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<title>銀蜜柑のブログ</title>
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<title>才能は努力で埋めれるか</title>
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<![CDATA[ 才能のある人間との差を埋めるために努力をした、という話をよく聞く。しかし、私は努力を出来るのも才能の1つだと思うのだ。確かに潜在能力が高いという意味で才能がある、というのはある。しかし、潜在能力が高くても、努力をしなければ宝の持ち腐れ。その才能もやがて腐っていく。<br>仮に潜在能力が低くても、努力をすればやがて鍛えられていく。努力が出来る＝才能が高くなるということだ。つまり努力も才能の1つと言えるだろう。天才どもに負けずと努力をしている人間は胸を張っていい。自分は努力をする才能があるのだと。<br>事実、自身の才能に溺れて努力せず腐った人間は数多くいる。この娯楽社会において、努力が出来るのは私は羨ましく思う。<br>しかしだ、潜在能力が高く、努力もできる人間の存在を忘れてはいけない。そんな人間は有名国立大を出て、教科書に名を残して、という人ばかりだ。世界は結局この2種類の才能を生まれ持ったものしか勝ち残れないのだろう。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384479420.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 23:20:45 +0900</pubDate>
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<title>人生パラメーター論</title>
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<![CDATA[ 私は基本多趣味である。いや、ただしくは好奇心旺盛である。色々なことに興味を持ち、色々なことを体験し経験し、成長してきた。<br>そんなわけで、私は大抵の事は知ってるし、大抵の事は出来る。だが多芸は無芸という慣用句があるように、複数のことがこなせる人間というものは特出して出来ることがないのだ。いわゆる器用貧乏である。私もその1人である。私は思うのだ。人間は体験や経験により、文字通りの経験値を稼ぐ。人はそれを各パラメーターに振り分ける。そうして能力を磨いていく。勉強ができる人が芸術や運動に対して才がないのは、勉強にパラメーターを大きく振ってるために、ほかの能力が引き上げられていないからなのではないかと。そして私のように、何事も程よくこなせるようにパラメーターを割り振ると、どれも平均値、またはそれ以下となり、全体の能力が一定の数値で安定し、特出した能力がない。といったものだ。この考えに対して予想できる反論は「現実とゲームを一緒にしすぎだ」というものだ。あくまでゲームのパラメーターは例であるということを知って頂きたい。しかし、おおよその考え方は間違っていないはずだ、と思う。私は多趣味だ。多趣味なだけにパラメーターを振り分けすぎた。好奇心旺盛なために、他人より沢山経験値はあるが、全体に振り分けたために、どれも特出した才ではない。私はこのパラメーター論を信じている。これを見て、なにか自分の能力を1つ選んで、それを特別に伸ばすことを考えてはどうだろうか。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384477656.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 23:10:59 +0900</pubDate>
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<title>Aの9</title>
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<![CDATA[ これは余談である。<br>私はとある友人と会話をしていてこのような発言をした<br>「障害者差別とかはしたくはないが害があるなら距離置いた方がいい」<br>というものだ。<br>これを細かく誤解のないように書くと<br>「障害者だからという理由で差別をするのはいけないことだ。しかし、もし、実際に害を加えられたなら距離を置くのも一つの手だ」<br>という意味になる。私は障害を持つ知り合いは多数いるが別段害を与えられたことは無い。しかし、現代で増えてる社会コミュニケーション障害のように、無闇にトラブルを作る人もいる。彼らは悪くは無い。そういうふうに生まれただけだ。しかし、悪くないからといって無理に付き合っていけというのは話が違う。