<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>明日への進撃　～アドラー心理学に導かれて～</title>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/singeki-adler/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>辛くなったら、ふと立ち寄って下さい。笑いあり、涙ありでお迎えします。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>怒らずに、人間関係を劇的に良くする方法</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昨日に引き続いて、「怒り」を見ていきましょう。</p><br><p>怒りという感情は、突然引き起こされるものではありません。</p><br><p>その感情の根底には、別の感情が潜んでいます。</p><br><p>それは、<font color="#0000ff" size="3">寂しい・悲しい・苦しい・悔しい・不安・心配・落胆</font>といった感情です。</p><br><br><p>例えば、昨日の食事の例でいくと、私にはこんな感情があったわけです。</p><br><p>「食べ物を大切にしないのは、悲しいな」</p><br><p>「感謝の気持ちがまったく見られないのは、がっかりしたな」</p><br><p>ところが、怒りはそんな感情をすっ飛ばして、心の赴くままに乱暴な言葉をぶつけてしまう行為です。</p><br><p>「日本が豊かかどうかなんて関係ないだろ！残さずに食べろよ！」</p><br><p>実際には使いませんでしたが、怒りをストレートにぶつけていたら、こうなっていました。</p><br><br><p>何回も同じ過ちを繰り返す人に対して、自然とこんな言葉を使わないでしょうか。</p><br><p>「バカヤロー！何度言ったらわかるんだ！」</p><br><p>「もういい加減にして！」</p><br><p>蓄積されたものが、爆発する瞬間です。</p><br><p>ある意味でやむを得ない行動ですが、言われた相手はどう感じるでしょうか。</p><br><p>素直に謝って、悪かったと反省できるならば問題ありません。</p><br><p>でも大抵は、怒りには怒りで返ってくるものです。</p><br><p>そうではなく、言葉で「ごめん」と返ってきても、心の奥底では面白くない、腹が立つという感情が渦巻いているはずです。</p><br><br><p>有効なのは、その前にある感情を伝えることです。</p><br><p>もう一度、食事の例に戻りましょう。</p><br><p>怒りをぶつけるのではなく、潜んでいる感情の方を言葉にするのです。</p><br><p>「食材を粗末に扱うのは、悲しいんだ。残さず、一緒に食べよう」</p><br><p>「食べられることに、感謝したいんだ。その言い方は、少しショックだったよ」</p><br><p>まだ、こちらのほうが、相手の受け入れてくれる余地が広がります。</p><br><br><p>「・・・なんて、がっかりしたよ」</p><br><p>「・・・が寂しいんだよ」</p><br><p>「・・・だと、心配になっちゃうんだ」</p><br><p>素直な感情をぶつけたほうが、相手の心にすっと届きます。</p><br><p>そこには、怒りのようなトゲトゲしさがないからです。</p><br><p>怒りたい気持ちをぐっとこらえて、その根底にある気持ちを伝える練習をしましょう。</p><br><p>人間関係が劇的に改善されることを、お約束します。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12033379070.html</link>
<pubDate>Sun, 31 May 2015 19:00:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>その怒り、ちょっと待って</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私たちの感情の中で、一番強烈なのは「怒り」です。</p><br><p>今日は、怒りについて掘り下げていきましょう。</p><br><br><p>私たちは心の中で「・・・しなければならない！」や「・・・するべきだ！」といった、固有の信念や価値観があります。</p><br><p>この部分から外れたできごとが、誰かによって引き起こされた時、人は「なんで、そうなるんだ！」という怒りが発生します。</p><br><p>また自分自身がそこから外れてしまった場合、自分に向けて怒りの矛先が向かう場合もあります。</p><br><br><p>とある女性と食事をしました。</p><br><p>２名分のコースを注文したのですが、思っていた以上にボリューム感がありました。</p><br><p>また運悪く、彼女は一口食べた味があまり気に入らなかったようで、皿にはまだ多くの食材が残っていました。</p><br><p>私は「出された料理は、残さずに食べる」という価値観を大切にしています。</p><br><p>食べないのかどうかを確認すると、「うん、いらない」との返事。</p><br><p>私は多少、無理してでも食べておこうと手を伸ばしました。</p><br><p>すると、思ってもみない一言を耳にしました。</p><br><p>「食べることに困る貧しい国でもないんだし、別に残しておけば良いじゃん」</p><br><p>内心は、すごく腹が立ちました。</p><br><p>しかし、その場は冷静に振る舞って、店を後にしました。</p><br><br><p>食べる物そのものへの感謝、料理を作ってくれた人への感謝、丁寧に接客してくれた人への感謝を込めて、私は綺麗に食べたいのです。