のR20→道志街道→三国峠。</div><div>三国峠は全線。道志街道もほとんどがダート。</div><div>お馬鹿な私はダートを走りたいが為にわざわざこのルートを選んでいたのですねー。</div><div>だったらハスラーやミニトレにすればいいのにね(笑)</div><div>レース🏁を観たら帰りは246。</div><div>全開全開また全開で、(50ccですが。。)渋谷までほぼ毎回2時間で帰って来てました～。</div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 30 Sep 2021 21:26:41 +0900</pubDate>
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