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<title>NuRiKaBe izm</title>
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<description>たまには立ち止まり考えることも振り返ることも必要ってこと！</description>
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<title>マイノリティ</title>
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<![CDATA[ 最近思うことを書いておこう<div><br></div><div>うちの学校は、マイノリティ(少数派)の子どもたちにスポットを当てた取り組みを進めている。</div><div><br></div><div>友の会や、ハピネスワールド</div><div><br></div><div>これらを形だけにこだわってやっていたら今まで続かなかっただろう</div><div><br></div><div>そこには、すべての子どもを大切にするという信念を持った・・・いや、そんな大層なことでなく、目の前の子どもを大切にするという気持ちを持った教員がおり、地域があり、保護者がいるからこそ、成り立って来た</div><div><br></div><div>その中で、特にすごいのはつぼい先生。利害関係はなく、純粋に子どもに向き合う姿勢や言葉に、子どもが、人が、集まってくる</div><div><br></div><div>その安心感の中に、自分のことを素直に表現できる関係や環境が生まれる</div><div><br></div><div>昔、つぼい先生に偉そうに、「つぼい先生は芯が強いから大丈夫」と言ったことが恥ずかしいくらい、自分もあんな関わりかたができたらと憧れている。</div><div><br></div><div><br></div><div>周りにはすごい先生が多いな(^^)</div><div>自分も頑張ろう！</div><div>以上！</div>
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<pubDate>Mon, 21 Mar 2016 11:21:34 +0900</pubDate>
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<title>突っ走りすぎるな もう一度見つめ直せ</title>
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<![CDATA[ 何も事がないと、なかなか自分を見つめ直す事ができない<div><br></div><div>今回は自分のあかんとこが浮き彫りになりました</div><div><br></div><div>背けたくなるけれど、立場上それを突きつけられ</div><div><br></div><div>逃げられない</div><div><br></div><div>認めざるをえない</div><div><br></div><div><br></div><div>でも開き直ってもいけない</div><div><br></div><div><br></div><div>めざすべきものをしっかりと持ち、真摯に考え、行動しないと</div><div><br></div><div><br></div><div>自分のプライドは捨てよう</div><div><br></div><div>どう思われてもいい</div><div><div id="{751BDFBF-4511-44AC-938D-A4E7DF919115:01}" style="text-align:left"><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160214/16/shinyatashiro/7d/c1/j/o0443033213566987440.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160214/16/shinyatashiro/7d/c1/j/o0443033213566987440.jpg" border="0" width="400" height="299" alt="{751BDFBF-4511-44AC-938D-A4E7DF919115:01}"></a></div></div><br><br></div><div><br></div><div>めざすべきものだけを見つめよう</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 14 Feb 2016 15:59:41 +0900</pubDate>
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<title>揺れることも含めてすべて教育環境</title>
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<![CDATA[ 逃げてはだめやんな<br><br>向き合わないと<br><br>前を向かないと<br><br><br><br>自分の立場と自分の性格に悩んでいます<br><br>迷った時の確認事項<br><br>自分の志<br><br>「良い学校にしたい」<br><br>通ってよかった、勤めていてよかった、悩んだ、迷った、喧嘩した、言い合いした、喜び合った、励まし合った、経験した、成長した、と言えるような学校<br><br>そのためには？<br>生徒に、問題提起ができる、考えさせる、話し合わさせるスキルと人格が教師に必要<br><br>スキルと人格を高めるには？<br>生徒を見る目、世の中を見る目、学校を見る目を磨く<br><br>磨くには？<br>生徒に声をかける<br>情報をキャッチする<br>清掃する<br><br><br>まとめようとしたけれど、結局もやもや<br><br>明日も頑張りましょう。
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12102059625.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Dec 2015 21:09:10 +0900</pubDate>
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<title>西川せんせい</title>
