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<title>不安タスティック育児～支援学級とかアレルギーとか</title>
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<description>2007年生まれ支援学級に通う息子2010年生まれの娘ずぼらで不器用で面倒くさがりのわたしに舞い降りた数々の課題たちに不安いっぱいだけど、そこから得るものいっぱい不安タスティック！育児日記です</description>
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<title>発達障害の子を持って良かったこと</title>
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<![CDATA[ さっき、自転車で娘を幼稚園まで送った帰り道に<br><br>ふと、息子が発達障害で良かったなぁと思いました<br><br>なぜかというと、今朝のあさイチを見ていて<br>今日のテーマは「哲学のススメ」だったんですが<br>そこで紹介された哲学者の言葉を今までの体験から理解できたからです<br><br>哲学者ヒルテイの言葉<br>「人生には段階がある。しかも価値ある人生は決して平坦ではない」<br><br>これにまず、そりゃそうだ！と頷けて<br><br>わたしも育児は平坦でなはかったけど<br>その分価値ある時間を過ごしたと思えるのです<br>自己満足だとは思いますけど<br>息子を通して、わたしは自分の自己肯定感をすごく上げてもらえてると思います<br><br>やはり、自閉症スペクトラムとか発達障害とか診断がついた息子は<br>それなりに今までたくさん大変さというのはあったし<br>育ててるわたしも不安とか尽き無くて<br>いろいろ苦しい時期もあったんですが<br><br>とにかく、発達障害とか自閉症を勉強することで<br>「いろんなことに気付かせてもらえた」<br>ので<br>「感心と感動をする回数がすっごく多い」<br>のです<br><br>「人生には段階がある。しかも価値ある人生は決して平坦ではない」<br><br>怠け者で根性なしで何も手に職もないわたしが<br>育児に関してだけは<br>周りのお母さんたちに負けないくらい頑張ってきた！<br>たくさん感動してきた！と思える<br>誇りを持てるのです<br><br>それもすべて子供たちに出会えたおかげ<br><br>何も発達障害の子を持たなくても<br>親って育児からみんな成長させてもらうとは思いますが<br><br>発達障害を知ることは人間をより深く知ること<br>考える幅、深みが大きい分、自分が豊かになったように思える<br>そうやって、わたしが自分に自信をつけられたこと<br>こども達には本当に感謝しています<br><br>かくいうわたしも<br>たぶん協調性運動障害<br>極端に運動音痴、手先がすごい不器用<br>それによって自己肯定感低くて<br>今でも臆病だったりします<div><br></div><div>※ここまで書いてずっと下書き保存していました。2015.10.21以来四年ぶりに開いてみて、自分が書いたことなのにすっかり忘れていました。過去の自分がこの先何を言いたかったかは分からないので、このまま公開させていただきます。</div><div><br></div><div><br><br></div>
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<pubDate>Wed, 21 Oct 2015 10:36:16 +0900</pubDate>
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<title>「安心・絆をベースにして、表現・チャレンジ」</title>
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<![CDATA[ 先日、NHKあさイチで<br>常総・鬼怒川氾濫被害から１ヶ月のタイミングで<br>被災者の心のケアについて特集がありました<br><br>そのとき専門家の先生(あとで調べたところ臨床心理士の冨永良樹さん)が、<br>心のケア、回復には<br>『安心・絆をベースにして、表現・チャレンジ』が必要とおっしゃいました<br><br>この言葉を聞いた瞬間<br>これは大切な言葉だと感じてメモをしました<br><br>それはすでにこのステップを、息子が去年から今年にかけて踏んでいたから<br>これは大切なことを言った！と強く感じたのだと思います<br><br>今年の３月頭に息子が４月(２年生)から支援学級に移ると決めました<br>朝、夫から息子に話をし、息子も自分もそうしたいと言い、支援学級に移ることを本人が納得して選んだその日から、<br>それまで日に日に増えていた不安を表す言葉→「緊張する」や不安を取り除こうと無意識に本人が言っている言葉(→わたしに「お母さん大好き」と１日中言いに来る)が減りました<br>前日は、お母さん大好きと１日50回くらい言っていたのですが、突然5回くらいに減ったのです<br><br>安心したのだなとすぐに思いました<br>そして、その安心は、実際に支援学級に入ってから、本当の確信的安心感に変わりました<br>学校が楽しくなったからです<br>先生が自分をわかってくれる、<br>クラスメイトも自分を受け入れてくれる、<br>ちんぷんかんぷんだった勉強も自分にわかりやすい教え方なのでよくわかる、<br>そんなたくさんの安心により、<br>辛かったことを客観的に振り替えることができたようで<br><br>ある日、家で音楽を聴いているときに突然<br>「お母さん、ぼくは去年の夏頃、いつもこの気持ちだった」と言ったのです<br>その時流れていた曲は<br>ある女性シンガーソングライターの曲で<br>弾き語りで「もう泣きたくても泣けない」という歌い出しから始まる曲でした<br><br>その告白は、衝撃でした<br>息子から言われた言葉の中で、これ以上ない衝撃のひとつでした<br><br>島崎智子さんという方のその曲が入ったCDを去年の9月から３ヶ月くらい、毎日のようにかけていました<br>友達が大好きなアーティストで、私の為にたくさんの曲を詰め込んだCDRをくれ聴いたのがきっかけで、<br>息子がわたしよりも先に気にいって、毎日「島崎智子かけて」というので、息子が一年生の２学期に何度も聴いていたのです<br>曲調も歌詞もいろいろで楽しい曲も多いので好きなのかなと思っていました<br><br>あの頃、まさか息子が自分の気持ちを重ねて聴いていたとはつゆも思いませんでした<br><br>もしかしたら、あの頃は重ねてるつもりはなかったのかもしれません<br>ただ辛さの真っ只中でうまくそのように言語化することは出来なかったと思います<br><br>きっと、安心感と絆がしっかりしたことで、辛さが過去のこととして消化され、過去のこととして振り替えることができ、ようやく表現出来たんだと思います<br><br>ずっとこの気持ちだった<br>と言われたとき<br>グサッと胸に刺さり<br>うまく息子に言葉を返せなかったかもしれません<br>なんて応えたのか、覚えていません<br>そうなの！？って思わずいったのかな<br><br>辛かったのは分かっていましたが<br>本当に辛かったんだね苦しかったんだねごめんね という気持ちでわたしは心で泣きました<br><br>息子は、小さいころからネガティブな気持ちを出すのが苦手です<br>ほとんどしてこなかったのです<br>イライラや怒り、不満、そういったものを親のわたしにすらぶつけたことがほとんどない子でした<br><br>カウンセラーさんに聞いたことがあるのですが、負の感情はほかの感情よりも言葉にするのにとえもエネルギーが要るので、言葉が苦手な子にとって、それを言うくらいなら言わない方が楽なので、そういう子はつらいこと悲しいことを閉じ込めてしまいがちだそうです<br><br>まさに息子がそうでした<br>なので、どうにか限界になる前に吐き出して欲しい、といつも思って来ました<br><br>やなことあったら言ってね、とか<br>なんかやなことあった？とか<br>そんな風に声をかけたことも少なからずありました<br>でも、息子が具体的に言えたことはほとんどありませんでした<br><br>そんな息子だからこそ<br>曲の歌詞を用いて、お母さん僕はこういう気持ちだったんだ、と告げてきたときのわたしの衝撃は大きかったです<br><br>♪もう 泣きたくても泣けない<br>あれもこれもそれもダメ<br>手に入らない♪<br><br>つらいですね<br>つらいときは、言ってね<br>お母さんになんでも言ってね<br>なんて言ったとしても<br><br>本当につらいときには人は言えないものなのだ<br>ということです<br>泣きたくても泣けないのです<br>そのときはまず、安らぎを<br>とにかく心身ともに、心が無理なら体だけでも<br>そこからです<br><br>子供であれば、ハグする<br>甘えさせてあげること<br><br>不安でいっぱいな子に向かって<br>不安や心配や嫌なことを吐き出してごらん、なんてダメなんですね<br>それが出来るくらいなら<br>吐き出せるくらないならもっときっと楽なんでしょう<br>吐き出すことも出来ずに平然と見えて<br>なんとか一生懸命周りの期待に応えようと頑張ったり、<br>周りに心配をかけまいと頑張ったりする子がいたら、<br>まずはゆっくり休んで<br>がんばることもお休みして<br>吐き出せてから、チャレンジすることに背中を押す<br>それが大切かなと思います<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sio323/entry-12086130965.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Oct 2015 23:34:32 +0900</pubDate>
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<title>「練習が学芸会です」</title>
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<![CDATA[ 今週土曜日、小学校で二年に一度の学芸会<br>息子にとってはじめての学芸会があります<br>息子の学級では、寿限無の劇をします<br><br>先月、初めて台本を持ち帰り、音読の宿題をやった時、<br>緊張すると言って読めなくて。わたしが、それなら一緒に読もうと<br>声を出す横で「心の中で読んでる」と固まる息子<br>去年、学校の辛さから宿題の音読が緊張すると言って出来なくなったことが<br>頭をよぎりました<br><br>翌日、そのことを担任に話すと、<br>「わかりました！