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<title>M.Mおやじのブログ</title>
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<description>人と関わる仕事をしています。何事にも興味関心を持ち続ける。しつこく　わかろうとする。そんなブログです。</description>
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<title>ハズレのない面談</title>
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<![CDATA[ <p>面談は、「自信がある。」</p><p>自分が描いた面談の流れに必ずなる。</p><p>当たり前だが、自分本位の自分勝手な面談の方向性ではなく、相手の望む面談になっていると思う。</p><p>障害のある当時者、その家族、行政のＣＷ、支援者など誰と行っても100％良い面談になり、「また面談したい」という気持ちになってもらっている。</p><p>「面談がうまく行かない。」と嘆く同僚を見ていると、時間を掛けたり、引き出そうとして工夫をしたりしているが、基本的に相手の話を聞いていない。</p><p>相手の話を聞いていない。というと時間をかけてじっくりともしくはわかりやすいように工夫をしている。と反論されるが、ことごとく自分の手前勝手で相手に届いていないことを検証すると理解はされる。理解しても、そのことを認めていても良い面談は出来ない。</p><p>徹底的に相手の話を聞くと言っても、時間や工夫ではない。</p><p>私の面談は、時間もかからないし、工夫をしているが、その工夫などは当たり前の配慮事項であっても面談の必須スキルではない。自分なりに編み出した聞かない聴き方。とか順を追って聞かない。などのスキルも使う。</p><p>要は、なんでも聞くという行為が面談においては、絶対にしてはいけない行為で、その面談の目的や位置づけによって話の進め方が変わるのだ。</p><p>そのことを理解せずに自分のペースや相手のペースなどのペース配分を気にしたり、内容の合意を急ぎすぎて上手く合意に至らなかったり上手く面談が成立していない場面を良く見る。</p><p>面談は、真剣勝負で、ゆっくりとお付き合いすると言っても１つ１つが大切なのだ。</p><p>面談の結果として、毎回、面談をさせてもらっている相手に「来てよかった。話せてよかった」というお土産を持ってもらえるようには心がけているが、面談者の取り組み方次第でうまく行くものだと感じている。</p><p>また、解決しない課題はないとも思っている。自信満々ですが。。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12524403874.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Sep 2019 11:08:08 +0900</pubDate>
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<title>10000万時間以上やっていること。人に教えたり、面談したり。そんなことが得意かな。</title>
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<![CDATA[ <p>咳が止まらず、結構しんどくなってきました。</p><p>最近ハマって読んでいる本の中に、「10000時間以上繰り返すことによってプロの技になる。」と書いてあって、自分は何かを行っているだろうか。と考えた。かなり前から、上手かどうかは知らないが料理をすることが好きで、小学校1年生の時から少しずつやりならが、50才手前まで過ごしてきているので、10000時間越えてるかな。しかしながら、プロの技にはなっていないな。まあ、失敗になりそうでも、何とか食べられそうに持って行ける技や作りすぎても飽きないように工夫することも出来るようになったり、胃の調子が悪い、元気がないなどの相手の症状に合わせて作ることも出来る。料理の本を見ながら。という所だろうか。</p><p>若いころは夢中になって、短距離の選手としてトレーニングしてそこそこ走れるようになり、大人になって教えるようになったりもしたが、今は、全く走っていないので、昔取った杵柄という所かね。</p><p>そういう意味では、仕事になるのだが、「人に教えること。」教員としても経験があり、また障害支援の分野に入っても日に必ず、2時間は教えているから20年以上やってるからクリアかな。個人の力量を上げる。チームとして機能するために教える。さらに、障害のある人を中心に支援チームをどのように作り、どのように実践して、それぞれが役割を果たしながら障害のある人も支援者も達成感を持てるように教えていくことは得意であり、好きなことかな。と思う。</p><p>もう１つは、「面談」これもゆうに10000時間越えていて、満足のいかない面談は昨今あまりない。自己満足ではなく、面談に来てくれている人の満足を聞いてもらってもしっかりと満足されていると思う。今日も少なくとも3時間以上は話、6名以上の人と会っている。どの話題で、どんな内容に導き、そして、お互い納得できる結果を導き出せるか。障害のある人、その家族、専門家、その他、さまざまな面談というものを行ってきているが、細かく聞かれれば、細かくしっかりと言語化したお答えが出来るし、大まかに聞かれれば、大まかに納得していただけるものは、面談の内容に関わらず、面談の在り方などもお話しできるので、毎日が意識的に積み重なっているので、どこへ出てもしっかりと身についていることは自分も自覚しているし、商売ができるとすればこのあたりかな。障害支援の実践についても得意だな。と思う。あまり売れるネタではないけど、自分の自信があるところはこんなところかな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12523611811.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Sep 2019 14:29:40 +0900</pubDate>