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<![CDATA[ この前の金曜日に西川先生と飲みに行きました。<br><br>久しぶりになってしまいましたが、西川先生とは波長が合うというか、合わせてくれているのかわかりませんが、良い緊張感とリラックスした時間を過ごすことができます。<br><br>西川先生の指導法や仕事のやり方は、完全徹底されていて、かなり自分にも、相手にも厳しいです。<br><br>到底自分には真似できそうにありません。<br><br>ただ、その反面、相手の心をえぐる迫り方もできる。つまり本音を出させる。これが大事！！だと再認識しました。<br><br>では本音を出させるには、どのようにしたらいいのか？<br><br><br><br>洞察力やコミュニケーションの能力も大事だと思いますが、<br><br><br><font size="6"><font color="#FF1493">➕　愛情　想い</font></font>　<br><br>が一番だと思いました。<br><br><br>ちょっと気になった生徒がいて、西川先生が話しかけると、ボロボロ泣いてしまうそうです。<br>そこでいろんな想いを聞くそうです。<br><br>小手先ではなく、内からでる人間性が土台になっていることを常に自覚しなければと思いました。<br><br>表面に出るのは、指導ばかりなので伝わりにくいですが、指導や価値観の伝達をするには、一方的でなく、普段からの関わりも関係する、つまり双方向で成り立つと認識する必要があります。<br><br><br>さ　明日からも　がんばるか
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12098875374.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Nov 2015 22:15:56 +0900</pubDate>
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<title>生徒指導を行う際に最も心掛けていること</title>
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<![CDATA[ 今日読んでいた月刊誌に　タイトルの内容で書かれていたものを読んで共感する部分があったので記録しておきます。<br><br>それは、<br><br>生徒とのつながりを一番に考える<br><br>こと。<br><br><br>これは理論でも裏付けされていると書かれていました。<br><br>その理論は　T・ハーシさんの「ボンド理論」というそうです。知っているような知らないような<br><br>あまり詳しいことは書かれていなかったので、ネットで検索してみました。<br><br>ーーーーーーー<br><br>人はそれぞれ自らの行動を統制している。その統制がなくなった時、人は犯罪を犯す。こうした理論を統制理論といい、その一つが、社会性絆理論（ボンド理論）という　そうです　多分。<br><br>社会性絆には４つ種類があるそうで<br><br>１　アタッチメント　家族や友人に対する愛情　道徳的絆の中で最も重要　<br><br>２　コミットメント　犯罪を行うことによる損得勘定　割に合わないからやめようというような考え方<br><br>３　インボルブメント　順法的な生活を続けていれば、非合法的な機会が少なくなる<br><br>４　ビリーフ　社会的な規則　法律　規範を信じて尊敬すること<br><br>ということで、わかるようなわからないような・・・<br><br>ーーーーーーーー<br><br>ただ、これで考えたのは、　教師が怖いからルールを守る　という生徒指導の考え方は　２　のコミットメントにあたり、<br><br>めちゃくちゃ怒られるん嫌やし、やらん方がいいか<br><br>という心理でやらないということになります。<br><br>これでは、逃げ道もたくさんあるし、第一　怒られることに抵抗がなければ統制することはできません。<br><br>１　のアタッチメントの考え方は　内発的な要素も強く、逃げることができないというか逃げる必要がないので効果は大きいのではないかと思いました。<br><br>教師ー生徒の絆を意識した　そして　生徒ー生徒の絆を意識した関係を構築することが荒れない学校にするために大切なことだと再確認できました。
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12090825855.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Nov 2015 21:27:35 +0900</pubDate>
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<title>同対審答申５０年、今問われていること</title>
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<![CDATA[ というタイトルで近畿大学の奥田均さんを講師に講演会がありました。<br><br>恥ずかしながら、同対審自体ほとんど知りませんでしたが、もわかりやすい説明でもっと学習したいという気持ちになりました。<br><br>３つの必読文献　「水平社宣言」　「日本国憲法」　「同対審答申」を紹介されました。資料を集めて、読んでみようと思います。<br><br>「同対審」答申というものが、あらゆる人権問題を考えていく上での種のようなもので、大きな想い、決意の上にできあがったものだということを知りました。<br><br><br>ここからは、ポイントを箇条書きにします<br><br>・部落差別の捉え方は３つ　差別事件　差別意識（偏見）　生活実態<br>　住宅　教育　就学前教育　に力を入れる<br><br>・部落差別は存在するという認識から<br><br>・差別を受けている人が「痛い」と言わなければ発信されない<br>　結婚差別は見えにくい　報告すると事情聴取　相手の言い訳を聞かされる　→　泣き寝入り<br>・差別の実態が差別の可視化をねじ伏せている<br>・厳しい差別ほど見えにくい<br>　よって主観だけでは捉えることができない<br><br>・部落問題は解決できる　差別はなくなる<br>　人間の営みによって差別を創りあげてしまったのだから、人間の営みによって差別はなくすことができる<br><br>・宿命論　自分は差別を受けていてなくなることはないという考え<br>・健常者への合理的配慮ばかり　１０階建と２階建のエレベータの設置　映画の字幕　邦画には出ない<br><br>・寝た子をおこすな論　明治から大正までまさに寝た子を起こすな論で言われている状態であったのにもかかわらず、差別はきつくなったという歴史がある<br>　それは学校で教わらなくても、生活の中で得る知識の方がはるかに多いから<br><br>・すりこみ理論　最初に正しいすりこみがあれば、間違った知識に出会った時に立ち止まることができる<br><br>・差別禁止法　人権侵害救済法（人権委員会設置法）が未だに未整備である<br>　ヘイトスピーチ規制できない　フクシマの差別　条例はあるが法律はない<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12089394806.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Oct 2015 22:40:33 +0900</pubDate>
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<title>感　動</title>
