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<title>夢語り</title>
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<description>とりとめのない夢の話をそのまま並べています。</description>
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<title>青空の手紙</title>
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<![CDATA[ 青空の中を浮島のような雲がいくつも泳いでいる。<br>目に見えるほどの早さではないが、時折空を見上げると、確かに形を変えている。<br>空には空の時間が流れているのだろう。<br><br>夜中降り続いた雨は、夜明けとともに空へ帰り、朝陽が地面を輝かせた。<br>草木の下で息を潜めていた生き物たちも、朝陽に向かって声を上げる。<br>生命が騒ぎ出す、賑やかな朝だった。<br><br>太陽の光はまっすぐに地面を照らし、温められたアスファルトから雨の残り香が昇ってきた。<br>私は軽く目を閉じると、胸の奥まで深く息を吸い込んだ。<br>地面のくぼみに溜まった雨粒が空を泳ぐ雲を写している。<br><br>目を開くと私の数歩前を少女が歩いている。<br>足元の水たまりを気にする様子もない。<br>白っぽいワンピースにジーンズといった格好で、すらりと伸びた手足を軽く揺らし、肩まで伸びた髪は、歩くたび陽光を透かして薄茶色に輝いた<br><br>。<br>青空を喜ぶように軽やかに歩を進めると、時折、振り向いて私に笑顔を見せる。<br>誰もが振り返りそうな整った顔立ちだが、周囲を意識しない無邪気な笑顔は、少女が大人になる過程の危うさを感じさせた。<br>「ねぇ早く、置いてくよ」<br>先へ先へと進んでいく少女を見失わないように、私も小走りに走りだす。<br>「置いていくって、どこへ向かってるんだい」<br>30を過ぎた運動不足の男には、たとえ小走りであっても息が切れる。<br>少女はそんな様子をもどかしそうに見ると、私に駆け寄り手を取って引っ張り始めた。<br>「公園よ。この先にお気に入りの公園があるの。今日みたいな日は、きっとすごく綺麗よ」<br>少女は住宅地の路地を慣れた足取りで進んで行く。<br>「こんな住宅地に公園なんてあったかな」<br>息が切れて半分も声にならない。<br>私は話すのを諦めて、走るのに専念することにした。<br>少女の後について、いくつ目かの角を曲がる。<br><br>「ここよ」<br>角を曲がると少女は立ち止まり、さすがに疲れたのだろう、肩で息をしている。<br>私もようやく立ち止まり、膝に手を置くと、滴り落ちる汗を視線で追いかけた。<br>息を整えようとするが、どんなに息を吸い込んでも吐き出す息の方が多いのか、苦しさは増すばかり。<br>あまりに苦しそうに見えたのか、少女は膝を曲げ、私の顔を下から覗き込んだ。<br>心配しているような、申し訳なさそうな表情を見ると、さすがに情けなくなり、私は大きく息を吐き出した。<br>次にゆっくりと大きく息を吸い込みながら、いかにも大丈夫という風に、腰に手を当て背筋を伸ばしていく。<br>もちろん、少女に向かって微笑むのも忘れない（ちゃんと微笑むことが出来ているかどうかは分からないが）。<br>少女も私に向かって軽く微笑み返すと、くるりと振り返り、今度はゆっくりと歩き出した。<br><br>少女の歩く先には住宅地のそばにあるとは思えない、深い森のような公園が広がっていた。<br>奥へ向かって数本の小道が伸びていて、まばらに人が歩いている。<br>少女は真ん中付近の小道を選び、手を振って私を誘った。<br>ようやく鼓動も落ち着いた私は、少女の横まで早足で歩を進めると、森の小道を並んで歩き出した。<br>木の葉に残った水滴が、陽の光を反射し、キラキラと輝いている。<br>そよ風が森を通り抜け、雨上がりの芳香を届ける。<br>私たちは並んで森の小道を歩いていく。<br>少女は道の脇に咲く小さな花や、森の奥から響く鳥の声に立ち止まり、楽しそうに視線を遊ばせる。<br>私はそんな少女の様子を目で追っていた。<br><br>しばらく歩くと森が開け、緑の芝が短くかり揃えられた広場に出た。<br>私たちは広場の脇に置かれた小さなベンチに並んで腰を下ろした。<br>広場では数人の子供たちがボールを蹴り合い、走り回っている。<br>私は背中をベンチの背もたれに預け、思い切って伸びをする。<br>隣を見ると、少女も同じように背伸びをしていた。<br>空を流れる雲のように、穏やかな時間が流れた。<br>私は陽の光を頬に浴び、ウトウトと瞳を閉じた。<br>子供たちの声も次第に遠くなっていく。<br><br>肌寒い風に私は目を覚ました。<br>太陽はまだ高いが、思ったよりも長い時間眠ってしまっていたようだ。<br>広場で遊んでいたはずの子供たちの姿も、どこかへ消えている。<br>隣では少女が前屈みになっている。<br>「何してるんだい」<br>私は開いたばかりの目をこすりながら少女に尋ねた。<br>少女は下を向いたまま、何か手を動かしているようだ。<br>私の声が届いていないのか、こちらを気にする様子もない。<br>私はもう一度少女に向かって声をかける。<br>「手紙を書いてるの」<br>少女は顔も上げずに答えた。<br><br>私も少し前屈みになって、少女の手元を覗き込む。<br>手元には真っ赤な風船があり、抱え込むようにしながらマジックを動かしている。<br>少女は私の視線に気づくと、ちょっとむっとした顔をして、それから風船を隠すように私に背を向けた。<br>「だめ」<br>私は諦めてベンチの背もたれに身体を戻す。<br>「誰に手紙を書いてるんだい」<br>少女は肩ごしにちらりと私を振り返り、それから空を見上げた。<br>「誰かな。でも届くと思うんだ」<br>私も同じように空を見上げる。<br>「届くといいね」<br>「うん」<br>浮雲の影が公園を横切っていった。<br><br>風が木の葉を揺らす音と、マジックを走らせる音だけが響く。<br>「何て書いたかくらいは教えてもらえるのかな」<br>少女はもう一度私に目を向けると、マジックを唇に当てながら少し考える。