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<title>sinichikatouのブログ</title>
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<description>Fine photo artist Shinichi Katoの世界観</description>
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<title>信仰の告白</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、写真家の加藤慎一です。</p><br><p>作家の　S・フィッツジェラルドは自分の作品は「信仰の告白」（Confession of faith)、自分の信じているもの告白なんだと言いました。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160711/10/sinichikatou/26/cb/j/o0638100013694598573.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160711/10/sinichikatou/26/cb/j/t02200345_0638100013694598573.jpg"></a> </p><br><p>画家のモディりアーニは「自分が求めているモノは人が本能的に持っている無意識の神秘なんだ」</p><p>「たとえ僕が瞳をつけてあげなくても私の描く人物は「いつも見ている」のです。沈黙したままで人生を肯定しているのです」と言いました。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160711/10/sinichikatou/9a/b2/j/o0692101413694598574.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160711/10/sinichikatou/9a/b2/j/t02200322_0692101413694598574.jpg" width="220" height="322"></a><br></p><br><br><p>自分も作品とは自分の内面から滲み出る喜怒哀楽の結晶であり、自分の中にある見栄や虚像、世間の一般常識、風習といった、今まで生きてきた中で身についてしまった諸々のモノをストイックななでにそぎ落としたときに見えてくる純度の高い結晶だと思っています。</p><br><p>もし僕が写真と出会わなかったら？</p><p>そんなことが愚問なことはわかっている。</p><p>出会っても、出会わなくても今はある(笑）</p><p>たまたま写真に出会っただけである(笑）</p><br><p>しかし確実に言えることは、写真がどこまで行っても割り切れない「人生の数字」を僕に教えてくれたと言うこと。</p><br><p>J・レノンは「僕の木には誰もいないみたいだ」とかつて歌ったけど僕の木にも誰もいないみたいだ。</p><p>だから鳥が飛んできてくれるように今日も写真を撮らなくてはいけない。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160711/10/sinichikatou/2f/12/j/o0800080013694604943.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160711/10/sinichikatou/2f/12/j/t02200220_0800080013694604943.jpg" width="220" height="220"></a><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/sinichikatou/entry-12179432436.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Jul 2016 10:17:44 +0900</pubDate>
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<title>フレンチ・フィルム・ノワール</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160623/21/sinichikatou/3c/2b/j/o0520067213680263855.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160623/21/sinichikatou/3c/2b/j/t02200284_0520067213680263855.jpg"></a></p><p>こんにちは、写真家の加藤真一です。</p><br><p>古い、古い映画を観ています。</p><p>タイトルは「現金(ゲンナマ）に手を出すな」('54)</p><p>さすがに、僕も生まれていません(笑）</p><br><p>主演はジャン・ギャバン、そして敵役はリノ・ヴァンチュラ(好きな俳優さんです）。</p><p>ストーリーは仁義を重んじる昔気質のギャングが、手に入れた金塊をめぐって、仲間のために・・・</p><p>というアメリカ映画にはない人間模様の複雑さをテンポのいいストーリー展開で描くギャング映画ですが、</p><p>そこには古い日本の任侠映画みたいな粋なカッコよさが随所に描かれています。</p><p><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160623/21/sinichikatou/09/11/j/o0800057913680263854.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160623/21/sinichikatou/09/11/j/t02200159_0800057913680263854.jpg"></a></p><br><p>そして僕がもう１つ釘づけになったのは、この映画のライティングです。</p><p>もちろん、この映画はモノクロですが、このライティングが僕好み。</p><p>コントラストが強すぎもせづ、弱すぎもせづ</p><p>顔のシャドウ部のバランスがいい感じ</p><p>(ゴッド・ファザーはカッコいいけど、僕には暗すぎます）</p><br><p>本当、モノクロ・フィルムでモノクロ映画のライティングを熟知した映画人が撮った</p><p>古いフランス映画はカッコいいし勉強になります。<br>(最近はカラーフィルムを後でモノクロに変換しているだけ）</p><br><p>これから男性のライティングは、あんなかんじで撮りたいなぁ～</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160623/21/sinichikatou/38/36/j/o0430050013680263853.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160623/21/sinichikatou/38/36/j/t02200256_0430050013680263853.jpg"></a></p><br><p>ラスクにパテ(多分？）を多めに塗って食べることも、この映画で知りました(笑）。</p><p>お相手は白ワイン(笑）<br></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sinichikatou/entry-12173710629.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Jun 2016 21:20:54 +0900</pubDate>