もし自身に不利益が生じるような相手なら、障害者でも健全者でも距離を置くといいと思うのだ。<br><br>私のこの意図を知ってから知らずか、ある人から「矛盾だ」という指摘を受けた。長らく連絡もとっていない人から急にこんなことを言われたのだ。例の件が関わっているであろう。<br>矛盾、と感じたのはどこか私は考えてみた。昔から理由を追求しないとモヤモヤするからだ。<br>そして私は恐らくこういうことなのでは？という答えを見つけた。それは<br>「障害者差別とかはしたくはないが害があるなら距離置いた方がいい」<br>という文章の「障害者」を「＝害がある」と仮定した場合である。「害がある人を差別したくはないが、害があるなら距離をおけ」ということだ。別段これでも意味は通るが、ややこしい表現なので誤解した可能性もある。<br>障害者＝害があるという風潮はいまだ拭えていないのかもしれない。実際の真意は分からないし、全て私の仮定であるが、その一言でまた色々と学習になった。私も誤解を生まない文章作りの能力がまだまだだということが分かった。たった一言のアンチ的発言でも、追求してみるとまた面白い。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384470327.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 22:40:45 +0900</pubDate>
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<title>Aの8</title>
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<![CDATA[ さて、前回の続き。<br>現在の派閥は<br>「急に煽られた。集団でぶちのめそう」<br>ＶＳ<br>「やり返したら炎上したどうしよう」<br>の2つに分かれているわけである。多勢に無勢である。1人ではどうしようもない。彼らは自分の中にある一連のストーリーが話の全貌であり、それによる正義心で動いている。誤解をとこうとしてみよう。どうせ言い訳にしか聞こえない。<br>実際のところ、例の彼から直接的な接触があったので話をした。「貴方にも非がある」「知ってることが全てじゃない」「物事の裏を読み取ってくれ」と伝えたが聞く耳なんてもたれなかった。彼の囲いの人達に向けて「(彼の)主観的な意見ばかりを信じるな」と気づいてくれと願いを込めてSNS上で発信したが無駄であった。<br>結局は事実となってしまったストーリーを訂正するのは難しいのだ。「先に煽られたから煽り返した」と伝えても「証拠が～」「そんな記憶は～」と言い返されただろう。もしそういう流れになれば私の勝ち筋はない。1度否定されれば、あとから何度も繰り返して主張してもその言葉に力はない。<br>私はここまで来たらもう無理だと諦めた。彼らの中のストーリーを訂正し、例の彼に人をイラつかせる発言をやめさせるといったことは出来ないのだ。<br>彼が今までの人生で培った価値観を数分から数時間で見直させるなんてことは不可能なわけで、事実だと思っていることを違うと言っても信じる人はいないのだ。<br>知っているだろうか。人はシャンプーをする際、2日に1度洗うのが最適らしい。毎日洗うと必要な油分まで流れ落ち、頭皮の乾燥を引き起こしフケなどの原因となるらしい。これはテレビでも言われていたことなので間違いないと思う。<br>しかし、知り合いにこのことを伝えても「絶対ウソ」「汚い」と言われる。2日に1回にシャンプーといっても、残った１日は水洗いで充分汚れは取れるらしいのに。<br>このように人の中で決まった既成概念というのは変えられない。<br>例の彼は考えを改めない。<br>周りの人は事実を聞き入れない。<br>ならば？<br>彼らときっぱり縁を切り、全部無視を通せばいい。だいぶ前にも話したが、SNS上でのトラブル対策では無視も効果がある。私はどうせ事実を伝えるのは不可能。無駄なことをして被害を大きくするよりは無視をするのが適策だと思った。<br>なので、わたしは無視を通した。多勢に無勢。本当にこの言葉を意味をひしひしと体感した。数が増えれば1人で対処するのは不可能なのだ。数という担保を得て、自身の考えを絶対だと確信してやまない人達に私の主張を分かってもらうには、私には味方が足りなかった。<br>しかしだ、後悔はしていない。例の彼は「無意識に人をイラつかせる人間」だったし、彼に賛同した人は「自分の感情を優先して客観視出来ない人」だということが分かった。後者に関しては人間である以上、そういう人が多いことは私も理解をしている。なのでどうしようもできないと思う。<br>しかし、前者は自分で直せることではないだろうか。現代には社会コミュニケーション障害というものを持つ人が多いらしい。もしその障害を持つのならどうしようも出来ないが、もし違うのであれば直してほしいものだ。