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<title>艶が小説、はじめました。</title>
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<description>こちら、艶が～るの古高俊太郎さまの創作小説、【胡蝶】を連載中。不定期更新です。</description>
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<title>【胡蝶　第二部】第十二話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">初めてお読みになる方は→<a href="http://ameblo.jp/skr-tg/entry-11374462100.html" target="_blank">こちら</a> 。</font></span><font size="2">&nbsp;</font><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><br></font></span></font></p><p><font size="2"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><br></font></span></font></p><p><font size="2"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">「そういえば六花はん、</font></span></font><font size="2"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">十六歳やと、言ってましたけど」<br>「…………あ、はい」<br>　俊太郎さんは秋斉さんに訊ねられた時のことを言っているのだろう。<br>　痛みの正体に気を取られて返事がワンテンポ遅れてしまったが、彼は特段疑問を持つわけでもなく、話を続けた。<br>「高校二年生で十六やということは…………誕生日はまだどすか？」<br>「……………………そう、です」<br>　誕生日。<br>　本来ならば、祝われ、よろこびに溢れるべきこの日。<br>　ただわたしにとって誕生日のその日は、別の意味を持っている、特別な日だった。<br>「いつどすか？」<br>　事情を知らない彼は、当たり前のようにその先を訊ねる。<br>「…………十二月二十六日、です」<br>　でき得る限り、何気なく答えた。普通の人と、同じように。<br>　いつもならば、素直に日付を答えず、別なことを告げていた。それを聞いたすべての人が、気まずそうに目を逸らし、それ以上は訊ねることが出来なくなる言葉を。<br>　しかし。最近、考えていた。<br>　わたしはいつか、このことに向き合わなければならない。この先に目指すべきもののために。俊太郎さんが教えてくれた、自分の夢の実現のために。<br>「…………もうすぐやないですか」<br>　わたしの告げた日付が迫っていることに、俊太郎さんは微かな驚きの声をあげた。<br>「はい…………もうすぐ、十七になります」<br>　わたしの生まれた日は、クリスマスの、次の日。<br>　誕生日が近い友人は、クリスマスと一緒に祝われて嫌だ、とこぼしていた。<br>　しかし、わたしの家の両親は、いつもきちんと祝ってくれていた。クリスマスも、わたしの誕生日も。<br>　いろんな思い出が悲しみとともに溢れ出そうになる。<br>「…………ご両親のこと、思い出させてしまったやろか……？」<br>　覆い隠しきれない気配を、俊太郎さんは敏感に感じ取ってくれる。<br>「…………大丈夫、です」<br>　わたしに届いたやさしげな声が、悲しみに触れたわたしの心を落ち着かせてくれた。<br>（それに…………）<br>　楽しかったことまで、悲しい思い出にしたくない。<br>　そう思っているのなら、きっと、きちんと向き合わなければいけない。<br>「…………こんなことに巻き込んでしもたことやし、欲しいものがあれば言うて？プレゼント、奮発しまっせ」<br>　わざと明るく告げてくれた俊太郎さんの言葉を聞いて、わたしはひとつ、決心をする。