</p><br><p>しかしながら、「そんなささいなことで、何で腹が立つの？」と疑問に持たれた方もいるでしょう。</p><br><p>ここで言いたいのは、どちらが正しいかではありません。</p><br><p>人それぞれの価値観を、無意識のうちに壊す行動を取ってしまう可能性は、誰にでもあるという事実を強調したいのです。</p><br><br><p>その人を知りたいのならば、その人の価値観も大切にしてあげなくてはなりません。</p><br><p>「今この言葉や行動は、ふさわしいだろうか」と少し考える余裕が欲しい所です。</p><br><p>また思ってもみない行動をされ、ムッと腹が立った時には「相手にとっての価値観が、違うだけなのかも」と、一拍を置いてみるのも効果的です。</p><br><br><p>怒りをぶつけた所で、余計に関係がこじれてしまうだけです。</p><br><p>お互いを知り、お互いの価値観を大切にすることで、より親密な関係を築いていきたいものです。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12032932500.html</link>
<pubDate>Sat, 30 May 2015 17:31:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>心のゆがみを直す方法</title>
<description>
<![CDATA[ <p>人は良い意味でも、悪い意味でもゆがんだ物の見方、考え方をしている。</p><p>その中でも特に問題のある考え方が、ベーシック・ミステイクスであると説明しました。</p><br><p>では、ゆがんだ考え方に支配されそうになった時、どうすればそこから脱却できるのでしょうか。</p><p>そのためには、自分だけではなく、周りから見ても健全で、現実に即した考え方で塗り替える必要があります。</p><br><p>アドラーはこんな言葉を残しています。</p><p><font color="#0000ff" size="3">「他者の目で見、他者の耳で聞き、他者の心で感じること」</font>が大切であると。</p><br><p>ゆがんだ考え方にとらわれている場合には、自分だけの枠でしか物事を見られなくなっていると言えます。</p><p>つまり、視界が非常に狭まっている状態なので、一度冷静に物事を判断し直す必要があるわけです。</p><br><p>具体的な方法としては、以下が効果的でしょう。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">①「本当にそうなのか」を疑ってみる</font></p><p>あなたは、それを決めつけてはいないでしょうか。</p><p>そうなる確証があるなら仕方ありませんが、そうではない限り、本当かどうかを疑ってかかって下さい。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">②「また、やってしまっている」と自覚する</font></p><p>精神的なダメージが大きい時、人は得てしてベーシック・ミステイクスに陥ると前回説明しました。</p><p>あなたは、それが癖になっていませんか。</p><p>また、いつもの悪い癖が出ているなと自覚しましょう。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">③「じゃあ、こうしたらどうなるだろう」と考えてみる</font></p><p>物事をすべて投げ出して、自滅的な考え方をしていても、現実は一向に良くなりません。</p><p>「この苦境から脱するには、どうしたら良いのだろう」</p><p>「どうすれば、前のように楽しく生活できるだろう」</p><p>というように、前向きな考え方に戻す必要があります。</p><p>良い考えが思い浮かんだら、とにかく行動してみましょう。</p><br><p>人は生きているうちに誰だって、弱気になることがあります。</p><p>ただ、それを長く引きずってしまうのか、あるいは切り替えが早くできるのかで、随分生きやすさが変わるでしょう。</p><br><p>私は切り替えが下手な人間なので、今日書いたことを実践していきます。</p><p>あなたもぜひ、試してみて下さいね。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12032618204.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2015 20:37:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>今がピンチのあなたに贈る、心の特効薬</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ベーシック・ミステイクスについて、例をあげて説明していきます。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">　・決めつけ</font></p><p>そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないのに、自分で勝手に決めてしまうことです。</p><p>「細マッチョになったら、モテるに違いない！」</p><p>うーん、そんな簡単な話じゃないですよね。それだったら、私は嬉しいですけど（笑）</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">　・誇張</font></p><p>おおげさに考えてしまうことです。</p><p>「このまま筋トレを続ければ、ボディービルダー選手権にも出れるな！」</p><p>無理です（笑）</p><p>忙しい中で、ボディービルダーとしての挑戦を続けているオードリーの春日さんを、尊敬しています。