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<title>shingoのブログ</title>
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<title>私の母親</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">たいろ～の母の人生は壮絶です。父はいつか母の人生を本にしたいと願っていた。それほど過酷な人生を生きてきた人だった。最後を迎えるとき、母は一番幸せな時間を過ごせてたように思います。たいろ～は頑張れたと思う。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">母は戦前の昭和１０年１０月、岡山県の津山市近くのとても山深い山村に生まれました。たいろ～は何度も行ったけど、母の実家の奥にはもう人の住む家が無かったので、キジ・クマ・イノシシなどなど目撃できる田舎でしたよ。</font></p><p><font size="3">母が生まれてすぐに順番はどうだったか覚えていませんが、母の父親と母親は両方共亡くなったそうです。母がまだ５歳頃に母は天涯孤独の身となりました。５歳の子供が一人で山奥の家に住むわけには行かず、近くに住む親戚の家で母は暮らすことになりました。そこには４人？のお姉さんと一人の母より小さい男の子がいました。農村での暮らしなので、最初の母の仕事は男の子の子守でした。身寄りのない母の一番の友達はその男の子で、母のことを「ちいねえちゃん」と呼び、懐いてくれてたそうです。食事は質素なものながらも、山の暮らしは食物がないという事はなく。新しい家族の一員となり、母にとってはうれしいことだったようです。しかし、母が面倒を見ていた男の子も母の両親の後を追うように、病気で亡くなったしまったのです。母が高齢になって体を悪くした頃、この男の子のことを思い出すと言ってましたから、それは相当なショックを受けたのだろうと思います。</font></p><p><font size="3">母が小学生になった時、一番小さい女の子の母だけ薪木を集めながら帰らなければならなかったそうです。母の小学校は家から遠かったはず、他の姉たちは遊びながら、ふざけながら歩いて帰るのに、母だけはせっせと薪木を拾いながら家に帰らなければならなかったそうです。学校から帰れば、姉たちが遊んでいても、母だけは農作業を手伝う日々が続き、家で勉強をすることがなかった母は、小学校の勉強にもついて行けない有様だったそうです。山深い山村ですから、冬には雪が積もります。正月は母の実家に遊びに行き、雪遊びをするのが毎年恒例だったのですが、母は雪の中をわらじで小学校に行ったそうです。姉たちはというと全員長靴を履いてたそうです。自分の子ではない子を育ててくれるのですから、贅沢が言える身分でもなく、そういう時代でもあったので、それは仕方のないことかも知れませんが、大変なことだったと思います。</font></p><p><font size="3">小学校も高学年になり、母も修学旅行とやらに行く年齢になりました。しかし母は親戚の家に引き取ってもらってる身分です。修学旅行とは言え、多少のお金が掛かることなので、母は先生に自分は修学旅行に行けないと伝えました。ぞの金額はわずかの金額だったので、先生は私があなたの継母に言うからあなたも来なさい。人生の中で最初で最後になるかも知れないみんなとの思い出を先生は残すことができるようにと親身なって心配してくださったそうです。それでも母はそのことを継母に伝えることもできず、初めての旅行に行くことができず、その先生のことを時折思い出しては、あの先生は立派な先生だった。本当にありがたかったと言っておりました。</font></p><p><font size="3">母が中学に行ったとは聞いておりません。たいろ～は母の中学時代の話題を聞いたことがありません。おそらくどこかに奉公に出されたのだろうと思います。</font><font size="3">順序はわかりませんが床屋と医者の家で奉公してたはずです。たいろ～は子供の頃、母はたいろ～の髪の毛を風呂場でいつも母が切ってくれてました。今思えば、ハサミの音が軽快でとても楽しそうだったように思います。母が美容師を目指してたかどうか知りませんが、人の頭を散髪して褒められたのでしょう。おそらく母は初めて人から褒められた作業が散髪だったのではないでしょうか？だからたいろ～の髪を切る時、それを思い出して、これは私の得意分野とばかりに一生懸命に、そして楽しく髪を切っていたのだろうと思います。</font></p><p><font size="3">しかし、もう一つの奉公先が悪かった。母にとっては最大の悲しみを背負うことになってしまったのです。母は津山市の医者の家で家政婦のような仕事をしていたそうです。料理を習ったわけでもなく、良い家柄に生まれて教育を受けたわけでもない母が医者の家で家政婦をさせてもらったということは、医者が母を気に入ったからに他ならなかった。母は麻酔で眠らされて悪戯を幾度なくされたらしい。そして妊娠させられてしまったのです。どんどん大きくなるお腹を必死に隠して、医者の奥さんにバレないように、奉公先を追い出されないようにと努力したと聞きました。もちろん最終的には奥さんにわかってしまい。継母を呼び出され、泥棒猫呼ばわりです。そこまで誰にも相談できなかった母は、その子供を堕ろすこともできる状態ではなくなり、産んだところで育てる経済力はなく、支援してくる人もなく、もちろん継母が面倒見るわけもなく。母は初めての子供を手放さざるを得なかったのです。その子供が望まれて生まれる理由ではない。自分が欲しいと願った理由でもない。しかし、母にとっては唯一の血を分けた家族。自分が子供の頃に両親を失った悲しみを知ってるだけに、その子供に寂しい思いだけはさせたくなかったのだろうと思います。たいろ～が１０歳頃に実はその人に会っているのです。一度しか行ったことの無い場所ですが、なぜかはっきりと場所を覚えています。そこが忘れてはならない場所だと魂が記憶してるのだろうと思います。その時はそれが誰だかわかりませんでした。母とその人が二人で部屋にこもって話をしてしました。たいろ～は挨拶をした程度なので、その人の顔すら覚えていません。しかし不思議と場所は覚えています。そして母の遺言とも言うべき言葉が、私が死んだらその人にだけは伝えて欲しいと言うことでした。母がどれほど気にかけていたのかが窺えました。しかし手放した子。そこで可愛がってもらってるならば、波風を立てる真似もできない。近寄らないのが、その人とその家族にとって幸せであるだろうことは、母にもわかってました。だから死ぬまで、死んでからしか会えないとわかっていたのです。</font></p><p><font size="3">そのあと、なぜ母が京都に移動したのか知りません。京都のお店で女中のようなことをしていたようです。そこで父と知り合った。その頃には卵管破裂、子宮筋腫の後遺症などから子供は産めないだろうと言われていました。父は全てを聞いた上で一緒に暮らそうと言いました。そしてたいろ～を授かった。授かってしまった。母は父の子供だから死んでも産みたいと願ったようです。父方の親戚から馬鹿にされ、蔑まされ、例え結婚ができなくても、父の子供だけは産みたいと思ったようでした。父の必死の抵抗により父方の親戚を納得させ、結婚そして入籍を認めてもらえました。出産はとても危険な状態だったようです。たいろ～には弟がいます。その時も母は死んでもいいから産みたいと言っていました。そして産んだ時、顔色がかなり悪かったことを覚えています。同じ状況だったのだろうから、相当危険な出産だったはずです。</font></p><p><font size="3">その後、何かあれば父の実家に行くわけですが、たいろ～が二十歳になる頃まで、母は父の身内から旧姓で呼ばれ続けました。辛かっただろうと思います。たいろ～はこの話を聞いたけど、旧姓で呼ばれ続けたんだからと説明を受けた程度で、腹が立つとか許さないとかは聞いていません。そのことはどうでもよかったようです。父がいて、たいろ～がいて、それで十分だったようです。</font></p><p><font size="3">弟？</font></p><p><font size="3">あれは家族で麻雀する時、４人目が必要だったから・・じゃないかな？</font></p><p><font size="3">母には自分の家族と言える存在を手に入れることができた、そして諦めていた最愛の人の子供も生むことができた。父は母と結婚したからダメになったとは言われたくなかったのでしょう。さらに勉強して仕事を励み、そこそこの暮らしができる状態になりました。友達もでき、酒を飲んだり、歌ったり、それは夢にも思ってなかった自分の人生を手に入れることができた。しかし、たいろ～が学校に行くようになり、それまでは何とかごまかして生きてきたことが問題となった。学校の先生やPTAの便りの返事。どうしても字を書かなかければならない。学の無い母は、そのことをよく気にしていました。正直、手紙やはがきを書くのすら、小学生のたいろ～に頼むほどでした。でも、母も頑張りました。お料理を覚えたい。美味しいものを作りたい。その一心から、テレビのレシピを書き留めたり、読めないような文字もいつしか読める程度になりました。母の死後、いろんなところから、紙切れや手帳の端にいろんなレシピが書き残されてました。概ね、たいろ～の好物の食材または食べれる食材が主でした。ああ、ありがたや・・・。学校のPTAや自治会の役員にもなったり、人に頼られたり、おそらく自分がそんな人生を歩むと思ってなかったでしょう。</font></p><p><font size="3">たいろ～の幼稚園時代から高校生になるまで、順風満帆・・・？金銭的には問題なく、友人もでき、幼少期の母には、自分がそうなるとは思っても見なかった、夢のような生活だったはずです。あの頃の母は生き生きとしていた。ご近所とも仲良くさせていただき、お花やお茶なども習いに行ってました。</font></p><p><font size="3">たいろ～が大学に通ってる頃、父親の努めていた会社が倒産してしまいました。父と母は退職金で喫茶店兼小料理屋を開き、何とかやっていけると考えたようでした。会社が倒産した頃、父は５０を超えていた。今更、よい就職を期待できず、父は焦っていたはずです。しかも受け取れる退職金は、予想以上に多くはなかったのです。でも、母はそのことを気にしなかった。お店を繁盛させればそれでいい。みんながいればそれでいい。</font></p><p><font size="3">母に原価管理なんかできず、荒れてる父が店で飲んでいては、支援してくれる近所の友人も離れてしまう。さすがに母が父に店に来るなと言い出したことで、父の荒れ具合はさらにひどくなった。息子と旦那は首の締め合いをして喧嘩。それまでの人生が嘘のように転落して行きました。そしてお店も閉めることとなり、父も母もたいろ～も３人で警備会社に勤めることになったのですが、たいろ～の幼馴染のお母さんが、自分のお店で働かないかとのお誘いを受け、母は単身で別居生活になりました。１年ほど、単身で生活をした頃、父もたいろ～も転勤となり、母のいるマンションに全員が転がり込むことになり、生活の時間はズレ、狭くてボロいですが、家族全員で何とか生活することとなりました。</font></p><p><font size="3">たいろ～が栄転となり、たいろ～だけ一人で隣の街に暮らしだした頃、あの大地震が神戸に住む両親を襲ったのです。母は２時まで営業しているお好み焼き屋で働いて、片付けて帰宅したのが４時頃、父は体調を崩していたので、その日から出勤しようとコタツに足を入れ起きていたそうです。ド～～～ン！ゴゴゴゴーー！大きな地震は母のいる５階建てのマンションの３階から上を叩き潰したのです。建物の鉄骨が曲がり、母と弟は床と天井の間、家具の作った隙間で大怪我をすることもなく、身動きが取れないと言うだけの状態だったのですが、座っていた父は、倒れてきた天井を頭で受けてしまったのです。真っ暗な空間に多くの人のうめき声、鳴き声、助けを呼ぶ声が聞こえる中、母の耳には父のう～う～と苦しむ声が聞こえてました。助けたいが身動きができない。わずかに指が父の体に触れる。「お父さん、お父さん、しっかり。頑張って。」何度も声をかけて励ましたのですが、１時間ほどした頃、父から脱糞した匂いを感じ、母は泣いていたそうです。両親のマンションの崩れ方が近所の中では一番ひどかったと言うことで、近所の人たちの力で、出せる人は９時間ほどで助け出していただいたのですが、母は引き出された時に恥骨付近を骨折してしまい。しばらく動ける状態にありませんでした。崩れたマンションの横にあった、たいろ～の家の車に弟が携帯電話を置き忘れていたため、弟からすぐにたいろ～に連絡があり、すぐに行ったのですが、父の苦しそうな表情を母に見せることができず、最後のお別れも、たいろ～は母にさせられませんでした。おそらくあの表情を見たら、母は気が狂わんばかりに泣いたでしょう。一生、あの顔を忘れられず、夢に見ることだったでしょう。かわいそうでしたが、見れる状態ではないと諦めてもらったことで、父のよい表情を思い出にしてもらえたと思います。</font></p><p><font size="3">たいろ～は父の兄弟が大阪に住んでいたので、連絡して、焼き場の手配、葬式の手配が神戸でできないことを伝え、大阪で手配してもらうようにお願いしました。大阪のおじさんは、足の悪い状態で、弟の奥さんと子供のためにと歩いて神戸まで来てくださいました。父の葬式の手配をしてもらい、母は骨折のため車椅子でした。弟は全身の筋肉痛が取れず、歩けはするものの、両手を合わせて拝むのでさえ苦痛に感じる状態で、父の世話、母の世話、来てくださった親族の世話などたいろ～一人でやることになり、母は申し訳ないとたいろ～に言ってました。そういえば、出棺の時こそ、泣いていましたが、意外と冷静でいてくれた気がします。移動中、たいろ～が車の中で休んでる時、騎乗に振舞って、たいろ～に気遣いをしてくれてました。ありがとうとも言ってました。トイレも一人で行けないため、おもらししても我慢していました。母は親族に励まされましたが、その時の母が何を考えてたのか。たいろ～にもわかりません。自分をかばってくれる人が誰もいなくなる。それがどれほど寂しいことか。今のたいろ～にはわかります。それでも泣き言を言わなかった。早く退院して働きたいと言ってました。１ヶ月くらいだったと思います。退院になった頃、仮設住宅などは近くに空きがなく、安い家賃の建物は、壊れてしまったか。もし建っていたとしても検査を受けるまでは入居できる状態でなく、母の勤め先から近い場所には、以前の３倍の家賃を払わなければ、住む場所を見つけられず、たいろ～と母の二人で頑張ってそれを支払いました。被災したので、いろいろなお金を頂いたのですが、仏壇と生活費ですぐにそれは無くなり、たいろ～は小さいマンションを購入して、そこで母と暮らすことを決めたのです。母は仏壇の扉をいつも開けたままで、御飯を炊いてはお供えし、お花は常に絶やさず、道端の花でいいから、何かを置いてあると状態を作っていました。たいろ～が結婚して、我が家の嫁ができたことがうれしかったのでしょう。事あるごとに母は妻にかまったのですが、これが彼女には面倒だった。狭いマンションで逃げ場もなく、ここにいたくないと言う態度と行動が露骨で、帰宅するなり、扉を勢いよく閉め、ドカドカと歩き、常に怒りを表してしました。喧嘩の原因は、ただ彼女は自分の収入を家に入れたくないと言ったことが、母には信じられず、何を考えてるのかとなったのです。彼女は何かのためには使うけど、自分の収入を当てにされたくないと言いました。たいろ～には理解できるけど、母には理解できず、エスカレートする一方。仕方なく彼女を実家に戻し、喧嘩は両成敗と思うので、たいろ～は別の仕事を見つけ、家に戻らない仕事を紹介してもらいました。これが母には辛かったようです。よく電話で「お母さんを捨てるのか。」と言ってました。身の回りに誰も肉親がいなくなるのは２回目。母にはとても堪えたようでした。とはいえ、たいろ～の仕事は身入りがよく。三菱重工の関係とあって、すぐに辞める気にもなれず、たいろ～は奥さんに月に１度は母親を訪ねて、様子を見てくださいとお願いしました。たいろ～も家には戻るけど、月に１度あるかないかだったので、奥さんにも頼んだのです。しかし、彼女は１度も来なかった。２年ほどして、たいろ～は彼女と離婚することにしたのですが、たいろ～はなかなか家に戻らなくなりました。でも弟も仕事を辞めていたので、弟に家にいてもらったので、母が寂しがることはなかったのです。しかし、自転車に乗れなくなり、横断歩道でも車に轢かれそうになり、動きが段々と鈍くなって来たのです。おそらく生きていてもいい事ないと感じたのではないでしょうか。元気が無くなっているようでした。医者に看てもらったのですが、昔に肺気腫や肺結核になった後遺症で、血液中の酸素濃度が通常の人間の生活レベルギリギリを保つ程度だったのです。生活するだけで常に呼吸困難な状態のため、仕事もしていられなくなったのです。しばらくは生活費を入れることで、自分の生活は何とかやってもらってたのですが、いよいよ障害者扱いとなってしまい。たいろ～は母の面倒を看るために家に戻ることにしました。弟は仕事を見つけていましたが、たいろ～のマンションに住んだまま。家に金を入れるわけでもないのですが、働いてるので、いい場所に寝てもらい。たいろ～は居間に寝ていました。弟が会社の金に手をつけてしまってクビになり、次の仕事を見つけないので、たいろ～と弟は喧嘩しました。弟は母親のことが嫌いだから、俺は母親の面倒を看ないと言いました。この時、弟は出て行って、連絡を一度もくれませんでした。たいろ～は許す気ないのですが、母親には大事な息子です。時折どうしてるのかな～。電話してみようか？と言い出しましたが、こっちから掛けちゃダメ。帰るところがると思うとまた悪いことしてしまうかも知れない。だからダメだよって、たいろ～は母親が弟に電話するのを許しませんでした。たいろ～は家を離れられなくなったので、母と生活保護を受け、住んでたマンションを引き払い、自己破産することで、生活保護を受けることにしました。その頃の母のケアマネさんはいつ逝かれてもおかしくない状態なのでとおっしゃってたそうです。そのことは引っ越した先のケアマネさんから、よく聴かされました。引っ越した時、ホントに危険だったのですが、たいろ～が面倒を看ること。そしてホームの人たち、新しい病院の先生、家に来てくれる看護師さんやヘルパーさんたちのおかげで、この人本当に病気？ってほどに元気で明るく暮らしてました。酸素濃度を計ると吸入してて９５％くらいですから、苦しいはずなのですが、時折カニューラを外して動き回ってしまうほどでした。５分ほど歩けばコープさんがあり、そこまで行きたい。あそこまで行きたいと言いつつ、３度の腰椎の圧迫骨折などでそのリハビリのせいで、長距離を歩くことが許されず、治ったらあそこまで買い物に行くと行ってました。近くの公園まで車椅子に母を載せて散歩に出かけたりしました。母は遠くの島や海を眺めて、無言でいました。何を考えていたのか。今となってはわかりませんが、死期が近いことは感じていたのでしょう。でも、早く死にたいとも、もっと生きたいとも言いません。ただ自分が生きてれば、それだけでも息子に力になれる。それなら生きていよう。そんな感じでした。母がもう少し元気に暮らせるなら、保護から抜けて、普通に生活しようと話していたのです。骨折が治ってリハビリをしてる頃、よく二人で話したものです。たいろ～いつも母をからかってました。ラーメン食べたいと言うから、作ってやり、お箸を立てておこうか？などと言っては、泣くほど笑わせてました。</font></p><p><font size="3">２０１４年９月、朝起きたら、母がベッドに倒れ込んでいました。寝る時用の酸素マスクはしていました。いつ記憶を失ったのか。股の間には網掛けの毛糸。みかんの皮。妙な姿勢。「お母さん。お母さん。大丈夫？」声を掛けると「うん」と返事があります。その日はホームに行く日でした。「どうするの？起きないの？」と聞くと「う～ん」と反応があります。変な感じではあるけど、珍しく酔ってしまったのかな？という感じでもあり、正しい姿勢で少し寝かせることにしました。あまりにもおかしいので、ケアマネさんや看護師さんに電話してみました。朝が早いので、どなたも繋がらない。少し経って、ケアマネさんが電話をくれました。声かけして、２度目の反応がないなら意識レベルの低下なので、すぐに救急車を呼んでくださいと言われ、救急搬送してもらいました。たいろ～はいよいよ今日なのか？と不安になりました。病院の先生は主治医ではないため、いろいろな検査をして翌日結果を教えてくれました。完全に脱水症状だと言われました。母の部屋は涼しい場所で汗の心配は少ないのですが、酒のせいかも知れません。母には何度も酒は控えてくれと頼んでいたのですが、母に酒を教えたのは父で、母は酒を飲んでることが供養とも言えたので、毎晩の晩酌は焼酎のお茶割り２杯程度は日課だったのです。それ以外にも水分は取らせていたのですが、後で考えたら、スイカなど果物ばかりを欲しがったり、体の訴えをたいろ～は気づきませんでした。意識を取り戻したとき、母はもうお酒を止めると言いました。さすがに死ぬかと思ったのでしょう。その言葉を口にした時も、おそらく体の異常を強く感じていたのでしょう。そして家に帰りたがってました。しかし、もうすぐ死にそうだと口にしませんでした。先生からもしかしたら２、３日後に亡くなるかも知れませんと聞いた時、たいろ～は処置の方法に不満があったので、処置の方法を変更してもらいました。静脈注射による血液検査をしなくては状態の変化がわからないのですが、これが痛いため、時間を置く必要があったのですが、母は積極的に検査してくれ、状況を知りたがってようでした。検査結果はよいものだったので、これでいい方向に向きそうだとたいろ～と母も安心してました。しかし母は医者の予想通りに逝ってしまいました。苦しまず、本当に眠るときにそのまま逝けました。本人は朝目覚めるつもりだったはずです。とても残念です。でも最後の数年、母は幸せだったのだろうと思います。もしかしたら自分は捨てられるかも知れないという不安から、私はここまで息子に愛されていたとわからせてもらい。本当にうれしくて、浮かれて、ケアマネさんたちに調子に乗っていろんなことを話して、よくたいろ～に怒られていました。それほど饒舌になるほど、最後は楽しかったのです。幸せだったのです。たいろ～にはそれがわかっています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">でも、ありがとう、お母さん。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そして、お疲れ様でした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">いっぱい苦しい思いをして、泣き言を言っても仕方ない。あるがままを受け入れて、自分らしく生きていくことをたいろ～はあなたから学びました。</font></p><p><font size="3">どうせ人間は生きるしかない。人生は快適な場所とは言えないかもしれない。地上は楽園ではないかもしれない。しかし、どれほど苦しい状況下にあっても、家族が思い合っていれば、それで十分。自分のことを一人でも気にかけてくれるなら、それで十分なんだよってことを教えられました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ありがとうございました。</font></p><p><br></p><p><font size="3"><br></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/shingo-hao/entry-12010693816.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Apr 2015 21:46:00 +0900</pubDate>
