<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>真我blog</title>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/shinga0321-89/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>Youtubeで見たこと、本で読んだこと、考えたことを書いていきます。自分の思うように生きるために。「ビジネスと仏教」がブログのテーマです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>第1回【お坊さんの家】</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、「お坊さんの家」の第1回目でした。</p><p>参加した僧侶は6人。</p><p>私を除き、みんな20代でした。</p><p>みんな慣れないながらも、各々の意見を交換できました。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログでは、その感想を、真我の主観いっぱいの捉え方で解説します。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「お坊さんの家」の進め方として、最初の20分ほどは誰かが“自分の気になること”を話す</p><p>そしてそれをテーマに、全員で自由に意見を出し合います。</p><p>今日は1回目というとこで、主宰の私が話をしました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>まず最初に「お坊さんの家」をやろうと思った理由と思いを話し、やり方を説明しました。</p><p>そして私が気になっている「ポスト檀家制度」について話をしました。</p><p>これについては以前、「ポスト檀家制度は？」という記事で書きましたので、こちらを参照してください。</p><p><a href="https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12591668011.html">https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12591668011.html</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>このことを話した上でトークが始まり、色んな意見が出たので紹介します。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>【お寺があれば僧侶はいらない？】</p><p>街中にお寺を構える人の意見です。</p><p>このお寺は、地理的にアクセスが非常に良いため、人を集める行事が度々行われます。</p><p>またお寺の歴史も深く、由緒あるお寺です。</p><p>そのため、“その場所”に“そのお寺”が存在していることに意味があり、僧侶が誰であるかは二の次だと感じる、という話でした。</p><p>つまり「僧＜寺」です。</p><p>&nbsp;</p><p>私が大事だと思うのは、僧侶一人ひとりの質であって、関係性で言うと「僧＞寺」です。</p><p>これは、恵光寺が田舎のお寺だということも大きく影響しています。</p><p>街中のお寺とは、これほど感覚が違うということに驚きました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もう少し書きたいですが、続きは明日にします。</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200615/00/shinga0321-89/27/45/j/o1280085314774307040.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200615/00/shinga0321-89/27/45/j/o1280085314774307040.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12604276089.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2020 00:23:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>バンドを辞めてわかったこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、私が以前に所属していたバンド「PEGGY CALL」の配信ライブでした。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://peggycall.wixsite.com/peggycall">https://peggycall.wixsite.com/peggycall</a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://twitter.com/PEGGYCALL_JP">https://twitter.com/PEGGYCALL_JP</a></p><p>&nbsp;</p><p>私がいた時は違うバンド名でしたが、その時のメンバーがずっと頑張っているのを見て、嬉しいやらありがたいやら応援したいやら、そんな気持ちになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>今のメンバーになってはじめてのワンマンライブで、はじめての生配信ライブです。</p><p>トラブルもありましたが、正直、すごく良いライブでした。</p><p>（元メンバーとしてこういうことを言うのも恥ずかしいですが。。。）</p><p>今のメンバーが、本当に頑張っているなあと思って、嬉しくて、自分も頑張ろうと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>バンドをしていた当時は本当に辛かったですが、今となっては貴重な経験として自分の中で生きて、活きているなあと感じます。</p><p>そしてバンドを辞めて一歩引いたからこそ、わかることがあります。</p><p>それが、お客さんの目線です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>バンドをやっていた当時、私はプレイヤーとしてやっていくのに必死で、お客さんの気持ちを全く理解していませんでした。</p><p>「お客さん目線が大事」だということは、毎日考えていましたが、考えるだけで、全然わかっていませんでした。</p><p>お客さんが見ようとしているものは、ステージに立つ人が見てほしいものと全然違う。