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">　・見落とし</font></p><p>ある部分だけしか見ておらず、大事な部分を見落としてしまうことです。</p><p>「寝る前に、しっかりと筋トレをすれば、どんどん筋肉がつくだろう」</p><p>筋トレだけでは、筋肉は発達しません。</p><p>十分な栄養素を取る必要がありますし、適度な睡眠も必要になります。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">　・過度の一般化</font></p><p>何かうまくいかなかった場合、他のこともうまくいかないと思い込んでしまうことです。</p><p>「またブログの閲覧数が減っちゃった。こんなことでは、夢も叶わないな」</p><p>ブログの閲覧数と夢の実現には、因果関係がありません。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">　・誤った価値観</font></p><p>自分が無価値だと思い、自滅的な物事の考え方をしてしまうことです。</p><p>「筋肉はつかないし、ブログも読んでもらえない。やっぱり、自分に価値はないんだ」</p><p>例を書いていて、寂しくなりました（笑）</p><p>そんなことないよ、と自分で励ましています。</p><br><br><p>人はピンチに陥った時、得てしてこのような考え方をするものです。</p><p>順風満帆の時ならば、考えもしないようなことですよね。</p><p>でも、精神的に大きなダメージを負ってしまうと、途端に人はネガティブな面しか見えなくなってしまうのです。</p><br><p>元気な人は、落ち込んでいる人の話を聞くと、ついその否定的な発言に対して、イライラしたりすることもあるでしょう。</p><p>また、せっかく励ましているのに、薄い反応しか返ってこなかったり、場合によっては逆ギレされたりして、「もう知らない、勝手にして」と突き放すこともあるでしょう。</p><br><p>この状況を解決させたいという気持ちは、空回りします。</p><p>解決するのは、本人しかありません。</p><p>本人の心情に寄り添ってあげるしかできないと思っていたほうが、かえってうまくいきます。</p><br><p>精神的に落ち込んでいる人は、これを覚えておいて下さい。</p><p>上のような考えが出てきたら、「これは基本的な誤りだ。事実じゃないんだ。大丈夫！」と自分に、言い聞かせてあげて下さい。</p><br><p>あなたは、考えすぎています。</p><p>そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。</p><p>それならば、なった時に考えましょう。</p><br><p>本当にピンチになったら、ＳＯＳを出して下さい。</p><p>きっと誰かが助けてくれます。</p><p>あなたが思っているよりも、人って、優しくて、頼りがいのある存在なんですよ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12032196018.html</link>
<pubDate>Thu, 28 May 2015 18:45:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>考え方の違いに、動揺しなくても良い</title>
<description>
<![CDATA[ <p>公認会話士様、いつもブログにペタを、そして昨日のブログに「良いね！」をありがとうございました。</p><p>あなたのブログを拝見し、一言での大喜利には、卓越した笑いのセンスを感じさせられました。</p><p>私も、人を笑わせることは大好きなので、トークの参考として活用させて頂きます。</p><br><p>さて、今日は再びアドラーの話に戻ります。</p><br><p>人は、自分のフィルターを通してしか物事を判断できない、という定義を前に書きました。</p><p>一つの事実に対して抱く印象は、各々異なります。</p><p>皆が一様に同じ印象しか持たないようならば、この世界はとても狭く、偏ったものになってしまいますよね。</p><br><p>この自分自身や他者に対する、その人特有の物の見方や考え方を<font color="#0000ff" size="3">「私的論理」</font>と呼びます。</p><p>そして、アドラー心理学では、<font color="#0000ff" size="3">良い意味でも、また悪い意味でも、誰もがゆがんだ物の見方をしている<font color="#000000" size="2">と</font></font>説きます。</p><br><p>これは価値観や正義感で考えてもらえれば、納得して頂きやすいのかもしれません。</p><p>例えば、私は女性や弱い立場の人に、暴力で訴えることは絶対にできません。</p><p>それは私の価値観であり、とある人から見れば「男らしくない」「弱々しい」と映るかもしれないわけです。</p><p>また、「絶対に」という部分で、多少ゆがんだ物の考え方をしているとも言えます。</p><br><p>この程度のゆがみではなく、<font color="#0000ff" size="3">特にゆがんだ発想をして、自分自身を生きにくくし、なおかつ周囲との摩擦も生んでしまう考え</font>を<font color="#0000ff" size="3">「基本的な誤り（ベーシック・ミステイクス）」</font>と呼びます。</p><br><p>ベーシック・ミステイクスには、次のようなものがあります。