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<title>shuheiのブログ</title>
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<description>日々感じたことを素直に発信します。</description>
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<title>これから</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">新しいブログをスタートできました。よろしくお願い致します。</font></p><p><font size="3">　</font></p><p><font size="3">↓こちらです。</font></p><p><a href="http://blog.livedoor.jp/shu_road/">http://blog.livedoor.jp/shu_road/</a></p>
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<pubDate>Sun, 01 Jun 2014 19:04:29 +0900</pubDate>
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<title>卒業</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">突然ですが、これまで続けてきた本ブログを、終了したいと思います。今まで読んで頂いた皆様、ありがとうございました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その理由は、ブログのテーマを少し変えたい、と思ったからです。仕事をしながら大学院で、幸福感や、文化・芸術を活用したまちづくりを学んでおり、今後は新たに、大学院での研究に関連するテーマを中心に取り上げていきたいと考えています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">新しいブログがスタートしましたら、またお知らせ致します。これからもよろしくお願い致します！(^-^)/</font></p>
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<pubDate>Sat, 24 May 2014 23:29:05 +0900</pubDate>
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<title>代わりがない</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">新聞で医療事故の記事を読みました。若い医師が患者の脊髄（せきずい）をエックス線撮影で検査する際、使用を禁止されている造影剤を誤って注入し、その患者さんは亡くなられました。造影剤には色々な種類があるにもかかわらず、その医師は「どれも同じで問題ないと思った」と、使用禁止との認識がありませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ご遺族のお気持ちを察すると、何も言葉が見つかりません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あらゆることにおいて、「代わりがない」ということほど尊いものはないと、あらためて思いました。</font></p>
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<pubDate>Mon, 21 Apr 2014 23:54:36 +0900</pubDate>
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<title>座右の銘（4/4）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">小事が大事を生む。これは、何事にも通じる、日本人に馴染みのある徳かもしれません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この言葉を私は特に、何か少し大きめの目標を成し遂げようとするときに、期限までに日々コツコツと地道に努力して積み上げていく、という意味で使っています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">このように思考するかどうかは、日本人の中でもその人の性格によるかもしれません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">人間関係の問題や、社会的トラブル（ニュースになるような事故など）においても、ちょっとした配慮のなさや放置の積み重ねがやがて大きな災いにつながってしまいます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">継続は力なり、と言い換えることができますが、とかくスピードが求められがちな風潮の今日、先入観や大勢に囚われず自分の頭で考えて信じる道を一歩ずつ着実に進むことが見直される時代とも言えます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<pubDate>Sun, 08 Dec 2013 23:33:34 +0900</pubDate>
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<title>“環境”という言葉（その4）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">すぐそばにいる人や身近な人を思うことはもちろん、地球の一員という自覚も少しずつ持ちたいと思っています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">公害や生態系の破壊が問題となった20世紀後半に“環境”という言葉が注目されるようになってから半世紀がたちました。いつのまにか「自分」の意識が強くなり自分以外の対象と境界線を引いて外部化していたことを証明しています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">環境を自分に内包化し、環境と自己同一化する意識を持つようにすれば、“環境”という言葉の存在がいい意味で薄まっていき、環境問題が少しずつ改善の方向に進んでいくと思います。(^_^)v</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/shu-road/entry-11629802857.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Oct 2013 23:27:55 +0900</pubDate>
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<title>“環境”という言葉（その3）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">田坂広志氏は、交換（利己）経済に代わって「ボランタリー（贈与・利他）経済」に少しずつシフトしていくことが大切だと述べています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">モノや貨幣といった目に見える資本だけを直接追求するのではなく、信頼・関係・評判・文化・知識といった目に見えない資本も併せて主目的にすることです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">買い手や社会といった直接的な見返りがない対象にも深く配慮する精神は、かつて日本の商人が持ち合わせていたものですが、物質的な豊かさを実現した21世紀、IT革命によって信頼・関係・評判・文化・知識を介したボランタリーな活動が再び展開されるようになりました。NPOや社会起業家なども、現代版のボランタリー経済です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あと10年ほどのうちにボランタリー精神の経済へ転換しなければ、物質的な豊かさもIT技術に頼れる余力も徐々に減少し、交換経済という価値観だけに囚われていると失望が日本に蔓延してしまうリスクに直面するかもしれません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">最後にまとめると・・・(^_^)v（続く）</font></p>
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<pubDate>Sun, 06 Oct 2013 23:03:15 +0900</pubDate>