</p><p>もちろん、お客さんが見たいものだけを追っていても良いものはできません。</p><p>しかし、こんなにも視点が違うのかとわかっていれば、、、と正直思うところはあります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ドラムからしばらく離れたからこそ、わかったことです。</p><p>でも今現役で必死にやっている人たちが、そこから離れるというのは酷な話です。</p><p>一度でも離れたら、戻ることは非常に難しい。</p><p>しかし、何らかの形で、“一部”だけでも距離を取ってみるのは時には必要だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、「お客さん目線」がわかったと言いましたが、それよりも気づいた大きなことは、仲間の大切さと音楽の楽しさです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>、、、あつくるしい文章になってきましたね。笑</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でも、それに気づけたことが自分にとって本当にありがたいことです。</p><p>これからも、“PEGGY CALL”、応援していきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200613/23/shinga0321-89/4f/6b/j/o1280085314773748452.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200613/23/shinga0321-89/4f/6b/j/o1280085314773748452.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12604027116.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Jun 2020 23:59:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>新聞はコンサート、寺報はライブ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ドラムの練習用パッドを購入して、意気揚々と基礎練習を始めたのですが、やはりキックの音と振動が下の階の住人に響きそうなので、断念しました。</p><p>今は元気にスティックコントロールの練習をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、寺報をコンサートに例えてみます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私は以前バンドをしていて、ライブも何度もしていました。</p><p>その中で、ずっと気になっていたことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>バンドのライブに行く時、「ライブを観に行く」と言います。</p><p>しかし、クラシックのコンサートの場合、「コンサートを聴きに行く」です。</p><p>「コンサートを観に行く」とも言いますが、「聴きに」の方が多いように思います。</p><p>そして、「ライブを聴きに行く」とは言いませんね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この違いは何なのか。</p><p>聞いたところによると、ライブは聴くだけではなくて、パフォーマンスを目で楽しむからだそうです。</p><p>「コンサートも目で見て楽しむ要素はあるけど、、、」とも思いましたが、しかしわからない話でも無いなあと思いました。</p><p>ライブは照明や映像を駆使して演出したり、また大きな動きを使ってステージングをしたりします。</p><p>お客さんは、音だけでなく、そのパフォーマンスや空気感を楽しみに、ライブに行くのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>寺報でも似たようなことを考えられます。</p><p>以前から、私は「寺報は見るもの」と言っています。</p><p>それに対して、新聞は「読むもの」です。</p><p>文章が中心、というより、紙面のほとんどが文字です。</p><p>「観る」より「聴く」要素の方が多いコンサートと新聞は、共通するものを感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一方、寺報はライブ的です。</p><p>読むだけでなく写真や絵を見せたり、ビジュアルをコントロールして情報を飛び出させる。</p><p>ありとあらゆる手段で読み手を楽しませる。</p><p>様々な要素が織り交ぜられた情報誌は、コンサート的というよりライブ的です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そしてもう一つ。</p><p>ライブは「参加する」とも言いますね。</p><p>それ、寺報もなんです。</p><p>読み手が参加する寺報は強いです。</p><p>執筆してもよし、記事の中に登場するのもよし、スタッフとして関わるのもよし。</p><p>あらゆる形で読み手が参加する寺報というのは、そこからさらに多くの人を巻き込んで、広がっていきます。</p><p>読み手はお客さんじゃありません。</p><p>ライブで「ステージと客席の一体感」を大事にするように、寺報の作り手と読み手、つまり僧侶と信者の一体感を、寺報というツールを使って高めていくことが、これからの時代に非常に大事になってくると思います。</p><p>寺報というのは、こういう側面で見ても本当に活用できるツールですね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200611/23/shinga0321-89/2b/18/j/o1280085314772792351.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200611/23/shinga0321-89/2b/18/j/o1280085314772792351.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12603561497.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Jun 2020 23:52:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>すぐにでも！寺報をビジュアル化</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ドラムの練習用パッドとキックペダルが届きました！！！