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<title>◆おさかな日記◆</title>
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<description>魚の話はしません。</description>
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<title>2013/11/02</title>
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<![CDATA[ 「好き」の対義語は「嫌い」ではなく「無関心」<br><br><br><br><br><br><br>無関心であるということは、興味が無いというだけでなく、そのことについて考える時間や心のスペースを持ち合わせない選択を自らしている、若しくはもはやその対象の存在を忘れてしまっているということ<br><br><br><br>嫌いという感情は、その対象について意識しているから発生する。<br><br>意識している時点で関心はある。<br><br><br><br>だが無関心は、意識することを選択しない。そこに感情は無い。<br><br><br><br><br><br>好きだ嫌いだと言っているうちはまだ序の口で、「どうでもいい」に変わったときが本当にお別れなのでしょうなぁ<br><br><br>とふと思いました。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 02 Nov 2013 03:28:00 +0900</pubDate>
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<title>わかっちゃいるけど</title>
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<![CDATA[ 誰かに助けて欲しいとか<br>何かに救われたいとか<br><br>誰かにあれをして欲しいとか<br>あの時ああして欲しかったのにとか<br><br><br>自分が自分であること、自分をやってるのは自分だということを忘れてしまうと、どうしようもなくしょうもないことで落ち込んだりする。何もかもから逃げたくなる。<br><br><br><br>立ち向かえと言われたいわけではない<br>励まして欲しいわけでもない<br><br>結局誰かに何かを求めているようで、それが何かわからない。<br><br><br><br>やっぱり自分でどうにかしたいのだ。<br><br><br>
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<pubDate>Sat, 26 Oct 2013 03:26:00 +0900</pubDate>
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<title>今日思ったことメモ</title>
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<![CDATA[ ・素敵だなと思った歌<br><br><br>春は花 夏ほととぎす 秋は月<br>冬雪冴えて 涼しかりけり<br><br><br>道元<br><br><br><br>四季それぞれに比べようのないすばらしさがあるということ。<br><br><br>あるがまま、当たり前のことを受け入れること。<br><br><br><br><br><br><br>・「いい人」ということば<br><br><br>「あの人はいい人だね」と言う時、たいていその本質は「あの人は自分にとって都合の良い人だ」と言っている。<br><br>「接していて気持ちの良い人だ」、「本当に心が善い人だ」という意味で使いたい。<br><br><br><br><br><br><br>・所作は心の鏡<br><br><br>行動や仕草が乱れ、他人を不愉快にするような人は、心が乱れていると考えて間違いない。<br><br><br>澄み切った心で余裕を持った人というのは決してそんなことはしない。<br><br><br><br><br>心は見えないが、所作を通してその有り様は見える。<br><br><br><br><br><br><br><br>今日も1日ありがとうございました。
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<pubDate>Sun, 25 Aug 2013 02:09:00 +0900</pubDate>
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<title>いきどおり！</title>
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<![CDATA[ 濡れ衣を 干さんともせず 子供らの なすがまにまに 果てし君かな<br><br><br><br><br>勝海舟が西郷隆盛さんのことを詠んだ歌です。<br><br><br><br>濡れ衣を干そうともしない。<br><br><br>名誉もお金も地位もいらない。どこまでも無欲で、私心というものが一切無く、常人には考えも及ばない卓越した人間力があった西郷さん。<br><br><br><br>天を敬し人を愛する「敬天愛人」という言葉はまさに西郷さんの生き方にピッタリです。<br><br><br><br><br><br>最近、西郷さんが生前語っていたことをまとめた「南洲翁遺訓」についての本を読みました。<br><br><br>西郷さんは自分に執着するということが一番よくないことだと考えていた人で、著書や写真は何一つありませんが、西郷さんの生き方、人間性に惚れ込んだ人たちが、西南戦争で逆賊として死んだ西郷さんについての本をどうしても後世に伝えなければと、明治政府から邪魔をされながらも生前西郷さんと交流のあった人たちを訪ね歩き、その言葉をまとめ、全国に歩いて配布してくれたおかげで、西郷さんの<br>言葉を今我々は知ることができています。<br><br><br><br><br>自分の思い、考えを伝えたい、知って欲しい、だから何か形に残るものに託すということは、とても大変な作業であり、尊い行為だと思います。