<br>「…………その言葉に甘えても、いいですか？」<br>　ひとりで向き合う勇気も、現実的な手段も、今のわたしには乏しい。<br>　だから。<br>「もちろん、わてが出来ることやったら、なんでも」<br>　わたしの問いに、躊躇いもなく頷いてくれたこの人に。<br>「お願いがあるんです…………」<br>　今、わたしが頼れるのは、俊太郎さんだけだ。<br>　ほんの少し前まで、すれ違うことすらなかったかもしれない、この人。<br>（今は…………）<br>　両親のことを打ち明けることが出来た人。<br>　彼の家の事情を知って、共犯者のような、そんな関係にある人。<br>　きっと、わたしでは理解しきれないほどのものを、抱えているこの人に。<br>（それでも…………）<br>　わたしにやさしさをくれる人に。<br>「力を、貸していただけますか……？」<br>　過去と向き合うその瞬間に、そばにいてほしい。<br>　自分が思っていた以上に、自分はこの人に心を許している。<br>「その日、一日を、わたしにください」<br>　そして、彼も同じようにわたしに心を許してくれたらいいのに、と。<br>「つれていってほしい場所が、あるんです…………」<br>　それだけは、今のわたしにもはっきりわかった。</font></span></font><font size="2"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><br></font></span></font></p><p><font size="2"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック"><br></font></span></font></p><p><font size="2"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'; FONT-SIZE: 10pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin"><font face="ＭＳ Ｐゴシック">　《続く》</font></span></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11497292527.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Mar 2013 22:14:55 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第十一話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">　帰りの車の中では、俊太郎さんもわたしも終始無言だった。<br>（さっきのこと……訊きたいことはたくさんあるけど、訊いちゃいけない雰囲気だよね…………）<br>　会場を出た時もそうだったけれど、俊太郎さんの顔は今もなおどことなく強張ったままである。<br>（…………人のこと言えないけど、俊太郎さんのお家も、複雑そうだな……………………）<br>　伝統と格式ある家柄で、普通の家庭と同じように比べることは難しいとしても、それでもやはり会場でのやりとりには大きな違和感があった。<br>　つらつらとそんなことを考えていると、やがて車は着物を借りた呉服屋さんの近くの駐車場に辿り着き。<br>「……………………何も」<br>「…………はい？」<br>「訊かへんのどすか？」<br>　車を停めると同時に、表情と同じくらい硬い声で沈黙を破ったのは俊太郎さんだった。<br>「……………………訊いても、いいんですか？」<br>　人には訊かれたくないこともある。複雑な事情があれば、なおのこと。それが身に沁みてわかっている身としては、自分から訊ねることは当然ながら憚られる。<br>「…………すんまへん、意地の悪い訊き方をしました」<br>　そんなわたしの心中を察したのだろう、俊太郎さんは苦笑とともに表情を和らげた。<br>「先程の女性は、父の後妻…………義理の母どす」<br>「義理の、お母さん…………」<br>「わての本当の母親は、身体が弱く……わてが高校生の時に亡くなっとります。