</p><p>久しぶりのこの感じ。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200609/22/shinga0321-89/b3/e8/j/o1024160014771796239.jpg"><img alt="" height="656" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200609/22/shinga0321-89/b3/e8/j/o1024160014771796239.jpg" width="420"></a></p><p>ペダルは現役時代から色々ためしていましたが、このPearl「ELIMINATOR（エリミネーター）」が一番自分に合います。</p><p>他のも使ってみたいと思いましたが、結局これにしました。</p><p>バンドを辞めてから機材を全て手放したので、揃えるところも1からです。</p><p>心機一転。初心に返って基礎練習からやってみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>【すぐにでも！寺報のビジュアル化】</p><p>&nbsp;</p><p>今日は寺報のビジュアル化についてです。</p><p>以前、「寺報は読むものではなく見るもの」と話しました。</p><p>「見るもの」として適したデザインとレイアウトにすることを“ビジュアル化”と私は読んでいます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ビジュアル化がなぜ必要なのか。</p><p>一番の理由は、情報量の増加です。</p><p>&nbsp;</p><p>私たちが触れる情報の量は、10年前と比べて530倍とも言われています。</p><p>スマホの登場が最大の要因です。</p><p>それだけ情報が溢れた今の時代で生き残るために発達したのがデザインです。</p><p>無数の情報の中から、少しでも注意を引くビジュアルが求められるようになりました。</p><p>今や、お洒落でプロっぽい見た目は当たり前。</p><p>そんなデザインが並ぶ棚で、注意を引くことができなければ、手に取ってもらうことなど不可能です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そのため、字と字の幅、色彩、字数など、細かいところまで計算され尽したデザインが沢山世にでました。</p><p>さらにPhotoShopなどのデザインソフトの普及によって、アマチュアのデザイン技術が、下手なプロを超すようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中でも、まだ寺報の界隈では、デザインが優れているものがそう多くありません。</p><p>今なら、デザインのクオリティを高めるだけで、かなり印象をつけることができます。</p><p>恵光寺だよりはコンビニに並ぶファッション誌に比べるとデザインレベルは低いですが、それでも信者さんからは、ファッション誌よりも注目されています。</p><p>横に並ぶ寺報が、まだビジュアル化されていないからです。</p><p>その中でビジュアルがしている恵光寺だよりは、それだけで注目されます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>しかしこれから先、おそらく多くの仏教者がデザインの重要性に気づき、寺報をビジュアル化していくと思います。</p><p>そうなれば、コストを割いてデザインされた寺報を発行したところで、特に目にはとまりません。</p><p>かといって、白黒文章だけの寺報を出していては、周りのビジュアル化された寺報の陰に埋もれ、手に取ってもらうことすらできません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>つまり、寺報をビジュアル化するなら今しかないのです！</p><p>本当は、今でもやっているお寺はやっています。</p><p>ビジュアル化は、もう既に“先取り”では無くなっています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ビジュアル化はコストがかかります。</p><p>しかし、確かな反応はあります。</p><p>コストをかけてでも、今この時点で、すぐにでもビジュアル化をしていくべきだと思います。</p><p>そうでなければ、間もなくお寺の発信は人々に届かなくなるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これからのお寺存続のために必要な投資として、ビジュアル化を進めていくことをお勧めします。</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12603084073.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jun 2020 23:02:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>歯車をアップデート</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>明日、ドラムの練習用パッドと新しいペダルが届きます。</p><p>初心に返って基礎練習していきたいです。</p><p>ドラムの楽しさに、もう一度出逢えるように。</p><p>気が向いたら演奏動画をTwitterに投稿しようかな。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>人と話していると、色んなタイプの人がいるなあと思います。</p><p>私がとくに気になるのは、革新的な人と保守的な人です。</p><p>たぶん、どちらが良いというのは判断できないものだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>世の中の歯車を回しているのは保守的な人です。</p><p>受け継がれてきた作業を正確に行なっていく。</p><p>それがないと、世の中が止まってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日考えたいのは革新的な人の方です。</p><p>新しいことをするというのは、一見自由なように見えます。</p><p>しかし“新しいこと”というのは、そんな気楽なものでは無いのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>新しいことを考えることは大切ですが、それが世の中の歯車とどう関係を持っているかという部分が重要です。</p><p>考えたとこを歯車と照らし合わせて、前後左右の歯車がどんな形でどう動いているか。</p><p>それに合わせて形を整える作業が必要です。