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<title>四天王のブログ｜毘沙門天の部屋</title>
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<description>上杉謙信公をこよなく愛するブログです。戦国武将（たまにほかの時代の方も登場）専門ブログです。</description>
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<title>【予告】近畿地方周辺に行ってまいります☆</title>
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<![CDATA[ 皆様、お久しぶりです。<br><br>突然ですが、私、来週夏休みをフル活用して、すこし西の方に遊びに行ってまいります！<br>メインは犬山城。<br>１３日ごろに更新したいと思いますので、ご期待ください。
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<pubDate>Fri, 05 Aug 2016 10:32:14 +0900</pubDate>
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<title>死の概念</title>
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<![CDATA[ 皆様、お久しぶりでございます。<br>毘沙門天でございます。<br>いつの間にか、一年ももう半分が過ぎようとしていますね。ビックリしました。<br>ここ最近はとても忙しかったのですが、またひと段落したので、これからまたちまちまと更新を続けていこうと思います。<br><br><br><br>さて、今日は摂津尼ケ崎、広徳寺にて、細川高国公が自刃された日です。<br>享年４８歳でした。<br><br>そこで、今日はこの時代の「死」というものについて少し考えてみようと思います。<br><br><br>この時代の主な死因としては、<br>・病死<br>・討死、暗殺などの他殺<br>・天寿を全うした<br>・切腹などによる自害<br><br>などですね。<br><br>もう少し詳しく見ていくと、<br><br><br><u><em>病死</em></u><br><br>当時、主な病因としては、悪い衛生環境や、生活習慣の乱れが挙げられます。<br>謙信公もその一人ですね。謙信公は大酒飲みだったそうです。<br>一説によれば、彼の死因は飲酒と塩分のとりすぎによる脳卒中だったそうで…<br>結核などが多かったようです。<br><br><br><em><u>討死、暗殺などの他殺</u></em><br><br>討死と言えば、長篠の戦いでしょうか。当時最強と言われていた武田軍が大敗した際には、武田家の家臣が多く打ち取られました。<br>その中でも特に有名なのは、山県昌景公ですね。織田軍による一斉射撃が行われる中、勇敢にも突撃していった彼の死にざまは壮絶だったと言います。<br>他にも、間接的にですが、けがによる死亡もありますね。<br>井伊直政公は、関ヶ原合戦で島津軍を追撃途中に受けた弾丸によって亡くなられました。<br>このほかにも、暗殺説が濃厚な謎の死などもありますね。<br><br><br><em><u>天寿を全うした</u></em><br><br>戦国時代の長生きといえば、北条長綱公、龍造寺家兼公、真田信之公でしょうね。<br>「人間五十年～」と言われた時代ですが、北条長綱公は何と９７歳まで生きられました。<br>北条家を見守り続けたお方です。<br><br><br><em><u>切腹などによる自害</u></em><br><br>「切腹」というものは、現代に生きる私たちには理解しがたい風習の一つですね。他にも「殉死」、つまり、後追いというものもありましたが、当時は武士の名誉とされていました。<br>私が知っている中で、最も心に残った切腹エピソードは、やはり高橋紹運公でしょうか。<br>切腹後、腸を投げつけたという、あの有名なエピソードです。城兵も一人残らず玉砕。<br>岩屋城の戦いのことです。<br>五十倍以上の敵を相手に、半月持ちこたえた名将。<br>死に際、彼はどのようなことを考えていたのでしょうね。<br><br>今となっては分かりませんし、もしそれを知る手段があったとしても、私たちはきっとその気持ちを理解できないのでしょうね。<br>しかし、最期まであきらめずに戦い続けたということからは、彼の死に様はとても美しいものなのではなかったかと、思わずにはいられないのです。<br><br><br><br>死に様は、その人の人生を物語るものなのだと思います。<br>また機会があったら、もう少し考えてみたいな、と思います。<br><br><br>さあ、明日からも頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<pubDate>Wed, 08 Jun 2016 19:55:41 +0900</pubDate>
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<title>ヤングアメリカンズ　１０周年ワークショップ☆</title>