じゃあ台本持ち帰るのやめます、とにかく楽しくやってほしいので」と笑顔で切り返し、<br>「本番は緊張するかもしれないけど、本番はどうでもいいんです、<br>練習をどれだけ楽しむか、練習が学芸会なんです」とおっしゃいました<br><br>そんな心強い先生のもと、みんなで楽しく作り上げていった劇<br>息子が緊張したのは、家での宿題一回だけ<br>学級ではいきいきと身振りのアイデアを出したり、大きな声で、<br>何回やらされてもへこたれることもなくやっているそうです<br><br>私も一度、練習を見せて頂いたのですが、ビシッと決める、そんな集中をさせる指導の中に<br>一人一人に台詞ごとにすかさず「すばらしい」など端的に褒める言葉をかけたり<br>もっと目立っていいよ、などの言葉がけがあり、指導力にはいつもながら感心でした<br><br>先生に、声が聞き取りやすいね、と褒められたことがすごく自信となって<br>堂々と練習に取り組み、<br>自分で先生に「ぼくは発揮力がすごい」と言ったそうです<br>息子が考えた「発揮力」という言葉<br>なんかすごく伝わってきます<br>支援学級に行ってすぐに<br>自分はこんなにいろいろ出来るんだぞと言わんばかりに全て主体的に活動するように変わりました<br>力を発揮し出しました<br><br>ひとりひとりに自分の力を発揮させることに関して、<br>先生は本当にすごいなと、この半年間感じています<br><br>自分の力を100％出せることってすごくうれしいし、<br>充実感があり、それが意欲と繋がっているんだなとわたし自身勉強になりました<br><br>だから、学校がやだな、とか<br>そういうときはきっと自分の本来の力が出せない状況、状態でもあるんだなと<br><br>去年は、普通学級で自分の力を全然出せなくて、<br>出せないでいるのにそれが本人の能力と周りに思われたり、<br>自分もそう思ったりしていたでしょう<br>今は自分らしく、持てる力を出してる毎日、同じ人物か？と<br>思うくらいに学校での姿、家でのメンタル共に違います<br><br>予定表に週の終わりに書く「おうちのかたへ」に<br>「いよいよらいしゅうです！！」<br>との言葉を見たとき<br>練習の充実感や、発揮力が表れていて感激しました<br><br>寿限無では、さぶちゃんという役で常にステージのセンターに立ち<br>寿限無の名前をひとりで言うところもあります<br><br>全14名だけでやる劇なので普通学級の子より、一人ずつの出番も多いです<br>全校生徒に、保護者の方々に<br>息子の学級の発揮力の高さを感じてもらいたい！と思います<br>きっと先生のおかげで本番でも元気にやりとげられる気がしています<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20151019/22/sio323/70/e0/j/o0800106713459322225.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20151019/22/sio323/70/e0/j/t02200293_0800106713459322225.jpg" &nbsp;alt="" width="220" height="293" style="clear:both;float:left;" &nbsp;border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/sio323/entry-12085900342.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Oct 2015 13:33:20 +0900</pubDate>
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<title>支援学級は学校ごとに大違い！</title>
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<![CDATA[ 入学前にＡ区の支援学級とＢ市の支援学級を見学しました<br>二校は180度違う学級でした<br>生徒の長所を伸ばす学級と<br>生徒の問題行動を押さえる学級<br>先生も、<br>明るくユーモアもあり、工夫した教え方をする先生たちと<br>厳しさが先立ち、笑顔の少ない先生たち<br><br>あまりの違いに愕然としました<br><br>支援学級は普通学級よりもはるかに<br>どんな先生が、どんな気持ちで、どんな授業をするか、どんな学級を作るか<br>学校ごとに違うところなのです<br><br>おそらく偶然にも、私は違いの大きい二校を見学したんだと思います<br><br>当然ながら、支援学級をよく見学し、どんなお子さんがいるのか、授業内容、先生の方針を確認することが大切だと思います<br><br>いろいろな学校を確認したからといって、ベストな学校を選択することが出来るとは限りませんが…<br><br>ここからは、自分の記録として<br>流れを詳細に書きます<br>長文です<br><br>□■□■□■□■□■□■□■□■<br><br>息子が入学前、ちょうど２年前の今頃、私達は転勤先の福岡市から東京に戻って来ました<br><br>戻ると同時に手狭になったマンションの住み替えも考え、物件探しをしていました<br>なかなか条件にあう物件がないので行き詰まっていました<br><br>そんな中、引っ越さなければ通うことになる小学校の通学路を息子と歩いてみると、35分以上かかり、大人でも自転車では上がれない急勾配の長い坂もあり、暑さ過敏のある息子は10月の気候ですら、暑い暑いとへたばりました<br>大人の私でも心底きつい坂道を身長も低身長ぎりぎりで、低緊張のふにゃふにゃの身体の息子が重たいランドセルを背負って毎日通うことを想像すると、それが小学校生活への支障を来すことは容易に想像出来ました<br>夫は、体力作りは必要だし慣れれば大丈夫と言いましたが、わたしにはただでさえ小学校生活に不安がある息子にとって、登下校により体力気力を奪われることはどうにか避けなければならない問題と強く思いました<br><br>そのことを姉に話すと、隣の市にある小学校の横に大きなマンションが建っていること、そこの小学校には支援学級もあることを教えてくれ、モデルルームの見学をしようと誘ってくれたのです<br><br>早速モデルルームの見学をしたところ、いろいろな条件が満たされて魅力的であり、主人も翌日連れて見学に行き、なんとそのマンションを買うことになりました<br><br>実際には審査などがあり、契約に至るまでには少し時間があります <br>なので徒歩35分の小学校と、住み替えるマンションの隣の小学校を早急に見比べて、どちらか良い方の小学校に通うことを考えました<br><br>まずはまだその時住んでいたところの(徒歩35分の)小学校へ連絡し、支援学級の見学に行きました<br><br>その公立小学校は、地域で昔からとても評判が良く、土地柄の良さ、私立中学への進学率の高さやＰＴＡの活動が盛んなことなどからわざわざ引っ越ししてまで通わせる人もいる程と聞いていました<br><br>なので、転勤先の福岡から東京に戻ることになった時も、あそこの小学校なら安心と思っていました<br><br>主人が見学のお願いの電話をかけたときも、支援学級の主任の女性教員の方の対応もとてもしっかりしているとのことで期待して見学に行きました<br><br>ところが、その支援学級を主人と朝からお昼まで見学して思ったことは、<br>ここには息子を絶対に通わせたくない<br>という思いでした<br><br>その一番の理由は、先生が怖い！<br>主任の年配の女性教員を筆頭に他に男性教員一人と若い女性教員一人、三人とも表情、口調が怖いのです<br>先生というより、教官、と言った風で<br>スパルタ式の指導なのです<br>生徒への声がけも「違う」とか「ダメ」とかのネガティブな表現を多用<br>低学年の、とっても元気いっぱいの可愛らしい男の子がいたのですが、その元気余っての行動にも全てこの禁止語ばかりの声がけ、さらには個別に別室に連れて行って叱り教室に戻すこともありました<br>音楽の時間は、講師の先生が担当されていましたが、その女性もその子に対して「ダメだって言ったでしょ」などの声がけ<br>児童への困り感をそのまま口にしているようでもあります<br>子供らしく元気いっぱいの男の子、その子のエネルギーがこんな形でおさえつけるしか方法はないのかなと、二年経った今でも彼や、他の子供達のことが心配になります<br><br>私達は初めての支援学級見学で、支援学級とはどんなところか全く知識もありませんでした<br>今思うとそこの支援学級は教員数も少ないです<br>朝の出欠のとき、先生の名前も呼ぶのですが、半数以上の先生が「お休みです」なのです<br>生徒数ははっきり覚えていないのですが、20名くらいいたと思うので<br>教員が三名しかいないというのは少なすぎると思います<br>今息子が通っている支援学級では、児童14名に対して担任3名、介助員4名が常駐しています<br>在籍している先生はたくさんいるけれど、みんな欠席しているという状況はその日だけのことなのかは分かりません<br><br>音楽の授業で、色々な楽器を使って演奏をしたのですが、楽器を手にすると一斉にみんなが音を鳴らし出していました<br>収集がなかなかつかない感じです<br>児童のハンディキャップ、能力の幅もかなり広く見受けられ、秩序を保つことも精一杯な面があるようでしたので、<br>先生が規律を重視しなければならない要因がそこにあるのかもしれません<br><br>見学した中で、一番驚いたのは、休み時間に入る前だったか、入ってからだったかは覚えてないのですが、授業の終わりに、黒板の前の段を使って、踏み台昇降運動をさせられていたことです<br>メトロノームを鳴らし、ストップウォッチを用いて無機質な黒板に向かってひたすら踏み台昇降をするのです<br>数分間だったかと思いますが、それをやらされている児童の表情も暗く、わたしもこれが何になるんだろうと疑問しかありませんでした<br>一定のリズムに合わせて身体を動かす訓練なのか<br>あれを未だに毎日やらされているとしたら、とても気の毒に思います<br><br>見学を終えて、暗たんたる気持ちで主人と二人とも言葉数少なく校門を後にしたことを覚えています<br><br>大袈裟に言うと、隔離された知られざる闇の社会を見たような気持ちでした<br><br>そして、翌日、隣の市に買うことをなったばかり(まだ頭金でおさえている状態)のマンションのすぐ裏にある小学校の見学へ行きました<br>(電話するとすぐ翌日に見学を了承して下さいました)<br><br>すると、教室に入った途端に雰囲気が前日の学級と全然違うのです<br>明るい！という印象です<br>先生の私達を歓迎してくれる対応<br>そこからまず違いました<br>音楽の授業を見たのですが、生徒が先生の話に割って入っても、それに対してプラスな声がけをされました<br>個々の性格、特性を踏まえて<br>マイナスをプラスにするような<br>よく喋る表現力の豊かな子には、そこを潰さないような指導<br>ダメとか違うとかいう禁止ではなく<br>ひとりひとりの良いところをすかさず誉める感じでした<br>また、生徒同時にお互いの良いところを言わせたりもしていました<br>先生の歌声にもやる気を感じました<br><br>２日連続で支援学級を２つ見学して、支援学級が学校ごとに自治体ごとにここまで違うことにはとても驚きました<br>来ている児童も学校ごとに違うのは当然ですが、自治体ごとに、支援学級判定なのか、特別支援学校判定なのか、はたまた通級の判定になるのか、差が大きいのだと思います<br><br>また、支援学級は普通学級のように決められた教科書はありません<br>決められたカリキュラムもありません<br>そこが普通学級との一番大きな違いだと思います<br><br>学校によって本当に様々な科目、カリキュラムを組んでいるようですし、そのなかでさらに生徒ひとりひとりに先生が考えたやり方で学習しているので、どの学校に行くかによって、どの先生にあたるかによって学習進度、内容にも差がつくのではないかと思います<br><br>私達は二つの学級を見て、後者の支援学級の方が断然いいなと思いました<br>そして幸いにも、引っ越しによって後者の学校に入学することになったので本当によかったです<br><br>２年前に私達が痛感したことは、<br>支援学級は学校ごとに大きな違いがある<br>いい学校もあれば、残念なところもある、<br>ということでした<br> <br>