<br>「お元気ですかとか。こちらは雨が多いですとか。そちらの天気はどうですかとか。星は近いですかとか、そんな感じ」<br>少女もベンチの背もたれに身体を預ける。両手にはしっかりと風船が握られていた。<br>「雲の上なら雨は降らないだろうし、天気は良さそうだね」<br>「そうね。でも雲の上だって雨の日にはきっと寂しい気持ちになると思うの」<br>少女は風船を胸の前まで持ち上げ、ゆっくりと空へ向かって離した。<br>「君も雨が降ると寂しいんだね」<br>「そう。でも今は、次の雨が待ち遠しいな」<br>私たちは風船の軌跡を視線でなぞる。<br>青空では相変わらず雲が悠々と泳ぎ、赤い風船は、風に乗ってユラユラと空へ昇っていく。<br>私は心の中で小さく届けと願った。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11644592632.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Oct 2013 14:31:33 +0900</pubDate>
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<title>手のひらの空</title>
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<![CDATA[ 四方を壁に囲まれた狭い部屋の中央に椅子が置かれている。<br>どこにでもありそうな代り映えのしない木製の椅子だ。<br>腰を下ろすとギシギシと鈍い音を立てて、背もたれがきしんだ。<br>私は首を回して周囲の様子を確認する。<br>部屋の中には窓さえない。<br>天井の中央にはすすけた蛍光灯が備え付けてあり、弱々しい光を放っている。<br>薄暗い照明に照らされ、乾いた空気の中を細かい埃が舞っている。<br><br>無機質でありながら、妙な生々しさを感じさせる部屋だった。<br>耳を澄ませても空調の音一つ聞こえてこない。<br>しかし、すぐそばに誰かが息を潜めているような緊張感が漂っている。<br><br>一見すると綺麗な白い壁にも、よく見ると所々に小さなシミがいくつも見られた。<br>この部屋の中を流れていった時間が、自分の存在を主張するために残した爪痕のようにも見える。<br><br>シミは生き物のように形を留めず、ジワリジワリと形を変えていく。<br>私はその様子をじっと眺める。<br>身体の感覚は遠くなり、私は胸の奥に鈍い痛みを覚えた。<br>痛みは過去の遠い記憶を刺激する。<br><br>私は瞼を閉じた。<br>遠い日に私を形作ったいくつかの記憶が、淡い光の粒となって溢れた。<br>曖昧な虹色の夢が浮かんでは消える。<br>自分という存在が徐々にほどけていくように、身体から力が抜けていく。<br>壁のシミが私に向かって手招きをした。<br><br>私は右手をズボンのポケットに滑り込ませた。<br>指先に小さな丸い玉が当たる。<br>私はその玉を握りしめた。<br>ひんやりした感覚が、僅かに意識を覚醒させる。<br>ポケットから手を出し、目の前で開くと、ぼんやりと滲んだ視界の中に、小さなビー玉が浮かんだ。<br>自ら光を放っているようにも見える。<br>私は目を凝らし、ビー玉に意識を集中させる。<br><br>「目を閉じると青空が広がるんだ」<br>遠い日に聞いた温かな言葉が、耳の奥で響いた。<br>今よりも私の手足が短く、地面の熱気を肌で感じられた幼い頃の記憶だ。<br>溢れずに器の底に残っていた古い記憶。<br><br>私はビー玉を握りしめ、目を閉じた。<br>部屋全体が波打っているのが分かった。<br>私は全身に力を込め、椅子から勢いよく立ち上がる。<br>大きな音を立てて椅子が倒れた。<br>激しい耳鳴りが一瞬私を襲い、柔らかな風が私の頬を撫でた。<br><br>目を開けると私は緑の草原の中にいた。<br>見渡す限りの草原は、雲の影を地平線へと運んでいく。<br>私は空を見上げた。<br>浮島のような雲を青空が抱えている。<br>瞼の裏に浮かんだ青空と同じ青だ。<br>私はもう一度、右手を握り締める。<br>手の中では、小さな空が懐かしい記憶を抱いていた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11630740152.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Oct 2013 00:58:57 +0900</pubDate>
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<title>空の軌跡</title>
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<![CDATA[ 眠たい目をこすり、朝焼けに染まる空を見上げた。<br>気の早い鳥たちが羽を広げ、焦点の定まらない陽光を切るように滑空していく。<br>鳥たちは空に思い思いの軌跡を描き、私は寝ぼけた頭の裏にその軌跡をぼんやりと写していた。<br>半分ほど開いた窓からは乾いた風が吹き込み、部屋の隅で小さく渦を巻いた。<br>「秋が行くね」<br>少女は名残惜しそうな声で部屋の隅を見て言った。<br>「すぐに冬がやって来るよ」<br>私は答えた。<br>コーヒーメーカーからはふんわりと温かい香りが立ち、部屋の隙間を埋めるように広がっていく。<br>私はマグカップを２つとり、コーヒーを注いだ。<br>ミルクとスティックシュガーを添えて、１つを少女に手渡す。<br>少女はマグカップだけ受け取ると、後はいらないと言った。<br><br>「それで、これからどうするんだい」<br>少女はマグカップを両手で持ち、唇に触れるかどうかというところで、息を吹きかけていた。<br>息を吹きかけながら、私の目を上目遣いに覗き込む。<br>薄茶色の瞳の奥では、窓から差し込む朝陽が時折きらめいた。<br>「どうするって」<br>１Kの狭い部屋には、使い古したTVと使い古された万年筆、束になった紙の山、少女の座っているベッド、足元には真新しい寝袋が転がっていた。