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<title>レ・ミゼラブルのブログ</title>
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<title>認知症レ・ミゼラブル20</title>
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<![CDATA[ ７月23日の事だった。母の日転院の話をした日から全く音信不通になっていた妹がから電話が入った。「病院から連絡があって、お母さんの容態が急変したって」と言う。覚悟していた連絡だった。妹の車で母が入退院を繰り返していた遠くの病院へ向かった。「転院の話が始まった所なのに」と妹が車中でぼそりと言った。遅い！今頃何言ってるんだと思っていると、弁護士先生から電話が入った。来週の金曜日に地域包括センターと地元の病院の関係の人達と話し合いがあると。遅い！遅い！遅い！何やってるんだ！冗談はよせ！「包括がなぜ関係して来るんですか？今、病院から母が危篤だと連絡があり、病院へ向かってる所です。」と私。弁護士先生はいかにも自分の手柄の様に話し続けるので、「もう、包括なんて関係ないですよ。母は危篤なんです」と2度まで言った。「母の入所の特養から連絡があって、もう病院の仕事ですよって言われて、包括センターに私が相談したんだよ。」と妹が言った。そう言うことか、実際に母の面倒をみてくれている特養の施設長が、経験上からも次に入院したらもう終わりだと思って言ってくれたんだ。でもそれも遅い！<div>「包括は関係ないでしょ」と繰り返すと「行政に入ってもらった方がこう言う場合、いいから」と妹。こいつはこうなっても最後まで母が生き残った時の保険が欲しいのか！自分が看護の専門家だと威張って豪語する看護師さん、自分の母親のあの痩せ方さえ、この夏越せない事すら見抜けないのか？</div><div>病院に着き、息も絶え絶えの母に会った。守れなかった。でもお母さんの命を短くしたのはお腹を痛めたもう一人の娘なのだから…仕方がないんでしょう？</div><div>分かってた事なのだ。全身全霊で抗った。でも抜け目のない妹が勝った。最初に妹が地元の施設に母を入れようとして骨折させた時から。こちらも県の窓口に相談して妹は呼び出されて面談した。それでもやめなかった。自分の思い通りにした。思い通りに施設や病院嫌いの母の命を縮めた。</div><div>ふと母の様子を見に来た看護師が母の寝間着を直しながら言った。「なんか、お年なのか跡が付きやすくて。皮膚が弱ってるみたいで」</div><div>その言葉が気になって妹が部屋を出た時に見てみると、母の腕や肩に何か所も痣や傷があった。点滴の針の跡ではないアザや傷。たくさんある。何なんだろうこれは？</div><div>妹は看護師の言葉に黙って頷いて居た。仲間うちの暗黙の了解のように。</div><div>そして、5時間後には母は亡くなった。父が自分の癌を話さず、倒れて2週間で亡くなったのを「本当に良い死に方だよ！」と喜んでいた妹だが、それより短いたった5時間の看護で。</div><div>お母さん、あなたは何のためにこの娘を看護師にしたんだろう。お通夜の夜、母に一人で向き合っていた私は、警察に病院の虐待の疑いを通報しようかと携帯を握りしめた。アザの写真だけでも撮ってくれと。しかし、まるで気持ちよく眠ってるかのような母の顔に、それを止めるように言っているんだなと思ってやめざるをえなかった。安らかな母の死に顔が、もう十分だよ。姉ちゃんは良くやってくれたよ。この暑さで姉ちゃんの心臓も持たなかったら、お母さんが、泣いちゃうじゃないか、と</div><div>医療現場では実際放置があっても、家族が毎日のように来なければ分からない。そして、組織は、仲間うちは庇いあう。遠くの施設に入所させ、面会にも滅多に来ない年寄りがどういう扱いを受けるか、家族はよくよく考えてみてください。</div>
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<pubDate>Thu, 23 Aug 2018 12:20:00 +0900</pubDate>
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<title>認知症レ・ミゼラブル19</title>