</p><p><font color="#0000ff" size="3">　・決めつけ</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">　・誇張</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">　・見落とし</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">　・過度の一般化</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">　・誤った価値観</font></p><br><p>それぞれの意味については、長くなったので明日のブログで説明していきます。</p><p>何だか異常に暑いですね。溶けそうですが、負けずに頑張りましょう。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12031800458.html</link>
<pubDate>Wed, 27 May 2015 19:15:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>アメブロには、アドラーも驚くすごい方がいる</title>
<description>
<![CDATA[ <p>前回の「劣等感」のブログに対して、読者数１万人を超えるお坊様に「良いね！」を押して頂きました。</p><p>光栄です。ありがとうございます。</p><br><p>最新のブログを拝見したら、世の中は不公平だと認められた上で、こう結論づけられていました。</p><p><font color="#0000ff" size="3">「どうせ、皆死ぬんだから」</font></p><br><p><font color="#0000ff" size="3">死ぬ際に、人生が充実していた人のほうが、未練は大きく残る。</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">苦しくてツラかった人生を送った人のほうが、安らかに死を迎えることができる。</font></p><p>うーん、深い。深すぎる。</p><p>この考え方は、私には到底及びませんでした。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">「全体から考えれば、人生はとても短いのだから、ささいなことで悩み過ぎないように」</font></p><p>との教えには、生きる知恵を伝授して頂いたような気持ちになりました。</p><br><br><p>また、ペタをつけて頂いた、とある方のブログに共感しました。</p><p><font color="#0000ff" size="3">「続けることに、価値がある」</font></p><br><p>私もこれまでブログを書いてきて、正直その反応の薄さに、続ける意味を見出せなくなる瞬間がありました。</p><br><p>もちろん、閲覧数だけがすべてではありません。</p><p>私の思いとしては、誰か一人でもこのブログを読んで、「もう一度、前向きに頑張ってみよう」と思ってもらえれば、十分満たされます。</p><p>ただ、それを実現するためにも、多くの人に読んでもらいたいとは思います。</p><br><p>今はほぼ「独り言」に近いのかもしれません。</p><p>それでも、続けることで少しずつ輪を広げていきます。</p><p>そんな勇気を持たせてくれたブログとの出会いに、感謝したいと思います。</p><br><p>アメブロを書かれている方には、すごい人がいっぱいいるなーと改めて感じました。</p><p>それは有名人か否かは、まったく関係がありません。</p><br><p>自らの思いや考えを伝え続けることで、多くの人の「救い」になろうとする方は、やっぱり素敵だなーと思います。</p><p>私も「アドラー社労士」として、どんどん多くの人を巻き込めるよう、頑張っていきます！</p><p>元気をくれた皆様、どうもありがとうございました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12031390242.html</link>
<pubDate>Tue, 26 May 2015 19:05:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>劣等感で苦しむあなたへ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>大切なテーマなので、昨日の劣等性に続いて「劣等感」を掘り下げていきます。</p><p>他者との比較ではないとすでに述べましたが、アドラー心理学ではなぜ、そう定義しないのでしょうか。</p><br><p>「あの人のように、カッコよかったらなー」</p><p>「あの人のように、お金持ちだったら良いのになー」</p><p>「あの人のように、好きなことをやって輝けたら素敵だなー」</p><br><p>人はどうしても他人を見て、自分は十分に満たされていない事実に落ち込み、嫉妬さえすることがあります。</p><p>上のかっこの文章に続くのは、「でも私は、そうじゃない」という強い否定の気持ちです。</p><br><p>もちろん、その悔しさをバネにして、前向きな行動につなげることは可能です。</p><p>過去の貧しい生活に嫌気がさし、一所懸命にビジネスに取り組んだ結果、財を築くという例は枚挙に暇がありません。</p><br><p>しかし、他人との比較においては、永遠に「勝負の世界」が待ち受けています。</p><p>やっと、それなりの財産を蓄えても、上を見たらキリがありません。</p><p>これは容姿であっても、知能であっても、才能であっても、等しく同じです。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">「他者との比較では、永遠に勝てない」</font>と結論付けても、ほぼ支障はありません。