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<title>レジリエンスを高める！</title>
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<description>うつ病、摂食障害（過食嘔吐）、境界性パーソナリティー障害、パニック障害…10代から苦しみぬいて克服した今とあのときをつづります。</description>
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<title>今日はイマイチ、でも。</title>
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<![CDATA[ <p>今日はコンサータの効きが半分以下に感じるくらい、集中力や注意力が散漫、目は冴えているのにぼんやりと眠くて、仕事の進みも思わしくなかった。</p><p>食欲はというと、朝はいつも以上にお腹が空いてよく食べて、日中はすごく空いているわけでもないのに、ランチ前後に小腹満たしサイズのお菓子やおせんべいの袋をいくつも空にしてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな日もある。あっていい。毎日が順風満帆なんて、どんなに元気じるしの人だってありえない…って、なんとか自分に言い聞かせてみる。</p><p>&nbsp;</p><p>でも自分のことは一番自分自身がわかっているから、ごまかしが効かないのも事実。現にいま、もやもやした気持ちと後悔の念がない交ぜになっている。</p><p>&nbsp;</p><p>過食しちゃった分、エネルギー消費しようにも痛みを引きずっていて運動もできないし、罪悪感が消えない。せっかくこの半年で増え続けた＋6kgから、少しずつだけど減ってきてるのにな。</p><p>&nbsp;</p><p>今日はせめて、夕飯だけは量に気をつけて食べよう。</p><p>チャラにはできないけど、かんたんにあきらめるのはなし！</p><p>そして明日はがんばろう。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 31 Aug 2017 17:19:08 +0900</pubDate>
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<title>休むという選択</title>
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<![CDATA[ <p>今週はジムを休んで、ひざ裏の痛みからの回復に努めることに決めた。</p><p>&nbsp;</p><p>もう騙しだましやっていられないくらい痛みが出ていることが今回の選択に至った理由。そう、選択というよりは結果論。</p><p>&nbsp;</p><p>本音は「せっかく波に乗ってるときに、“しばらく休む”という選択肢は使いたくない」。</p><p>&nbsp;</p><p>今回の件に関わらずなんでもそうだけど、軌道に乗せるまでは時間も労力もかかるけど、軌道から外れる（壊れる）ときは一瞬だから。これまでコツコツ積み上げてきたものが、ガラって崩れてしまう怖さがある。</p><p>&nbsp;</p><p>でもパニック障害の克服も境界性パーソナリティ障害の克服も、少しずつ自信を積み上げて、ときには大きくつまずいて転んで、また振りだしからリスタートして…の繰り返しだったかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>いままでだって失敗だらけの人生だったじゃん。</p><p>それでもケラケラ笑って過ごせるいまにたどり着けたじゃん。</p><p>&nbsp;</p><p>そう言い聞かせてみよう。</p>
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<pubDate>Wed, 30 Aug 2017 18:24:12 +0900</pubDate>
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<title>休養日前にダウン</title>
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<![CDATA[ <p>今日はコンサータがいい具合に効いてくれたみたいで、仕事も過食嘔吐も“◎”。</p><p>&nbsp;</p><p>このままだったらはりきってジムに行くところだったんだけど、数日前からいためたひざ裏が歩くだけで痛むように…。</p><p>&nbsp;</p><p>摂食障害にしろ、昔やってたリストカットにしろ、いまだに尾をひく強迫観念にしろ、どうしてこう、自分を大事にできないんだろう。</p><p>今回だってもっと早くに大事をとっていれば、こんなにひどくはきっとならなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>でもそれがわたしなんだな。</p><p>いつもそう。壊れてみて気づく。スイッチがオン＆MAXになってること。</p><p>&nbsp;</p><p>起き上がることすらできないくらい砕け散っていた以前と較べたら、すこしは成長したのかな。そう思いたい。</p><p>&nbsp;</p><p>そしてほら、急に時間が空いちゃうと、何していいかわからなくなって慌てるわたしがいる。</p><p>&nbsp;</p><p>変わらない、変われない。</p><p>でも愛すべき自分らしさと思うようにするかな。苦笑</p>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12305810474.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Aug 2017 17:18:53 +0900</pubDate>