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<![CDATA[ JRの駅に着いて、弁護士の先生に電話した。「今日ようやく母の病院に来れたんですが、大変です」と、今日の様子を話した。「すぐに転院させないと、母は今月いっぱい持ちません」と私は言った。「熱があるのに退院させるんですかね。それはダメでしょう」と先生も言い「あそこの病院に居てはダメです。救急病院のような所で、お年寄りの療養病床もないでしょう。認知症のお年寄りへのスキルもないようです。転院させても今の特養に戻る方向で、何とか地元への転院させないと、母はこの夏越せません。とにかく苦しんでいても言葉に出来ないようになってしまっていて」と私は訴えた。<div>翌日母の認知症状が一番酷かった時のケアマネージャーに電話で相談した。「とにかく、骨折からたった2、3ヶ月で、ミイラの様に痩せこけてしまって、遠くの病院で脱水症状で苦しんでいてもいい誰も気がつかないんです。家族が毎日面会出来ないと母はこの夏越せません」と話すと、「その事病院に言いましたか？言わないとダメですよ」とケアマネさんが言った。私は「妹が同じ看護師なんで素人がああだこうだ言うのをとにかく嫌うので、ずいぶん喉乾いてたんだね。美味しいジュースもらって良かったね。としか言えませんでした」と言った。「転院しないと、本当に持ちそうにないので病院から元気に退院できると良いとしか思えないんですが、こちらの施設にお世話になる話になったらぜひ、相談に乗って下さい」と私はお願いした。</div><div>弁護士の先生に電話で、今の特養の施設長と３者で話せるようにお願いした。</div><div>ところが、三者の面談をすぐにでもしたかったのに、弁護士だか施設側の都合だか月末にまで伸びてしまった。私は「人の命のかかっている事ですから」と再三弁護士先生にお願いしたが、早まることはなかった。</div><div>&nbsp;６月上旬、母の入所している特養に電話して施設長と話し、転院の事が技術的に可能か相談すると、「今は施設に戻って落ち着いているが、再入院の際、移動が可能な容態だと病院が判断すれば、病気が軽ければ、地元の介助タクシーを頼んだりすれば良いかも知れません」と教えてくれた。６月の下旬になり、母の入所する施設に行って弁護士先生と三者会談になると、その上旬の話は無理があるかもと、転院に消極的な話になった。母に面会すると、前よりは元気そうで、私が「お母さん！」 と声をかけると、私だと分かったらしく、にっこり笑った。それが唯一の救いだった。</div><div>私は父の発達障害と、去年の夏、鬱病の診断を受けた妹が父親そっくりの精神構造になっている事を説明すると、そこの施設長は精神障害者の入所者も対応していた人で、理解は示してくれた。「精神障害者の場合、自分にとって味方だと思ってもらわないと、話さえ聞いてくれません。味方だと思ってもらってから、それからですね」と施設長は言った。時間の掛かる事で、私は絶望していた。なぜ、妹がこうまでして母の命を握っているのだろうか？22歳で結婚して近くの実家にも寄り付かなかった妹が。</div>
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<link>https://ameblo.jp/shellsder/entry-12399801105.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Aug 2018 11:10:26 +0900</pubDate>
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<title>認知症レ・ミゼラブル18</title>
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<![CDATA[ ６月4日の事だった。電車の乗り継ぎで3時間ほどかかって、母の入院している県内の病院へようやくたどり着いた。途中のJRから私鉄線への乗り継ぎで、健常者なら10分程度のところ、両脚の悪い私は35分かかってしまったからだ。暑い日で、途中のベンチで5分ぐらい休まねばならなかった。<div>病院にたどり着き、病室に入り、母の所へ近づくと、変わり果てた母の姿に言葉を失った。</div><div>母はガリガリに痩せこけて、言葉も出せずに、苦しんでいた。その姿は、写真で見た事のあるアウシュビッツのユダヤ人収容者の様だった。</div><div>母は苦しそうに身体を起こそうとするのだが、起きられず、苦しそうにしていた。「どうしたの！お母さん！」と私は叫んだ。</div><div>病室にいる他の患者さん達も皆、高齢者で、看護師が来て、ジュースを配っていたりした。母の担当の看護師がようやく来ると私は、「容態はどうなんですか？どうしたんですか？何か苦しんでいるようなんですが、話せないし、身体を起こそうとするんですがベッドを起こしてはいけないんですか？」と聞くと、「熱があるので、寝かせているのに、身体を起こそうとするんですよ」と言って行ってしまった。</div><div>「お母さん、私だよ。どうしたの？どこが苦しいの？」明らかにどこか苦しいらしい様子が続くので、ブザーを押して看護師を呼んだ。「血液検査の結果は良くなっていて、予定通り明日退院です」と看護師は言う。