</p><p>だから、他者と比べて劣る事実を劣等感だとしていたら、非常に生きにくくなってしまうわけです。</p><br><p>そこでアドラーは、自己の定めた理想や目標に対して、現実が足りていない（ギャップがある）事実に、わきあがってくるマイナス感情を「劣等感」としたのではないかと、私は考えます。</p><br><p>確かにこの定義で行けば、他人はまったく関係ありません。</p><p>自己の理想や目標に近づけるかどうかは、すべて自己責任で決まります。</p><br><p>「最近、私はさぼっている。できていなくて情けない」と劣等感を覚えるのが嫌ならば、「やっぱり一度決めたことだから、頑張ろう！」とするだけですよね。</p><p>ものすごく、シンプルです。</p><br><p>アドラーは、こう言っているような気がします。</p><p><font color="#0000ff" size="3">意味のない比較に苦しむなんて、時間のムダだよ。</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">そんなことよりも、なりたい自分を目指さないほうがダメだ。</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">そこで努力していない事実に対して、劣等感を抱き、危機意識を持って行動しなさい、</font>と。</p><br><p>他人に向かいやすいベクトルを、自己に自然と向けられるようになるまで、私は努力していきたいと思いました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12031023953.html</link>
<pubDate>Mon, 25 May 2015 20:16:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>健康な私たちのほうが、真剣に考えなければならないこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日はアドラー心理学でよく取り上げられる「劣等」についてのお話です。</p><p>この劣等には、３つの用語があります。</p><br><p>　<font color="#0000ff" size="3">①　劣等性</font></p><p>身体に生まれながらの障害を有すること、または人生の中途においてハンディキャップを有してしまうこと。</p><br><p>　<font color="#0000ff" size="3">②　劣等感</font></p><p>一般的には他者との比較で劣っていると感じることであるが、アドラー心理学では自己が抱く理想や目標と、現実とのギャップから生じる劣等的な感情をいう。</p><br><p>　<font color="#0000ff" size="3">③　劣等コンプレックス</font></p><p>劣等感の過度な状態をいい、アドラーは「ほとんど病気」とも表現している。自分が劣っていることを声高に主張するだけで、何も具体的な行動には移さない。</p><br><p>だいぶ前のブログですが、人の行動にはその人特有の意思があると述べました。</p><p>未来に向けての目標があるからこそ、人は行動するのだ。そこに過去の原因は関与しない、というアドラー独自の考え方です。</p><br><p>ここで、少し想像して欲しいと思います。</p><p>もしあなたが、生まれながらにして障害を背負っていたら、どう考えますか？</p><p>私だったら、「どうして私がこんなひどい目にあうのだ」と落胆し、場合によっては、生んでくれた親に対して、怒りの矛先が向かってしまうかもしれません。</p><br><p>しかしながら、どんなに原因を追及しようとも、自己の障害は変わりなく存在し続けます。</p><p>そうとなれば、その障害を受け入れて、制限される中でも自分のやるべきことを見つけ出し、行動していくしかないわけです。</p><br><p>ただ、これは当事者じゃないから、言えることです。</p><p>私は、弱い人間です。いつまでもくよくよして、どんより暗い毎日を送り、ともすれば「劣等コンプレックス」にさえ、なってしまうかもしれません。</p><br><p>日常を過ごしていると、時折身体の不自由な方との出会いがあります。</p><p>私はふとその時、自分がこの立場だったらと考えてしまうのです。</p><p>例えば、目が見えない状況で、この方のように外に出て、電車に乗ろうとするだろうか。</p><p>すごく怖いよな。何とか電車に乗れたとしても、その後の目的を果たせるのだろうか、などと。</p><br><p>すると、私はその方が有している「強さ」に気付かされます。</p><p>障害を背負っている方の不平不満を、私はあまり聞いたことがありません。</p><p>むしろ私のような健常者のほうが、不平不満を多く口にしているとさえ思います。</p><br><p>アドラーは、優しく諭します。</p><p>原因（過去）が人を動かすのではない。未来があるから、人は動けるのだと。</p><br><p>未来を見る力、未来を信じる力が、人を突き動かし、輝かせるんだ。</p><p>行動できない理由なんてない。だって、私を制限するものは何もないのだから。</p><br><p>きれいごとを伝えたいのではなく、健常者として生まれた以上、目一杯に人生を生きる義務があるように思います。</p><p>あなたにも、やってみたいことはありませんか？</p><p>今日からでも、少しずつ始めてみませんか？</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12030591366.html</link>