<br><br><br>しかし本当にそれが後々の世まで伝わるかというと、それは一握りにすぎません。<br><br><br><br>西郷さんの場合は、そんなことは何一つ望んでいなかったけれど、その偉大な生き方をどうしても今の世の人たちだけでなく、後に生きる人たちにまで知って欲しい、残さなければならないと、西郷さんの生き方に惚れ込んで、周りの人たちがそれを成し遂げています。<br><br><br><br>本物の偉人は、自分から自分を売り込まなくても、周りの人が十分それを認めてくれるものなのです。<br><br>その人が生きている間は認められなくても、その行いが正しく、人の心を打つものであれば、自然と後世に伝わり評価されるものなのです。<br><br><br>それを西郷さんは教えてくれます。<br><br><br><br><br>南洲翁遺訓には、本当に心が軽くなる言葉や、生きるヒントがたくさん詰め込まれています。<br><br><br><br><br><br>そうして西郷さんの生き方に感動し、もっともっと歴史を知りたいと思って、とある日本史の問題を解いていたところ、わたしは見過ごせない記述を発見しました。<br><br><br><br>今まで何度もその記述は目にしてきたし、生徒たちにもそうやって教えてきました。<br><br><br><br><br>征韓論についてです。<br><br><br>西郷さんが、国内の士族の不満をそらすために、朝鮮を武力をもって征服する、という主張をした親玉だという記述です。<br><br><br><br>これは史実に反します。西郷さんが征韓論を逆に防ごうとしていたということは明らかなのだそうです。<br><br><br>そのように解釈された経緯はここに書くとかなりの量になるので省略しますが、とにかく西郷さんが征韓論者のトップだというのは大きな間違いなのです。<br><br><br><br>これが正解だと生徒に教えなければならないのかと思うと、私のやっていることはなんなんだ、ただ便宜を図ることだけで作られた嘘を、無知な若者に教え、本当に知るべき事実をうやむやにしても大学に合格することがそんなに大事なことなのか、なんとも言い難いもやもやした気持ちが渦巻きました。<br><br><br><br><br>大学受験のための勉強というのは、勉強というもののあるひとつの形でしかないのに、今の世の中はそれが全てで、その勉強をしていない人たちは皆無知で勉強不足だという風潮があるように思います。<br><br><br><br>勉強というものは本当はもっと幅広く自由で、特別なことをしなくとも日々何かを学んで人は生きています。<br><br><br>それをその勉強をしていた、していないという価値観で判断される世の中は、なんと狭く器の小さいちっぽけなものか。<br><br><br><br><br><br>この問題にぶつかった今、今後の私の生き方がなんとなくわかったような気がします。<br><br><br><br><br>何事も、多方面から見るということは大切で、その判断ひとつで大きく道を間違えてしまうものです。<br><br><br>私はやはり本当に残すべきもの、伝えるべき日本の歴史を、小難しいことぬきにたくさんの人たちと語り合いたいのです。<br><br><br><br>そんな場を作れる人になりたいです。<br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 21 Aug 2013 17:35:00 +0900</pubDate>
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<title>恥じて後発つ</title>
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<![CDATA[ とある本を昨日買いました。<br><br><br><br><br>そこには今の私が欲しかった言葉や新しい発見が宝の山のように溢れていました。<br><br><br><br>私はなんと愚かな人間なのか、、改めて恥じ入りました。<br><br><br><br>浅はかな知識でものを知っているかのように言うことの恥ずかしさ、愚かしさが身にしみました。<br><br><br><br><br>私にはまだまだこれから知りたいこと、知らなければならないことが山のようにあると思うと、とてもワクワクします。<br><br><br><br>あぁ、、気づけてよかった。<br><br><br><br>本との出会いも間違いなく縁だと思います。<br><br><br><br>ありがたい。<br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 30 Jul 2013 14:25:00 +0900</pubDate>
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<title>ぼやき</title>
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<![CDATA[ 自分が言ったことやしたことを、後になってあれは間違いだった、と素直に認めることはとても難しいことです。<br><br><br>人を批判することはとても簡単ですが、自分を否定することはとても難しいことです。<br><br><br><br><br><br>人から批判されたとき、素直にそれを認めることはすぐには難しいことです。でも時が経てば、あぁ、自分が悪かったなと反省することもできます。<br><br><br>しかしいくら考えても自分で納得がいかないことは、やはりいくら時が経っても呑み込めないものです。<br><br><br><br><br>世の中にはたくさんの人がいて、例え自分にとても近い存在の人であっても、考えがすべて一致するということは有り得ないでしょう。<br><br><br>それが社会というものであり、その社会の中でいろんな考え方に触れながら、じゃあ自分はどう思うのかを自問自答し続けることはとても大切なことです。<br><br><br><br>そのとき自分はこうだ、自分はこう思うと確信しても、それが覆ることも大いに有り得ます。<br><br><br><br>そのとき、素直に自分を更新できるかが大事なのであって、何にも縛られる必要などないのです。<br><br><br><br><br><br>自分の心ひとつで、何にだってなれるのです。<br><br><br><br><br><br>自由が無いと嘆くとき、その心はいつでも自由なのです。<br><br><br><br><br>その自由さえ大事にしていれば、何も恐れることはないのです。<br><br><br><br><br><br><br><br>とか最近思います。
