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<title>しにょのまいにち</title>
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<description>まいにちこつこつ書けたらいーな..♪</description>
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<title>20210408</title>
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<![CDATA[ <p>めちゃくちゃ久しぶりにブログを開いたら、随分と就活で悩んでいるみたいだね。</p><p>&nbsp;</p><p>大丈夫。</p><p>&nbsp;</p><p>あなたはちゃんと留学したし、自分がしたい仕事についているよ。</p><p>（満足したかは別としてね）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 08 Apr 2021 17:16:27 +0900</pubDate>
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<title>personal</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/shinyo-pap/amemberentry-10854393543.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 16:33:58 +0900</pubDate>
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<title>ゴッホ展＠福岡</title>
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<![CDATA[ <p>お久しぶりです！</p><p>最近全然ブログ書いてなかったなぁ～</p><p>いつの間にか2月に突入してて、びっくりです<img alt="汗" src="https://emoji.ameba.jp/img/user/go/gotch-arumachi/683150.gif"></p><br><br><p>今回はゴッホ展の事を･･･</p><br><p>ＣＭ等でずっと目にしてたゴッホ展、ずっと行きたかったんです。</p><br><p>平日がお休みのときに行こうと思って、早速先日行ってきました！</p><br><p>3時前に着いたのですが、駐車場に停めるのに１時間待ち・・・<img alt="ぐすん" src="https://emoji.ameba.jp/img/user/lm/lm244750/17125.gif"></p><br><p>入場したのは３時半ごろでした。</p><br><br><p>見る前の私の中でのゴッホといえば、耳きり事件、ゴーギャンと仲良し、ひまわり、オランダ、弟との手紙のやり取り･･･</p><br><p>ぐらいの印象でした。</p><br><br><p>ゴッホは１８５３年に生まれ、１８９０年に亡くなり、３７歳という、短い人生でした。</p><p>彼は元から画家だったのではなく、画商、教師、本屋、見習い伝道師と、様々な仕事を経験しています。</p><p>実際画家としての経歴は短く、たった１０年で１８００点もの作品を残しました。</p><br><br><br><p>絵は独学で学び、ミレー、モンティセリ、ゴーギャン、ピサロ、モネ、スーラ等にに影響を受けたそうです。</p><br><p>そして忘れてはならないのは日本の浮世絵にも、非常に影響をうけ、浮世絵を集めていたそうです。</p><br><br><p>今回のゴッホ展は彼の作品だけでなく、上記の画家たちの作品も多く展示してありました。</p><br><p>見に行かれる方は、全てがゴッホの作品だと勘違いされないようにしてくださいね＾＾</p><br><br><br><p>１８８５年以前の作品はどれも色使い、表情が暗く、彼の人生を表しているかのようでした。</p><p>ミレー（落穂拾いで知られる）の影響を色濃く受けたのが感じられるほど、彼の初期の作品は農民の絵の作品が非常に多かったです。</p><br><p>そしてパリに活動の拠点を移し、様々な画家に出会った１８８６年ごろから、すこしずつ絵に変化が見られるようになりました。</p><br><br><p>アルルで画家の理想郷を作るために借りた黄色い家に飾るために書いたひまわりはご存知の通り、すごく明るいし、その部屋をかいたアルルの部屋に暗い色なんて使われていませんでした。</p><br><p>このころの彼は、希望に満ち溢れていたのだと感じました。</p><br><p>だけど実際はゴーギャンしか参加せず、それも２ヶ月というごく短期間で終わってしまった。</p><p>しかも自分の耳を切り落とすと言う悲惨な結末を迎えて･･･</p><br><br><br><p>彼の作品は生前、ほとんど売れることはありませんでした。</p><p>死後１１年して弟の妻や友人たちのお陰で、やっと功績が認められるようになりました。</p><br><p>ゴッホが書いた手紙の中に、次のような言葉があります。</p><br><p>「もし僕が成功しないとしても、それでも僕がやってきた仕事は継続されていくだろうと信じている。」</p><br><br><p>最後まで自分を信じ、どんな状況でさえ、絵を書くことをやめなかったゴッホ。</p><br><p>例え、今自分の作品、やっていることが認められなくても、彼のように後から見直され、認められることもあるのだと実感したゴッホ展でした。</p><br><br><br><p>最後に、もうすこしだけ感想を･･･</p><br><p>彼はオランダ出身の画家。</p><p>初期のころ、彼は多くの農民を素描しましたが、実際にその農民たちが木靴を履いてて、オランダだなぁと実感した。</p><br><br><p>彼の絵はほとんど売れなかったから、画材道具も満足に揃えられなかったらしい。</p><p>なので絵の中には、今書いてある絵の後ろに、実は他の絵が描いてあり、それを消してから現在の絵を描いた跡が残っていた。</p><br><br><p>スーラ？シニャック？の絵がすごくきれいだった。</p><br><br><p>弟のテオとの手紙も展示されてあった。(復元だけど）</p><p>それを見てて、現代の私たちは連絡を取るのにメールを使うことが多いけど、メールって後世に残らないんだなと何だか寂しくなった。</p><p>ゴッホがこんなにも注目を受けたのには、彼らは筆まめで、数多くの手紙を残し、ゴッホがどんな生活を送り、どんな気持ちか分かったからじゃないからかなと思う。</p><br><br><p>ゴッホは日本の浮世絵に影響を受けた。</p><p>実際に絵の中に、浮世絵が背景の一部として描いてある絵があって、なんだか誇らしくなった。</p><br><br><p>彼の作品中に、人が笑っている絵が一枚も無かった。</p><p>ぼんやりと書かれているか、無表情かのどちらかだった。</p><br><br><br><p>アイリスの絵がきれいに展示されてあったし、とても美しかった。</p><p>ただ、一輪だけ花が折れていると言うか、垂れ下がっていると言うか、どうしてなのか気になった。</p><br><br><p>サン=レミの療養院（？）がすごくキレイだった。</p><p>点描で暗い意印象など感じられなかった。彼は療養中、どんな気持ちで絵を描いていたんだろう。</p><p>ほっとしてたのかな。</p><br><br><p>緑色の使い方がすごかった。</p><p>チケットの絵にもなっている彼自身の自画像だが、顔に緑色なんてないのに、他の色との関係からか、目の周り等に使われていた。</p><p>近くで見ると少し不自然だったが、遠めで見ると、逆に緑色があることですごく際立っていた。</p><br><br><br><br><p>あとはゴッホ展自体の感想を少し・・・</p><br><br><p>チケット売り場で友人が働いていた！久々！</p><br><p>すごくすごく人が多かった！平日を狙っていったのに！泣</p><br><p>意外と来場者は幅広かった。</p><p>お年寄りもいたし、大学生、高校生、子連れの親子等様々だった。</p><p>なぜかカップルが多かった。笑</p><br><p>５００円でヘッドホンを借りられたので、借りればよかったと後から後悔・・・</p><p>だけどあんな人の多さじゃ、ゆっくり説明なんて聞けなかったかも。</p><br><p>グッツ売り場がすごくにぎわっていた。</p><br><p>閉館が５時なのに、見る時間があまり無かったので、もう少し早めに行くべきだったと後悔。</p><br><p>フランスでは、かの有名なモナリザでさえ写真撮影可だったのに、日本の美術館は何でだめなんだろう。</p><br><br><br><br><p>まとめ</p><p>今回のゴッホ展、とにかく人が多かった！</p><p>時間も無かったこともあり、あまりゆっくり見て回れなかった。</p><p>それゆえに、彼の人気を実感した展覧会でした。</p><p>彼の人生と絵がすごくリンクしていて、彼の人生をもう一度おさらいしてから行ったほうが、もっといろんなことを感じ取れたのかなとも思いました。</p><p>今度また別の展覧会に行くときには、バックグラウンドを下調べしてから臨むと思いました。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinyo-pap/entry-10792091426.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Feb 2011 13:26:24 +0900</pubDate>
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<title>あけましておめでとうございます</title>