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<![CDATA[ 今日は、ヤングアメリカンズの１０周年記念ワークショップに参加してきました！<br><br>いや～すごいですね。<br>どこを見ても、人、人、人！<br>約１０００人の参加者と、３００人弱のヤングアメリカンズたちでつくりあげるショー……<br>一体どんな仕上がりになるのでしょうか？<br>今から楽しみです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/193.gif" alt="にひひ"><br><br><br>と、いうことで。今日は早く寝たいと思いますので……<br>今日と明日はブログの更新をさぼらせていただきます。<br><br><br>ワークショップの話はまた明後日、ご報告させていただきますね！<br><br><br>さあ、明日からも頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<pubDate>Tue, 22 Mar 2016 20:17:34 +0900</pubDate>
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<title>駿府城に行ってきました……</title>
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<![CDATA[ タイトルみて、「あれ？」って思った方いらっしゃいますか？<br>その方には心からお礼を申し上げます。いつも閲覧ありがとうございます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/189.gif" alt="得意げ"><br>「あれ、こいつ<font color="#FF0000">この前小田原城に行ってきます！って言ってたよな？</font>」<br><br><br><br><br>……その通りでございます！<br>いやあ、ね、なんと。<br>小田原城、工事中につき営業をしていない、という情報をキャッチしていませんでして。<br>行く直前になって、ネットで調べて、「あれ、やってなくね……？」ってなって<br><br>結果的にこうなりました。<br><br>せっかく小田原城の魅力を夏休みの自由研究張りにレポート用紙にまとめたのにな……<br>というか、今まで書いてきたレポートの中で一番意欲的に取り組んだのにな……<br><br><br>と、いうことで。<br>でも、どうしても城に行きたいという思いから、駿府城に行ってきました。<br><br><br>と、いうことで駿府城。<br>かなり楽しかったです（結果オーライ？）。<br><br><br>この駿府城。実は、その大半が安政の大地震によって失われてしまっています。<br>当時の面影というのはほとんどありません。<br><br>しかし、その駿府城を、市が力をあげて再建。<br>それが、現在駿府城公園にある二の丸坤櫓です。坤櫓と書いてひつじさるやぐら、と読みます。なかなか難解な感じですね。初めて見たときは驚きました。<br><br>発掘調査を行い、当時と変わらない伝統的な製法で、そして忠実に再現されていました。<br>建物はまだ新しく、とても新鮮な感じがしました。<br><br><br>そして、何より感動したのが今昔スコープ！<br>これは、最新の技術を使って、特殊なスコープを通して昔の駿府城やその城下町を見ることが出来るというものです。<br><br>入城時にチケットを渡すと、受付横の小さな個室に案内され、スコープをつけます。<br>そこでは、当時の駿府城建築時の映像が映し出されて、目の前に現れる職人さんに、城の特殊な作りを教えて頂いたり、<br>鳥の目から見たような上空からの城下町を見たり、<br>最後は火縄銃を打つ体験というものが出来ました。<br><br>この今昔スコープを体験すると、オリジナルのクリアファイルがもらえるのですが、なんと、私はその時担当してくださった方におおきな松ぼっくりを頂いちゃいました！<br>いやあ、本当に大きい！ビックリしました。１５㎝くらいあるのかな？そのくらい大きい松ぼっくりでした。<br><br><br>その他にも展示が色々とありました。<br>この櫓を復元するときの工程を映したビデオ。<br>板を３mmに切断する工程などは、さすが職人業だな、と思いました。<br>中に入ってみると、木の板に穴が開いていて、そこにはガラスがはめ込まれていて……<br>床下という見えない部分にも、昔ながらの製法を取り入れているのだということを示しているのだそうです。<br>さらに、上は床が抜かれて吹き抜けになっていて、天井の梁や柱の構造がむき出しになっていました。これには私も大興奮！！こういう城の作りを見ることが大好きな私にとっては素晴らしい空間でした。<br>あとは、実際の駿府城に使われていた瓦なども展示されていました。<br>これは、復元するときに行われた発掘調査で出土したものなのだそうです。<br><br>残念ながら、法律の関係上、２、３階には上がることが出来ませんでしたが、それでも大満足でした。<br>今回の３連休はもう今日で終わりですが、またの機会に興味がある方はぜひ行ってみてください。<br>今昔スコープもおすすめですよ！別途料金がかかってしまいますが、そんなに高いわけでもないですし、何よりとても面白いので……<br>堂々とそびえたつ城を見たい、という方には少し物足りないかもしれませんが、たまにはこういった城跡に立ち寄ってみるのも面白いですよ。<br><br><br><br>あと、もう一つ。駿府城からの帰りに、せっかくだから、と三保の松原に行ってみました。