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<title>鮭のブログ</title>
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<title>詰将棋で鍛えられないもの</title>
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<![CDATA[ <p>詰将棋は王手の連続をするという制約がある。</p><p>しかし、実戦では王手をしない寄せの手というのがよく出てくる。</p><p>「玉は包むように寄せよ」ともいうが、玉を寄せる手段は王手だけではない。</p><br><p>また、終盤における勝ちの決め方は、寄せだけでもない。</p><p>攻めを切らす、入玉する、などもある。</p><p>これらの要素を関連させながら、勝ちを得ることも多い。</p><p>たとえば、寄せを見せて、相手の攻撃を誘い、それを受けきる過程で</p><p>駒を補充し、それでもって相手玉を寄せきる、というようなのである。</p><br><p>そういう終盤の呼吸、あるいは読みは、詰将棋によって直接的に鍛えられるとは</p><p>いえないように思う。</p><br><p>なにが言いたいかというと、詰将棋が苦手な人でも、それをカバーする技術的要素は</p><p>いろいろある、という事。</p><br><p>例えていえば、森の中でライフルを持った二人が決闘するようなものである。</p><p>１００メートル先の的を正確に撃てる人間は、５０メートル先の的しか当てられない人間より、</p><p>有利なのは間違いない。</p><p>しかし、弾を当てるには、お互いのあいだに障害物がないことが条件である。</p><p>つまり、「詰みがあるときしか詰ませられない」のである。</p><p>したがって、詰む詰まないの前の段階で頑張ればいいのである。</p><p>その上で、自分の射撃の正確性を、５０メートルから、５５、６０と、伸ばすよう</p><p>日々努力すればよいのだと思う。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12189410600.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Aug 2016 18:26:23 +0900</pubDate>
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<title>詰め将棋の解き方あれこれ</title>
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<![CDATA[ <p>詰め将棋を解くことの効用は主に二つあると思う。すなわち、</p><br><p>➀詰ませられる玉を詰ます力を養う。</p><p>➁読みの力一般を鍛える。</p><br><p>これらである。</p><br><p>自分の場合、詰将棋が大好きというわけではないが、強くなりたいので、</p><p>一時期熱心に取り組んだ。ただし、あまり難解な問題はせず、</p><p>成美堂からでている白い文庫本みたいなものをもっぱら解いた。</p><p>それは５手～９手くらいが中心の問題集で、一番長いので１９手くらい。</p><br><p>詰め将棋は、たとえ手数が長くてもさほど難しくない場合がある。</p><p>９手詰などでも、終わりの数手はよくある手続き的な手順の場合がある。</p><p>逆に、５手以下の問題でも、やけに解きにくいものがある。</p><br><p>どちらかといえば、長くてもさほど難しくない問題を解くのが、実戦のために</p><p>即効力があり、かつ基礎体力的にも鍛えてくれるように思う。</p><p>しかし、折々は難しい問題にも取り組めば、長い目でみて力になるはず。</p><p>また難しい問題は制限時間をもうけて、解けなければ解答を読み、じっくり味わうという</p><p>やり方もある。これは羽生さんが推奨していたと記憶する。</p><br><p>解き方はいろいろ工夫ができると思う。</p><br><p>➀やさしい問題を本をめくりながらどんどん解く。詰みの感覚を磨く。</p><p>➁本で解くが、枝葉をきっちり読み切る。</p><p>➂盤にならべて、駒を動かさずに読み切る。</p><p>➃盤にならべて、駒を動かしながら解く。</p><p>➄問題を記憶して、目をつぶって解く。</p><br><p>最後の、問題を記憶するというやり方だが、盤の映像がないほうが</p><p>正解にすばやく達することがあるような気がする。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12189401549.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Aug 2016 17:33:27 +0900</pubDate>
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<title>詰み以外の目標</title>