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<link>https://ameblo.jp/sio323/entry-12085970725.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Oct 2015 10:41:56 +0900</pubDate>
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<title>支援学級か普通学級か ② 福岡市と東京</title>
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<![CDATA[ 息子は言葉が遅く、言葉の習得プロセスも定型発達の子とは違っていました<br>生まれたときから力が弱く、ハイハイもせず歩行は１歳半、<br>指差しをなかなかしない、など<br>あらゆる発達が常に周りの平均的な成長とはかけ離れてゆっくりでした<br><br>それでも、4歳手前で自閉症スペクトラムと初めて言われた時は信じがたく、<br>にわかには受け入れることが出来ませんでした<br><br>4歳4ヶ月のとき初めて受けた発達検査で、総じて１歳半の遅れと言われました<br><br>それから入学まで三回受けた発達検査、どれも結果は似ていて、凸凹が激しく、ことばと理解という項目が極端に低い、代わりに図形や積み木などは得意なので平均以上で、IQはいつも80に届かないくらいでした<br><br>一歳半の遅れ、ということを常に意識し、この子はまだ年少さんくらいなのに年長さんに混じって頑張っているんだ等考えて、日常を普通に過ごすだけでも常に大変なんだなと思うようにしてきました<br><br>また息子は、つらいこと、いやなことなどのネガティブなことを言葉や表情で表出することが苦手、ほとんど出来ないという特性があるゆえに、本当の気持ちはどうなんだろう、という目線も持つようにしてきました<br>(楽しいとか嬉しいという表現は人一倍できる、笑い上戸でもあります)<br><br>普通学級に行くか支援学級に行くか<br>いろんな人に意見を求めました<br>特に成長をずっと見てきた幼稚園の先生や、<br>福岡で半年間みてもらった療育の先生などには本当のところを聞きたかったのですが、<br>全員、う～ん…難しいですね、という答えでした<br>それは、そういうものなのかもしれません<br>支援学級がいいです、って言える権利がないと皆さん思われたのかもしれません<br>逆に、◯◯くんなら普通学級で大丈夫です、という言葉を半分期待していたのですが、それが無いということが、答えなのかなと思いました<br><br>福岡での就学相談の結果は、紙一枚が届いただけで、判断の根拠などは書かれていませんでした<br>(問い合わせれば聞けたかもしれませんが)、とにかく福岡市は人口が多く療育機関が圧倒的に足りていない、人員やハード面の不足で全く手が回っていないという現状がありました<br><br>そのことを知ったのは、福岡から東京に転勤で帰ってきて、東京の療育環境を知ったからなのですが<br>児童ひとりひとりに対応する時間も雲泥の差です<br><br>息子は支援学級判定がつくほどの子であるにも関わらず、福岡市では年少と年中では月に一度一時間の療育しか受けられませんでした<br>年長では月に二回一時間ずつ(個別と小集団一回ずつ) です<br>このことをこちらのママたちに話すと目を丸くされます<br>東京のわたしの住む市は、小さな市なので児童数も少ないために出来る、手厚さの違いがあるのかもしれません<br><br>東京では就学相談の結果は個別面談で時間をとって夫婦でじっくり聞きに行きました<br><br>そのときも担当者の方は、息子さんの場合は特に悩みましたが、という前置きをされました<br>でも、「ずっと、やる気を持続させられる方は支援学級だと思います」ということを強調されました<br><br>「勉強は出来なくても、友達と遊ぶのが楽しい、なんて子はいますし、そういう子は案外学校が楽しく通えるものなのですが、…」という言葉もありました<br><br>これは、支援学級に見学に行ったときに支援学級の先生もおっしゃっていたことです<br><br>メンタルの強さというか、<br>コミュニケーション能力の高さというか、<br>それがあれば特に低学年のうちは学力なんて関係ないようなもので過ごせるということです<br><br>でも、息子は同年齢の子とのコミュニケーションが小さい頃から苦手で、優しい面倒みのよい女の子としか関われない(大人のことは大好きで甘える)、同世代の遊びについていけない、ルールの理解が出来なかったり、運動能力がおいついていなかったり、その自信の無さもあって入れない、入れてもらえない、という子ですので、学校生活で友達とのコミュニケーションの心配は学力の心配以上のものがありました<br><br>いじめの対象になるのではないか、という心配もありました<br>わたしは一年生でも、いじめは存在すると思いますし、実際そういう経験をした保護者の方と知り合いです<br><br>社会で生きていくために一番必要な、「言葉」というツールに苦手を抱えて、なおかつ、学生時代に学力よりも優劣が浮き彫りになる運動能力も周りより低い、ネガティブ感情を親にも表現出来ない、となれば、癇癪や多動や多害がなく穏やかな息子ですが、普通学級に入れることは不安でいっぱいでした<br><br>支援学級であれば、傷つかずに、息子のペースで伸ばしてもらえるということは大きなメリットであると分かっていましたが、支援学級では多くの同級生から受ける刺激、それによる成長という大きな恩恵が受けられないのではないかという想いがありました<br>支援学級には同級生には女の子一人しか入学予定がないと知っていたので、<br>同級生がひとりなのか、それとも１００人以上いるのか、では大違いだと考えていました<br><br>また、息子の場合、本人に支援学級と普通学級のことを理解させ選ばせるには、まだ幼すぎるということもあり、親が将来をある程度決めてしまう、支援学級という線路に乗せることへの大きな大きな責任を感じていました<br><br>迷いに迷って、こんなに決められない選択は自分の人生で初めてだなと思いながら、周りに弱音をたくさん吐いて、とくにわたしは仲の良い姉が二人いますので、二人には本当に話を何度も聞いてもらい支えてもらいました<br><br>夫も幸いに育児には熱心な人です<br>しかし、この時期感じていたのは、<br>夫は息子の将来のことを考え、将来のために何が必要か、ということを優先するが、母であるわたしは<br>息子の今の幸せ、日々の困難を少なくしてあげたい、サポートしてあげたいという気持ちが第一であるという大きな二人の違いでした<br><br>強くなるためには、<br>社会で生きていくためには、<br>傷つくことも折り込みずみでやらせるのが本人のため、<br>という考えは厳しい社会で実際に外で働く夫だからこその、最もな意見ではあります<br><br>でも、母性というものは、この子の辛さは自分の辛さであり、守ってあげなければと思って動くのです<br><br>その二つのバランスが大切であり、母だからこそのその視点と母性を変える必要はないなと思います<br><br>でも、この難しい決断で一番背中を押してくれたのは、深くは関わってこなかった福岡時代の息子の同級生のママでした<br><br>そのママは、出産前は特別支援コーディネーターの仕事をしていた方です<br>息子の同級生のお母さんですが、幼稚園で同じクラスになったことがなく、息子のことは詳しくは知らなかったと思います<br>でも、普段のお迎えのときの様子や行事での様子などで息子のことも見てわかっていることは勿論ありましたし、一度だけ息子が療育に通っていることを話たことがありました(そのママが支援コーディネーターをしていたと話てくれたときに、実は息子が療育に通っていて…と打ち明けると驚いていました)<br><br>そのお母さんにメールで意見を聞いたところ、電話をかけてきてくれて、考えを言ってくれました<br><br>それこそが、“普通学級にトライ出来るのは最初で最後だよ”、というものでした<br>躓きはわかった上で、“挑戦する気持ちでの選択”<br>それがとてもこころに響きました<br>「勉強大変になると思うけど、そこで◯◯ちゃん(私)が頑張るの、頑張るのはお母さん、◯◯ちゃんなら頑張れるよ！」<br>その言葉に本当に力をもらったのです<br><br>もうひとつ、支援コーディネーターをしていたからこその助言もありました<br>それは、最初から支援学級に行くと、支援学級への不満がどんどん出てくると思う、ということでした<br><br>いま、実際に普通学級を経て支援学級に行ってみて、その言葉に説得力を感じます<br><br>普通学級でダメだった、<br>普通学級の先生では対応しきれなかった、<br>そういう経験があるので<br>今の支援学級に対してとにかく感謝が強いのです<br>支援学級の体制がどれ程有難いものか、と感じるのです<br><br>実際にうちの支援学級の先生たちが本当に素晴らしく、息子がぐんぐん伸びているからなのですが<br><br>そのママは、「わたしは答えはひとつしかないよ、普通学級に挑戦する、わたしは◯◯くんに対してはそれしかないと思う<br>」<br>そこまで、はっきりと言ってくれました<br><br>そのママの電話は大きなエネルギーになり、私達が普通学級を選択することが出来たと思います<br><br>長い話をいつも聞いてくれる姉やたまに相談したときに考えを言ってくれる弟、幸せを願ってくれる友達などみんなの支えがあり頑張ってこれたことは言うまでもありません<br><br>さて、実際に挑戦してみて何にどう躓いたか、というのはまた改めて書き記したいと思います<br><br>
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<pubDate>Sun, 11 Oct 2015 12:59:52 +0900</pubDate>
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<title>作業療法士 笹田哲先生</title>
