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<title>ショーシャンクのブログ</title>
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<description>過去の自分は、ダメ男でした。そんな私も今では、ポジティブ人間（笑）【人】により転換できたかなと思います。そんな方々に感謝を込めて…また今、自分に自信が持てない人にも少しでもこのブログが力になればと…私の過去・生い立ちを綴ります（笑）</description>
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<title>私の原点3</title>
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<![CDATA[ 続きです（笑）<br><br>母が、家を出てから親父との3日間の生活が始まりました。。<br><br>第一に覚えている事、それは食事です。チキンライスを作ってくれましたが、ケチャップがないんだな（笑）<br>…真っ白なチキンライス。<br>【父はこれがチキンライスだと言い張ってたな～。ある意味犯罪だ】<br><br>味も全くない、ただ白米を焼いただけ幼き私は、マズイとは言えず口に押し込みました（笑）<br><br>しかも、父との食事は初日だけで、夜も兄と2人でした。<br>【この時は、両方に捨てられたな～と本気で思った（汗）】<br><br>ただ兄が作ってくれたホットケーキが、旨かったのは覚えてる。                  <br><br>相変わらず父は帰って来ない。<br><br>不安いっぱいの生活の中、母が帰って来てくれました（笑）<br>【１度出て行った時は、傷つき許せないと思ったのに…泣きながら抱きついてしまった（笑）】<br><br>六畳間に三畳間、風呂無しの家での出来事だった。。<br><br><br><br>今回のところは、この辺で…
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<link>https://ameblo.jp/shinout/entry-11053278845.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Oct 2011 23:43:52 +0900</pubDate>
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<title>私の原点２</title>
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<![CDATA[ さて前回の続きです…<br><br><br>そんな事もあり、ますます父母の喧嘩は、頻繁に見るようになり母がいつも泣いていました。<br>【当時幼かった私も一緒に泣きじゃくり、怯えていたのを思い出します。（泣）】<br><br>また繰り返し繰り返し喧嘩。。どうやら女関係はもちろん、喫茶店経営による借金が原因だと言う事も幼いながら、理解していました。<br>【まだ小さいからは通用しないんですね（汗）子供にとって一番つらいのが親の喧嘩だな～。】<br><br>ある日、耐えかねた母が家を飛び出し行きました。私の目の前で…泣きながら裸足で追いかけて行ったが思い出されます。その時事をはっきりと覚えてますが、絶望となにかヤバい事になりそうと言う不安でいっぱいでした。<br><br>そこから父と兄と私の3日間のキツイ日々が始まります。（笑）<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinout/entry-11039810267.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2011 16:29:28 +0900</pubDate>
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<title>私の原点</title>
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<![CDATA[ 私は、生まれた時は未熟児でアレルギーだらけで生まれました。<br>【今もアトピー性皮膚炎と日々戦っています（笑）】<br><br>ちょうど私が生まれた時は、父母は喫茶店の経営を始めたばかりで、日々連れって行ってくれたのを覚えています。<br>【今になっても、母がコーヒーにうるさいのもリンクします（笑）父母は希望に満ちてたでしょう。】<br><br>幾年たったかはっきりしませんが、夫婦喧嘩を頻繁に目にするようになりました。…ある日知らない女性が自宅に押しかけ、母と言いあいしている光景がありました。その女性は、母にガラス製の灰皿を投げ付けたのを今でもはっきり覚えています。その時、私は恐怖で固まっていました。<br>泣きじゃくり怯えてる私に、母は泣きながら「ごめんね。ごめんね。」と繰り返しあやまってたの思い出します。<br>【私こそごめんな！あの時何も出来なくて。】<br><br><br>今思うと、生まれて5年位の記憶も年を重ねると共に思い出され、後悔として残るもんなのだなぁと考えます。。<br><br><br>では、続きは後ほど…<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinout/entry-11037909865.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Oct 2011 16:09:42 +0900</pubDate>
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