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<title>ビジネスでもプライベートでもなく今日も今日とてスパンキン！</title>
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<description>日々のアクションに対するインサイトをアウトプットすることで、マイメンのオピニオンにイノベーティブなパラダイムシフトをクリエイトすること、また、バリューのアドオンにコミットする。ジャストアイデアですが。</description>
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<title>CMとは何なのか</title>
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<![CDATA[ 最近、WEBサービスの集客について考える事が多い。<br><br>集客といえば、真っ先に想起されるのは広告だろう。<br><br>この文章の右に見えているアレだ。スマホなら下で今この瞬間もウロチョロしている邪魔なアレだ。<br><br>その気になれば僕はこの広告枠を買い取り、自分の電話番号を書いた画像を乗せて、このブログを見ているギャル達にリーチしてウハウハな夢世界に旅立つことができる。<br><br>この広告枠の価格は、ほぼPV数で値段が決まると言って差し支えない。<br><br><br>では、CMの値段は、どうやって決まっているのか。<br><br>ぶっちゃけ、ここに根拠は１ミリも無いと思っている。<br>所詮、視聴率はランダムに選んだ6600世帯を元に決まっているのだ。<br>たまたまその6600世帯全てがトルコ人だったとしたらケバブ特集が視聴率400%を叩き出すことだろう。<br><br>CMの効果測定となると、更にアテにならない。全てが推定に過ぎないのだ。<br><br>「多分このCMを見た人のうち0.01％がウチのサービスを使うだろう」<br><br>この0.01％の合意を得るためにキャバクラ接待が行われ、僕のような新人が飲み過ぎて吐いて、上司が媚びへつらい、僕は吐いて、翌朝には試算をまとめ、吐いて、遅まきながらヘパリーゼを飲んで吐くことになる。<br><br>試算にしたって「道端に置いたバナナの皮をエゾジカが踏む確率」を計算するのと精度はさほど変わらない。<br><br>こんなに効果の不透明な媒体に出稿する企業は、本当に儲かっているのだろう。<br>大学生諸君は今すぐ会社四季報を焼いて暖炉にくべて、代わりにCMの放送回数を記録して就職先を決めたほうがいい。<br><br><br>大体カンの良い人は気づいただろうが、僕はCMが大嫌いだ。<br><br>逆に、CMに頼らず集客しているサービスが大好きだ。<br>更に逆に言えば、元々CMは使っていなかったサービスが突然CMを使い始めたら、僕はそのサービスを嫌悪する。<br>そこに更に逆を言えば、CMを打ち切った企業には喝采を浴びせる。<br><br>とはいえ、これまでガンガンCMを流していた会社がCMを打ち切る時には、大体ロクなことがない。<br>目の付け所がシャープじゃなかったり、粉飾決算のleading innovationをしていたりする。<br><br>このブログを見ているあなたも、CMの使い過ぎには気をつけよう。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12135341221.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Mar 2016 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>痒いところが分からない症状による日本の労働生産性低下に関する考察</title>
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<![CDATA[ 最近、非常に仕事が多い<br><br>それでもブログを書く余裕があるのだからまだ死期は遠いのかもしれないが<br>個人的には５月の桜、散りかけの気分だ。<br><br>そして確実に、異常な肉体症状が出始めている。<br><br>最近、全身がかゆい。<br>それはもう、常にかゆい。<br>しかし困った事に、かゆいところが全く分からないのだ。<br><br>手首がかゆいと思ってひっかいたら、全く気持ちよくない。<br>その代わり、痒くも何ともないふくらはぎを掻くと気持ちよかったりする。<br><br>例えるならキレのいいスライダーを投げられたような気分だ<br>ここだ！と思ってバットを振るものの、まるで煙のようにバットをすり抜けてしまう<br><br>別のものに例えるなら、ベッキーのようだ。<br>町中ですれ違って「かわいい！」と思って振り返るものの、よく見ればそれなりに不細工である。<br>肩すかし、と言うのだろうか。その感覚に近い。<br><br><br>こうも痒いところが分からないと、四六時中全身をかきむしることになる。<br>ここ数ヶ月、全身をかきむしり続けて見えてきた、いくつかのルールがある。<br><br><br>１：同じ攻撃は、二度効かない<br><br>この痒みに同じ攻撃は二度通じない。<br>さっきは気持ちよかった場所をかいても、そこが快感を生む事は断じて無い。<br><br>さながらコンパスと海図だけを頼りに七つの海をさまよった大航海時代の船のように、今日も僕は全身を自分の指と爪だけを頼りに航海している。<br><br><br>２：最初に痒くなった場所は、大体ハズレ<br><br>ゆえに、最初に痒くなった場所には一つフェイントを入れる。