</p><p>今動いている歯車で、時代に取り残されてしまったもの。</p><p>複雑になり過ぎてしまったもの。</p><p>ガタがきているもの。</p><p>それぞれの事情で適切で無くなった部分を見つけ、自分の発想をその形に整えて磨き上げていく。</p><p>そうすることではじめて、世の中の動きの中に入ることができます。</p><p>自分のいる場所の前後でどのような歯車が動いているか、それをしっかり把握していないと、思いつきの“奇抜さ”だけで終わります。</p><p>全く新しい歯車を作るというより、今動いている歯車をアップデートしていくことの方が、イメージが近いかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そしてもう一つ重要なのが、歯車の位置です。</p><p>位置というのは、エンジンからの距離です。</p><p>世の中の理をエンジンとします。</p><p>宗教は、かなりエンジンに近い存在・思想です。</p><p>エンジンに近いものが少しでも変わると、その歯車の先にある装置は、音を立てて大きく変化していきます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>最近で、エンジンに近いものの変化は何か考えてみると、スマホの登場だと思います。</p><p>世の中の多くが、スマホの登場を機に大きく姿を変えました。</p><p>あらゆる業界が、それぞれの形で変化を余儀なくされています。</p><p>私がやっている寺報も、スマホの影響を大きく受けています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>新しいことをする際には、どのように歯車をアップデートしていくべきか。</p><p>前後にはどのような歯車があるのか。</p><p>そしてエンジン（世の中の理）との距離はどのくらいなのか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それらを把握して行動していくと、全体像が掴みやすいと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200609/00/shinga0321-89/43/54/j/o1280083414771366988.jpg"><img alt="" height="274" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200609/00/shinga0321-89/43/54/j/o1280083414771366988.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12602869635.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jun 2020 00:44:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>仕事の波を自分で作ろう</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ドラムをやりたい熱が出てきたので、練習用パッドとペダルを注文しました。</p><p>先日、仕事の関係で楽器屋に行った時、電子ドラムを叩かせてもらいました。</p><p>数年間、完全にドラムから離れていたので、その演奏はもう酷いものでした。</p><p>ここ最近はTwitterで素晴らしいバンドマンの動画を観ることが多く、久しぶりに「ドラムやりたい」という気持ちが昂っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>機材も殆ど人に譲っていたので、本当に1からのスタートです。</p><p>基礎練習から、もう一度しっかりやりたいですね。</p><p>今度は、仕事ではなく趣味として。</p><p>誰のためでもなく、自分のために。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>【仕事の波を自分で作ろう】</p><p>さて、今日はキングコング西野亮廣さんが話していたことを紹介します。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>西野さんは、上手くいっている仕事を毎年1つ辞めるようにしています。</p><p>上手くいったということは、それが成功するというデータが取れたということなので、限りある人生の中でそれ以上は時間を割かない。</p><p>そうして新しいことをはじめて、またデータを取りにいく。</p><p>そうやって仕事のサイズをどんどん大きくしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日聴いた西野さんのYouTubeでは、仕事のサイズをどうやって大きくするかというテーマでした。</p><p>答えは「仕事を辞める」なのですが、それについてもう少し掘り下げていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>仕事で成功すると、依頼がどんどん舞い込んできて、忙しくなります。</p><p>その状態は、充実していて気持ちのいいものなので、そこに居座り続けてしまいます。</p><p>しかし、スケジュールが埋まっている状態では、次のサイズの仕事をするための時間がとれません。</p><p>そこで、思い切ってその仕事を辞めると、時間ができます。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、そこからが地獄です。</p><p>それまでスケジュールが埋まり、充実していた生活が無くなり、途方に暮れてしまう。</p><p>そこでやらないといけないのは、また0かた1を作る作業です。</p><p>1を2にする作業よりも、0を1にする作業の方が圧倒的に難しい。</p><p>そして仕事がないので収入もない。</p><p>なんで前の仕事をやめたかと後悔する。</p><p>人生の波で言うと、間違いなく下がっている状態です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、この下がっている状態を意図的に自分で作れる人が、その後に大きな波を起こせます。</p><p>同じ仕事を続けていると、高い波を呼び込むための低い波を作れません。</p><p>そのために、その波を自分で低くすることが必要です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、それをするのは若いうちが良い。</p><p>若いうちの失敗は後から取り戻せます。</p><p>挑戦の波を低くしてみて、どのような結果になるのかというのを、若いうちに自分自身で経験することが大切だと感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私も20代のうちにもっとやっておけば良かったと、月並みに思います。