私は「この様子で明日退院なんですか？あの、ソーシャルワーカーの〇〇さんを呼んで貰えませんか？」と言った。「お約束があるんですか？」「ないですが、遠くからせっかく来たので是非ご相談したい事が」といい、「あと、母の好きなカステラを持って来たんですが、食べさせても良いですか？」と言うと、看護師は「外部の持ち込みは先生に聞いて見ないとダメです。…そうだ。お母さんにもオレンジジュースが出ていたんだっけ。それを持って来て上げますよ」と言って出て行った。</div><div>&nbsp;持ってきたトロミの付いたオレンジジュースを看護師がスプーンで少しずつ母に飲ませると、だんだん母の顔色が良くなっていき、母は完食した。私は「お母さん、よっぽど喉が渇いていたんだね。美味しいジュースもらって良かったね」と言うと、母は見違える様な明るい表情をした。</div><div>看護師がソーシャルワーカーを呼びに行き、母の様子に苦しそうな様子はなくなった。</div><div>ソーシャルワーカーが来ると、私は前にも電話で相談していた地元病院への転院の話をした。すると、電話でも言っていた様に「病院の窓口は妹さんになっているんで、こちらではどうしようもないです。ご家族で良く話し合って下さい。」の一点張りだった。そして母の容態について私が「３月に最初の入院の時は母は話も出来たし、あんなに元気だったのに、どうしてこんなに容態が悪くなったんですか？ガリガリに痩せているし」私はたった2、3ヶ月で、どうしてこうなってしまったのかいぶかしんだが、ソーシャルワーカーは「ご高齢ですからね」の一言で済ませた。</div><div>ソーシャルワーカーが退室してから、私は、喉があんなに渇いても、苦しんでいても言葉に出来なくなってしまっている母に、しばらく悲痛な目を向け続けていた。こんな赤ちゃんの様になってしまっている母をなんとか救わないとと思った。</div><div>夕方になり、赤ちゃん状態の母をこのまま置いて帰るのに涙が止まらなくなったが、「ごめんね。お母さん。すぐにうちの近くの病院に転院させるから、ごめんね。今日は帰って弁護士さんに電話しないと」後ろ髪を引かれれながら、涙を擦りながら病室を後にした。</div>
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<pubDate>Thu, 23 Aug 2018 10:04:27 +0900</pubDate>
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<title>認知症 レ・ミゼラブル17</title>
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<![CDATA[ &nbsp;あれから、何ヶ月経っただろう？<div>&nbsp;７月23日に母が亡くなった。２月の終わり頃に遠くの特養で骨折して、その後内科の病気で入退院を繰り返すようになった。骨折の手術の後、度々肺炎で熱が出るようになったからだ。</div><div>&nbsp;２月の骨折の入院の時、青年後見人の女性弁護士は、母が施設で怪我をして入院した事を報せに来た時に、向こうから「入院が長引くようなら、地元の病院に転院させましょう」と言っていた。ところが、この転院が、妹の反対で難航した。自分の思い通りに遠くの特養に入所させる事に成功したのに、特養の空きがなかなか出来ない地元に戻るのに、妹が恐れを抱いていた所為だ。</div><div>骨折の手術の後、面会した時には、寝てばかりいて、起こしても会話の出来るような状態ではなく心配したのだが、３月の肺炎での入院の時には、話も出来たし、母は思いの外、元気そうで安心した。この時、妹の車で面会に行ったのだが、帰りの車中で母の地元の転院の話を始めると、妹はいきなり逆上した。</div><div>「車でも2時間以上掛かるし、電車とバスの乗り継ぎだと、3時間近く掛かる。これから母の容態が悪くなったらどうするの？」と私が言うと、妹は「せっかく特養に入れたのに、地元の受け入れ施設がない限り、私は転院させない。」の一点張りだった。</div><div>私は、「病気が良くなったら、元の特養に戻れば良いんじゃないのか？」と言うと、「地元の病院を退院した後、地元のほかの施設は特養のように母の年金だけではやり繰り出来ない。グループホームとかに入れるお金は出せないよ」と妹は言った。私が面倒を見ていた時は、母は元気に歩けて、小規模多機能のディサービスに毎日通い、週１日のショートステイで、元気に自宅で暮らしていた。もちろん母の年金だけで賄えていた。今更ながら、私は言わずにはいられず</div><div>「あのね。あんたはどうして家族に何も話さず、勝手に包括に相談に行ってこういうことにしちゃったの？」と私は言った。