<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>シニア徒然ブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/sinia-191923/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>マイペースの自己満のブログです。季節は変わり 花が咲き 花が舞い 花が散り 花が逝くきっといつか 風が吹いて 夢を運んで くる予感神戸発信・・・。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>森羅万象・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250204/21/sinia-191923/67/96/g/o0580008015540708120.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/10/d7/j/o0580045015556260949.jpg"><img alt="" height="450" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/10/d7/j/o0580045015556260949.jpg" width="580"></a><br><br><br><font color="#ff0000"><b><font color="#ff0000">※　～離婚後のリアル</font></b></font><br><br>アラフォーというと仕事が波に乗ってきたり、育児に追われていた<br>りしている世代だ。夫婦の3組に1組が離婚すると言われているが、<br>アラフォーで離婚をした人はその後どのような生活を送っているの<br>だろうか。40歳で離婚をした女性に話を聞いた。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/17/sinia-191923/c6/c2/g/o0580004815556261162.gif"><img alt="" height="48" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/17/sinia-191923/c6/c2/g/o0580004815556261162.gif" width="580"></a><br><br>待ち合わせの喫茶店に現れた岩倉春奈さん（37歳・仮名）は、色白<br>で華奢な女性だった。普段はコールセンターで契約社員として働き<br>つつ、休日はネイリストとして副業を行っている。その証しとして<br>岩倉さんの爪は美しく彩られていた。<br><br>「本当はネイルサロン1本でやっていきたく、離婚前は友人と共同経<br>営していました。そのときはうまくいっていたのですが、1人でやり<br>始めたらお客さんからいただく施術代から材料費を引いたら手元に<br>ほとんど残らないうえ、お客さんが来ない日もあって本業にするに<br>は厳しくて……」<br><br>岩倉さんは27歳のときに同い年の元夫と結婚し、36歳で離婚してい<br>る。元夫とは冷めきった状態でほとんど口を聞いていなかった。出<br>産できる年齢のカウントダウンが始まっていたので子どもが欲しい<br>と思ったこともあったが、元夫とは何年も夜の営みがなく、何度か<br>話し合いもしたがレスが解消されることはなかった。<br><br>「離婚の一番の原因は私に好きな人ができたことです。職場の11個<br>も年下の男性で、私は興味がなかったのですが、向こうからグイグ<br>イ誘ってきて私も本気になってしまいました。それで、元夫と離婚<br>してその年下男性とお付き合いを始めたのですが、向こうはまだ若<br>いから余裕があって、でも私はこの年なので出産などの焦りもあり、<br>だんだん価値観が合わないことがわかってきて。それと年齢の差で<br>ジェネレーションギャップがありました。冗談でおばさん扱いもし<br>てきてたんですよね。結局10カ月ほどで別れてしまいました」<br><br><br><font color="#ff0000"><b><font color="#ff0000">※　～職場内で好きな人ができて離婚へ</font></b></font><br><br>また、職場恋愛をしていることで職場内でまたたく間に噂になり、<br>特に別れた後は元彼と職場で顔を合わせることも気まずく、周りか<br>らの目も気になり本気で仕事を辞めたいとすら思ったこともあった。<br>しかし現在は時間が解決して元彼との仲も修復され、友達のような<br>関係になっている。<br><br>離婚して一番変わったことは経済的な面だという。結婚していた頃<br>は元夫の収入に頼って生活していたが、一人暮らしをするとなると<br>今までの自分の収入だけでは暮らしていけず、コールセンターの仕<br>事を週4から週5に増やし、残業も始めた。収入のために6連勤や7連<br>勤することもあり、正直体力的にキツいという。<br><br>「仕事はしんどいのですが、結婚していた頃は家に帰ったら元夫の<br>ためにご飯を作ったり家事をしたりしないといけなかったのが、今<br>はすべて自分の時間に充てられて自由を得られています。離婚した<br>とき、元夫と飼っていた犬を残して家を出てきたので、犬に会いた<br>くて今は週2回ほど元夫の家に行っています」<br><br>今までインタビューしたアラフォー離婚経験者は「離婚してよかっ<br>た」という人ばかりだったが、岩倉さんは少し違った。 「後で元夫<br>から聞いた話なのですが、私に好きな人ができて離婚したことで、<br>元夫はうつ状態になって眠れなくなってしまったそうなんです。そ<br>れで、本当に申し訳ないことをしてしまったと離婚を後悔しました。<br>今は回復していますが、元夫を苦しめてしまったことに罪悪感を抱<br>いています」<br><br>元彼と別れた岩倉さんだが、現在は新しいパートナーがいる。マッ<br>チングアプリで知り合った1つ年下の男性ともうすぐ1年になる付き<br>合いをしているそうだ。 「今のパートナーは元彼とは違って同世代<br>なので話が合うんです。それに私をリードしてくれて優しい。共通<br>点もたくさんあり、やはり付き合うなら同世代が一番なんだなと実<br>感しています。しかも、相手もバツイチで楽なんです。<br><br>なんだか高校生の恋愛のようにくだらないことで笑い合ってとって<br>も楽しいです。ドキドキ感のトキメキも久しぶりに感じています。<br>ああ、これが恋愛なんだな、この年齢になっても恋愛できるんだな<br>という新鮮味のある恋愛です。こういう恋愛がもう一度できるなん<br>て思ってもいませんでした。ただ、11個も年下の元彼と付き合った<br>ことはいい人生経験になったとは思っています」<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/17/sinia-191923/84/2d/g/o0580004815556261464.gif"><img alt="" height="48" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/17/sinia-191923/84/2d/g/o0580004815556261464.gif" width="580"></a><br><br>今は新しいパートナーとの同棲に向けて引っ越し費用を貯めている<br>最中だという。再婚願望はないのか尋ねると、まずは同棲してから<br>後々のことは考えるとのことだった。<br><br>「今後の目標としては、コールセンターの仕事をセーブし、もう一<br>度友人とネイルサロンを共同経営してネイリストを本業にすること<br>です。ほかにも資格も取りたいなと思っています。ただ、今はコー<br>ルセンターの仕事でパツパツなので資格の勉強をする時間もほとん<br>ど取れていません。加えて週2〜3回はパートナーと過ごしているの<br>で時間がない状況です。<br><br>パートナーとの同棲に向けて物件選びもしないといけないし、彼と<br>一緒に住むなら猫も飼いたいんですよね。物件サイトを見るとペッ<br>ト可の物件が少ないので悩み中です」 仕事は大変だが新しいパート<br>ナーと仲良く過ごしている岩倉さん。今後はお互い傷つくことなく<br>新たなパートナーと歩み、ネイリストとしての仕事が成功すること<br>を願うばかりだ。…<br><br><b><font color="#ff0000"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif" width="84"></a></font></b><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/11/sinia-191923/e4/f7/g/o0500026115500071780.gif"><img alt="" height="261" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/11/sinia-191923/e4/f7/g/o0500026115500071780.gif" width="500"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/17/sinia-191923/7d/4b/j/o0580040015556261904.jpg"><img alt="" height="400" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/17/sinia-191923/7d/4b/j/o0580040015556261904.jpg" width="580"></a><br><br><br><font color="#ff0000"><b>※～ 食生活の欧米化</b></font><br><br>今から20年前に『スーパーサイズ・ミー』というドキュメンタリー<br>映画がありました。モーガン・スパーロックというアメリカ人が監<br>督・主演した映画です。 　<br><br>２００２年に肥満に悩む青年がファーストフードチェーン・マクド<br>ナルドを訴えました。その報道を見たスパーロックさんが肥満との<br>相関を確かめるべく、〝一カ月間マクドナルドの商品だけを食べ続<br>ける〟と決め、自ら被験者となって、現代のアメリカ人の食生活を<br>検証したのです。 　<br><br>スパーロックさんは三食全部をマクドナルドで食べ、水もマクドナ<br>ルドの店内で飲み、時には日本のメニューにはないスーパーサイズ<br>を食べました。その結果、健康体であったスパーロックさんは一カ<br>月で体重が11㎏増え、体脂肪率も18％まで上昇し、しばしばうつ状<br>態になり、動悸もするようになりました。さらに肝機能障害も起こ<br>ったといいます。 　<br><br>この映画は大ヒットして、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に<br>ノミネートされました。マクドナルドはこの映画に対して色々と反<br>論をしましたが、その後スーパーサイズをメニューから外し、より<br>健康的なメニューを提供するようになったということです。 　<br><br>訴訟の方は「因果関係が認められない」として裁判所に脚下され、<br>マクドナルド側の勝利に終わりました。実験後スパーロックさんが<br>１００人の栄養士に状況を説明して意見を求めたところ、全員が「<br>あのような食品はカロリーが高いから、一カ月に一回程度にした方<br>がいいですね」という回答だったそうです。<br><br>１９７７年、アメリカでマクガバン・レポートが発表されました。<br>レポートではハンバーガー・ステーキ・アイスクリーム・炭酸飲料<br>などのアメリカの典型的な食事が、癌や心臓病、脳卒中を引き起こ<br>すとし、それを避けるために、伝統的な日本食のようなもの、米や<br>魚、野菜、大豆製品、海藻などを食べることを推奨しています。そ<br>して当時、俄かに日本食ブームが、特にハリウッドセレブの間で起<br>こりました。 　<br><br>２０１３年、和食はユネスコの無形文化遺産に登録されました。こ<br>れは、人類が守り、継承していくべき無形の文化として和食が世界<br>的に評価されたということです。<br>　<br><font color="#ff0000"><b>※～ 明治の初めに日本の近代化</b></font><br><br>近代化を急ぐために優秀な外国人をたくさん招聘しました。鹿鳴館<br>を設計したジョサイア・コンドルもその一人です。この人の弟子の<br>辰野金吾が後に東京駅や日銀の本店を設計しました。かの有名な札<br>幌農学校のクラーク博士も農業振興のために日本に招聘された一人<br>です。 　<br><br>明治の初めに招聘された外国人の中にドイツ人のエルヴィン・フォ<br>ン・ベルツという医学博士がいました。明治天皇や大正天皇の侍医<br>を務め、「日本の近代医学の父」と称えられている人です。この人<br>の進言によってご静養のために沼津や葉山などの御用邸ができまし<br>た。このベルツ博士が、「和食は日本人に非常に適しているすばら<br>しい食事だ」と言われたそうです。これは自身の体験に基づくもの<br>でした。 　<br><br>ベルツ博士が日光の東照宮に観光に行った時の話です。東京から日<br>光までは１４０㎞あります。今では道がずいぶん整備されています<br>が、当時、日光東照宮までの道のりは非常に険しいものでした。ベ<br>ルツ博士は馬を六回乗り換えて丸二日かけて日光に到着しました。<br>そして日光の風景を楽しんで、また馬を乗り継いで東京に帰りまし<br>た。<br><br>ベルツ博士はある日、人力車の車夫に「日光の景色は本当にすばら<br>しい。まさに日本が世界に誇るべき名所だ。機会があれば、ぜひも<br>う一度行ってみたい」と言ったのです。 　<br><br>すると、車夫が「博士、では次回は私がお連れいたしましょう」と<br>言ったのです。それを聞いた博士がびっくりして言いました。 「何<br>を言ってるんだ。馬でも六回乗り換えたのに、君のような小さな体<br>の人間が、人を人力車に乗せてあの険しい坂を登っていけるわけが<br>ないだろう」 　<br><br>すると車夫が言いました。 「でも博士、私は今まで人を乗せて何度<br>も日光に行ってますよ」 実際その二年後に、その車夫の引く人力車<br>でベルツ博士は日光に行ったのです。驚いたことに馬で行った時と<br>同じぐらいの時間で、車夫は一人で険しい坂を登り切ったのです。<br><br>そこでベルツ博士はいたく感心して車夫に尋ねました。 「君は一体<br>日頃どんな物を食べているんだ？」 　車夫は「玄米に味噌に豆と野<br>菜ですね。そしてたまに、懐に余裕のある時に魚を食べます」と答<br>えました。 　<br><br>ベルツ博士が「肉は食べないのか？」と尋ねると、 「そんなものは<br>食べたことありません」と車夫は答えます。 ベルツ博士はそこで考<br>えました。 〝そんな粗食でこれだけの力が出せるなら、ドイツの近<br>代的な栄養学に基づいたものを食べたらもっと力が出るだろう〟 　<br><br>そこで、ベルツ博士は車夫に「実験に協力してほしい」と、牛乳や<br>バター、肉など高カロリーのものを食べさせました。その二週間後、<br>車夫が言ってきたそうです。 「ベルツ博士、申し訳ないけれど、以<br>前の食事に戻していただけませんか。全く走れなくなりました」と。 　<br><br>よく時代劇で人力車夫が「ひとっ走り行ってくる」という台詞が出<br>てきますが、あれは当時の10里、現在の40㎞くらいのことだそうで<br>す。つまり今のマラソンぐらいの距離を、彼らは「ひとっ走り」で<br>走っていたのです。<br><br>でも食事を変えた途端にその「ひとっ走り」ができなくなってしま<br>ったのです。ベルツ博士は驚きました。〝食事を変えたらもっと走<br>れるようになる〟と思っていたのが逆の結果だったからです。そし<br>て、食事を元に戻すと、車夫はまた以前のように「ひとっ走り」が<br>できるようになったのです。<br><br>この結果を見てベルツ博士は「和食は日本人に本当に合っている」<br>と結論づけたのです。ベルツ博士はこの実験結果を明治政府に報告<br>しました。 「和食はすばらしいので、西洋式の食事に変える必要は<br>全くありません」と。 　<br><br>明治政府はその報告を喜びませんでした。なぜなら、明治政府は日<br>本人を欧米人に負けない体格にすることをめざしていたからです。<br>明治政府は〝博士達欧米人は日本人の体格が欧米人並みになるのを<br>好まないからだろう〟と疑って受け止めたようです。 　<br><br>昨今、「地産地消」とか「身土不二」と言われますが、食はその国<br>・その地域にあったものが一番良いということが言えると思います。<br>ドイツは日本より寒い国なので、脂肪や肉の摂取がどうしても必要<br>になるのです。…<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif" width="84"></a><br><br><br><br><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/11/sinia-191923/ca/0f/j/o0580027815500071981.jpg" width="580"><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/BnkFJkXe_TQ?list=PLLmFuhPQD2FNpWTEZ1wT78F_A-MH459qm" title="無法松の一生～度胸千両入り・山内恵介の扉" width="580"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250105/16/sinia-191923/af/ba/j/o0580009015529884760.jpg"><img alt="" height="90" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250105/16/sinia-191923/af/ba/j/o0580009015529884760.jpg" width="580"></a></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12890553170.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Mar 2025 17:11:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>番外編・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241102/14/sinia-191923/90/7a/g/o0580008015505160668.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/c2/48/j/o0580044015556249573.jpg"><img alt="" height="440" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/c2/48/j/o0580044015556249573.jpg" width="580"></a><br><br><br><font color="#ff0000"><b>※～</b></font><br><br>「私は兄弟がいないから、この子が弟みたいなものなの」 　それが、<br>角田千代子さん（仮名、８０歳代女性）の口癖でした。膝の上で丸<br>くなっている猫のトラをなでながら、このセリフを言う時、角田さ<br>んはまるで幼女のように無邪気な表情を浮かべました。おそらく、<br>角田さんの心は幸せだった子供時代に戻っていたのでしょう。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/1f/f3/g/o0580004715556250516.gif"><img alt="" height="47" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/1f/f3/g/o0580004715556250516.gif" width="580"></a><br><br>角田さんが、さくらの里山科に入居した時、既に重度の認知症でし<br>た。息子さんのこともわからなくなる瞬間が多かったそうです。常<br>に記憶は混乱しており、色々なことが理解できなくなっていたため、<br>まともな会話はできませんでした。 　<br><br>日時や曜日、場所がわからなくなる見当識障害の症状もあり、自分<br>が誰か、ここがどこか、今がいつかがわからないこともしょっちゅ<br>うでした。そんな状態になると、家の外に出たがります。そして、<br>いったん外に出てしまうと帰ってきません。つまり、外を徘徊はい<br>かいしてしまうのです。そんな状態ですので、家族は角田さんから<br>目を放せず、ほとほと参ってしまっていました。<br><br><b><font color="#ff0000">※～孫が猫アレルギーで、自宅では猫のいない暮らしに </font></b><br><br>猫が大好きな角田さんは子供の頃からずっと猫を飼っており、猫と<br>いれば落ち着いていられました。ご主人を亡くして一人暮らしにな<br>った後も猫を飼っていたのですが、その猫が死んだのを機に、息子<br>さん一家と同居することになりました。 　