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<pubDate>Wed, 24 Jul 2013 15:19:00 +0900</pubDate>
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<title>至誠</title>
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<![CDATA[ 至誠にして動かさざる者は、未だ之れ有らざる也<br><br><br><br>誠をきわめれば、その力によって動かせないようなものはこの世には何一つ無いのだ<br><br><br><br><br><br>吉田松陰先生が心の支えにしていたという孟子の言葉です<br><br><br><br><br>その言葉どおり、松陰先生は死ぬまで誠を尽くして行動し、その死により奮起した弟子たちが日本を守るため、時代を変えるため立ち上がり、明治維新は成し遂げられました。<br><br><br><br>その弟子の一人が高杉晋作です。<br><br><br><br>高杉晋作は奇兵隊という、身分関係無しにやる気のある人なら誰でも入れる兵隊を組織し、倒幕運動を勢い付けました。<br><br><br>江戸時代には士農工商というはっきりとした身分秩序があり、特権身分の武士とそれ以外の身分の者は、住むところはもちろん区別され、すれ違う時は道をあけ、跪かねばならないほどの差があった時代です。<br><br><br>そんな中で、侍だろうが農民だろうが商人だろうが関係無く、国を守るために立ち上がりたいという志のある者は誰でも大歓迎という軍隊を作った高杉さんは当時としてはとんでもなくぶっ飛んだ考えの持ち主でした。<br><br><br>しかしその発想は、松陰先生の「草莽崛起(そうもうくっき)」という考えを受け継いだものでした。草莽とは草むらに隠れた人たちという意味で、つまりは特権階級以外の農民や町人たちのことです。<br><br><br>草莽の人たちが立ち上がらなければ、この国は守れない。その教えを高杉さんは実現させ、時代の流れを変えていきます。<br><br><br><br><br><br>誠を尽くして行動し、山口県の小さな村から日本を変えるため立ち上がった2人の行動は、まさに不動と思われた約260年に及ぶ江戸幕府の支配を終わらせることにつながったのです。<br><br><br><br><br>今日たまたまテレビで2人の特集をしていたのを見て改めて考えるところがあり、書き留めてみました。<br><br><br><br>松陰先生は数え年で30歳、高杉さんは28歳という若さで亡くなられています。<br><br><br>そろそろ私もお二人の年齢に近づいてきました。<br><br><br>お二人が私の今の年齢の頃、自分の志を成し遂げるために精一杯行動していたことを思うと、いつも身が引き締まる思いがします。<br><br><br><br>私がやるべきことはなにか。<br><br>なんとなく見えてきた今は、まさに誠を尽くして行動するしかないのだな、と改めて思わされます。<br><br><br>ちなみに高杉晋作さんとわたしは誕生日が同じです。<br><br>高杉さんの辞世とされている歌は<br><br><br>おもしろき  こともなき世をおもしろく  すみなすものはわが身なりけり<br><br><br>です。<br><br><br>人生を面白くするのもしないのも自分の心次第。<br><br><br>わたしも引き続きおもしろい人生を歩んでいきたいものです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/sishamo927/entry-11540817783.html</link>
<pubDate>Thu, 30 May 2013 02:44:00 +0900</pubDate>
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<title>日本人のポテンシャル</title>
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<![CDATA[ 日本人は外国人に比べてディベートが下手だったり、自分の意見を公の場で言うことが苦手だ。<br><br><br>政治に関しても、なかなか関心が持てない人は多いと思う。<br><br><br><br><br>世界史を古代から見ていくと、古代ローマやギリシア、オリエント、中国では、日本人がまだ文化すら持たない時代から、平民が民主政を求めて立ち上がったり、政治改革をしたり、覇権闘争をしたりしてきた歴史がある。<br><br><br><br>この埋められない溝のルーツはここにあるのか？と思った。歴史が違うのだ。<br><br><br><br>しかしその後日本は大陸から様々な概念や文化を取り入れ、それをただ真似するのではなく、オリジナルなものに作り替えて、独自の歴史を築いてきた。<br><br><br>歴史の古さの溝など超えて、明治期にはあっという間に世界の大国と肩を並べる国になった。<br><br><br><br><br>日本人のポテンシャルは未知数だ。<br><br><br>遺伝子レベルで受け継がれているこの日本人のDNAは、我々にまだまだやれるぞと言っている。<br><br><br><br>何が自分にできるのかはもう遺伝子たちはわかっているんだと思えば気が楽になりますね。<br><br>ありがたやありがたや。<br><br>日本人がんばれ、がんばろう！
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<pubDate>Wed, 27 Feb 2013 16:40:00 +0900</pubDate>
