<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>しんいちの読書日記</title>
<link>https://ameblo.jp/shinichit/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/shinichit/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>読書、映画観賞の日記です</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>トゥルーグリット2</title>
<description>
<![CDATA[ <p>『トゥルーグリット』読み終わりました。</p><p>いやぁー感動しました。</p><br><p>結末がジョン・ウエイン主演の1969年版映画とは随分違うんですね～</p><p>ラブーフ死んでないしｗ</p><br><p>作者チャールズ・ポーティスの人生を見つめる眼差しって好きです。</p><p>ゴツゴツとした無骨な表にくるまれた暖かい優しさ。</p><p>例えるならソニー・ロリンズのバラードの様な…</p><br><p>旅の代償としてマティから片腕を奪ったのにはびっくりでした。</p><br><p>旅の後のコグバーンの人生を描いてくれたのは嬉しくもあり切なくもあり。</p><p>割り当てられた紙数が少ないだけに想像が膨らみます。</p><p>無き戦友ポッターの仇を討った友情の暑さ。</p><p>その妻子を引き取って共に暮らした時に感じた想い。</p><p>そして再び旅に出なければならないことを悟った時の失意はいかばかりであったのか。</p><p>（『史記』に登場する廉頗将軍を思い出しました）</p><br><p>コグバーンとの再会に向かうマティの浮きうきとした気持ち、そしてその死を知らされた時の失望、作者の思いのままに胸を揺さぶられてしまいました。</p><p>亡骸を引き取って家の墓地に葬ることにより、彼の魂に安らぎを与えたマティの深い優しさにうたれました。</p><br><p>小説でも映画でも、殆どの場合クライマックスのカタルシスと共に幕を閉じるのだけど、実際には人生は続きます。</p><p>その様子を描いてくれるのは好きです。</p><p>『指輪物語』でも戦争終結後のシャイア村の掃討戦、更にその後の年表が好きです。</p><p>アラゴルンに先立たれたアルウェンの悲しみはどんなだっただろうと想像したりします。</p><p>おっと話がそれちゃった。</p><br><p>いやぁーでも本当に読んでみて良かったなぁと思える本でした。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinichit/entry-10852494041.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Apr 2011 18:05:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>トゥルーグリット1</title>
<description>
<![CDATA[ <p>『トゥルーグリット』を読んでいます。</p><dl><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=15108299" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">トゥルー・グリット (ハヤカワ文庫 NV ホ 16-1)/チャールズ・ポーティス<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F61P8IAvqvwL._SL160_.jpg" border="0" complete="true"></a></dt><dd style="MARGIN: 0px">￥756</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><br><br><br><p>映画館で僕の大好きなジェフ・ブリッジス主演の新作『トゥルーグリット』のポスターを発見。</p><p>家に帰ってどんな映画かと調べたところ、1969年の作品『勇気ある追跡』のリメイクだとか。</p><p>この『勇気ある追跡』数ある西部劇の中でもかなり好きな作品なんですよね～</p><br><p>でも何故？いま？リメイク？</p><p>映画の公式サイトで監督のコーエン兄弟のコメントを確認したところ、理由は原作が面白かったからとのこと。前作映画は子供の頃に観たっきりで、あまり覚えてないって。</p><br><p>ネット上のレビューを幾つか読んでみたところ、今作の方がより原作に忠実とかいてありました。</p><br><p>じゃあ、いったい前作の映画はどこが原作と違うのか？コーエン兄弟にリメイクさせた原作の魅力とは何なのか？ということが気になりだして、読んでみることにしました</p><br><p>昨日まででp239まで読み終えました。</p><p>途中、がまんできずに前作もDVDで見直しました。</p><br><p>前半は映画も原作も殆ど違いが無いですね。　ただ中盤に進むに従って語られるコグバーンの経歴の説明が映画では描かれていません。</p><p>南北戦争で南軍に従軍。しかも正規軍ではなくゲリラ部隊に参加。戦争終結と共に幸福したものの所属部隊が犯した戦争犯罪で重罰に処せられるという噂を聞くや脱走。強盗を働いて生き延びて…という保安官就任までの流れが明かされます。　ここが上手いな～と思ったのだけど、同行者であり戦争体験僅かなラブーフに勝者である北軍の公式見解を語らせることで、普段は心の奥にしまわれたコグバーンの思いが顕わになります。自分は信じるものと生きることの為にやるべきことをやったのであり、非道なこともあったがそれが戦争なんだと。</p><br><p>マティの復讐の旅を描く上では余談と判断されて『勇気ある追跡』では削除されたのでしょうが、このエピソードでコグバーンという人物の魅力がぐっと深まります。戦争体験を胸に秘め懸命に生き続けている男だということ。（前半の裁判で弁護士に非難されたウォートン一家に対する非情な行いの理由もわかります。）</p><br><p>昔のアメリカの西部劇映画を観ていると、元南軍兵士という人物が実に沢山出てきます。いずれも負けたという事実は率直に受け入れ、合衆国政府の決定事項には粛々と従う。しかし故郷を守る為に戦ったという信念は捨てず、共に戦った戦友との絆は何よりも尊重する、そういうエピソードが沢山描かれます。映画界の監督、脚本家、製作会社の重役に南部出身者が多かったのか？そういう物語を観たいと願う需要が多かったのか？アメリカ人にとっての南北戦争の意味って、もっと知りたいテーマの一つです。　（飛躍かも知れませんが日本に置換えると第二次大戦敗戦後の日本人の意識に近いのではないかという気もします。）</p><br><p>コーンブレッドの射撃の場面なんて、物語には全く関係ありませんｗ　でも僕はこの場面が好きです。</p><p>この場面によってコグバーンだけではなくこの物語に登場する男たち皆が、全く別の時代の人間なんだということが描かれている様に思えます。家族を守りお金を貯めることを目的に、夢と理想を描き、そこに至る人生設計を実践していく、そんな現代人とは全く違うメンタリティの持ち主たちなんだということが伺えます。</p><br><p>さて、新作ではこうしたコグバーンの過去や無駄な射撃の場面が描かれているのでしょうか？とても楽しみです。<br><br><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/shinichit/entry-10835100839.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Mar 2011 15:38:10 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
