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<title>渋谷美術学院・合格体験記集</title>
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<description>多摩美術大学・武蔵野美術大学へ進学をした学生たちの苦悩や成長の合格体験記！これから美大受験を考えている学生・保護者様が美大受験とは、渋谷美術学院とは？ということをイメージできる一助になればと思っております</description>
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<title>合格体験記2026・その3（多摩美術大学統合デザイン学科推薦入試）</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>合格体験記2026・その3（多摩美術大学統合デザイン学科推薦入試）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>K.K　受験科　夜間部　現役生</p><p>東京　広尾学園小石川高等学校</p><p>&nbsp;</p><p><b>多摩美術大学　統合デザイン学科　推薦入試合格</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p dir="auto">美大への進学を目指し、渋美に入学したのは高校2年生の9月頃のこと。</p><p>それまで予備校に通っていなかった私は自分が遅れをとっているという事実に、</p><p>ただ焦燥感と不安ばかりを覚えていた。</p><p>&nbsp;</p><p>渋美に来る前に行ってみた予備校の短期講習では、</p><p>時間内に描きあげるためのあたりの付け方や色ののせ方、</p><p>鉛筆の動かし方のコツ、構図の切り取り方など、技術面の指導が中心だった。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">しかし渋美ではそうしたテクニックそのものを重点的に教わることはほとんどない。</p><p dir="auto">代わりに、色ラボやハイコン、ワークショップなどユニークな課題に多く触れる。</p><p dir="auto">当初はこの風変わりな方針に戸惑いを覚えたが、</p><p dir="auto">学院にいる全員が個性を大切にしながら異なるスタイルを磨いていくためには、</p><p dir="auto">これらのカリキュラムは必要不可欠なのだと、今ならわかる。</p><p>&nbsp;</p><p dir="auto">展示にも足を運んだ。</p><p dir="auto">「アウトプットするには、まずインプットするしかない。</p><p dir="auto">　いい作品を100見ても、そこから自分の表現として生み出せるものは1にも満たない。</p><p dir="auto">　もしかすると0かもしれないね」</p><p dir="auto">──そんなことを、いつか山本先生がおっしゃっていた。</p><p dir="auto">仮に山本先生の名言を集めた本が出版されれば、私は生涯愛読するだろう。</p><p dir="auto">ブログでのつぶやきやレクチャー、講評の中の山本先生の言葉選びには毎回痺れた。</p><p dir="auto">講評という場でも個人的な会話の中でも、</p><p dir="auto">山本先生は一貫して、いいデザインとは何か、美とは何かを、</p><p dir="auto">私たちに問いを提示することで考え続けさせてくれていた。</p><p>&nbsp;</p><p dir="auto">基礎科が終わって3年生になり、時は流れ夏期講習会になった。</p><p dir="auto">制作時間もさることながら、講習会の講評は三時間にも及び、疲れが出てくることもあった。</p><p dir="auto">しかし、先生の言葉の随所にちりばめられた大切なヒントを聞き逃すまいと、常に耳を澄ませていた。</p><p>山本先生から繰り返し言われていた「楽しんで」という言葉の真意を自分なりに探し続けた時間でもあり、</p><p>その過程で大きく成長できた期間だったと思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>実は私が統合デザイン学科を本格的に目指し始めたのは、夏期講習後半からのことだ。</p><p>私は渋美に入塾した当初、</p><p>｢今は何がやりたいか決まっていない。でもとにかくデザインが学びたいんだ｣</p><p>という漠然としたイメージしか思い描けていなかった。</p><p>統合にもなんとなく惹かれてはいたが、これという決定打はなかなかなかった。</p><p>意思が固まったのは、上野毛キャンパスの夏祭りでのこと。</p><p dir="auto">詳細は割愛するが、訳あって教授の話を聞ける機会を得た。</p><p dir="auto">そこで教授は、入試では、自分がどんなことを不思議に思えて、</p><p dir="auto">今まで多くの人が感じていたけど拾い上げられなかったものにいかに目を向けられるかを見る。</p><p dir="auto">そして、これからの時代デザイナーに必要なのは、</p><p dir="auto">前提としてただ人の役に立ちたいとか、優しく美しくありたいという気持ちで十分なのではないか。</p><p dir="auto">と話してくれた。</p><p dir="auto">この言葉になぜ感動したのかは今でもうまく言葉にできないが、</p><p dir="auto">絶対にこの環境で、統合デザイン学科で学びたいという思いが芽生えた。</p><p dir="auto">一般受験以外にもチャンスがあるのなら、挑戦してみたいと思った。</p><p dir="auto">夏休み明けは毎日のようにやるべきことに追われる怒涛の日々だった。</p><p dir="auto">志望理由書を何度も推敲して山本先生に添削してもらって、、の繰り返しだった。</p><p dir="auto">ポートフォリオの制作でも、先生とメールのやりとりを何度も繰り返した。</p><p dir="auto">しかし私がイメージするアイデアを先生に話すと、頭が固いね〜笑　と言われてしまう始末。。。</p><p dir="auto">ほとんど毎回、山本先生の指摘や言葉の意図が理解できずに悩み、</p><p dir="auto">その度に学院の他の先生方に真意はこういうことなんじゃない？などと相談に乗っていただいた。</p><p>今思えば、こんな風にひとつのことを突き詰めて考える時間は、</p><p>それまでの私に圧倒的に足りない部分だったのだと思う。</p><p>イメージする完成図と私の作品にはあまりに大きな乖離があり、</p><p>提出までの日数を逆算しては、このままでは間に合わないと本気で思った。</p><p dir="auto">しかし、とにかく手を動かしてつくり続けてという山本先生の言葉と、</p><p dir="auto">同じく推薦で受験する友達との励まし合いが糧になった。</p><p dir="auto">統合推薦組のみんなには、本当に感謝している。</p><p dir="auto">間違いなく私はみんなに支えられていた。</p><p dir="auto">提出日当日。</p><p dir="auto">ポートフォリオ提出を見届けるために駆けつけて、</p><p dir="auto">ぎりぎりまで一緒に悩んでくれた某統合の先生兼先輩には感謝してもし切れない。</p><p>そして提出締切の30分前。</p><p dir="auto">山本先生、本当に色々ご迷惑おかけしました。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">＿＿＿ポートフォリオの提出が完了した。</p><p dir="auto">ポートフォリオの作成で自分の力不足を身にしみて感じた私は、</p><p dir="auto">面接に向けてとことんまで自分の言葉を練り上げる必要があると思った。</p><p>企画構想と面接で頼れるのは自分だけだった。</p><p>過去の推薦の資料を読み漁り、先生たちにも本当にたくさん相談にのっていただいた。</p><p dir="auto">統合デザインで具体的に何を学びたいのか、</p><p dir="auto">どういうことを今まで大切にして制作してきたのか、</p><p dir="auto">何度も自分に問いかけ、私なりの言葉を探していった。</p><p dir="auto">大変だったが、実を言うとこの作業は少し楽しかった。</p><p dir="auto">そして企画構想の日。</p><p dir="auto">ポートフォリオ提出が終わってからの期間は毎日過去問にトライしたが、</p><p dir="auto">残念ながら予想していたような問題は出なかった。</p><p dir="auto">しかし、前日にやったテーマの中で考えた案を1つ、</p><p dir="auto">お題に沿うように変えて使えたので結果オーライだった。</p><p dir="auto">企画構想が終わるとみんなですぐ渋美に集まり作戦会議。</p><p dir="auto">その日のうちに先生たちと面接とプレゼンに向けて話し合った。</p><p dir="auto">もっといい案があっただろとツッコミたくなる自分の企画構想の提案にも、</p><p dir="auto">面接で挽回できると言ってくれた先生たちの言葉にとても救われた。</p><p dir="auto">この日渋美から出る時、明日面接行ってきます！楽しみます！！と</p><p dir="auto">私たちが言ったあとの山本先生の頼もしい顔を、私は忘れられない。</p><p dir="auto">面接では、自分が想定していた質問が全く聞かれなかったというハプニングもあった。</p><p dir="auto">でも、ここまできたのだから切り替えて次に行くしかない！という心意気で挑んだ。</p><p dir="auto">しどろもどろになりながらも、頭の中は割と落ち着いて、</p><p dir="auto">教授に統合デザイン学科への愛を伝えることができたと思う。</p><p dir="auto">最近行った展示や感動したデザイナーの作品など、</p><p dir="auto">受験と並行して色々な話の引き出しを作っていたことが功を奏した。</p><p>&nbsp;</p><p>合格発表当日。</p><p>合格という文字を見た瞬間、私は動揺した。</p><p>喜びと驚きの感情がぐるぐる交錯して、収拾がつかなかった。</p><p>山本先生とお世話になった先生方に報告しながらやっと現実味を帯びてきて、</p><p>これからもっと頑張らなければ、</p><p>いや、楽しまなければいけないという気持ちが込み上げた。</p><p>本当に嬉しかった。</p><p>&nbsp;</p><p dir="auto">渋谷美術学院に出会ったことで、私は確実に打たれ強くなった。</p><p dir="auto">逃げ出さず必死になるということを覚えた。</p><p dir="auto">知らない世界に入っていくこと。</p><p dir="auto">自分に足りないものがまだまだたくさんあることを目の当たりにするのは、怖い。</p><p dir="auto">私が最初に渋美に足を踏み入れた時もそうだったし、これからも怖いことばかりかもしれない。</p><p>しかし、渋美に通った期間に幾度なく感じた強い憧れや悔しいという気持ちは、</p><p>これからも私の原動力になっていくと思う。</p><p>そんな風に思えたことが、私にとって一番の成長だ。</p><p>&nbsp;</p><p>渋美に来なかったら出会えなかった友達や先生方、そして山本先生。</p><p>大変お世話になりました。本当にありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>〆</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12955518761.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Feb 2026 15:05:01 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2026・その2（多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻推薦入試）</title>