<br>あまり天気が良くなかったので、残念ながら富士山を拝むことはできませんでしたが、三保の松原だけでもかなり楽しめました。<br>近くにはイチゴ狩りができるお店もたくさんあって……<br>シーズン的に、もういちご狩りができるお店は少ないのですが、イチゴを売っているお店はまだあります。<br>もういちごの時期は終わってしまいますが、それを忘れさせるほどおいしいイチゴでした。<br>今期はもう遅いかもしれませんが、ぜひ来年、イチゴの美味しい時期に三保の松原に来るのも、いいかもしれませんね。<br><br><br>帰りの夕飯は、河岸の市、まぐろ館でどんぶりを頂きました。<br>すごくおいしかったです。<br><br><br><br>ぜひ、駿府城。<br>楽しいですから、行ってみてください。<br><br><br>さあ、今週も頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<link>https://ameblo.jp/sgml1144ayumi/entry-12141487970.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Mar 2016 11:00:24 +0900</pubDate>
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<title>ご卒業おめでとうございます☆</title>
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<![CDATA[ 私の地元の小中学校も、そろそろ卒業式のシーズンに入ってきました。<br>中高大の合格発表もそろそろ終わり、早いところはもう春休み、なんていう学校もあるみたいです。<br><br>そこで、このブログを見てくださっている卒業生の皆様に、僭越ながら一言、お祝いの言葉を申し上げたく、この文章を書いています。<br><br><br>皆様、<font color="#EE82EE">ご卒業おめでとうございます<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/098.gif" alt="クラッカー"></font><br><br><br>新たな一歩。皆さんの歩む道が、この世界の新たな「歴史」を作っていきます。<br>学校だけではありません。部活、習い事、仕事……。<br>「やめる」ことは「はじめる」ことです。<br>新しいことに挑戦してみる、未知の境地に飛び込んでみる……。<br>そうやって、未来が現実になったときに、今は過去になり、歴史となります。<br>私も、この春、何か新しいことに挑戦してみたいな、と思っています。<br><br>皆さんのことを応援しています。<br><br><br><br>さあ、これからも頑張っていきましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜"><br>
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<pubDate>Sat, 19 Mar 2016 22:01:21 +0900</pubDate>
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<title>秀吉公　長浜城主に</title>
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<![CDATA[ 今日は、豊臣秀吉公（当時は羽柴）が、北近江長浜城主になられた日です。織田信長公の傘下での初めての城持ち大名となります。<br>ここが、秀吉公の新たな一歩。天下統一への道を歩んで行かれます。<br><br><br>秀吉公と言えば、北野大茶会で有名ですね。<br><br>北野というところで、１０日間大きな茶会を開き、自分の茶道具や、参列者の茶道具を見せ合う……<br>まあ、簡単に言うと、マニア同士がお宝を自慢しあうような感覚です。<br>この時、参加者は全員、茶道具かその代わりになるようなものを持ってくることが決まりでした。<br><br><br>しかし、この茶会は、実際には１日だけで終わってしまいました。<br>理由は、今も明確には分かっていません。その後も、再開されないまま終了されました。<br>一説には、肥後で一揆が起こったことに対して、秀吉公が腹を立てたから、という説があります。<br>一方、秀吉公の気まぐれ説や、１日で満足したから、という説もありますが……。<br><br><br>そもそも、この１０日間という数字にはどのような意味が込められていたのでしょうか？<br>その答えは京都・五条のこの茶会の開催を知らせるための触書からわかります。簡単に要約すると、<br>・身分は問わないので、遠方に住んでる人も参加すること。遠くから来る人のために、１０日間の時間を設ける。（唐国からの参加もOKだったそうで……）<br>・この茶会に参加しない人は今後絶対に茶湯を行ってはならない。<br>・心得のある人は、秀吉公の前で茶をたてること。<br>という理由からです。<br><br><br>これを見ているとどちらの説でも納得できるような、できないような……。<br><br>仮に肥後の一揆にご立腹だったとして。<br>ここまで大規模な茶会。有名人もたくさん呼んでいますし、「この茶会に参加しないものは一生茶をたてるな！」というくらいなのに、そんなに簡単にやめてしまうでしょうか？<br><br>仮に気まぐれだったとして。