<br>「掻いちゃうぞ」とアピールすることで痒みが移動するので、そこを仕留める。<br><br>魚の追い込み漁と同じ要領で、左手でかゆみを牽制しつつ右手で刺す。<br>左手は添えるだけ・・・<br><br><br>３：本当に大切なものは、失ってはじめて気づく<br><br>しかし、掻きむしるのに没頭しすぎてはいけない。<br>あなたが掻きむしっている間、あなたの仕事は止まってしまうし、<br>なにより周りの誰が見ているか分からないのだ。<br><br>僕は小さい頃、誰にも見られることなく鼻くそをほじるのが特技だと信じていた。<br>しかし去年の同窓会で「お前、めっちゃ鼻くそほじってたよな」と指摘され、非常に大きなショックを受けた。<br>自分が思っている以上に自分は見られているようだ。<br><br>そして一度「鼻くそをほじるやつ」と思われたが最後、「鼻くそをほじらないやつ」というステイタスは永久に失われる。<br><br>僕が将来「情熱大陸」に出演し、UNICEF募金に1億円を寄付し、ベンガルトラの絶滅を食い止めたとしても彼らに取って僕は「鼻くそをほじってたやつ」でしかない。<br><br>金は後で手に入れられるが、汚名は二度と返上出来ない。気をつけよう。<br><br><br>４：ひたすらにレベルアップしていく<br><br>あなたが、たまたまスイートスポットを見つけて掻きむしったとしよう。<br><br>それは、まだ序章に過ぎない。<br><br>ポケモンに例えるなら、マサラタウンの茂みに出てくるレベル２のキャタピー。<br>その気になればトレーナーが直接なぐって倒せるレベルだ。<br><br>しかし奴ら、痒みは進化する。<br><br>最初は手首だったスイートスポットが、どんどん難解な場所に移動するのだ。<br>手首→ふくらはぎ→足の裏→背中のど真ん中→ケツ→ケツの穴の横（今ココ！）<br><br>お客様への提案アポ中に、徐々に難易度の上がるスイートスポットを網羅する難しさがお分かりいただけるだろうか？<br><br>わざと落としたペンを拾う一瞬、靴下を引っ張ることで革靴に守られた足を掻く。<br>「あちらのグラフをご覧ください」とプロジェクターが映し出した映像を指差し、クライアントの注意を逸らした一瞬の隙に背中を掻く。<br>ちょっとハンカチを探しているフリをしてケツの穴を掻く。<br><br>これだけの事をしながら同時並行でクライアントの課題解決を図るのは、並大抵の事ではない。<br><br>正直、脳みその９割は痒いところを探すのに費やしている。<br>残り１割は今夜の献立について考えている。<br>これだから僕は生産性が低いのだろう。<br><br>この一件を経て、日本人の生産性が低いと常々批判にさらされている責任の所在が垣間見えた気がする。行政だ。<br><br><br>５：戦う以外の選択肢は、ない<br><br>野菜を摂る？運動する？ストレスを減らす？そんなものは凡夫の発想だ。<br>真の猛者は、ひたすらに戦う。<br><br>栄養バランスを崩し、運動を怠り、自分より立場の低い者に当たり散らしながら<br>痒みとの戦いに真摯に向き合っている。<br><br>佐藤優は、著書でこう述べている。<br><br>「ケツの穴が痒ければ、恥ずかしがらずに掻く。これがウラジオストクで私が学んだ、交渉の極意です」<br><br>僕らは日々、目の前の仕事と戦っている。<br>それが社畜戦隊サラリーマンの使命だ。<br><br>だから、僕も痒みから逃げない。<br>明日は孫の手とアナルビーズを買って、万全の準備で挑みたい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12134981357.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Mar 2016 08:00:00 +0900</pubDate>
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<title>コミュ障によるカスタマーヒアリング</title>
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<![CDATA[ 今日は、担当商品に関するカスタマーヒアリングをしてきた<br><br><br>が、ここには大きな問題が潜んでいる。<br><br>僕はコミュ障なのだ。<br>自分については常に雄弁に、いくらでも話し続ける事が出来る。<br>それこそ道端にタンポポが咲いていた事について１時間話せる。<br><br>しかし相手から話を聞くのが致命的に苦手だ<br><br>「あ、どうもシュンです」<br>「どうも」<br>「えっと・・・利き腕はどちらですか？」<br>「えっ？あ・・・え・・・右です」<br>「あ、右ですか・・・良かったですね。世の中の大半の製品は右利きの人が使いやすいように作られているので、左利きの人は日々蓄積するストレスが原因で右利きより短命だそうですよ」<br>「あ、そうですか・・・」<br>「えっと・・・ご趣味は？」<br>「あ・・・読書です」<br>「へぇー・・・」<br>「・・・」<br><br>こんな調子だ。<br><br>つまり人と「雑談」ができない。<br>うんちくか、訳の分からない思想の押しつけか、キックボクシングのスパーリングしかできない。<br><br>そんな僕が、カスタマーヒアリングをする。<br><br>これは例えるなら先端恐怖症の人間がフェンシングでソチ五輪を狙うとか、<br>風が吹けば足が複雑骨折するような軟弱人間がラグビーをやるようなものだ<br><br><br><br><br>というわけで、先週はモデレーターの技術やら雑談力に関する本を20冊以上読んで<br>日常会話で徹底的に練習して、カスタマーヒアリングに備えて来た。