私はこの件を通して、感情に流され、主観的になりすぎる癖があること。一対多の恐ろしさを深く学んだ。私は、私の敵となった彼らとの縁を完全に切ることにした。もうこんな目にあうのはこりごりだ。それなら部屋で1人、紅茶を飲みながら読書をする方が精神的にいいのだから。<br><br><br>＜これを見た人は自身の行いを見直してほしい。自身の発言は無意識に人を傷つけていないか、もしかしたら物事には裏があるのではないか、周りに迷惑をかけていないか、自身が悪目立ちしていないか、感情に流されていないか＞<br><br><br>私は、少しでも、最後のこの文を知ってもらえたなら、満足である。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384466252.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 22:06:06 +0900</pubDate>
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<title>Aの7</title>
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<![CDATA[ さて、前回の続き。<br>周りの人間は私より彼の方に親しみを寄せている。例の彼が私に対してしている発言を、特に意識はしていなかったのだろう。そもそも他人同士の会話なんて特に意識はしないだろうし、TL上でのやりとりだったから、見返してもなんの事か周りは理解していなかっただろうと思う。<br>そして、ここからがこの件のツボである。<br>『親しみ深い人』と、『そこまでではない人』が喧嘩をしているとして、人類の多くはどっちの味方につくか。<br>そう、基本は親しみ深い人の方に「つきやすい」。<br>そこにさらに『そこまでではない人』が一方的に煽り行為を行っている場面を目撃すれば？もちろん親しみ深い人の方にみんなつく。私は復讐に挑むタイミング次第ではまだ結果が変わったと思う。<br>が、その時はこのように完全に私が不利な状況であった。さらに例の彼達は話を広め広めて、身内全員に言い回ったようだった。<br>きっと「何もしていないのに酷い煽りを受けた」「そうだ、私達もその場にいた」というふうに広まったに違いない。ここまで来るとどうしようもない。この話を聞いた人はその事を100パーセント話の全貌と捉えただろう。冷静な判断が取れる人なら「本当にそうなのか？実はなにか理由があるのでは？」というふうに言えただろうが、運悪く、どうやらそんな人はいなかったらしい。<br>こうして私は複数を相手に1人で立ち向かうこととなる。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384456287.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 21:56:59 +0900</pubDate>
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<title>Aの6</title>
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<![CDATA[ さて、前回の続き。<br>前回、私は複数の人がいる場で復讐に臨むというあきらかに主観的な行動をとってしまったわけだ。<br>私からすれば長年の鬱憤をやり返せて「これでお互い様だね」ということで完結だったわけだが<br>周りからすれば「急に特定の人に対し悪口を言い出す」と感じたであろう。本当に情けないと思う。<br>それにだ、例の彼は自身が急に煽りを受けたことに対し、理由を自覚していなかった。彼が私の発言に対し、頻繁に反抗的な発言をしていたのは無意識だったらしい。そのいくつもの点の重なりが、さらにややこしい線へとなっていくのだ。<br>私はその彼を煽り怒らせたあとは、久しぶりに胸の引っかかりもなかった。だが、しかし間もなくして「自分の陰口を言われている」という情報が入ってきた。<br>どうやら例の彼がSNS上で私の煽りに対して愚痴を言っていたらしい。私は彼と「SNS上で揉め事の事を言わない」という約束をしていたので、若干その行動に対して言いたいことはあったが、今さらまた口を出すのも面倒事になりそうだし、なにより聞く耳を持たないだろうなと、無視をすることにした。別に取り合わなくても私は「先に仕掛けられた側」であるから、余裕があった。<br>だが、彼のその愚痴に対し、私の行動に疑問を持った者が、彼と手を組み出した。私はその事を知ってから激しく後悔した。<br>人間イラつくと周りが見えなくなるとは何度も言っているが、私は「私が罵られ、発言に対ししつこく反抗され、それに対し不満持つ」ということに『周りも気がついてる』と思っていた。それくらい私からすればあからさまだったのだ。<br>しかしだ、よく考えれば、滅多に会話に参加しない私より、例の彼の方が周りから親しみを持たれている。<br>人というのは本当に不思議なもので、親しみを持つ人の行動に鈍感になるらしい。また、嫌いな人の行動には鋭くなる。<br>そこの意識の違いが波を生む。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384453641.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 21:38:34 +0900</pubDate>