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<![CDATA[ <p>将棋のゲームとしての目標は、もちろん相手の玉を詰ますこと。</p><br><p>しかし、詰みという状態が一気に訪れることは滅多にない。「滅多にない」というのは、相手のポカによって、たまに一気に詰みになることがあるからである。そういうラッキーなことが起きるのは、将棋というゲームの魅力の一つではあるけれど、ラッキーを期待する気持ちは読みを乱すものになる。我々はすべからく、「互角→指せる→やや有利→有利→優勢・・・」という風に、着実に局面を変えてゆくことを心掛けるべきである。</p><br><p>ところで、その為の勉強法として自分がよいと思うのは、やはり棋譜ならべなのである。</p><p>そして、棋譜を眺めながら、形勢が変化してゆく様子を楽しむのがいいと思う。</p><br><p>柔道でいえば、一本で投げるシーンは面白いのだが、技ありや有効をとる投げも見ていて面白いものである。そこには技術と力が拮抗したうえで、なおかつ技が何かしらの結果を生んでいる。そこにはドラマがある。</p><br><p>たとえば将棋でも、うまく大ゴマをさばいたり、歩を捨ててカナ駒を何とか殺したり、コマを埋めて相手の攻めを後らしたり・・といったいろいろな技があるが、それらの技をそれ自体として楽しむ、という心の持ち方があると思う。</p><br><p>そういう姿勢は、絶対に正しいとは言えないかもしれない。が、私の場合、最後の勝ち負けを考えるしんどさからのがれて、将棋そのものを楽しみたいという気持から、上に述べたような考えで勉強してきたように思う。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160807/00/sirokuma-shake/8c/4d/g/o0225027513716813313.gif"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160807/00/sirokuma-shake/8c/4d/g/t02200269_0225027513716813313.gif"></a><br><br>抽象的な物言いばかりで申し訳ないので、一例をあげる。上の図は、王位戦での渡辺明対中原誠の試合。二人はかなりの年齢差があるが、この対局では後手の中原さんが完勝した。図はすでに後手優勢であるが、ここから５２馬、同金、同飛成、６１歩とすすむ。先手は攻め駒がすくなく、５２馬は非常手段という感じ。最後の６１歩は、これを打つ事で先手の攻めを完全に断ち切っている手で、鮮やかというのではないが、とてもしっかりして味わい深い手である。というのも、６３の地点は後手の銀二枚が利いているので金を打ちこんでも有効ではなく、先手としては６２金と打つ筋しかないのであるが、その唯一の筋を６１歩は消しているからである。</p><p>　ところで、この６１歩はプロレベルの手なのだろうか。そうは言えない。この状況に至れば、アマチュアでも打つ歩である。後手中原の技量は、この局面を作り上げる過程においてすでに発揮されているのである。しかし、その過程の一部であるところの６１歩は、アマチュアレベルの手とも呼べない。やはりそれは、高度な手なのである。けれど、その高度な手は、棋譜をみることでアマチュアにも理解できる。そして、将棋において「理解する」ということは「思考の中で自分自身が指してみる」ということである。</p><p>　ここがスポーツと将棋が違う点である。スポーツは見て理解してもプレーにはすぐに結びつかないが、将棋では見て理解すればそれと同じ水準のプレーをすることがすぐ可能である。もちろん、理解ということにはいろんなレベルがあり、プロの棋譜を解説付きでならべて一通り理解しても、プロレベルの将棋が指せるわけではない。しかし、アマチュアにとってプロの棋譜は、おのれの技量を力強く引き上げてくれる存在だと思う。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12187977493.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Aug 2016 23:46:42 +0900</pubDate>
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<title>将棋の格言について</title>
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<![CDATA[ <p>将棋の格言は、手筋を分かりやすく教えてくれる。</p><p>「金底の歩、岩より固し」という格言が頭に浮かぶことによって、金の下にまず歩をうってしっかり守ろうという発想がすぐに思い浮かぶ。</p><br><p>ところで、手筋の中には格言になってないもののほうが圧倒的に多い。</p><p>私が「これは格言になってると便利かも」と思うものを少し書いてみると・・・</p><br><p>・玉の前の垂れ歩、カナ駒一枚以上の価値あり。</p><br><p>・飛車の横利き、金と同じ守備力あり。</p><br><p>・竜（馬）単騎の攻め、弾き返すべし。</p><br><p>・下段の歩で竜筋を変えよ。</p><br><p>・位を取られたら、少し引け。</p><br><p>・棒銀の威力、過信すべからず。</p><br><p>・並んだ銀二枚、自由自在。</p><br><p>・自陣三段目の桂打ち、攻めの拠点なり。</p><br><p>・桂香を拾われる間にひと仕事。</p><br><p>・金の攻め、遅いが重いパンチ。</p><br><p>・銀抜きの軽い攻め、火の手を二つ以上上げよ。</p><br><p>まだ出てきそうだが、長くなるのでやめる。ともかく、格言にしてもいいような出来事は盤上でたくさんあるのである。それらが頭に残っていると、応用できて便利である。パターンを思い浮かべることで、読みに方向性がでる、といったらいいか。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12187960052.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Aug 2016 23:24:12 +0900</pubDate>