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<title>好きなこと「人前で話す」について</title>
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<![CDATA[ <p>自分の好きなことについて、考えてみた。</p><p>この夏も、講師に招かれて人前で話すことがあり、やはり「人前で話す」ことが好きだな。と感じた。</p><p>さらに言うと、長く話していても、どんなリアクションや質問が来ても、程よい緊張の中、話終えた時の爽快感とその後も「話が聴けて良かった」などのアンケートなど見ると、恥ずかしいが一人の人間として「役に立った」「褒められた」とうれしくなる。お金をいただいてお話をするので当たり前だが、「良かった」と言ってもらえると嬉しい。</p><p>ふと、今朝台風の影響で、電車が止まって通勤経路を変えてバスに乗って渋滞の中を進んでくる途中に思い浮かんだ。</p><p>「人前で話す」ことは、好きだけど、もしかすると、大勢の人に自分の話を「聞いてもらえること」が好きなのではないか。</p><p>まあ二人で話しているときも「聞いてもらえる」ことが幸せな気分になったりするから、先ほど「大勢の人に」ということでもないのかな。とも思う。突き詰めて言えば、「自分の話を興味を持って聞いてくれる」場面が好きなのかもしれない。少なくとも、講演会で、私の話を「興味を持って聞いてくれていること」は良くわかるし、（内容が興味のあるお題だからかもしれないが）冷たい視線を感じることもなく受け入れてもらえる。私の話を「興味を持って聞いてもらえる」環境があるということが好きなことかも知れない。</p><p>出来れば、ファンがいて温かく見守って心地よく見守ってくれる環境で気持ちよく話が出来たらいいなと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12523045549.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Sep 2019 09:48:13 +0900</pubDate>
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<title>「あなたしかいない。」と言われると気持ちいい。褒められようよ。</title>
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<![CDATA[ <p>今まで、褒められることに抵抗があり、褒められると照れてしまっていた。それどころか、否定して褒められていることを打ち消そうとしていた。その後で、一人で褒められたことに対してにんまりしていた。よくよく考えてみると、謙遜したほうが、大人に見える、また、「もしかすると社交辞令かな」などと疑っていて、有頂天になった後、勘違いであったら傷ついてしまうので、褒められることを素直に受け取ることが出来なかったのかもしれない。</p><p>おととい、ある事業所から問題行動のある障害のある人の相談を受けた。約2時間半、「捉え方の間違え」「具体的な対応の仕方」「今後の対応」などを離すと担当者が、「もっと早く相談すればよかった。」とおっしゃってくれた。2か月前にお会いした時よりスタッフが2名退職して火の車だったようだ。「もっと早くに。」「あなたしかいない」と言われたときに正直、お役に立てて事と同時に単純に褒められたことが嬉しかった。</p><p>昨日は、十数年前に関わった障害のある方のご家族が、たまたまであるが、午前、午後とお会いすることが出来た。午前は6名で尋ねて来られ、懐かしさもあり2時間お話ししたが、「生きていればあれるんだね」「あの時にお会いでき支援していただいたので今があります。」「やはりあなたでなければだめ」と褒めていただいた。午後は、訪問させていただき相談を受けたが、「あのころのあなたのやり方がすごく今を変えています。」</p><p>「ありがとう」と感謝の言葉とともにお褒めの言葉をいただいた。</p><p>よく考えた。</p><p>もうすぐ50才になる。</p><p>もうそろそろ、怖がらずに褒められたら、喜んでもいいと思う。</p><p>もっと言えば、褒められたいから、働いてるんだ。</p><p>まあ、自慢でもなんでも人も目を気にせずこれからは進んでいきたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12520140957.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Sep 2019 08:39:51 +0900</pubDate>
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<title>成功のためによけて通る方法２</title>