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<title>“環境”という言葉（その2）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">今の日本では、お金（収入）がないと暮らせない人がほとんどだと思います。稼げば稼ぐほど良い生活ができることに間違いはありません。個人や自由が尊重され、逆に自己責任が課される社会となりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">発明者や企業は、新しい科学や技術によって利益を得ますので、同時に生まれるリスク（例えばクルマなら、二酸化炭素排出による気候変動や、交通事故死など）に自ら言及することは短期的には何のメリットもありません。また、リスクは不特定多数の人々に影響を及ぼすため、科学的な証明が困難です。おのずとリスクは軽視されることになります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">でもこれからは、稼ぐことを通して同時に世の中への感謝と他者（自然界を含む）への思いやりを常に忘れないことが求められるステージに入りました。共同体、共生、包摂、平等（富の分配）が大切になっていきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">古川元久氏は、「足るを知る」ことを21世紀の日本の状況にカスタマイズして「世の中への感謝と他者への思いやりを持つこと」と解釈していますが、そのとおりだと思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そういえば、アダム・スミスも経済にはSympathy（同感・共感・思いやり）という道徳心が欠かせないと言っていました。私がコラムで引用していたことを思い出しました。</font></p><p><font size="3"><a href="http://www.gnh-study.com/column/column131.html">http://www.gnh-study.com/column/column131.html</a> </font></p><br><p><font size="3">では具体的に、経済的な取引の場面でどのような点に気をつけていけばよいのでしょうか。(@_@)（続く・・・）</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p>※今回のテーマは、毎日新聞社「新・資本主義宣言」で勉強させていただきました。</p><br><br><p></p>
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<pubDate>Sun, 06 Oct 2013 22:24:59 +0900</pubDate>
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<title>“環境”という言葉（その１）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">日本の最大の目標は経済成長となっていますが、少しずつ見直していかなければならない根本的な理由が二つあります。</font></p><br><p><font size="3">一つは物理的な有限性です。地球あるいは宇宙が有限である限り、成長し続けるのはどこかの時点で不可能となるからです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その意味では、極言すれば、実は自由は存在しないと言えます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">もうひとつは経済が「複雑系」と言われている点です。従来は機械のように制御できると思われていましたが、人の手を離れて一人歩きし、まるで経済自体が意思を持っているかのように予測不可能な動きをするからです。</font></p><br><p><font size="3">経済にも、「ちょうどいいサイズ」という視点が必要だと思います。</font></p><p><font size="3">では、ちょうどいいサイズに収めるためにはどうすればいいのでしょうか？（続く・・・）(*^ー^)ノ</font> </p>
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<pubDate>Sun, 06 Oct 2013 19:57:14 +0900</pubDate>
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<title>自分の幸せ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">イギリスの外交官である夫ジョージ・サンソムの赴任に伴って、1928年から36年までの8年間、日本で暮らしたキャサリン・サンソムさんの日本印象記「東京に暮らす」（岩波文庫）を読みました。</font></p><p><font size="3">とある一節をご紹介します。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「日本人は、個人としては、私たちと違って人生にいろいろと期待を持つわけではなく、所有欲もはるかに少ないということがあります。それから、家族の一員としての修行が、仕事と呼んでもいいくらい厳しいということがあります。いろいろな義務を果たさなくてはなりませんし、家族の一員としての責任も無視するわけにもいきません。その結果、どうしても自分の世界に引きこもることになるのです。それだけが私的自由を確保できる道なのです。」</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私の青年時代（1980年代）を振り返ってみると、50年前の1930年代に色濃く残っていた上記のような日本文化は徐々に薄れていく過渡期にあったように思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">地域社会や家族から個人が受ける制約は、欧米先進国から教育・経済・科学・技術などを吸収することによってどんどん弱まっていきました。代わって、人生にいろいろと期待が持てるようになり、所有欲も湧き、私的な自由が拡大していました。</font></p><br><p><font size="3">それから約30年を経た2013年の今日も、この大きな潮流は変わっていないように思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">でも、潮流はいつか必ず変わるはずです。以前ブログにも書いた、歴史が証明している“慣性・作用/反作用・ししおどし、の三つの法則に従って。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私自身はこれからの50年、自由を享受しながらもそれに甘えることなく、自由を支えている社会的な土台に注意を払って大切にするとともに、自由の隣りで損なわれている、幸せでいられるための価値（暮らしの安定・安心、将来への希望・見通し）を失わないようにしたいと思っています。やがて訪れる潮流の変化を地球にとって望ましいものとするためにも。o(^-^)o</font></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/shu-road/entry-11623666824.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Sep 2013 20:44:09 +0900</pubDate>
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<title>農山漁村と貿易</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">農山漁村と貿易との関係を、自然災害や国際紛争などのリスクの観点から考えてみます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">都市部では、水や食料を海外から安く輸入しています。中国など豊かな国が増えていくにつれ、水と食料の獲得競争・供給不足・紛争によるエネルギー不足などで輸入価格が高騰し、手に入りにくくなるリスクがあります。そのとき、国内の農山漁村で生産している農産物・海産物が手に入ればとても助かります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">他方の農山漁村では、自然災害に見舞われてしまったとき、自給していた食料が壊滅的な打撃を受けてしまう可能性があります。そのときは、都市部で流通している外国産の食料品は大変ありがたい存在となるでしょう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">つまり、多くを輸入に頼りながら、予測が難しい自然災害とも隣り合わせの日本にとって、自給自足の農山漁村も、外国との良好な貿易関係にある都市部も、実は双方にとって大切な存在であることがわかります。(o^-')b</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/shu-road/entry-11620029350.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Sep 2013 17:30:38 +0900</pubDate>
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