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<title>手筋との距離感</title>
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<![CDATA[ <p>将棋には手筋と呼ばれるものがある。</p><br><p>手筋とは何だろうか。</p><p>それは、「こういう状況には、大体こういう手がいい」というような経験則ではないかと思う。</p><br><p>手筋を覚えるには、いい面とわるい面、両方あると思う。</p><p>悪い面は、手筋に頼って考えない危険があるということ。</p><p>良い面は、現実にいい手を指す確率が高くなること。</p><p>この二つがあることを承知した上で、手筋の良い面を引き出していけばいい。</p><p>手筋を知らずに、すべて自力で考えてゆくのは、立派ではあるが、苦しい道である。</p><p>手筋にもとづいてまず考え、現実の局面に合わせて手筋を修正して指す、というやり方がいをいように思う。</p><br><p>さて、手筋を知るにはどうしたらいいか。</p><p>手筋専用の本を読むのは有効である。自分はむかし、二上達也氏による成美堂の手筋本を読み、将棋にさまざまな面白い技があることに目を開かれた。相撲の四十八手を実演してもらっているような楽しさがあった。</p><br><p>本以外には、棋譜ならべで知るという方法がある。</p><p>棋譜でみる手筋は、本のようには綺麗に決まらない。</p><p>しかし、現実に使用されている手筋を見るわけなので、手筋を使うときの状況が分かる利点がある。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12187953579.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Aug 2016 22:46:20 +0900</pubDate>
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<title>棋譜並べあれこれ</title>
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<![CDATA[ <p>自分がこれまでやった将棋の勉強について、思い出すまま書いてみようと思う。</p><p>将棋を趣味にしている人に少しでも参考になる部分があれば嬉しい。</p><br><p>将棋の勉強法には、実戦、詰将棋、棋譜並べなどがある。</p><p>この中で、自分が一番好きで、かつ取り組んだのは棋譜並べ。</p><br><p>棋譜ならべの仕方もいろいろあるように思う。</p><p>いましばらく、思いつく棋譜ならべの種類を挙げてみる。</p><br><p>➀ざっと並べる。</p><br><p>これは、あまり深く意味を考えず、戦いの雰囲気を味わう並べ方である。パソコンや携帯の画面上で棋譜を再生するときには、この並べ方が楽である。</p><br><p>➁棋譜を区切る。</p><br><p>盤駒を使って検討するとき、一局全部を一度に検討するのは大変。なので、ひとつの棋譜を適当なところで区切る。「序盤、中盤、終盤」の三つより、もうちょっと細かく区切ってみたほうがいい。自分の好み・判断で「ここが一段落だな」と区切る。すると、ある区切りの中を検討したことが、一つの達成感をもたらすように思う。忙しくて全体を研究できなくても、一部分だけ取り組んでも「先に進んだ」という感じがする。</p><br><p>➂検討内容を書き込む。</p><br><p>棋譜の研究は、詰将棋とちがって、答えを見ることが出来ない。はっきりした結論が出る時もあれば、出ないときもある。この曖昧な状態がストレスにならないためには、自分の考えを符合で書き込む（本ならその本に）というやり方があると思う。何を自分が考えたか、あとで確認することもできる。</p><p>符合の書き方は略字を使うと楽。一例は、</p><br><p>歩　…　ヽ（点）<br>　　香　…　禾<br>　　桂　…　土<br>　　銀　…　ヨ<br>　　金　…　へ<br>　　角　…　ク<br>　　飛　…　ヒ<br>　　玉　…　○<br>　　馬　…　マ<br>　　竜　…　立<br>　　成　…　ナ<br>　　同　…　－（横棒）<br>　　右、上など…　←、↑（矢印）<br>（　<a href="http://hgdshougi.web.fc2.com/kifutori.htm">http://hgdshougi.web.fc2.com/kifutori.htm</a>　より引用）</p><br><p>これに加えて、自分が思う優劣の判断を書く文字も作っておくといいかも。</p><br><p>➃好きな棋士をもつ。</p><br><p>特定の棋士の棋譜をたくさん並べることで、その棋士がどういうことを考えているか分かるときがある。一つの棋譜だけでは分からないことが、別の棋譜をみて少し分かってくるのである。また、分かる分からないは別として、その棋士の癖がこちらに移るように思う。</p><br><p>➄分かる部分を大切に並べる。</p><br><p>棋譜ならべをするとき、どうしても「分からない」部分に気を取られる。しかし、「分かる」部分も丁寧に味わって並べるべきである。たとえば、終盤で簡単な五手詰めで棋譜が終わったとする。その五手詰めは、たしかに詰将棋としては簡単である。しかし、実戦の緊張と疲労のなかで、果たして自分がそれを指せるかどうか。しかも実戦ではだれもそれが「詰む」とは教えてくれないのだ。実戦を多少でも想像しながら並べると、棋譜は見え方が違ってきて、味わい方も深くなるのではないかと思う。</p><br><p>（つづく！？）</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12187679241.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Aug 2016 23:45:21 +0900</pubDate>
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<title>将棋　形勢判断　その３</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160729/23/sirokuma-shake/a6/11/g/o0225027513709899470.gif"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160729/23/sirokuma-shake/a6/11/g/t02200269_0225027513709899470.gif"></a><br>　以下、駒の妖精たちとの会話を思い出して記す。</p><br><p>（私）コマの精の方々に対局を願うなど、たいへんなご無礼をしました。どうぞお許しください。</p><p>（玉の精）ちっとも構いません。貴方の様な将棋好きの方と指すのは、私たちにとっても楽しい事ですから。</p><p>（飛の精）ずいぶん将棋がお好きなんですね。</p><p>（私）好きなんですが、一向に強くならなくて。</p><p>（角の精）いい手はいっぱい指してましたよ。でも私の威力がいまいちわかってないようね。</p><p>（私）すみません。</p><p>（金の精）一級はありますわ。</p><p>（銀の精）一級だなんて。初段はありますよ。</p><p>（桂の精）三段の手もあれば、三級の手もありましたわ。</p><p>（私）なるほど。</p><p>（香の精）ひと通りのことはご存じなのです。だけど・・・。</p><p>（歩の精）何かひとつ壁を乗り越えかけていて、もがいている感じがします。</p><p>（私）そうなんです。どうしたらもっと強くなれるでしょうか。</p><p>（銀の精）強くなりたいんですか？</p><p>（飛の精）将棋は強いから偉いというものではありませんよ。楽しんで指せればそれでいいではありませんか。</p><p>（角の精）でもねえ、お姉さま。何か物事に取り組むとき、上達を願うのは自然な感情ではないでしょうか。</p><p>（桂の精）上達は少しずつでもしたいですよね。</p><p>（金の精）そして上達の嬉しさは、勝つ嬉しさと、ちょっと別ですよね。もちろん勝つ事で上達は確認されるけど。</p><p>（玉の精）では貴方、ちょっとだけここで修行していきますか？</p><p>（私）はい、ぜひお願いしたします。</p><p>（玉の精）それじゃあ、この局面をご覧なさい。形勢をどうみますか？</p><br><p>つづく</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12185443421.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Jul 2016 23:23:53 +0900</pubDate>
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<title>将棋　形勢判断　その２</title>
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<![CDATA[ <p>　私は、茣蓙のうえに足つきの将棋盤があるのに気づいた。それは、我々に馴染みの木製の盤ではなく、翡翠でできていた。駒は磁器であった。私は、この少女らはどういう身分なのだろうと不思議に思いながらも、ここは一つ自分の将棋の腕をみせて、彼女たちから尊敬のまなざしを浴びようと考えた。それで一局お手合わせを願い、八人のうちの一人と指したところ、完敗を喫した。</p><p>（こんなはずはない。）</p><p>そう思い、別の少女に再戦を申し込んだが、これもぼろ負け。恥ずかしさと無念さに、たぶん顔を赤くしながら、私はとうとう八人全員と戦い、一勝もできなかった。しかも、一度負けるごとに駒を落としていったので、最後は裸玉の相手に敗北したのであった。</p><p>　当時、わたしはアマチュア初段ほどの実力だったから、プロ棋士相手ですらそんあ手合いで負けることはありえないのだった。</p><p>　私はやっと、少女たちがふつうの人間ではないと気づいた。私は平伏して失礼を詫びつつ、彼女達が何者であるかを訊ねた。そして、八人が、将棋の八種類の駒それぞれの精であることを知った。</p><p>（つづく）</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12183698864.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Jul 2016 14:06:52 +0900</pubDate>