<pubDate>Sun, 24 May 2015 19:00:31 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>女性のすごさ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>前回のブログで総論を語り終えましたので、今回からはいよいよ「自分自身との付き合い方」について、勉強していきます。</p><p>まずは、「感情」を掘り下げていきましょう。</p><br><p>感情には、３つの特徴があります。</p><p><font color="#0000ff" size="3">　①　感情は、身体、思考、行動と密接な関係にある</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">　②　思考は理性的であるのに対して、感情は非理性的である</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">　③　感情は、行動に向けてのエネルギー源となる</font></p><br><p>②について関係するのが、男性と女性との違いですね。</p><p>今では脳の違いだとも言われていますが、一般的に男性は論理的に物事を考えがちであり、女性は感情で物事を判断しがちです。</p><br><p>女性からの相談において、一番すれ違いやすい点ですね。</p><p>男性は「相談を解決する」ことに主眼を置きます。</p><p>人一倍プライドに固執するのは男性なので、自分という存在を通して、何らかの影響を与えないと満足できないのです。</p><br><p>ところが女性は、話を聴いて欲しいというのが一番の目的です。</p><p>その上で、自分が抱いた感情（悲しかったとか嬉しかったなど）を共有できれば、十分満足できると言えます。</p><br><p>私が傾聴は難しいなと感じるのは、ここなんです。</p><p>相手の話を聞いているうちに、「何を伝えたいのだろう」と思いを巡らせます。</p><p>（この時点までは、何も問題ありません）</p><br><p>そして、「言いたいのは、きっとこれだな」と目星をつけると、頭が勝手に「じゃあ、次はこの言葉を返すべきだな」と回り始めてしまうのです。</p><p>それも、「これを言えば説得力がありそうだな」などと、余計なことを考えてしまう始末です。</p><br><p>女性同士での会話を聞くと、本当に「感情の共有」が上手だなと羨ましく思うほどです。</p><p>相手の言葉をそのまま受け止めて、自分の感情も同じレベルに自然とあわせる力が、女性にはあります。</p><br><p>すごいものはすごいと認めつつ、負けっぱなしでも悔しいので、それをバネにして、より良い「聴き方」ができるように行動していきます。</p><p>その先にしか、カウンセラーの道はありませんので。</p><br><p>今日は夏みたいな暑さでしたが、明日は涼しくなるようです。体調を崩さずに、休日を楽しんで下さい。</p><p>明日、良いことがありますように。それでは。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12030189499.html</link>
<pubDate>Sat, 23 May 2015 19:20:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>アドラーが伝えたかったこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p>これまでは主に「勇気づけ」を取り上げて、ブログを進めてきましたが、もう一つアドラー心理学で非常に重要な考え方があります。</p><p>それは「共同体感覚」と呼ばれるものです。</p><br><p>共同体感覚とは、<font color="#0000ff" size="3">家族・地域・職場等のコミュニティーの中で、自分もその一員として属している</font>という感覚を持つことです。</p><p>この感覚を持つことで、人は積極的に協力しあったり、誰かのために貢献したりできると言います。</p><br><p>私はこれを「自分の居場所がある」という表現に、置き換えています。</p><p>居場所だと感じられると、人は自然の姿をさらけ出せるものではないでしょうか。</p><p>それを受け入れてくれる仲間がいることは大きな力になり、自分のためだけではなく、仲間のためという意識が芽生えるものだと思います。</p><br><p>この有無が、精神的な健康に大きな影響を与えます。</p><p>確かに、どんなに辛いことや大変なことがあっても、どこかに居場所があれば、そこに逃げ込んで助けてもらえるでしょう。</p><br><p>だから、アドラーはきっと、人そのものを理解し、勇気づけを行い、自分の存在を他者に認めてもらいながら、居場所を多く作りなさい。</p><p>そうすることで、あなたは人間関係の悩みから解放されて、伸び伸びと自分らしく、充実した人生を歩めますよ、と言っているような感じがします。</p><br><p>そして、何より大切なのは、自己完結ではダメだという部分ではないでしょうか。</p><p>自分一人だけの幸せでは限度がある。</p><p>誰かのために生きるということがあわさって、本物の幸せになるのだと、私は示唆しているように思えてなりません。</p><br><p>今日のブログでは、アドラー心理学の全体像を私なりに解釈してみました。</p><p>今後は、また事例を用いながら、各論をご紹介していきます。</p><p>明日、良いことがありますように。それでは。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/singeki-adler/entry-12029804079.html</link>
<pubDate>Fri, 22 May 2015 19:45:27 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