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<![CDATA[ 息子の支援学級では、毎年夏休みに、<br>一人30分程ですが、作業療法士の先生に見てもらえます<br><br>作業療法士の先生には、去年初めて通級の中で一度見てもらう機会があり、その先生の洞察力や母親であるわたしへの言葉かけなどの的確さに感動したので、笹田哲先生の指導も楽しみにしていました<br><br>当日何をするか全く分からないまま行きました。特にこちらから事前にお願いしなかったので。(事前に見てもらいたいところを担任を通して伝えることはできます)<br><br>先生は、ドッチボールを使って、投げるから取ってね、とゆるい球を下から投げて取らせることから始めました。<br>それをワンバウンドさせてキャッチ。<br>そして、息子にも投げさせる。<br>はじめは、静かな教室で見ているわたしにも緊張感がありました。<br>先生は、とっても優しい声で、静かな声で指示をします。体育の先生でもない、公園で子供に教えるお父さんでもない、笹田先生は落ち着いたお医者さんのような雰囲気があり、息子は「練習」をさせられている感覚はないまま、言われるとおりに一生懸命やっていました。<br>最初は、ボールを取るのはおっかなびっくり、ワンバウンドさせてから拾っていたのですが、先生が息子の前に来て、ゆっくりとボールを放物線に動かし、キャッチすべき距離のところ(頭より僅かに上)で止めて、それを息子に両手でおさえさせ、ここで取るんだよ、というやり取りを数回すると、次の球からは、自分で手を伸ばして早速キャッチが出来ました。<br>つまり開始わずか5分で、ドッチボールのキャッチが上達したので、思わずわたしは時計をみて時刻を確認しました。<br><br>ボールの投げ方は、初めは頭の上から両手で投げる練習、それがうまくなると、次は利き手の平にボールを乗せて10秒静止する練習をしました。ウェイターがお盆を片手で持つような形です。そして、次はそのまま少し歩かせる。それが出来ると、今度は１、と言いながら、ボールを手に乗せ、２と言いながら反対の手でボールを上からおさえる練習。そして、３と言いながら両手でボールを前方に放り投げる、１２３と言いながらボールを投げることを繰り返しました。<br>すると、その練習前は斜めに跳んでいってたボールも、まっすぐ良いところへ投げられるのです。しかも、先生が指導していない足も、自然に前後に開き、投げるのも体全体を使って出来ているのです。<br>効率のよい体の使い方を自然とやってしまっていることにも驚きました。<br>先生は、その間優しい声で、いいよ、とか、上手だね、とかの声がけをしてくれました。また、見ていた支援学級の先生たちも、途中からいつも通り「ナイスボール」など一球一球声をかけてくれましたので、温かいいつもの雰囲気の中、息子もきっと「僕上手だな」って思えたのではないかと思います。息子は、運動が苦手で一年生のときは体育の授業が一番嫌いでした。嫌いというより、つらいものでした。<br>そんな息子ですが、先生とのキャッチボールを観ていたら「うちの子、センスあるんじゃない？」と思えるのです。<br>こんな風に静かに、短時間で、苦労なく運動が上達したことはかつて無かったと思います。まるで魔法にかけられたようにみるみる出来るようになり、わたしは本当に感心しきりでした。<br>何事も教え方ひとつでこんなに違うんだということは、わたしにとって衝撃でした。<br>一年前、体育の縄跳びでクラスの子にバカにされ、そのことを知った主人が土日に家で特訓。YouTubeなどで縄跳びの跳び方なども探して、一生懸命必死に教えたけれど、うまくいかなくて。息子も親の期待に応えなければと多分やりたくないのに頑張るのだけど、やってもやっても難しい。それで泣いてしまって、その晩息子がうなされたことがありました。<br>そのとき、主人はとっても反省して、頑張らせ過ぎたな、悪かったな、明日は楽しいことだけしような、と息子を抱きしめました。<br>でも、もし作業療法士の笹田先生のように一番的確な教え方が出来たなら、きっといろんな事を息子も自己肯定感を下げずに、もっとスルスルっと習得出来るのかもしれません。<br>出来ない子供に対して、子供を出来るように変えようとするのではなく、教える側にこそ努力が必要なのではないかと思いました。<br>その教え方、その方法、その手順はベストなのか？という試行錯誤。<br>だって、たったの30分でドッチボールがあんなに上手く出来るようになったんだから。それは何もドッチボールだったから、ということではないはずです。<br>作業療法士の先生は、体の上手な使い方を熟知しています。運動神経が良いとされる子はきっと、人に教わらずとも上手に体が使える子、息子は教えてもらえば上手に体が使える子、なのだなと思いました。<br>先生の著書はAmazonでも購入出来るのでわたしも読んで勉強しようと思います。<br>そして、先生のように、静かに優しく言う、それでも十分伝わるということも勉強になりました。<br><br>それにしても、作業療法士の先生にみてもらえる機会が年に一回しかないのは、とても残念です。こんな素晴らしい先生にもっと頻繁にみてもらうことが出来たなら。<br>友達のお子さんは、別の作業療法士の先生の個人レッスンを受けていますが、一回の料金は一万円を超えるそうでとても通うのは現実的ではありません。<br>しかし、今回学んだことは今後の育児に生かしていけることです。<br>体の使い方にしても、勉強にしても、教える側の工夫がまず一番大切ということを忘れないようにしていこうと思います。
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<link>https://ameblo.jp/sio323/entry-12082348606.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Oct 2015 17:05:50 +0900</pubDate>
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<title>支援学級か普通学級か</title>