喪が明けてすぐ、父は一門の女性と再婚しました…………となりにいた弟の正裕が、小学生の時どす」<br>（弟さんは、お義母さんの連れ子、ってことかな？）<br>　彼自身が、先程の二人とまったく似てないのも当然だ。<br>（血が繋がってないんだもんね）<br>　それと同時に、もうひとつの事実に気付く。<br>（そっか、俊太郎さんも、お母さんを亡くしてるんだ…………）<br>　彼がやさしく接してくれたのは、もしかしたら自分と少しだけ似た境遇にあるわたしに同情してくれたからなのかもしれない。<br>　そう思ったら。<br>（なんだろ…………）<br>　わかりやすい言葉では表現できない、何とも言えない複雑な感情が、心の奥底に漣を広げた感覚がした。<br>　しかし、俊太郎さんはそんなわたしの様子には気付かずに、言葉を続けた。<br>「実の母と父は…………学生の時に知り合って、一門の、特に先代の……祖母の反対を押し切っての結婚やったと聞いてます」<br>「あ、それでさっき…………」<br>　会場での、不可解な会話。<br>（俊太郎さんの本当のお母さんとお父さんは恋愛結婚だったけど、今のお義母さんは違う、ってことなのかな……？）<br>　思った以上に複雑な家庭の事情に、彼が時折見せる陰の正体があるのかもしれない。<br>（お家の事情があるにしても、お母さんが亡くなってすぐ、お父さんが再婚したら…………しかも、お義母さんとはあまりうまくいってないみたいだし…………）<br>　先程の会話から察するに、お見合いの話はお義母さんが進めようとしている様子だった。<br>（お見合いを拒むのは、お義母さんに反発して……？）<br>　そこまで考えて、心の中で首を捻る。<br>（それだけの理由だと、あまりに子供っぽいような…………）<br>　俊太郎さんのイメージとどうもしっくりこない。<br>（う～ん…………）<br>「わては跡継ぎとして育てられてきました…………せやけど」<br>　考えを巡らせているわたしの横で、ぽつりと、ごくごく小さな、低い声で。<br>「結婚相手くらい、自分で選びたいんや」<br>（…………っ！）<br>　そう呟かれた言葉に、自分の鼓動が強く跳ねた。<br>　まるで、俊太郎さんがわたしをその相手として選んでくれたかのような錯覚。<br>　おかげで直前まで考えていたことが、頭から綺麗に吹き飛んでしまう。<br>（……………………違う）<br>　その相手は、わたしではない。当たり前だ、こんなに素敵な大人の男性が、わたしみたいなお子様を、本気で好きになるはずがない。これは単なるカモフラージュ、バイトなんだから。<br>（恋人のふりをして、やさしくされて…………だからって）<br>　一瞬でも勘違いした自分を、強く恥じる。<br>「それから…………弟の生けた花を見た時の六花はんの感想やけど」<br>　ほんの一瞬だったおかげか、俊太郎さんはわたしの動揺に気付いた様子もなく話題を変え、もうひとつわたしが訊きたいと思っていたことを口にした。<br>　彼もまた、口にするつもりはなかった呟きを洩らしてしまったことを後悔したのだろうか。<br>「……………………すみませんでした……何も知らない素人が余計なことを言ってしまって」<br>　自分の愚かな考えを気取られないよう頭を切り替え、改めて会場で出過ぎた真似をしてしまったことを謝ると、俊太郎さんは困った笑みをわたしに向ける。<br>「いや…………わては弟の花を見て、その技巧や毘沙門流の花としての評価ばかりに目が行っとった。せやけど……六花はんは見た印象を素直に受け止めはった。花を知らへんからこそ、素直に正裕の花を見ることが出来たんでしょう」<br>　自嘲を含んだその表情は、ひどく哀しげに見えた。<br>「生け花は…………自然から切り離した草花に、もう一度生命を吹き込んで美しさを再構築するものどす。中でも毘沙門流は、極力抑えた中でその世界観を表現することを好む流派。時には一輪の花だけですべてを表現することもあります。込めた意図を第三者が汲み取れるよう、決められた型を守りながら技巧を凝らして表現する。シンプルでありながら、生け手には高い技術と表現力が求められる……それが毘沙門流の花どす」<br>（生け花って…………奥が深いんだな）<br>　華道はただ花を生けるだけでなく、哲学的な側面も持つ、日本の伝統文化のひとつ。言葉として理解していても、何百年も前から連なり、重ねられてきたその深淵を、何も知らないわたしが捉えきれるはずもない。