<br><br><br>先週学んだ知識によると、どうやら商品価値には、いくつか段階があるらしい。<br>機能的価値、情緒的価値、精神的価値だ。<br>（こうして何かを分類するだけでマッキンゼーで働いているコンサルタントの気分が味わえる。<br>　世の中には二種類の液体が存在する。牛乳と、牛乳以外だ。という具合に。）<br><br>例えば車を購入した理由を分類するとしたら<br>「マニュアル車だから買った」が機能的価値<br>「マニュアル車を操れるカッコいい男と異性に思われたいから買った」が情緒的価値<br>「異性にカッコいい男と思われると余裕が生まれて、幸せを感じるから買った」が精神的価値<br><br>みたいな感じだ。<br>カスタマーヒアリングはこれら全ての価値を余す事無く聞き出す必要があるらしい。<br><br><br>例えば僕が今日、夕飯にひじきのごった煮を購入した理由を分類するとしたら<br>「ひじきは健康に良さそうだから買った」が機能的価値<br>「スーパーでひじきを買う僕を見たギャルが「あぁ、あの人は自分の健康に細心の注意を払うことで常にプロとして仕事に全力で挑めるように自己管理している人なんだから私のことも大切にしてくれるに違いない抱かれよう」と思われたいから買った」が情緒的価値<br>「ギャルを抱きたい」がゲスの価値。そう、僕はゲスなのだ。<br><br><br>論点（イシュー）が少しズレてしまったが、日々の会話（コミュニケーション）を違った観点（パラダイム）で見ると、新しい（イノベーティブ）発見（ブレイクスルー）があって面白いので試して（PDCA）ほしい。<br>（マッキンゼーで働く感覚は、横文字を多様する事でも味わえる。<br>　なんだかもうマッキンゼーで働く必要性を感じなくなってきた）<br><br>新しい発見がなくとも、自分の仮説を裏付けるような事実にたどり着くかもしれない。<br>例えば以下のような感じだ：<br><br>仮説：僕はコミュ障である<br><br>先輩：「今日は天気がいいね」<br>僕：「そうですね。ところで、天気が良いと、どう感じますか？」<br>「気持ちいいよね」<br>「なぜ、気持ちよくなるのですか？」<br>「え・・・・うーん・・・普段はビルの中にいるし・・・ストレス溜まってるから・・・」<br>「ストレスが溜まる、というのは具体的に言うと？」<br>「空気が濁ってて気持ち悪いとか、狭いからあんま開放感が無いというか…ってか何なのお前、話し方どうした？」<br>「僕の話し方の違和感を色に例えると、何色ですか？」<br>「シバくぞ」<br>「ごめんなさい」<br><br>事実：僕はコミュ障だった<br><br><br>しかし、いざ「自分はコミュ障だ」と認めてしまえば幾分か気分が楽になる。<br>そのおかげか、今日のヒアリングはそこそこ上手くいった気がする。<br>明日先輩に共有してシバかれるまでは、しばし達成感に浸っていようと思う。<br><br><br><br>コミュ障は辛い。<br>特に、コミュ障だけど人好きだと、もっと辛い。<br>仲良くなりたいけど、上手く仲良くなれないのだ。<br><br>だから僕は言葉が通じないドイツに引っ越した時、とても幸せだった。<br>なにせ言葉が通じないのだからコミュ障も何も無い。<br><br>サッカー場に一人でフラリと立ち寄って、ゲームに混ぜてもらうのも簡単だ。<br>会社の同僚とロッククライミングに行くのも簡単だ。「Kletter?（のぼる？）」とだけ言えば済む。<br><br>しかし徐々にドイツ語が分かってくると、必然的に会話が生まれる。<br>そうすると僕はコミュ障に戻り、まともな会話が出来なくなる。<br><br>本当に、コミュ障は損だ。<br>しかし、そう考えていても仕方ない。<br>コミュ障にはコミュ障で良いところがあるのだ。今日は、そのことについて書いてみたい。<br><br><br>まず、コミュ障であるメリットその１。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>なにもおもいつかない。諦めよう。
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12134601819.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Mar 2016 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>花粉と気絶とヒルとイメージとペットボトル</title>
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<![CDATA[ 花粉が飛び始めたようだ<br><br>小学校の頃から酷い花粉症に悩まされてきた僕には、独自のノウハウがある。今日はそれを少し紹介したい<br><br>鼻づまり解消方法その１：気絶寸前まで息を止める<br><br>鼻づまりが酷いと、酸素元素一つたりとも鼻を通らなくなる。<br>そんなときは誘惑に負けて口呼吸に切り替えてしまいがちだが、少し我慢してみよう。<br><br>では、ご一緒に。<br><br>息が吸えないまま３０秒経過。口から吸いたくなるだろうが、ここが我慢どころだ。鼻呼吸を続けよう。<br>１分。少し苦しくなってくる。しかしここも我慢どころだ。<br>２分。もがき苦しみ始める。しかし苦しいと気持ちいいは表裏一体、ここも我慢。<br>３分。意識が遠のいてくる。それでも我慢。<br><br>と、気絶寸前まで追い込むと、勝手に鼻が開いてくるのを感じるはずだ。<br>これで鼻づまりは解決される。実にシンプルだが、これだけなのだ。アレグラもアレジオンも要らない。<br><br>騙されたと思って試してみて欲しい。