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<title>コンセプシャル・フォト・アート</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160613/10/sinichikatou/81/35/j/o0710100013671563428.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160613/10/sinichikatou/81/35/j/t02200310_0710100013671563428.jpg" width="218" height="309"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160613/10/sinichikatou/69/19/j/o0600047213671563427.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160613/10/sinichikatou/69/19/j/t02200173_0600047213671563427.jpg" width="219" height="173"></a><br>こんにちは、写真家の加藤慎一です。</p><br><p>　仕事をする時、「この企画のコンセプトは・・・・・」とか「それでコンセプトは何？・・・」</p><p>なんていうセリフを耳にしますが、コンセプトってそんなに大事なことなんだろうか？</p><br><p>コンセプト(Concept)って日本語では”概念”という意味ということですが、</p><p>アートの世界では創造された作品や商品の全体に貫かれた、骨格となる発想や観点のことです。</p><p>それがいつの間にか作品の表現力や存在感ではなくて作家の心情や作品の説明になっているような気がします。イジワルな言い方をすると作家や作品の”言い訳”。</p><br><p>古い写真芸術へのアンチテーゼとして</p><p>非芸術性</p><p>非技術性</p><p>非作家主義</p><p>に基づいて作品の中に表現される画像のクオリティではなく写真を使って表現される行為そのものを新しい写真表現としてとらえることには興味あるけど、写真の中に美意識が表現されていないならば、</p><p>それはただ変わったことをする、人が思いつかないことをする、人と違う自分がカッコいい</p><p>という目立ちたいことがしたい一発屋的発想に近い気がします。</p><br><p>８０年代後半から９０年代前半をNYCで過ごした自分にとってはコンセプシャル・フォト・アートはとても身近な存在で、街にはそのような作品があふれていましたが、</p><p>「あえて」このように観る、「あえて」こうしてみた的な作家の押しつけに自分はいつも否定的でした（今も）。</p><br><p>アートの表現はいつも自由で無限の可能性を秘めていますが、創造という形をとるアートの世界では「そこに哲学はあるにか？」「そこにアート的なバックグランドはあるにか？」「そこにメッセージはあるのか」が</p><p>大事なんじゃないのかなぁ～？</p><br><p>アートに言い訳はいらない、一発ギャグもいらない(笑）</p><br><p>※写真はコンセプトと作家性と美意識が上手く融合されたサンディ・スコグランド(さん）の作品。</p><p>　　サンディ(さん）はインスタレーション・アーティストです。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sinichikatou/entry-12170193434.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jun 2016 10:00:16 +0900</pubDate>
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<title>ポートレイト</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、写真家の加藤慎一です。</p><br><p>昔し、昔しポートレイトの授業を受けた時、先生に言われました。</p><br><p>「目を見て、口を見て、手を見て、靴を見て、そして相手と話してから写真を撮りなさい」</p><br><p>「ハイ。それだけ相手を観察するから相手の姿が写真に写るんですね」</p><br><p>と僕は答えました。</p><br><p>すると先生は</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160322/18/sinichikatou/f0/2a/j/o0800059913599100444.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160322/18/sinichikatou/f0/2a/j/t02200165_0800059913599100444.jpg"></a> </p><p><br></p><p>「違うよ、それだけ観察した後には、写真の中に自分の姿が映るのですよ</p><p>人の本当の姿など、簡単には写真で写せません。</p><p>写真が写すのはいつも自分の姿ですよ」</p><br><p>と答えました。</p><br><p>いつも写真は自分を映す鏡なんですね。</p><br><br><p>それ以来ポートレイトを撮るのは、本当はちょっと怖い。</p><p>なぜならそこには本当の自分の姿が映っているから</p><br><p>集中すればするほど、真剣になればなるほど、そこには自分の本当の姿が映ってしまう。</p><br><p>今でもポートレイト撮影が一番好きです。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sinichikatou/entry-12141971157.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Mar 2016 17:54:47 +0900</pubDate>