<br><br>しかし、息子さん一家は、お子さん（角田さんのお孫さん）がアレ<br>ルギーだったため、猫を飼うことはできません。おそらく角田さん<br>は、物心ついて以来、初めて猫のいない暮らしに直面したのだと思<br>われます。そのため、一気に認知症が進んでしまいました。ご家族<br>は、さくらの里山科で再び猫と一緒に暮らせば、少しは落ち着いて<br>くれるかと願い、入居を決めたのです。うちのホームのペットユニ<br>ットの入居者様には、よくあるパターンと言えます。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/9b/27/g/o0580004715556251038.gif"><img alt="" height="47" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/9b/27/g/o0580004715556251038.gif" width="580"></a><br><br>ご家族の期待通り、猫と一緒に暮らすようになると、角田さんは非<br>常に穏やかになりました。認知症が治ったわけではないのですが、<br>認知症故に起こす様々な行動は少なくなりました。私たちはたびた<br>び目にしたことですが、猫好きの方にとって、猫と一緒に暮らすこ<br>との効果は本当に大きいのです。 　<br><br>「トラが私の弟なの」。そういう時の角田さんの心は、幼かった頃<br>に戻っていたと思われます。認知症の方の精神の動きはまだ解明さ<br>れていませんが、昔に心が戻ってしまうことがあると言われていま<br>す。認知症の有名な症状の一つに帰宅願望があります。自宅にいて<br>も、家に帰りたい、外に出せと騒ぐ場合があります。それは、心が<br>昔に戻っているので、今住んでいる家が自分の家と認識できない、<br>という説があります。もしかすると、角田さんが息子さんの家で暮<br>らしていた時も、過去のどこかの時点に心が戻ってしまったため、<br>出ていってしまったのかもしれません。<br><br><b><font color="#ff0000">※～トラをなでると幸福感　外には出たがらず</font></b><br><br>トラをなでている時の角田さんの心も、幼いころに戻っていたのに<br>違いありません。しかし、幸せそうにトラをなでていて、外には出<br>たがりませんでした。おそらく、幸福な気持ちなので、外に出たい<br>と言う感情が起きなかったのでしょう。 　<br><br>「トラはね、夜はいつも私のベッドに入ってくるの。そうすると息<br>子が怒るのよ。何で僕のところに来ないんだって」 これも、角田さ<br>んがよく話してくれたことです。やはりトラをなでながら、とって<br>も幸せそうな表情で話していました。この時、角田さんの心は、息<br>子さんが幼かった頃に戻っていたに違いありません。こういう時も、<br>角田さんは決して外に出ようとはしませんでした。 自分自身の子供<br>時代と、幼い子供を育てていた時代。これは多くの人にとって、人<br>生で最も穏やかで、幸せだった時代ですよね。認知症のため、昔の<br>良き時代の気持ちに戻っているとしたら、それは幸せなことかもし<br>れません。 。 …<br><br><b><font color="#ff0000">※～ 心が昔にタイムスリップしても、いつもトラが一緒</font></b><br><br>角田さんを幸せな昔に導いてくれたのはトラです。自分が幼かった<br>頃の気持ちに戻っても、子育てしていた頃の気持ちになっても、ト<br>ラを認識していました。過去に心がタイムスリップしても、いつも<br>トラが一緒だったのです。 　<br><br>トラのおかげで、角田さんの生活は穏やかで幸せなものになりまし<br>た。ホームではいつもにニコニコしており、息子さんは「一緒に暮<br>らしていた時と比べて、別人のようだ」と感嘆していました。角田<br>さんは、さくらの里で４年間、トラをはじめとする猫たちと幸せに<br>暮らして、旅立ちました。もちろん、旅立ちの瞬間、その枕元には<br>トラがいて、角田さんを看取りました。 　<br><br>これまでご紹介してきたエピソードと異なり、角田さんとトラのエ<br>ピソードにはドラマチックな内容はありません。何事もなく、穏や<br>かに猫と一緒に暮らしただけです。そんな普通の日常を角田さんに<br>提供してくれたトラに、私たちは深く感謝しています。<br><br><b><font color="#ff0000">次回　癒やし猫（下</font></b>）<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif"><img alt="" height="33" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif" width="94"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/b0/44/g/o0480013515496763955.gif"><img alt="" height="135" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/b0/44/g/o0480013515496763955.gif" width="480"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/2b/44/j/o0580057015556251656.jpg"><img alt="" height="570" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/2b/44/j/o0580057015556251656.jpg" width="580"></a><br><br><br><b><font color="#ff0000">※ ～養子であることは、ほんの一要素。生後すぐ養子になった<br>　　という女性</font></b><br><br>生まれて間もなく養子になった。小さい頃に両親が離婚した。中学<br>生のとき父親が家に帰らなくなった。生活が困窮していた。母親の<br>再婚相手が反社会的勢力の人だった。 あるひとりの女性の話です。<br><br>「一見ネガティブになりそうな要素がたくさんあっても、なんとか<br>なる人生もあると伝えたい」という三宅莉恵子さん（仮名、40代）<br>住まいは都内でしたが、コロナ自粛期間中につき、オンラインで話<br>を聞かせてもらいました。ほの暗い土曜の午後。ディスプレイの向<br>こうにいる莉恵子さんの部屋には、しんとした蛍光灯の光と、落ち<br>着いた空気が満ちていました。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/91/3d/g/o0580004715556251830.gif"><img alt="" height="47" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/91/3d/g/o0580004715556251830.gif" width="580"></a><br><br>莉恵子さんが養子になったのは、生後すぐだったようです。最初に<br>気づいたのは、小学校6年生のときでした。修学旅行に行くため、学<br>校から保険証のコピーを求められたのですが、このとき続柄の欄に<br>「養女」という文字を見つけたのです（今はそういう表記はされま<br>せん）。<br><br>「何かの間違いだろう」と思ったのには理由がありました。1つは<br>莉恵子さんの家が貧しかったこと。一般的に養子というと、貧しい<br>家から裕福な家に行くイメージがありますが、該当しなかったから<br>です。<br><br>それに家には、莉恵子さんが生まれたときの「育児日記」のような<br>ものもありました。今思えば、カモフラージュだったのかもしれま<br>せん。当時は、「聞くのが申し訳ないような気持ち」があったとい<br>います。<br><br>両親の名前を知ったのは、高校生の頃でした。どうしても生みの親<br>を見てみたいと思い、家で手がかりを探していたところ、母子手帳<br>を見つけたのです。電話帳で調べたところ、そう遠くない場所に住<br>んでいることがわかったそう。<br><br>実母に会えたのは、22歳のときです。ある日、莉恵子さんの兄か従<br>兄弟にあたる人物が彼女のもとを訪れ、「（実の）父親が亡くなっ<br>たので相続放棄をしてほしい」と頼みに来たため、「（生みの）母<br>親に会いたい」と伝えることができたのです。<br><br>なぜ自分は養子になったのか？ ついに対面した実母に尋ねたとこ<br>ろ、この一家は当時、生活が困窮しており、実父と同郷だった養父<br>に莉恵子さんを託したのだとわかりました。莉恵子さんの養母は身<br>体が弱くて子どもを産めないことも、当時わかっていたそう。<br><br>「『本当は養子には出したくなかった』と言われて、まあそれなら<br>いいかなって。あとは遺伝性の病気がないかも気になっていたので、<br>そこも確認しました。<br><br>あれから30年近く経ちますが、（実母が）今どうしているかは、ち<br>ょっとわかりません。1回会えば十分でしたね。産んでくれたことに<br>は素直に感謝しますけれど、そのあと育ててくれた（養母の）ほう<br>がやっぱり大変だったろうと思うので」 …<br><br>この話だけでも、ずいぶん物語のある人生です。けれど莉恵子さん<br>にとって、自分が養子であることは、ほんの一要素にすぎませんで<br>した。というのは、彼女の人生において大きな意味をもつ出来事は、<br>ほかにもたくさんあったからです。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/c4/98/g/o0580004715556252062.gif"><img alt="" height="47" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/c4/98/g/o0580004715556252062.gif" width="580"></a><br><br>小2の頃、祖母とぶつかってばかりいた養母が、家を出て行ってしま<br>いました。2人とも気が強く、似たところがあったのでしょう。だい<br>ぶ後でわかったことですが、2人とも互いにその後どうしているか心<br>配していたようです。<br><br>それから莉恵子さんは、養父と祖父母と暮らすようになりました。<br>養父は仕事熱心なタイプではなく、また、人にお金を貸してしまう<br>ことも多かったため、生活は厳しくなっていきます。祖父が亡くな<br>ると、祖母は親戚の家に引き取られ、中学の頃から莉恵子さんは養<br>父と2人暮らしになりました。<br><br>ところが養父はいよいよ働かなくなり、女性の家に居ついて帰らず、<br>莉恵子さんは大変苦労することに。隣に住む大家のおばあちゃんが<br>家賃を催促しにくるのがつらくて、押し入れの中に隠れたり。夢中<br>になっていた運動部は強豪でしたが、せっかく試合に勝ち進んでも、<br>遠征の交通費がないため、莉恵子さんだけ参加できなかったり。<br><br>「（養父は）なんか憎めない人でした。世間的にはダメな人かもし<br>れないけど、私が『怪我した』って電話すると、すぐ飛んで帰って<br>きてくれたりして。でも、（お金に苦労した）そのときだけは、恨<br>みましたね。<br><br>親というか、家にお金がないことを。（養）母とは連絡を取ってい<br>たので、言えば食事や洋服のお金はもらえたんですけれど、家の電<br>話や電気が止まったりするのは子どもじゃどうしようもなくて。 『<br>なんでこんなうちに来ちゃったんだろう』っていう葛藤も、当時は<br>ありました。<br><br>でも、おばあちゃんが知っちゃうと悲しいだろうと思って言えなか<br>った。おばあちゃんは躾には相当厳しかったですが、すごくかわい<br>がってくれていたので」 小中学校のとき莉恵子さんがいちばん気に<br>していたのは、周囲から「お金がない家」と見られることだったと<br>いいます。<br><br>「自分が養子だとか、母がいないとかよりも、『家にお金がない』<br>と見られるのが嫌でした。だから、そこはうまく隠していたという<br>か」 お金がないことは、決して恥ずかしいことではないはず。そう<br>わかってはいても、世間に偏見があれば、隠したい気持ちにならざ<br>るをえません。<br><br>子どもたちの世界でも、シビアなことは多いでしょう。 ただ、莉恵<br>子さんにとって幸いだったのは、近所の人に恵まれていたことです。<br>家の近くには「なぜか親切なおばさんがいっぱい」いて、よく気に<br>かけてくれていたのです。半分くらいはある宗教の関係者だったそ<br>うですが、それ以外の人も半分くらいはいたといいます。<br><br>「うちがこういう状態と知っていても、『あの家の子と遊んじゃダ<br>メよ』とか、そういうのは一切なかったです。友達の家に行くと、<br>『お母さん（養母）、元気でやってそう？』と聞いてくれたりして。<br>『かわいそう』とかじゃなく、自然と気にかけてくれて」<br><br>いちばんよく覚えているのは、莉恵子さんが高学年のとき、裏の家<br>に住んでいたおばさんが生理用品を買ってきてくれたことでした。<br>よくおばあちゃんとおしゃべりに来るこのおばさんが、縁側から莉<br>恵子さんを呼んで「こういうの、もう用意した？」と聞いてくれた<br>のです。<br><br>「学校で話は聞いていたけれど、買いに行くのも、おばあちゃんに<br>言うのも恥ずかしかったので、それはよく覚えています。今思うと、<br>なんてすばらしい人だろうって。<br><br>昔と違って、いまはNPOの支援とかあるけれど、全面的に世話を焼<br>きすぎちゃうと、世話を焼いている人が優位になっちゃうと思うん<br>ですよね。『あの子はかわいそうだから、ご飯を食べさせてあげて<br>いる』みたいになると、子どもでもわかってしまう。<br><br>でも『もう時間が遅いから、食べていきな』だったら、『あ、すい<br>ません』って食べていける。そのほうがいいのかなって」 そこら辺<br>にいる人の、日常的な、さりげない親切。これがもしあらゆる子ど<br>もに行き届くなら、いちばん理想的かもしれません。ただ、時代が<br>変わり、家屋に縁側もなくなったいま、大人の目が行き届かない子<br>どもは多いのが現実です。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/d0/8b/g/o0580004715556252249.gif"><img alt="" height="47" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/d0/8b/g/o0580004715556252249.gif" width="580"></a><br><br>小学生のときに家を去った養母のもとで暮らすようになったのは、<br>莉恵子さんが高校に入ってからでした。今振り返ると「なんで中学<br>のとき、さっさと母と暮らさなかったんだろう」と思うそうですが、<br>当時は「その選択肢が、全然自分になかった」といいます。<br><br>もしかすると、母親が再婚していたせいもあったでしょうか。当時、<br>母親は「任侠の人」と結婚していました。顔も身なりも、イメージ<br>通りの強面の人。しかし意外なことに、中身はだいぶ違ったようで<br>す。 「高校生のときはそんなになじんでいなかったんですけれど、<br>だんだんですかね。今はもう（その世界からは）足を洗って別の仕事<br>をしています。<br><br>私が20代で結婚したときは、当時の旦那を吟味したり、式のお金も<br>出したりしてくれて。娘が生まれたら、もうすっごいかわいがって<br>くれて。その頃から、私が『お父さん』って呼ぶようになりました。<br><br>11年前に母が亡くなってから、一度明け方に、すごく胃が痛くなっ<br>たことがあって。お父さんはそのとき夜勤の仕事だったんですが、<br>電話したらすぐに帰ってきて、病院に連れて行ってくれて。そうい<br>うのって、亡くなった（養）父にしてもらって以来だったので、親<br>ってありがたいな、みたいな」<br><br>いろいろ話を聞くと、この「お父さん」も、小さい頃近所にいたお<br>ばさんたちと似て、ずいぶん面倒見のいいタイプのようです。今で<br>も、莉恵子さんは「お父さん」と月に一度は電話で話し、ときには<br>突然お土産を届けてもらったりしているとのこと。<br><br>過去を振り返って、莉恵子さんはこんなふうに話します。 「よく親<br>がこうだから子どもがかわいそう、とかっていうけれど、私が育っ<br>てきた環境では、『親は親、子どもは子ども』って、別枠で考えて<br>くれていた気がするんです。親はあんなだけれど、とりあえず近所<br>の子だから当たり前に気にかける、みたいな。今の子も、そんなふ<br>うに見てもらえるといいなって」<br><br>20代のときに産んだ娘さんは成人して、すでに家を離れています。<br>勤務先にも恵まれているという莉恵子さんは、「今が、いちばん落<br>ち着いている」と言います。 …<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/13/c3/g/o0084002415556253166.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250319/16/sinia-191923/13/c3/g/o0084002415556253166.gif" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/40/56/j/o0580027815496764086.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/40/56/j/o0580027815496764086.jpg" width="580"></a><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/cmmb5UC2pRk" title="あなたと生きる・シニア徒然チャンネル" width="580"></iframe><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/d1/2a/g/o0580010515496764123.gif"><img alt="" height="105" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/d1/2a/g/o0580010515496764123.gif" width="580"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12890550601.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Mar 2025 16:48:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>THEライフ・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241102/08/sinia-191923/cc/ed/g/o0580008015505004952.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/af/3c/j/o0580036015548602810.jpg"><img alt="" height="360" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/af/3c/j/o0580036015548602810.jpg" width="580"></a><br><br><br><b><font color="#ff0000">※　～</font></b><font color="#ff0000"><b>『踏まれながらタネを残す方にエネルギーを使う』</b></font><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/a4/f1/g/o0580005015548602999.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/a4/f1/g/o0580005015548602999.gif" width="580"></a><br><br>幸せのシンボルである四つ葉のクローバー（シロツメクサの葉っぱ）<br>を見つけるにはコツがある。 じつは四つ葉のクローバーは踏まれや<br>すいところに多い傾向にあるのだ。 四つ葉が生じる原因はいくつか<br>あるが、そのうちのひとつは葉の基になる葉原基ようげんきと呼ば<br>れる部分が傷つくことにある。<br>踏まれると葉原基が傷ついて、三つ葉になるはずが四つ葉になって<br>しまうのだ。 図鑑には、よくそう説明されている。 しかし、四つ葉<br>のクローバーが踏まれやすいところに多いって、本当なんだろうか<br>？ それが鳥海とりうみさんの研究テーマである。<br><br>鳥海さんは、心の病気で学校を休んでいた学生である。 そんな鳥海<br>さんが、私の研究室に見学にやってきた。どうやら、私の研究室へ<br>の分属を考えているらしい。<br><br>私の研究室は広々とした農場にあるから、学生と話をするときに、<br>あえて部屋の中で行う必要はない。学生と肩を並べながら、のんび<br>り農場の中を歩いた方が、面と向かって話すよりも話しやすい。