ただ、その一端を、俊太郎さんの言葉の中に垣間見た気がした。<br>「正裕は…………高い技術と表現力、その両方を兼ね備えた才能ある華道家や。しかし……若気の至りと言うか、どうも伝統を軽んじるきらいがあるんどす」<br>「なるほど、それで…………」<br>（会場でも、奇抜だとか、毘沙門流の花じゃないとか、言われてたもんね…………）<br>「型を無視して生けるのも、わざとやっとるから困りもんや」<br>「そんなことして…………怒られないんですか？」<br>　毘沙門流の型を無視して生けた花を作品として展示することを、誰も止めないのだろうか。<br>　そんな疑問に、俊太郎さんは純粋に苦笑して。<br>「父が何も言わへんかったら、他の人も怒りようがないでしょうなぁ」<br>（義理の息子だから、お父さんも言いにくい、とか？う～ん…………）<br>「おかげで弟はますます好き放題…………困ったもんや」<br>「大変ですね…………」<br>（その分、俊太郎さんは跡継ぎとしてプレッシャーとか大きくなるんじゃないかな…………）<br>　そんなことが頭を過った。<br>「…………他に、訊きたいことはありへんか？」<br>「あ、えっと…………大丈夫です」<br>　まだ訊きたいことがあった気がしたけれど、先程の動揺もあってか咄嗟には思い出せず、わたしはひとまずそう返事をした。<br>　そんなわたしに、俊太郎さんはやさしく微笑む。<br>　そこに隠された意図はなく、ただ純粋にわたしを気遣ってくれている。<br>　ただ、わたしがそう思いたいだけなのかもしれない。そんなことを考えて、今まで感じたことの無い痛みが胸を刺す。<br>「なら……ややこしい話はここまでにしましょう」<br>「はい…………」<br>　謎の痛みを隠して、わたしは俊太郎さんの言葉に同意した。<br><br>　《続く》</font></p><br><p>　※作中の生け花について<br>　　毘沙門流はもちろん架空の流派ですし、生け花についても独自の解釈に基づくものです。<br>　　生け花の“い”の字も知らないド素人ですので、<br>　　心得のある方が読めば在り得ないようなおかしな表現もあるかと思いますが、<br>　　創作の一部と思ってご容赦くださいませ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11496671952.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Mar 2013 22:45:52 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第十話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">「…………桜は、やっぱり春に生けるものなんですか？」<br>（確か生け花は、ある程度、季節を先取りするもの、だったっけ）<br>　俊太郎さんが華道家だと知ってから、ネットなどで生け花について少しだけ調べていた。<br>　確かに、初冬の今、見た作品の多くはお正月や初春の花材を使ったものが多かった。<br>「……………………確かに、桜を扱うには少しばかり早いかもしれまへん」<br>（しかも、花も咲いていない桜の枝だけ、だもんね…………でも…………）<br>　この作品には、何か物語性を感じる。<br>　そう思ったら、頭の中に静かな風景がすっと広がった。<br>「…………夕闇に」<br>　暮れなずみ、地平に陽光の名残を残した、透明な冬の空。<br>「沈みかけた三日月に見守られて、春を待つ桜……これからの厳しい冬も、春が来ると思えば、この冷たい水も耐えられる…………」<br>「…………っ」<br>　思わずそんなことを口にしてしまうと、はっと目が覚めたように俊太郎さんがこちらを振り返った。<br>「ごめんなさい……見てたらなんとなく、そんな風景が思い浮かんだので…………」<br>　驚きに見開かれた俊太郎さんの瞳に、わたしは慌てて弁解する。<br>「……………………いや、謝ることや、ない…………」<br>　歯切れの悪い俊太郎さんの呟きに、やっぱり素人が余計なことを言うんじゃなかった、と後悔しかけたその時。<br>「…………俊太郎はんどすか？」<br>　後ろから女性の声がした。<br>　その声のほうに振り向こうとしたわたしの手を、俊太郎さんが素早く握る。