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<title>私の親父</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">私自身が彼らを忘れたくないので、記憶に残るエピソードを書き残すことにします。</font></p><p><font size="3">読んでくださってる方には、どうでもよい話かと思います。私的な話なので飛ばしてくださっても構いませんよ～。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">たいろ～のお父さんは山口の長門市の隣・・辺りの漁村の生まれです。</font></p><p><font size="3">むか～～しから良家だったそうです。</font></p><p><font size="3">親父いわく、吉田松陰の末裔だからだ～なんて言ってましたが、吉田松陰は萩市の吉田家の養子です。萩市と長門市は隣だから、どこかで繋がってるかも知れません。うちの家も学校の代わりをしていたこともあったそうですから、あり得ないことではないかもです。</font></p><p><font size="3">そんなにいい家柄なら、何か残っててもと思うのですが、爺さんの代に日本初の底引き網をやったらしく、当時は儲かったらしいのですが、優しい性格が災いして、いくつかの保証人になったため、全てを失ったらしいです。</font></p><p><font size="3">そんな頃、昭和９年に父は生まれました。７人兄弟で最後の男の子で下には妹が一人。運動音痴で、兄たちとはちょっと距離を置く存在だったようです。</font></p><p><font size="3">父は頭の良い子供だったらしい。本が好きで本ばかり読んでる少年だったそうです。風呂を炊く時、寒い日も兄たちの代わりに自分が巻をくべに行っていたそうです。</font><font size="3">風呂釜の火で本を読むのが楽しみだったそうです。</font><font size="3">昔はテレビも漫画本もない時代。しかも父が漫画に興味を持ったとしても、第二次世界大戦が始まる頃だったので、物資が届かなかったでしょうし。運動音痴の父は本に興味を持ってもおかしくないのです。</font></p><p><font size="3">戦争中、私の爺様の兄弟に寅壱おじさんと言う方がいて、彼が中国に進軍中、実家に大量の医薬品が届けられたそうです。医療品の内容はほとんど風邪薬だったそうです。詳しくは知りませんが、日本が中国に進軍中、風邪（風邪と言われているが、インフルエンザではなかったかと推測されます）が蔓延しており、日本軍に流行することを恐れたので、大量の薬を中国に送り、中国人民に配ったそうです。ところがこれを良しとしなかった寅壱おじさんたちは、日本で飢えてる家族がいるのに、敵である国民の命を救う努力をするなんてと日本の家族宛に薬を送り返したのでした。父から聞いた話では、寅壱おじさんは風邪薬と偽って、中国人には小麦粉を渡し、残した風邪薬を父の実家に送ったとされてます。父の実家にはその風邪薬とブドウ糖が大量（とはいえ数は知れていると思うが）にあったそうです。</font></p><p><font size="3">まだ幼かった父は、それらが何であるか知らずに触っていたところ、ブドウ糖の入ってるアンプルの瓶の一つの首を折ってしまったのです。これがまずかった・・。父は何だろう？と匂いを嗅いだところ、今までに匂ったことのない甘い香りを感じ、興味本位に指についた液体を舐めてしまったのです。「おお、こりゃ甘い。旨い。」父の本能はその行為を止めれませんでした。最初に開けてしまったブドウ糖のアンプルを１本飲み干したのです。頭の良かった父は、数が無くなればバレると思い、この１本で飲むことを止めたのですが、幼い子供の本能は甘いものの摂取を止めることができず、時折一人でそれを飲んだそうです。これを父の兄の一人が見つけたから、さあ大変。男５人が毎日１本ずつ。あっという間に飲み干してしまったそうです。</font></p><p><font size="3">爺さんが保証人ならなかったら、父がブドウ糖を見つけなければ・・</font></p><p><font size="3">たいろ～は今頃、どこかのおぼっちゃまだったに違いないのです。</font></p><p><font size="3">ばかやろ～～～～～～～！！！！</font></p><p><font size="3">まあ、許してやるとするか・・。<br></font><font size="3">父の家は落ちぶれている上に、日本が戦争を経験したことから、経済的に豊かとは言えず、東大でも行けると学校の先生からお墨付きをもらいながらも、大学への進学は難しい状況だったのです。どなたかの進言で、坊さんになれば、京都の大学には行けると聞き、お世話になってる住職に相談。それは私もお世話になった長門市青海島（おうみじま）の西圓寺のご住職でした。このお寺は代々出家僧で継がれてきた日本では珍しい由緒あるお寺でした。（おそらくたいろ～がそこの最後の出家僧かも？後ろがいることを望みますが、今の住職は出家僧ではないはず）出家して坊主になると言うことで、浄土宗から学費を支援してもらい。</font><font size="3">お寺のお手伝いをすることで、生活費を賄って、何とか大学に進学したそうです。</font></p><p><font size="3">京都に出てきた父は、すべてが夢の世界。漁師町生まれの父にとって、京都は大都市以外の何ものでもなく、どうやら悪いことを覚えて行ったようです。</font></p><p><font size="3">父がなぜ母に出会ったのか、詳しく知りませんが、父は京都の夜の街で母に出会ったようです。写真を見る限り、母はかなりの美人さんでし「た」（過去形ね）。どのようなお付き合いだったかは具体的に聞いた記憶はありません。母は卵管破裂と子宮筋腫から出産のできる体ではないからと結婚を断ったそうですが、それでも父は母の身の上を聞いて、自分がこの人を幸せにしてあげれるならばと思ったようです。</font></p><p><font size="3">しかし、父の家はむか～～～し良かったと言う家柄、母との結婚をなかなか認めてもらえなかったようです。最近、父と母の年金について調べたところ、たいろ～は両親の入籍した日にちを知りました。それはたいろ～の生まれた年の生まれる少し前の父の誕生日でした。まさにたいろ～が生まれる１ヶ月ほど前に入籍となったわけですから、どうにもおろせなくなるまで、父が抵抗した様子が戸籍謄本から窺えました。</font></p><p><font size="3">ん？</font><font size="3">卵管破裂や子宮筋腫の状態で産んだのか？</font></p><p><font size="3">そうなんです。</font></p><p><font size="3">母親は、自分が死んでも父親の子を産みたいと願ったのです。</font></p><p><font size="3">母親にとっては、結婚のことはどっちでも良かった。優しい父の子供を産むことができて、父のそばに少しでも長くいれればそれで良かったのです。</font></p><p><font size="3">美人の母親にそうまでされて、ブ男の父が頑張らない訳がないです。</font></p><p><font size="3">そして、入籍を認められ、出産に至ったと言う状態でした。</font></p><p><font size="3">その頃の父はお寺に奉公してるような状態で金もなく、最初は西成辺りに住んだようです。西成と言えば、日本でも最低の地域です。ビジネスホテルのフロントは鉄格子で覆われ、鉄格子越しに「いらっしゃいませ」と言う地域です。街の靴屋さんでは、安全靴右側２５cmを売ってたりします。どこで仕入れたのやら・・。そんな街ですが、今でも家賃が異常に安い。昔からそういう場所だったようで、母親がここは早く出ようと言うので、父は住込みできる就職先を探したようでした。この辺りも記憶が定かではありませんが、タクシーの運転手をやったりしたそうです。年金の記録でもそうなってました。私の記憶によれば、服部緑地（豊中市）にも住んだことがあったようですが、記録では塚本（大阪市西淀川区）辺りで働いてたようです。職を転々としながら、母が住込みのキャディをしながら、父が経理の仕事を一緒にできるゴルフ場を見つけたころには、たいろ～は２、３歳位になってました。その場所で私は大やけどを負い、正直死ぬかと思うほどの事件があったのです。母の必死の看護のおかげで、たいろ～は死ぬことはなかったのですが、実はその時に臨死体験をしているので、たいろ～はその時のことを覚えているのです。この頃から私にも記憶があるので、想像ではなく実際の出来事を書いて行けます。</font></p><p><font size="3">たいろ～の記憶が残る年になる頃、父は神戸市の建設会社で経理をしていました。おそらく母と結婚してから後に簿記を覚え、経理の勉強をしたようです。</font></p><p><font size="3">父の建設会社は神戸市の土建屋さんでした。たいろ～が小学生になる頃、そこの社長の住んでた家に住まわせてもらってたので、父への待遇の良さが窺われます。たいろ～が３年生になる頃、自社ビルを建て、自分たちが建てたマンションの１室を与えてもらい、そこが西宮球場（今は無いけど、昔阪急のホームグラウンドだった）に近かったことから、会社が年間契約したボックス席を自由に使わせてもらい、地域の役員にもなってたので、ちょっとした名士気取りで生活していました。父の会社が地方にも出向いていて、鳥取県米子市の営業所を任された時、父は単身赴任を初めて経験しました。たいろ～的にはあの人に一人で生活できるのだろうか？と心配したけど、借りた部屋はそこそこ綺麗に片付けられてた。さすが元坊主。でも調理をした形跡はあまり感じられなかった。その辺は大人の力で外食してたようです。儲かってたんでしょうね。</font></p><p><font size="3">たいろ～の弟は連れて行ってもらった寿司屋で海老だけを十数皿食べたそうで、寿司屋の大将に海老のお兄ちゃんと呼ばれてたけど、安い寿司屋でもなかったので、父は痛がってましたね～ww</font></p><p><font size="3">しかし、この頃たいろ～は父の顔をあまり見ないことと反抗期？から父との会話が少なく、たいろ～は不良でもなかったけど父のように本や勉強が好きってことはなかったので、父と自分は違うから同じ生き方はできないな～と思っていたのです。</font></p><p><font size="3">たいろ～が大学３回生の時、残念なことに父の勤めてた会社が倒産してしまったのです。父を可愛がってくれた社長は父に対してだけは退職金を用意してくれてました。そのお金で父と母はお店を出すことを計画しました。その計画書にはお客が３回転すると計算されてました。たいろ～はさすがにそれは無理と思い。あまり口を開かないけど、そこだけは父に進言したのです。でも、父はそれを聞き入れませんでした。父はたいろ～を信じなかった。自分を信じたのです。開店後、最初は３回転弱してたはずですが、母にコスト管理などできるはずもなく、３回転では足らない状況になり、父はアルバイトで警備会社に行くようになりました。この頃の父はかなり荒れていました。生活がしんどい状況だったのでしょう。仕事先でも、今まで自分が使う側だった人間に命令されたり、こんなはずじゃなかったと言う思いがあったかと思います。東大行けてたら、東大出の警備員なんて、おそらく居ないはずですからね。プライドをへし折られて、ボロボロだったのでしょう。そんな頃、たいろ～と大喧嘩。たいろ～は父が酒に溺れて、店で荒れてる姿を晒していることに腹を立ててたのです。当時は父の心情を察することができなかった。そこでお互いに首を絞め合う大喧嘩になったのです。それからしばらく父は大人しくなりました。母の仕事場に父が来ることはなく、たいろ～とも口を利きませんでした。ある日のことです。父がたいろ～に「シンゴ、お前に頼みがあるんやけどな～」と言い出しました。父が警備している現場で、もう一つ仕事を取れたそうです。現場の隊員さんが営業もするとなれば、今の警備会社の社長が評価してくれるかも？