お<br>そらく学生も同じだろう。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/9a/9e/g/o0580005015548603241.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/9a/9e/g/o0580005015548603241.gif" width="580"></a><br><br>ひととおり、研究室の説明をした後、畑の土手に座って休んでいる<br>と、鳥海さんが何かを見つけたようだ。 「四つ葉のクローバーがあ<br>ります」 「えっ、どこどこ？」 「ほら、あそこにあります」 鳥海<br>さんの指さすところを見ても、全然わからない。<br><br>「えっ、見つからないけど、どこにある？」 そうこうしているうち<br>に、鳥海さんが言った。 「あっ、あそこにもあります」 「えっ、ど<br>こにある？」 「あそこにもありました」 私がまごまごしているうち<br>に、鳥海さんは、いくつも四つ葉のクローバーを見つけていった。<br><br>「鳥海さんは、幸せを見つけるのが得意だねぇ」 四つ葉のクローバ<br>ーは、幸せのシンボルとして知られている。 聞けば鳥海さんは、四<br>つ葉のクローバーを見つけるのが得意らしい。 何でも、たくさんあ<br>る三つ葉の中で、四つ葉が光って見えるらしい。 どうにも信じがた<br>いが、事実、その後も鳥海さんは歩きながら次々と四つ葉のクロー<br>バーを見つけていった。幸せに巡り合う名人というのは、本当にい<br>るものなのだ。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/b8/fe/g/o0580005015548603466.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/b8/fe/g/o0580005015548603466.gif" width="580"></a></p><p><br>鳥海さんが、どうして学校に来ない時期があったのか、そんなこと<br>は私には関係はない。ただ、私はいつも雑草の生き方に励まされる。<br>そして、雑草の生き方を参考にしている。 だから、雑草の生き方を<br>見ることは、きっと鳥海さんの力になるのではないかと何となく思<br>った。 話を聞けば、鳥海さんはとても頑張り屋だ。 十分に頑張って<br>いるのに、「もっと頑張らなきゃいけないのに……」と思っている。<br>そして、思うように頑張れない自分が嫌いになってしまうのだ。<br><br>私は言った。 「雑草ってさぁ、頑張っているように見えるよね」「<br>はい」 「でも本当は、頑張ってなんかいないよ」 「えっ？」 鳥海<br>さんが驚いた顔で私を見た。 「雑草は踏まれても踏まれても立ち上<br>がるって、言うでしょ」 「はい」 「でも、見てごらん、踏まれてい<br>る雑草は立ち上がっていないでしょ」<br><br>私は畑の道に生えている雑草を指さした。 「踏まれている雑草は踏<br>まれても大丈夫なように、立ち上がらずに寝そべっている。別に立<br>ち上がらなくたっていいんだよ」 「雑草魂って言うわりには、何だ<br>か情けないですね」 鳥海さんが笑っている。<br><br>「雑草にとって大切なことは何だと思う」 「タネを残すことですか<br>？」 「そうだよね。そうだとしたら、踏まれても踏まれても立ち上<br>がるって、ムダなエネルギーを使っていると思わない」 「確かにそ<br>うですね」 「だから雑草は踏まれたら立ち上がらない。そして、踏<br>まれながらタネを残す方にエネルギーを使うんだ」<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/18/b9/g/o0580005015548603628.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/18/b9/g/o0580005015548603628.gif" width="580"></a><br><br>「そう考えると立ち上がらないってすごいですね」 「大切なことを<br>見失わない、それが本当の雑草魂なんだ」 「……」 鳥海さんは黙っ<br>ている。 「授業でやったよね。雑草のタネは環境が合わなければ芽<br>を出さないって。無理して頑張らないのが雑草の生き方なんだよ」<br><br>「私、『置かれた場所で咲きなさい』という言葉が好きだったんで<br>す。与えられたところで頑張ることが大事だと思っていたんです。<br>でもその言葉がずっと重荷だったんです。本当は、置かれた場所で<br>芽を出さなくてもいいんですね」 渡辺和子さんの「置かれた場所で<br>咲きなさい」は、私も大好きな言葉だ。<br><br>しかし、受け手の心の状態によっては、この言葉に苦しむ人もいる<br>のだ。言葉というのは、本当に難しい。 それにしても鳥海さんの「<br>置かれた場所で芽を出さない」もすてきな言葉だ。 「そうだね、水<br>辺の雑草が水のないところで頑張っても意味がないからね。水が溜<br>まるのを待つのが正解だよね」<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/ef/9f/g/o0580005015548603889.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/ef/9f/g/o0580005015548603889.gif" width="580"></a><br><br>「雑草は頑張らない」 それが、鳥海さんが気づいたことだ。鳥海さ<br>んは四つ葉のクローバーを探すのが得意である。 その特技を活かし<br>て、広い農場のどこに四つ葉のクローバーが多いのか、くまなく調<br>査をした。 その結果、どうだろう。じつに興味深いデータを得るこ<br>とができた。<br><br>初夏には茶畑の周辺で四つ葉が多くなり、冬になるとミカン畑で四<br>つ葉が多くなることが明らかとなったのだ。 どうして、そんなこと<br>が起こったのだろう。<br><br>おそらくは、こうだ。 茶畑では4月の終わりから5月にかけて茶の収<br>穫をする。そのため、たくさんの人が茶畑に入ったり、軽トラや機械<br>が農道を通る。こうして踏まれることによって、その後の初夏に四つ<br>葉が多くなるのだ。<br><br>ミカン畑も同じである。温州ミカンの収穫時期は冬である。そのた<br>め、冬の初めになると人がミカン畑に頻繁に入り、軽トラや運搬車<br>も行き来する。こうして踏まれることで四つ葉が増えるのだ。<br><br>ミカン畑では、その後、四つ葉は減少するが、春先に剪定せんてい<br>作業が行われると、四つ葉が増加した。また、カキ畑でも剪定作業<br>の後に四つ葉が増加した。 あまりにも鮮やかに、作業で踏みつけた<br>後に四つ葉のクローバーが増加する傾向が得られた。<br><br><br>「幸せの四つ葉のクローバーは踏まれて育つ」は本当だったのだ。<br>さらに鳥海さんは、温室の中で育てたシロツメクサに10キログラム<br>の漬物石を乗せて踏み続けて、踏みつけることで四つ葉のクローバ<br>ーの発生率が高まることを実験的にも証明した。 …<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/6f/fa/g/o0480013515496618021.gif"><img alt="" height="135" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/6f/fa/g/o0480013515496618021.gif" width="480"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/2c/89/j/o0580014115548604354.jpg"><img alt="" height="141" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/2c/89/j/o0580014115548604354.jpg" width="580"></a><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/2e/ea/j/o0580039015548604468.jpg"><img alt="" height="390" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/2e/ea/j/o0580039015548604468.jpg" width="580"></a><br><br><br><b><font color="#ff0000"><font color="#ff0000">※～</font></font></b><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/31/6f/g/o0580006015548604594.gif"><img alt="" height="60" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/31/6f/g/o0580006015548604594.gif" width="580"></a><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/00/9d/g/o0580005015548604695.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/00/9d/g/o0580005015548604695.gif" width="580"></a><br><br>いまでも20年前に見たその写真のことは、はっきりと記憶している。 　<br>自転車の前かごに白い上着とブランドバッグを入れた、灰色のノー<br>スリーブを着てベルボトムジーンズを穿いた色白の女性が、交差点<br>で信号待ちをしている姿。40代後半の彼女の胸元には銀色のネック<br>レスが光り、肩までの長さの髪は栗色。唇には赤い紅をさしており、<br>実年齢よりも若く溌溂として見える。数日後に逮捕される女が、そ<br>うとも知らずに、日課である行きつけのパチンコ店へと向かう光景<br>だった。 　<br><br>女の名前は高橋裕子（受刑者）、当時48歳。 彼女は2004年7月22日<br>に、福岡県警により恐喝容疑で逮捕された。ただし、それは“本件”<br>ではない。その後も彼女に対する再逮捕は続き、結果として2件の恐<br>喝と、本件である2件の殺人、そして殺人によって死亡保険金を騙し<br>取った3件の詐欺と、1件の詐欺未遂で立件されたのである。<br><br>世間で「中洲スナックママ連続保険金殺人事件」と呼ばれたこの事<br>件は、裕子が自身の2番目と3番目の夫を生命保険金目当てで殺害し<br>たというもの。ただし、それぞれの死亡時には、2番目の夫・Bさん<br>（当時34）が自殺、3番目の夫・Cさん（同54）が病死であると判断<br>されていたため、それらを覆すための証拠集めと、裕子本人による<br>自供が求められていた。<br><br>福岡県警担当記者が明かす。 「じつは03年秋から裕子への内偵は行<br>われていました。捜査一課の捜査員が過去の変死事案を洗って（再<br>調査して）いたところ、2人の夫が連続して死亡し、保険金を受け取<br>っていた彼女が浮上したのです。04年の前半には中洲の歓楽街で『<br>保険金目当てでダンナば殺したスナックママの噂を聞かんね？』と<br>捜査員が聞いてまわっていました」 　<br><br>そのように福岡県警が裕子の内偵を進めていたところ、彼女がかつ<br>てママとして経営していた中洲のスナックで、自分と関係を持った<br>ことのある客に対して、不倫関係を逆手に取って恐喝をしていたこ<br>とが判明する。そこでまずはそれらの事件で、身柄を押さえること<br>になったのである。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/17/sinia-191923/b3/c6/g/o0580005015548604888.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/17/sinia-191923/b3/c6/g/o0580005015548604888.gif" width="580"></a><br><br>逮捕された直後、彼女に対して殺人の疑惑がかけられていることを<br>知る私は、当時仕事をしていた週刊誌で『夫2人が不審死 48歳「恐<br>喝ママ」の“黒い美貌”と“カネ遣い”』なるタイトルで記事の作成に関<br>わった。 　<br><br>それは2人の夫が不審死していたことについて触れたもので、死因<br>への疑念を捜査当局が抱いており、じきに殺人で再逮捕される可能<br>性が高いことを含ませた記事だ。やがて福岡県警は、最初の恐喝で<br>の逮捕から55日後の9月15日に、裕子を2番目の夫・Bさんへの殺人<br>容疑で再逮捕する。<br><br>そして3番目の夫・Cさんに対しても、11月4日に殺人容疑で再逮捕<br>した。結果から明かに、後に福岡地裁で開かれた一審で無期懲役の<br>判決が下されており、それは控訴審、上告審でも変わらず、裕子の<br>無期懲役は11年4月26日の最高裁判決で確定している。<br><br>彼女の両親はすでに亡くなり、3人の子供たちとは連絡が取れなかっ<br>たため、最終的な安否確認まではできていないが、現在もなお、北<br>部九州にある刑務所に服役中であるとみられる。・・・<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241220/19/sinia-191923/2c/1b/g/o0084002415523674100.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241220/19/sinia-191923/2c/1b/g/o0084002415523674100.gif" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/76/e0/j/o0580023115496619040.jpg"><img alt="" height="231" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/76/e0/j/o0580023115496619040.jpg" width="580"></a><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/wUqZ4lbWvnI?list=PLLmFuhPQD2FOM_v-5LOzpWDNPYx_xqwiV" title="ひとひらの雪・小金沢昇司の扉" width="580"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/1e/ca/g/o0580010515496618824.gif"><img alt="" height="105" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/1e/ca/g/o0580010515496618824.gif" width="580"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12887910941.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Feb 2025 17:04:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>特別編・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/41/05/g/o0580008015548596881.gif"><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/41/05/g/o0580008015548596881.gif" width="580"></a><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/cf/6c/p/o0580044515548596669.png"><img alt="" height="445" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/cf/6c/p/o0580044515548596669.png" width="580"></a><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/f8/e3/g/o0550006015548597058.gif"><img alt="" height="60" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/f8/e3/g/o0550006015548597058.gif" width="550"></a><br><br>特にアルツハイマー型認知症に多いのが「過食」です。認知機能<br>の低下で記憶障害が起こり、食事した行為そのものを忘れて何度<br>も食べるとされています。 　<br><br>また、認知症で満腹中枢の働きが低下するのも過食を引き起こす原<br>因です。ご飯を食べると血中の糖質や脂肪、インスリンが増加して<br>脳下垂体にある満腹中枢が刺激されます。<br>これにより、満腹を感じて摂食中枢が抑制されるので、食べる手を<br>止めるようになります。しかし、認知症の方は脳の萎縮により満腹<br>中枢が正常に働かなくなるといわれているので、食べてもお腹が膨<br>れた感覚を得られず、食べ続けてしまうのです。<br><br>認知症の本人が、ご飯を食べたばかりなのに「食事を与えてもらえ<br>ない」と怒り出すと、家族はイライラしてしまうでしょう。ですが、<br>怒るのは禁物です。認知症が進行しても、その時に感じた感情は残<br>るので、食事を要求した際に家族から「怒られた」という記憶は覚<br>えています。その結果、本人は怒られるのを恐れて、家族が寝てい<br>る間に冷蔵庫や棚を漁り食べつくしてしまう「盗食」も引き起こし<br>ます。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/25/ab/g/o0550006015548597308.gif"><img alt="" height="60" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/25/ab/g/o0550006015548597308.gif" width="550"></a><br><br>家族は「もう食べたでしょ」と否定せず、本人の気をそらしてくだ<br>さい。「今から準備するから待っててね」と声掛けをしたり、音楽<br>をかけて聞いてもらっているうちに、本人は食べたいという意識を<br>忘れてしまうケースが多いです。<br><br>「食事した」という記憶をできるだけ長く残すために、食事が済ん<br>でも食器をすぐには片付けず、そのままの状態で置いておくのもひ<br>とつの手です。 　<br><br>それでも何度も「食べたい」と訴えられて困ったら、1回の食事量<br>を減らして食事の回数を増やしたり、おやつなどの間食を渡すとい<br>いでしょう。ただし、食べ過ぎると消化が追いつかず吐いてしまう<br>場合もあるので、量には注意してください。 　<br><br>ただし、健康面を考慮すると、やはり食べ過ぎは良くありません。<br>過食で体重が増加し膝を痛めてしまうと、動かなくなり寝たきりに<br>なる危険性があります。また、糖尿病を併発している人が過食する<br>と、血糖をコントロールできず高血糖になり、動脈硬化などの合併<br>症のリスクも高まります。 　<br><br>過食による肥満や高血糖を防ぐためにも、家族には、1日30分、一<br>緒に散歩するよう指導を行っています。散歩が難しい場合は、家の<br>中で椅子に座ったまま足を上げる運動を、本人ができる限りの回数<br>で行うのも有効です。 …<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/a8/f7/g/o0084002415526009858.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/a8/f7/g/o0084002415526009858.gif" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/32/b3/g/o0480020415526010205.gif"><img alt="" height="204" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/32/b3/g/o0480020415526010205.gif" width="480"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/6d/af/j/o0560033515548597539.jpg"><img alt="" height="335" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250226/16/sinia-191923/6d/af/j/o0560033515548597539.jpg" width="560"></a><br><br><br><b><font color="#ff0000" face="游ゴシック" size="3">※ ～</font></b><br><br><font face="游ゴシック" size="3">その指導は一貫して「肥満になると病気になりやすい」ということ<br>であり、たとえば、日本肥満学会は肥満の人は普通の人に比べて心<br>血管疾患は１．