</p><p>しかし、それをまた10年後に思わないためにも、自分が足を踏み入れたことのない領域に踏み込み続けたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200606/23/shinga0321-89/9c/7b/j/o1280085314770280730.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200606/23/shinga0321-89/9c/7b/j/o1280085314770280730.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12602380257.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Jun 2020 23:30:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>もがくなら人前で</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>前々回、「BBQ型お寺」という記事を書きました。</p><p><a href="https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12601675005.html">https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12601675005.html</a></p><p>今回はその続きでもあります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>BBQ型というのは、商品・サービスを作るところからお客さんと一緒にやってしまおうというものです。</p><p>音楽業界もBBQ型が多くなってきました。</p><p>とくにAKBグループなどのアイドルは、BBQ型としてわかりやすい戦略をとっています。</p><p>完成されたクオリティのアイドルをデビューさせるのではなく、最初はどこか垢抜けていない、応援したくなるような様子のアイドルを登場させて、そこから成長していくストーリーをファンと共有することができる。</p><p>ファンは、「観る」だけではなく「参加する」、さらには「育てる」という感覚になります。</p><p>80・90年代のアイドルに、ファンが「育てる」という感覚を持つことは、AKBに比べると無かったのではないかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私がバンドをやっていた時も、その流れを強く感じていました。</p><p>何度もライブに来てくれる人は、音楽を楽しむだけでなく、バンドマンの成長を見て、バンドマンと一緒に楽しみ、応援する。そういった“ストーリー”を共有することに価値を見出していたと思います。</p><p>当時、私は“もがく”姿というのは決して見られてはいけないものだと思っていました。</p><p>ライブでミスをすることも、伸び悩んでいることも、ひたすら隠そうとしていました。</p><p>（たぶん隠しきれていませんでしたが）</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、今は、そういった姿の自分も間違いなく自分なのだから、そのまま出しても良かったかも知れないと思うようになりました。</p><p>人間、最初から完成されていることなんてないのだから、完成されていない状態からお客さんと一緒になって、一緒に努力して頑張って、一人前になった時に一緒に喜べばいいやんと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>喜ぶ時はもちろんですが、それだけでなく“もがく”時も人前でやればいい。</p><p>その状態の自分も見てもらうからこそ、ゴールに到達した時の喜びを共有できます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>このブログでは、そこを意識しています。</p><p>「お坊さんの家」であっても、完成してから発表するのではなく、発足した“今”から一緒に歩んでいくことで、喜びを共有したいと思っています。</p><p>一緒に歩んでいく人がいれば、喜びも倍増します。</p><p>そうやって、携わる人みんなが仲間として応援し、応援されていくことは素晴らしいことだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私はこのブログで、悩んでいることも上手くいかないことも書いていきます。</p><p>その様子を見て、一緒に一喜一憂して頂けると、それ以上に嬉しいことはありません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>みんな一緒に進んでいきましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200606/01/shinga0321-89/12/d7/j/o1280085314769798665.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200606/01/shinga0321-89/12/d7/j/o1280085314769798665.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12602157986.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Jun 2020 01:10:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>それぞれの勉強法</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「お坊さんの家」というZoom勉強会を企画して、数人に声をかけています。</p><p>ゆっくりと広まってくれると嬉しいです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僧侶の勉強会ですが、お寺を背負う僧侶としてではなく、仏教に携わる一人の人間として参加してもらえたらと思います。</p><p>そのため、自由な気持ちでの参加を重視します。</p><p>お菓子を食べてもよし、途中参加、途中退席もよし。</p><p>相手と自分を尊重しさえすれば、縛りなく進めていきたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、これは大切にしたいのですが、其々が其々の方法で良いので、自分の学習パフォーマンスを　高められるようにしていければ最高です。