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<![CDATA[ <p>合格体験記2026・その2（多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻推薦入試）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>R.I　受験科　昼間部</p><p>東京　N高等学校</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">多摩美術大学　生産デザイン学科　テキスタイルデザイン専攻　推薦入試合格</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ゴロゴロゴロゴロ、ピシャーン<br>稲妻が近くに落ちた。</p><p>その日は夏嵐でアポイントも取らず、</p><p>ひたすら予備校の扉を叩いて回っていた。<br><br>e美、s美、o美....6校以上足を運んでみた。</p><p>しかしどれも退屈なおじさんやおばさん、大学生。</p><p>フツーな、美術とは無縁そうな人達。<br>美術予備校ってもっとかっこよく、</p><p>ドロっと？したイメージなのだけど？<br><br><br>理想とかけ離れていた。</p><p><br><br>あまりに呆れて最後の学院。<br>傘もなく、全身は濡れていた。</p><p>ムシムシした気候とは反対にカラッとした冷たい風が迎えてきた。<br><br><br>背の高いメガネをかけた男性が尋ねてくる<br>どうされましたか？<br><br>アポイントを取ってない僕はまごつきながら、予備校を探してまして..。</p><p>ああ、と書類を持ってきてくれた。</p><p>正直そんな書類は頭に入ってこないくらい、</p><p>学院内がエキセントリックだった。<br><br>高く積まれた画集、壁一面のポスター、</p><p>僕の身長くらいの、大きい手の画。<br><br>訳がわからず見入っていた。<br>気づいた頃には、また別日で面談を約束していた。</p><p>（渋谷美術学院は突撃禁止です。事前に面談のアポを取りましょう！）<br>出た頃には汗が冷えて身体中が冷え上がっていた。<br><br>そして面談当日、出迎えてくれたのは代表山本ヒロキ先生。</p><p>院内をエキセントリックたらしめてるのは間違いなくこの人だ。</p><p>大きなサングラス。ブルーの髪。赤いチェックのサルエル。<br><br>こんな人を待っていた。</p><p>この人じゃないといけない。</p><p>ここで学ぶべきだ。</p><p>一撃で僕は確信した。<br><br>説明を受け、デジタルのポスターではなく、</p><p>アクリルガッシュという絵具で描かれたものであること、</p><p>鉛筆で描いたもの。</p><p>何もかも知らない僕にとってはこんな世界があるのかと、感激した。<br><br>それから即決して、学院に入りひたすらデザインとは何なのかを学んだ。<br><br>デザインとは？色とは？形とは？視覚とは？<br>絵の本質的な部分を淡々と話してくれた。<br>どれも強烈な言葉で一度では理解できなくて、</p><p>毎日ひたすらそれを考え自分のものにしていく。<br><br>充実した毎日だった。<br>しかし伸びずに不合格。。。<br>うーん。。。。</p><p>頭では理解している（つもりだった）が、、、。<br>明らかに手が追いついていなかった。<br><br>それからは推薦に向けた用意や、</p><p>自分の好きや、強み、弱み、徹底的に自分とは何か？</p><p>なぜこの美大に？</p><p>なぜこの学科？</p><p>何を学びに？</p><p>何をしに？</p><p>ここである必要は？<br><br>考えれる限りの疑問をひたすら考え求めた。</p><p><br>山本先生は何故？をいつも尋ねてくる。<br><br>僕が知る限り他の予備校のカリキュラムの中では</p><p>このような教え方は異常だった。</p><p>山本先生はとにかく根本的なアドバイスや</p><p>デザインや絵画、美大受験ではなくその後にも通用する事を教えてくれる。</p><p>そして、それぞれの人が花開く水を与えてくれる。</p><p>つぼみをいじったりするのではなく。</p><p>その人に沿った教え方をして導いてくれる。</p><p>少人数制の理由がここにあった。<br><br>最初は何もかもがとても不安で、</p><p>兎に角どうやったらうまく見えるかだとか、</p><p>描き方だとか、一時的な解決を知りたかった。</p><p>しかし、そういうものは受験が終わったら必要なくなると教わった。<br><br>推薦には僕の生活全てを注ぎ込んだ。<br>リサーチして、検証して、リサーチして、検証して。<br>途方もない作業。大きな目標。<br>山本先生はいつも高い目標をアドバイスしてくれる。<br>友達はそんなの無理ですよ、とか終わらないとか。<br>だからこそ僕はやってやりたくなったし、</p><p>現実にしたくて、1日の行動時間は全て作品に注いだ。<br><br>山本先生のダメ出しの連続。</p><p>めげそうだし、逃げたいし、しんどい。</p><p>でもたまにくる「良いじゃん。」<br>それが本当に嬉しかった。</p><p>そのおかげでもっと良いものを作れた。<br><br>山本先生はきっと飴と鞭が上手いんだと思う。<br><br>当日に近づけば近づく程、</p><p>もっと良いものができたのに、</p><p>とずっと悔やんでいた。<br><br><br>そして試験当日。フェイスペイントをし、</p><p>全身ファーの自作のコスチュームを着て、</p><p>高さ2.5m横8mの「民族が祈る為のカーテン」を持参した。<br>僕が村長としてオリジナルソングをかけ教授達と祈った。<br>とても楽しめたし、気分が高まった。<br><br>しかし思うように言葉が出なく、</p><p>プレゼンの練習とは打って変わって何度もつっかえた。<br><br>終わった頃には伝えたかった事などが、</p><p>あれもあったこれもあった！と山の様に残っていた。</p><p>すごくつらかった。<br><br><br>物凄く時間を注いで作り上げた作品。</p><p>思想。</p><p>言葉。<br>全てを伝えきれなかった悔しさで涙が込み上げた。<br>そんな事を山本先生に相談したら....<br><br><br>「大丈夫（にやり）」<br><br><br>他の人の合格体験記で読んでいた物が頭を走った。</p><p>しかし安堵する余裕もなく。</p><p>本当かよ、、、、、とずっと不安だった。<br>受験発表までの2週間。</p><p>お腹がキリキリ、数えきれないため息。</p><p>2週間が2か月のように感じた。<br><br><br>迎えた当日。<br><br>13時に合格発表。<br>12時から待機して待ち侘びたこの時間。<br>即座に押した。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br><br><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:2.74em;">合格</span></b><br><br>何度も見返した。<br>本当に？ほんとうに？ホントウニ...?ウニ？<br>今まで生きて来た中で最上級の嬉しさだった。<br><br>大号泣した。<br>家族に伝えて、</p><p>山本先生に伝えて、</p><p>サポートして下さった先生に伝えて、、、、、、、<br><br><br><br>美大を急に目指した僕でも、</p><p>美とは何かを正面から教えてくれた渋谷美術学院。<br><br>美大を目指さなくても、入る価値はあると思います。<br>美大への入学が全てではないし、</p><p>自分のやりたい事を見つけれる場所でした。<br><br><br>本当にどうしようもない人間でしたが、</p><p>親身に向き合ってくれてありがとうございました。<br>山本ヒロキ代表、各先生、家族、友人、深く感謝します。<br><br>ありがとうございました。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>〆</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12954705170.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Jan 2026 22:13:47 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2026・その1（グラフィックデザイン学科推薦入試）</title>
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<![CDATA[ <p>合格体験記2026・その1（グラフィックデザイン学科推薦入試）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>H.Nさん　受験科　夜間部　現役合格</p><p>東京都　桐朋女子高等学校</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">多摩美術大学　グラフィックデザイン学科　現役推薦合格</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私は、中学2年生から高校2年生までの4年間、他予備校に通っていました。</p><p>基礎科ということもあって？なのか、</p><p>ひたすら静物デッサンを中心に描いていました。<br>受験科ではなかったこともあり、</p><p>美大を目指していたものの自分が美大に受かるイメージはあまり持てず、<br>高校に上がる頃には「本当にこのままで大丈夫なのか」という不安を感じていました。<br><br>高2の秋、</p><p>両親から渋美の存在を聞き、第1志望校を多摩美に決めていた私は、</p><p>私立美大に特化した予備校は1度見てみようと体験を申し込みました。<br>体験当日、壁一面に貼られた試験で満点だった合格作品の嵐を目にし、</p><p>入試優秀作品集やオープンキャンパスで強く印象に残っていた作品が、</p><p>目の前に並んでいる光景に、大きな衝撃を受けました。</p><p>気になっていた作品はほとんど渋谷美術学院の作品だったんだ！<br><br>冬期講習会、</p><p>「基礎科と受験科が同じ課題に取り組むなんて、</p><p>&nbsp; &nbsp;受験科が点をとる一方ではないか」と思っていました。</p><p><br>しかし、講評で基礎科生の作品も</p><p>上位に並ぶ姿を見て、自分の実力不足を痛感しました。<br>それでも、少しでも何かを得ようと見よう見まねで必死に手を動かすと、</p><p>わずか1、2日でも点を伸ばすことができました。<br><br>「ここなら実力を伸ばせるかもしれない」と感じ、転塾を決めました。<br><br>転塾後は、渋美でないと出来ない経験を多く積むことができました。</p><p>ハイコンや色ラボは、普通に課題をこなすだけでは見落としてしまう、</p><p>デッサン･デザインの基礎を深く学べる題でした。<br>ハイコンを学んだ時には前の予備校で、</p><p>画面がグレイッシュといつも言われていた原因を理解しました。<br>色ラボでは、まとまった期間に「色」と集中的に向き合う時間で、</p><p>確かに色彩感覚の向上を実感しました。<br><br>夏期講習会、</p><p>なかなか点数が安定せず不安もありましたが、</p><p>デモスト見学や密度の濃い講評では、</p><p>本当に多くのことを吸収することができ、</p><p>決して楽ではないスケジュールでしたが、</p><p>長時間制作と向き合うスタミナを身につけることができました。<br><br>夏期講習会後、</p><p>クリエイティビティテスト対策では、山本先生に本当にお世話になりました。<br>学校と渋美の授業を終えた後に自宅でクリエイティビティテストの画面を制作し、</p><p>翌朝に山本先生にメールを送り、また授業を受けて、夜にアドバイスを元にまた描き直す<br>その繰り返しで、計7種類ほどの画面を制作していました。<br>前日まで制作を続けていたことで、本番でも落ち着いて制作に取り組むことができました。<br><br>また、事前に送る志望理由書も本当に細かいところまで、</p><p>山本先生に添削をして頂くことが出来、</p><p>書類面でも自信を持って提出することが出来ていました。<br><br>入試本番では、準備していた画面で対応できる課題だったため、</p><p>想定通りに仕上げることができました。<br>山本先生とやり取りを続けて仕上げた画面は、</p><p>3課題の中で最も自信を持って制作出来ました。<br><br>その自信のおかげで、後の2課題も、思っていたより緊張せず制作に取り組めました。<br>試験前に渋美の仲間たちと話せたことや、</p><p>同じ教室内に渋美の子がいてくれたことで緊張がほぐれたこと、</p><p>&nbsp;</p><p>「憧れの多摩美で自分が作品を制作している」</p><p>&nbsp;</p><p>という状況での高揚感も支えになりました。<br><br>試験が終わった後は「今の自分にできることはやり切った」と素直に思えていました。<br>そう思えるだけの力を発揮できたことは、間違いなく渋美での経験のおかげです。<br>けれど同時に圧倒的に実力不足も感じていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br><br>しかし、いざ合否の画面を開くと、</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:2.74em;"><b>合格。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><br><br>高3で転塾という判断は、もちろん不安も大きかったですが、</p><p>それ以上に「ここで学ばなければならない」と思わせる力が渋美にはありました。<br>私が渋美への転塾を決めたのではなく、渋美が私に転塾を決めさせた。<br>そんな衝動でした。