と思ったからでしょうか。現場で監督さんと話して、もう一物件をもらってきたのです。ところが会社の人員が足らず、父がでかい顔をしてくるのをいい気しない人たちが努力もしなかったので、仕方なく？これを機に？たいろ～に頼んだのです。たいろ～は理由も聞かずに「いいよ」って答えました。それから１年もしない内に両親の店は赤字経営のために廃業になりました。退職金がパーになっただけです。全く・・・。母も警備をしてましたが、昔の友人を頼り、深夜のお好み焼きやで働かせてもらいだしました。その頃父は警備会社の本社で所長をやるようになり、たいろ～がその部下になってました。そしてたいろ～はその警備会社の別の営業所の所長を任されることになり、その営業所の稼働を前年の２００％UPを達成してやったのです。これには父も大喜びで植樹ならぬ大きな観葉植物を営業所に送ってきたことを覚えています。</font></p><p><font size="3">裕福とは言えませんが、自分の息子に何かしらの才能があり、自分にすらできないようなことをやってのけることを誇らしく思ってくれたことでしょう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ど～～ん！！！ごごごごごごごごーーーーーーー！！！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">こんな感じの音でした。</font></p><p><font size="3">阪神大震災がたいろ～たちを襲いました。</font></p><p><font size="3">たいろ～は父たちとは違う場所に住んでいたので、大きな被害を免れましたが、父はその時に亡くなってしまいました。母と弟はそばにいながらも、瓦礫の中で身動きが取れず、父からの反応が無くなるのを感じたそうです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">地震のあった年、正月をたいろ～の家の方に来て、家族で過ごし、別れ際に父がたいろ～に「頑張れよ。なっ。頑張れよ。」と声をかけているのに、たいろ～は父の方を見ずに背中で応えていたことが、今でも悔やまれます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ありがとうございました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/shingo-hao/entry-12001398861.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Mar 2015 12:04:50 +0900</pubDate>
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<title>母逝去</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">１１月４日午前１時１４分</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ついに逝ってしまいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私の母は慢性呼吸不全の状態で肺の活動が弱く酸素の摂取量が少なく、二酸化炭素の排出も弱い状態でした。</font></p><p><font size="3">６年ほど前から症状が悪化し、４年ほど前に覚悟はしなさいと言われてきましたが、なんとかここまで生きてこれました。</font></p><p><font size="3">９月１５日、朝起きたら母がベッドに妙な体勢で寝ており、返事もそぞろに、寝てるのか意識が無いのか、中途半端ｎ感じで、すぐに救急車とならなかったのですが、介護の人の助言をいただき、救急車で搬送。危険な状態を回避したものの、二酸化炭素を出す力が弱くなっていて、重症患者の病室から出れない状況が続きました。</font></p><p><font size="3">ここ数日にも危険と言われたのですが、私も母もそう感じていなかった。医者に治療の方法を若干変更依頼したところ、よい数値になったので、私は安心していたのですが・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">看護師と言葉を交わした後、寝る時にそのまま心臓も呼吸も止まり</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">母は眠るように逝ってしまいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私は最後に母に喜んでもらえてただろうか？</font></p><p><font size="3">母は向こうで自慢の息子だったと言える生き方をできただろうか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私の母はいろんな不幸に見まわれました。</font></p><p><font size="3">せめて最後くらいと思って、私は母のために生活しました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それでチャラになったとは思わないけど、それでも母を笑わせて</font></p><p><font size="3">母が「ああ、まあよかったかな。楽しかった。」そう思って逝けるようにと努力したつもりです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">でも、それが完全にできただろうか？</font></p><p><font size="3">完璧なんて求めてないと言われても、自分自身が納得できるところまで、本当にやれたのだろうか？</font></p><p><font size="3">まだできたんじゃないのか？</font></p><p><font size="3">そう思うと心残りがあります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">傍から見れば、たいろ～はよくやったよと言ってもらえるだろうと思います。</font></p><p><font size="3">でも、自分の中では、まだやれた。もっとやれた。</font></p><p><font size="3">あれもしてやりたかった。</font></p><p><font size="3">これもしてやりたかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ごめん。お母さん。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そういう気持ちが心に引っかかり、</font></p><p><font size="3">とても残念で寂しくてなりません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">もう一回笑わせてやりたかった。</font></p><p><font size="3">もう一回お話したかった。</font></p><p><font size="3">もう一回・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ここで言っても仕方ないですが</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ありがとうお母さん。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">多くの方々からご声援をいただき</font></p><p><font size="3">そのことを母に話すといつもありがたいなと言っておりました。</font></p><p><font size="3">皆様の温かいお言葉に感謝いたします。</font></p><p><font size="3">母に代わり御礼申し上げます。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/shingo-hao/entry-11948304928.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Nov 2014 04:32:44 +0900</pubDate>
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<title>日本のシステム変えませんか？</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">つまんないことだけど</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ゴミ出し場にいつまでもあるゴミとかあったりしないですか？</font></p><p><font size="3">どこにでもあると思うし、誰もが不快に思ったことあるだろうし</font></p><p><font size="3">何とかしたいもんですよね～</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">きっと大反対されるとは思うんだけど</font></p><p><font size="3">それを防ぐには、監視体制作るしかないよね？</font></p><p><font size="3">罰則はあるようだけど、実際に誰も取り締まらない。</font></p><p><font size="3">結局無責任な人間の勝ち！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">前回、テレビが嫌いと書いたけど</font></p><p><font size="3">誰も反論できないから、テレビを見ない！くらいのささやかな抵抗しかできん。</font></p><p><font size="3">何も考えないで報道した方が勝ち！って</font></p><p><font size="3">如何なものか・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ゴミ出しに戻るけど</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">セコムなんかの専門監視会社を設立。</font></p><p><font size="3">各自治体からまたは行政からお金をいただいて監視する。</font></p><p><font size="3">負担は自治会費や納税でみんなで負担。</font></p><p><font size="3">罰則が設けられてても、監視会社に行くシステムに無いので</font></p><p><font size="3">金銭的な責任は上記の流れになる。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">嫌でしょ？</font></p><p><font size="3">何で真面目にしてるのに負担させられるのよ～ってなるよね？</font></p><p><font size="3">でも、これしかないのです。</font></p><p><font size="3">取り締まり方はどうあれ。</font></p><p><font size="3">負担する羽目になるのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">道路の清掃も建設局がやってますが</font></p><p><font size="3">過剰のゴミを見た事ないですか？</font></p><p><font size="3">何で高速道路の下に錆びた自転車や冷蔵庫が？