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<![CDATA[ <p>ちょっとblogを書く気になれず、ちょっと離れちゃってました。</p><p>２０１１年に突入しましたね！</p><p>このブログもぼちぼち２年目突入です☆</p><br><p>２０１０年をちょっと振り返ってみようかなぁ～</p><br><p>２０１０年･･･</p><p>・フランス/イタリアへ卒業旅行</p><p>　（フランスが大好きになった！可愛すぎる！）</p><p>・プサンへ卒業旅行</p><p>　（友達６人で行くのは楽しかった～）</p><p>・卒業式！</p><p>・社会人突入</p><p>・現実逃避の為、嵐にはまる</p><p>・デンマーク人の友達ができ、一緒に糸島に行く</p><p>・試写会に当たりまくる</p><p>　（海猿←出演者の人たちを生で見る、悪人、東京島）</p><p>・夏にソウルへ旅行</p><p>・秋に東京へ</p><p>・三浦春馬のトークショーに行く</p><p>・冬に佐賀へ牡蠣・温泉へ行く</p><br><br><p>この一年（といっても４月からだが･･･）は、社会人としてはじめての年だった。</p><p>何もかもがはじめての経験で、教壇に立つことも、成績をつけることも、教えることも初めてだった。</p><p>確かにやりがいも感じたけど、毎日を淡々と過ごしている気も否めなかった。</p><p>充実してたかと聞かれると、どちらとも言えないかなぁ。</p><p>もっともっと勉強しなきゃなぁ。</p><br><br><br><p>※最近見た映画※</p><p>・ロビンフッド　★★★★☆</p><p>　まぁ、当たり外れの無い面白い映画</p><p>　迫力があったので映画館で見るのがベスト！</p><p>　ただ、すこし私が学んだロビンフッド像とは違いがあるので☆４つ。</p><br><br><br><p>　</p><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 07 Jan 2011 00:28:51 +0900</pubDate>
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<title>remember...</title>
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<![CDATA[ <p>ＮＥＷＳ２３の特番を見た。</p><br><p>広島出身の女優、綾瀬はるかさんが戦争を聞く、というシリーズの特集版。</p><br><p>今回は真珠湾攻撃で婚約者を亡くした女性のお話だった。</p><br><p>みこまさんというその女性は、婚約者であった清水さんを真珠湾攻撃で失った。</p><p>そんな彼女に綾瀬さんは一緒に現地へ行かないかと持ちかけた。</p><p>みこまさんはそんな冥土の土産はないと、快諾。</p><br><p>早速アメリカへ渡り、アリゾナの記念館へ行くが、その時の彼女の一言一言が胸に突き刺さった。</p><br><p>「アメリカ人が憎い。」、「あなたが清水さんを殺したんだ。」と･･･。</p><br><p>すれ違うアメリカ人たちがhelloと声をかけても、応じようとはしない。</p><br><p>そんな中、当時真珠湾で戦ったという元アメリカ兵と偶然出会う。</p><br><p>彼らは彼女にすごく友好的だったが、みこまさんが、</p><p>婚約者を１２月８日に失った。</p><p>あなたはそのときに何をしていたんだ。</p><p>高射撃は撃ったか。</p><p>撃ったのであればあなたが彼をころしたのかもしれない。</p><br><p>と攻撃的に彼らを攻め立てた。</p><br><p>彼らにそういっても何の解決にはならないのに、彼女は元兵士たちを矢継ぎ早に攻め立てた。</p><br><p>一方彼らはすごく紳士的だったと思う。</p><br><p>第一声がI'm sorryといったのが、すごく印象的だった。</p><br><p>彼らが自分の任務を果たしたように、自分も自分の職務を全うしていたんだ。</p><br><br><p>もしかすると編集されていたのかもしれないが、むしろ真珠湾を我々日本が攻撃したことを責めようとはしなかった。</p><br><p>最後にはごめんなさいと日本語で謝罪をしていた。</p><br><p>このシーンはわたしにとって、すごく、すごく印象的だった。</p><br><p>そして最後に男性キャスターが言った言葉。</p><br><p>「日本では原爆の日を大きく報道するのに対し、アメリカでは真珠湾攻撃が大きく報道される。</p><p>そして日本では真珠湾攻撃と言うと、奇襲作戦の成功だけを大きく取り上げるがその背景にはこんな悲しい話があるんだ。</p><p>どうしても我々は被害者としての立場を取り上げがちだが、そうではないのだ。」と。</p><br><p>確かに12月8日は日本が真珠湾を攻撃した日だが、今年ニュースでほとんど取り上げられることは無かったように思う。</p><p>市川海老蔵の事なんかよりも、こっちの方がよっぽど大事なはずなのに･･･。</p><br><br><p>私たちがアメリカに対して『NO MORE HIROSHIMA, NO MORE NAGASAKI』と問いかけると、『Do you remember pearl harbor?』と彼らは聞き返すと、いつか聞いたことがある。</p><br><p>確かに日本はアメリカに原爆を落とされ、真珠湾攻撃よりもはるかに多くの犠牲者が出た。</p><br><p>だけど、本当の問題は犠牲を受けた数とか、大きさとかなんかじゃなくて、犠牲を受けたという事実を知ることなんじゃないかと思う。</p><br><br><p>だから私はアメリカに対して広島、長崎、そして東京大空襲のことをもっともっと発信していきたいし、アメリカから、もっともっと受信していきたい。