<br><br>いつも親身になってアドバイスを下さった講師の先生方<br>限られた時間の中で多くを教えて下さった山本先生<br>約1年間、本当にありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>大学合格が目標ではなく、</p><p>7年後の自分のための礎をつくる1年間になったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>これからも精進をしていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>〆</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12954702338.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Jan 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2025・その5</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>合格体験記2025・その5</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>T.Fさん　受験科　昼間部</p><p>&nbsp;</p><p>東京都　青陵高等学校</p><p>&nbsp;</p><p>多摩美術大学　　グラフィックデザイン学科　　　　　　　<span style="color:#ff0000;">満点合格</span></p><p>多摩美術大学　　情報デザイン学科情報デザインコース　　<span style="color:#ff0000;">満点合格</span></p><p>多摩美術大学　　統合デザイン学科　　　　　　　　　　　<span style="color:#ff0000;">合格</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260126/20/shibuayabijyutusu-gokaku/cc/0f/j/o2000200015744869784.jpg"><img alt="" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260126/20/shibuayabijyutusu-gokaku/cc/0f/j/o2000200015744869784.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:2.74em;">残念ながらあなたは不合格です。</span></b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>高校三年生の二月、結果は全落ち</p><p>自分のすべてを否定されたような気持ちでした</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>目の前に突きつけられた現実に対して、</p><p>悔しい、見返したいという思いが強くありました</p><p>&nbsp;</p><p>第一志望の多摩美術大学グラフィックデザイン学科にかならず合格する！</p><p>&nbsp;</p><p>私はその決意を両親に伝えて、もう一年だけチャンスをいただくことができました</p><p>&nbsp;</p><p>あっという間に春が来て、前期授業が始まりました</p><p>昼間部には個性が豊かな仲間たちがいました</p><p>各々が自分の軸を持っていて、</p><p>らしさ全開の作品をのびのびと制作していました。</p><p>&nbsp;</p><p>一方で、私には何もありませんでした</p><p>自分にしかつくれない作品はなんだろう</p><p>色々な方向性で制作をしてみたり、</p><p>図書を読んだり、展示を観て回ったりしましたが、</p><p>私は自分の方向性をなかなか定めることができずにいました</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夏期講習は自分の好きが定まらず、悶々としていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんなある日、山本先生が</p><p>&nbsp;</p><p>「悩むことはただの自己陶酔だよ、考えて、とにかく手を動かして」</p><p>&nbsp;</p><p>とおっしゃったことがありました</p><p>山本先生はたまにドキッとすることを言います</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夏期講習の終わり頃、サイトウ・マコトというグラフィックデザイナーに出会いました</p><p>サイトウ・マコトのグラフィックデザインは、</p><p>とにかくかっこよくて美しくて、原始的で生命力があって、、</p><p>&nbsp;</p><p>こんなに美しいものを自分の手で生み出すことができたら、どんなに楽しいだろう</p><p>そんな風に考えるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>昔々のADC年鑑やTDC年鑑には、</p><p>世界のグラフィックデザインを牽引してきた不朽の名作たちが並んでいました</p><p>&nbsp;</p><p>洗練されたアール、色の響き合い、そしてコンポジション</p><p>妥協なんて一切なく、まさに完璧でした。</p><p>一人一人のデザイナーが、本当に命を削って制作しているんだと実感しました。</p><p>&nbsp;</p><p>そういった作品に圧倒される中で、</p><p>悩んでいる時間なんてないんだ、</p><p>この人たちに少しでも近づくには、</p><p>とにかく手を動かさないといけないんだ</p><p>&nbsp;</p><p>あの日の山本先生の言葉と重なって、私はそう確信しました</p><p>&nbsp;</p><p>それからはただひたすら制作の毎日でした。</p><p>講師の方々や山本先生に叱咤激励をいただきながら、とにかく手を動かしました。</p><p>冬期講習会も直前講習会も、あっという間に過ぎ去りました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、ついに迎えたグラフィックデザイン学科の試験当日。</p><p>&nbsp;</p><p>私は深呼吸をして、この一年間に思いを馳せました。</p><p>&nbsp;</p><p>学院では昼食をとらず、一日三枚作品を制作しました</p><p>学院以外の時間は図書を読み漁り、</p><p>最寄りのマクドナルドで毎日終電がなくなるまで学科の勉強をしていました</p><p>制作した作品は数えきれませんし、エスキースは星の数ほど描きました</p><p>&nbsp;</p><p>冬期講習会からの追い込みで自分の体重は10キロ近く落ちていました</p><p>本当に命を削ったという実感がありました</p><p>&nbsp;</p><p>私は天才ではありません</p><p>ですが、やり抜く力は誰にも負けません</p><p>&nbsp;</p><p>この一年間、会場にいた誰よりも</p><p>「美しさ」について考え抜いた自信がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>深呼吸を終えたあと、</p><p>私は今まで積み上げてきたものをすべてぶつけるつもりで、</p><p>制作をはじめました。</p><p>&nbsp;</p><p>試験が終わったあとは、</p><p>一気に力が抜けてしまって一日中眠ってしまいました</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・・・</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして迎えた合格発表当日</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><b style="font-weight:bold;">多摩美術大学グラフィックデザイン学科、合格</b></span></p><p><span style="font-size:1.96em;"><b style="font-weight:bold;">多摩美術大学情報デザイン学科、合格</b></span></p><p><span style="font-size:1.96em;"><b style="font-weight:bold;">多摩美術大学統合デザイン学科、合格</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>受験した全ての学科に合格することができました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私がこの一年間で学んだことは、</p><p>熱意をもって誠実に努力を継続すれば、かならず報われる</p><p>ということです</p><p>&nbsp;</p><p>一つ決めた目標に向かって走り抜けた経験は、あなたを必ず強くしてくれます</p><p>&nbsp;</p><p>もし間違った方向に突き進んでいても、</p><p>学院の先生方がいつでも正しい方向に導いてくれました</p><p>安心して努力できる環境を提供してくださった</p><p>渋谷美術学院には、本当に感謝しています</p><p>&nbsp;</p><p>学院には三年間お世話になりました。</p><p>山本ヒロキ先生、講師の方々、ありがとうございました</p><p>&nbsp;</p><p>そして、一緒に切磋琢磨した仲間たち、不出来な私を根気強くサポートしてくれた両親</p><p>本当に色々な人に支えられて、このような結果を掴むことができたと思います</p><p>ありがとうございました</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>〆</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12954695546.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Dec 2025 20:52:31 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2025　その4</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>S.Nさん　受験科　昼間部</p><p>&nbsp;</p><p>東京都　大妻高等学校</p><p>&nbsp;</p><p>多摩美術大学　　グラフィックデザイン学科　　<span style="color:#ff0000;">満点合格</span></p><p>多摩美術大学　　統合デザイン学科　　　　　　<span style="color:#ff0000;">合格</span></p><p>武蔵野美術大学　視覚伝達デザイン学科　　　　<span style="color:#ff0000;">合格</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260126/20/shibuayabijyutusu-gokaku/1e/07/j/o3640515015744856729.jpg"><img alt="" height="594" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260126/20/shibuayabijyutusu-gokaku/1e/07/j/o3640515015744856729.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p dir="auto">現役時代、私は某大手予備校に高1から3年間通っていました。</p><p dir="auto">しかし、結果は全落ち。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">点数開示でも</p><p dir="auto">ずっと目指していた志望学科に一歩も届かず、</p><p dir="auto">悔しさと無力感でいっぱいでした。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">思えば、それまでいた大手予備校は</p><p dir="auto">高校1,2年生の基礎科の2年間</p><p dir="auto">ずっと芸大対策の課題ばかりで、</p><p dir="auto">タマビ第一志望の自分が本当にここにいていいのかな？</p><p dir="auto">という不安が次第に募り大きくなっていきました。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">そして、そのまま高3になり</p><p dir="auto">不安は解消されないままその予備校の受験科にあがりました。</p><p dir="auto">そんな中、高3の夏に「渋美」の存在を知りました。</p><p dir="auto">予備校での制作に行き詰まってネットで合格作品を探し回っていたとき、</p><p dir="auto">偶然見つけた渋美の合格作品に驚きました。</p><p dir="auto">これが入試の作品なのかと、目から鱗が落ちる思いでした。</p><p dir="auto">それから、少し大胆な作品を描けるようになり、</p><p dir="auto">通ってた大手予備校の先生方に驚かれたのを覚えています。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">渋美に入っていれば良かったのかな・・・と思いながら迎えた</p><p dir="auto">現役時代の受験は、結局、全落ち。