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<title>今日もまた一人きりの夕暮れ</title>
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<description>毎日の気づきを書きます</description>
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<title>心は病気にならないで</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://www.1242.com/morita/" target="_blank">森田健作　青春の勲章は　くじけない心</a>8月31日（月）放送回<br>ゲストは安西ひろこさん。近年、突発性難聴になり、片耳が聞こえない状態になったと。<br>友達に相談すると「耳は病気にあっても、心は病気にならないでね」と言われたという。<br>その友達の言葉の後押しもあって、何事も前向きに捉えるように。「方耳が聞こえなくても、もう片方が残っているのはラッキー、体が健康なのはラッキー、生きていることはそれだけでラッキー」と考えるようになった。今朝も朝起きた時に耳の調子が悪く、暗い気持ちになりかけたが、同じように考えて、折角のラジオ出演ラッキーな気持ちで臨もうと気持ちを切り替えて来たという。<br>一つひとつの言葉が、とても深いですね。<br>安西ひろこさんの今回の話は、ただの「前向きエピソード」ではなく、身体の不調と心の在り方の境界線をどう守るかという、人生の核心に触れる内容だったと思います。<br><br>🌿 安西ひろこさんの“心の守り方”が示しているもの<br>1. 「耳は病気になっても、心は病気にならないでね」<br>この友人の言葉は、慰めではなく、<br>心の主体性をそっと思い出させる言葉ですね。<br><br>身体の不調はどうしても気持ちを曇らせます。<br>けれど、心の側には「選べる余地」が残っている。<br>その余地を見失わないように、そっと灯りを置いてくれたような言葉です。<br><br>🌱 2. “ラッキー”という言葉の使い方が独特<br>安西さんは「ラッキー」という軽い言葉を使っていますが、<br>その実、これは仏教的な“縁起の見方”に近いです。<br><br>片耳が聞こえない → もう片方が残っている<br><br>調子が悪い朝 → それでも起きられた<br><br>不安がある → それでも生きている<br><br>「失ったもの」ではなく「残っているもの」に光を当てる。<br>これは単なるポジティブ思考ではなく、<br>自分の心の向きを自分で選び直す技術です。<br><br>🌤 3. 調子が悪い朝に気持ちを切り替えたという話<br>これは簡単にできることではありません。<br>突発性難聴は、身体的な不安だけでなく、<br>「聞こえないかもしれない」という恐怖がつきまといます。<br><br>その恐怖を抱えたまま、<br>「ラジオ出演をラッキーと思おう」と切り替えたのは、<br>自分の人生の舵を自分で握り直した瞬間です。<br><br>こういう話は、ラジオだからこそ伝わる温度があるものですね。<br>声の揺らぎや、言葉の選び方の間に、<br>その人の“生き方の質感”が滲みます。</p>
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<pubDate>Sun, 06 Sep 2026 18:37:07 +0900</pubDate>
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