４倍に増える」としている。 他の文献を見ても、お<br>およそ数字はこのぐらいなものと思う。<br><br>しかし、当然のことながら、病気は心血管疾患だけではない。カゼ<br>を引いて肺炎になる，お腹の具合が悪いと思っていたら腸閉塞だっ<br>た、外国に旅行にいったらこともあろうにマラリアにかかった・・<br>・など病院の科の数を思い浮かべればわかるように病気の数は多い。<br>肥満の問題を考えるときの最大の問題がここにある。<br><br>確かに肥満の人は普通の人に比べて心血管疾患が１．４倍になるの<br>かも知れない。でもその「肥満の人」というのは、「正常な生活を<br>送っていて小太りな健康体」なのか、「毎日、ケーキばかり食べて<br>まったく運動もせずかなり太っている人なのか」、<br><br>あるいは「なにか病気があって、それが原因して肥満」か、それに<br>よって大きく違う。 人間の体だから個人差もある。すこし太り気味<br>の方が調子の良い人と，かなり食べても太らない人もいる。イッパ<br>ヒトカラゲにするのは、私たちを「人間」と思っていないのではな<br>いかと訝る。<br><br>そこで、肥満と心血管障害以外の病気の関係を少し調べてみた。 た<br>とえば厚生労働省の調査研究で９万人を対象として、肥満度とガン<br>の関係を調べたものがある。 この調査は肥満度で言えば２３から２<br>５（普通の体型）の人がガンにかかる比率を１．０として、太って<br>いる人と痩せた人がどのぐらいガンになりやすいかを調べている。<br><br>小太りの人は普通の人よりガンになりにくく、かなり太っている人<br>（肥満度で２７から３０もある人）ですら、普通の人とほとんど変<br>わらない。 さらに、お相撲さんのように１００キロを超えるような<br>人になると、２割ほどガンになりやすい。<br><br>それに対して、痩せている人は危ない。標準よりすこし痩せている<br>肥満度２１から２３の人でも１割はガンになりやすく，ガリガリに<br>痩せている肥満度１４から１９の人の発がん率は標準の人に比べて<br>実に３割もガンになりやすいのである。<br><br>ガンになるかどうかは運命的なものもあり、長寿になるとどうして<br>も自殺因子としてのガンが増えてくるということもあるが、なんと<br>言っても普通の生活ではやはり「免疫力が強く元気であること」が<br>ガンを防ぐ第一だ。その点では「小太り」の人がガンになりにくい<br>というのは頷ける。<br><br>データは国立がん研究センター予防研究部が公表しているデータだ<br>から，確実である。 「メタボ」という制度は、健康診断を受ける本<br>人にペナルティーをかけるのではなく自治体や健康保険組合に圧力<br>をかけるという点で「村八分的制度」であるし、さらに厚生労働省<br>が経費の締めつけをするのに、メタボの人に対する助成を削るので<br>はなく，７５歳以上の後期高齢者の補助を減らすという「見せしめ<br>罰」をするなど、不健全なところがある。<br><br>さらに、特定の学者の儲けのためとか、製薬会社の陰謀かという噂<br>が絶えない。 恐れ多くも国民の健康と命に関することだから、不透<br>明さを無くして，明るく健康であるような制度にして貰いたいもの<br>である。 </font>・・・<br><br><font color="#ff0000"><font color="#ff0000"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/a8/f7/g/o0084002415526009858.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/a8/f7/g/o0084002415526009858.gif" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/49/ec/j/o0580027815526010713.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/49/ec/j/o0580027815526010713.jpg" width="580"><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/Nx8RiWGFreU" title="暗夜航路・シニア徒然チャンネル" width="580"></iframe> </a><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/ed/11/g/o0580009415526010962.gif"><img alt="" height="94" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241226/18/sinia-191923/ed/11/g/o0580009415526010962.gif" width="580"></a></font></font></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12887908813.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Feb 2025 16:46:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>一考編・シニア徒然チャンネル</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241113/13/sinia-191923/a8/e1/g/o0580008015509491169.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/c2/db/j/o0578036915546408208.jpg"><img alt="" height="369" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/c2/db/j/o0578036915546408208.jpg" width="578"></a><br><br><br><b><font color="#ff0000">※　～</font></b><br><br>現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっ<br>ている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すこ<br>とが困難な「貧困強制社会」である。 双極性障害があり、生活保護<br>を受給して生活するケンさん（56歳）のケース<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/d3/e4/g/o0580005015546408508.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/d3/e4/g/o0580005015546408508.gif" width="580"></a><br><br>ケンさん（56歳、仮名）。東京都内の私大を卒業し、何度か仕事を<br>変えた後、介護関連会社で人事・経理の職に就いた。年収は800万<br>円ほどあったが、繁忙期は明け方3時、4時ごろまでの残業が当たり<br>前。40代の頃、ストレスからアルコール依存症と双極性障害を発症<br>して失業した。<br><br>その後は、ローンが残っていた持ち家を手放し、離婚、自己破産。1<br>人娘は親族の養子となった。現在、仕事はなく、障害年金と生活保<br>護で暮らしている。<br><br>テーブルに着いたケンさんはやおら、元妻への批判を始めた。「15<br>歳年下なんです。大学の卒論を書くのを、僕が助けてあげたら、う<br>ちに入り浸るようになってしまって。できちゃった婚です。<br><br>好みのタイプじゃない。家事も何ひとつ、やってくれなかったし。<br>一度、（出演料で）小遣い稼ぎでもしようと思ったのか、テレビの<br>ゴミ屋敷特集の取材を受けていましたね。リポーターが“ああ、ゴミ<br>の中に赤ちゃんがいます！”と言っていました。<br><br>離婚の原因？ 僕が30歳年下の子と仲良くなったから。キャバクラ<br>で出会った子です」<br><br>元妻とは、インターネット上のQ＆Aサイトを通じて知り合った。<br>結婚生活は10年ほど。専業主婦だったが、たびたび子どものせいで<br>キャリアを台無しにされたと不満を口にしていたという。<br><br>私「離婚の直接の原因はケンさんの不倫ということですね」<br>ケンさん「不倫じゃないです」<br>私「肉体関係はなかった？」<br>ケンさん「それは、ありました」<br>私「それは不倫と言うのでは」<br>ケンさん「倫理って何ですか？彼女も別の男と関係がありました。<br>（彼女の）SNSを見たときにわかりました。お互いさまじゃないで<br>　すか」<br><br>表情や語り口の抑揚が乏しいのは、障害の影響もあるだろう。ケン<br>さんは時々、たばこを吸うために席を立った。いわゆる安煙草のひ<br>とつ「エコー」を、1日に2箱吸うという。<br><br>私：戻ってきた彼に今度は子どものことを尋ねた。<br><br>高校生になる娘の親権は元妻が持つが、さまざまな事情で同居が難<br>しくなったため、ここ1年ほどはケンさんと一緒に暮らしていた。し<br>かし、彼が毎日、料理を作ることは難しく、食事は出来合いの総菜<br>や弁当を別々に取ることがほとんど。会話もない日々に嫌気が差し<br>たのか、娘は突然、家を出て母親側の親戚の元に身を寄せると、そ<br>のままその親戚と養子縁組をしたという。<br><br>「（娘から）1度だけ電話があり、“養子になるから”と言うので、“<br>そうしたければ、そうすればいい”と答えました。僕がおカネを渡さ<br>なかったことが原因だそうですが、そういうことは言ってくれない<br>とわからない。（親戚たちが）僕を非難しているのは知ってますが、<br>あんたたちよりは、子どものことはわかってると言いたい。絵が得<br>意でね。将来は東京芸大に入ってほしい。写真？ ないです。一緒<br>に撮ったことがないので」<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/e7/ae/g/o0580005015546408741.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/e7/ae/g/o0580005015546408741.gif" width="580"></a><br><br>娘と離れ離れになって寂しいかと尋ねると、寂しくはないが、生活<br>保護の支給額を減らされたことが不満だという。子どもを親元で育<br>てられなかったことへの後悔や、親戚への感謝の言葉はない。面倒<br>は見られないが、大学の進学先は気にかかる・・。<br><br>ちぐはぐにもみえる主張に戸惑っていると、ケンさんがなぜか突然、<br>森友問題や憲法改正について語り出し、安倍政権の批判を始めた。<br>たまりかねて「日本の将来と、娘さんの将来、どちらが心配ですか<br>？」と尋ねると、しばらく考えた後にこう答えた。<br><br>「日本の将来ですね」。 悪いのは自分ではなく、周囲の人たち。ケ<br>ンさんの話は終始、そんなふうにも聞こえた。大学卒業後、いくつ<br>かの会社を辞めた理由も、上司のパワハラや、サービス残業を告発<br>したことだという。しかし、あらゆる局面において自分だけが正し<br>いなどということはありえない。<br><br>生活保護と障害年金を合わせ毎月17万円を超える収入があれば、な<br>んとかやり繰りできるのではないか。足りないと思うなら、なぜ自<br>炊をしたり、たばこ代を節約したりしないのか。年頃の娘と暮らす<br>のに、どうして爪くらい清潔にしないのか…。気がつくと、私の質<br>問はずいぶんと非難がましいものになっていた。<br><br>これに対してケンさんは変わらず、淡々と答える。「体調が悪いと<br>きは、本当に動けないんですよ。自炊するくらいなら、食事を抜い<br>たほうが楽。格安スーパーで400円の弁当と飲み物を買って、1日1<br>食という日も珍しくありません。そんなときはね、身だしなみなん<br>て、どうでもよくなるんです」。喫煙については、「生活保護を受<br>けていても、たばこを吸う幸せを求める権利はあります」と返され<br>た。 反論の余地がない。<br><br>私には双極性障害のある知人がおり、この病気の過酷さはある程度、<br>知っている。「動けないときは、動けない」というのは決して大げ<br>さではない。生保受給者の喫煙については、反論どころか、私の考<br>えとまったく同じである。それに、冷静に考えると、ケンさんは生<br>活保護費が少ないことに文句は言っても、遊興費につぎ込み、生計<br>が立てられなくなっているわけではない。 ・・・<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/e6/44/g/o0580005015546408920.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/e6/44/g/o0580005015546408920.gif" width="580"></a><br><br>彼の話がすべて本当だとは思わない。一方で、介護関連会社で明け<br>方まで残業をした後、キャバクラや居酒屋で深酒をしてストレスを<br>発散。気がついたときには肝機能の状態を示すガンマGTP（基準値<br>50以下）が600を超えていたことや、体重が20キロ落ちて最後には<br>布団から起き上がれなくなったという話はリアルだった。<br><br>彼が異常な長時間労働の犠牲者であることは間違いない。こうした<br>構造的な問題に目を向けず、彼は妻や娘たちにもっと申し訳ないと<br>思うべきで、生活保護の支給額に文句を言うべきではないなどと考<br>えるのは、本末転倒な話だし、取材する側の傲慢だろう。<br><br>これらのことを頭ではわかっているのに、なぜこんなにも釈然とし<br>ないのか。 ケンさんは取材前、私や編集部と交わしたメールの中で<br>「学歴」を詳細に記載してきた。それによると、都内の進学校を卒<br>業後、いったん国立大学に進み、その後で有名私大の法学部に入り<br>直している。卒業証書も持参してくれた。<br><br>本人は「共通一次（当時）は9割くらいできていたんです。本当は東<br>大の医学部に行きたかった」と言う。「過去の栄光」は輝かしく、<br>懐かしいものなのか。その頃に戻りたいかと尋ねると、彼はこう答<br>えた。 「いいえ。戻れるとしたら、小学生くらいでしょうか。好き<br>な女の子がいたんです。勉強ばかりするのではなく、彼女にきちん<br>と気持ちを伝えていれば・・。<br><br>大切にしたいと思う人がいたら、もっと周りとケンカをしないよう<br>にして、体も大切にする、そんな人生を送れていたかもしれない」<br>ファミリーレストランを出ると、ケンさんが立ち止まり、「僕はこ<br>こで」と言った。最初にたばこを吸っているのを見かけた場所である。<br>よく見ると、灰皿が設置されている。喫煙スペースだったのだ。<br><br>それでも、彼がいわゆるヤンキー座りをして煙をくゆらせ始めると、<br>通り過ぎる人が時々、ギョッとしたような視線を投げかけていく。<br>貧困にあえぐ人や、障害のある人すべてが清く、正しいはずがない。<br>いつも空腹にさいなまれ、住む場所もない・・<br><br>現代の貧困はそんな単純な姿をしていないことも知っている。しか<br>し、娘より、日本の将来と言ってのけるケンさんを、私はいまだに<br>受け入れることができない。貧困とは何か？ 障害者とともに生き<br>る社会とは？私が思っている以上に「答え」は遠いのかもしれない。<br><br><font color="#0000cc">…</font><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241023/15/sinia-191923/57/53/g/o0450016015501315202.gif"><img alt="" height="160" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241023/15/sinia-191923/57/53/g/o0450016015501315202.gif" width="450"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/24/9d/j/o0580035015546409151.jpg"><img alt="" height="350" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/24/9d/j/o0580035015546409151.jpg" width="580"></a><br><br><font color="#000000"><font color="#ff0000"><b>※　～</b></font></font><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/22/b1/g/o0580005015546409226.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/22/b1/g/o0580005015546409226.gif" width="580"></a><br><br>人間の多くは誰しもただ働くのではなく、働くことの意義を求めて<br>いると思います。そして、周りの人に喜んでもらっているというこ<br>とを実感したいのです。その感覚がないと仕事を続けていけません。<br><br>上田比呂志さんの書いた『ディズニーと三越で学んできた、日本人<br>にしかできない”気づかい”の習慣』という本に、アメリカのフロリ<br>ダにあるウォルトディズニー・ワールドリゾートで働いていた時の<br>ことが書かれています。<br><br>上田さんはそこで日本館を任されたのです。そこでは日本のいろい<br>ろなことを紹介したり、日本食を提供しており、働く人のほとんど<br>が日本人でした。料理を作ることも運ぶことも日本人がしていまし<br>たが、ある仕事だけベトナム人がしていました。<br><br>それは、食事が終わった後に机をきれいにして、テーブルクロスを<br>張り替え、食器をまたきれいに並べるという仕事でした。 しかし、<br>その仕事が非常に遅かったそうです。すぐにお客さんが並んでしま<br>い、いくら早くやるように言ってもなかなかできません。初め、こ<br>れは国民性かなと思ったのですが、違いました。お客さんの感謝の<br>気持ちがベトナム人には伝わっていなかったのです。<br><br>そこで、それを伝えてあげるといいのでは、と思い、「テーブルク<br>ロスの張り方がすごく良かったよ。ナプキンの折り方もまた良かっ<br>たよ。お客さんが”すごく清潔でちゃんとしていて、気分が良かった”<br>と喜んでいらしたよ」とベトナム人達に伝えると、それからテキパ<br>キ仕事をするようになったそうです。<br><br>そのうちに「折り紙を教えてほしい」と言うので鶴の折り方を教え<br>ると、ナプキンを鶴に折るようになりました。すると、ますます評<br>判が良くなり、さらに褒めると、より一層仕事が早く丁寧になりま<br>した。<br><br>また、ベトナムの人達はそれまでほとんど笑わなかったのに、いつ<br>の間にか笑顔を見せるようになったそうです。そして上田さんは「<br>彼らにおもてなしとはこういうものだと説明するより”自分のやるこ<br>とが誰かのためになっている。気を利かせることで喜んでもらえる”<br>と体感することによって、自分達で考えて行動するようになり、マ<br>ニュアルさえも必要ではなくなる。<br><br>感謝の気持ちが伝わると必ず人は変わるものだ」ということを言わ<br>れています。 その通りだと思います。一生懸命やって、周りの人の<br>喜びが実感できると人間はより頑張れるものです。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/46/0f/g/o0580005015546409625.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/46/0f/g/o0580005015546409625.gif" width="580"></a><br><br>「気持ちを引き締めることは、言葉を慎むことから始まる。言葉に<br>は好き嫌いの感情が出る。どういう言葉を発するかによってその人<br>の運命の吉凶禍福が決まる」と続けます。<br><br>「心ある人は悪口妄言、世俗の卑辞は口にしない。勝手なことを言<br>ってしまうのは我々の共通の病気だ」というのです。<br><br>人のためを思って注意するのも、正しいから言えばいいというもの<br>ではありません。これを言えばこの人のためになると思っても、人<br>によって、時によって、場所によっていろいろ考え、その上で言う<br>のでなければ効き目はありません。却ってうらまれることもあります。<br><br>「”本当に言うべきだな”と思う時以外は黙っていた方がいい」と蕃<br>山は言います。 