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<title>Socail Landscape (社会的風景写真）</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、写真家の加藤慎一です。</p><br><p>　近年は「地球にやさしいECOな生活」とか「自然との共存」などと、</p><p>多くの人々が自然や大地に興味を示すようになりましたが、</p><p>それでも自然破壊は中々止まりません。</p><br><p>最近観た旧ソ連のSF映画「惑星ソラリス」('72)の中のセリフで</p><p>「恥の意識がなければ、人類は救えない」</p><p>「それは人類愛を試されているみたいだ」</p><p>というものがありましたが、</p><p>ECOを考える、体現するということは、そういうことなのだなぁ～と感じました。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160316/22/sinichikatou/f5/8c/j/o0800107113594077693.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160316/22/sinichikatou/f5/8c/j/t02200295_0800107113594077693.jpg"></a></p><br><p><br>ということは風景写真(自然を意識した写真）を撮るということは</p><p>「単に美しい風景を撮るということではない」</p><p>と言えるのではないでしょうか？</p><br><p>風景写真を撮るということは</p><p>「人間の生活が自然とどのように関わリあいを持つか」</p><p>を表現する事あり、</p><p>人間と自然との結びつきの中から生まれる総合作用を写真の中に見出す事ではないのでしょうか？</p><br><p>簡単に言うと</p><p>自然の中で人間がなにをしているかを写すということではないでしょうか？</p><br><p>どれだけ人が争っても、地球は外から見れば青いし、</p><p>どれだけ社会が発展しても、大地に吹く風は変わらない</p><p>そんな風の色や匂いが感じれる写真</p><p>それが僕の考える社会的風景写真です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sinichikatou/entry-12139948825.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Mar 2016 22:07:28 +0900</pubDate>
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<title>ガラス乾板写真</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160311/11/sinichikatou/5f/58/j/o0600047913589411288.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160311/11/sinichikatou/5f/58/j/t02200176_0600047913589411288.jpg" width="219" height="175"></a><br></p><p>こんにちは、写真家の加藤慎一です。</p><br><p>最近、以前NYCで購入したガラス版のネガをデジタル化しています。</p><p>少し前にネガカラーの魅力に目覚め、一生懸命デジタル化していましたが、</p><p>さらにガラス板にも挑戦しています。</p><br><p>ガラス板写真とはロールフィルムが発達する以前に</p><p>写真乳剤(光に感光する物質）をガラス板に塗布しガラス乾板を作り、そのガラス乾板に</p><p>イメージ(画像）を映すという写真初期の撮影方法です。</p><br><p>ロールフィルムよりもガラス板は安定しているため撮影時のゆがみはは少なく、</p><p>フィルムよりも安定しているといわれていますが、</p><p>なんせガラスなので割れやすく、保存に難しく、ガラス板にカビが付着したりして</p><p>よい状態で現存するガラス板は多くありません。</p><br><p>しかし僕にとってはこのヒビやカビが好みで、今は無き、失われた時代感も合い交じり、</p><p>心に染みわたる写真ばかりです。</p><br><p>デジタル時代のくっきり、鮮やかな画像はそこには無いけど、</p><p>けだるいけどシャープな写真が存在しているような気がします。</p><p>(そんな雰囲気にノスタルジーを感じているのは僕だけかもしれませんが(笑））</p><br><p>写真って本当自分の心模様を映す鏡だね</p><br><p>ニューオリンズで購入したE.J.ベロックのガラス版の本物の写真を見ながら</p><p>そんなことを思って作業しています。</p>
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<pubDate>Fri, 11 Mar 2016 10:56:13 +0900</pubDate>
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<title>007カジノ・ロアイヤル(1967)</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160305/12/sinichikatou/5e/1d/j/o0500064013584350562.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160305/12/sinichikatou/5e/1d/j/t02200282_0500064013584350562.jpg" width="220" height="281"></a> <br>こんにちは、写真家の加藤慎一です。</p><br><p>久しぶりに、007カジノ・ロアイヤル(1967)を観ました(オースティン　パワーズの元ネタ？）。</p><p>そこには今、僕の撮りたい写真世界が広がっていました。</p><br><p>それは、サイケデリックで、色鮮やかで、時代的で、(セリフ、Musicが）おしゃれで、ファッショナブルで、ウィットで、豪華。</p><br><p>しっかり考え抜かれたストーリーなどなく、結局ドタバタで終結するというA級感は全く感じないけれど、大人の遊び感をまき散らす映画でした。</p><br><p>それがなぜ自分の写真感と一致するかと言うと、</p><br><p>自分は写真一枚、一枚の表現力、存在感を求めて写真を撮っているので</p><p>写真のコンセプトやテーマには全く興味がないからです。</p><br><p>自分にとっては映画と同じように部分、部分</p><p>シーン、シーンの断片が大事なのです。</p><br><p>それに素敵なリズム(映画では音楽）が加わればと考えて写真を撮っています。</p><br><p>よく「この写真のコンセプトは何ですか」とか「写真を撮る時のテーマは何ですか」と聞かれますが、</p><p>そんなにコンセプトって大事？(最初から無いし（笑））</p><br><p>僕はオーケストラには興味がありません、僕の写真はあくまでもバンドです（笑）</p><p>コンセプトよりも一枚、一枚の持つBeatとRhythmが大事です。</p><br><p>PS:　ピーターセラーズがロートレックの物真似するシーンとジャクリーンビゼットの役名がミス・フトモモ(「007 黄金銃を持つ男」のグッドナイトのパロディ？）最高です（笑）</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sinichikatou/entry-12135861377.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Mar 2016 12:08:57 +0900</pubDate>