<br>僕はこの方法をよく使うが、気絶寸前まで追い込まれることはあっても、本当に気絶した事は無い。<br><br>どうやら人体はそれほどアホではないらしい。<br>宿主が死にそうになると、それなりの妥協点を勝手に探ってくれるのだ。<br><br>ただし、どんな交渉においても鉄則だが、自分が本気である事を示さなければいけない。<br>中途半端な窒息具合だと「こいつ、気絶するつもりはないな」と鼻腔にナメられてしまう。<br>「あれ、こいつ本気で気絶するんじゃね？」と思わせてこそ、鼻腔がビビる。<br>だから妥協せず息を止めてみよう。きっと道（鼻）は開くはずだから。<br><br><br>鼻づまり解消方法その２：ヒルを貼る<br><br>鼻づまりのキモは、鼻腔が充血することにある。<br>つまり鼻に血液が届かなければ良い。<br><br>結論、鼻頭に無数のヒルを貼付けておけば安心だ。<br>唯一懸念点を挙げるとすれば、最初はファッション的な問題があるかもしれない。<br>しかし、これも藤田ニコルなのかローラなのか誰かしら有名人がヒルを鼻につけ始めたら、瞬く間にデファクト・スタンダードになってゆくので安心してほしい。有名人がやっている事なら大体何でも正当化するのが日本人だ。<br><br><br>鼻づまり解消方法その３：イメージトレーニング<br><br>僕がスイスのユースホステルを泊まり歩いていたときのことだ。<br>鼻づまりに悩まされている僕を見たトルコ人が、コツを教えてくれた。<br><br>「いいかいシュン、体の動きをイメージするんだ。通常の人間は自分の体の２割しか思い通りに動かせないが、これは訓練で直せる。座禅を組んで、目を閉じて、鼻腔の動きをコントロールするんだ」<br><br>そして僕はローザンヌの湖沿いでトルコ人と瞑想をして一晩を過ごした。<br>それはそれで不思議な体験だったが、鼻腔はぴくりともしなかった。糞の役にも立たなかった。<br><br>その後トルコ人は「ところで君は宗教に興味は無いかい？」と僕を熱心に勧誘してきた。<br>僕は八百万の神を信じているのでダメだと伝えたのだが、いかんせん上手く伝わっていなかったのか、八百万を信じるなら八百万と一を信じても良いではないかと言い始めた。<br><br>よくよく考えると八百万も数える間に何人か数え損ねていそうなので、確かに八百万ピッタリとは考えにくい。もしその中に鼻づまりの神様が居たら、と思うと残念で仕方ない。<br><br><br>鼻づまり解消法法その４：脇の間にペットボトルを挟む<br><br>結論、これが一番効く。<br>どうやら脇の下から鼻にかけてぶっとい血管があり、これを圧迫することで鼻腔が開くらしい。<br><br>あとは営業先に脇腹ペットボトルで訪問する理由を考えるのがネックだが、これは「ブレストファイアの練習です」とか「小さい頃からガンタンクになりたくて」と微笑みながら言えば済む。<br><br>仕事だと思って身構え過ぎてもよろしくない。脇にペットボトルを挟んでいようと仕事のパフォーマンスに差はないのだから、堂々としよう。（僕はやらないが）<br><br><br><br>いかがだろうか？<br>ここまでいくつか鼻づまり解消方法を伝授してきたが、どれも糞の役にも立たないことがお分かりいただけただろうか。<br><br>人類はマリアナ海峡を探検し、音速を越え、月面にまで到達したが、未だに鼻づまりは解決できない。<br><br>憎き花粉症との戦いが、今年も始まる…
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12133873529.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Feb 2016 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>一緒にイチゴを食べられる妻が欲しい</title>
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<![CDATA[ 昨日、農業コンサルティングをしている知人の農場に行って、イチゴを食べまくってきた<br><br>これがもう、べらぼうに美味かった。<br>一粒250円。そんな孫正義かビルゲイツにしか食べられないのではないかと思われるような神々の領域の新鮮イチゴをもぎ取り、口に含んだ瞬間、僕は永久に見果てぬイチゴの夢に旅立った<br><br>お、おお・・・<br><br>これは・・・そう、例えるならば・・・フィレンツェだ<br>花の女神フローラならぬデザートの女神イチーゴの息吹を感じる。<br>フィレンツェのドゥオーモで愛する人を待つ、そんな大人の青春風景が口の中に広がるようだ。<br><br>早速１パック購入して、今朝の朝食にいただくことにした。<br>軽く水洗いして、包丁でヘタを切っていた、その瞬間。僕は、痛切に思った。<br><br><br>あぁ、結婚したい<br><br><br>「ヘタを切るのって、意外と手間だよね」<br>「ふふ、そうね。でもがんばった分だけ、後が美味しいわよ」<br>「そうだね、がんばろう！」<br><br><br><br><br>これで良い。<br><br><br><br><br>これで良いのだ。こんな会話がしたい。<br>お台場のバーでスクリューモヒートオンザカリフォルニアみたいなカクテルを飲む必要はない。<br>ただほのぼのと、日々思ったことを共有できる妻が欲しい。<br><br>例えば、朝起きて青空が広がっているのを見た時。<br><br>「うわぁ、すごい青い！これってカラーコードにするとしたら、何だろうね？」<br>「うーんそうねぇ、#87CEEBじゃないかしら？コード名もLight Sky Blueだし」<br>「そうだね、今日は#87CEEBな空が気持ちいいよ」<br>「ふふふ。