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<title>誤解：自分のことだから自分で解決しなきゃいけない</title>
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<![CDATA[ <p>「自分自身のことだから、自分で解決しなきゃいけない」<br>20歳前からはじまった過食嘔吐と生きていることへの不安。</p><p>&nbsp;</p><p>社会に出てすぐは、“一生懸命がんばっている姿”が歳を重ねた人たちからは好印象だったらしく、ときに叱られながらも本当にあたたかく見守って育ててもらったと思う。一生懸命働いたあとは、飲みに誘ってもらうこともあったし、上司の自宅に招いてもらったこともある。</p><p>&nbsp;</p><p>くりかえしになるが当時の武器は“求められる以上にがんばる”ことただひとつ。</p><p>&nbsp;</p><p>このころも求められている以上にがんばって、がんばって、がんばって周囲から認められていたと思っていた。でもそれをおもしろくないと思う人も当然いる。会社内でも、当時“強くなりたい”と思って続けていた社会人柔道部でもいやがらせやいじめを受けた。それでも「わたしは正しいことをしている」という自負があったから、屈することはなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも一般社会では出る杭は打たれるし、正論を振りかざす人は敬遠されるし、なにより中庸を得るということが大事だとあとになって知る。</p><p>実際、たいして働かないが要領のよい人が堂々と職場にいる。手を抜く人がいる。当時はそれに対して怒りを感じることもあった。最低限100％をこなすのが、正しい生き方だと思い込んでいたから。</p><p>&nbsp;</p><p>そうして少しずつ、がんばることが正義のような自分が社会に適応できなくなっていく。このころになって、過食嘔吐や不安恐怖が日々を襲い、ようやく病識が芽生える。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも「自分のことだから自分で解決しなきゃいけない」そう思い、主観でしかない自分のあたまで、成す術を考え抜いていた。</p><p>&nbsp;</p><p>当然路頭に迷う。でもこの「自分のことだから…」が数年間つづく。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12305728221.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Aug 2017 10:54:33 +0900</pubDate>
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<title>過食嘔吐、再燃2</title>
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<![CDATA[ <p>今日は朝からあたまもカラダも重ダルく、やっとの思いで会社に来た。</p><p>ジムまで体力がもつように、いつもコンサータの服用時間を「会社に出勤してから」にしているのが、今日に限っては裏目にでた。</p><p>&nbsp;</p><p>薬を飲むころには泥のような眠気とダルさにすでに襲われていて、午前中は全く仕事にならなかった。くわえて（これはたぶん言い訳なんだけど）眠気やダルさに誘われて昼食前後に過食嘔吐をしてしまった…。</p><p>&nbsp;</p><p>ここ2週間くらい、多少の過食傾向はあっても過食嘔吐はせずにいられたから、精神的にもホッとしていたし、何より吐きダコがうっすら消えかけていたのが嬉しかった。だから今日の1回は、痛恨のきわみ。</p><p>&nbsp;</p><p>吐き出しちゃったからコンサータはきっと外に出ちゃったし、今日はジムまでもたないかな。</p><p>&nbsp;</p><p>でも悪循環は今日で切りたい。</p><p>&nbsp;</p><p>薬だって万全じゃない。だから今日ダメでも明日はきっと大丈夫。</p><p>&nbsp;</p><p>そう言い聞かせてみる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12305498936.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Aug 2017 16:35:28 +0900</pubDate>
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<title>ダメなりにがんばった！</title>