</p><p>ここで忘れちゃいけないのが、太平洋戦争だけじゃなく、日中戦争のこととか、第2次世界大戦のことだ。</p><br><p>今回のことで、一方的に発信し続けるのではなく、相手からのメッセージと言うか、現状も受け止めていかなければと思った。</p><br><br><br><p>最後に、みこまさんはアメリカへ渡り、資料館や記念館を見ていくうちに、アメリカに対して憎い、憎いと言っていたのが、こんな被害を受けたアメリカは可哀想だ、そして最後には現地の人がすごく良くしてくれた、ありがとうと想いが変わっていったのが印象的だった。</p><br><br><br><p>誰を憎んでも、何もならない。</p><br><p>戦争だけはしちゃいけないんだ。</p><br><br><p>それがみこまさんの強い願いだ。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinyo-pap/entry-10734722666.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Dec 2010 16:55:43 +0900</pubDate>
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<title>あらしごと</title>
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<![CDATA[ <p>コンサートＤＶＤを見て感動したいから、あんまりコンサートレポ読まないようにしてるけど、ちょっとだけ読んじゃった(´∀｀)</p><br><br><p>昨日の東京ドーム、サプライズでメンバーから智君へサプライズがあったんだって！</p><br><br><p>誕生日はもうちょっと先だけど、３０歳おめでとう！</p><br><br><p>また誕生日にでも書きにきます♪</p>
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<link>https://ameblo.jp/shinyo-pap/entry-10714763157.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Nov 2010 15:33:17 +0900</pubDate>
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<title>ふと思い出したこと</title>
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<![CDATA[ <p>こんな時間にふと思い出して調べてみた。</p><br><br><p>ドイツの平和村について。</p><br><br><p>私は世界ウルルン滞在記を見るのが大好きだった。</p><br><br><p>中でも、東ちづるさんの平和村の回はどうしても忘れることができない。</p><br><br><p>具体的な年数は思い出せないけど、もうずっと昔のことなんだと思う。</p><br><br><p>私が中高生のころは今みたいにお金のかかっていない、くだらない番組ばかりじゃなくて、考えさせられるような素敵な番組が沢山あった。</p><br><p>世界ウルルン滞在記もそのひとつで、毎回これを見ながら、海外への思いを馳せていた。</p><br><p>しかしいつの間にか番組は終わってしまって、それと同時に東さんの平和村への訪問レポは終わってしまった。</p><p>いや、あるのかもしれないが、私はウルルン以外で行かれているのを見たことが無い。</p><br><br><p>つまり平和村はに人々の目に知ってもらう機会を失ってしまったのである。</p><br><p>以前番組中に、平和村は寄付金で成り立っていて、ウルルンをみた視聴者の方から多額の寄付金を頂いているということを言っていた。</p><br><p>じゃぁ、いまは一体どうなっているのだろうか。</p><br><p>本当に心動かされたひとならば寄付を続けているだろうが、大半は一時的な感情で動かされ、不況も手伝ってか、寄付をしなくなった人も多いだろう。</p><br><p>実際のところは私には分からないが、平和村への支援を続けて欲しいと思う。</p><br><br><p>これからは私自身のことだが、私もこういった番組（傷ついた人や災害等で苦しんでいる人におフォーカスした番組）を見ると、なんとか力になりたいと思う。</p><br><p>だけど、私は一時的な思い出突き動かされることに消極的である。</p><p>つまり、冷静になって判断すべきだと思う。</p><br><p>以前、どこかで聞いたことがある。</p><br><p>沢山の人が物資を送ってくれる。だけどそれは宝の持ち腐れであって、私たちが本当に欲しているものではない。できるのであれば、寄付金の方が助かる。だけどその寄付金もいつ来なくなってしまうのか、無くなってしまうのか分からない。</p><br><p>このことから、私は継続的に救援し続けることが大切だと感じるようになった。</p><br><p>今回、ドイツ村のことを調べて、サポーターになってみようかとも思ったが、私はまだそこまで安定した人生を送っていない。