<br>結構莫大な資金がかかりますよね？この後には朝鮮出兵とかも控えているわけですし。<br>それにしては無駄な出費だったな~という感じがするのですが……。<br><br><br><br>う～ん。<br>やっぱり秀吉公は深いですね。<br>天下人という立場にいて、今も昔も有名人な秀吉公ですが、<br>出自不明。<br>本能寺の変の黒幕説。<br>中国大返しの謎。<br>千利休の切腹の謎。<br>朝鮮出兵の原因はいまだに不明。<br>それに加えて今回取り上げた北野大茶会……。<br><br>こんなにも多くの謎を残した人物は、何千年と続いてきた歴史の中でも、秀吉公ぐらいでしょうか。<br>確かに、これまでにも多くの人物が、多くの謎を残してきましたが…。<br>こんなにも有名な人物に関する決定的証拠がいまだに見つからないでいる。あるいは、もともとそんなもの存在しないのかもしれませんが。<br>非常にミステリーな方だと思います。<br><br><br>この非常に興味深い内容。<br>果たして、解明される日は来るのでしょうか？<br><br>楽しみですね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/193.gif" alt="にひひ"><br><br><br>さあ、明日も頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<pubDate>Sat, 19 Mar 2016 21:31:06 +0900</pubDate>
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<title>駿府城にて会談</title>
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<![CDATA[ 今日は、家康公と真田昌幸公、小笠原貞慶公が駿府城にて会談をした日です。<br>と、いうことで！最近話題の大河ドラマ・真田丸についてお話しさせていただきたいと思います。<br><br>さて、皆さん。<br>真田丸見ていますか？<br>最近ブログを更新できず、だいぶ前に放送された回のお話なのですが……。<br>記念すべき第一話の、武田勝頼公を覚えていますか？<br><br><br>本当に泣くかと思いました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"><br>だって、あまりにも切なすぎて……<br>第一話からこんなにも見ている者の心を揺さぶる大河ドラマ……真田丸、恐るべし！！<br><br><br>因みに、勝頼公を演じていた俳優さんは、平岳大さんです。<br><br><br>勝頼公の魅力を最大限に引き出す演技だったと感じました。<br>父の偉大さ。それゆえに抱える大きな悩み……。それでも必死に父を乗り越えていこうと、必死に頑張るその姿。そして身内に裏切られ、その夢も儚く散ってゆく……。<br><br><br>以前お話ししたと思いますが、私は小説やドラマは、たとえその内容が歴史に関連するものであっても、一つの作品としてみるタイプです。<br><br><br>でも、今回の真田丸に関しては、私の中の勝頼公像が、段々と平さんの姿に塗り替えられていくような錯覚に陥りました。<br>実際の勝頼公もこうだったのではないだろうか。そしたらどんなに素晴らしいだろう。<br>……そんなことを考えていました。<br><br><br>実際に、勝頼公は、親の偉大さに圧倒された愚将だという描かれ方をすることもありますが、結構活発に動いているんですよ。<br>信玄公の亡き後、自分がこの名門武田家を率いていかねばならない……<br>そのプレッシャーというものは、私たちには計り知れないほど大きかったことでしょう。<br><br><br><br><br><br>これからも真田丸、期待です！！<br>ブログでも感想を書いていきたいと思っています。<br><br><br><br>さあ、明日からも頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<pubDate>Fri, 18 Mar 2016 20:39:47 +0900</pubDate>
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<title>朝鮮進出</title>
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<![CDATA[ 皆さんこんにちは。<br>今日は、豊臣秀吉公の朝鮮出兵命令により、先発隊が肥前・名古屋の本陣に到着した日です。<br>因みに、この時の一番隊を率いていたのが、前田利家公でした。<br><br><br>外国どころか、国内でさえも収集がつかなかった日本が、いよいよその国内を治め、海外に進出する瞬間です（まだ国内ではありますが。）<br><br>秀吉公は、その生涯のうち、二回朝鮮に出兵していますが、これはそのうちの一回目、文禄の役の時のものです。<br>文禄の役は１５９２年～１５９３年まで続き、休戦したのち、再び１５９７年の講和鉱床の決裂により、慶長の役が始まります。<br><br>実はこの戦は、きちんとした理由がまだ明確になっていません。<br>一説には、秀吉公のかつての主君・織田信長公の大望であり、秀吉公がその夢を継いだ、という説がありましたが、これは確固たる証拠ではなく、信頼性に欠けるそうで……<br><br>色々な説が流布していますね。