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<title>Aの5</title>
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<![CDATA[ さて、前回の続き。<br>私は別の人が例のゲームのLINEグループへと誘い直してくれたおかげで、私はもう一度グループへと入れた。そしてほとんど人のいなくなった通話に混ざり、ことのあら方を聞いた。<br>私が煽ったことに対し、例の彼が怒り出し、私をグループから追い出したと。そして、それを気に皆もゲームの試合を解散したと。<br>私はこれで「周りの人に迷惑をかけてしまっていたか」とその時に気がつく。自分の復讐に目がくらみ、周りが見えなくなる、というのはこういうことなのであろうと今ではしみじみ思う。<br>しかしだ、私はその一方で、嫌いな奴が爆発させるくらいストレスを感じているということが素晴らしく嬉しかった。いや楽しい、快楽に近いと言った感じだった。我ながら性格が悪すぎるとは思う。そんな性悪に育った経緯もいつか話さねばなるまい。<br>しかし、思い返すほど、自身の行動でのミスが目立つ。私はその時客観的に見た際の立場まで考えていなかった。私は複数人が混ざっている通話で、復讐に挑んだことを後悔することとなる。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384448167.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 21:27:08 +0900</pubDate>
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<title>Aの4</title>
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<![CDATA[ さて、前回の続き。<br>例の彼は、都合で通話にはいたが、声を発しはしなかったので、やめるタイミングを完全に見誤った。彼は激怒し、私をゲーム用のLINEグループから追い出した。私は一瞬何事かと思ったが、すぐに現状を理解した。<br>私はこの一連の流れがたまらなく面白かった。嫌いな奴が行動に出るほどイラついている。人間、この手の話が嫌いな人の方が少ない。<br>「かちかち山」「こぶとりじいさん」など、悪役が最後、天罰にあう話は未だに引き継がれている。今回は私の主観から言うと、イラつくことを言われ続け、それを全部数倍にしてやり返したわけなのだからとても気分がいい。そこらは共感をしてもらえる人もいるだろう。<br>だが世の中にはこれを見て「煽り返すなんて」「相手と同じことをするなんて」という意見の人もいる。私から言わせてもらえば確かに正しい意見である。前にも述べたが私は、お互い様、というふうに思っていた。<br>だからこそ、彼が怒り出した際には声を上げて笑うほどの余裕もあった。なにか言い返されても「自分も同じことをしていたじゃないか。お互い様だよ」と言い返せば解決すると思っていた。今に思えば甘すぎる。都合のいい流れで止めていたなと思う。<br>この甘さがさらにこの件を大事へと発展させていく。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384444969.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 21:17:00 +0900</pubDate>
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<title>Aの3</title>