「悪い行ないは改めればそれでいいけれども、言葉<br>で人を傷つけた場合は取り返しのつかないことがある」<br><br>偉い人は言葉を慎むことから始めるということです。 人間は、何も<br>なければ余計なことを言わないものです。しかし、ことがあると余<br>計なことまで言ってしまいます。ですから、日常さまざまなことが<br>起きる中で、その時にどのように言葉を慎むことができるか、そこ<br>が肝心です。 <font color="#000000">…<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png" width="84"></a></font><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/48/be/j/o0580027015495805975.jpg"><img alt="" height="270" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/48/be/j/o0580027015495805975.jpg" width="580"></a><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/46zOZRkKw54" title="哀恋歌 (あいれんか)・シニア徒然チャンネル" width="580"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/21/00/j/o0580010115495806120.jpg"><img alt="" height="101" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/21/00/j/o0580010115495806120.jpg" width="580"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12887192965.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Feb 2025 20:05:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>歴史への訪問・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241105/18/sinia-191923/08/8a/g/o0580008015506534782.gif" width="580"><br><br><br><img alt="" height="160" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241105/18/sinia-191923/60/9b/g/o0580016015506534888.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/34/27/g/o0580031015546404472.gif"><img alt="" height="310" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/34/27/g/o0580031015546404472.gif" width="580"></a><br><br><b><font color="#ff0000">※　～</font></b><br><br>ここはとても雪の降る土地なので、山寺は深い雪に閉じ込められて<br>しまいました。 持って来た食料はしだいに少なくなり、村におりて<br>食料をもらおうと思っても、雪が深くて外に出る事も出来ません。 　<br><br>仕方なく坊さんは、一心にお経を唱えていました。 初めのうちは我<br>慢していたのですが、何も食べないで十日も立つうちに、もう立ち<br>上がる気力もなくなってしまいました。 本堂のすみに座ったまま、<br>とぎれとぎれにお経を唱えるばかりです。 　<br><br>春も近いというのに、この深い雪のせいで、ただ死を待つばかりで<br>す。そこで本堂の正面にある観音さまに、手を合わせてお願いしま<br>した。 「なむ観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)。 ただ一度、観音さま<br>のお名前を唱えただけでも、色々とお願いを叶えて下さると聞いて<br>おります。 　<br><br>わたしは長い年月、観音さまを拝んでおりますのに、その観音さま<br>の前で、もうすぐ飢え死にしようとしています。観音さま、わたし<br>は高い位やお金をお願いしているのではございません。 　<br><br>ただ食料を・・・。一日の命をつなぐだけの食料を、どうかお恵み<br>下さいませ」 そう一心にお祈りしてから、ふと向こうを見ました。 　<br>すると本堂のすみの壊れているところから外の雪景色が見えて、そ<br>こに何か横たわっている物が目に入りました。<br><br>「おや、何だろう？」 坊さんは、はうようにして本堂を出ると、そ<br>の横たわっている物のそばに寄ってみました。それは、オオカミに<br>食い殺されたシカでした。 (こんなところに、シカとは。・・・！　<br>ありがたや。これこそ、観音さまから授かった物だ) 　<br><br>坊さんは、最後の力を振り絞る様にして立ち上がりました。しかし<br>ふと心の中に、こんな考えが浮かんできました。 (自分は長い間、<br>仏の道を修行してきた。仏の道につとめる者は、どんな事があって<br>も肉を食べてはいけない事になっている。 　<br><br>もしこの教えを破れば、地獄、餓鬼、畜生の三悪道に落ちると聞い<br>ている。仏の道を修行している者が、たとえ飢え死にしようと、ど<br>うして肉を食べる事が出来よう) 　坊さんはそう思って、一度は思<br>いとどまりました。 　<br><br>しかし目の前にあるシカの肉を見て、どうしても我慢が出来ません。<br>(ああ、もうどうなっても構わない。 たとえ死んだ後、どんな罰を<br>受けようとも、このまま苦しみながら飢え死にするよりは食べた方<br>がましだ) そう決心すると、坊さんはシカの左右のももの肉を切り<br>取り、なべに入れて煮る事にしました。 　<br><br>そしてガツガツと、けものの様にその肉を食べたのです。その味は<br>今まで食べたどんなごちそうよりも、素晴らしい物でした。しかし<br>食べ終えた途端、坊さんは声をあげて泣き出しました。仏の道にそ<br>むいた事が、とても悲しかったのです。 　<br><br>さて次の日、坊さんはお寺の方に近づいて来る足音と話し声に気づ<br>きました。 「このお寺にこもって修行していたお坊さんは、どうし<br>ておられるだろう？」 「雪に閉じ込められて、食べ物がなくなった<br>のではないか？」 　<br><br>それを聞いた坊さんは、急に慌て出しました。 (そうだ、シカを煮た<br>なべを隠さなくては) 　そう思いましたが、慌てるばかりで、何を<br>どうしていいのかわかりません。なべの中を見ると、食べ残した肉<br>がそのままでした。 (これを見たら、村の人たちは何と言うだろう。<br>『坊さんが、シカの肉を煮て食べた』 と、言いふらすに違いない。 　<br><br>修行している者にとって、こんな恥ずかしい事はない) 　坊さんは、<br>ただうろうろするばかりです。そのうちに村の人たちが、本堂の中<br>に入って来ました。<br><br>「おおっ、ご無事で何よりでした」 「今年の冬の寒さは、格別でし<br>たな。このお山は、大変だったでしょう」村の人たちはそんな事を<br>言いながら、荒れ果てた本堂の中をぐるりと見回しました。そして<br>その中の一人が、すみにあったなべを見つけたのです。 　<br><br>なべの中をのぞき込んだ途端、 「あっ、これは！」 と、大声で叫び<br>ました。みんな驚いて、いっせいになべの中をのぞきました。なべ<br>の中には、シカの肉が・・・。 　<br><br>いいえ、なべの中には、細かく切り刻んだ木が入っていたのでした。 　<br>なべの周りには、木を食い散らした跡があります。 「おお、いくら<br>食べる物がないといっても、よくまあ、こんな木の切れ端を食べら<br>れたものだ」 「木を食べて、この冬を越されていたとは、何とも、<br>おいたわしい事よ」 　<br><br>坊さんは村人の言葉を聞きながら、訳が分からずに呆然としていま<br>した。すると今度は、本堂の正面の方にいた人が大声をあげました。<br>「これは、もったいない事を！」 村人たちが、いっせいに振り返る<br>とどうでしょう。 　<br><br>正面に置かれた木で作った観音さまの像が、左右のもものところを<br>大きく削り取られているではありませんか。 「ひどい事をなさるお<br>坊さんじゃ。これは、あんまりじゃ」 「木を食べるなら、柱でも食<br>べたらよいのに。よりによって、大切なご本尊を食べるなんて」 　<br><br>村人たちの言葉に、坊さんはご本尊を見上げました。確かに村人た<br>ちの言う通り、観音さまの左右のももがえぐり取られています。坊<br>さんは思わず、ご本尊に手を合わせました。 (ああ、本堂の外に倒れ<br>ていたシカは、本当は観音さまだったのだ。<br><br>それも、このわたしを助けてくださる為に。 なむ観世音菩薩。あり<br>がたや、ありがたや) 　坊さんは心を込めてお祈りをすると、村人<br>たちに今までの話を語って聞かせました。すると聞いていた村人た<br>ちも、観音さまのありがたさに思わず手を合わせました。 　<br><br>語り終わった坊さんは、もう一度、観音さまの像に向かって、うや<br>うやしく手を合わせると、 「おかげさまで、命も心も助かりました。 　<br>これが最後の願いです。どうか、元の姿に戻ってくださいませ」 と、<br>心を込めてお祈りしました。 　<br><br>すると不思議な事に、みんなの見ている前で観音さまの削り取られ<br>たももが、きれいに元の姿に戻ったのです。この事があってから、<br>この観音さまを成合(なりあい)観音と言うようになりました。 　<br><br>『成り合う』と言う言葉には、『完全に出来上がる』『願いが必ず<br>叶う』と言う意味があるのです。そしてお寺の名前も、成合寺(成相<br>寺)と呼ぶようになり、今でも多くの人が訪れているのです。 …<br><br><font color="#ff0000"><b>おしまい</b></font><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241112/13/sinia-191923/5c/0b/g/o0480013515509119353.gif"><img alt="" height="135" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241112/13/sinia-191923/5c/0b/g/o0480013515509119353.gif" width="480"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/3e/6b/j/o0580039015546405086.jpg"><img alt="" height="390" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/19/sinia-191923/3e/6b/j/o0580039015546405086.jpg" width="580"></a><br><br><b><font color="#ff0000">※　～</font></b><br><br>むかぁーしむかし、ある奥深い山地でな、 同じ頃に芽吹き成長した<br>若木が二本あったそうな。場所も近く、背丈も似たような感じであ<br>ったため、 いつしか仲が良くなった。若木はそれぞれケヤキとトチ<br>ノキだった。<br><br>ケヤキは木質がやや重硬のためしっかり基礎固めを重視した。 一方<br>のトチはやや軽軟であったので、成長を急いで大きな葉っぱを たく<br>さん茂らせられるようにできるだけ枝を広げることを優先した。 　<br><br>そうして何十年かたった頃、ケヤキが心配して言った。 「おまん、<br>いつの間にかどえらいのっぽになって 　手ぇもあちこち広げちぁあ<br>らいしょ。大丈夫かえ?　」<br><br>「わえのことかえ、なえ心配ひてくれるんよ？」と、トチノキは聞<br>き返した。 「おまん、上ばっかいに伸ばしちゃあるけど、根っこも<br>あんばえ伸ばさなあかないしょ。台風来たら、どたかされてまうろ<br>ぅ」<br><br>「ほおかえ、まあ大丈夫じょよ。おまんに比べて、軽うてやらこい<br>さけ、がいな風にもしなってやりすごさよぅ。 この方が枝ぶりも良<br>おて見事やいしょ。ほいて、葉っぱ多い方が陽の光もたっぷり受け<br>られるさけねぇ、 伸びもはよなら。おまんこそ、まっと枝伸ばしよ<br>し。ふうわりろう」 　<br><br>確かにケヤキに比べてトチノキは大きい葉がたくさん茂り、 立派に<br>見えたので、周りの木々も口々に褒めそやした。 ケヤキはふと、自<br>分も真似してもっと枝葉に比重を傾けようかと 考えたが、いやこの<br>まま行こうとペースを変えなかった。 　<br><br>その秋、どっと強い風がこの山地を吹き荒れた。バランス良くしっ<br>かりと根の張ったケヤキはびくともしない。 トチノキはしなやかに<br>よく風に耐えた。 しかし、揺れ具合が想像した以上であったため、<br>少し心配になり、ケヤキの言うように根っこに関心を向けた。が、<br>少しすると周りのことにばかり目が移ってしまい、 再び枝葉に傾注<br>するようになってしまった。<br><br>しばらく年月が経ったある夏、トチノキがケヤキに話しかけた。「<br>おまんの幹も貫禄出てきたの。 どっしりひて、中身が充実ひてる感<br>じすらよぉ。 わえにはまねできん芯の強さと奥深さ持っちぁあら」<br><br>「おおきによ。おまんもあいかあらず見事な枝振りやいて。近隣並<br>びない勢いじょ。 ほいて、前におせかいたように、根はしっかりひ<br>てるかえ?」<br><br>「まあ、ほどほどじょ。根ぇ伸ばいても、め(見)ぇへんさけの」「<br>そえはどえらい大事(おおごと)じょ。 おまんほど勢いあればあるほ<br>ど逆に根がものを言うてくるんやれぇ。そこが弱かったら、いつか、<br>あらくたい雨風にやられて 　もじけてまうろぅ。悪いこと言わんさ<br>け、今からでもあんばえ根っこぉ伸ばしときよし！」 　<br><br>ケヤキのしつこい言い様にトチノキも流石にそうしようかと心決め<br>した。しかし、遅かった。その秋のこと、近来まれに見る巨大な台<br>風がこの山地を襲った。 　<br><br>見事な外見に比べて十分な根を育成していなかったトチノキは、 雨<br>で地面が弛んでいた上、凄まじい風勢に耐え切れず、 とうとう横倒<br>しになってしまった。 　<br><br>大きな枝葉はそれだけでも重くなるし、いざ風が吹いた時は より多<br>くを受けてしまう。それを凌ぐには、当然のことながら 大地をギュ<br>ッと掴んで離さない相応の大きな根が必要だった。<br><br>「あっ・・・・・」相変わらずびくともしなかったケヤキはそれを<br>悲しんだが、 どうすることもできず、ただ寂しげに佇むだけだった。<br><br>&nbsp; …<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241022/16/sinia-191923/ab/28/g/o0084002415500956922.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241022/16/sinia-191923/ab/28/g/o0084002415500956922.gif" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241022/16/sinia-191923/e9/78/j/o0580027815500957061.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241022/16/sinia-191923/e9/78/j/o0580027815500957061.jpg" width="580"></a><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/DocDgRdO3ZE" title="許して下さい・シニア徒然チャンネル" width="580"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241119/16/sinia-191923/8b/41/j/o0450007915511883445.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="102" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241119/16/sinia-191923/8b/41/j/o0450007915511883445.jpg" width="580"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12887190797.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Feb 2025 19:45:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>戦国に生きる：魏国興亡史・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241230/19/sinia-191923/03/bd/g/o0580008015527535047.gif" width="580"><br><br><br><b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241230/19/sinia-191923/18/de/j/o0580034315527535231.jpg"><img alt="" height="343" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241230/19/sinia-191923/18/de/j/o0580034315527535231.jpg" width="580"></a><br><br><br><font color="#800000">鬼谷の教え：この作品は史実をモチーフとしたフィクション<br>です。鬼谷きこくとは江南の陳国に生まれた人物で、弁論の<br>術を学問として体系化し、それを書物に著したのだという。</font></b><br><br><b><font color="#ff0000">※ ～（魏国興亡史・第二部）</font></b><br><br><font color="#ff0000"><b>：変法</b></font><br><br><font color="#000000">秦の国姓は嬴えい、氏は趙であり、これはその由来が趙国と同じで<br>あることを示す。西周の時代、孝王に仕えていた非子なる人物が、<br>その功績を認められた結果として嬴姓を賜り、秦邑を領地として得<br>たことがその始まりだという。<br><br>その後はいわゆる西戎せいじゅうと呼ばれる異民族を相手に抗争を<br>繰り広げて自国の領土を拡大、これを西に放逐した。西戎とは、羌<br>きょう、葷粥くんいく、氐てい、密須みっすなどの諸部族を指し、<br>またの名を犬戎ともいう。<br><br>この戦いのさなかに起きた捕虜の交換を原因として、混血が進んだ<br>ことで文化の広がりを見せたらしい。しかし当時、秦公の身分は大<br>夫であるに過ぎなかった。大夫とは周王室に仕える小領主をあらわ<br>し、その勢力の大なるものを卿けいと呼ぶ。<br><br>卿、大夫の領地のもとで暮らす農民層の中で、能力において頭角を<br>現した者が士と呼ばれる。そのようないわゆる「卿・大夫・士」の<br>制度の上に存在するのが、諸侯である。秦が晴れて諸侯となったの<br>は、西周が滅亡して東周となったとき、その活躍が認められてのこ<br>とであった。<br><br>西周の最後の王である幽王は、既に嫡子を生んでいる申后という正<br>室がいるにもかかわらず、当時絶世の美女とされる褒姒ほうじを寵<br>愛した。その結果、申后は正室の座を追われ、太子は廃嫡された。<br>そのかわりに褒姒が正室となり、彼女が生んだ伯服という息子が太<br>子とされたのである。<br><br>しかし褒姒は生まれてから一度も笑ったことがないと言われていた<br>女性であったため、幽王はどうにかして彼女の笑顔を見たいと願っ<br>ていた。そこで考え出された方法やいきさつは以下のようなもので<br>あった。<br><br>当時諸将に緊急事態を知らせるための方法は、烽火のろしを上げ、<br>太鼓を打ち鳴らすというものであったが、幽王は何の前触れもなく<br>これを行った。諸将は急いで駆けつけたものの、何ごとも起きずた<br>だ呆然とするばかりである。その様子を見た褒姒は初めて人前で笑<br>顔を見せたのだった。それを嬉しく感じた幽王は、単に褒姒の笑顔<br>を見たいがためだけに何度も烽火を上げ、そのたびに諸侯は駆けつ<br>けなければならなかった。<br><br>その結果、ついに烽火は信用されなくなったのである。この案を考<br>えた人物は虢石父かくじゃくほという臣下であった。王には必要以<br>上にへつらう一方で、住民に対しては収奪を厳しくするという佞臣<br>の鏡のような男であった。<br><br>正室を追われた申后の父・申侯はこの事態に激怒した。