<br>「今日は天気がいいから、どうするってこと。<br>それとも、私が将来どうなりたいかってこと」<br>少女はコーヒーを一口飲むと、顔をしかめた。<br>私はミルクを差し出す。<br>少女は少し考えてから、ミルクを受け取った。<br><br>「そうだな、まずは朝食の心配でもしようか。<br>今日は天気も良さそうだ。<br>朝食を食べたら、どこか外へ出掛けよう。<br>どこへ行くかも考えないとな。<br>確かに、『どうする』にも色々とありそうだ」<br>少女は僅かに微笑んだ。<br>年齢にそぐわない、大人びた影が少女の傍らで揺れていた。<br>朝陽の差し込む音まで聞こえてきそうな静寂が、肌から身体の中心に向かって染み込んでくる。<br>「どこへ行くかはもう決まってるよ」<br>少女はもう一口、コーヒーを口に含む。<br>今度は十分に味わってから、名残惜しそうに小さな音を立てて飲み込んだ。<br><br>「それで、どこへ行くんだい」<br>少女はベットから立ち上がり、私の手を握った。<br>過去の記憶の陽炎が心の琴線を揺らす。鼓動が少し高鳴った。<br>「決まってるじゃない。冬を迎えにいくのよ」<br>少女は私の手を引きながら、薄暗い玄関のドアを勢いよく押し開けた。<br>勢いを増した朝陽が、少女の華奢な身体を透かして、部屋に飛び込んでくる。<br>急な光に私は目を細める。<br>ふいに、少女の姿が光に溶けてしまいそうな、ひどく頼りなく恐怖が私を襲った。<br>少女の手は、なおも私の手を先へ先へと引いていく。<br>私は少女の手を少しだけ強く握り返した。<br>目はまだ開かない。<br>瞼の裏では鳥たちが、青空に隠れた冬を探して舞っていた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11625258700.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Oct 2013 01:00:48 +0900</pubDate>
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<title>海の養い子（５）</title>
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<![CDATA[ 「従者って何」<br>田舎町の海岸沿い、初老の男と少年が並んで座っている。<br>太陽もやや傾き始め、堤防に沿って並んでいた釣り人たちも、この時間になるとほとんど残っている者はいない。<br>深みを増し始めた海の青につられて、波音も２人に語りかけるように強く優しく響いた。<br>「船守の従者というのは、船守つまり海の養い子の世話をする役割を持った人のことだな。<br>身の回りの世話をしたり、船員たちとの橋渡しを行ったりしながら、船守と同じように船から降りることなく一生を海の上で過ごすことになる」<br>男は相変わらず少年を見ず、海の方へ向かって話している。<br>「じゃあおじさんは、そのライを海守の従者にしたの」<br>少年は男を斜めに見上げながら問いかける。<br>「いや、俺はライを従者にはしなかった。出来なかったというべきかな」<br>「どうして。ライは従者になりたいって言ったんでしょ」<br>「そうだな、確かにライは従者になりたいと言っていた。<br>でも、そんなに単純なことではないんだ、従者になるということは」<br>男はゆっくりと視線を海から少年へ移した。<br>「従者になるということは、海の一部になるということなんだ。陸での一切は捨てなければならない。<br>ライには船乗りになるという夢があった。<br>従者になったら、叶えられない船乗りという夢の傍らで、私と共に死ぬまで過ごすことになる。<br>ライはいつか俺を恨むことになるだろうと思ったのだ」<br>男の額には遠い日の苦悩を映し出すように、深いシワが浮かんだ。<br><br>「それでおじさんは、ライを従者にしなかったんだね。<br>陸で生きてもらうために。<br>でも、おじさんは今は陸にいるから、従者にしても良かったんじゃないの。<br>今のおじさんは、何だか少し寂しそうだよ」<br>男は力なく微笑んだ。<br>「そうだな、俺はあの頃からずっと寂しいのかもしれない。<br>ライもそんな俺の気持ちを感じ取っていたんだろうな。<br>でも、あの頃の俺はそんな自分の気持ちを認めることができなかった。<br>自分は誰よりも優れていて、一人でも十分やっていけると思っていたんだ」<br>斜めに差し込んだ夕日が、男の横顔を照らした。<br>「おじさんは海に帰りたいの」<br>「そうだな、やり残したことをずっと終わらせに行きたいと思っていたよ。<br>今日がその日なのかもしれないな。<br>さっき、光る魚が釣れただろう」<br>少年は頷く。<br>「うん、さっき食べた珍しい魚だ」<br>男も頷く。<br>「あれは、私たちの島では契約の魚と呼ばれているんだ」<br>「契約の魚」<br>少年は男の言葉の意味を確かめるように繰り返す。<br>「そう。海の養い子にしか釣れない魚だ。<br>この魚を養い子がさばき、従者にしたい相手に食べさせることで、海とその相手の契約が成立する」<br>男の言葉の後をついで、波の音が僅かな沈黙を満たす。<br>「えっ、どういうこと。さっき食べた魚が。<br>僕が従者になるっていうこと」<br>少年は事態が理解できず、声を荒げ、片膝になって男に詰め寄る。<br>男は落ち着いた様子で視線を少年から海へ移した。<br><br>「この魚が釣れたのは、俺が船を降りて以来だ。<br>今日は海に出るにはいい日なのだろう。<br>俺は海へ帰り、今度こそあの場所の先へ行くと決めた。<br>月明かりの導くあの海の先へ」<br>男の目は、海の先へ沈もうと揺らめく夕日をまっすぐに捕らえていた。<br>頭上では気の早い一番星が、夕暮れを待たずに輝き始めていた。<br>「人と違う運命を手に入れた気分はどうだ」<br>夕日を背に浴びた男の顔は影になり、口元の動きだけが僅かな見てとれた。<br>「どうして、勝手にそんなこと。僕はまだ何も言ってなかったじゃないか」<br>少年は立ち上がり、男の肩を握り締める。<br>「これは俺からお前へのプレゼントだ。<br>お前は普通の人生には興味がないと言った。