って</font></p><p><font size="3">あれを処分するのに建設局が負担するわけでしょ？</font></p><p><font size="3">建設局ってことは国または都道府県。</font></p><p><font size="3">敢えて、その為に市県民税を増税します！</font></p><p><font size="3">理由はゴミの不法投棄が多いせいです！と言わないとわからない。</font></p><p><font size="3">政治家もはっきり言ってやればいいんだよね～</font></p><p><font size="3">ただ、増税しますと言えば落選するので、怖くて言えない悪循環。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">台風で風が強いのにウィンドサーフィンやって海上保安庁のお世話になったり</font></p><p><font size="3">高潮だって警報出てるのに防波堤で釣りして消防に来てもらったり</font></p><p><font size="3">写真撮りたさに鉄道を止めてしまう奴とか</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">自分で招いた事故に対してまで</font></p><p><font size="3">国民全員の税金で賄う必要があるのだろうか？</font></p><p><font size="3">個人に費用を支払わせる。</font></p><p><font size="3">その為の保険を作る。</font></p><p><font size="3">保険に入ってなかったらご愁傷様。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">日本人ほど自分の身を自分で守らない人種もいないように思う。</font></p><p><font size="3">自分の安全くらい自分で面倒みないと・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">言われないとわからないの国民性なのに</font></p><p><font size="3">言われることをすごく嫌う。</font></p><p><font size="3">もちろん、たいろ～も言われたくない。</font></p><p><font size="3">でも、悪いなら仕方ない。</font></p><p><font size="3">もちろん理由を持ってそうしてるなら、たいろ～は意見を闘わせる。</font></p><p><font size="3">わからず屋と言われようが</font></p><p><font size="3">そういう理由があってのことだ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しかし、高潮で釣りなんて</font></p><p><font size="3">その時じゃないと釣れない魚がいるわけでも無いだろう。</font></p><p><font size="3">言い訳なんかできないと思うから</font></p><p><font size="3">個人の責任は同時に国民の責任になるので</font></p><p><font size="3">悪いことしてる人には注意しないといけない。</font></p><p><font size="3">相手が怖そうな顔しても</font></p><p><font size="3">命まで取りに来ないよ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ということで、近所の暴走族を一人やっちまってもいいですか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/shingo-hao/entry-11941044351.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Oct 2014 11:07:58 +0900</pubDate>
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<title>ホンっトにテレビって嫌い！！</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">神戸の少女が殺害された話だけど・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">バラバラにされてたとか</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">袋が６つに分けられてあったとか</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どこの部分が見つからないとか</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんな話、私らが知りたい情報なの？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あなたは知りたいですか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">新しい情報を得ることが報道マンの努めではあるとは思う。</font></p><p><font size="3">でも、ずれてない？</font></p><p><font size="3">彼女がどのようにされたかなんて、知りたくない。</font></p><p><font size="3">まだ幼い少女が悲惨な目に遭ったということだけで十分です。</font></p><p><font size="3">袋が６つ放置されてたというだけで、普通の人には、それがバラバラなのだなと想像できるものだ。</font></p><p><font size="3">それすら、日本人はわからないのか？</font></p><p><font size="3">そこまで、はっきりと言われないとわからないのか？</font></p><p><font size="3">確かに何が迷惑ななのかとか。やってはいけないことが何なのか。</font></p><p><font size="3">わかってない人が多いのは、そういうテレビ局などの情報のせいじゃないのか？</font></p><p><font size="3">もっと頭使おうよ～</font></p><p><font size="3">もっと気づけよ～</font></p><p><font size="3">もっと他人の立場で考えてみようよ～</font></p><p><font size="3">私を攻撃した人達にも言えることだけど</font></p><p><font size="3">全くこちらの立場で考えようともしない。</font></p><p><font size="3">都合のいいところで、そこはわからないと逃げる。</font></p><p><font size="3">自分の言いたいことは曲げない。</font></p><p><font size="3">いや、曲げられないから、認めない。</font></p><p><font size="3">こんな頑固だから、テレビ局の報道マンのようなエゴイストだらけになっちゃうんだぞ。</font></p><p><font size="3">想像力の欠如は日本人と人類を危険晒すと思うぞ～</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">とにかく、あそこまで具体的に報道する意味があったのか？</font></p><p><font size="3">親は犯人とテレビに娘を２度３度と殺されたようなもの。</font></p><p><font size="3">日本のテレビなんか見たくもない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">誰々がどこどこでこんなことをしました。</font></p><p><font size="3">悪いことばかりを報道するけど、それって必要なの？</font></p><p><font size="3">次の悪巧みをする人はそれを越えようとする。</font></p><p><font size="3">悪循環なんじゃないの？</font></p><p><font size="3">テレビの報道に正義と正しさはあるの？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">たいろ～は日本の報道が大嫌いだ～～～～～～！</font></p><p><font size="3">そういえば、最近サッカー日本代表の試合しかテレビを見なくなった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">wwwwwwww</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/shingo-hao/entry-11938365542.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Oct 2014 11:13:27 +0900</pubDate>
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<title>アバターも霊の知識の気がしてきた</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">アバターって映画あったけど</font></p><p><font size="3">アバターって、ネットの世界の話ではなく、実際に開発されるんですね？</font></p><p><font size="3">２０年くらいで可能になるそうです。</font></p><p><font size="3">すでにアメリカでは、その研究が進んでいるそうです。</font></p><p><font size="3">たとえば、あなたが遊園地で遊んでいるとします。</font></p><p><font size="3">しかし、遊んでいるのはあなたのクローンで、そのクローンまたはサイボーグの感じている感覚をあなたは家の椅子に座ったまま感じることができるのです。</font></p><p><font size="3">言ってることわかりますか？</font></p><p><font size="3">もう一人のあなたがあなたの代わりに生活する。</font></p><p><font size="3">もう一人のあなたがあなたの代わりに生きることができるのです。</font></p><p><font size="3">これは面白いことだと思うのですが、これを利用して不老不死になろうと言う計画があります。</font></p><p><font size="3">四肢や身体が使えなくなっても、脳だけなら３００年ほど生きることが可能だそうです。</font></p><p><font size="3">先の技術を使えば、脳さえあれば、代わりのあなたを作り、あなたの寿命は現在の３倍生きながらえることができるそうです。</font></p><p><font size="3">そして、その肉体は常に美しくたくましくたもつことができるでしょう。</font></p><p><font size="3">脳の感覚を電子化すれば、あなたの考えやあなたの感じることは、今より多くの情報を手に入れることが可能になるでしょう。</font></p><p><font size="3">それらが手に入れる時代がそこまで来たようです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あなたはどう思いますか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">たいろ～が思うのは、あなたの魂はあなたのどこにありますか？