早くこちらへいらっしゃい、パンケーキが出来てるわよ」<br><br>保有している株が先の金融不安で下落したときも然り。<br><br>「やっべ、株価下がっちゃった」<br>「大丈夫よ、最近は投資の自動化が進んでいるからレバレッジが強く効くようになっただけ。あなたはちゃんと将来を見据えて銘柄を買ったんだから、ドンと構えることよ」<br>「そうだね、早く配当金が欲しいね」<br>「ふふふ。早くこちらへいらっしゃい、パンケーキが出来てるわよ」<br><br><br>こんな会話で僕は構わない。<br>妻を求めるのが過ぎた願いなら、日常会話が出来てパンケーキが作れれば、もはやAIを積んだ豆腐でも構わない<br><br>とにかく独身社会人の一人暮らしは孤独との戦いだ<br>高校時代、大学時代と比べて、平日と休日の会話量に著しく差が出ている<br>条件さえ揃えば休日は「あ、レシートいりません」だけで完結する日もある<br><br>人と話すことは心の健康にもつながる。<br>しかし、腹が減っては戦もできぬ。<br>ゆえに僕は体の健康のため、今日も一人でヘタを切ったイチゴを食べている。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12133602448.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Feb 2016 10:00:00 +0900</pubDate>
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<title>サラリーマンはカッコいい。でも、ゾウさんはもっとカッコいい</title>
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<![CDATA[ 小学生の頃、僕は高校生が怖かった<br><br>シェクスピア「ハムレット」を読みながら、月島駅から歩いているときだった<br><br>当時の僕は半年くらい、通学中はシェイクスピアを読んでいた。<br><br>当然内容は１ミリも分からなかったが「小学生がシェイクスピアを読む」時点でそれが最高にCOOLでカッコいいと思っていた。<br><br>気になるあの子の注意を引くために巷の小学生は何をするだろうか？<br>運動会で一番になる？クラス内で無理してふざけてみる？<br>そんな必要はない。シェイクスピアを読めば良い。<br><br>シェイクスピアはシルバーアクセサリーやネックレスに匹敵するチャラアイテムだ<br>試しに町中で、頭の中に脳みそでは無くカニみそが詰まってそうなギャルに<br>「おれ、シェイクスピア読んでるんだ」と言ってみてほしい。<br>彼女の視線があなたに釘付けになること間違い無しだ。<br><br><br>それはさておき、シェイクスピアにかぶりつきながら通学していたときのことだ。<br>自分より一回り大きな高校生にぶつかった。<br>僕は何も言わずに歩き去ろうとした。ハムレットならそうしたはずだ。<br><br>しかし日本でハムレット式は通用せず「おぉ、いてぇな！」と怒鳴られ、肩をつかまれ、壁ドンされ、５００円カツアゲされた<br><br>それ以来僕は高校生が怖くなった。<br>早く高校生になって自分がカツアゲされた500円はカツアゲで補填してやろう、と決意した。<br>これだから世の中からカツアゲは無くならないのだろう。<br><br>来るべきカツアゲのときに備えて僕は柔道により一層打ち込み、中国語とスペイン語を始めた。<br><br>５年に及ぶ壮絶な修行を終えて高校生になった頃の僕は、一人のカツアゲストとして完成していた。<br>相手の肩をつかんで引き回す手首の筋力。<br>壁ドンの体重移動にも耐える屈強な体幹。<br>英語、日本語、中国語、スペイン語圏のどんな相手でもカツアゲ出来る、抜群の語学力。<br><br>その全てを備えた、カツアゲ界のリーサルウェポンと化していた。<br>大いなる力を得た僕は、あらゆる悪事を働いた。<br><br>子供料金で地下鉄に乗り、いつもより多く呼吸して地球を温暖化し、手を拭く時に紙を２枚使った。<br>ここに書くだけでも心が少し痛む。行きずりの女を泣かせたこともあった。<br><br>しかし、とうとうカツアゲはしなかった。<br>自分の体が屈強になって、特に誰も恐れなくなったのだ。<br>高校生にカツアゲされたこともほとんど気にならなくなった。<br><br>人というのは不思議なもので、体がデカくなると態度もデカくなるらしい。<br>一見当然のように思えるかもしれないが、自然界では逆に珍しいケースだと思う。<br>犬を見てみると一番態度がデカくてやかましいのはチワワで、一番謙虚でおとなしいのはゴールデンレトリバーだ。強くなるほど些細な事は気にならず、余裕が生まれるのだ。<br><br>しかし朝青龍や清原を見てると、体がデカくて態度もデカい。<br>人間はどれほど力を得ても心の不安からは解放されない、哀れな生き物なのかもしれない。<br><br><br>そんな態度のデカい高校生になったものの、今度はサラリーマンが怖くなった<br><br>というよりサラリーマンになるのが怖くなった。<br>死んだウニのような目をして地下鉄の席に沈み込むサラリーマンを見て、ニュースで毎日のように大人の不祥事を聞かされ、サラリーマンというのは倫理観を失ったゾンビのようなものだと思っていた。<br><br>しかし、いざサラリーマンになってみた今。自分は、そこまで毎日に悲観しているわけではない。<br><br>でも地下鉄で納期までの段取りを考えている時、自分の目は確かに死んだウニのようになっているかもしれない。<br><br>それを見た高校生は小学生をカツアゲし、小学生はシェイクスピアを読まなくなり、シェイクスピアの印税が減ってゆく。<br><br>ただのサラリーマンと言えど日々自分より若い子供達に見られていることを思い出し、少なくとも地下鉄の中では血走った目と満面の笑みで居ようと思った。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12133276553.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Feb 2016 09:34:43 +0900</pubDate>