<br>本心かどうかは俺には関係ない。<br>運命とはそうしたものだよ」<br>そう言うと男は立ち上がった。<br><br>「もし得られた運命を捨て、普通の人生を歩みたいなら、海には近づかないほうがいい。<br>お前はもう陸のものではなく、海のものになった。<br>夜の闇に紛れて、波音がお前を誘いに来るだろう。消して答えないことだ」<br>男は少年の手を握り、目を覗き込む様な姿勢で続けた。<br>「だが運命を受け入れるなら、風に帆を張り海へ出ろ。<br>どんなに小さな船でもいい。<br>海風がお前の行くべき道を示してくれる」<br>少年の瞳には、海面を反射した夕陽の最後の明かりが揺れていた。<br>遠くで、近くで、波音が響く。<br>いつまでも耳の奥に残りそうな残響だ。<br>男は海風を背中に受けながら、堤防の先へと歩いていった。<br><br><br>海の上に一人の男が立っている。<br>顔は影になり、年齢を伺い知ることはできない。<br>背筋はきちんと伸びているが、少年のようにも、年老いた男のようにも見える。<br>周囲をぐるりと水平線に囲まれ、くるぶし程までの海水の下には、砂浜のような白い砂がずっと先まで敷き詰められている。<br>見渡す限りの海は、磨き上げられた鏡のように、澄んだ夜空を写していた。<br>男が一歩足を進めると、足を中心にして波紋がゆっくりと広がっていく。<br>不自然に大きな月が水平線の先に浮かび、青白い光を海面に投げかける。<br>男は月へ向かって数歩足を進めては、広がる波紋を見つめるようにうつむいて足を止めた。<br>海風が月へ向かって一つ吹いた。<br>海面を滑るように、一艘の小舟が男の足元へと流れ着く。<br>背後では見慣れた海が波を揺らし始めた。<br>男は長く息を吐き出すと、腰に手をあて空を見上げた。<br>真横から差し込む月光を全身に浴び、男の影が背後に長く伸びた。<br>凪いだ海と見慣れた海が男を境に交わる。<br>月明かりは徐々に細くなり、波の音が大きくなってきた。<br>約束の夜がもうすぐ終わろうとしていた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11620191354.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Sep 2013 21:51:59 +0900</pubDate>
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<title>海の養い子（４）</title>
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<![CDATA[ 船上を囲む形に焚かれたかがり火が、パチパチと音を立てる。<br>月明かりをかき消すように、火の粉が勢いよく夜空へ舞い上がった。<br>幾重にも重なり合った男たちの笑い声も、火の勢いに負けじと空へ登っていく。<br>豊漁の宴が開かれていた。<br><br>男たちはいくつかの車座に別れ、中央には獲れたての魚や日持ちするように加工された干し肉、近くの港で買い入れた貴重な果物、それと酒が並べられていた。<br>波は穏やかで、空には雲ひとつ浮かんでいない。<br>男たちは大いに酒に酔い、普段は規律に厳しい船長も、この日ばかりは目をつぶっていた。<br>1日で数週間分の漁に成功し、自分たちの港に帰る目処が立ったのだから無理もない。<br>俺は船首付近の車座に船長と並んで腰を下ろし、目の前に並べられたひときわ豪華な食事に手を伸ばしていた。<br>身のしまった捕れたての魚はほのかに甘みがあり、さっと塩水で洗って食べるのが、一番の贅沢だった。<br>船長が俺の杯に酒を注ぎ、俺はそれを飲み干すと同じようにして船長の杯に酒を注いだ。<br>どんなに酔っていていても、他の男たちが、軽はずみに酒を注ぎに来るようなことはない。<br><br>宴は夜が更けても続き、顔を赤らめた男たちの間を一人の少年が忙しなく動き回っていた。<br>新たに切り分けた料理や酒瓶を手に持ち、空になった皿を交換したり、酒を注いだりしている。<br>彼は船の見習いとして乗船しており、主に雑用全般を担当しながら船乗りのイロハを覚えていく。<br>そして、数年するとようやく船乗りとして認められ、下っ端として漁に参加できるようになる。<br>それまでは、あくまで見習いなので、宴の席に並んで座ることは許されない。<br>唯一俺より年齢の若い乗組員は、自分には望めない弟を見るような不思議な感情を抱かせた。<br>時には船底に隠れて二人でたわいもない話をすることもあった。<br><br>宴の夜も皆が寝静まった頃合を見計らい、食事の残りを持って船底に降りていった。<br>見習いの少年ライは、ようやく宴の片付けを済ませ、食事をとっているところだった。<br>皿には料理に使った残りの、身が付いているかどうか疑わしいような魚の骨が乗っているだけだ。<br>俺は軽く微笑みながら、持ってきた皿を差し出した。<br>「そんなカスばかり食べてないで、こっちを食べろよ。今日は宴だ。お前だって働いたんだから罰は当たらないだろう」<br>ライは俺に気づくと軽く辺りを見回した。<br>「僕は無理いって船に乗せてもらっている見習いだから、船員の減らすことはできませんよ。本当は僕の分の水だって惜しいくらいです。でも、船守が食べろというんじゃ、お断りするのも失礼だし、頂くことにしようかな」<br>そう言うと、年相応の笑みを浮かべながら、片手で皿を受け取った。<br>ライの声には、他の船員にはない、親しみが込められていた。<br><br>俺はライの隣に腰を降ろし、持ってきた皿から一つ二つ口へ運ぶ。<br>「見習いは辛くないか」<br>そういった俺の顔を、ライは不思議そうに見上げた。<br>「そりゃ辛いですよ。でも、僕みたいな親なし子が海に出るには、これくらいの苦労は何てことないです。あと何年かすれば、ちゃんとした船乗りになれる。そうしたら、もう肩身の狭い思いもしなくていいんですから」<br>自分の不公平な身の上を理解し、納得した晴れやかな笑顔が眩しかった。<br>「でも、船守の従者にだったらなってもいいと思います。舟守は僕に優しいし、舟守とずっと一緒にいられるなら、そのほうが僕も嬉しい。船守だって・・・」<br>俺は手を上げてライの言葉を制した。<br>「ライ、気持ちは嬉しいよ。でもこれは軽はずみに決めていいことではないんだ」<br>「僕は」<br>口を開きかけたライを俺は再び制した。<br>「お前が真剣なのは分かってる、が今は何も言うな。これは俺の問題でもある。そんなに急かさないでくれ」<br>俺は何よりもライの可能性を殺し、得られたはずの未来を潰してしまうのが怖かった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11615277514.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Sep 2013 22:04:46 +0900</pubDate>