<br>　振り返ることができず、途惑いとともに彼を見つめ返すと、俊太郎さんは一度手を離し、わたしに視線を向けないままゆっくりと振り返った。<br>「これは…………お義母はん。正裕も一緒どしたか」<br>　にっこりと、穏やかな笑みを浮かべている俊太郎さんの表情は、いつかのレストランで見せたものに、どこか似ていた。<br>（俊太郎さん…………？）<br>　しかし、一瞬遅れて彼の言葉の意味を理解したわたしも、弾かれたように振り返る。<br>　そこには、呉服屋の女将さんと同年代の女性が立っており、その背後には女性と面差しの似た、わたしと同じくらいの年ごろの男の人が立っていた。<br>（お母さん、って言ったよね…………？）<br>　この人が、俊太郎さんの。<br>　想像していたよりも、ずっと若かった。落ち着いた着物姿ではあるが、わたしの伯母と同じか、もっと若いようにも見える。<br>（俊太郎さんとは、似てないんだな…………）<br>　最初の印象は、それだった。<br>　黒目がちな、切れ長の瞳。尖った顎に、小ぶりだが形の良い口唇。すっと通った鼻梁に、雪のような白い肌。<br>　綺麗な人ではあったが、雪に覆われた冬の山を思わせる険しい美しさを湛えた顔立ちはどこか冷たさを漂わせており、女性的ですらあるやさしげで柔らかな顔立ちの俊太郎さんとは似ても似つかない。<br>　氷の女王。<br>　そんな言葉がふと頭に浮かぶ。<br>（でも弟さんは、お母さんにそっくり…………）<br>　背後に立つ男性は俊太郎さんとは真逆で、女性の容貌をそのまま写し取ったかのようによく似ていた。<br>　直線的な印象が強まる所為か、弟さんのほうがさらに冷たく、整っている所為もあってか鋭利な刃物を思わせる容貌である。<br>（俊太郎さんと弟さんが似てるのは、身長が高いところ、くらいかな…………）<br>　おそらく、親子、兄弟、と言われなければ、俊太郎さんとそれぞれが並んでもわからないだろうと思われる。<br>「俊太郎はんが月展に顔を出すなんて、めずらしいこと」<br>「……弟の作品も見に来んでは、兄として薄情でしょう」<br>「そんな殊勝な心がけをお持ちなら、毎回いらっしゃったらいかがどすか？毘沙門流の跡継ぎとしての自覚をお持ちなさい、貴方のお弟子さんも出展されてるんやから」<br>　はぁ、とこれ見よがしの溜息にも、俊太郎さんは穏やかな微笑みを崩さない。<br>（なんか…………）<br>　親子関係があまりよくないのだろうか。ずいぶんとぴりぴりとした空気が漂っている。<br>「…………ところで、おとなりのお嬢さんは、どなた？」<br>（…………きた！！）<br>　眼差しがわたしのほうに向けられて、心の中で身構える。<br>「おや、受付で、伊坂はんに聞かれなかったんどすか？」<br>　どこか意地悪な微笑みを浮かべ、俊太郎さんはさも当然のようにわたしを引き寄せると、お母さんの眉がぴくりと動いた。<br>「わての大切な人どす…………結婚を前提にお付き合いさせていただいてます」<br>「俊太郎はん…………貴方、何を…………」<br>「申し上げた通りや……彼女は学生やから、結婚を急ぐつもりはありまへんけど、将来的には一緒になるつもりどす」<br>「…………その方のお顔、私は存じ上げまへんけど、毘沙門流の方なんどすか？」<br>「いいえ？」<br>「貴方…………どれだけ縁談のお話が来てると思うてるの？」<br>「いつもお断り申し上げとるはずどす」<br>　次の瞬間、俊太郎さんらしくない、ひどく残酷な微笑みがその面に浮かんだ。<br>「わては、わてが選んだ相手と結婚します…………わての父と、同じように」<br>　彼の言葉に、お母さんがはっきりと怯んだ様子が伝わってくる。<br>（なんか、今の会話…………おかしくなかった？）<br>　自分が想定していた親子の会話とは、どうも方向性が違う気がする。<br>「それでは、わてらは失礼させてもらいます…………行こか」<br>「は、はい…………」<br>　俊太郎さんに促されて、二人の横を通り過ぎる。すれ違い様に見えたお母さんの表情は、口唇を引き結び、ひどく強張っているように見えた。<br>　しかし、立ち去ろうとする俊太郎さんもまた、表情が硬い。<br>　ざわざわと、嫌な感覚が心を波立たせる。<br>　そのまま会場を横切って、足早に後にしようとすると。