彼は西戎の<br>軍団を引き連れて周王室を襲い、怒りのままに首都鎬京こうけいを<br>荒らし回った。恐れをなした幽王は烽火を上げて諸将の来援を求め<br>たが、幽王自身による一連の愚かな行為によって、あげられた烽火<br>は誰からも信用されることがなかった。どの将も兵を出さず、知ら<br>ぬふりを決め込んだのである。これによって申侯は佞臣虢石父を殺<br>すとともに、幽王と太子の伯服を殺し、褒姒を捕らえて西戎に捨て<br>与え、西の蛮地へと連れ去らせた。<br><br>申侯はあらたに周王として平王を擁立し、その都を鎬京から洛邑に<br>遷した。これが東周の始まりである。当時秦君であった襄公はこの<br>平王を守り、その功績が認められて諸侯に封じられた。これにより、<br>秦は単なる邑ではなく国となったのである。<br><br>なお、当時平王から与えられた爵位は「伯」であった。しかし秦は<br>もともと西戎の支配地域だったことで、中原諸国とは文化的に異な<br>る様相を大きく示している。これが野蛮であるとされ、その評価は<br>長い間変わることなかった。龐涓や公主娟が生きた時代えも、その<br>評価が変わることはない。大梁をあとにした衛鞅が秦を訪れたのは、<br>そのようなときであった。</font><br><br><font color="#ff0000"><b>※ ～１</b></font><br><br><font color="#000000">農夫が作物を出さなければ人々の食物は乏しくなり、工人が細工物<br>を出さなければ世に製品が不足する。商人が品物を出さなければ、<br>食・製品・金が尽き果てる。山林を管理する者が獲物を出さなけれ<br>ば、資材が少なくなる。資材が少なくなると、山林や沼沢も開かれ<br>なくなる……と古人は述べている。<br><br>これら農・工・商などは、天下人民の衣食のみなもとであり、みな<br>もとが大きければ物資は豊かに、みなもとが小さければ物資は少な<br>くなるのである。ゆえにこれらの働き次第で、大なるは国を富まし<br>め、小なるは家を富ませる。それらの技術に巧妙な者には余裕がで<br>き、そうでない者は貧しくなる。<br><br>この事実は、国でも個人でも変わることがない。加えて、俗に「金<br>持ちの子供は刑罰を受けて死ぬことがない」と言われるが、これは<br>彼らに法を犯すことが少ないからである。<br><br>人の世を乱すものは「貧しさ」であり、これは国の王であったり、<br>単なる平民であっても同じであるということができよう。求めるも<br>のが多いほど、他者から奪うという考え方に傾倒しやすいのだ。</font><b><font color="#ff0000">…</font></b><br><br>当時の国……王国であろうと諸侯国であろうと、人民から得た税収<br>を何らかの形で分配するという思想は、あまりない。その多くは宮<br>廷の維持や軍費に回され、さらに官職を得た者に報酬を与えると底<br>を突くという有様であった。<br><br>平民は、病にかかると自分で医者を探して、その費用を自費で賄わ<br>ねばならない。自宅の前に道がなければ、自分で地面をならして雑<br>草や石ころを取り除き、切り開かなければならない。そのようなと<br>き、彼らが頼る相手は、国ではなく「富める者」であった。富んで<br>徳義をほどこすとはこのいい例であり、よい施政者は彼らのような<br>存在を多く増やそうとしたのである。<br><br>白圭はくけいは魏の文侯治世の期間に、洛邑に生まれた商人である。<br>諸国を渡り歩き、その状勢をつぶさに観察することを商売の基幹と<br>している。豊作の年には穀物を買い集め、そのかわりに絹や真綿を<br>売りに出す。凶作の年に穀物を売りに出し、そのかわりに生糸や漆<br>を買い集める……<br><br>それで財をなしたわけだが、それを可能にするにはどの地方で、ど<br>の年に豊作となり、どこで不作となるのかの予測が必要であった。<br>それには長年にわたる実地での調査経験が必須となる。自然、その<br>過程で商売以外の情報を得ることもしばしばであった。その白圭が<br>自宅を訪れたと聞き、龐涓は困惑した。彼には白圭を喜ばせるよう<br>な、商売の種になるものなどなにもなかったからである。 ・・・<br><br><b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif"><img alt="" height="33" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif" width="94"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241014/18/sinia-191923/b8/81/g/o0480013515497873244.gif"><img alt="" height="135" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241014/18/sinia-191923/b8/81/g/o0480013515497873244.gif" width="480"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/11/sinia-191923/ef/ca/j/o0580028015546260338.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250220/11/sinia-191923/ef/ca/j/o0580028015546260338.jpg" width="580"></a><br><br><br><font color="#ff0000">※～</font></b><br><br>40歳を過ぎても結婚の決意がつかない女性がおられて、私に相談さ<br>れた。聞いてみると男性との付き合いはあるのだけれど、彼女も自<br>己主張が強いこともあって、なかなか男性と長い間、楽しく付き合<br>うのができない。<br><br>だから「たまに会う」のなら良いけれど、「毎日、何年も顔を突き<br>合わせる」というのは自信がないというのだ。 といって、やはり一<br>人は寂しい。この寂しさは、人間が集団性のある動物であること（<br>原則的に一人では生きていけない）、オス・メスが分かれている動<br>物ではツガイが安定していること、の二つだから原理原則であって<br>どうしようもない私たちの宿命だ。<br><br>だから、本来なら何も考えずに結婚し、何も考えずに子供を産み、<br>何も考えずに餌をとって子供を育て、毎日を過ごすのだが、人間は<br>どうしてもその時にも頭が動いてしまう。 争う夫婦、正しい夫婦と<br>いう順序で夫婦というものを喧嘩を軸に整理をしてきたけれど、夫<br>婦間の争いは、まさに夫婦の意味と表裏一体なのである。<br><br>夫婦は意見が違う。夫婦はやることが違う（子供を産むことや、家<br>庭を支えること）。夫婦は体も性格も経験も、考え方もすべて違う。<br>断定的に言えば、「できるだけ違う同士が結婚する」と言っても良<br>いだろう。<br><br>似た者夫婦などというのはやや気持ち悪い。女性の気晴らしは、お<br>しゃべり、食事、買い物であり、男性はお酒、スポーツ、電気製品<br>だから全く違う。 でも、それが結婚なのだ。結婚が似た者同士なら、<br>結婚しないで独身の方が良い。<br><br>似ていないので、一緒に生活をすると2倍の人生になる。自分だけ<br>の人生なら自分が正しいと思う生活をするので、一種類だが、考え<br>も性格も違う2人が生活するから生活は幅が広がり、2倍の人生を送<br>ることができる。<br><br>また素晴らしいことに結婚すると子供が生まれることが多い。子供<br>は夫婦とは経験も違い、性格も少しことなる。それより何より生き<br>ている時代が違うから子供とともに新しい時代を経験することがで<br>きる。運よく長寿なら孫に恵まれることもあり、そうなると次々世<br>代まで少し垣間見ることができる。<br><br>結婚して2倍の人生、子供ができて3倍の人生なのだから、こんなに<br>素晴らしいことはない。でも、なぜ喧嘩し、離婚するのだろうか？　<br>それは次のような錯覚のなかで生きているからだ。<br><br>1)私たちは集団性の動物であって、オス・メスが分かれているのだ<br>から、結婚して人生を送るのが当たり前のことだということが夫婦<br>の間でよくわかっていない。だから、夫が「生活費」などといって<br>妻に生活費だけを渡すようなことになる。<br><br>もし財布を一緒にしないなら夫婦にならない方が良い。（財布が別<br>な動物の夫婦はいない） 2)体も性格も考えも違うから結婚するのだ<br>から、意見やなにが正しいと感じるかなどすべて違うはずだ。<br><br>違うから2倍の人生になるので、同じなら結婚する意義はかなりなく<br>なる。生活の中で意見が違う時には、妥協して中間で行くか、今度<br>は夫、次は妻というように順番性でやるか決めておけば良い。 3)社<br>会が「似た者夫婦」とか、「夫婦は同じことをするべきだ（仕事、<br>台所など）」、「イクメン」などに惑わされて、当たり前の夫婦の<br>生活が「悪いこと」と錯覚している。<br><br>夫婦が同じく仕事をしたり家庭のことをしたりしても良いし、夫が<br>働いて妻が家庭を守っても良いし、そんなことはどうでも良いこと<br>だ。要はその夫婦が「こんな夫婦で行こう」という合意があること<br>で、それが結婚前のもっとも大切な合意だ。<br><br>男女の愛というのは生殖の愛だから、子供が生まれたら冷えるもの<br>だし、第一、熟年婚などではもともと生殖の愛が少ない場合がある。<br>家族としての愛、集団性の動物としての愛とは、2倍の人生のため<br>の愛である。…<br><br><b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241220/19/sinia-191923/2c/1b/g/o0084002415523674100.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241220/19/sinia-191923/2c/1b/g/o0084002415523674100.gif" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241014/18/sinia-191923/39/6b/j/o0580027815497876762.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241014/18/sinia-191923/39/6b/j/o0580027815497876762.jpg" width="580"></a><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/6xnhJNC94ys" title="蜩・シニア徒然チャンネル" width="580"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241028/13/sinia-191923/a6/9d/g/o0580010515503213651.gif"><img alt="" height="105" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241028/13/sinia-191923/a6/9d/g/o0580010515503213651.gif" width="580"> </a></b></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12887140174.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Feb 2025 11:41:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>THEライフ・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241102/08/sinia-191923/cc/ed/g/o0580008015505004952.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/31/d0/j/o0580036015545415899.jpg"><img alt="" height="360" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/31/d0/j/o0580036015545415899.jpg" width="580"></a><br><br><br><b><font color="#ff0000">※　～</font></b><font color="#ff0000"><b>『生き物の死にざま はかない命の物語』</b></font><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/d8/f0/g/o0580005015545416056.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/d8/f0/g/o0580005015545416056.gif" width="580"></a><br><br>セミの死体が、道路に落ちている。 セミは必ず上を向いて死ぬ。昆<br>虫は硬直すると脚が縮まり関節が曲がる。そのため、地面に体を支<br>えていることができなくなり、ひっくり返ってしまうのだ。<br><br>死んだかと思ってつついてみると、いきなり翅（はね）をばたつか<br>せてみたりする。最後の力を振り絞ってか「ジジジ……」と体を震<br>わせて短く鳴くものもいる。 別に死んだふりをしているわけではな<br>い。彼らは、もはや起き上がる力さえ残っていない。 死期が近いの<br>である。<br><br>仰向けになりながら、死を待つセミ。彼らはいったい、何を思うの<br>だろうか。 彼らの目に映るものは何だろう。澄み切った空だろうか。<br>夏の終わりの入道雲だろうか。それとも、木々から漏れる太陽の光<br>だろうか。<br><br>ただ、仰向けとは言っても、セミの目は体の背中側についているか<br>ら、空を見ているわけではない。昆虫の目は小さな目が集まってで<br>きた複眼で広い範囲を見渡すことができるが、仰向けになれば彼ら<br>の視野の多くは地面のほうを向くことになる。 もっとも、彼らにと<br>っては、その地面こそが幼少期を過ごした懐かしい場所でもある。<br><br>「セミの命は短い」とよくいわれる。 セミは身近な昆虫であるが、<br>その生態は明らかにされていない。セミは、成虫になってからは1週<br>間程度の命といわれているが、最近の研究では数週間から1カ月程度<br>生きるのではないかともいう。とはいえ、ひと夏だけの短い命である。<br><br>しかし、短い命といわれるのは成虫になった後の話である。セミは<br>成虫になるまでの期間は土の中で何年も過ごす。 昆虫は一般的に短<br>命である。昆虫の仲間の多くは寿命が短く、1年間に何度も発生して<br>短い世代を繰り返す。寿命が長いものでも、卵から孵化（ふか）して<br>幼虫になってから、成虫となり寿命を終えるまで1年に満たないもの<br>が、ほとんどである。 その昆虫の中では、セミは何年も生きる。実<br>に長生きな生き物なのである。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/00/53/g/o0580005015545416421.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/00/53/g/o0580005015545416421.gif" width="580"></a><br><br>一般に、セミの幼虫は土の中で7年過ごすといわれている。だとすれ<br>ば、幼稚園児がセミを捕まえたとしたら、セミのほうが子どもより<br>も年上ということになる。 ただし、セミが何年間土の中で過ごすの<br>かは、実際のところはよくわかっていない。何しろ土の中の実際の<br>様子を観察することは容易ではないし、仮に7年間を過ごすとすれば、<br>生まれた子どもが小学生になるくらいの年数観察し続けなければなら<br>ない。そのため、簡単に研究はできないのだ。<br><br>土の中での生態については、いまだ謎が多いのである。 それにして<br>も、多くの昆虫が短命であるのに、どうしてセミは何年間も成虫に<br>なることなく、土の中で過ごすのだろう。<br><br>セミの幼虫の期間が長いのには、理由がある。 植物の中には、根で<br>吸い上げた水を植物体全体に運ぶ導管（どうかん）と、葉で作られ<br>た栄養分を植物体全体に運ぶ篩管（しかん）とがある。 セミの幼虫<br>は、このうちの導管から汁を吸っている。導管の中は根で吸った水<br>に含まれるわずかな栄養分しかないので、成長するのに時間がかか<br>るのである。<br><br>一方、活動量が大きく、子孫を残さなければならない成虫は、効率<br>よく栄養を補給するために篩管液を吸っている。ただ、篩管液も多<br>くは水分なので、栄養分を十分に摂取するには大量に吸わなければ<br>ならない。そして、余分な水分をおしっことして体外に排出するの<br>である。<br><br>セミ捕り網を近づけると、セミは慌てて飛び立とうと翅の筋肉を動<br>かし、体内のおしっこが押し出される。これが、セミ捕りのときに<br>よく顔にかけられたセミのおしっこの正体である。<br><br>夏を謳歌するかのように見えるセミだが、地上で見られる成虫の姿<br>は、長い幼虫期を過ごすセミにとっては、次の世代を残すためだけ<br>の存在でもある。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/bc/31/g/o0580005015545416695.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/bc/31/g/o0580005015545416695.gif" width="580"></a><br><br>オスのセミは大きな声で鳴いて、メスを呼び寄せる。そして、オス<br>とメスとはパートナーとなり、交尾を終えたメスは産卵するのであ<br>る。 これが、セミの成虫に与えられた役目のすべてである。<br><br>繁殖行動を終えたセミに、もはや生きる目的はない。セミの体は繁<br>殖行動を終えると、死を迎えるようにプログラムされているのであ<br>る。木につかまる力を失ったセミは地面に落ちる。飛ぶ力を失った<br>セミにできることは、ただ地面にひっくり返っていることだけだ。<br><br>わずかに残っていた力もやがて失われ、つついても動かなくなる。<br>そして、その生命は静かに終わりを告げる。死ぬ間際に、セミの複<br>眼はいったい、どんな風景を見るのだろうか。<br><br>あれほどうるさかったセミの大合唱も次第に小さくなり、いつしか<br>セミの声もほとんど聞こえなくなってしまった。 気がつけば、周り<br>にはセミたちのむくろが仰向けになっている。夏ももう終わりだ。<br>季節は秋に向かおうとしている。 …<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241009/11/sinia-191923/0c/f4/p/o0084002415495805619.png" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/6f/fa/g/o0480013515496618021.gif"><img alt="" height="135" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/6f/fa/g/o0480013515496618021.gif" width="480"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/7a/a9/j/o0580039015545417027.jpg"><img alt="" height="390" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/7a/a9/j/o0580039015545417027.jpg" width="580"></a><br><br><br><b><font color="#ff0000"><font color="#ff0000">※～</font>「SNS不倫」の実例を紹介</font></b><br><br>「不倫をした直後に、発覚するケースが増えている」。男女トラブ<br>ルの相談を受けている露木幸彦氏はそう話します。 「いまは8月の<br>相談が最多。5年前まで10月の相談が最多だったが、『即バレ』が<br>増えたことで8月に前倒しされた」。「即バレ」の背景にあるのは<br>SNSの普及です。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/85/c9/g/o0580005015545417227.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/85/c9/g/o0580005015545417227.gif" width="580"></a><br><br>比嘉香苗（仮名・42歳）さんと夫（38歳）の間には中学生の娘がい<br>ます。そんな娘が多感な思春期の折も折、夫の不倫が発覚しました。