</p><p dir="auto">受験科にあがる時に予備校を変えるのは勇気がいると思います。</p><p dir="auto">私にはその勇気がありませんでした。</p><p dir="auto">あのとき一歩踏み出しておけば、</p><p dir="auto">結果は多分違ったと思う、</p><p dir="auto">そういう1年間がこのあと始まります。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">もう私は渋美に入るしかない！と決意し、</p><p dir="auto">渋美での浪人生活が始まりました。</p><p dir="auto">それからの日々は驚きの連続でした。</p><p dir="auto">美術館やギャラリーに足を運んだり、ハイコンや色ラボなど、</p><p dir="auto">今まで経験したことのない課題にも取り組みました。</p><p dir="auto">前の予備校では入試対策ばかりだったので、</p><p dir="auto">こうした根源的な「デザイン」の学びはとても新鮮で、</p><p dir="auto">特にギャラリーに行く経験は自分にとって大きな刺激になりました。</p><p dir="auto">デザインの世界コンペに挑戦をしたり、プロのイラストレーターに挑戦したり・・・</p><p dir="auto">自信のなかった自分では到底考えられなかったような挑戦を続けました。</p><p dir="auto">周りのみんなように入選などの結果は残せませんでしたが、</p><p dir="auto">同じアトリエで制作をしている「予備校生」の中から、</p><p dir="auto">そういったコンペティションで賞を獲る人がぞくぞく出てくることには驚き、</p><p dir="auto">「受験勉強は教えない」、即ちそれのもっと先を指導する</p><p dir="auto">という学院のモットーを目の当たりにしました。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">浪人生活はあっという間に過ぎ、直前講習に入りましたが、</p><p dir="auto">私はなかなか思うような結果が出せませんでした。</p><p dir="auto">目標は150点中、120点以上が参作という毎回の講評の中で</p><p dir="auto">110点以上を継続的に取れるようになることでしたが、</p><p dir="auto">毎日失敗ばかりが続きました。</p><p dir="auto">高得点を毎回のように獲っている人たちを見て心の中はとても焦っていました。</p><p dir="auto">　</p><p dir="auto">試験1週間前に迫った頃、思い切って先生に相談しました。</p><p dir="auto">すると先生は私の作品や参考にした作品などから、</p><p dir="auto">新しいデザインスタイルを提案してくれました。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">いよいよ入試本番。</p><p dir="auto">なんと課題は身体の部位がモチーフでした。</p><p dir="auto">実は数日前の予想問題で、「人体をテーマ」にした課題に取り組んでいたのです。</p><p dir="auto">渋谷美術学院の課題の的中率の高さは知っていましたが、</p><p dir="auto">まさか自分の試験のときにもやったことがある課題を</p><p dir="auto">活かせるものが出るとは！とびっくりしました。</p><p dir="auto">そのときの制作での反省点、講評で言われた修正点などの経験が活き、</p><p dir="auto">自信を持って完成まで描くことができました。</p><p dir="auto">　</p><p dir="auto">人見知りでなかなか自分を出すことが出来ない自分。</p><p dir="auto">親身になって話を聞いて最適なアドバイスをくださった先生方には本当に感謝しています。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p>こうして第1志望のグラフィックデザイン学科に満点で合格できたのは、</p><p>渋美での学びがあったからに他なりません。 1年間本当にお世話になりました。</p><p>渋美での経験を活かして、大学生活を精一杯楽しみます！</p><p>　</p><p>ありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>〆</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12929064412.html</link>
<pubDate>Sun, 25 May 2025 10:49:38 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2025　その3　多摩美術大学グラフィックデザイン学科　推薦入試合格</title>
<description>
<![CDATA[ <p>H.I　慶應義塾高等学校</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;">全くの初心者が7ヶ月で推薦合格！</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250916/11/shibuayabijyutusu-gokaku/4f/56/j/o0800080015674783438.jpg"><img alt="" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250916/11/shibuayabijyutusu-gokaku/4f/56/j/o0800080015674783438.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>山本先生は僕にとって初めて</p><p>「この人の話すことをもっともっと聞いていたい！」と思った方です。</p><p>人生とは不思議なもので一年後なにが起こっているか想像しても想像できないものです。</p><p>渋谷美術学院に通っていること、</p><p>多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に合格していること、</p><p>どちらも一年前の僕は頭の片隅に想像することすらできていませんでした。　</p><p>&nbsp;</p><p>今から一年前、僕は商学部に通う大学生でした。</p><p>これと言って特筆することのない希薄な大学生活を送っていました。</p><p>元々、高校からエスカレーター式でそのまま大学に進学していたため、</p><p>他の大学に行くという選択肢は僕の頭の中にはありませんでした。</p><p>ただ大学に入ってからずっと、自分の将来に対して漠然とした葛藤を抱いていました。</p><p>一度きりの人生がこんなのでいいのか、</p><p>さほど興味のないことを学び続ける日々の先が僕にとって本当に正しい道なのかと。</p><p>世の中を知らない生意気なやつの発言であることに違いないですが、本気でそう思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>周りの友達が就活についての準備を始めかけた頃のことでした。</p><p>僕は自分の今置かれている状況、やりたくもないことを興味の起きないことをやり続けている現状が</p><p>就職してから定年まで続くであろうことを再認識されられ、絶望していました。</p><p>「やりたいことをして生きていきたい！」なんて誰しもが思ったことのあるであろうことで、</p><p>社会に出たことがない僕にもこその言葉通りに生きることがどれだけ大変かがわかっているつもりでした。</p><p>今の環境を捨て美大に行き、アートディレクターになれたとして</p><p>その決断を死ぬまでに千回は後悔するだろうなと思いました。</p><p>今でもそう思っています。</p><p>それでも僕は後悔せずに美大への大学再受験をすることを決断しました。</p><p>&nbsp;</p><p>完全体初心者だった僕が美大受験するにあたり、</p><p>初めにしたことは予備校選びです。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:2.74em;"><b>ココ！！ホントに！！</b></span></p><p><span style="font-size:2.74em;"><b>ジュウヨウデス！！！！</b></span></p><p><span style="font-size:2.74em;"><b>ゼッタイシブビイイよ！</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僕の場合はネットで色々な美大受験予備校を調べていました。</p><p>当時すでに二十歳だった僕は父との約束で休学期間は一年のみと決めていたため、</p><p>一年間で初心者から合格まで実力を伸ばす必要がありました。</p><p>渋谷美術学院は他の予備校と違い初心者歓迎！と書いてあり、</p><p>合格率もトップだったところにも惹かれて体験入学を申し込みました。</p><p>渋谷につきビルの2階に上がり緊張して入った瞬間を今でも覚えています。</p><p>恥ずかしながら美術予備校についての知識が全くなかったので、</p><p>どのようなことをするのか全く分からず机に座ると、テスト！と書かれた紙が置いてあり、</p><p>テストぉぉ？？！？ってなりました。</p><p>すごく焦りました。</p><p>そうはいってもやるしかないので鉛筆を貸していただき、精一杯描きました。</p><p>1時間半はあっという間にすぎました。</p><p>テストを回収してもらい面接が始まりました。</p><p>自分の作品と先輩の参考作品を並べられました。</p><p>絶望しました。</p><p>僕が必死になって1時間半かけて描いたものは神様が逆手で描いた落書きから生気を抜いたものかのように感じました。</p><p>僕が絶望していると、「初めてでこれだけ描けるなら全然間に合うね。」と優しい言葉をかけてもらい、</p><p>その言葉にだいぶ救われたように感じました。</p><p>その言葉と自分の努力を信じて渋谷美術学院に入ろうと決めました。</p><p>&nbsp;</p><p>渋谷美術学院での授業が始まって初めての講評がありました。</p><p>入試の実技は150点満点でだいたい講評のTOPは120点くらいだと聞いていたので、</p><p>「初めだからと言い訳はできないぞ！」という思いでトップをとってやうと思って描いた最初の作品でした。</p><p>結果は</p><p>&nbsp;</p><p>☠️☠️☠️。</p><p>&nbsp;</p><p>0点すらもらえませんでした。</p><p>課題違反です。</p><p>線だけで美しいデザインを作らねばいけないところ、</p><p>頑張って画面いっぱいにタケノコを描きました。</p><p>&nbsp;</p><p>ドユコト？</p><p>&nbsp;</p><p>って感じですよね。それ僕もです。</p><p>とても焦りました。</p><p>講評で名前が呼ばれると恥ずかしくて恥ずかしくて帰りたかったです。</p><p>しかしながら不思議なことにその日から今まで渋美に通う上で一番好きな時間は講評の時間でした。</p><p>自分のデザイナーとしての未熟さをた毎日見せつけられ、</p><p>劣等感を感じやすい僕はとても悔しく自分を恥ずかしく思っていましたが</p><p>周りの友達たちのいい作品を見ること、その作品の講評を聞いていると、</p><p>自分になかった視点を見聞きすることができて、たまらなく楽しかったからです。</p><p>僕は強い劣等感からとにかく誰にも負けたくなかったので</p><p>必死に描き続けましたが当然そんなんで一位を取れるわけなくずっと下位に沈んでいました。</p><p>当時の僕は描き方がわからない、手順を教えて欲しいとずっと思っていました。</p><p>渋谷美術学院では描き方を指定するということは絶対になく、</p><p>それぞれの描き方で伸びるように指導してくださいます。</p><p>初心者の僕にとって自分の描き方という物がわからず困惑していました。</p><p>今考えてみると、この指導方針のおかげで短期間で劇的に成長することができたのだと思います。</p><p>描き方を決めてしまうことは伸び幅をつぶしてしますことになりかねないと今思います。。</p><p>いろいろ試して自分にハマる表現方法、描き方を自分で見つけることがいちばんの成長への道だったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>5月に入ると初めてのワークショップがありました。</p><p>この時僕は初めて山本ヒロキ先生に会いました。</p><p>恩人です。</p><p>初めて会った日の光景は今でも覚えています。</p><p>イ！！！インパクト！！！って感じでした。</p><p>デザイナー！！！って感じでした。</p><p>いやーかっこよかったです。</p><p>山本先生はそれまで入院していました。</p><p>僕は山本先生の話すこと、解説やその意図を聞くのが大好きでした。</p><p>自分の持ち得ない視点や考え方に僕は常にわくわくさせられました。