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<title>ナイフは許す。だが・・・スプーン？フォーク・・・？</title>
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<![CDATA[ とあるフレンチレストラン。<br>僕は目の前に置かれたナイフ、スプーン、フォークを見ながら、怒りで肩が戦慄いていた。<br><br>ナイフは素晴らしい。<br><br>人の手では切れないものを切るのだ。<br>ステーキを素手でひきちぎろうとしても手が汚れるだけだ。<br>そして欠片が小さくなると掴み所が無くなり、それ以上小さくすることはできない。<br><br>だからこそナイフには存在価値がある。<br>掴めないほどの欠片も自在に際限なく切れる。クオーツまで分解できる気がしてくる。<br>そんなナイフからは自分にしか出来ない仕事を確実にこなす職人感すら溢れ出す。<br><br>だがスプーンは何だ？こいつは何なんだ？<br>ボウルを持ち上げて傾ければ済むことに粋がって出しゃばるスプーンを、僕は許せない。<br><br>誰でも出来る仕事をダラダラとしながらナイフと同格であるかのようにテーブルに鎮座するその姿は、まさしくナイフの威を借るスプーン以外に他ならない。<br><br>極めつけはフォークだ。<br>もはや絶句するしかない。こいつに関しては、糞の役にも立たない。<br><br>刺すならナイフで良いではないか。<br>豆をすくうならスプーンで良いではないか。<br>にもかかわらず肉は切れず、スープはすくえない。<br>双方の短所だけを抽出して生み出されたのが、フォークだ。<br><br>例えるならアメリカ人と日本人が結婚して<br>日本人の短足＋顔のデカさ＋アメリカ人の胴の太さ＋訴訟癖を兼ね備えたサラブレッドが生まれたようなものだ。本来フォークは、この世にあるべからざる存在だ。<br><br>事実、中世ヨーロッパではかろうじてフォークの存在が文献に散見される程度で、<br>まったくもって我々人類の生活には浸透していなかったことが分かる。<br>キリスト没後1600年もの間、フォークは土でジャガイモを愛でる程度の役割しかなかった。<br><br>こんな無駄なモノのために人類は木を伐採し、アルミニウムを溶かし、上流階級に至っては銀を使っている。実にもったいない。<br><br>なんでも箸で済ませる日本人を見習ってほしいものだ。<br><br><br><br><br><br>※昨夜読んだ自己啓発本に「違和感に敏感であれ」と書かれていた。<br>世の中で起きる事の8割は慈悲の心で許す僕にとって日常の違和感を探すのは至難を極め、気がついたら罪も無い食器を罵倒する記事をインターネットに公開してしまいました。<br>スプーン同好会、フォーク研究会の皆様、ならびに世間の皆様に多大なご迷惑をおかけ致しましたことを、深くお詫び申し上げます。<br>
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<pubDate>Thu, 25 Feb 2016 20:43:06 +0900</pubDate>
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<title>イボ</title>
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<![CDATA[ ストレスのせいだろうか。最近、口内炎がめちゃくちゃ多くなった。<br>例えるならドドリアさんの頭がしっくり来る。口内のそこら中に、イボイボが出来ているのだ。<br><br>そのイボ一つ一つが発する痛みは絶大だ。<br>お茶を飲むたびハリネズミが口の中でブレイクダンスをしているような痛みに襲われる。<br>そんなイボが４、５個もあるのだ。ハリネズミ４、５匹分の痛みだ。想像できるだろうか。実に圧巻のブレイクダンスユニットだ。<br><br>先日ボクシングの練習をしていたら拳が折れたのだが<br>正直、それより痛い<br><br>漫画でよく　<br>「くっ・・・腕を一本もっていかれたか・・・」といった台詞が出てくる。よくもまぁ腕を一本吹っ飛ばされているのに我慢できるもんだ、と昔は感心したものだ。しかし今なら断言できる。<br>正直、それよりイボのが痛い。<br><br>体の痛みは去るが、心痛は残る。イボの痛みも残る。<br><br><br>見渡してみれば、イボは世の中に溢れている。<br><br>富士山だって宇宙から見れば地球のイボだ。<br>富士登山者数は年間30万人だから、自分のイボの上を30万匹のちっちゃいバクテリアが上り下りするところを想像してほしい。噴火の一つや二つ、したくなるだろう。イボに悩まされているのは、何も人間だけではないのだ。<br><br><br>憎きイボの原因は「ヒトパピローマウイルス」だと言われているが、名前からしてふざけた野郎だ。何がパピローだ。ググってもロクなものが出てきやしない。<br><br>こんなウイルスのせいで25歳の成人男性が、そばつゆがイボに沁みて悶え苦しんでいるのだ。恐らくイボとの戦いは江戸時代、いや飛鳥時代から続いている。