<br>こっそり夫のスマホを覗くと、女性とLINEでやりとりしていたので<br>す。その文面を見ると、夫の不倫相手は危険極まりない女性である<br>ように思われました。<br><br>あまりにも略奪愛の願望が強く、それを実現するためには何でもす<br>る。そんな雰囲気が漂っていたのです。 この女性は、香苗さんが夫<br>と離婚しないことに業を煮やしたのか。フェイスブックを使って嫌<br>がらせを始めました。標的になったのは、娘でした。<br><br>娘のフェイスブックのアカウントを調べ、ある日、友達申請をして<br>きたのです。もちろん娘はその女性を知らなかったのですが、ITリ<br>テラシーがなかったからか、何気なく友達申請を承諾してしまった<br>ようです。<br><br>その後、女性は娘が投稿した写真に「いいね！」を押すなどして仲<br>良くなった後、こんなメッセージを送り付けてきたのです。「パパ<br>と付き合ってるの。パパはママと離婚して私と一緒になるの」 香苗<br>さん本人ならともかく娘を巻き込み、傷つけ、攻撃してくるのは卑<br>劣としか言いようがありません。<br><br>怒りが頂点に達した香苗さんはある日、夫と女性がデートしている<br>現場に怒鳴り込みました。「何やっているのよ！」。2人は言い争い<br>から、胸ぐらをつかみ合うことになり、警察を呼ぶ事態になりまし<br>た。 これで女性の行動も少しはおとなしくなるかと思いきや、警察<br>署から自宅に戻ってきた香苗さんがフェイスブックを開くと、女性<br>が香苗さんのページにこんな書き込みをしていたのです。<br><br>「今どんな気持ち？」 フェイスブックの近況アップデートの入力欄<br>には、「今どんな気持ち？」と投稿をうながすメッセージが表示さ<br>れています。同じフレーズを書き込むことで、香苗さんを挑発する<br>意図があったのでしょう。<br><br>香苗さんは女性の存在が心底恐ろしくなり、娘とともに実家に戻り<br>ました。離婚を考えていますが、まだ決断をできずにいます。しば<br>らくは女性の「フェイスブック・テロ」にビクビクと怯える日々を<br>送ることになりそうです。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/bb/a4/g/o0580005015545417422.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/bb/a4/g/o0580005015545417422.gif" width="580"></a><br><br>夫（42歳）の不倫が発覚した金城里子さん（仮名・38歳）は、ひと<br>り息子（6歳）のために離婚を思いとどまっていました。夫は謝罪し、<br>「メールもしない。電話もしない」と約束したので、それを信じる<br>ことにしたのです。<br><br>しかし、不倫発覚から1カ月後。夫は不倫相手と復縁していたこと<br>が明らかになったのです。夫の車のカーナビをチェックしたところ、<br>目的地が見知らぬ人家に設定されており、問い詰めると「不倫相手<br>の家」だと認めました。<br><br>そして夫はこう言い放って、開き直ったそうです。 「電話もメール<br>もしていない。約束は守ったじゃないか！」 里子さんは一瞬、夫が<br>何を言っているのかわからなかったのですが、夫のスマホを取り上<br>げてチェックすると、カラクリにすぐ気付いたそうです。<br><br>確かに、夫は不倫相手に電話もメールもしていませんでした。しか<br>し、フェイスブックやLINEでやりとりを続けていたのです。まるで<br>「子供だまし」のような手口に里子さんはあきれ返り、離婚を決断<br>しました。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/9e/54/g/o0580005015545417570.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/9e/54/g/o0580005015545417570.gif" width="580"></a><br><br>南城千尋さん（仮名・36歳）の夫（39歳）は現在、単身赴任中です<br>が、突然、その夫からLINEが届いたそうです。「今どこにいるんだ<br>よ」。着信があったのは深夜1時ごろ、千尋さんはすでに寝入ってい<br>たのですが、とても驚き、目が覚めてしまったそうです。<br><br>どうやら夫は千尋さんのフェイスブックを覗き見したようなのです。<br>千尋さんはフェイスブックのアカウントを持っていますが、自分で<br>文章や写真、動画などを投稿したことはないそうです。せいぜい友<br>人のページに「いいね！」を押すくらい。それなのに、なぜ夫は疑<br>いの目を向けているのでしょうか？<br><br>実は投稿の主は千尋さんの旧友でした。旧友は写真に映っている人<br>物について「タグ付け」（どこの誰なのか）をしていたのです。千<br>尋さんと夫はフェイスブック上で友達になっているので「妻がタグ<br>付けされた写真」が夫のフェイスブック上に表示されたのです。<br><br>当の写真は最新のものではなく10年も前のもの。もちろん、千尋さ<br>んと一緒に行ったのは不倫相手の男ではなく計6人の女友達。千尋さ<br>ん夫婦には小学生の娘がおり、「娘をおいて1人で旅行に行けるはず<br>がないのに……」と嘆きます。<br><br>結局、千尋さんはその写真の「タグ付け」を急いで削除したのです<br>が、今回の件で千尋さんは夫から一挙手一投足を監視されているよ<br>うな恐怖感が芽生えたそうです。 このようにフェイスブックの「タ<br>グ付け機能」は、不要な疑念を招くこともあるので、注意が必要です。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ce/bc/g/o0580005015545417729.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ce/bc/g/o0580005015545417729.gif" width="580"></a><br><br>玉城純也さん（仮名・40歳）は別居中の妻（42歳）と離婚の協議を<br>していました。そんな中、見ず知らずの女性からフェイスブックを<br>通じてコンタクトがありました。その女性は純也さんに悩み相談を<br>しつつ、純也さんの生活などもいろいろ聞いてきたそうです。<br><br>離婚協議のストレスをそんな雑談で紛らわせることができたといい<br>ます。 ただ、女性のフェイスブックを見てみると、怪しまれない程<br>度に作ったと思われる当たり障りのない投稿はあるものの、友達は<br>ほとんどいない。少しヘンだなと思ったそうです。<br><br>現在、純也さん夫婦はすでに離婚が成立したのですが、純也さんは<br>当時のことを振り返って「あれは別の女性を装った妻だったのでは<br>ないか。自分の様子、経済状態をさぐっていたのではないか」と言<br>います。<br><br>「妻は自分からどれぐらいお金を取れるかを知りたかったのでは？」<br>と。 現在、怪しげなアカウントからの友達申請を受ける人は減って<br>いるはずです。アカウントの乗っ取りや迷惑メッセージの大量送信<br>など、危険性が周知されるようになったからです。<br><br>しかし、5年前はまだ利用者も少なく、純也さんは油断していたよう<br>です。 当時は離婚協議中。SNSなら大丈夫だろうと、妻の悪口や愚<br>痴、不満をその女性に連呼し、また本当は「一緒になりたい彼女が<br>いること」もバカ正直に語ってしまいました。結果的に不貞行為を<br>妻が知ることとなり、500万円の慰謝料を払わされるハメになったの<br>です。<br><br><b><font color="#ff0000">※～</font></b><br><br>SNSは便利ですが、それが不倫の動かぬ証拠となることもあります。<br>写真の同期、チェックイン、タグ付けといった機能から、不倫が「<br>即バレ」するケースも目立ちます。 「自分は大丈夫だろう」と慢心<br>するのは危険です。SNSで異性と出会いやすくなった分、バレる危<br>険性も高まっていることを理解しましょう。大事な人を傷つけてし<br>まえば、取り返しがつきません。 …<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241220/19/sinia-191923/2c/1b/g/o0084002415523674100.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241220/19/sinia-191923/2c/1b/g/o0084002415523674100.gif" width="84"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/76/e0/j/o0580023115496619040.jpg"><img alt="" height="231" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/76/e0/j/o0580023115496619040.jpg" width="580"></a><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/NTqJit9e3MU" title="男と女の破片・シニア徒然チャンネル" width="580"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/1e/ca/g/o0580010515496618824.gif"><img alt="" height="105" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241011/18/sinia-191923/1e/ca/g/o0580010515496618824.gif" width="580"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12886834147.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Feb 2025 10:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>森羅万象・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250204/21/sinia-191923/67/96/g/o0580008015540708120.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/63/40/j/o0576044815545435827.jpg"><img alt="" height="448" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/63/40/j/o0576044815545435827.jpg" width="576"></a><br><br><br><font color="#ff0000"><b><font color="#ff0000">※　～</font></b></font><br><br>アラフォーというと仕事が波に乗ってきたり、育児に追われていた<br>りしている世代だ。夫婦の3組に1組が離婚すると言われているが、<br>アラフォーで離婚をした人はその後どのような生活を送っているの<br>だろうか。40歳で離婚をした女性に話を聞いた。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/ad/b4/g/o0580004815545435996.gif"><img alt="" height="48" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/ad/b4/g/o0580004815545435996.gif" width="580"></a><br><br>原口麻衣さん（仮名、53歳）は素朴な印象で穏やかな口調の女性だ<br>った。原口さんは東日本大震災のあった2011年に40歳で離婚してい<br>る。23歳で結婚後、公務員として働いていたがメンタルの調子を崩<br>して休職と転職を繰り返し、39歳でリーマンショックにより離職し<br>た後は家庭に入り専業主婦となった。<br><br>「でも、専業主婦という名のひきこもりだったんです。家事がうま<br>くできなくて元夫にいつも怒鳴られていました。そして、うつ状態<br>に苦しみつつ、いつ怒鳴られるのかビクビクしていました。そんな<br>様子に愛想をつかした元夫から離婚を切り出され、シングルマザー<br>になりました」<br><br>離婚後は当時中学生になったばかりの娘との生活。両親とは折り合<br>いが悪かったので親には頼れなかった。しかしうつの状態が悪く、<br>ゴミ屋敷状態の自宅にひきこもる様子を見かねた娘から「父親と生<br>活がしたい」と言われ、原口さんは娘の住む家から追い出された。<br>親権は元夫へ移り、娘は元夫と生活を始めた。<br><br>「通院していた精神科ではうつ病と言われていましたが、うつ病が<br>なかなか良くならず、新薬を試したら治るのではないかと期待を抱<br>いて治験のできるクリニックに変えました。<br><br>ところが、治験薬の副作用でだるくて寝たきりの状態になってしま<br>い、それを見かねた母が心配してきたんです。それをきっかけに障<br>害者手帳を取得しました。 さらに母に問いただしてみると、すでに<br>40年前に発達障害の診断が下りていたと言うんです。<br><br>当時は発達障害という言葉はなかったので、微細な脳の損傷のある<br>子どもとされていたようです。もっと早く教えてくれていたらまた<br>違った選択ができたのにと思いました。でも、思い切って治験でク<br>リニックを変えたことはとても良かったです。あのまま、前の病院<br>にいたら、今でもうつでずっと苦しんでいたと思います」<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/ff/e9/g/o0580004815545436159.gif"><img alt="" height="48" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/ff/e9/g/o0580004815545436159.gif" width="580"></a><br><br>原口さんは発達障害のせいで家事がうまくできず部屋がゴミ屋敷と<br>化していたのだ。それから発達障害の当事者会に参加するようにな<br>り、情報を得て障害年金の受給や、障害があることから格安でヘル<br>パーを利用できることを知った。週に何度かヘルパーに来てもらう<br>ようになり、ゴミ屋敷だった部屋はみるみる片付いていった。<br><br>下町で一人暮らししている部屋は家賃が安く、元訪問看護師の大家<br>さんも原口さんに良くしてくれた。 「苦しかったのは収入が少ない<br>のに娘に養育費を月2万5000円払わないといけなかったことです。休<br>職中の傷病手当金や預貯金を切り崩してなんとか養育費を捻出して<br>いました。<br><br>養育費は払っていましたが、最初の頃は娘に会えていませんでした。<br>娘に会えるようになったのはその数年後です。 どうやら娘は中学校<br>を不登校だったようです。高校生になった娘は漫画やアニメなどが<br>好きで、年2回行われるコミックマーケットで買ってきてほしいもの<br>を頼まれたのがきっかけにまた娘と会うようになって、コミケに足<br>を運びました。私も恩返しのつもりでコミケのスタッフをやりました。<br><br>不登校だった娘ですが、有名大学に通って就職も果たし、とても優<br>秀です」 経済的に苦しいのなら生活保護を受ける手もあるのではな<br>いかという質問には、実は離婚時に財産分与で手に入れた預貯金が<br>1000万ほどあるため生活保護は受けられず、その預貯金の一部を資<br>産運用しているという。<br><br>「興味本位で銀行に行ったらものすごいVIP席に通されて、資産運用<br>の説明を受けました。話を聞いているだけでとても勉強になって、<br>まずは100万円から資産運用を始めたら少しずつ増えていったんです」<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/dc/d4/g/o0580004815545436330.gif"><img alt="" height="48" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/dc/d4/g/o0580004815545436330.gif" width="580"></a><br><br>また、原口さんは自分が発達障害というマイノリティだと自覚した<br>ことで、自身の他のマイノリティに関しても向き合うようになり、<br>LGBTQのイベントであるレインボーブライドのスタッフも引き受け<br>るようになった。<br><br>ずっとひきこもり状態だった原口さんが、大家さんや福祉を通して<br>社会とつながれるようになったのだ。現在は障害年金を受給しつつ、<br>ひきこもりの家族を支援する団体でバイトをしたり、障害者の当事<br>者研究をしている大学でデータ入力業務をたまにしたり、収入が少<br>なくて住民税が非課税なので、非課税世帯に配布される物資や給付<br>金なども活用して生活をしている。<br><br>「大家さんが友人を招いて楽しそうにしているのを真似して、私も<br>部屋に友人を招いてご飯を一緒に食べるようになりました。家事は<br>苦手なので、料理は友人が持ち寄ってくれます。また、発達障害で<br>もLGBTQの方でもどなたでも参加できる当事者会を主催して、そ<br>こでもいろんなマイノリティの方と交流しています」<br><br>ちなみに今は、再婚願望はないという。いまだに体調が良くない日<br>があり、フルタイムでは働けず、非課税世帯をキープしたいという。<br>一度はどん底まで落ちた原口さんだが、今は多くの理解ある人たち<br>に支えられて生きている。知的好奇心も高い彼女は今後も新しい何<br>かを見つけて充実した生活を送っていくのかもしれない。 。 …<br><br><b><font color="#ff0000"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif" width="84"></a></font></b><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/11/sinia-191923/e4/f7/g/o0500026115500071780.gif"><img alt="" height="261" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/11/sinia-191923/e4/f7/g/o0500026115500071780.gif" width="500"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/85/54/j/o0580040015545436541.jpg"><img alt="" height="400" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/22/sinia-191923/85/54/j/o0580040015545436541.jpg" width="580"></a><br><br><br><font color="#ff0000"><b>※～ある青年のエピソード</b> </font><br><br>父親からお手紙をいただいて、青年を見舞ったのですが、驚くこと<br>にベッドから立ち上がり、病人とは思えないほどの笑顔で私を迎え<br>てくれました。そして、こう言ったのです。<br><br>「僕はこの病気になって、当たり前の生活がいかにありがたいかが、<br>よく分かりました。辛さよりもそれを知ったことの嬉しさのほうが、<br>ずっと大きいんです」<br><br>彼は鍼灸師として埼玉県内の病院に勤務していましたが、自らの病<br>をとおして患者さんの気持ちに寄り添うことの大切さを知るととも<br>に、それまで上から目線だった自分を本当に恥ずかしく思った、と<br>も話してくれました。<br><br>当たり前であることのありがたさに目覚めたこと。医療者としての<br>心のあり方が分かったこと、これもギリギリの環境の中で掴んだ魂<br>の声だったに違いありません。そして、彼もまた奇跡的な回復を遂<br>げ、いまは医療現場へと復帰しています。<br><br>さらに驚くことには、彼が入院していた病院の院長が、その前向き<br>な明るい姿に心打たれ、彼をスタッフの一員として迎え入れたこと<br>です。<br><br><font color="#ff0000"><b>※　文の最後はこう締め括られています</b></font><br><br>「人生に起こる出来事は何一つとして意味のないものはありません。<br>青年に訪れた試練も、自分の天命に目覚めさせるための大切なプレ<br>ゼントだったのでしょうか」・・・<br><br>病は「お知らせ」と聞いたことがあります。その人のために今の状<br>態から軌道修正するべきと知らせてくれているのです。だから、気<br>づいて修正すれば役目を果たした病が消えうせるということもある<br>のです。