</div><div>「包括がお母さんを連れて行った時は、まるで私を犯罪者扱いだったんだよ」</div><div>すると妹は驚くべき事を言い放った「だってあんたは犯罪者じゃない。ネグレクトは立派な虐待だよ！」</div><div>私はあまりのことに言葉を失ったが、ようやく「ネグレクトってどう言うこと？」</div><div>「ゴミ屋敷はネグレクトでしょ」</div><div>「それは実家の事でしょ！お母さんと一緒に暮らしていたアパートでは普通だったよ。あんた見てないのに何てこと言うの？」</div><div>父が倒れてから、私は実家に猫達を置いて、父と母が住んでいたアパートで、最初は24時間体制で、小規模多機能ホームで毎日の日中を母が過ごせるようになるまで、付きっ切りで介護をしていた。小規模多機能で、日中手が離れても、朝8時半から4時までの事で、実家の方は猫達が汚し放題で、ゴミ屋敷化して行ってしまったのだ。</div>
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<pubDate>Thu, 23 Aug 2018 09:09:18 +0900</pubDate>
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<title>認知症レ・ミゼラブル16</title>
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<![CDATA[ 本当に長い間ブログの更新が出来なかった。何故なら、母が連れ去られた原因は妹が作って居たのだと昨年の3月に分かったからだ。<div>時間は現在に戻るが、5日前の2月26日に母の成年後見人の弁護士さんが前触れもなく、私のアパートを訪れた。「大事な話があるので直接来ました」と</div><div>「何ですか？」</div><div>「お母さんが施設で倒れ怪我をして、施設の隣町の病院に入院しました。数日前手術をしました」弁護士さんの顔はいつにも無く深刻そうだった。まずい事が起きて事態を収拾しようと慎重に言葉を選んでいるようだった。「骨折したんですか？」と私が尋ねても「私は(医療の)専門家ではないのでよく分からないのだけれど、成年後見人として3月に入ってからすぐにでも直接病院に面会に行く予定です」と弁護士の先生は言った。「どの程度の怪我なんですか？どんな手術だったんですか？」重ねて尋ねても、「妹さんが病院に行って居ます。妹さんは介護の専門家なので任せられますよね」と言い、彼女(成年後見人は40代の女性弁護士なのだ)は唐突に「私は今まで妹さんとあまりよく話した事はなかったけれど、今回色々彼女と話して、去年の夏に可愛がっていた犬が亡くなって、ペットロスで鬱状態になり、今も具合が悪いそうです。その事を話せばお姉さんも分かってくれるでしょうと妹さん言っていました」「犬が死んだんですか。大変辛いだろう事は分かります」何故母の容態を言わず妹の犬の死んだ話になるのだろうか？と思いながらも私はそう言った。</div><div>「あなたは両脚がそんな状態なので、私が面会に行ってすぐに、詳しい事を知らせます」と彼女は言った。私は去年の10月に変形性股関節症が左脚にも発症してしまい、バスや電車を何度も乗り継ぐ遠くの母の施設に半年以上面会に行けなくなっていた。<span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">妹は私の住まいから車で10分位の所に住んでいる。</span>怪我で入院した母の容態を見に何故、妹が私を車で連れて行けないのか？そして今、なんで妹の犬が死んだ話が出ているのか？私は激しく訝しんだ。</div><div>この母の成年後見人の女性弁護士には、都合が悪くなると話をはぐらかす悪い癖があった。悪い癖ではなく、弁護士としての戦略なのかも知れないが、事態を収拾するには相手を苛つかせる愚策だと私は思った。ところが、この女性弁護士は、猫を我が子のように可愛がっている私に「良かった。貴女ならよく分かってくれると思った」と言って微笑んだ。「ええ、分かりますよ」思わず私はそう相槌を打ってしまった。「私が成年後見人としてお母さんの様子を見に行きますので、安心して待っていてください」と彼女は見事に相手を煙に巻く策略に成功したのだ。</div><div>私は彼女が帰ってから、やられたなと悔しがった。第一、何故施設から私に連絡がないのだ？私は母への心配のあまり、施設と妹への憤りで、頭の中が沸騰し始めていた。私は母の収容された施設に再三、母に何かあったら、妹だけではなく私にも知らせるよう言ってあったのだ。それを反故にしたのは誰なのか？また地域包括支援センターなのか⁉︎あの弁護士がはっきり言えないほど、母の容態は悪いのか？容態が良くなるまで、時間稼ぎをしているのだ！私はその夜心配と憤りのあまりほとんど眠れず、翌日母の拉致事件を相談した行政書士の先生に電話した。「これでは、私は親の死に目にも会えない事になります。どうしたら良いでしょうか？」と訴えた。「直接施設に電話して、容態を聞きなさい」漢気のある代書屋さんは頭の沸騰している私に適切な指示をしてくれた。ところが、施設に電話を入れると、電話の応対をしている事務員が、今は担当者が居ないの一点張りだった。「現場の人の誰でも良いから母の怪我について知っている人を出して」と言うと今度は「今現場が忙しく1時間後位でないと手が開きません」「1時間後？そちらで怪我した入所者の家族がどんなに心配してるか、分からないんですか？1時間後じゃ遅いでしょ。誰でも良いから手が空き次第連絡して！」と私は語気を強めた。</div>