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<title>温故知新</title>
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<![CDATA[ 受験勉強を一年教えた生徒たちとも明日でお別れ。<br><br><br>私が本当に教えたかったのは、日本には素晴らしい歴史や文化があり、それを今に遺してくれた先祖たちの心意気から、これから生きる上で何かヒントを得て欲しいということ。<br><br><br>日本には色を表す言葉がたくさんあったり、漢字にも中国にはない独自の意味や使い方があったり、日本人は素晴らしい美的感覚と、自然を愛でる心がある。<br><br>火薬がヨーロッパで発明されたとき、ヨーロッパ人はそれを武器や土地開発に使った。<br><br>でも、世界で日本だけ、火薬をそうは使わず、花火を作った。<br><br><br>そんな粋な国、日本に生まれたのだということを知って欲しい。<br><br><br>日本史を学んだ子は、ただの暗記や単語の羅列から離れて、これからは自由に自由に歴史を解釈して欲しい。<br><br><br>世界史を学んだ子は、世界の中で、日本人がどんな風に生きてきたのか、比較してみて欲しい。<br><br><br><br>国語はまさに日本人の歩んできた証。<br><br><br>時代によって書き言葉や話し言葉は違っても、その中で受け継がれてきた自然を愛でる心や美しいものを守りたい心は今も残っている。<br><br><br><br>そういうことを知ることで、少しでも歴史や日本に興味を持ってもらいたい。<br><br><br>きっとこれから生きるヒントになると思う。<br><br><br><br>温故知新という言葉はよく知られているが、孔子はそのあとに、「故きを温(たず）ね、新しきを知れば、以って師となるべし」と言っている。<br><br><br>先生と呼ばれる人は、そうでなくっちゃというように。<br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 19 Feb 2013 17:16:00 +0900</pubDate>
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<title>2012</title>
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<![CDATA[ 今年も終わりに近づいています。<br><br><br><br>2012年は、新年早々急性胃腸炎になりダウンし、5月には生えかけの親知らずが炎症を起こしてしばらく口が開かなくなり、8月には腎盂炎になり、その後もちょいちょい体調を崩すという、今までで一番病院の<br>お世話になった1年でした。<br><br><br>身体の健康という面ではかなりよろしくない年でしたが、心の面ではとても豊かなものをたくさん授かった年になったように思います。<br><br><br>人、場所、本、映画、音楽、考え方などなど、今年はたくさん新しい出会いや発見があり、これから先自分はどうしたいのか、何をすべきなのかをたくさん考えることができました。<br><br><br>それを通してあらゆる出来事は偶然ではなく必然なのだと思い知らされました。<br><br><br><br>思い起こせば大学を卒業し、内定していた会社の入社を音楽をやるために辞退した頃、自分の無知さと現実の厳しさを思い知り、自分が何がしたいのかわからなくなり、たくさんの人や家族に迷惑をかけ、一時は本当にこんな奴生きてる価値なんてない、と死にたくても死ねない自分が本当に嫌で嫌で仕方なかったときもありました。<br><br><br>それでもなんとか流されるように生きてきて、音楽を通してたくさんの人と出会い、新しい世界を知り、そこからまた新しい世界を知り、今はやっとこのままの自分でいいのだと受け入れることが出来そうです。<br><br><br><br>自分の感覚に正直に、寛容な心で周りの人を大切にすること。<br><br>それが一番楽に生きられる方法だと今年は知ることができました。<br><br><br><br>無知の知とは、ソクラテスもよく言ったものです。<br><br><br><br><br>先生と呼ばれる立場になり、自分は目の前にいる生徒になにをしてあげられるのか、と考えたとき、教えるという言葉の重みを知りました。<br><br><br>松陰先生や孔子の教えは、何年経とうが語り継がれている。<br><br><br>ただ教えるということほど愚かなことはない。<br><br><br>自分も相手も人間である以上、<br>知識の有無以外に上も下もない。<br><br><br><br>来年は一皮剥けた、相手のことをよく見て、勉強を教えるだけでなく一緒に成長していけるような先生になりたいです。<br><br><br>そして勉強だけでなく、世の中にはたくさん素晴らしいまだ知らない世界が溢れていて、それに出会うきっかけを教えてあげられるような人になりたいです。<br><br><br><br>そのためにも、来年はたくさんのことを吸収して、自分の感覚を磨いていきたいものです。<br><br><br><br><br>私の2012年はスタート地点にやっと立たせてもらえた年でした。<br><br>来年はスタートを切りたいです。<br><br><br><br>未来にわくわくできるだなんて、これ以上幸せなことがあるでしょうか。<br><br><br><br>私に関わってくれているすべての皆様、もの、ことに感謝です。<br><br><br><br>ふつつかものですが、皆様来年もよろしくお願いします。
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<link>https://ameblo.jp/sishamo927/entry-11437842107.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Dec 2012 03:08:00 +0900</pubDate>
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