</p><p>その考え方を様々なワークショップを通して自分も身につけ、</p><p>アップグレードし、デザイナーとして成長していく感じがそれまたええでした。</p><p>本当に楽しかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>夏に入ると、来ました！夏期講習のお時間です！</p><p>今まではワークショップでの作品作りがメインだったのに対し、</p><p>受験の形式に近い作品作りの日々が始まりました。</p><p>毎日の講評が楽しみの時間でした。</p><p>まぁ講評の度に絶望してたんですけどね。</p><p>夏はひたすら描きを模索して、いろいろな方法で描いていました。</p><p>大きな成長は感じられないまま夏は終わってしまいました。</p><p>うまくはいっていなかったものの、講師の先生と周りの友達のアドバイスに助け続けられました。</p><p>何度も何度も同じ質問をしてしまってごめんなさい、本当にありがとうございます、救われました。</p><p>夏も過ぎ制作を続け、気がつけばもう推薦前だったように感じたのを覚えています。</p><p>その頃ようやくいい点ではないものの、</p><p>デッサンでコンスタントに点が取れるようにやっとなりました。</p><p>自分が納得するまで爪を描き、しわを描き、</p><p>丁寧に教えてくれたM先生やA先生をはじめとする全ての講師の先生のおかげです。</p><p>殆ど全ての講師の先生を質問攻めにしちゃってた気もします。</p><p>優しい先生方のおかげで伸びました、感謝感激雨霰です。</p><p>推薦直前に身内に不幸があり、メンタルが不安定だったものの、</p><p>推薦試験の当日になっても不思議と緊張していませんでした。</p><p>故人が神様になりそう見守ってくれてたのでしょう。</p><p>会場前につき、渋美のみんなの顔が見え、もっと緊張がなくなってた気がします。</p><p>T先生に前日にもらったお菓子入りの筆箱は試験日のお守りでした。</p><p>試験中はただただ楽しかったです。特に悩まずすらすら描いでいたのを覚えています。</p><p>不思議なもんで試験中の集中力はとんでもないんですよね。</p><p>普段の6割くらいの時間で描き終わり、</p><p>先生に教わった描きを心の中で復唱しながらディティールを描きつづけ、</p><p>試験は終わりました。</p><p>&nbsp;</p><p>時は過ぎ、</p><p><span style="font-size:2.74em;"><b style="font-weight:bold;">ケッカハッピョーーーウ！！</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">受かってました。</b></p><p>&nbsp;</p><p>浜ちゃんもこれにはニッコリです。</p><p>僕はビックリです。</p><p>受かるなんても思ってなかったです。</p><p>受かった！っていうメールを山本先生にしたら</p><p>「合格画面のスクショ見せて」と冷静に言われたのを覚えています。</p><p>そりゃそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あんま長くてもね、書く方も読む方も困ると思うので</p><p>ここらで終わらせようと思うんですね。</p><p>本当にいい環境に恵まれました。</p><p>渋谷美術学院、初心者でも誰でもめいいっぱい教えてくださり、</p><p>成長させてくれる最強の環境でした。</p><p>山本先生、講師の先生、そして迷惑をかけつづてけいる両親に</p><p>本当に感謝が止まりません。</p><p>&nbsp;</p><p>恩です。</p><p>&nbsp;</p><p>お世話になりました。</p><p>以上です。</p><p>&nbsp;</p><p>〆</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12929063809.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Mar 2025 14:56:38 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2025　その2</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>I.Oさん　受験科　昼間部</p><p>&nbsp;</p><p>千葉県立柏南高校</p><p>&nbsp;</p><p>多摩美術大学　　統合デザイン学科　　<span style="color:#ff0000;">合格</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>統合デザイン入試再現</p><p>&nbsp;</p><p>1秒間をテーマにデザインをしなさい</p><p>「先が見えないと長い」</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250916/11/shibuayabijyutusu-gokaku/74/e1/j/o0800080015674782936.jpg"><img alt="" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250916/11/shibuayabijyutusu-gokaku/74/e1/j/o0800080015674782936.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p></p><p>予備校に通い始めたのは高校2年生。<br>チーバくんの鼻根あたりに住む私が</p><p>初めて通ったのはチーバくんの唇辺りにある予備校の、、、、</p><p>小さな分校だった。<br>デッサンを、木炭でしか描かせてくれないという</p><p>謎の予備校だった。</p><p><br>理由は主任の先生が油画出身だったからだそう。</p><p>腑に落ちない。</p><p>一言で言うと、変な予備校だった。<br>木炭と格闘した1年後、その分校が畳まれることになり、</p><p>これ幸いと私はチーバくんの顎辺りにあった別の予備校に移った。<br>　</p><p><br>現役を過ごした予備校での私はほぼ廃人だった。</p><p>何せ頭が硬く、理解するのに自分の中で納得しないと気が済まない私は</p><p>美術の世界に馴染むのには時間がかかりすぎたのだ。<br>彩度、明度差、バランス…といった</p><p>基礎中の基礎でさえ知っていたのか今となっては覚えていない。</p><p>恐ろしい…<br>そのため、1年中全戦全敗といった感じだった。<br>　<br>浪人が決まり、すでに千葉県の主要予備校を踏破してしまった私は</p><p>一気奮闘千葉を脱出しようと思い、次の予備校を探して都内へと足を進めた。<br>大手予備校の春季講習をとってみたがしっくりこない、</p><p>そんな中、母が偶然見つけた渋谷美術学院を教えてくれた。<br>ホームページに書かれた眩しいほどの実績に</p><p>本当にこんな予備校存在するんだろうか…？と</p><p>一度疑ってしまった自分がいたが、</p><p>確かめるため見にいってみようと思い</p><p>連絡をとり面談を設けてもらった。<br>　<br>面談当日、渋谷駅から迷いながらも辿り着くと、</p><p>面接室には見たことない構図や色使いの作品と膨大な数の本達が迎えた。</p><p>今までの予備校では見たことがない光景だったため圧巻されたのを覚えている。<br>初めてお会いした山本先生は黒でボリューミーかつ</p><p>もふもふのコートを着ていたため一瞬面食らった。</p><p>魔法使いがよぎる。</p><p>千葉ではそんな人いなかった。<br>&nbsp;</p><p>直接持参した作品を講評してもらったが、</p><p>壁に飾られている参考作品の前、出すのは非常に気が引けたが、</p><p>そんな私をよそに山本先生は作品をするすると添削していった。</p><p>指摘された部分一つ一つが言われるまで気づかなかったが納得いく修正箇所で、</p><p>面談にて同じ作品を見せた時に何も言わなかった大手予備校の講師に聞かせてあげたかった。<br>講評を終えた先生は、病院に行かねばならないと私に断り出口に向かいながら<br>「でも、伸びるよ！」と一言言って立ち去った。<br>この時入ろうと決めた。<br><br><br>入ってから最後まではひたすら悩んで悩んでの日々だった。</p><p>大手予備校っぽい構図から脱却すべく、</p><p>ハイコンや色ラボなど渋美独自の制作は自ら進んで数をこなして、</p><p>周りのみんなに置いていかれないように必死でしがみついていた。<br>そうやって追いかけているうちに初めの頃は難しかった</p><p>「どんなデザインがかっこいいのか」という見方が</p><p>分かり始めた時が1番嬉しかった。<br><br>両手のデッサンにおいてはデッサン用の手が描けずに最後まで苦戦していた。</p><p>自分の手に筋が、骨がないことを恨みながらも骨格の本を見ながらなるべく意識するように描いていた。<br>絵の中で場所の設定を作り上げるには画面上に出す道具や背景をどのぐらい入れれば伝わるのか、</p><p>その動作をした時の手の形そのままを描く、</p><p>モチーフの明度に合わせて手に使う鉛筆の硬さを変える、</p><p>時間がすぎるにつれて描く最中に意識することも確認事項も増えていった。<br>多分というか絶対、愚かにも去年はこんなに考えていなかった。</p><p>おそらく今年の夏と比べても着実に意識することが増えている。<br>ずっとセンスが良かったわけでもないし、</p><p>デッサン力がずば抜けてあったわけでもないが、</p><p>渋美で過ごしたこの1年間で確実に成長できたと振り返りながら感じる。<br>　<br>相談の度に優しく根気強く教えてくれた先生達にはとても感謝しています。</p><p>何度も同じことを聞いてしまいました…<br>教えてほしい！とお願いして</p><p>気兼ねなくいいよ！と</p><p>返してくれる環境は遠慮してしまう私にすごく心強かったとしみじみ思う。<br>何度もデッサンを遅くまで加筆してもらったこともあり、足を向けて寝れない。<br>制作の度にお互いの作品を見せあったり、相談をした友達も心強い存在だった。</p><p>当たり前のことかもしれないが、毎日朝起きて</p><p>初めから終わりまで予備校にいるというのをこなすことができたのは友達の存在が大きい。<br>友達がすごく優れていて遠く追いつけないように感じたことも嫌になる程何度もあったが、</p><p>しつこく追いかけたことで自分も伸びることができたのは言うまでもない。<br>これからもパパラッチの如くしつこくいこうと思う。<br><br><br>去年より今年はずっとデザインもデッサンも楽しかった。</p><p>それもこれも周りの環境、</p><p>遠方に関わらず通わせてくれた両親に感謝している。<br>　<br>これからをこの1年間の延長だと思って気を抜かず、</p><p>色々なことを吸収していきます。<br>本当にありがとうございました。<br>　</p><p><br><br>以上です。一年間本当にありがとうございました。</p><p>楽しかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>〆</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12929061004.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Mar 2025 16:21:55 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2025　その1　保護者さま篇</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>御息女　受験科・通信クラス（基礎科高2・通信クラスから）</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;">全受験学科合格</span></p><p>&nbsp;</p><p>多摩美術大学　　グラフィックデザイン学科　<span style="color:#ff0000;">現役合格</span></p><p>多摩美術大学　　情報デザインコース　<span style="color:#ff0000;">現役合格</span></p><p>多摩美術大学　　統合デザイン学科　<span style="color:#ff0000;">現役合格</span></p><p>武蔵野美術大学　視覚伝達デザイン学科　<span style="color:#ff0000;">現役合格</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>地方から美大を目指す皆さん</p><p>渋谷美術学院なら真摯に向き合っただけの成果が得られます。</p><p>通信クラスでも合格できます！</p><p>&nbsp;</p><p>娘は第1志望から第4志望、全てに合格しました。</p><p>渋谷美術学院に出会えたことで兄妹ともに素晴らしい結果を残すことができました。</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">息子は2年前、</p><p dir="auto">高校3年の冬期講習と直前講習の31日間の奇跡</p><p dir="auto">(詳しくは合格体験2023参照↓</p><p>&nbsp;</p><article contenteditable="false"><a data-ogp-card-log="" href="https://ameblo.jp/s-b-g/entry-12792626207.