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<title>海の養い子（３）</title>
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<![CDATA[ 太陽は相変わらず高く、海は相変わらず青い。<br>海岸沿いに並んだ釣り人たちは、よく釣れた者から順に釣り場を離れ、家路へとつき始めた。<br>人影がまばらになった海岸線に、少年と初老の男が並んで腰を下ろしている。<br>男は竿に釣り糸を巻きつけると脇へ置いた。<br>「君には将来へ対する希望とか夢とか、そういうものはないんだな」<br>男は海を向いたまま少年へ語りかける。<br>「うん、大人になったって、どうせ良いことなんてないもん」<br>少年も海を向いたまま答える。<br>「俺みたいにだったら、してやれないこともない」<br>波音にかき消されてしまいそうな、か細い声で男がつぶやいた。<br>「それが幸せだとは思えないが」<br>「おじさんみたいにって、海の守り子になるってこと。<br>僕も海の守り子になれるの」<br>言葉を続けた男に食いつくようにして、少年は声を張り上げた。<br>「似たようなものになら、してやれないことはない。が君の幸せがそこにあるとは、俺には思えない。<br>俺の人生はそこにしかないが、君の目の前にはもっと多くの人生が広がっている。<br>選んでしまったら、戻るのは難しい」<br>男は視線を少年の方へ向けた。<br>波の音がまた少し大きくなる。<br>「少し昔の話をしようか」<br>海は何処までも続き、水平線の先で空へと続いていた。<br><br><br>海の上にも雨は降る。<br>幾層にも折り重なった積乱雲が、海の上に暗い影を落としていた。<br>大粒の雨が海面を激しく叩く。<br>俺は船首近くに立ち、雨に打たれながら海の匂いを嗅いでいた。<br>「海守。こんな雨だし、中に入ったらどうですか」<br>年かさのいったベテランの船乗りが話しかけてきた。<br>俺とは孫ほども年が離れていたが、船の上での海守（海の養い子）の権力は絶対視され、船長ですら敬意を払う対象となっていた。<br>軽はずみな言動は罰則を課せられることもあり、誰もが一定の距離を持って接することになる。<br>「雨はもうすぐ上がるよ。それに、この雨の向こうには、魚の群れが見える。進路を少し東に向けて進むように、船長に伝えて」<br>海の色さえも見えない土砂降りの雨の中、空を覆う雲はどこまでも続き、青空の影も見えない。<br>それでも船乗りは海守の言葉に従うほかないことを知っていた。<br>黙って振り返ると、雨の中へと消えていった。<br><br>雨は相変わらず降り続いているが、船の上は徐々に慌ただしくなり始めていた。<br>上半身をはだけた男たちが、女性の腕ほどもありそうな太い縄で編まれた網を肩にかけ、あっちへこっちへ走り回る。<br>俺は男たちの動き回る気配を背中に感じながら、船首に立って波の先や海の中を覗いていた。<br>声を上げなくても、俺が指をさすと船は自然とそちらの方へ曲がっていった。<br>どんなに天候が悪くても、船乗りたちが指示を見逃すことはない。<br><br>空を一面に覆っていた厚い雲に亀裂が走る。<br>太陽の光はいくつもの筋となり、海面へと手を伸ばした。<br>雨と風の切れ間を船は走る。<br>しばらくすると船の周囲を囲むように海面が泡立ち始めた。<br>「魚だ」<br>誰かが叫んだ。<br>船がにわかに活気づく。<br>「帆をたため」「網だ」「邪魔だ、どけ」<br>各人が思い思いの声を上げ走り回る。<br>威勢のいい掛け声とともに、網が海へと投げ込まれた。<br>船員総出で網を引くが、思うように網は上がらず、船は大きく傾いた。<br>男たちは歯を食いしばり、グイッグイッと縄を引く。<br>ようやく上げきった網には溢れんばかりの魚がぎっしりと詰まり、船の上は見る間に魚で覆われていった。<br>男たちは休む間もなく、網を投げ、引き上げる。<br>俺はその様子を男たちの背中越しに眺めていた。<br><br>魚の群れが通り過ぎる頃には陽も傾き始め、さらに釣り上げた魚の処理が終わる頃には、辺りに夕闇が漂い始めていた。<br>誰もが手も上がらないほどに疲れ果てていたが、予想以上の獲物を仕留めた興奮から、船には笑顔が溢れていた。<br>俺は一歩引いた場所から、そうした船乗りたちを眺める。<br>嫌いな時間ではないが、自分が仲間ではないことを強く感じさせる瞬間でもあった。<br>俺は道しるべであり、守り神。<br>仲間や友と呼べる存在を望むことは許されなかった。<br>夜が十分に更けると、大漁を祝う宴が開かれた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11607244580.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Sep 2013 13:38:14 +0900</pubDate>
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<title>幸せの天秤</title>