<br>「…………兄さんっ！」<br>　後ろから、弟さんが追い付いてきて俊太郎さんを呼び止めた。<br>　間近で見ると、わたしより少し年上のように見えたが、やはりお母さん同様、ずいぶん若い。<br>（弟さんとも、年が離れてるよね…………）<br>「兄さん、俺の作品、見たんやろ？」<br>　冷たい印象を与える面差しの中で、瞳だけが挑むように燃えて俊太郎さんを見据えていた。<br>「どうやった？」<br>「……………………」<br>　俊太郎さんは逆にひどく冷静な瞳で弟さんを見つめ返している。<br>「枝振りや、流しの技</font><font size="2">は見事やと思う…………毘沙門流の型とはちゃうけどな」</font></p><p><font size="2">「…………そんなんは承知の上や」</font></p><p><font size="2">「せやろな…………</font><font size="2">梅やのうて、桜にしたんは、なんでや？」<br>「…………そんなんやったら普通すぎるやろ」<br>「梅の水潜りが、何に由来しとるか、知らんわけやないやろ？」<br>「それは…………」<br>「和歌を趣向とする花は多い。せやけど…………お前はその逆を試みたんか？」<br>「…………！！」<br>「極限まで削ぎ落とし、その上で冬の夕景とその先の春を感じさせる世界観を創り出したんは見事やと思う…………せやけど、流派の様式を無視すれば、それはもう毘沙門流の花とは言えへん。</font><font size="2">お前のその驕りが……せっかくのその腕、潰さんとええな…………」<br>　複雑な笑みを浮かべてそう告げた俊太郎さんは、視線を弟さんから引き剥し、無言のままわたしを出口へ促した。<br>「…………兄さんが」<br>　ぽつり、と、弟さんが背後で呟く。<br>「俺の意図に気付くとは、思わへんかった」<br>「……………………わてやない、このお嬢さんや」<br>「え…………っ」<br>　後ろを振り向かぬまま、俊太郎さんが弟さんに告げた意外な言葉に、わたしは驚きの声をあげる。<br>「……………………行きまひょ」<br>　そのまま手を引かれて。弟さんの顔を見ることも、俊太郎さんの言葉の意味を知ることも叶わないまま、会場を後にした。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11489837210.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Mar 2013 23:07:53 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第九話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">「…………さて、わてはそろそろお暇します」<br>「お忙しいところを引き止めてしもて、すんまへんどした」<br>「こちらこそ、デート中に…………失礼いたしました」<br>「……デっ……………………」<br>　急に他所他所しい態度に戻って頭を下げ合う二人に何事かと思えば、いつの間にか少しだけだが人が増えていた。<br>「二人の結婚式には、ぜひ呼んでおくれやす」<br>「けっ…………！？」<br>「ははははは…………」<br>　からかわれているとわかっていても、演技するより先に動揺が出てしまう。<br>「…………六花はん」<br>「は、はいっ！」<br>「ここでお逢いしたのも何かの縁やし……結婚式とは言わず、また何処かでお逢いできる日を、楽しみにしとります」<br>　扇の陰でそっとわたしに囁いて。<br>「…………ほな」<br>　秋斉さんは美しい所作でわたし達に背を向け、会場を去っていった。<br>「…………素敵な方でしたね、秋斉さん」<br>　その後ろ姿を見送ってから、思わずぽつりと呟くと。<br>「…………惚れてしもた？」<br>「……………………そんなんじゃありません」<br>　すっと距離を詰めて囁かれるその声音に、またからかわれているとわかって、わたしは声を抑えて言い返す。<br>　俊太郎さんは、ははは、と軽く笑ってから。<br>「秋斉はんも、なかなか複雑なお立場の方やから…………わての事情も察してくれたみたいやし、信用できるお人どす」<br>「はい…………」<br>　周囲に聞こえないようにさらに小声で告げられ、わたしも頷く。