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">『合格体験記2023・その8　保護者さま篇』&nbsp;合格体験記2023・その8　保護者さま篇&nbsp;現役合格全受験学科合格&nbsp;多摩美術大学　グラフィックデザイン学科　情報デザインコース　統合デザイン学科武蔵野美術大学…<img alt="リンク" height="20" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20">ameblo.jp<img alt="" data-entry-id="12888857869" data-image-id="15240759591" data-image-order="1" data-ogp-card-image="" height="120" loading="lazy" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230209/11/s-b-g/1c/bc/p/o1424200815240759591.png?caw=800" width="120"></a></article><p>&nbsp;</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p dir="auto">&nbsp;</p><p>娘は高校1年春期講習から通信クラスで2年間お世話になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>娘の合格体験についてお話します。</p><p>地元では美大受験が珍しく、</p><p>高校進路指導時には、先生に「美大受験とは」と説明するところから始めました。</p><p>もちろん大手美術予備校もありません。</p><p>首都圏美術系合同説明会へ参加した時の驚きはいまでも忘れられません。</p><p>数多くの予備校のみならず私立・公立美術系高校などとの</p><p>環境の違いに不安を感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>地方で美大受験対策というと、個人画塾に通う方が多いのでないでしょうか。</p><p>ただ、個人画塾は日本画や油画などファインアートの先生が多く、</p><p>畑違いの先生から「デザイン」を学ぶという困難な状況にあります。</p><p>息子の美大受験時にそれを痛感したので、</p><p>娘の美大受験では迷わず渋谷美術学院で学ぶことを決めました。</p><p>「なぜ渋谷美術学院？」</p><p>なにより</p><p>「DESIGN」が学べるからです。</p><p dir="auto">現役クリエイターから</p><p dir="auto">「受験生」としてだけではなく</p><p>「クリエイターの卵」として学べます。</p><p>&nbsp;</p><p>実技に留まらず</p><p>感性を揺さぶる</p><p>美しいものとの出会い…</p><p>&nbsp;</p><p>美術館・ギャラリー鑑賞</p><p>個性・表現の探究…</p><p>世界的コンペティションに出品</p><p>&nbsp;</p><p>まさに将来を見据えた学びです。</p><p>美大合格はあくまでも通過点</p><p>渋谷美術学院の合言葉は</p><p><span style="font-size:2.74em;"><b>「楽しむ！」</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>ここに渋谷美術学院の強さを感じました。</p><p><span style="color:#ff0000;">ちなみに「頑張る！」は禁句だそうです。</span></p><p dir="auto">親としてはついつい口をついてでてしまいますね(笑)</p><p>&nbsp;</p><p dir="auto">さて、</p><p dir="auto">「通信クラスで大丈夫？」</p><p>「通学生と画力に差がでませんか？」と不安の声が聞こえてきそうですね。</p><p>&nbsp;</p><p>はい、大丈夫です。</p><p>大丈夫でした！</p><p>&nbsp;</p><p>課題を真面目にこなせば問題ありません。</p><p>通信クラスだからこその利点もありました。</p><p>通学時間がないので時間を有意義に使える。</p><p>自分に合った時間に実技対策ができる。</p><p>公立の進学高校だったので、</p><p>学校行事・部活動・毎日のテストと課題・共通テスト対策・全国模試・塾通いと</p><p>高校生活を謳歌しながら学科もしっかり対策しました。</p><p>その積み重ねがあり、高校3年の冬期講習・直前講習中には</p><p>学科に取り組まず実技に集中することができました。</p><p>&nbsp;</p><p>生徒たちは、</p><p>渋谷美術学院代表の山本先生に</p><p>「それは美しいですか？」</p><p>と問われるそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>春期講習会、最終日には</p><p>「定期的に花屋さんに行き、四季の花を愛でてください」と…</p><p>　</p><p>地方では</p><p>鳥の囀り</p><p>朝焼けの美しい山々</p><p>夕焼けに染まる広い空</p><p>四季折々の樹々や花々</p><p>風からは季節の香り</p><p>自然の、都会にはない美しさに溢れています</p><p>その環境で育まれた感性と向き合うことができました。</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで読んでいただくと</p><p>美大受験に地方と都会の差はなく</p><p>「何を学ぶか・何を学べるか」</p><p>にあるとお気づきいただけたのではないでしょうか。</p><p>ぜひ渋谷美術学院に行ってみてください。</p><p>お子さんの美しいデザインに出会えることでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>〆</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12929060160.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Mar 2025 08:48:58 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2025　その1　多摩美術大学統合デザイン学科　推薦入試合格</title>
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<![CDATA[ <p>合格体験記2025　その1</p><p>&nbsp;</p><p>A・Nさん</p><p>　</p><p>東京都　</p><p>成城学園高等学校　</p><p>&nbsp;</p><p>多摩美術大学　統合デザイン学科</p><p><span style="color:#ff0000;">推薦入試・合格！</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250916/11/shibuayabijyutusu-gokaku/16/8d/j/o0800113215674782217.jpg"><img alt="" height="594" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250916/11/shibuayabijyutusu-gokaku/16/8d/j/o0800113215674782217.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">「僕は死ぬように生きていたくはない。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">　僕は死ぬように生きていたくはない。」</b></p><p>&nbsp;</p><p>この言葉は、ぼくが妥協しそうになった時に</p><p>自分を引き戻してくれる歌詞の一節です。</p><p>&nbsp;</p><p>山本先生に教えて頂いた中村一義さんの「キャノンボール」という曲です。</p><p>この曲では”僕は死ぬように生きていたくはない“という言葉が、</p><p>これでもかというくらいに何度も繰り返される。</p><p>この言葉は妥協を一切許さない彼自身の心臓の音そのものだ。</p><p>この曲が流れている間は、ものごとの全てに対して</p><p>100%で向き合っていなくてはいけないと思わせてくれる。</p><p>&nbsp;</p><p>もうすぐ夜が明ける前のような、</p><p>生まれる前の卵のような、</p><p>これからまた何かを始めてやろう。</p><p>すごいことを起こしてやろう。</p><p>という気持ちにさせてくれる。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくはこの言葉が無かったら、</p><p>こんなにデザインを楽しむことはできなかったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>2年前の2月。</p><p>ぼくが所属していたラグビー部で多摩美に進学をした先輩に</p><p>今後のことを相談したところ、</p><p>一通のメッセージが届きました。</p><p>&nbsp;</p><p>「高3、秋の部活引退までラグビーしてて</p><p>　多摩美に合格できるところは</p><p>　俺が行ってたところぐらいしか無いと思う。</p><p>　それくらいおすすめができる！」</p><p>&nbsp;</p><p>学校から1番近くの小さな予備校で</p><p>卓上デッサンだけをやらされていたぼくは、</p><p>そこまで言うのなら、行ってみようと意を決し、</p><p>渋谷美術学院の扉を叩きました。</p><p>&nbsp;</p><p>扉を開いた途端、目に入ってきたのは壁1面に並んだ美しいデザインたち。</p><p>カッコいい透明な机。そして自分の背丈よりも大きい巨大な本棚。</p><p>部屋から溢れるエネルギーが身体中を駆け巡る。</p><p>&nbsp;</p><p>その全てに圧倒されていると、</p><p>サングラスをかけた山本先生が声をかけてくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこから面談をしてもらったのですが、</p><p>正直なところ部屋に入った瞬間に入学を決心しました。</p><p>ここならどんなものでも創作できると想像しました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして渋谷美術学院での制作が始まったのですが、</p><p>最初の2年間は全く打ち込むことができていませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>部活を優先してしまい、</p><p>週3日もまともに学院に行くことができず、</p><p>講習会の半分を合宿で休み、それに加えて</p><p>脳震盪や、膝の靭帯の損傷。</p><p>挙句の果てには利き手の指の腱を断裂させて手術し、</p><p>鉛筆を握ることすらできなくなってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも14年間続けてきたラグビーを</p><p>最後まで続けたかったし、</p><p>チームは本気で東京都1位、</p><p>花園を目指していたので</p><p>中途半端なことだけはしたく無かったです。</p><p>&nbsp;</p><p>週5であった部活の後、学院に行っていたため</p><p>周りより制作が遅れていました。</p><p>&nbsp;</p><p>その状況を配慮してもらい、居残りで作業させてくれたり、</p><p>メールでもアドバイスを度々行ってくれるなどぼくのことを</p><p>最後まで支えてくれた山本先生や講師の方々には本当に感謝しかないです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして推薦の5日前に部活を引退し、</p><p>やっと制作に本腰を入れられるようになりました。</p><p>しかしどう考えたって実力が足りません。</p><p>ダメ元で受けた多摩美のグラフィックデザイン学科はもちろん不合格。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、初めての試験を終え、</p><p>デザインに対する熱意が段々と芽生え始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>部活を引退し、学校も終わり。</p><p>時間に余裕ができたぼくは、</p><p>初めて展示に行きました。</p><p>&nbsp;</p><p>「パルコを広告する」という展示でした。</p><p>&nbsp;</p><p>そこにあった井上嗣也さんの作品に、心を奪われました。</p><p>&nbsp;</p><p>スーツ姿の人が、ニューヨークのハドソン河を</p><p>必死で泳いでいる写真に、</p><p>大きいPARCOのタイポ。