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<![CDATA[ 四方を真っ白な壁に囲まれた無機質な部屋で、大勢の人間が手を動かしている。<br>何らかの部品が乗せられた作業台が１人に１台割り当てられ、誰もがもくもくと作業をこなしていた。<br>顔まですっぽりと覆う白衣に包まれた作業者たちは、台の上に並べられた2つ、または3つほどの金属の山から必要な数の部品を取り出し、所定の手順で組み合わせていく。<br>組み合わされた部品は、作業台の横にある箱の中に無造作に放り込まれていった。<br>周囲には金属が擦れるカチャカチャとした音だけが響き、ビデオテープをループさせているように、抑揚のない時間がただ過ぎていく。<br>どこかで機械的なアラーム音が響いた。<br>人々は一斉に手を止めると、手首に巻かれたバンドに視線を落とす。<br>小さく喜びを表現するものと、うなだれて肩を落とすもの。<br>喜んだ方のグループは、軽い足取りで上へと続く階段を昇り、うなだれたグループは、足を引きづるようにして奥へと続く通路へと進んでいった。<br><br>作業者たちが作業台を後にし，それぞれの方向へと進み始めると、薄汚れた白衣に身を包んだ数人の人影がどこからか現れ、作業台の横に並べられた箱を台車に乗せて回収していく。<br>台車は狭い作業台の隙間を滑るように移動し、200はありそうな箱がみるみる片付いていった。<br>先ほどまでの作業者と同じように無言ではあるが、リズミカルな作業風景は踊っているようにも見える。<br>頭まで被った布でよくは見えないが、大人に交じって、少年らしき華奢な腕が時折のぞいていた。<br>人影はすべての箱を片付けてしまうと、休む間もなく作業者たちの消えた通路へと小走りで駆けてく。<br><br><br>ガツンガツンと、金属をぶつかり合わせる音が響いた。<br>「はい、皆さんはもうご存知だと思いますが、ここでは顔の布を取って素顔をされることは禁止されています。<br>今から食事の時間ですが、布を捲っていいのは口元まで。<br>もちろん私語も一切禁止です。これらを守れない方は、場合によっては腕の計測器を外すことになるので、十分に注意してくださいね」<br>全身白衣に包まれた集団の前に一人だけ、白衣を肘までまくり、顔を出した大柄な男が立っている。<br>短く刈り込まれた頭に、日に焼けた肌と筋肉質な身体つき。<br>丁寧な口調ではあるが、人を威圧することに慣れた横柄さが、立ち姿から滲み出ているような雰囲気を持った男だった。<br>両手に鍋とお玉を持ち、周囲の様子を見回しては、思い出したように両手を打ち付け、満足そうな表情を見せていた。<br>作業者たちは、数人一組の長机に腰を下ろし、目の前に並べられた空の器に黙って目を落としていた。<br>口を開くものはおろか、視線を外すものさえ一人もいない。<br>全員が何かにおびえたように、息を殺して時間が過ぎ去っていくのを願っていた。<br><br>ガタガタと台車を押す音と金属の擦れる音を立てながら、数人の人影が部屋に入ってきた。<br>前に立った男はあからさまに嫌そうな表情を向け、小さく舌打ちをする。<br>「これから食事を配るので、配り終わるまでは手をつけないでください。<br>全員に食事がいきわたったら食事を開始して構いませんが、食事はこれから20分とします」<br>食事を運んできた人影が、一斉に食事を配り始めた。<br>先ほどの作業場を片付けた時と同じように、一言も交わすことなく、それぞれの役割を迅速にこなしていく。<br>瞬く間に食事の準備が整えられていくが、数百人はいそうな人たちの配膳を数人で行うのは無理があり、配り終わる頃には残された時間は僅かとなっていた。<br>作業者たちは口にこそ出さないが、不満やイライラのこもった視線を汚れた白衣の人影に向けている。<br>小さな舌打ちや貧乏ゆすりまで聞こえるが、前の男は別段気にする素振りも見せず、上機嫌で鍋を鳴らしていた。<br>ささやかな食事の時間は、あっという間に過ぎ、機械的なアラーム音が無情に響く。<br>少しでも食事を口に入れようと詰め込んでいた作業者たちは、未練のこもった目で残った食事を見つめながら、しぶしぶ席を立ち始める。<br>「はい、では明日は6時から作業開始です。<br>各自割り当てられた部屋へ戻り、以後は外へ出ることは禁止となりますので、くれぐれも気をつけてください」<br>追い立てるように鍋を打つ音が一層大きくなる。<br>最後の一人が部屋から出るのを見送ると前の男は、うんざりだとでも言うように息を吐き出し、そばにあった台車を力一杯蹴とばした。<br>部屋中に台車の転がる大きな音が響く、その音に混じって押し殺したような呻き声が漏れた。<br>台車と一緒に、食器を片づけていた人影が引っ張られるようにして床に這いつくばっていた。<br>台車とその人影は、左の手首が手錠のようなものでつながれていて、蹴られた台車に引きずられる形になったのだ。<br>よく見ると手首と台車が繋がれているのは一人ではなく、他の人影も一様に台車に繋がれていた。<br>男は床に転がった人影を見下ろすと、僅かに微笑むようにして部屋を出た。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11596025596.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Aug 2013 00:07:57 +0900</pubDate>
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<title>生命の遠吠え</title>
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<![CDATA[ 照りつける陽射しがジリジリとアスファルトを焦がし、彼方まで伸びる道路の地平線辺りでは、陽炎が揺らめいている。<br>頭上からの陽射しとアスファルトからの照り返しで、身体中の水分がみるみる失われていくようだ。<br>道の両脇には乾いた草がまばらに生えた荒野が広がり、遠くでは蜃気楼のような山並みが広がっている。<br><br>老人は止めどなく流れ落ちる汗をヨレヨレのシャツの袖で拭いながら、疲れた足を一歩、また一歩と前へと運ぶ。<br>通りに人の姿はなく、車の一台も通りそうにない。<br>時折、荒野を吹き抜ける甲高い風の音に、老人は怯えたような表情で後ろを振り返った。<br>足取りは重く、しかし、どこかそわそわと落ち着きがない。<br>何かに追われているのか、何から逃げているのか、形のない恐怖は常に老人の肩口に手を伸ばす。