<br><br>「目の上のたんこぶ」も実は目の上のイボを指しているのではないか、という論文があるくらいだ。興味のある方はぜひ以下の論文も参照してほしい：<br><br><a href="http://e-village.main.jp/gazou/entry/000137.html" target="_blank">http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I023532857-00</a><br><br><br>人間は物事の順序を間違えやすい種族だ。<br>学習能力の高い幼少期には勉強せず、物覚えの悪い大人になってから勉強する。最初から親を頼ればよいのに、多重債務者になって初めて親を頼る。<br><br>クローンやフィンテックの研究をする前にイボ治療に取り組んだ方が良い。世の中の過半数を占めるどうでも良い研究は全てストップしてイボの研究をしたほうがいい。<br><br>イボは英語でEvoと書く。Evolution、すなわち”進化”の略だ。<br>実は、古代ラテン語"Evolvere"を生み出したローマ人達はイボの真髄に紀元前から到達していた。<br><br>Evolvereとは本来”回す”という意味であり、これが”進化”という意味へと変様する過程には、なで”回す”ことで”進化”するイボの存在があったことは想像に難くない。<br><br>すなわちイボは今日の進化の起源、祖とも言うべき存在だ。人が天文学を通して宇宙の起源、果てには生命の起源を探求するのは良い。<br>しかし逆のアプローチ、己、すなわちイボを研究することを通して到達する真理もあるのではないか。<br><br>決めた。僕は明日からイボ学を修める。<br>その先には、誰もイボで泣かない世界があると信じて…
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12132096210.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Feb 2016 21:17:57 +0900</pubDate>
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<title>雨の日のコーヒーと香川県民</title>
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<![CDATA[ 雨の日は実に退屈だ。<br><br>こんな日には、今まで本に付けてきたドッグイヤーを全て戻したり、ペンの芯をひっくり返してインクが落ちるのを待つしかない。<br><br>これでもまだ世界水準で見たら意味のある生活だと思う。<br><br> <br><br>「どんなに振っても芯からインクは落ちてこない」<br><br>８時間かけて文房具の神秘にたどり着いた頃、先日アマゾンで頼んだコーヒーメーカーが届いた。<br><br> <br><br>コレがもう、べらぼうに美味いコーヒーを絞り出すのだ。<br><br>熱した水道水を賞味期限切れの豆にぶっかけるだけで、なぜこれほど美味しい液体が生まれるのか。コーヒーを発見したカルディ君に感謝だ。<br><br>ちなみにヤギ飼いのカルディ君は、特定の豆をかじったヤギがやたらハイになるのを見て、コーヒー豆の効能に気づいたらしい。凄まじい洞察力だ。彼ならスッピンのきゃりーぱみゅぱみゅを町中で見分けることも可能なのだろう。<br><br> <br><br>しかし、残念ながらコーヒーメーカーには一瞬で飽きた。<br><br> <br><br>なにせ２４時間のうちコーヒーメーカーを使うのは、せいぜい５分程度。稼働率にすると脅威の0.34％だ。サラリーマンの平均労働時間が8時間とすると、1日1分しか働いていないサラリーマンが我が家に居るようなものだ。<br><br> <br><br>改めて考えると、この程度の稼働率なら買う必要すらなかったかもしれない。同じマンションの誰かのコーヒーメーカーを１回１０円で借りれば良かった。もしくは町中にセルフコーヒーメーカーでも置いてくれないだろうか。<br><br> <br><br>これは香川のセルフうどん屋に着想を得ている。<br><br>昨年、地元で知らない者は居ないという名店に行ってみた。<br><br>さぞや腕のある店主が作ってくれるのだろう、と心躍りながら釜揚げうどんを注文すると、注文して２０秒で、おばちゃんが生うどんを渡してくれた。<br><br> <br><br>「うどんの茹で上げはセルフとなっております」<br><br> <br><br>名店の味が再現できるか否かは僕の腕にゆだねられた。<br><br>そして僕は、このおばちゃんの並々ならぬ自信をひしひしと感じた。<br><br>僕に茹でさせた生うどんで金を取る。<br><br>つまり、仮に僕がこのうどんを30時間茹で続けたとしても、200円相当の美味しいうどんが出来上がる。そんな絶大なる自信があるということだ。<br><br> <br><br>ちなみにこの店はネギもセルフサービスなので、僕はうどんを熱湯に投下し、ゴム靴を借りて裏の畑からネギを収穫し、包丁で刻み、その間（20分ほど）ひたすら茹で続けたうどんに乗せた。<br><br> <br><br>20分ほど茹で続けられたうどんは、ドラゴンクエストのスライムのようになっていた。<br><br>しかし見た目に騙されてはいけない。おばちゃんの自信の根拠を確かめるまで、希望を失ってはいけない。<br><br> <br><br>まず一口。<br><br> <br><br>「これは…」<br><br> <br><br> <br><br> <br><br> <br><br>雲を食べているような歯ごたえのなさ<br><br>噛む毎に滲み出る、味の無い湯<br><br>ニチャニチャと音を立てながら歯に付着する、かつてうどんだった白い物体<br><br> <br><br>普通にまずかった。<br><br> <br><br>なぜここが名店と呼ばれるのか、みじんも分からなかった。<br><br>香川県民のうどんスキルがズバ抜けていることを差し引いても、そもそもなぜ自分で作ったうどんに対して追加でお金を払っているのだろう。<br><br>こうした不思議な消費行動を見ていると、あらかたの不便が解消された現代においても新たなビジネスチャンスを感じずにはいられない。