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<![CDATA[ <p>どのくらの成功を目指すかは、人によって違うが少なくとも成功するためによける人間関係は必要であると思う。書きながら整理していきたいが、よけて通らなければならないタイプは、二つで、１つは、「自分にとって敵意むき出しのタイプ」ともう一つは、「自分にとってイライラしてしまうタイプ」。</p><p>「自分にとって敵意むき出しのタイプ」は、明確に自分に敵対しているのだから、よけて通るのは、当たり前だが、得てして、この手のタイプに「わかってもらおう」「共感を求めるためにはどのようにしたらいいんだろう。」と時間の無駄遣いをしてしまう。はじめから敵対しているのに「わかってもらおう」などの気持ちになるのは、「嫌われたくない」「スムーズに進めたい」という気持ちが前面に出てしまうためであると思う。なんでもかんでもよけて通れるほど世の中甘くないが、少なくとも3ラウンドほど、やり合ってしまったら、「敵対」認定をして、よけられるように身構えて対応したほうが良い。しかし、「敵対」マークのまま仕事などで、関わらなければいけない時には、上手くうけながさなければならない。その際も、敵は、１つ１つあら捜しをしてくると思うが、そこに「理解をもとめる」気持ちを断ち切って、生返事や適当なうなづきや態度で受け流して良い。とどのつまり、鼻から「敵対」視されているので、どのような態度をとっても大差はない。ただ、より上手に受け流し、嫌みを言われても、言い返さずさわやかに過ごすことが後々傷口が広がらずに良いと思う。</p><p>もう一つの「イライラしてしまうタイプ」は、本人に悪気はないが、こちらの意図が伝わらず、状況の共有化も出来なくて自分が「イライラ」してしまう。この場合も積極的によける必要を感じる。「誰しも適正な教育を受ければ伸びる」と信じたいが、ある程度手を尽くしても、伝わらない。共感が持てない場合は、よけて距離を置く方が良いと思う。</p><p>どうしても教えたい。伝えたいという衝動にかられることも「イライラ」のうちの一つであると思う。自分を押し付けるつもりが無くても、押し付けている状態は自分にとっても百害あって一利なしなので、労力の無駄というより、よけた上で、適切な距離を保って接することとその人と組まなくても前に進むことを前向きに検討したほうが、パワーを良い方向に使えると思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12519447544.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Sep 2019 13:51:07 +0900</pubDate>
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<title>成功するためによけて通る方法</title>
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<![CDATA[ <p>成功するためには、有益な、成功体験を持った超Ａ級の人に教えを請い、またはメンターとして師事することが良いことは、いろんな本に書いてある。セミナーに参加して、超Ａ級の人と知り合いその仲間になったり、そのレベルで話をしたりすることが、良いことはいつもうなづける。</p><p>しかしながら、一般の普通の暮らしをしている私などは、その雰囲気に気後れしてしまい、参加する勇気や、意欲がなかなか沸かない。そもそも、そこを積極的に捉えられなければ、成功しないことも何となくわかる。</p><p>んー。と思ったが、今の段階でそこそこ気楽に、そこそこ良い感じで生きている私は、何の取り柄もなくここまでやって来られたのは、どうしてだろう。また、この先にあるもっと成功させていくために自分をステップアップさせるためにはどのようにすべきか。を考えて、ちょっと立ち止まって、今までを整理して、これからを考えていこうと思った。まあ。超Ａ級の人に会う勇気を出すためにも、今までの自分を見直していこうという所か。</p><p>そこで、思いついたのは、比較的超Ａ級の人には会えていないが、自分がそこそこ幸せに暮らしているのは、Ｃ級やＤ級を上手によけて進んでこられた結果ではないか。と思う。人の価値のランクを言っているのではなく、物事の捉え方や行動の仕方で、お付き合いしていくうえで、どうしても好き・嫌いや合う・合わないが出てしまう。その趣味・嗜好のような感覚ではあるが、意外にその感覚を整理していくとタイプ別に分けることが出来て、今後の生き方に役立つのではないかと考える。</p><p>積極的に良い人間関係を築くことが大切なのはわかるが、その前にセーフティーな人間関係を築くためにはどのような整理が必要かを考えてみるのも面白いかな。と思い立って書き始めてみた。</p><p>つづきは、後日。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12519193557.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Sep 2019 08:51:25 +0900</pubDate>
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<title>&quot;わける”と”つなげる”</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>さっき書いていたものが、突然消えてしまい少しやる気を失いながら書いています。</p><p>しかしながら少し書いておきたいと思いましたので、少しだけ書きます。</p><p>&nbsp;</p><p>課題や問題に直面した時に、たいていは、この”わける”と”つなげる”を意識して取り組むと解決します。</p><p>多くの人もこの”わける”ことや”つなげる”：ことを行っていますが、”わける”ことが不十分だったり、”わける”より”つなげる”を急いで、混乱することが良くあるように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>また、書いていきます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12333868924.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Dec 2017 08:43:49 +0900</pubDate>