<br><br>太陽はゆっくりと影を伸ばし、オレンジ色の光が辺りを染めていく。<br>夕日に照らされ、老人の顔に刻まれた皺が、深い傷のように影を作る。<br>どこかで犬が遠吠えを始めた。<br>荒野に一匹、たくましく生きていく力強さを含んだ声だ。<br>老人は疲れた足を休めると、軽く腰を伸ばし空を見上げた。<br>地平線の彼方に沈もうとする夕日が、今日一番の力を振り絞る。<br>僅かに生えた草花は夜に備え、最後の一滴まで光を受け止めようと手を伸ばす。<br>生命は輝いていた。<br><br>老人は目を閉じ、瞼の裏で感じる光に、過ぎ去っていた時間の温かさを重ね合わせた。<br>目を開けると、夕日は空へ帰り、薄く暗がりが広がっていた。<br>道はまだ続いている。<br>老人は月明かりに照らされた青白い道を、また歩き始めた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11588148661.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Aug 2013 18:45:07 +0900</pubDate>
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<title>海の養い子（２）</title>
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<![CDATA[ 「海の養い子って何のこと。そんなの聞いたことないよ」<br>少年は堤防に腰かけたまま、見上げるようにして男の顔を覗き込む。<br>足元から吹き上げる風に乗って、潮の香りが少年の鼻をくすぐった。<br>男は縮れた髪をなびかせる。<br>「俺はこの辺りの生まれじゃなくて、若い頃は、もっとずっと南のほうで暮らしていたんだ。<br>小さな島でな、独自の風習なんかもたくさんあった。<br>海の養い子というのも、そのひとつだ」<br>「海の養い子だと、どうして餌がなくても魚が釣れるの」<br>「海の養い子というのは、つまり海の子供のことだ。<br>子供が健やかに育っていけるように、生きるのに必要な食べ物を海が運んでくれるのさ」<br>そういうと、男は身体を少し前のめりにし、視線を落とした。<br>海の深い場所を覗き込んでいるようにも、海と会話をしているようにも見える。<br>海面に反射した光が、男の瞳の中を泳いだ。<br><br><br>月の光の射さない新月の夜、空から隠れるようにして、海の養い子は生まれると言われている。<br>古い養い子が死ぬか、姿を消すかした後、新月の夜に生まれた子供が次の養い子となる。<br>島にいくつかある船団の母船に、それぞれ１人ずつ、守り神として乗せられる風習になっていた。<br>養い子の乗った船は嵐に会うことはなく、豊漁に見舞われることが多い。<br>それは自分の子供を育てる船乗りたちへの、海からの贈り物だと信じられていた。<br>通常、海の養い子は生涯を通して船から降りることはなく、船の上で一生を過ごす。<br>怪我をしたり、病をえたりすることはほとんどないが、寿命を全うすることも、また稀だった。<br>多くの養い子は、生まれた時の様な新月の夜に、誰にも知られることなくひっそりと姿を隠してしまう。<br>船乗りたちは、養い子が海へ帰ったと盛大な宴を催し、見送るのが通例だった。<br>そして船を港へ戻し、次の養い子が生まれるのを待つ。<br>すぐに生まれることもあれば、何年も生まれないこともあった。<br>その間、船乗りたちは遠い沖へ出ることはなく、近海で生きるための最低限の漁をして暮らす。<br>海とともに生き、波に任せて生きる海の民の島だった。<br><br><br>「それで、おじさんがその海の養い子だったの」<br>少年は遠い異国の話に興味を引かれたのか、身体を男の方へ寄せながら口を開いた。<br>「まあ、そういうことだな」<br>「でも、養い子は船の上で暮らさないといけないのに、おじさんは何でここで釣りをしているの」<br>少年の言葉に、男は苦笑いを浮かべた。<br>「それはだな、俺が出来そこないだったからだろうな、多分。<br>他の養い子に出来たことが俺には出来なかった。<br>だから海を離れ陸に上がって、こんな年になって、こうして釣りをしている。<br>いや、釣りをすることしか出来ないんだ」<br>少年は黙って男の横顔を見ていた。<br>周囲では相変わらず、老人たちが釣り糸を上げ下げしている。<br>「おじさんは僕と一緒なんだね」<br>ぽつりとつぶやいた。男は少し驚いた表情をしている。<br>「こんな中年を捕まえて、自分と一緒とは面白いことを言うな。<br>お前さんはまだまだ若い、俺とは全然違うだろう」<br>少年は何度か首を横に振った。<br>「僕は何をしてもだめなんだ。足も遅いし、成績も悪いし。<br>みんなが当たり前に出来ることが出来ないんだ。<br>それで、どこにいても、いつも一人なんだ。ね、おじさんと一緒でしょ」<br>男が声を立てて笑った。<br>周りの釣り人たちが、迷惑そうに顔をしかめるが、男は構わず笑い続けた。<br>「それは、確かに俺と一緒だ。俺も長いこと一人だったからな。<br>こんなに笑ったのも、いったいいつ以来か」<br>少年も男を見て微笑んだ。<br>「だがな、本当のところでは、やっぱり俺とお前は違うんだ。<br>俺にはそれしか生きるための道が用意されていなかったし、それすらも上手く出来なかった。<br>でも、お前さんには、たくさんの可能性と未来が残されている。<br>羨ましいじゃないか」<br>「僕にはおじさんのほうが、羨ましいよ。生まれた時から特別なんて、かっこいい」<br>波の音が大きくなり、色彩の一部が失われたように、海の色が暗くなった。<br>それまで子供を諭す父親の様だった男の口調が、ひとつ低くなる。<br>「人ではなく海の子として生まれ、一生を海の上で生きる、そんな人生が本当に羨ましいか」<br>「うん、普通よりもずっといい」<br>「そうか」<br>男は腰から使い込まれた肉厚なナイフを取り出すと、握っていた魚を手掴みのままおろし始めた。<br>ほとんど無意識に、流れるように手が動き、見る間に魚が切り身にされていく。<br>男は一口大の切り身を少年の前に差し出した。<br>陽の光を浴びて輝いていると見えた魚の身は、身そのものが光を放っているような、淡い海色の輝きを放っていた。<br>「これなんて魚」<br>男は少年の問いかけには答えず、食べてみろと切り身を差し出す。<br>少年は仕方なく切り身を受け取り、手掴みで口へと運んだ。<br>さっきまで泳いでいたとは思えないほど身は柔らかく、海水のほのかな塩分がより甘さを引き立てた。<br>「美味いだろう、それが海の養い子にだけ許された海の恵みだ」<br>男がにっこりと微笑んだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11584207540.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Aug 2013 13:31:02 +0900</pubDate>