…<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif"><img alt="" height="24" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241103/12/sinia-191923/ab/15/g/o0084002415505539543.gif" width="84"></a><br><br><br><br><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/11/sinia-191923/ca/0f/j/o0580027815500071981.jpg" width="580"><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/dspKzxNVLvA" title="昼顔・前人未踏の扉" width="580"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250105/16/sinia-191923/af/ba/j/o0580009015529884760.jpg"><img alt="" height="90" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250105/16/sinia-191923/af/ba/j/o0580009015529884760.jpg" width="580"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12886839428.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Feb 2025 22:26:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>番外編・シニア徒然ブログ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img alt="" height="80" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241102/14/sinia-191923/90/7a/g/o0580008015505160668.gif" width="580"><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/2b/02/j/o0580044015545424369.jpg"><img alt="" height="440" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/2b/02/j/o0580044015545424369.jpg" width="580"></a><br><br><br><font color="#ff0000"><b>※～</b></font><br><br>保護犬出身の 文福ぶんぷく は、一緒に暮らす入居者様が亡くなるこ<br>とを察知して、寄り添って 看取みと るという不思議な力を持ってい<br>ます。実は以前、それと非常によく似た力を持っている猫がいまし<br>た。私たちが「癒やし猫」と呼んでいた、やはり保護猫出身のトラ<br>です。トラは２０１２年４月、私が経営する特別養護老人ホームが<br>開所するのと同時にやってきて、１８年１２月に死ぬまで６年半、<br>ホームで暮らしました。その間、大勢の入居者様を看取ってきました。<br><br>文福の看取り活動には段階が決まっていました。入居者様が亡くな<br>る２～３日前に、その方の居室の扉の前でうなだれています。その<br>翌日くらいに居室に入り、ベッドの傍らで見守ります。最後はベッ<br>ドに上がり、入居者様に寄り添って看取るのです。 　<br><br>トラにはそのような段階はありませんでした。入居者様が弱ってく<br>ると、ベッドに入って寄り添い、そのまま看取るのです。<br><br>一点、文福とは大きく異なることがあり、トラはご入居者様が亡く<br>なる前だけでなく、病気等で弱って寝ている時にも寄り添いました。<br>ご入居者様を看取るだけでなく、癒やすこともするのです。だから<br>私たちは、トラは癒やし猫だと思っていました。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ec/06/g/o0580005015545424491.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ec/06/g/o0580005015545424491.gif" width="580"></a><br><br>そんなトラに最も癒やされたのが、斎藤幸助さん（仮名、８０歳代<br>男性）です。斎藤さんは、猫好きの方がそろっている猫ユニットの<br>ご入居者様の中でも、一番の猫好きではないかと思われる人です。<br><br>とにかく猫が大好きで、子供の頃から常に猫を飼っており、それま<br>でに飼ってきた猫の数は実に５０匹以上！　斎藤さんの人生は、猫<br>抜きでは語れないものだそうです。 　<br><br>そんな斎藤さんも高齢になり、奥様に先立たれたのをきっかけに、<br>新しい猫を迎え入れることをあきらめます。猫好きの方（犬好きの<br>方も）の多くが、高齢になるとする決断です。最後の猫が死んで、<br>猫がいない生活が始まると、斎藤さんは元気がなくなり、瞬く間に<br>弱っていってしまいました。しかも認知症も発症してしまいました。<br><br><b><font color="#ff0000">※～ホームで再び猫との暮らしを </font></b><br><br>配偶者が亡くなったことをきっかけに認知症になる高齢者は少なく<br>ありません。特に奥様を亡くした高齢の男性が認知症になってしま<br>うのは、私も多くの例を見てきました。<br><br>しかし、ペットがいなくなって認知症になってしまった方は初めて<br>見ました。ただ、それは、それまで私たちが気がつかなかっただけ<br>かもしれません。おそらく世の中で、ペットがいない生活になった<br>高齢者が認知症を発症するということは、多くはないにしても、時<br>々あることだろうと思われます。 　<br><br>すっかり活気がなくなり、自ら歩くことが少なくなった斎藤さんの<br>足腰は弱っていき、車いすを使う生活になってしまいました。認知<br>症も進行し、ほとんど言葉を発しなくなり、表情も失われました。<br>そんな斎藤さんを心配して、息子さんがさくらの里山科へ入居を申<br>し込んできました。ホームで再び猫との暮らしをすれば、少しは斎<br>藤さんの状態が良くなるだろうと期待してのことです。<br><br><font color="#ff0000"><b><font color="#ff0000">※～ </font>入居後、トラが大のお気に入り　体調も回復</b></font><br><br>息子さんの期待は最高の形でかなえられました。斎藤さんは劇的な<br>回復を見せたのです。その原動力はトラでした。トラは、斎藤さん<br>が初めてホームに来た時、車いすに座る斎藤さんの膝の上に飛び乗<br>り、おなかにスリスリして、大歓迎をしました。それ以来、トラは<br>斎藤さんの大のお気に入りになったのです。 　<br><br>トラと一緒にいる時、斎藤さんの顔には生き生きした表情が浮かん<br>でいました。トラを探して、手すりにつかまりながら歩き回ってい<br>るうちに、車いすは不要になりました。老人ホームに入った入居者<br>が、整った環境と充実した介護体制により元気になることは多いの<br>ですが、これほど劇的に回復した方は珍しいです。こういうことが<br>起きるのも、トラと文福の共通点ですね。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/4a/08/g/o0580005015545424884.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/4a/08/g/o0580005015545424884.gif" width="580"></a><br><br>斎藤さんは歌がお好きで、よくリビングの床にあぐらをかいて大声<br>で歌っていました。その脚の間には、トラがちょこんと座っていま<br>す。そうしていると他の猫たちも集まってきます。猫に囲まれて歌<br>う斎藤さんの姿は、おとぎ話の主人公みたいでした。 　<br><br>斎藤さんはリハビリも頑張っていました。毎日、車いすを押して、<br>廊下を何往復も歩いたのです。車いすの上にはトラが鎮座していま<br>した。職員がそうさせたのではありません。誰に教えられたわけで<br>もないのに、トラは自ら斎藤さんが押す車いすに座っていたのです。<br>まるで斎藤さんを応援するかのように。 　<br><br>渡辺さんの愛犬のナナちゃんも同じ行動をしていましたが、気まぐ<br>れな猫が、しかもナナちゃんと異なり、飼い主ではない人のリハビ<br>リに付き合って、揺れる車いすの上でじっとしているなんて信じら<br>れないことです。まさに癒やし猫の本領発揮、というところでしょ<br>うか。<br><br><font color="#ff0000"><b><font color="#ff0000">※～</font>願い通り、トラに看取られ旅立ち</b></font><br><br>「俺はトラに看取ってほしいんだよ」。これが斎藤さんの口癖でし<br>た。その願い通り、斎藤さんがご逝去された時には、その枕元にト<br>ラが寄り添っていました。トラに看取られて斎藤さんは旅立ったの<br>です。 　<br><br>トラをはじめとする大好きな猫たちと一緒に暮らした最期の２年間、<br>斎藤さんは幸せだったと思います。斎藤さんを幸せにできたという<br>一点だけでも、私たちが挑戦している、ペットと暮らせる特別養護<br>老人ホームという取り組みには意味があったと思っています。 …<br><br><font color="#ff0000"><b>中編 　癒やし猫「トラは私の弟なの」 </b></font><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif"><img alt="" height="33" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif" width="94"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/b0/44/g/o0480013515496763955.gif"><img alt="" height="135" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/b0/44/g/o0480013515496763955.gif" width="480"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/f6/f6/j/o0565056915545425797.jpg"><img alt="" height="569" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/f6/f6/j/o0565056915545425797.jpg" width="565"></a><br><br><br><font color="#ff0000"><b>※ ～</b></font><br><br>「いつかは穏やかに話をできるようになりたい」と願いつつ、かな<br>わぬまま急死してしまった母への行き場のない思いを、どこかに吐<br>き出さずにいられなかった。50歳の男性<br><br>大阪育ちの潤也さん（仮名）。現在は学生時代に知り合った妻と、<br>2人の子どもと、東京近郊の街に暮らしています。子どものとき「<br>大人たちはわかっていない」と感じてきたことを、聞かせてもらい<br>ました。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/2d/2b/g/o0580005015545427458.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/2d/2b/g/o0580005015545427458.gif" width="580"></a><br><br>物心がついたときから、母とふたりの生活でした。離れて暮らして<br>いた父親は潤也さんに会うため定期的に家を訪れていましたが、母<br>親は父親と決して顔を合わせないようにしていたようです。<br><br>幼稚園に入るか入らないかの頃、父親が潤也さんを果物狩りに連れ<br>て行ってくれたことがあり、このとき「母ではない女性」が一緒だ<br>ったことを覚えています。<br><br>「なんとなく『これは母には言わないほうがいいのかな』と感じて、<br>父に『誰なの？』とも聞けなかった。そんな気持ちを抱えているの<br>は4、5歳の年齢で、たぶんしんどかったと思うんです。<br><br>遊びに行ったこと自体、母に対して『ごめんなさい』という気持ち<br>があったし、父には憎しみを感じていました」 夜、家に突然父親が<br>現れることもありました。父の来訪に気づくと、母親は「出るで！」<br>と大声をあげ、潤也さんはいつも靴も履かずに大急ぎで窓から外へ。<br>母がこぐ自転車の後ろに乗って、祖母の家に「避難」するためでした。<br><br>「自転車の後ろの座席に、座布団を巻いてあるんですよ、いつでも<br>逃げられるように。10キロくらい先の祖母の家に向かうんですが、<br>その自転車が猛スピードで。後ろに乗って目をつぶって、母の腰に<br>手を巻いて、振り落とされないように必死にしがみついている。<br><br>すごく怖いんですけれど、行く途中にパチンコ屋さんがあって、そ<br>のネオンがきれいだったこととか。何度も落とされたこともあるし、<br>たまに車輪に前足が引っかかって血まみれになったりして。信号無<br>視するので車にひかれないように、でも警察がいるなと思ったらぱ<br>っと自転車降りてやり過ごして、<br><br>また乗ったりして」 なぜ父親が来たとき、そんなに急いで逃げなけ<br>ればいけなかったのかははっきりしませんが、母の背を抱きしめ、<br>夜の街を疾走しながら見た光景は、いまも潤也さんのなかに鮮明に<br>残っています。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/e4/17/g/o0580005015545427626.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/e4/17/g/o0580005015545427626.gif" width="580"></a><br><br>学校では「問題の多い子」だったといいます。怒りやすく、すぐ手<br>が出てしまうし、先生の言うこともきかなかったそう。 「『相手が<br>悪いから、自分が怒るのは当たり前だ』と思っていました。<br><br>そういう表現の仕方しか知らなかった、というと言い訳になるんで<br>すけれど。母は家でよく誰かと電話をして、汚い言葉で責め立てて<br>いて。自分が敵だと思った相手には、徹底的な言葉の暴力で、平気<br>で潰しにかかる。それが日常風景だったので、何か不快なことがあ<br>ればそういうふうにしていいんだ、って思っていた時期はありまし<br>た」 そんな難しい子どもでも、幸い学校でいじめられることはなか<br>ったといいます。<br><br>学校の友達も、周囲の大人も「なんか許してくれていた」のです。<br>「同じ団地の自治会長が、いわゆる世話焼きのおじいちゃんで、よ<br>く声をかけてくれて。当時は『僕だけ目の敵にして注意してくる』<br>と腹を立てていたけれど、今になってふり返ると、うちの家庭環境<br>もよく知っていて気にかけてくれてたんですね。そういうふうに、<br>自分の知らないところで心配してくれる大人たちがいました」<br><br>一方で、母子家庭という自分の境遇に対する周囲の視線には、とて<br>も敏感でした。「かわいそう」という目で見られることが嫌で、親<br>切で声をかけられても「つっかかってばかりいた」といいます。<br><br>「お父さんお母さんがいて子どもがいる、というのが『標準な形』<br>だというのが、成長するにつれてだんだんわかってくる。すると『<br>なんでうちだけ欠けてるの？ “ふつう”じゃないの？』といって、<br>母をすごく責めていた時期もありましたね」<br><br>もしかすると母親自身に「ふつうの家族」でないことへの負い目が<br>あり、潤也さんはそれを感じ取っていたのでしょうか。潤也さんは<br>母親としょっちゅうぶつかり、明け方近くまで大声で怒鳴り合うの<br>がつねだったといいます。<br><br>小学校の頃に参加していた、校外の野外活動クラブでも、潤也さん<br>は「みんなと暮らしぶりが違う」ことを強く意識していました。 「<br>周りは経済的にすごく恵まれた人ばかりで、自分は不憫だと思われ<br>ているって過度に思い込んでいたんですね。<br><br>いま思えばみんな一般的なサラリーマン家庭なんですけれど。 キャ<br>ンプのときに食器を忘れたりすると、みんなふつうに『貸したるわ』<br>って言ってくれるのに、素直に受けとれない。<br><br>『情けは要らん』みたいな反発をして。 でも結局、食器がないと食<br>べられないから借りるんですけれど、泣いちゃうんですね。食器忘<br>れて借りるだけの話なんですけれど（笑）。<br><br>『ありがとう』って言うんですけれど、周りは『そこまで感謝して<br>もらわんでもいいで』って。気持ちのうえで、余計な仕事をたくさ<br>んしてきたと思います」 子どもたちはきっと、潤也さんの家の事情<br>はわからなくても、何がつらくて苦しいのか、気持ちはわかってい<br>たのでしょう。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/95/79/g/o0580005015545427868.gif"><img alt="" height="50" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/95/79/g/o0580005015545427868.gif" width="580"></a><br><br>潤也さんは当時、大人たちが好む「将来、何になりたい？」という<br>質問を「馬鹿げている」と感じていました。 「『大人になったらこ<br>んなことをしたい』と思える人って、明日に希望が持てる人だけで<br>しょ、と思ったんです。<br><br>僕は昨日、一昨日のことを思い出したくない。嫌な思い出が積みあ<br>がっていくだけだから、明日に対して何の希望も持てない。そんな<br>人間に対して『将来、何になりたいの？』なんて質問をするのは、<br>狂気でしかない。それに気づいてない馬鹿な大人ばっかりだ、みた<br>いにひねくれていました」<br><br>何も知らない大人からしたら「ひねくれた」子どもだったかもしれ<br>ません。でもこうして聞くと、潤也さんの言うとおり、そんな質問<br>を無邪気に投げかけることの無神経さに気づかされます。<br><br><font color="#ff0000">後編：｢イヤな奴だった｣自暴自棄だった僕を変えたもの）</font>…<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif"><img alt="" height="33" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250217/21/sinia-191923/ab/2d/g/o0094003315545425388.gif" width="94"></a><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/40/56/j/o0580027815496764086.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/40/56/j/o0580027815496764086.jpg" width="580"></a><br><br><br><iframe allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen frameborder="0" height="326" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" src="https://www.youtube.com/embed/KbvVE8_BMU8" title="ともしび ・八代亜紀" width="580"></iframe><br><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/d1/2a/g/o0580010515496764123.gif"><img alt="" height="105" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241012/03/sinia-191923/d1/2a/g/o0580010515496764123.gif" width="580"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sinia-191923/entry-12886837440.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Feb 2025 22:11:46 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