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<title>フォト ジャーナリズム</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは　写真家の加藤慎一です。</p><br><p>TVやネットのニュースでは毎日芸能界のゴシップや社会の悲惨な事件ばかり報道しているけれど、<br><br>その昔、キャパやブレッソンがカフェでマグナム ボトルを空けて<br>「俺たちが新しい報道の形を作るぞ」<br><br>と意気込んでいた頃のフォトジャーナリズムの根底に流れる平和や幸福に対する希望というヒューマニズムは、今は消え失せてしまったように思える。<br><br>報道の主要伝達手段が写真から動画に変わった今でも、人を悲しませたり、他人をあざ笑う事が報道の最終目的ではないはず。<br><br>そんな昨今、セバスチャン サルガド(さん)の写真は心に染みるなァ～、そして伝わるなァ～。<br>最も昔ながらフォトジャーナリズムの精神を受け継いでいるんじゃぁないかなぁ～。<br><br>彼の映画 「地球へのラブレター」の原タイトル ”The Salt of The Earth(世の中の腐敗を防ぐ社会的に健全な人)”が彼の写真を1番適切に伝えているような気がします。<br><br>さすが、ヴィム ヴェンダース(さん)上手いこと言うね(笑)<br><br>僕も日本写真芸術専門学校に入学しようかなァ(笑)<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160220/16/sinichikatou/ec/5b/j/o0800106613572209785.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160220/16/sinichikatou/ec/5b/j/o0800106613572209785.jpg" width="400"></a> <br></p>
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<pubDate>Sat, 20 Feb 2016 15:38:10 +0900</pubDate>
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<title>モノクロ写真</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、写真家の加藤慎一です。<br><br>どこかARTの匂いがする<br>カラー写真を見慣れているので新鮮<br><br>という理由なのか<br>最近はモノクロ写真が人気だと聞きます。<br>カラー写真を簡単にモノクロ写真に変換できるアプリもたくさんあるみたいで、<br>若い写真愛好家の間でも、その日の気分でモノクロ写真を発表しているみたいですね。<br><br>しかし僕にとってのモノクロ写真はカラー写真を単純にモノクロに変換してノスタルジー感を出したり、写真的なART性を高めたりする行為ではありません。<br>それはカラー写真とは全く別の次元で存在します。<br><br>モノクロ写真とは０の白色と１００の黒色との間に存在する無限のグレーの中に色を見る事です。<br>それは白色と黒色の中に色を想像するという事では無くて、白色と黒色とグレーの中に色を感じるという事です。<br><br>難しくいうと暗い場所に立つ黒い服を着た黒髪の女性の中に確かな色とその場の空気を感じるという事です。<br>モノクロ写真は白と黒というモノトーンでありながら、とても色鮮やかなのです。</p><p><br><br>そんなことを考えながら現像やプリントをしているのは僕だけ？(笑) </p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160215/21/sinichikatou/91/73/j/o0800120013568279782.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160215/21/sinichikatou/91/73/j/o0800120013568279782.jpg" width="400"></a><br></p>
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<pubDate>Mon, 15 Feb 2016 21:15:01 +0900</pubDate>
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<title>ネガフィルムカラー</title>
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<![CDATA[ 写真を撮る人はプロ、アマを問わず発色の特性のためか撮影時に確定する写真の結果に自分の個性を見出すためなのかリバーサルフィルム志向が強い。<br><br>しかし階調の滑らかさとぬるさを考えるとネガフィルムカラーの魅力は僕を惹きつける。<br><br>ラチチュードが広くプリンターの腕により全く異なった印象の写真が仕上がる点も なんかデジタル画像現像に似ている。<br>(それでいてデジタルにはない味があるような気がする)<br><br>ホンマタカシさんや上田義彦さんもネガフィルムカラーが好きと言うことにも納得。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160212/11/sinichikatou/68/cf/j/o0800061513564953955.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160212/11/sinichikatou/68/cf/j/o0800061513564953955.jpg" width="400"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160212/11/sinichikatou/91/a4/j/o0800060013564954618.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160212/11/sinichikatou/91/a4/j/o0800060013564954618.jpg" width="400"></a><br>
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<pubDate>Fri, 12 Feb 2016 11:14:41 +0900</pubDate>
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