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<title>海の養い子（１）</title>
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<![CDATA[ 「頭の上には昼の青空があって、空の半分から下には夜が広がってるんだ」<br><br>煉瓦作りの朽ちかけた家々の連なる海岸線、街を潤す砂浜もなく、打ち寄せる波音も湿気た花火のように、どこか歯切れが悪い。<br>人々はその日の食事にありつくために、日がな一日、海に向かって竿を傾けている。<br>若者たちは、とうにこの街に見切りをつけ、都会へと移り住んでいった。<br>残っているのは、時代の流れに取り残された老人たちくらいだ。<br>夏も盛りを迎えると、申し訳程度に親の顔を眺めに来る息子や娘、その子供たちが訪れ、いつもよりほんの少し街に活気が戻ってくる。<br><br>海岸沿いの堤防を一人の少年が歩いている。<br>10才を少し超えたくらいだろうか。目元を僅かに覆う黒髪が風に揺れている。<br>華奢な身体についたアンバランスに長い手足をブラブラとさせながら、足元に視線を落としたり、海を眺めたりしている。<br>堤防ではいつものように老人たちが釣り糸を垂らし、その日の食事を狙っていた。<br>たまに訪れた家族に少しでもいい物を食べさせたいと、いつもより浮ついた雰囲気で竿が上げ下げされていた。<br>忙しなく釣りをする老人たちの列に一人、少し年の若い初老の男が座っていた。<br>長年潮風にさらされ、水気をなくした茶色がかった髪を風になびかせ、片膝を立てた態勢で水平線辺りにぼんやりと視線を投げている。<br>釣竿に片手をかけているが、注意を払う様子はない。<br><br>男の浮きが一つ、二つ小さく動く。<br>少年は小さく声を上げた。<br>男は竿に視線を向けることさえしない。<br>そうする間にも、竿の震えは勢いを増していく。<br>「ねぇ、引いてるよ。何で釣り上げないの」<br>男の真後ろまで足を進めたところで、少年は初老の男に声をかけた。<br>男は初めて気づいたように竿に視線を落とすと、ゆっくりと少年の方を振り向いた。<br>「引いてるな」<br>男はゆっくりと竿に視線を戻す。少年も同時に視線を竿に向ける。<br>小刻みに震えていた竿が、ピタッと動きを止めた。<br>「ほら、逃げられちゃった」<br>男は海へ視線を落としたまま、少年に向かって竿を差し出した。<br>「魚が欲しいのなら、この辺りはよく釣れるから、自分で釣るといい」<br>「魚が欲しいのはおじさんでしょ。せっかく獲物がかかったのに勿体ない」<br>少年はため息交じりに言葉を返す。<br>「若いうちから、そんなに生きることに一生懸命だと、いい大人になれないぞ」<br>男は肩越しに少年を見ると、僅かに微笑んだ。<br><br>「いいか、俺はここで釣りをしていたわけじゃなく、海を眺めていたんだ。<br>何も持たずに海を眺めていると、周りの人間が怪訝な顔をするから、仕方なく釣竿を垂らしていた。<br>だから、魚がかかったからといって、釣り上げる必要もないんだ」<br>少年は納得のいかない表情のまま海を見ている。<br>「食べる気もないのに針にかけられて、魚だって可哀そうだ」<br>男は竿を軽く振ると、針を手元へ引き寄せた。<br>「そうだな、俺もそう思う。だから、せめて針には餌をつけないようにしているんだ」<br>そう言って、むき出しの釣り針を少年に向ける。<br>使い込まれた釣り針は、陽の光を反射して鈍い輝きを帯びていた。<br>「うそだ、餌をつけないで魚がかかるわけないよ。餌がないのは、さっきの魚に取られたからでしょ」<br>男はにっこりと微笑むと、見てろ、と餌のついていない釣り針を海へ放り投げた。<br>釣り針は緩やかな放物線を描き、着水する時に小さく飛沫をたてた。<br>少年は針の先を目で追いながら、堤防の縁に腰を下ろす。<br><br>糸の先ではゆらゆらと波が揺れ、乱反射した陽の光が、賑やかに海面を彩っている。<br>１分経ち、２分経ち、３分あまりが経過する頃、釣り糸に変化が表れた。<br>小さなあたりがいくつかあり、すぐに勢いよく海中へと糸が引き込まれた。<br>男は当然という顔で、引き込まれる糸を悠々と泳がせ、魚と何度かやり取りした後、大きく竿を上へ振り上げた。<br>弾けた水しぶきが宙を舞い、舞い散る桜の花びらのように折り重ねって、少年の周りを取り囲んだ。<br>水しぶきが落ち着いた時には、男の手にキラキラと光る魚が握られていた。<br>両手で少し余るくらいの身体は、陽の光を受けてキラキラと輝いている。<br>「ほらな、言った通りだろう。餌をつけなくても、俺には魚がかかっちまるのさ。<br>俺は海の養い子だからな、仕方がないんだ」<br>男は少年の顔の高さに魚をかかげると、得意そうにそう言った。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/short-dream/entry-11583075449.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Jul 2013 18:41:18 +0900</pubDate>
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