<br>確かに、日本と朝鮮の間にはこの時代よりも前から歴史的なかかわりを持っていましたし、いろいろな事件もありましたが……<br><br><br>さて、現代。（このフレーズも久しぶりに使ったな～）皆さんに「説」というものについて少し私の考えを話させていただきたいとおもいます。<br><br>この日本という国には、何千年という歴史の中で、さまざまな事件が起こってきました。<br>しかし、その事件の背景や原因といったものは、時間がたつにつれて証拠がなくなっていったり、あるいは隠蔽・ねつ造などによって、現代に正しい事実が伝わってこない、ということがあります。<br>そして、これからも。<br>物は劣化していきます。資料がどんどんなくなっていってしまうし、あまり考えたくはないですが……地震や戦争、火災などで、まだ未発見の資料がそのまま行方不明になってしまうこともあり得ます。<br>そして、このブログではあまり取り上げていませんが、ほかの時代、特に近代においては、証言者がどんどん減っていってしまいます。今年で戦後７１年。そういうことです。<br>今、全国の学生さんたちが使っている歴史の教科書も、もしかしたら俗説・ねつ造の塊かもしれません。<br>その中で大切になってくるのは、「何を信じるか」ということです。<br><br><br>朝鮮国内では、この朝鮮出兵によって、秀吉公を嫌う方もいるということを聞いたことがあります。<br>それだけではありません。皆さんもご存知の通り、日本は第二次世界大戦において、数々の悪行を犯しました。<br>私の友達に、韓国のアイドルグループが好きで、韓国が大好きだという友達がいます。彼女はそのアイドルグループをきっかけに韓国語も勉強し、簡単な会話や読み書きができます。<br>彼女が韓国に行ったとき、その勉強を生かして、とあるお店で少し韓国語で話したそうです。そのときの店員さんは優しく受け答えをしてくれていたそうですが、彼女が日本人だということを知った瞬間に、店員さんの態度が冷たくなってしまったそうです。<br>彼女は、とても悲し有ったということを話していました。<br><br>こういうことです。<br>私たちが周りの国々に対して何かひどいことをしたわけでは決してありません。<br>昔の出来事です。<br>でも、私たちの間には「歴史」という「事実」があります。決して変えることのできない「過去」です。<br><br>現代。最近では「グローバル化」という言葉がよく使われていますね。<br>日本では大学まで行くことが当たり前になり、その過程、小中高では英語を学びます。<br>きちんと授業を受けていれば、大体の人が英語を読み書きできる時代です。<br>海外留学をしたり、将来的には海外で仕事をする人もたくさんいます。<br><br>それだけ、ほかの国々の方と交流する機会が増えている、ということです。<br><br><br>その時に、自分の国、そしてその国の歴史を知っておくということは最小限の礼儀であり、マナーであると思います。<br><br>過去は変えられません。でも、未来は変えることが出来ます。<br><br>日本という国に生き、変えることのできない事実を背負った私たち日本国民は、歴史を知ることでほかの国と付き合っていくべきだと思います。<br><br>そのために、「何を信じるか」<br><br>実際のことなんて誰にもわかりません。<br>最近では、本能寺の変、関ヶ原の戦いに加えて、桶狭間の戦いや長篠の合戦についても、定説が疑われてきています。<br><br>分からないことだらけの事実の中で、自分が信じる歴史というものを見出すこと。<br><br>世界の歴史を見渡すために、まず自分の国を知ること。<br><br>それを知ったうえでどう付き合っていくべきか。<br><br><br>皆さんもこのご時世。考えてみてください。<br><br><br><br>さあ、明日からも頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜"><br><br><br><br><br>追記<br>今年で東日本大震災が発生して５年が経ちました。<br>３月１１日、私はブログを更新できませんでしたが。<br>遅くなりましたが、この場を借りて。<br><br>震災によって亡くなられた方、また、ご遺族の方のご冥福をお祈り申し上げます。<br><br><br>また、震災で被災をされた方々へ。<br>一歩一歩、少しずつ。<br>応援しています。
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<pubDate>Thu, 17 Mar 2016 10:43:04 +0900</pubDate>
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<title>謙信公　関東管領に</title>