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<pubDate>Sat, 03 Mar 2018 23:19:21 +0900</pubDate>
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<title>”ボクからのお願い”</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><iframe class="reblogCard" height="234px" width="100%" scrolling="no" frameborder="no" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/reichan2015/entry-12302480525.html?reblogAmebaId=shellsder" data-ameba-id="reichan2015" data-entry-id="12302480525"></iframe><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/shellsder/entry-12303700928.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Aug 2017 15:00:21 +0900</pubDate>
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<title>今日はパイナップルの日</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Thu, 17 Aug 2017 17:29:02 +0900</pubDate>
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<title>認知症レ・ミゼラブル14</title>
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<![CDATA[ 父との別居生活は、予想以上に上手く行き、母は1日2、3回以上自宅とアパートを行ったり来たりしていた。私も1日置きくらいにアパートへ母の様子を見に行ったりして、私は地獄の様な生活から解放され、生き返った思いをしていた。<div>順調な別居生活から数ヶ月後のことだった。市の地域包括支援センターから呼び出しの電話があった。支援センターへ行ってみると、当時(5年前)のセンター長が「看護師の妹さんの同意を得ているんだけど、お父さん、お母さんの二人を新しく出来た有料老人ホームに入れたいんだけど」と唐突な話になった。私はびっくりして、「母が施設に2、3日泊まるだけでも、あんなに嫌がって大変な騒ぎになったのに、そんなの無理です」と言った。「歩いて15分位のアパートから、母はいつでも自由に自宅とアパートを行ったり来たりして、元気に暮らしてますし、第一父は発達障害で、大勢の他人と一緒の施設では、暮らせません」「妹さんは大丈夫だろうと言ってますよ」「妹は、20年以上も前に結婚して家を出たきり、父母の様子はほとんど知りません。母の面倒もこの前の騒ぎの時に3日ほどみただけです」と言ったが、センター長は二人で施設に入るのが一番良いと言い張り、私が「スープの冷めない距離で半別居で大変上手くいっているので、必要ありません。それに父母の年金を全額注ぎ込んでしまっては自分の僅かな障害年金だけでは暮らして行けないんで私が生きていけません」と言うとセンター長は明らかに怒り出し、「あなたは生活保護でも受ければ」と言った。「それはおかしな話ですね。父はタクシーのバイトを続けたいから、母に自分の生活の面倒をみさせたいから、施設は利用しないと言い張って、大変な騒ぎになってたんですよ」と私が言うと「お父さんも物忘れが酷くなってるって言ってましたね。タクシーの仕事は無理なんじゃないですか？」「父は物忘れが始まってるだけで、認知症は発症してません。酷いのは私に対する態度や暴力だけで、今は別居で解消されてます」と私は言って席を立った。</div><div>知り合いの元高齢者福祉課の職員にこの話をすると、「今のセンター長は、私の後輩で良く知っているよ。明日すぐに事情を聞きに言ってあげるよ」と快く請け合ってくれて、知り合いの元市役所職員が話に行くと、その話は、立ち消えになった。</div>