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<![CDATA[ きょうは異常な眠気とダルさで、お昼過ぎまでふとんから出られなかった。<div><br></div><div>コンサータを服用する以前の眠気とダルさ、頭の中に膜がはったような感覚が舞い戻ってきた。</div><div><br></div><div>今日はやらなきゃいけないことが4つ。</div><div>お風呂場の大掃除、シャツのアイロンがけ、ヨガの解約手続き、そして友だちどディナー。</div><div><br></div><div>どれもふだんならたいしたことじゃないし、友だちとの約束はむしろ楽しみ。</div><div><br></div><div>鈍いカラダで最初の3つはやりきった。</div><div>友だちとの約束は行くまでがんばればきっと楽しい。</div><div><br></div><div>アタリマエのことが自然にできないもどかしさで、何度もコンサータを服むことを考えた。</div><div><br></div><div>でもなんとかやりきった。</div><div><br></div><div>この土日は目標だったジムも解約前最後のヨガも行けなかったけど、ダウンしてるなりにがんばったと自分をほめてみる。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12305204073.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Aug 2017 16:18:47 +0900</pubDate>
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<title>コンサータの実力</title>
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<![CDATA[ <div>今年の春ごろ、わたしはADHDと診断された。</div><div>主な症状は不注意。日ごろからうっかりミスが多く、同居しているきょうだいにいつも怒られていたのと、とくに仕事中の集中力低下が顕著にみられていたのがきっかけで、ADHDの検査をうけたらドンピシャだった。</div><div><br></div><div>主治医いわく、「これまで強迫観念で（集中力を）カバーしてきたから自分でも気づかなかっただけで、こどものころからあったのではないか」</div><div><br></div><div>最初はストラテラを処方されたが、いまいち効果がわからずにいた。8月になって、日中異常な眠気で仕事が手につかないのと、それが過食嘔吐を誘うところがあることを相談したところ、コンサータ18mgを処方された。</div><div><br></div><div>これによって、仕事への集中力と過食嘔吐は大きく改善することになる。</div><div><br></div>きのうからコンサータ27mgを服用して、コンサータの実力がわかった。<div><br></div><div>これまでの18mgから27mgに処方量が代わってみて、正直あまり変化は感じなかった。</div><div><br></div><div>でも主治医の「休みの日はのまなくていい」というアドバイスを受けて今日はのまずにいたら、一日中異常に眠く、集中力も気力も体力までも落ちたようで、やらなきゃいけないことをなんとかこなせるくらいだった。コンサータが効いていたことがわかる。</div><div><br></div><div>疾患（障害）がひとつ増えたのは残念。</div><div>でも合う薬に出会えてよかった。</div><div><br></div><div>薬に頼らず治せたらなおいいのかもしれないが、薬をのめば毎日の生活が送りやすくなるのなら、薬とともに生きることは悪いことじゃないと改めて思わされた。</div>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12304960706.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Aug 2017 18:36:31 +0900</pubDate>
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<title>将来の夢</title>
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<![CDATA[ <p>こどものころ、学校の課題で“将来の夢”を書かされた。</p><p>「ケーキ屋さんになりたい」「プロ野球選手になりたい」「看護婦（師）さんになりたい」「お花屋さんになりたい」「お金持ちになりたい」…実現するかどうかは別にして、みんな好き勝手に書いていたと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>わたしはちがった。将来の夢などなく、書こうにも書けなかった。</p><p>しかたがないから専業主婦の母を思い浮かべながら、とりあえず“お母さんになりたい”と書いたのを覚えている。</p><p>&nbsp;</p><p>いま思い返せば、わたしはあのころからきっと、将来どころかほんの数年先の未来も想像できないほど、“いまを生き抜くこと”に必死だったんだろうと思う。</p><p>（のちに精神療法を受けることになる主治医からは「あなたはこどものころからうつ病だった可能性が高い」と診断されている）</p><p>&nbsp;</p><p>両親がこどもたちに求めたもの。「4年間、遊んで過ごすだけなら大学なんていかないほうがいい。それよりも自分が好きなこと、夢中になれることに、全力を注ぎなさい」</p><p>&nbsp;</p><p>「大学にいっていい会社に就職しろ。いずれはいい人と結婚して、家庭をもちなさい」そう言われて育った人にとってみれば、夢のようなアドバイスなのかも知れない。ちなみにわたしのきょうだいにはそれぞれ夢や目標があって、バックパックで世界中を旅したり、専門学校に行ったりしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>でもいまを生きるのに必死な人にとって、こんな酷な要求はない。</p><p>&nbsp;</p><p>“学生”という身分を失い、18歳で社会に放たれたわたしは、ここから“自分の夢”を探す旅にでることになる。</p><p>&nbsp;</p><p>このときはまだメンタルを病んでいる実感はない。だたすぐそばに闇は迫っていた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12304608230.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Aug 2017 16:27:06 +0900</pubDate>