</font></p><p><font size="3">脳だけ残れば、それはあなたなのですか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">魂は脳にあるわけではありません。</font></p><p><font size="3">これは間違いないでしょう。</font></p><p><font size="3">実際、心臓などの移植手術を受けた人が、移植された人の記憶を思い出すことがあるそうです。</font></p><p><font size="3">これは魂で記憶していることまで移植してしまうからなのです。</font></p><p><font size="3">魂が記憶なんかする？と思われるでしょうけど、実際魂は記憶します。</font></p><p><font size="3">人間がゴキブリやカラスを嫌うのも、その一つだとたいろ～は思います。</font></p><p><font size="3">前世であなたの朽ちた体をむしばむ、ゴキブリやウジ、カラスをあなたは霊になって、それを見ていたのです。</font></p><p><font size="3">だから、ゴキブリやカラスを異常に嫌ってしまう。</font></p><p><font size="3">本来なら、地球やすべての生命のために、そうしてくれることは良いことなのに、自分の体を食う奴には、なかなか好意を持てない。</font></p><p><font size="3">当然の話です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">また、たいろ～の大先生は記憶できない障害を持ちながら、お母さんの頼みや言いつけを不思議と忘れずに実行できた。</font></p><p><font size="3">やはり、魂と言う記憶装置を使っていたからだろうと思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">さて、脳以外に記憶する魂があり、魂は脳だけあるものではない。</font></p><p><font size="3">アメリカの人は脳こそ魂の所在と思ってる節があるので、脳さえあれば自己が保てると思ってるようですが、これは危険じゃないだろうか。</font></p><p><font size="3">どんな言い訳されても、単純に自分を長生きさせたい。</font></p><p><font size="3">不老不死を手に入れたい。</font></p><p><font size="3">そんな欲求だけで、あなたの魂をあなたの意志で分離しても大丈夫なのでしょうか？</font></p><p><font size="3">魂を半分以上失ったあなたの分身、あなた自身はあなただえけを進化させることはできるでしょう。</font></p><p><font size="3">しかし、残された魂でそれを人類の進化に結び付けられるのでしょうか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それにね。</font></p><p><font size="3">先に朽ちたあなたの体の方の魂は、霊界であなたの体を象る時、あなたの頭を作れるのでしょうか？</font></p><p><font size="3">あなたの幽霊が現れた時、あなたは世界初頭部の無い幽霊となるのではないでしょう？</font></p><p><font size="3">それは異常に気持ち悪い現象に感じられます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">不老不死も長生きも悪いことじゃない。</font></p><p><font size="3">でも、あなたの魂をあなたの意志で分離させることは、やっぱりよくないこと思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">で、なぜアバターが霊の知識かと言うと</font></p><p><font size="3">電話やツイッターなどは霊の伝達する姿から霊同志は思ったことを隠すことができず、お互いの意思や考えをダイレクトに伝えてしまう。そういう一体化を迎える。電話やメール、ツイッターなどはそれの訓練のようなアイテムだと思われます。</font></p><p><font size="3">アバターは霊であれば、思ったところに行けます。霊には時間の観念がありません。アバターがあれば、人間にも時間の観念がなくなり、意識の数値化により、宇宙船にあなたの意識だけをつなぎ、どこまでも深宇宙を覗くことができるようになって行く。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">人間が生きたまま霊と同じことをできてしまったら、どうなるんでしょうね？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まずは嘘や隠し事できない技術を身に着けた方がいいんだけどね。</font></p><p><font size="3">捕鯨反対！（動物性タンパク質はオージービーフで摂りなさい！）</font></p><p><font size="3">とかね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">でも捕鯨やイルカを食べる文化は守るべきとは思ってない。</font></p><p><font size="3">もし、あの中国人たちがあの味を覚えたら、一瞬でクジラは地球上から消えてしまうだろうからね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><br><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"></font></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/shingo-hao/entry-11926010749.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Sep 2014 00:25:44 +0900</pubDate>
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<title>母危篤？</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">ご存知の方もいらしゃるので、ご報告</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">９月１５日朝、何度起こしても母が起きなくなりました。</font></p><p><font size="3">反応はします。</font></p><p><font size="3">返事も弱々しいがあります。</font></p><p><font size="3">酔ってる？</font></p><p><font size="3">眠いだけ？</font></p><p><font size="3">まともに寝てる状態なら見過ごしていたかもしれません。</font></p><p><font size="3">寝てる姿に違和感があり、どうして引っ掛かる。</font></p><p><font size="3">ベッドに腰掛けたまま倒れた込むような感じで</font></p><p><font size="3">片足がベッドが垂れ下がっていて</font></p><p><font size="3">股の間に食べようとしていたみかんが落ちていて</font></p><p><font size="3">編み物を途中で断念したように傍らに放置してある。</font></p><p><font size="3">この状態で返事が弱々しいなら</font></p><p><font size="3">そく救急車なのですが</font></p><p><font size="3">倒れ込んだ後でマスクをしてる。</font></p><p><font size="3">うちの母親は呼吸器系の障害を持っているので</font></p><p><font size="3">寝るときは加圧用のマスクを着用するのですが</font></p><p><font size="3">みかんを落としながらも、マスクは着用しているのです。</font></p><p><font size="3">意識朦朧としていたのか？</font></p><p><font size="3">ただ急激に眠気が来たのか？</font></p><p><font size="3">判断がつかない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">朝６時から何度か声をかけるのですが目覚めない。</font></p><p><font size="3">返事はあるものの動かない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どうしたものやら・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">いつも来てくれてる看護師さんに電話をしたが</font></p><p><font size="3">休みだし、早朝だし</font></p><p><font size="3">捕まらない</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">９時を待ってケアマネに相談</font></p><p><font size="3">右手動かせますかと聞いてみてと言われたので母に伝えたら右手を動かした。</font></p><p><font size="3">左手は？と言われたので伝えたが反応が消えた。</font></p><p><font size="3">これで、即救急車をとことだったので手配した。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">病院に到着</font></p><p><font size="3">しばらくして、脈拍１２５だったのが１１０に下がり</font></p><p><font size="3">心臓への負担が軽減されたようだった。</font></p><p><font size="3">安心。安心。</font></p><p><font size="3">３時間ほどしたら、声掛けに笑うようになった。</font></p><p><font size="3">何を言ったかって？</font></p><p><font size="3">先に逝ったたいろ～の大先生が迎えに来てるか？と母に訪ねたのです。</font></p><p><font size="3">まだ逝かんわ！と言わんばかりに笑っていたので</font></p><p><font size="3">一旦帰宅へ</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">緊急だったので、しばらく滞在できる準備を整え再度病院へ</font></p><p><font size="3">この時点で午後４時</font></p><p><font size="3">疲れるわ～</font></p><p><font size="3">てか、たいろ～も風邪なんで、若干意識が飛びそうな感じ</font></p><p><font size="3">頭が朦朧としつつあります。