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<![CDATA[ さて、前回の続き。私はミュート機能を使い、自分に対して不利益を生む発言を全てシャットアウトした訳だが、いざこざを起こした彼とはSNS外でも関わりがあった。<br>それはいわゆるソシャゲなのだが、その彼と私とその他複数を交えてゲームでの対戦をすることとなった。参加者を半分に分け、それぞれをチームとし、対戦するといったものだ。<br>参加者はLINEの通話に入り、コミュニケーションを取りながら対戦をしていく。敵も味方もお構い無し、話しながらワイワイするものだ。<br>さて、通話をしながらのゲームだった訳だが、私は例の彼を執拗に煽った。<br>理由はいくつかあるが、前回の話にあるように不満もたまり溜まっていたし、同じことをやり返してもバチは当たらないだろうと思っていたからだ。<br>それに、仮にまた相手が怒りだしたとしても今回は私が先に仕掛けられているわけで、お互い様。ということで話がつくだろうと踏んでいたからだ。だから必要以上に煽った。<br>人間とはストレスを発散しないと、自分の中で増幅させるものである。人は嫌なことは命に関わるとして深く覚えやすいそうだ。それがふとした時に思い出し、またイライラを重ねていく。<br>「突然友人が昔のことで怒り出した」ということもこれが原因であり、その手の分野では基本的な人間の仕組みの1つらしい。<br>私はどうやらこの仕組みにまんまと乗せられていたらしく、今までの鬱憤をここぞとばかりに晴らした。<br>正直気分がすごい良かった。長らくの不満をやり返せたわけで、復讐を成し遂げたのと同じ、達成感のようなものを感じた。事実、いつかはやり返してやろうと考えていたので、復讐を成し遂げたことに関しては間違っていない。<br>しかしだ、これがまた次のいざこざを生む
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384442105.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 21:02:46 +0900</pubDate>
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<title>Aの2</title>
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<![CDATA[ さて、前回の続きと行こう。私は心に不満を残しているが、それでも表向きに仲直りをしたという体でいざこざを起こした相手と関係を持った。<br>仕方がないのだ。今さら「やはり謝罪をしっかりしろ」といっても聞き入れはしない。「まだ言うか」「いつまで引きずるんだ」と返されただろう。彼らからすればスッキリ理想通りの終着なわけで、今さらその理想を覆されるのは嫌であろう。<br>そして、私は不満を隠しつつ表向きに仲良さそうにし続けていたが、内心はストレスとの格闘であった。嫌いな人間に気を使って接する事に、ストレスを感じない人間がいるなら、私はその人を尊敬するだろう。<br>そのせいなのかは、私には分からないが、いざこざを起こした彼の発言はとても悪意のあるように感じた。一言一言が妙にトゲがあるのだ。別に私も男であるし、多少の悪口くらいは笑って流すことくらいは日常茶飯事である。<br>しかしだ、あまりにしつこかった。SNSのTL(タイムライン)上で私の発言に対して頻繁に反論ともとれる事を返してくる。これにはだいぶ参った。その反論に毎度返信していたらまた前のように面倒事になりかねない。しかしこれでは無闇にTLを見ることも出来ない。ストレス地雷が埋まってると分かっているのだから。<br>そこで私は対策をとった。SNSにはミュート機能というものがある。嫌いな人の発言をシャットアウト出来る機能である。私はこれを使い、なにか言われようものなら「ああ、気づかなかった」「ごめん、通知を切ってたんだ」なんて適当なことを言って流そう。と思っていた。<br>実際のところ、これはSNSなどではトラブルを避ける際に有効とされる手だ。現実と違って、設定1つで嫌いな発言を知る必要がなくなる。<br>わかりやすく例えるなら、真横で自身がファンのアーティストの悪口を言っている人間がいたとする。そんな時にミュート機能を使うと、真横で悪口を言っていた人間の声がピタッと聞こえなくなるのだ。<br>世界は広い、自分の趣味や考えをよく思わない人間もいる。しかし、その人間に対していちいち反応したりしてはキリがない。<br>その相手は今まで生きてきた長い人生の中で培った価値観を元に話しているわけなのだから、それをこの数分で訂正させれるわけが無いのだ。<br>だから無視をするなり、そもそも話を聞かないというのは色々な価値観の人が集まるSNS上では最有力な手と言えるのは間違いがない。
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<link>https://ameblo.jp/silverorange0413/entry-12384438077.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 20:45:00 +0900</pubDate>
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