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<title>左手は、そえるだけ。</title>
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<description>「寝る前に読まなきゃ！」的なポジション狙ってます。</description>
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<title>「？」が、世界を面白くする。</title>
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こどもって、何でも質問するようにできていますね。「なんで１＋１は２なの？」「なんで戦争があるの？」「どうして地球は丸いの？」「どうして結婚するの？」とにかく質問が多いのです。その質問がちょっと哲学的だったりするから、大人も考えさせられてしまうことがあります。あまりにも質問をするものだから、ときには、「なんで赤ちゃんは生まれるの？」とか質問して、大人をドキリとさせることもあります。自分もこんな質問していたかもしれません。べつに親をドキリとさせたい訳じゃなくて、知りたいんですよね。ただ、ただ知りたい
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<dc:date>2013-01-18T23:21:35+09:00</dc:date>
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<title>「何もしない」が、かっこいい。</title>
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何もしないって、なんだか悪いことのように思われています。でも、本当にそうでしょうか。ぼくはそうは思いません。特にいまのような情報だらけの時代においては、むしろ価値があるとことなんじゃないか、と思っています。世のなかを観察してみましょう。電車の中、バスの中、カフェ。ひとりでいるひとに目をやると何かしてるんですよ。何もしていないひとって、ほとんどいない。本を読んだり、寝ているひともいますが、ぼくのデータでは、8割以上のひとが、携帯をいじって忙しそうにしています。何もしないということが、難しくなってい
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<title>対極と爆発。</title>
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岡本太郎記念館に行ってきた。現役時代に彼の創作活動の拠点になっていた場所である。アトリエは保存上の問題で、少し整備されていたものの、ほとんど当時のまま存在していた。作業デスク、そこに積まれている本、趣味で弾いていたピアノ、「岡本」というネームタグがぶらさがったままのゴルフバック、魂をぶつけて描いていた絵画、それらを描く際に握っていた筆・・・・すべて、当時のまま存在していた。そこに岡本太郎はいないのだけれど、それらは、彼がリアルに存在していた事の証左であり、それを肌で感じることができた僕は、なんだ
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<title>君が鳴いている。</title>
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海、花火、祭り、野外フェス、、、、夏を象徴するものは多くある。そしてそれらの多くは、恋を連想せずにはいられない。恋というフィルターを通して夏を感じさせてくれるのだから、人気もある。しかしながら、夏はそういった派手なものだけでできているわけではない。何でもそうだけれど、裏方が存在するからこそ、華やかなものは、華やかでいられるのだ。誰にも評価されず、ただ愚直に夏を支えている連中がいることを忘れないでほしい。いや、むしろ彼らがいるから日本の夏が成立していると言っても言い過ぎという事はないだろう。だから
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<title>ネーミングと僕。</title>
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世の中にはいろいろな商品があり、それらの商品には商品名がついている。それは、頬をつねれば痛いのと同じくらい当たり前の事だ。見渡す限り、商品には名前がついている。商品にテストを受けさせても、名前欄だけはきちんと埋めることだろう。それらの商品名は、あまりにも多く、そしてあまりにも日常に溶け込みすぎていて、だからこそイチイチ疑問を持つ事はない。でも今日、僕はとある商品名で困惑してしまったのだ。こういう経験はあまりないので、紹介したい。それは、コンビニのローソンで起きた。今にも雨が降りそうな午後だった。
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<dc:date>2012-05-01T23:40:49+09:00</dc:date>
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<title>江戸っ子とギャル。</title>
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「ってやんでぇ」：（意味）何を言っている！僕はこの言葉に興味がある。突然こんな話をし始めて、それこそ「ってやんでぇ」だが、話をさせてもらおう。江戸っ子の間で流通していた俗語「ってやんでぇ」は下の①～④の流れを経て完成したようだ。①何を言っている!→②なに、言ってやがる!→③なに、いってやんでい→④ってやんでぇこの進化の過程を知ると、「ってやんでぇ」が好きになってしまうのは僕だけではないはずだ。特に②→③の進化は、目を見張るものがある。「んでい」を発明した人の功績はかなり大きいのではないだろうか。
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<dc:date>2012-03-31T22:15:18+09:00</dc:date>
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<title>それでも僕は食べてしまう。</title>
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冷蔵庫の中に眠っている、お腹を壊すには十分な程度に賞味期限が切れているヨーグルトを食べながら、私はこのブログを書いている。なぜそんな事をしているのかは私自身さっぱり分からないが、人間は時として理由なく行動してしまうと決まっているのだ。ブログの更新が滞ってしまっていた。なにせ書く事がほとんどない。私の好きな女性のタイプを長々と書き綴る事もできるが、ただでさえ情報過多な昨今の現代社会で、それがノイズになるだろうと予測できる程度の想像力は持ち合わせているつもりなのでここでは控えたい。じゃあ何を書くか。
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<dc:date>2012-03-20T00:01:44+09:00</dc:date>
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<title>マスターという人。</title>
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大都会の街中　路地裏に入り、少し足を進めると、そこに静かに佇むお店がある。決して存在感を放っている訳ではないが、何か無視できない気配を感じる。お店の中に入ると、７０年代のソウルミュージックが静かに流れており、若いカップルをはじめ、様々な人種が都会の喧噪を忘れるように、落ち着いた店内に身を委ね、お酒と会話を楽しんでいる。そう、そこはバーである。僕はお酒が飲めないのでバーに行ったことはない。なので、これはあくまでイメージだ。でも、実際このイメージとそう違わないだろう。僕はこのバーというものに興味を持
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<title>できなくなるライン。</title>
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前回のブログで僕は死ぬまでにもう一度「かくれんぼがしたい」と書いた。反響は全くなかった。そりゃそうだ。「僕も、かくれんぼがしたかったんです。」「今日かくれんぼしました。土管は、隠れるのに最適ですね！」なんていうコメントがくるなんて鼻から考えてはいないし、もしそんなコメントがきたら気持ちが悪いとさえ思う。ただ、性懲りもなく前回と似たようなテーマでブログを書こうと思うのだ。当たり前だが、人は年齢を重ねる。そしてまた当たり前だが、人はこのことに抗うことはできない。でも年を重ねると、昔できなかった事がで
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<title>死ぬまでにやりたい１００のコト</title>
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誰でも余命６ヶ月と宣告されれば、死ぬまでにやりたい事を必死で考えるだろう。だけど不思議なもので、余命５０年と言われれば、なかなかそれが考えられなくなるものだ。僕は、あと何年生きれるのか分からないけれど、死ぬまでにやりたい事をどのくらい持っている人間なのだろうか。栓を開けたばかりの炭酸がきついコーラを飲みながら、そんなことを考えていた。小さい事から大きい事まで、くだらない事から真面目な事まで、全部ひっくるめて一体どれだけのやりたい事を持っている人間なのか、単純に知りたくなったのだ。そして頭で描いて
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<dc:date>2012-02-11T21:05:42+09:00</dc:date>
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