</p><p>そして、「昨日は、何時間生きていましたか。」というコピー。</p><p>&nbsp;</p><p>全身に衝撃が走り、鳥肌が止まりませんでした。</p><p>こんなものが世の中にある。こんなことを思い付く人がいる。</p><p>嬉しくてたまりませんでした。</p><p>それと同時に、ぼくはこんなことができるようになるだろうか？と</p><p>恐ろしくもなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも自分にできることはやってやる。</p><p>そう決心することができた、良い経験になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこから一般試験までの3ヶ月はひたすらに制作し続けました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、デザインは、テーマに沿ったモチーフをただ描くだけ、</p><p>好きなデザインをただ模倣するだけ。</p><p>画面から何も伝わってこないものをただ描くだけでした。</p><p>&nbsp;</p><p>デッサンなんてもう下手クソすぎて、1月になっても</p><p>毎回60点(150満点)を取り続け、せめて目立とう、</p><p>奇をてらおうと指を大きく3本だけ入れた</p><p>謎の拡大構図で試験に挑みました。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも去年の自分としては精一杯努力はしたし、</p><p>デザインは最高なものを描けたと思っていたので試験会場から出て、</p><p>友達と「満点！」とハイタッチして帰りました。</p><p>&nbsp;</p><p>合格発表日。</p><p>リビングでボタンを押して目に入ってきたのは、</p><p>「残念ながら不合格です」の文字。</p><p>何回スクロールしても”不合格“の文字が並ぶだけでした。</p><p>&nbsp;</p><p>多摩美側のミスなんじゃないか。</p><p>もしかしたら合格通知書が届いているかもしれない。</p><p>1週間くらいはポストとスマホの画面を何度も確認しました。</p><p>何度確認しても不合格の文字だけが映る画面、何も届かないポスト。</p><p>&nbsp;</p><p>2年間もやったのに落ちたという事実が頭から離れない。</p><p>井上嗣也さんなんて夢のまた夢。</p><p>そして最悪のタイミングでインフルエンザにもかかり、</p><p>しばらくは寝込んでいました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこにあるメールが届きました。</p><p>&nbsp;</p><p>山本先生がレポート課題を送ってくれたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>そこには面白そうな展示が大量に記載されており、</p><p>さらに「受かる可能性は十分にあった。みんなには可能性がある。</p><p>浪人は自分を高めるチャンス。やらなくてもできる人は誰もいない。」</p><p>というメッセージがあり、自分のやってきたことを</p><p>認めてくれる人がいたことが本当に嬉しくて、その言葉に救われました。</p><p>&nbsp;</p><p>やるからには徹底的にやってやろう。</p><p>あの井上嗣也さんにだって認めてもらえるようになる。</p><p>強い信念を持つことができました。</p><p>&nbsp;</p><p>そうして昼間部が始まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>自分に足りないものはなにか。</p><p>&nbsp;</p><p>それはインプット量の少なさでした。</p><p>&nbsp;</p><p>デザイン・デッサンではもちろん技術力も大事だと思うけれど、</p><p>そもそもの思考力。良いもの、悪いものを知っているか。</p><p>そして良いもの、悪いものの区別を考えることができるか。</p><p>&nbsp;</p><p>これが自分には必要だと考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>学院には数えきれないほどの図書があるのに、</p><p>自分は全く読んでいませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>知っているデザイナーは井上嗣也さんと、</p><p>有名なデザイナー数人程度。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな知識量では到底及ばない。</p><p>せっかく山本先生が用意してくださった環境がもったいない。</p><p>失礼にもほどがかある。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくはとりあえず図書を読むことにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>すると驚いた。</p><p>&nbsp;</p><p>世の中にはすごい人たちが沢山いる。</p><p>井上嗣也さんは真の天才だ。</p><p>分厚い井上嗣也作品集を読んだ時なんかは、天地がひっくり返った。</p><p>夢にまでそのヴィジュアルやコピーが登場したほどだ。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし他にも、沢山の衝撃を受けた。</p><p>個人の作品集、そしてそれが特集されているアイデアなどの雑誌。</p><p>そしてそのスーパースターたちの作品が堂々と並んでいる年鑑。</p><p>毎日毎日、図書を読むこと、情報を取り入れることが大好きになった。</p><p>&nbsp;</p><p>作品自体も、もちろん愛してやまないが、</p><p>そのスーパースターたちの解説や会話も大好きだった。</p><p>&nbsp;</p><p>井上嗣也さんの事務所の名前であるビーンズのお話。</p><p>大貫卓也さんの学生時代のお話。</p><p>カッコよくてセンスのあるデザイナーになりたかったのに、</p><p>アイデアに傾倒していくお話。</p><p>浅葉克己さんのスヴェンソンのカツラの広告で、</p><p>本当に自分の頭を剃ってカツラをかぶるというヴィジュアルの裏話。</p><p>中島英樹さんの四畳半のアパートから始まった伝説。</p><p>3日にひとつ作れば1年で100になるという妥協を一切許さない状況設定。</p><p>立花文穂さんの紙と文字のお話。</p><p>そして、澤田泰廣さんのADC最高賞を受賞した時のお言葉。</p><p>&nbsp;</p><p>言い出したらキリが無いのでこの辺にしておきますが、</p><p>とにかくすごいデザインを創る人の作品だけを見るだけでなく</p><p>それが生まれるまでの過程を図書を読むことで知ることができました。</p><p>図書を読み、情報を取り入れることで</p><p>自分の思考力がどんどん高まっていくのを実感することができました。</p><p>前期授業、夏期講習会を終え、</p><p>そろそろ推薦に向けて動き出す時期になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>受験に落ちた瞬間は、絶対グラフィックデザイン学科にリベンジしてやる。</p><p>雪辱を晴らしてやるという考えでしたが、時間が経ち少し迷いが生まれていました。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろんグラフィックデザイン学科にも行きたいけど、気になっている科もありました。</p><p>&nbsp;</p><p>それが統合デザイン学科でした。</p><p>&nbsp;</p><p>正直に言うと怖気付いていたところもあったと思います。</p><p>グラフィックデザイン学科は当日の試験問題1つで、合否が決まります。</p><p>&nbsp;</p><p>その日のコンディションやお題との相性もあるこの試験に</p><p>自分のこの1年間を賭けるのは、とても怖かったです。</p><p>&nbsp;</p><p>一般大学の勉強と違って、デザインは1 + 1＝2が正解とは限りません。</p><p>良い意味でも悪い意味でも正解なんて存在していないのです。</p><p>受験生全員が同じ状況に置かれていることなので、</p><p>本当におこがましいと十分承知していますが、</p><p>その日限りの作品だけで合否を決める入試形態がぼくは、嫌でした。</p><p>自分にはどんな信念があって、どんな知識があって、</p><p>どんな技術があって、どんな目標があるか。</p><p>その全てを見てくれる入試形態じゃないと結果に納得できないと考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>自分のやりたいこと。</p><p>そして自分に合った入試形態。</p><p>その2つの条件に1番近いのが、</p><p>統合デザイン学科でした。</p><p>&nbsp;</p><p>上野毛キャンパスの生徒だって、</p><p>八王子キャンパスの設備を使うことはできるし、</p><p>いつでも来てくれたら案内するよ。</p><p>と講師の方が言ってくださったり、</p><p>憧れの澤田泰廣教授には自分から作品を見せに行けばいいと</p><p>先生が仰ってくださったりと、</p><p>ただ環境に流されるのではなく、自発的に行動することで、</p><p>自分のやりたいことのイメージへの距離はいくらでも埋めれる。</p><p>&nbsp;</p><p>これに気が付くことができ、</p><p>ぼくは統合デザイン学科を受験することに決めました。</p><p>&nbsp;</p><p>実技試験ではなく、</p><p>ポートフォリオを提出する統合デザイン学科。</p><p>&nbsp;</p><p>やるからには、いままでの受験生のポートフォリオとは、</p><p>はっきりと差別化のできる、強い標旗となるようなものを作りたい。</p><p>&nbsp;</p><p>提出期限の最終日までの間に、自分のやってきたこと。</p><p>これからやっていきたいこと。</p><p>それをたったの5作品で表現する必要がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>過去に作った作品だけを入れるのは、</p><p>自分の目標に対してあまりにも稚拙でした。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、新作を作る必要がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>きっと自分のことを認めてくれるという</p><p>憶測を頼りに全身全霊で打ち込みました。</p><p>&nbsp;</p><p>山本先生からも何度も作り直しの指示を受け、</p><p>その度に1から作品を見つめ直し、</p><p>自分はなにをやってきたのか。</p><p>なにをして生きていたいのか。</p><p>&nbsp;</p><p>山本先生のおかげで自分の詰めの甘さを実感することができました。</p><p>これを受験生の内に体験することができたことは、</p><p>自分にとって大きな財産であり、</p><p>自分の人生のベクトルを少しでも良い方向に変えれたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そうして完成した作品たちをPDFにし、</p><p>それぞれキャプションを付け、USBメモリに入れるのですが、</p><p>山本先生、講師の方々がいなかったら本当に間に合いませんでした。</p><p>自分の無力さを痛感しました。</p><p>本当に割に合わないほど手伝っていただきました。</p><p>ありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>この先、ぼくが誰かを助ける場面が起きたとしたら、</p><p>どんな状況でも希望を与えられるように尽力したいです。</p><p>&nbsp;</p><p>ポートフォリオを提出してからは、</p><p>企画•構想•面接の対策、本番に着ていく衣装を作っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>とにかく周りと差別化させることが大事だと考え、</p><p>いわゆる真面目でお利口な志望理由書•ポートフォリオではなく、</p><p>自分にしかできないものにしたい。</p><p>&nbsp;</p><p>自身をデザインの力で治療を施す医者と設定し、</p><p>それに見合った志望理由書と白衣を制作しました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして迎えた試験本番。</p><p>&nbsp;</p><p>1日目は、企画•構想。</p><p>&nbsp;</p><p>3時間で与えられた問題を解決する企画を3案構想し、</p><p>それを6枚で手描きのスライドに起こすというもの。</p><p>なんとか時間内に描き終え、そのまま学院に向かいました。</p><p>講師の方々と一緒にそのプレゼンテーションの原稿を考え、</p><p>家に帰って父と深夜2時まで特訓をしてもらいました。</p><p>&nbsp;</p><p>2日目　昨日描いたスライドで3分間プレゼンテーションし、その後面接。</p><p>&nbsp;</p><p>名前を呼ばれたら、作った白衣を着ようと考えていると、</p><p>まさかのトップバッター。