まだまだ彼らに責任が持てない。</p><br><p>そんな深く捉える必要はないと考える人もいるだろうが、私は考えてしまうのである。</p><br><br><p>では私には何ができるのか。</p><br><br><p>それは伝えることだと思う。</p><br><br><p>折角それができる立場なのであるから、もっともっと現状をしり、後世に伝えていかなければと思う。</p><br><br><p>明日も頑張ろう。</p><br><br><p>そして平和村のこと、みんなも知ってもらえれば、思い出してくれればな、と思います。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinyo-pap/entry-10714405433.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Nov 2010 01:58:46 +0900</pubDate>
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<title>personal</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/shinyo-pap/amemberentry-10710434593.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Nov 2010 01:27:50 +0900</pubDate>
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<title>11月15日</title>
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<![CDATA[ <p>最近の近況を書いていませんが、私は元気です。</p><br><p>先週末は職場の方と飲みに行ったり、大学のときのメンバーと女子会したり。</p><br><p>それなりに充実した日々を送っています。</p><br><p>ただ仕事は別。</p><br><p>今週は土曜日も出勤なので、少し大変・・・。</p><br><p>多分、すっごく長く感じるんだろうなぁ。</p><br><p>でも木曜日は午前中で終了だからね！</p><br><p>頑張っていきましょう！</p>
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<pubDate>Tue, 16 Nov 2010 00:05:32 +0900</pubDate>
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<title>９９年の愛</title>
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<![CDATA[ <p>昨日から放送されている、『９９年の愛』について書きたいと思います。</p><br><p>草なぎさん・仲間さんのＷ主演で、時間もお金もかかった超大作だと思います。</p><br><p>私は日系アメリカ人のルーツというか、彼らに非常に興味があるので昨日から見ています。</p><br><p>そもそもどうして日系アメリカ人に興味を持ったのか。</p><p>まだ完読してはいませんが、今山崎豊子さんの、『２つの祖国』を読んでいます。</p><p>学生時代に読書好きな友人に薦められて、読み進めています。</p><br><p>大雑把に内容をまとめると、日系１世と２世の祖国は一体どちらなのか、自分のアイデンティティとは一体何なのかを、同じ２世でも様々な立場の人物が出てきて、読んでいて非常に興味深いです。</p><br><p>(ただ少し悲しすぎてどうしても落ち込んでしまうことがあるので、あんまり落ちているときに読まないほうが賢明なのではないかと思います。)</p><br><br><p>また、いつのか覚えていませんが、ＮＨＫであったと思いますが、『ハルとナツ』の影響も少なからずあるかと思います。</p><br><br><br><p>私は大学では英文学を勉強してきたし、英語も人並み以上には話せるし、アメリカにも行ったことがあるし、正直、アメリカが大好きです。</p><p>留学したいと未だに考えているし、将来的にはアメリカで働いてみたいとも思います。</p><br><br><br><p>ほんの１００年前、いや、７０年前、日本人はアメリカ人に汚い言葉で罵られながらも、その中で生きるしかなく、強い、強靭な心を持って生き抜いた日本人がいたことをすごく、誇りに思います。</p><br><p>彼らが頑張ってくれたお陰で今の日本があるんだと実感しました。</p><br><br><br><p>この件についてはまた追って書きたいと思います。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shinyo-pap/entry-10697450054.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 23:16:45 +0900</pubDate>
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