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<title>わかりあえない　疲労感。</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>&nbsp;</p><p>みんな自分のことを考えているのは理解しています。</p><p>口から出る言葉には「その人のため」という言葉も真摯に受け止めて話を聞きます。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしながら、確かめることを進めていくと、やはり「自分の困り感や自分のこと」</p><p>になってしまう。「その人のため」が「自分のために」なっていることに気づかずに</p><p>議論を展開しているとすごく疲れます。</p><p>&nbsp;</p><p>「いい悪いではなく」とか「自分を通したいのではなく」などの言葉が出るとその次の展開が</p><p>読めてきます。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしながら、あきらめると続きの関係が途切れてしまうので、いい加減ではなく、真っ向勝負で</p><p>向き合います。</p><p>&nbsp;</p><p>正直疲れますが、しつこく確かめながら、プレイヤーが「その人のため」を仕事として捉えてできるようになるまでは進まなければならないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>何とか前を見て「その人のため」になるように頑張ります。</p><p>もちろんですが、「その人のため」なんて思い込みは禁物です。</p><p>しかしながら、議論しながら、「自分」なのか「関わる人」なのかという主語さえ分からなくなることが</p><p>人と関わる仕事には多くあります。客観的に「どっちのためだろう」と疑問を持ちながら取り組むことが健全のように思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12328821125.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Nov 2017 13:00:13 +0900</pubDate>
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<title>続くことと続けること</title>
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<![CDATA[ <p>続けたいな。継続は力なり。</p><p>飽きっぽいと周りから言われ若い時はムッとしていましたが、</p><p>さすがに４０後半になるとなるほど。と感心して納得してしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>またまた最近わかったこと。</p><p>&nbsp;</p><p>続けようと思うと続かない。</p><p>&nbsp;</p><p>続けられていることが続いていることだ。</p><p>&nbsp;</p><p>当たり前ですが、身構えて臨むと早く折れて続かない。</p><p>毎回、何だか知らないけどやらなければならない。とかやりたいな。とか思っているうちに</p><p>進めていると続く。</p><p>&nbsp;</p><p>習慣なんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>力まず、続けようと思わず自然体に過ごしながら続いているものに目を向けて自分の傾向を探ってみようと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12328497672.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Nov 2017 08:43:13 +0900</pubDate>
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<title>けだるい月曜の朝</title>
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<![CDATA[ <p>連休も終わって月曜日の朝。</p><p>留守番電には、「困ってしまって。月曜のお昼にまた電話します。」</p><p>とのこと。午後から出張もあるけど、声をしっかり聴いてから出かけることを考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>けだるい月曜日の朝。</p><p>なぜか、そんなスタートを切りました。</p><p>声を聴くとシャキッとして頭が動く、人と関わる仕事は本当に瞬発力と持久力が無いといけない仕事であると感じるとともに人と触れ合うことがエネルギーになっているんだな。と感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>困っている内容や要求される内容ではなく、全身で声を聞き取ることに集中したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>と書きましたが、いつも自然体でやっているのであまり意識していませんが。</p><p>とりあえず皆さん、けだるい月曜日頑張りましょう。（そこそこ）</p>
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<link>https://ameblo.jp/shitsukoku/entry-12326005809.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Nov 2017 09:24:53 +0900</pubDate>
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