</p><p>&nbsp;</p><p>急いでカバンの中から白衣を取り出すと、</p><p>素材の新聞紙や、段ボールが静寂な教室にガサガサと大きな音を響かせました。</p><p>その場にいた全員からの視線を集めながら、面接の教室へと向かいました。</p><p>とても恥ずかしかったですが、印象を残すには1番効果的だったと思います。</p><p>そして、一息つく間もなく扉を開けると、</p><p>いつも読んでいた図書に度々登場するスターが座っていました。</p><p>そのスターが放つオーラに気圧され、</p><p>プレゼンテーションはマイクのスイッチを入れたところからの記憶が無いです。</p><p>&nbsp;</p><p>その後の面接は、自分が想定していたような質問が来たので</p><p>用意していたものを出し切ることができました。</p><p>&nbsp;</p><p>合否発表日</p><p>&nbsp;</p><p>自分的にも納得のいく、クオリティのポートフォリオを提出することができたし、</p><p>面接では自分がやってきたことは全て出し切ることができたので、心スッキリでした。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、緊張しないはずもないので、心臓の鼓動は止まりません。</p><p>1時間、2時間。最初のうちは早く過ぎていくのに、</p><p>残りの10分は永遠に感じました。</p><p>教室内をグルグルと彷徨っていると</p><p>ようやく、時間になりました。覚悟を決めてボタンを押す。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">「合格しました。おめでとうございます。」</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夢にまでみたこの言葉。</p><p>忘れた日は無いこの言葉。</p><p>待ち望んでいたこの言葉。</p><p>自分を奮い立たせてくれたこの言葉。</p><p>去年はひとつももらえなかったこの言葉。</p><p>&nbsp;</p><p>迷惑しかかけていないのに1年間浪人させてくれた両親。</p><p>自分の目標•使命を与えてくれた山本先生。</p><p>自分の可能性を広げてくれた講師の方々。</p><p>悔しさを分かち合い一緒に努力してくれた友達。</p><p>どれかひとつでも欠けていたらこの言葉を掴むことはできなかったです。</p><p>本当にありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>「現役でも多摩美に行けるのはここしかない！」と言われて、</p><p>ぼくは渋谷美術学院に来ました。</p><p>&nbsp;</p><p>夜間部の時は、絶対に浪人したくないと思っていました。</p><p>しかし、この1年はぼくの人生の中で1番楽しく、</p><p>充実したもので、本当に幸せでした。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、現役で行くことにも良さがあると思います。</p><p>それでもこんなに自分の実力を上げることだけに集中できる時間は、</p><p>長い人生の中でもこの1年だったと思います。</p><p>もし、去年合格していたとしても、実力も目標もなにもなく、</p><p>せっかくの多摩美4年間を無駄にし、</p><p>世の中にありふれている仕様もない人間になっていたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>自分はまだまだスタートラインに立っただけです。</p><p>&nbsp;</p><p>ぼくはパッとものごとができるようになる天才気質ではないので、</p><p>人の100倍、200倍の努力をして、いつか井上嗣也さんや山本先生、</p><p>憧れのスーパースターたちに追い付けるようなデザイナーになりたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>今日もキャノンボールを流し、手を動かし、筆を運ぶ。</p><p>時間はさっさと過ぎ去ってしまう。</p><p>いくら描いても描き足りない。</p><p>イメージと時間。</p><p>それらの距離をどれだけ埋めることができるのか。</p><p>どれだけ定着させられるのか。</p><p>そこが勝負だと思う。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ぼくは死ぬように生きていたくはない。</span></p><p>&nbsp;</p><p>〆</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12929058210.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Dec 2024 07:10:14 +0900</pubDate>
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<title>合格体験記2023　その14</title>
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<![CDATA[ <p>Mくん　東京都　都立豊多摩高校　<span style="color:#ff0000;">現役合格！</span>　</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;">推薦入試合格</span></p><p>多摩美術大学　生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻</p><p>&nbsp;</p><p>高2になり進路を考え出す時期、</p><p>私には明確な目標がありませんでした。</p><p>ただ幼少期からモノづくりや</p><p>家電を見たりするのが好きだったので</p><p>何となくそのような進路はないかと母親に相談すると、</p><p>美大という選択肢と</p><p>美大予備校というものがあると教えてくれました。<br>美大について一切の無知でしたし</p><p>美大のための予備校があるということも</p><p>そこで知りましたが、自分の興味を</p><p>デザインという側面から学べるということに面白さを感じ、</p><p>美大を目指しはじめました。<br><br>まずは話を聞きに行こうと思い</p><p>3校ほど面談の予約を取りました。</p><p>合格者数を見せられて校舎見学をして</p><p>これで終わり？という感じで終わるような面談の後、</p><p>最後に足を運んだのが渋谷美術学院でした。<br>何を判断基準にすれば良いかも一切分かりませんでしたが、</p><p>他の予備校とは異質な雰囲気であることは読み取れました。</p><p>制作中の雰囲気も楽しそうで、</p><p>なにより派手髪にサングラスで登場した</p><p>山本先生には驚きを隠せませんでした。</p><p>美大、美大受験について何も知らないことを伝えると、</p><p>山本先生は「講評見ていけば？」と言って</p><p>プレ春期の講評に参加させて下さりました。<br>そこでは一人一人の作品と向き合い、</p><p>その作品の一部分の描きまで講評をしていて、</p><p>それぞれの強みを活かすと話していたことに納得しました。</p><p>それが渋谷美術学院へ行くことの決め手となりました。<br><br><br>初めての春期講習では驚くことが多々ありました。<br>受験の課題と同じように絵を描く思っていたら、</p><p>ワークショップといって「線」だけで他人と表現する課題が出たり、</p><p>ギャラリーを見に皆で銀座に行き「その1日」を作品にしたりと、</p><p>渋谷美術学院ではこんなに楽しいことを出来るんだと思う反面、</p><p>直接的に受験の為になること</p><p>（鉛筆デッサンや色面構成／色彩構成みたいなこと）を</p><p>していないような気がして不安にもなりました。<br>&nbsp;</p><p>しかし、初日と最終日のデッサンを</p><p>比べると上達しているのが一目瞭然でした。</p><p>&nbsp;</p><p>それはおそらく自分とは違う見え方やアイデア、</p><p>アプローチの仕方をギャラリーや講評で感じ、</p><p>それが絵に現れたからだと思います。<br>今となってはそれが</p><p>「受験勉強は教えない」ということだと理解しています。<br><br>ただ、常に一定の一目瞭然の成長をすることは当然なく、</p><p>何度も何度も行き詰まることがありました。<br>その中で大きな転機となった山本先生の言葉があります。<br>渋谷美術学院で何度も描く「花と両手」という</p><p>デッサン課題の講評で、私は山本先生に</p><p>「花好きじゃないでしょ？」と言われました。<br>いきなり言われたその言葉に戸惑いを隠せず、</p><p>「いや別に好きじゃないけどな・・・」と思いながら</p><p>「はい」と答えました。<br>この質問の意図が分からずそこでは流してしまいました。<br><br>数日経ってからその言葉の意図を解釈しようと</p><p>講評された絵と向き合いました。<br>すると作者は確実に花を好きでは無いと</p><p>分かるような絵がそこにありました(当たり前ですが)。<br>もっと言語化すると、</p><p>花の美しい部分が見えにくい切り方や</p><p>手と花のどちらが主役なのか分からない構図、</p><p>花の持つ固有色と同じような</p><p>色の乗り方をした手などが明確に見えてきました。<br>私が絵をそのような角度から見られたのは、</p><p>「花好きじゃないでしょ？」という言葉から</p><p>「好き」について考えさせられたからです。<br><br><br>もし私が花を好きだったら、</p><p>私の手よりも大きく画面に入れたいだろうし、</p><p>雌しべの形から花びらの厚さ、</p><p>青々しい葉の葉脈まで美しく表現したいだろうな、と。<br><br><br>多分、山本先生の</p><p>「花好きじゃないでしょ？」という問いかけは</p><p>「花を好きになれ」という意味ではなく、</p><p>「花の魅力が十分に伝わっていない」という</p><p>メッセージだったのだと思います(先生の本心は違うかもしれません)。<br><br>制作において様々な課題やモチーフがあり、</p><p>それらをすぐに好きになれれば</p><p>良い作品が生まれるかもしれませんが、</p><p>それは不可能に近いと思います。<br>大切なのは好きな人の立場になった時に</p><p>どのように絵に表すか、ということを</p><p>山本先生の言葉をきっかけとして</p><p>何枚も制作をしていく中で学びました。<br><br>この学びはこれからにも大きく影響すると思います。<br>モノづくりの際や製品を(企業などに依頼されて)デザインする時には、</p><p>必ずしも自分の好きなものと関われるとは限りません。<br>その時に1度その製品を好きになってみて良さを見つけ出し、</p><p>それを新たな形にデザイン出来るような、</p><p>柔軟な視点を持てるようになりたいです。<br><br>日々の制作でも、</p><p>単純に「好き」「嫌い」で描き始めるのは</p><p>本当に勿体ないということを学びました。<br>何となく好きだからとか、</p><p>何となく嫌いだしやってみても失敗しそうだから、</p><p>と思ってアイデアを決めていたこともありました。<br>しかし今振り返って、その「好き」は</p><p>本当に言語化出来て好きなところを100個挙げられるか、</p><p>その「嫌い」は何が好みではないのか、</p><p>本当はそれに対して無知なだけでは無いのか、</p><p>という事をその頃の私に問いたいです。<br><br>自分の好き嫌いに真面目に向き合えば、</p><p>好きなデザインの共通点や、</p><p>今は嫌いなその表現に挑戦しないことが</p><p>実は本当の失敗であるということに気付けるはずです。<br><br>飛躍しすぎかもしれませんが、</p><p>山本先生の些細な問いかけから私はこのことを学びました。<br>またその学びは実際の入試にも活かせたと感じています。<br><br><br>渋谷美術学院に入ってから今に至るまで、</p><p>私は様々な人と出会いました。</p><p>細かく相談に乗ってくださる講師の方や</p><p>デモストで実力を魅せて下さる方、</p><p>自分では思いつきもしないアイデアをする仲間など、</p><p>今まで経験したことの無い出会いでした。</p><p>また、その出会いのきっかけでもある山本先生。</p><p>私は渋谷美術学院で関わった全ての人に感謝しています。</p><p>本当にありがとうございました。<br><br>そして、どんな時も支えてくれた両親。<br>私の進路を尊重してくれてありがとう。<br><br><br><br>お世話になりました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/shibuayabijyutusu-gokaku/entry-12929043662.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Mar 2023 20:15:56 +0900</pubDate>
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