</p><p>たとえば私はメンタリストDaiGoさんの「超学習法」に書いてあるような方法で、勉強したことを頭に入れるようにしています。</p><p><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4054066895/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_ljq2EbV40Y1Z7" target="_blank">https://www.amazon.co.jp/dp/4054066895/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_ljq2EbV40Y1Z7</a></p><p>こうすることで、良いパフォーマンスを保ったまま、意見交換をしたり、新しい知識を仕入れたりできます。</p><p>私はまだまだできていませんが、そうできることを目指しています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>こういった方法は人によって様々です。</p><p>参加する人は、自分の成長のためにも、自分にあったやり方で臨んでいただきたいです。</p><p>これは誰も強要できるものではありません。</p><p>参加者自身が自分で見つけるしかありません。</p><p>そうなるように、なるべく意欲の湧く形でこの会を進めていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その上で、「超勉強法」の中身を一部紹介します。</p><p>・復習は忘れてから</p><p>「復習は忘れないうちに」と言いますが、DaiGoさんが言うには、それは間違いです。</p><p>人間は、思い出そうとする時に記憶を定着させます。</p><p>この「思い出せそうだけど思い出せない！悔しい！」と思うことで、その記憶を忘れないようになります。</p><p>そのため、一定期間あけて忘れたくらいの時に復習することが、効率の良い方法だということです。</p><p>この一定期間がどれくらいかというのは、DaiGoさんの有料ニコニコチャンネルで配信していることなので、ここでは書きません。</p><p>ちなみにこのチャンネル、YouTubeで無料公開している内容とは、情報の質が全く違います。</p><p>時にはYouTuneでは発信できないような内容まで話すので、有料登録する価値はあります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・分散学習</p><p>ものごとを順序にそって学習することに対し、順番をランダムに分散させて学習することを分散学習と言います。</p><p>具体的には、日本史の教科書は前者です。</p><p>縄文時代から始まり、時代順に沿って教科書が進んでいきます。</p><p>分散学習としてDaiGoさんが実際に行ったのは、(日本史ではないですが)教科書を1ページごとに切り取り、ランダムに並べ替えて、単語カードのようにめくりながら学習していくというやり方です。</p><p>こうすることで、一回ずつ脳がリフレッシュし、知識が入りやすくなるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>まだまだ勉強法はありますが、今日は一部分だけの紹介にします。</p><p>「お坊さんの家」、参加者が増えてくれることを願います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200604/23/shinga0321-89/65/3c/j/o1280085314769289082.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200604/23/shinga0321-89/65/3c/j/o1280085314769289082.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12601909842.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Jun 2020 23:45:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>BBQ型お寺</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>Zoom勉強会「お坊さんの家」、会員募集しています。</p><p>僧侶であれば、宗派問わずに参加して頂けます。</p><p>Zoomで話合うだけなので、地域は関係なく参加して頂けたらと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、今話題の「BBQ型」について話します。</p><p>主に、キングコング西野亮廣さんがVoicyで話していことです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「BBQ型」というのは、お客さん参加型という意味です。</p><p>お客さんに商品やサービスを提供する際に、製作過程からオープンにして、お客さんと一緒に作ろうという形です。</p><p>テーブルには、生肉（未完成の商品）が運ばれてきて、お客さんの手で仕上げをします。</p><p>それに対し、お客さんが参加しない型を「レストラン型」と言います。</p><p>お客さんは、完成した商品やサービスを、受けるだけです。</p><p>BBQ型の飲食店は、焼肉屋、もんじゃ焼き屋、特定の店ではハンバーグの「さわやか」、串カツの「串家物語」などがそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今、色んな業界でBBQ型が取り入れられていますが、西野さんが言うには、勘違いをしている人がいる、と。</p><p>お客さんに肉を焼かせるなら、火や煙の管理や、焼き方の指南など、店側の手間が増えます。</p><p>各席にコンロとダクトを設置するためのコストもかかります。</p><p>本当は、店でやってしまった方が楽で、安く済みます。</p><p>やってもらうことは、店でやるよりも難しいということを忘れてはいけない、と西野さんは話していました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そこまでしてBBQ型にするのは、その方がお客さんが楽しいからです。</p><p>お客さんは、良い商品を受け取るだけでは満足しなくなり、その商品を手に入れるまでのストーリーを楽しむようになってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>【BBQ型お寺】</p><p>お寺での場合を考えてみると、元々BBQ型が多いように思います。