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<![CDATA[ 「感動とは　感じて　動く　こと」　と恩師が言っていました。<br><br>何かにを見るなり聞くなりして、心が動かされ、自分の考え方や行動に影響がでる<br><br><br>うちの学校の音楽部の演奏が土曜日にあり、まさに　「感動」　しました。<br><br>人数が少なく、創部からわずか３年ですが、音楽の名の通り、音を楽しむ　というか<br><br>音と楽しんでいる　といった演奏会で、純粋にこちらまで楽しくなりました。<br><br>まさにこれが音楽だ　と思いました。<br><br>帰りは、演奏していたディズニーメドレーを口ずさみながら、<br><br>音楽をやっといったらよかったなと　今更後悔しながら帰りました。<br><br><br>この感動を大事に<br><br>日々の感動を大事に<br><br>していきたいです。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12088280657.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Oct 2015 22:07:20 +0900</pubDate>
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<title>まっすぐな眼差し</title>
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<![CDATA[ 子どもをまっすぐに見つめることは大切なことだと気づかされ、最近意識するようにしています<div><br></div><div><br></div><div>自分の目に映る相手の姿がそのまま鏡になって相手に影響する</div><div><br></div><div>というお話を聞いたからです</div><div><br></div><div><br></div><div>一片だけでなく、相手をきちんと見ること</div><div><br></div><div>忘れないようにしていきます</div>
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12086820045.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Oct 2015 22:15:42 +0900</pubDate>
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<title>励ましが空振りに終わるとき</title>
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<![CDATA[ <br>児童心理９月号のページを久しぶりに開きました。<br>以下、私が線を引いた箇所を箇条書きにしています。<br><br><font color="#0000FF">ことばの力を信じ大切に扱うことは、人の心に関わる職業の原点であると自らを戒めなければならない<br><br>背中は、押してほしいときに押さなければならない<br><br>自分がどう動くか、それによって結果が出ると思えるときは、それを心の糧にすることができる<br><br>自らのこととして認識できる明瞭な目標設定を伝えること<br><br>望む結果に手が届くことを伝えることが励ましの大切な要素である<br><br><font size="5">ほめることはこちらの感動を伝えることである</font><br><br>子どもをコントロールしようという目論見があるとしたら、まさにおだてる行為である<br><br>たとえ似たような経験をしたとしても、同じではない。だから共感は「わからない」ことから始まる<br><br>「あなたは大丈夫」という子どもの力を信じる強いメッセージ<br><br>自分を見失わない力<br><br>私たちは子どもをどう育てていくべきか真剣に考えている</font><br><br>引用：児童心理９月号　
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12080939323.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Oct 2015 21:21:40 +0900</pubDate>
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<title>命</title>
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<![CDATA[ 先週　叔父が亡くなった<br><br>昔、父が土日休みじゃない仕事やったから、兄弟４人を連れてよく釣りに連れて行ってもらっていた。<br><br>誕生日には、プレゼント。お正月には、お年玉。しっかりいただいていた。ずっと。<br><br>僕らのことをずっと気にかけてくれていて、節目節目には自分の子どものように喜んでくれた。<br><br>あまりにも突然だった。一ヶ月前には元気そうだったのに<br><br>ずっといてるのが当たり前な存在がいなくなることに、実感が湧かない。今も湧かない。<br><br>葬式で涙を流した。周りの家族も悲しんでいた。骨も拾った。<br><br>でも実感が湧かない。<br><br>葬式の時に、お寺の住職さんが言っていた。<br><br>阿弥陀さんが死んだその瞬間に、極楽浄土へ連れていってくれた　と<br><br>ありがたいことだ　と<br><br>ほんとうにありがたいことだ。<br><br>３日間気づかれずに亡くなっていた。<br>なぜ３日も気づかなかったんやろう。<br>すぐに気づいたら・・・<br><br>って思っていただけに、この話を聞いて少し救われた気がした。<br><br>死んだらどうなるんやろう。<br><br>って最近考えてた。<br><br>寝ているときみたいにまったく意識がない状態がずっと続くんかなって<br><br>「教団X」って本を読んだけど、そんなようなことが書かれてた　ような気がスル　ムズカシイハナシダカラヨクワカラナイケド<br><br>意識は脳のシナプスが発している電気信号だとしたら、脳が死んでしまえば意識はなくなる<br><br>意識が無くなくなるということは、自分ということがわからなくなる。<br><br>ということは、幽霊になってさまよったり、下界を眺めたり、極楽浄土へ行ったり、ということも感じないということ<br><br>まったくの　無　ということ<br><br>命の始まりも　もともとは　無<br><br>ということは　無　に還るということ<br><br>無　ということが怖くなる　意識　<br><br>少しでも心強く、少しでも寂しくないように、宗教ってあるんかな。<br><br>こんな軽く考えてたら怒られるかな<br><br><br>っていうようなことを考えさせてくれたのも、叔父が亡くなったから。<br><br>住職さんが言っておられました<br><br>死をもって我々を導いてくれた　と<br><br>身近な人の死は　大きな時間を動かし、永遠ということは無いということに気付かされ、<br><br>今今を大事にしていくことを教えてくれた<br><br><br>忘れないように　ここに書いておく。
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<link>https://ameblo.jp/shinyatashiro/entry-12076471594.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Sep 2015 21:20:59 +0900</pubDate>
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