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12132063185.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Feb 2016 21:05:33 +0900</pubDate>
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<title>仕事疲れた…とあなたが思う度に、いたいけな小鳥が一羽死ぬとしたら</title>
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<![CDATA[ 仕事疲れた…<br><br> <br><br>最近、そう思うことが多い。<br><br>しかし「仕事疲れた」と言うことで更に心が疲れる。疲れた心で働くと、些細なことで疲れが蓄積する。日本経済のデフレも裸足で逃げ出すようなネガティブスパイラルっぷりだ。<br><br>どうすればこの意識が切り替えられるのか、本気で論理的に考えてみた。<br><br>こう見えて僕は某MBAスクールのロジカルシンキング（体験講座）を受けた事があり、ロジカルなシンキングに関して一日の長があるのだ。<br><br> <br><br>そして気づいた。<br><br>「仕事疲れた」と思うたびに、遠い北欧の地でいたいけな小鳥が死ぬと。<br><br>そう思い込めばいいのだと。<br><br> <br><br>生まれたばかりの小鳥を見た事はあるだろうか？<br><br>心細そうに震え、ぴよぴよ鳴きながら、すり寄ってくるのである。<br><br>そんな小鳥が無情にも、僕の身勝手な気持ち一つで苦しむとしたら…<br><br>とても「仕事疲れた」等とは言えないはずだ。<br><br> <br><br>人の行動を短期で変えたければ、ペナルティを課すのが一番早い。<br><br>本能的に人は、何かを得られる期待より、何かを失う恐怖を感じやすいのだ。<br><br> <br><br>きのこの山を食べている今この瞬間も、僕はきのこの味を楽しみつつ、徐々に、しかし確実に禿げ山と化す山を見ながら、言いようのない恐怖を感じている。<br><br> <br><br>いつから僕は失う恐怖に負け始めたのだろうか。昔の僕は違ったはずだ。<br><br> <br><br>僕は中学校・高校とアメリカ系の進学校に通っていた。<br><br>周りは裕福な家庭ばかりで、彼らの家には専属のシェフが居たり、目黒にプール付きの豪邸を構えていたりした。<br><br>ガキのくせに送迎車が放課後に来たり、日本に上陸して間もないiPodを見せびらかしていた。<br><br>対して僕の小遣いは月1000円だった。<br><br>動物に例えるなら、ペガサスとダニが同じ学校に通っているようなものだった。<br><br> <br><br>しかもその頃、僕は育ち盛りだ。猛烈に腹が減るのだ。<br><br>腹が減るのに、月1000円ではおにぎりすら買えない。<br><br>そんな時、あなたならどうするだろうか？バイトをするか？親に値上げ交渉をするか？否。そんなものは愚民の発想だ。<br><br> <br><br>僕はゴミ箱の前で待機した。<br><br> <br><br>ひたすらに、ただひたすらに待った。<br><br>深海で獲物を待つアンコウのように、待った。<br><br> <br><br>そして裕福な糞ガキがゴミ箱に食いかけのピザを捨てる時、話しかけるのだ。<br><br> <br><br>「Hi there, let me throw away that trash for you」（待ちたまえ。僕が代わりにそのゴミを捨てよう）<br><br> <br><br>そして、渡された残り物をその場で食べる。<br><br>どん引きしている裕福な糞ガキに「Watcha lookin'at?」（なにみてんだ？あ？）と貧民の威圧をかけながら、貪る。<br><br> <br><br>こうして僕は育った。<br><br> <br><br>プライドと見栄をゴミ箱に捨てることで、ゴミ箱行きの食べ物を得た。<br><br>これこそ等価交換の原則、残飯の錬金術師だ。<br><br>今でこそ身長174cmまで育ったが、うち23cmくらいはゴミ箱の前で恵まれた残り物で構成されている。<br><br> <br><br>そんな僕が、今の僕を見たらなんと言うだろうか。<br><br>「失うほどの物でもあるまいし、何を気にしているのだ」<br><br>そう諭されるはずだ。<br><br> <br><br>失うことを恐れてはいけない。<br><br>僕たちは常に、前を向くべきなのだ。
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<link>https://ameblo.jp/shundasu/entry-12132062883.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Feb 2016 21:04:34 +0900</pubDate>
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