</font></p><p><font size="3">早く、横になりたい・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">全てが終わって、安心して帰宅</font></p><p><font size="3">とりあえず、すぐじゃないだろう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しか～～～し</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">夜中の１６日夜中の午前２時に電話</font></p><p><font size="3">酸素濃度が上がらないので、集中治療室に入ります。ご家族の方に来てもらいたい。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ママママママジですか？</font></p><p><font size="3">いよいよか～？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">とりあえず、病院に向かい</font></p><p><font size="3">当直医の先生の話を聞いた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どうやら酸素の加圧用の装置を落としたようだ。</font></p><p><font size="3">医療ミスじゃねえか！</font></p><p><font size="3">でも、そのことははっきり言わない。</font></p><p><font size="3">そのせいで危篤状態になったとは言わない。</font></p><p><font size="3">うむむむむ</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">とりあえず、現段階では酸素濃度もあるし、容態は安定してるように見える。</font></p><p><font size="3">大丈夫だろう。</font></p><p><font size="3">酸素濃度が上がらなかったのは体調のせいではなく、機械の故障かも知れない。</font></p><p><font size="3">先生も機械の故障が疑われるので、機械の点検を依頼してください。今後もお使いになるので、異常があっては困ると思いますので・・</font></p><p><font size="3">何で故障するんだよ～～～！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">でも、手抜きが怖いので、そうですか。わかりました。</font></p><p><font size="3">母をよろしくお願いしますと帰宅。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">一時、呼吸器不全と心不全の状態に肺も心臓もギリギリ</font></p><p><font size="3">何かあれば、それが引き金で死んじゃう。</font></p><p><font size="3">最近、風邪気味だったから、母に近づかなかったので</font></p><p><font size="3">ここまで、容態の悪いことはわかっていなかった。</font></p><p><font size="3">風邪を移して、肺炎になったら１００％アウト！</font></p><p><font size="3">ちょっとおかしい感じはあったんだよね。</font></p><p><font size="3">気を引き締めなければ・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ICUに入っているものの、今すぐどうこうってことはなさそうだ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">機械落としたら落としましたからとか言えよな～</font></p><p><font size="3">全く・・・・</font></p>
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<pubDate>Tue, 16 Sep 2014 03:35:21 +0900</pubDate>
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<title>怨霊は敵ですか？味方ですか？</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">まだまだ、お日様の光が暑いね～</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そうそう、どんな霊能者も言うのですが、</font></p><p><font size="3">悪い霊が引っ張るって言いますよね？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それって悪い霊なの？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">だってさ、向こうの世界の方が素晴らしいんでしょ？</font></p><p><font size="3">あっちはとてもいいところなんでしょ？</font></p><p><font size="3">どうせ死んだところで、自分の思念や心はこの世にとどまるんでしょ？</font></p><p><font size="3">だったら早く逝けて丁度いいんじゃないの？</font></p><p><font size="3">悪い霊さん、いらっしゃ～～～いってなるんじゃないの？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どう思う？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それこそ自殺も大歓迎なんじゃないのか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">すでにこれに関しては書いたけど、</font></p><p><font size="3">たいろ～もあなたも学ぶべきことがあって、それを学ばずに向こうに行っても辛いだけです。</font></p><p><font size="3">学んだあとの人はいいのか？と問われるとそういう人ほど早く亡くなる。</font></p><p><font size="3">美人薄明と言いますか。</font></p><p><font size="3">この世に生まれた時点で能力を持ってる人は、すでに死んだ人との交信により、いろいろな知識を得てます。向こうのこともわかっています。</font></p><p><font size="3">そして、この世とあの世の人々を救いまくっています。</font></p><p><font size="3">エネルギーを早く消費するためか、そういう人ほど早く亡くなるような気がします。</font></p><p><font size="3">そういう人は自殺はしませんよ。</font></p><p><font size="3">だって、やることをわかってるのですから。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">知識も学ぶことも無い人が怨霊に引き寄せられたとしましょう。</font></p><p><font size="3">そういう人は良いところに引き寄せられて行かないのではないでしょうか？</font></p><p><font size="3">ただ、霊がそこに一人でいるのは嫌だな～と思い。誘っているのでしょうから、よい世界からの誘いではないのでしょうね。</font></p><p><font size="3">また、知識も無い人なら本来自分が行くべき場所も見つけられない。</font></p><p><font size="3">その人の守護霊さんもなかなか救いに行けない。</font></p><p><font size="3">完全に地縛霊コースのような感じですね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">たとえば、学校でいじめられて、いじめられて、生きる気力をなくす人がいます。</font></p><p><font size="3">散々に苦しんだのだから、もういいじゃないかとも思えるのですが、だからこそ人類に痕跡を残して、人類をただし方向へ導かなければならないのでしょうか。どこまで苦しませるんだ～と思うでしょうけど、人類は体も心も進化しなければなりません。いじめられる人も人類の大事な財産です。いじめられるのがどれほど辛いことなのかを訴える必要があります。もし、あなたがそうであるならば、あなたで止まることを望んで欲しいものです。あなたが居なくなれば、他の誰かが、そして世代が変わってもいじめは残る。今の世代でいじめをなくさなければならないのではないでしょうか？</font></p><p><font size="3">簡単なことではありませんが、それほど重たい責任を背負い、それを成し遂げた方は人類の英雄であると私は思います。ほぼ神と呼ばれるのに値する人格を得るでしょう。願わくば、そういう人が一人でも増えて行くことに期待を持っています。</font></p><p><font size="3">ちなみに、私もいじめられましたよ。</font></p><p><font size="3">引っ越しが多かったので、転校初日に帽子が無くなり、日記が無くなり、顔を腫らしていたそうです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どんな人も簡単に死を選んではなりません。</font></p><p><font size="3">人それぞれに使命があり、一人一人の心の進化が人類の進化につながりますから、これを遮ることは正しいとは言えない。</font></p><p><font size="3">今のスピリチュアルブームを良いとは言えませんが、興味を持つのはいいことでしょう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どこかで書きましたが、言葉の通じない宇宙人に遭ったからとすぐにドンパチを始める生物であってはならない。ドンパチがダメとは言わないが、それにより残骸が飛散し、いつかどこかの生命体に迷惑なゴミを届けることになる。無用なゴミと危険な物質をまき散らすような生物であれば、我々は宇宙に駆除されます。そうならない人類になるように心の進化も遂げなくてはならないはず、それぞれがその進化を目指さなくてはならないだろうと思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">だから、どんな人生も克服して、それを誰かに伝え、進化の材料にする。</font></p><p><font size="3">進化と言うエネルギーになることで、あなたの生きた証となると思います。</font></p><p><font size="3">今すぐ、この世で誰かに必要されなくて、あなたの思いは財産になります。</font></p><p><font size="3">どうか怨霊に引き込まれないように強い心を持っていただきたい。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ともに頑張りましょう～</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/shingo-hao/entry-11923804319.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Sep 2014 13:26:26 +0900</pubDate>