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<title>将棋　形勢判断　その１</title>
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<![CDATA[ <p>　もう十年以上まえのこと。</p><p>　ある初夏の日曜日、わたしは独り街はずれの林を歩いていた。空は美しく晴れ、気持ちのいい風が草木を揺らしていた。</p><p>　ふと、遠くで話声がするのに気づいた。声の方向に進んでゆくと、野原にでた。そこに八人の少女たちが、茣蓙の上で笑いさざめいているのを私は発見した。少女たちは、風変りな形の美しい着物をきていた。そして、何か調理をしているようだった。</p><p>　少女の一人がわたしをみて、「あの人に味見させましょうよ」と呟いた。</p><p>「そこのお方。こちらに来て、私たちの作った料理を召し上がって下さいな」</p><p>と一番背の高い子が、わたしに声をかけた。</p><p>　逃げ出したい気持ちだったが、さりとて招待を断るのもみっともないと思い、茣蓙に上がって饗応を受けた。それは山菜と鳥を使った煮物で、たいそう美味かった。</p><p>（つづく）</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12183690214.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Jul 2016 12:59:53 +0900</pubDate>
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<title>将棋　寄せの勉強　その５</title>
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<![CDATA[ <p>　ちなみに、前の記事で書いた３６角の変化は、盤駒がないのと面倒なのできちんと調べてないが、詰まないような気がする。しかし、各自検討されたい。そして、詰まないなら詰まないで、どの程度きわどい「詰まなさ」なのか、どういう条件が加われば詰む形なのかを眺めてほしい。</p><br><p>　さて、今回取り上げた棋譜の終盤は、詰将棋的にみれば易しいものである。いわゆる「並べ詰み」だろう。しかし、われわれアマチュアには難しいポイントがあり、したがって勉強の題材になる。投了図が分かりやすい場合、そこを足場として、さかのぼって調べてゆくのは有効な勉強法の一つだと思う。</p><br><p>　最後に検討のさいの心構えについて少し書きたい。</p><p>　詰将棋は、解けたらハイ次！という感じで行く場合がある。それはそれで有効な訓練である。５手詰めハンドブックみたいな本を勢いよく解くことで、読みの速度や筋の良さなどが鍛えられると思う。これに対し、棋譜ならべはゆっくり緻密に読むのに向いている。自分の力の範囲で緻密に検討することで、読みに厚みのごときものが出てくる。詰将棋はヒントがいろいろあるから、案外枝葉を読まずにすますことがあるが、棋譜の検討は自分の興味と必要に従って調べるわけだから、徹底しやすい。</p><p>　そして、駒を動かしていろいろ分かったら、それを頭の中と目の前の一局面だけで、読み直してみる。クリアに読めるか試すのである。これは疲れる訓練法だが、その分効果がある。</p><p>　というより、「強くなる」ということは「読める」ということであって、「読める」ようになるためには「正しく読んでみようと練習する」ことが必要である。</p><p>　「正しく」のほかに「速く」も重要である。しかし、最初から速さを優先すべきではない。正しく読める結果、それを速くも読めるのである。</p><p>　たとえば、英語で本を読む場合、個々の単語の意味や構文がどうなっているかを理解せずに速く読むことは、あまり意味がない。</p><p>　料理も、美味しく作れるひとが、手早くも作れるのである。</p><p>　しかし同時に、緻密な検討をするさいにも、実戦ではどう局面が見えるかを想像すべきだと思う。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sirokuma-shake/entry-12181331586.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jul 2016 04:03:24 +0900</pubDate>
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