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<![CDATA[ 来春、小学校に入学するお子さんをお持ちの保護者の方の中には、この選択に悩み、<br>迷っている方もいらっしゃると思います<br><br>わたしも二年前のこの時期、まだまだとても決められる状態ではありませんでした<br><br>私達は息子が年長の10月に、転勤先の福岡市から東京へ戻ってきました<br><br>福岡市で夏休みに受けた就学相談の結果が届いたのは12月、特別支援学級(知的)という判定でした<br><br>東京でも市役所の教育課に足を運び、面談などを受け、１月に同じ判定を頂きました<br><br>支援学級の見学や体験にも行きました<br>息子の小学校の支援学級は、とても素晴らしい学級であることがわかりましたので、いつか支援学級に行くことになってもここなら安心、と思うことが出来ました<br><br>12月の段階で７割、気持ちは支援学級に傾いていました<br><br>しかし、そこからまた２月の期限ギリギリまで悩み、最終的には普通学級での通級利用を選びました<br><br>どちらのメリット、デメリットもわかっていました<br>どちらに決めてもデメリットがある、ということはすごく怖い材料でした<br><br>ですが、最終的に決めた大きな理由は、<br>普通学級にトライ出来るのは最初で最後なんだ、という思いでした<br><br>普通学級に挑戦せずに、ゆくゆく後悔したくない、そして普通学級にいた、という事実が息子の人生に必要なのではと思ったのです<br><br>一度も普通学級を経験しないで来た人生と、経験した人生、この二つには大きな違いがあると(その時はそう)思ったのです<br>また、挑戦したあとで息子が納得して支援学級に移ることになることが、息子にとってより良いように思いました<br><br><br>幼稚園生活でも、周りについていけないことばかりで苦労は目に見えていました<br>心配は尽きません<br>だけど、私達にとって第一子でしたので小学校生活で、いつどんな形で何につまずくのか、という具体的なものが見えていませんでした<br>勉強も友達との関わりもつまずく可能性は多いにわかっていましたが、実際の授業の内容や宿題の内容、分量等、全く知りませんでしたので<br><br>これが上の子がいれば、だいぶ想定できることが増えただろうなと思います<br>その場合、この選択が無茶だということが入学前にわたしにわかっていたかもしれません<br><br>福岡市と東京の二ヵ所から支援学級判定が出たのにも関わらず、普通学級を選択したのは、今思うと、第一子ゆえに小学校生活が未知数だったからかもしれません<br><br>到底無理だ、とわかりきっていたら、私達は支援学級を選んでいたと思うのです<br><br>息子は発達障害と4歳で診断されましたが、IQもグレーゾーン、<br>おとなしい性格で、問題行動などはありませんでした<br><br><br>結局、一年間普通学級にトライし、様々な困難がありました<br>そして、二年生からは支援学級に移りました<br><br>ざっくりと書いてしまいましたが<br>またおいおいそのいきさつも残したいと思います<br><br>普通学級にトライしたことで得たメリットは、同級生に名前を覚えてもらえたこと、存在を知ってもらえたこと、<br>もうひとつは、<br>親子共に限界を感じられたこと<br>です<br><br>やってみて初めてわかった、「やっぱりダメだった」という事実が<br>この一年間で得た大きな収穫なのです<br><br>特に、算数、音楽のピアニカ演奏<br>、体育の縄跳びや鉄棒など、ついていけませんでしたし、もっと基礎的な生活面も思っている以上にできませんでした<br>個別指示ならわかることも、クラス32人に先生一人という環境の全体指示だと分からない、ということも浮き彫りになりました<br><br>途中からは、算数の授業はほとんど無の時間、先生の個別指示がなければ何もやらないような状態になりましたし、そういうハテナばかりの状況で、学習意欲は日に日に落ち、自己肯定感も下がってしまいました<br><br>最初から、支援学級にいたら、そのなかでは本人のペースでできることを積み重ねてもらえるので、私達保護者は、あれ？もしかして普通学級でもある程度ついていけるのでは？と思ったのかもしれまん<br>特に情緒面が安定しているタイプの息子の場合は、そう思えた可能性が高いです<br><br>なので、実際に定型発達の子の中で<br>どれくらい差があるのか、<br>どんなことがどれくらい出来ないのか、<br>それがくっきりとしたことで<br>幼稚園時代には具体化できなかった息子の不得意なことが掴め、納得して支援学級に二年生から進めたのです<br><br><br>ただし、息子にとっては本当に本当につらい一年間でした<br>６月から学校はつらくなり、秋には鬱のような症状も出てきました<br><br>ですので、判定を蹴っての選択が、本当にベストなものだったのかはわかりません<br><br>でも、悩んで悩んで決めた選択、<br>悩み抜いた上での難しい決断だったのですから、悔いてはいません<br><br>普通学級に決める入学前も、<br>二年生で支援学級に移るときも、<br>こんなに悩む事があるのだろうか、と思うほど悩みました<br><br>子供の幸せと子供の将来と<br><br>そのときに、わたしはインターネットで見ず知らずの保護者の方の経験談などを読みあさりました<br><br>わたしのblogも、自分への記録と共に<br>誰かの目にとまり、ひとつの参考になれば幸いです<br><br>これから、今までを振り返ったり、そのとき思ったことを書いたりしていこうと思います<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sio323/entry-12081887512.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Oct 2015 16:31:55 +0900</pubDate>
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