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<title>戦術：“求められる以上にがんばる”こと</title>
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<![CDATA[ <p>わたしは学校がキライだった。</p><p>勉強も運動もそれこそ“決死の覚悟”でやっていたから、成績はそこそこよかったと思う。</p><p>でもクラスメイトから「○○ちゃんは頭いいからいいよね」「勉強できていいね」「運動神経がよくてうらやましい」と言われるのも、親や先生にほめられるのも大嫌いだった。</p><p>&nbsp;</p><p>友だちに対しては「あたりまえじゃん。こんなにがんばってるんだもん。生まれつきの才能みたいにいわないでよ！」そう思っていた。</p><p>そして大人たちにほめられることはただひたすら苦しかった。「（ほめられたら）もっとがんばらなきゃいけないんだ」という脅迫観念が募るから。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも学生時代は“がんばれば”たいていのことが解決した。相変わらずわたしの心が満たされることはなかったけど、出される課題をクリアしさえすれば、とりあえず評価はよかった。</p><p>&nbsp;</p><p>当時の戦術はただひとつ。“求められる以上にがんばる”こと。</p><p>&nbsp;</p><p>でも一歩社会に踏み出すと、“やみくもにがんばる”だけではどうにもならないことが起こる。</p><p>&nbsp;</p><p>まずは高校3年生のとき。1年間海外留学をした。そこでは英語も現地語もしゃべれず、自分の無力さを知る。己がいた世界の狭さを知る。そしてアジア人差別やいじめにあう。がんばってもどうにもならないことがたくさんある現実をまざまざと思い知らされる。</p><p>&nbsp;</p><p>そうして始まったのが“過食”。その当時、吐くということまで知恵が働かず、ただただ満たされないなにかを埋めるために、衝動的に過食を繰り返した。1年間で増えた体重は13kg.。鏡のなかにうつる自分が惨めだった。</p><p>&nbsp;</p><p>それでもまだこのときは、“自分が病んでいる”という自覚はない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12304267962.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Aug 2017 14:48:04 +0900</pubDate>
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<title>同じ時間軸にいながら別のストーリーを生きてきた</title>
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<![CDATA[ <p>「あなたとほかのきょうだいは、同じ時間軸・同じ環境下にいながら、まったく別のストーリーを生きていたんだね」</p><p>&nbsp;</p><p>精神療法のなかで、主治医にいわれたひとこと。</p><p>この言葉が境界性パーソナリティ障害（脅迫観念・摂食障害〈過食嘔吐〉・不安恐怖・パニック障害・うつ）を病むわたしの半生を肯定する大きなきっかけとなる。</p><p>&nbsp;</p><p>「あの時こうだったよね」「あれ、本当にいやだったよね。笑」「こんなことあったよね」…きょうだいがそんな会話を交わしているとき、わたし自身の記憶をもとにその会話に交ざると、決まって「そんなわけないじゃん」「ちがうよ。なにいってるの？」と返された。いつしかこどもの頃のことは「あまり憶えてない」というようにして、わたし自身の記憶はあえて封印するようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>だから主治医にそういわれたとき、ホッとしたのを覚えている。</p><p>&nbsp;</p><p>精神療法では、幼少期や児童期のことをよく聞かれた。「問題なのは過食嘔吐や不安恐怖であって、こどもの頃のわたしがどうだったかなんてどうでもいいじゃん！早くそっちの話題に移りたい」何度そう思ったかわからないし、実際に面接の場でそんな話をしたこともあるかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>でも解決の糸口は幼少期にあると主治医は確信していたらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>その証拠にこの精神療法を卒業したとき、約30年わたしが闘いつづけた過食嘔吐や不安恐怖はこつぜんと姿を消していた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sk-es/entry-12303918879.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Aug 2017 10:21:22 +0900</pubDate>
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