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<link>https://ameblo.jp/shellsder/entry-12260034027.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Mar 2017 04:52:45 +0900</pubDate>
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<title>認知症レ・ミゼラブル13</title>
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<![CDATA[ 地元の警察署に相談すると、やはり父との別居を勧められた。前々から伯母(母の姉)さんなどに相談していた自宅の近くに安いアパートを借りて、父にそこに移ってもらい、母が自由に家とアパートを行き来するのが一番良いだろうと私も伯母も考えていた事だった。父には度々話していたのだが頑として受け入れようとしなかった。私が家を出るのが簡単なんじゃないのかと警察官は言ったが、猫好きの母と私が子供同様に世話をしている猫が十数匹いるので、私が出るのは無理だった。母は認知症になる前まで、私以上に猫の面倒を良く見てくれていたが、認知症になってからは、一日中家を出たり入ったりする度に猫を外に出してしまい、ご近所から度々クレームが出ていた。<div>発達障害のある父は、自分がアパートに移る事など絶対に嫌だったのだろうが、「それしかないし、今度暴力を振るったら、警察に連れて行ってもらうから」と言う私の言葉に渋々アパート探しを始めた。</div><div>1、2ヶ月後に自宅から歩いて15分位の所に築40年位の小さな古い一戸建てアパートが見つかり、父と母とがそちらに移り、母は1日3、4度自宅とアパートを行ったり来たりする生活が始まり、それは予想以上に全てがうまく行った。</div>
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<link>https://ameblo.jp/shellsder/entry-12259433023.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Mar 2017 04:25:00 +0900</pubDate>
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<title>認知症レ・ミゼラブル12</title>
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<![CDATA[ 5年前の朝だった。母をショートステイ(施設への宿泊)に出す準備をしていた時だった。母は1泊や2泊の泊まりも嫌がって、父に「あの施設では他の人の糞尿の付いた布団に寝せるのだ」と言っていて、驚いた事に父はその話を信じていて、数日前に近所の人にその悪口を父が話していた。「そんな事あるはずないでしょ！」と私は言っていたが、その朝、母が部屋に置きっ放しにしてあったカーディガンに、猫がうんちを付けてしまっていたのに気付かずに、ベッタリと糞の付いたカーディガンを着ていた。「ほら！お父さん、これだよ。お母さんは猫の糞が付いていてもこうやって分からない！施設の布団に自分で付けたんだよ」と、母のカーディガンを脱がせようとすると、父がいきなり殴り掛かって来た。「施設なんて行かなくていい！親の面倒を見られなくてどうする！」父の目は血走り、ゴリラのように歯をむき出していた。「普通じゃない！」気が狂ったようになっている父に、誰か助けて！と心が悲鳴をあげていたが、声は出ず、何とか抵抗するのが精一杯だった。襖のつっかえ棒に使っていた竹竿で、父は私の腹を突いてきた。竹竿で叩くなら、ただの喧嘩だ、「殺される！」と私は思った。私は、父を思い切り突き飛ばして、母を連れて地元の警察署へ向かった。
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<link>https://ameblo.jp/shellsder/entry-12256305251.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Mar 2017 15:16:29 +0900</pubDate>
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