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<title>JAPANESE GOD</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3"><font size="3">最近、本やとか図書館とかで精神論だとか量子学とか</font></font></p><p><font size="3">興味あるものは読んでみてたけど</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">不思議ですよね～</font></p><p><font size="3">あれだけ本嫌いだったたいろ～が本なんてね～</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">実は最近ある方のブログにはまってます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">全ての話に納得させられると言うか。</font></p><p><font size="3">そうだなと感じさせられるのです。</font></p><p><font size="3">その方はおそらく占い師で霊能力も持ち合わせていらっしゃるのだと思います。</font></p><p><font size="3">基本は古神道のようです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">彼は（たぶん彼だと思います）</font></p><p><font size="3">神様はそこらじゅうにいると言います。</font></p><p><font size="3">そして、神様は今でも日本の民を愛し、守ってくれてると言ってました。</font></p><p><font size="3">その神のほとんどは日本で何かをやり、尊敬または恐れられて神として祀られたと言ってます。</font></p><p><font size="3">となると、基本は人間でその念が今でも残っている。そしてその人に使える人もそのまま神社などに残っていることになります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">はて？</font></p><p><font size="3">一体化とやらはどこに行ったのだろう？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ここで、気が付いたのですが</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">スピリチャリズムの原点と言えるシルバーバーチの言葉は神の言葉とは思えなかった。</font></p><p><font size="3">もちろん、元よりレッドインディアンのシャーマンの伝えてる言葉なのですが、神の代弁のように言ってますが、何か足らない。</font></p><p><font size="3">それで思ったのが、レッドインディアンのシャーマンが感じてた世界を伝えているだけに過ぎないのではないだろうか。もちろん、かなり高度？な話を伝え残しているのですが、それもシャーマン本人ではなく、シャーマンの言葉を伝えて、魔女狩りに遭った方がその時に現れていたのではないだろうかと思ったのです。</font></p><p><font size="3">対キリストを煽ってる感じがどうも気に入らないので、宗教色を抜いたところだけ勉強させていただきましたが、私の知識と合致しないこともあったので、全部が全部正しいと受け入れられない。</font></p><p><font size="3">ただ、魂の一体化。宇宙のエネルギーとなるであろうことは、何となく想像できる。</font></p><p><font size="3">しかし、日本の神やシルバーバーチのように人類に影響を与えて導こうとか守ろうとかする思念が残ることも否定できない。</font></p><p><font size="3">となると、神またはその僕になるものとそうでないものがいるということになる。</font></p><p><font size="3">そして、一体化して宇宙の一部になる魂とそこに居づらくてもう一度人間をやる魂も出てくる。</font></p><p><font size="3">たいろ～の小さな大先生などは神として魂を残されることでしょう。実際にそう感じることもあるので、そうであって欲しいものですが、神になれるのはホンの一握り。キリスト教でも言いますが、無償の愛を施せる人間でなければ、神にはなれません。何百年、何千年も人々を助け応援するのですから、しかも見返りはお正月の１００円や１０円でですよ？やってられませんよね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">たいろ～の小さい神様は、その辺で遊んでいます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">たまにとてつもないインスピレーションを頭の中？心に残して行きます。</font></p><p><font size="3">とても自分では想像もつかない言葉を残して行きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まさか、初盆で日本の各地で彼のために供えられた供物を見て、まるでパーティーみたいだなんて、普通は言わないですよね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">もう一つ余談ですが、うちの大先生が霊視をしたとき、ある人のレオパレスの近くに同じ形のレオパレスがあり、そこにいい人住んでると言うのです。</font></p><p><font size="3">いい人？</font></p><p><font size="3">うん、神様住んでるよ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この神様は祀られてたかどうかわかりませんが、何気ないところにも神様が住んでいらっしゃるのだと実感させられました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">日本で亡くなって、日本やみんなのことを思う心のある人であれば、神様になれるのかも知れません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">小さい影響力でも、神様になれる人は日本にまだまだおられるはずです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あなたは死後に神様を目指しますか？</font></p><p><font size="3">それとも、みんなとゆっくり過ごしたいですか？</font></p><p><font size="3">それとも、もう一度人間をやりたいですか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">人間をやりたいと言ってる人は・・・・たいろ～の気持ちをわかっていただけないでしょうね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<pubDate>Thu, 11 Sep 2014 22:32:38 +0900</pubDate>
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<title>愛</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">人の体こそが一つの宇宙かも？って話を書いたけど</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">もし、みんながそれぞれ宇宙だったとしたら</font></p><p><font size="3">愛の結晶の赤ちゃんの誕生は凄いね？</font></p><p><font size="3">宇宙と宇宙が交じりあってできるのですから</font></p><p><font size="3">どこがビッグバーンになるんだろう？</font></p><p><font size="3">（よからぬことを考えてしまった）</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">宇宙ってさ、終わりがあると思われたけど、近代の電波望遠鏡などで調べてみると何億光年先にあったものが、次に計測するともっと遠くに行ってるんだって。</font></p><p><font size="3">宇宙の膨張はとてつもなく早く、もうすぐ終わりが来るみたいな考えもあったけど、この膨張の勢いはまだまだ成長中だろうってことで、当面終わりはないと結論づけられているそうです。</font></p><p><font size="3">で、さっきの話ですが、我々のいる宇宙は誰かの体と考えた時、急激に膨張する部分って・・・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">こら～誰だ！</font></p><p><font size="3">今、変な想像したよね？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">全く～</font></p><p><font size="3">爪かも知れないでしょ？と言いたかったけど</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まあ、男性だった場合、今度急速な収束するようなら、その可能性もあるだろうけど、その時の人類はきっと焦るよね～</font></p><p><font size="3">宇宙が縮まってる～～～～！！</font></p><p><font size="3">もう宇宙は終わりだ～～～！！</font></p><p><font size="3">焦るだろうな・・・</font></p><p><font size="3">たいろ～はきっと果てたな・・・とか思ってるのかもね。</font></p><p><font size="3">（その時生きてれば・・）</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">新しい生命の誕生は、新しい宇宙の誕生でもあるとなる。</font></p><p><font size="3">たくさんの生命体の主となるわけだね。</font></p><p><font size="3">すごいことだ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">一人一人が宇宙を持ってるならば、すべての生命の主。神、大日如来ってことだから責任を負わないといけない。</font></p><p><font size="3">病気などで悪い部分を放置することは、自分の体を傷めるだけではなく、その部分の宇宙に住む生命体を軒並み殺すことになるね？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">こんなことが真実だと証明する方法は無いけど、もしそうだったら・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">たいろ～の体の中に住む人～～～</font></p><p><font size="3">ごめんなさい～～～～～～～</font></p><p><font size="3">早く脱出した方が、みなさんのためですよ～～</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">遅いか・・・・</font></p>
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<pubDate>Fri, 05 Sep 2014 15:31:58 +0900</pubDate>
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