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<![CDATA[ 皆さん、お久しぶりです！<br>まだ新年のご挨拶もしていないことに自分でもびっくりしている毘沙門天でございます。<br>本当に遅くなりましたが、皆さん、あけましておめでとうございます←遅い！！<br>２０１６年も歴史をエンジョイしていますでしょうか？<br><br>私はと言えば、このブログからは少々疎遠になってしまったものの、歴史検定の勉強をしたり、文献を読み漁ったり、大河ドラマ・真田丸を見ていたり、刀剣の雑誌を読んだり……と、安定の歴史ライフを楽しんでおりました。<br>が、ついに今季、雪×城のコラボを見ることはできませんでした。悔しいー！！<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/144.gif" alt="しょぼん"><br>と、いうことで、今年は桜かなあ……という感じです。<br>因みに！今度は小田原城に出没する予定です。<br><br><br>さてさて、そろそろ２０１６年一発目！歴史ネタ、今日も行きますよ。<br>やっぱり年の初めは我らが謙信公でしょ！！ということで、この日になりました。<br>今日は、謙信公（当時は長尾景虎）が関東管領になられた日です。<br>鶴岡八幡宮にて就任。この時、山内上杉憲政公から上杉氏の名跡を譲り受け、上杉政虎と名乗るようになります。<br><br><br>余談になりますが。<br>私の大好きな作家・富樫倫太郎先生の著書、「北条早雲」の新刊が発売されましたね。<br>私は、富樫先生の軍配者シリーズ（詳しくは横のフリースペースをご覧ください！）が大好きで、この北条早雲シリーズも読んでいるのですが、ここにも上杉氏が出てきますね。<br>もちろん、この物語は北条早雲公が主人公なので、謙信公には関係ありませんが。<br><br><br>もともと上杉氏はいろいろな種類がありました。<br>もとは公家でしたが、鎌倉幕府６代将軍・宗尊親王の従者として関東に下向し武家化した家です。<br>北条早雲には、扇谷上杉家と山内上杉家が登場しています。この二つは、上杉家の中でも著名な家ですね。<br>室町時代に入ると、勢力を拡大し、相模、武蔵、上野、越後などの守護職を務め、守護大名として成長し、栄えていきますが、関東での覇権をめぐり、両家が対立するにつれ、段々と衰退してきます。<br><br><br>この時に衰退した上杉家を再興させるきっかけとなったのが、謙信公です。<br>山内上杉家の家督を譲られたことによって、上杉家は再び勢いを取り戻し、甥の景勝公の代に豊臣五大老、会津１２０万石の大大名に出世しました。<br>関ヶ原の戦いや、無嗣の危機陥り、減知されましたが、最終的に大名家として生き残り、明治時代には家族となり、爵位を授けられました。<br><br><br>このように、なかなか壮大な歴史を持った上杉家。<br>そんな波乱万丈な世の中で、一つの大きな「家」というものを残してきた方々は本当に偉大だと思います。<br><br>さて、ながくなってしまいましたが。<br>今回はせっかく上杉氏について語ることが出来たので、今度は富樫先生の著作についても語りたいな……<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/193.gif" alt="にひひ"><br>わたしは、歴史小説に関しては、「歴史」的視点ではなく、あくまでも「小説」的視点から「文学作品」的に読んでいます。<br>つまり、多少史実とは違っていても、面白ければいいよね！という考えの持ち主だ、ということです。<br>世間一般的なイメージを覆すキャラクター像や、その人の魅力を最大限に引き出すその歴史作家の方々の才能には、もう脱帽です。<br>私たちと、昔の方々との間には「時」という越えられない壁があります。<br>ですが、作家の方々は、時にその斬新なアイデアによって、私たちと、昔の方々を引き合わせ、あたかもそこにいて、その場の空気を感じられるような気分にさせてくれます。<br>私は、そういうところが歴史小説の醍醐味かな、と思います。<br><br><br><br>そんな小説の魅力も少しずつ紹介出来たらな、と思います。<br>明日からはまたガンガン更新していく予定ですので、どうぞお楽しみに<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/189.gif" alt="得意げ"><br><br>さあ、明日からも頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<pubDate>Wed, 16 Mar 2016 20:28:24 +0900</pubDate>
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<title>大晦日☆</title>
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<![CDATA[ こんにちは。<br>２０１５年もあと数時間で終わりますね！<br><br>本日、３１日は旧暦では存在していないので特に事件etcはありません。<br><br><br><br>えー、来年も、このゆるぎない謙信公愛とともに、つたない文章と乏しい知識ではありますが、今まで通りちょこまかと更新をしていく予定でございます。<br><br>今年一年、ありがとうございました！<br><br><br>来年が、皆様にとってよき一年でありますように<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/123.gif" alt="キラキラ"><br><br>良いお年を<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/098.gif" alt="クラッカー"><br><br><br>さあ、来年も頑張りましょう<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<pubDate>Thu, 31 Dec 2015 13:55:12 +0900</pubDate>
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