</p><p>「自分で作る朱印帳」というのも耳にします。</p><p>BBQ型というのは、つまり「体験（ストーリー）を提供する」ということです。</p><p>そう考えると、写経も坐禅もBBQ型なのかもしれない、と考えるようになりました。</p><p>参拝者は、お寺にお経を聴きに来るだけだと考えていては、お寺の役割の大きな部分を見逃してしまうかもしれません。</p><p>僧侶も参拝者も一緒になって、体験をすることができるお寺というのも、これからのお寺のあり方ですね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>気をつけるべきは、西野さんが言うように参加してもらう方が難しいということ。</p><p>参加してもらうためにはそれだけの準備をして、やり方を指南する必要があります。</p><p>そこで手を抜いてしまうと、BBQ型が成立しないので、気をつけるべきところだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、寺報もBBQ型は非常に効果的です。</p><p>僧侶からの発信だけでは、一方的になってしまいます。</p><p>読者や、他の僧侶が登場する寺報は、読んでいても楽しいですし、そこに登場した人は、寺報を読むようになります。</p><p>どんな広告を打つより、参加してもらう方が圧倒的に効果があります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今注目されているBBQ型。</p><p>注意するべきところはありますが、これからどんどん活用していけば、お寺としても幅が広がると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200603/23/shinga0321-89/92/6a/j/o1280085314768757918.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200603/23/shinga0321-89/92/6a/j/o1280085314768757918.jpg" width="420"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12601675005.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Jun 2020 23:56:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>【お坊さんの家】信条3つ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>浄土宗の僧侶、真我です。</p><p>寺報の作り方講座や、寺報の制作事業をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「お坊さんの家」というZoom勉強会を企画しようとして、色々と妄想しています。</p><p>方法も考えていますが、一番大事になる“信条”を挙げてみました。</p><p>&nbsp;</p><p>1、人を否定しない</p><p>2、人の変化を認める</p><p>3、自分を大切にする</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>信条なのでかなり抽象的ですが、私が思う大事なことを、この3つに詰め込みました。</p><p>&nbsp;</p><p>1、人を否定しないということは、人種、国籍、性別などの先天性だけでなく、後天的な考え方と、それを得るまでに通ってきた経験を否定しないということです。</p><p>宗派の違いも、否定しないようにします。</p><p>&nbsp;</p><p>2、人の変化を認めるということは、人は成長し、後退することを前提に、時には意見が変わることもあるので、それを容認するということです。</p><p>&nbsp;</p><p>3、自分を大切にするということは、自分の思うこと、言いたいことを謙遜せずに発信し、「自分のための活動」ということを忘れないことです。そして、自分を大切にすることが、人を大切にすることにも繋がります。</p><p>&nbsp;</p><p>この3つを保ちながら交流することで、互いに尊重し合いながら活動が出来るのではないかと考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そうやって交流した内容を、可能な範囲でこのブログで紹介していきます。</p><p>いろんな僧侶が、今どういったことを感じて、悩んでいるのか。</p><p>どういったことを伝えたいと思っているのか。</p><p>このブログに書く以上は、私の捉え方になりますが、いろんな僧侶について書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>活動は月に1〜2回、話す時間は1時間ほどで考えています。</p><p>そして年に数回は集まって、“オフ会”をしたいですね。</p><p>宗派の違う僧侶に会う機会はありますが、2〜3回会うだけでは芯のある意見交換は難しいかもしれません。</p><p>月に1〜2回、オンラインで顔を合わせておけば、いざ会った時にしっかりと情報を伝えて共有できるのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>檀家制度が崩れていく中、檀家さんを、自坊（自分のお寺）を、自分自身を守るために、宗派を超えて情報交換し、試行錯誤していくことが大切だと日び思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>宗教界、力を合わせてこの時代を乗り越えましょう！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それではまた次回に。</p><p>おやすみなさい。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200602/22/shinga0321-89/b9/18/j/o1280096014768249790.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200602/22/shinga0321-89/b9/18/j/o1280096014768249790.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinga0321-89/entry-12601424647.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Jun 2020 22:46:45 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