<br>（複雑な立場、か…………）<br>　秋斉さんが纏う空気が月を感じさせたのは、ただ美しいだけでなく、どこか影のようなものを滲ませていたからだと思う。<br>　しかし。</font></p><p><font size="2">　自分で選んだ道だ、と告げた時だけ、ほんの少し翳りが見えた気がしたけれど、それでも、彼の微笑みや表情からは悲壮感や昏さを感じなかった。<br>「…………ほな、行きまひょか」<br>　俊太郎さんに促され、はい、とわたしは頷いて、彼に差し出された手を取る。<br>　まだ少し、頬に熱がこもるのを感じたけれど。<br>（ちょっとだけ、ちょっとだけだけど…………慣れてきた、かな？）<br>　うん、と自分に言い聞かせて、彼のエスコートに身を委ねる。<br>「どれか、気になる花はありますか？」<br>　俊太郎さんは軽く会場を見渡して、わたしに問う。<br>「えっと……お任せします…………」<br>「ほな、ゆっくり見れるものから回りまひょ」<br>　そうして、彼に導かれるまま、いくつかの作品を鑑賞していく。<br>（生け花なんて、しみじみ見る機会、今まであんまりなかったけど…………）<br>　俊太郎さんがひとつひとつ丁寧に解説してくれるおかげか、まったくの素人であるわたしも存外楽しい。<br>　水の張られた水盤で、清々しい佇まいを見せる水仙。<br>　甘やかな芳香を漂わせる蝋梅。<br>　シンプルに一輪、照る葉とともに生けられた山茶花。<br>　寒木瓜、南天、菊。様々な種類の松。<br>　もちろん、わからない植物の名前はすべて俊太郎さんが教えてくれた。<br>「割とシンプルなものが多いんですね」<br>　それぞれの作品は、複雑に花や枝葉を組み合わせるというよりも、無駄なものを削ぎ落としている印象が強い。色彩も控えめなものが多く、複数の花材を使っている作品も、華やかさよりも静謐で凛としたものばかりだ。<br>「毘沙門流は……型や様式を重んじる流派やし、ごてごてとした現代の自由花はあまり好まれないんどす。求められればそうした花も生けますし、若い人にはそちらのほうが人気やけど…………使われている花材も伝統的なものが多いし、毘沙門流の“作品”として主に身内向けに生ける時は、こないな感じになりますね」<br>「なるほど…………」<br>　それは自分の中の、いわゆる“生け花”のイメージを損なうものではなかったし、むしろそのシンプルさがわたしには好ましく思える。<br>「…………あ、わたし、これ好きです」<br>　そう言ってわたしが指差したのは、一輪挿しの花器に白い椿の枝が生けられたものである。<br>「ほう…………白玉椿、どすな」<br>「白玉……？」<br>「ああ、白い一重咲きの椿のことをそう呼ぶんどす。莟の状態が玉のようやから」<br>　横に張り出した枝の途中に一輪、花器の口の近くにもう一輪、下に伸びた枝に蕾の状態で一輪。そこに施された専門的な技巧や様式など、難しいことはさっぱりわからなかったけれど、艶々と照る葉と白い椿の花が清楚で、可憐だった。<br>「ホントだ…………確かに白い玉みたいですね」<br>　蕾の状態の一輪を指して言うと、俊太郎さんは笑顔を返してくれる。<br>「六花はんの髪に飾ったら…………似合いそうや」<br>「ま、またまた…………つ、次に行きましょう！」<br>　ついせかせかと次を急かして歩き出してしまい、俊太郎さんが後ろでくつくつ笑っている気配がする。<br>（いたいけな女子高生を何度からかったら気が済むんだろ…………俊太郎さんってばホントに性悪！！）<br>　秋斉さんの言葉を思い出しつつ次の作品に足を向けると、そこには人だかりとまではいかないものの、めずらしく複数の人が立ち止まって鑑賞していた。<br>　近付くわたし達に気付いて慌てて去っていく人までいる。<br>（そんなすごい作品があるのかな…………）<br>　興味を引かれて近くに寄ると、作品の目の前に立っていた三人連れの女性が気配を察してどいてくれた。<br>「ありがとうございます…………」<br>　しかし、女性達はその作品の前から立ち去ることもなく、遠巻きにひそひそと言葉を交わしている。<br>「置き月に、桜の水潜りやて…………」<br>「なんや、ずいぶん奇抜やねぇ…………」<br>「梅の水潜りなら、まだしも……」<br>「桜、やもんねぇ…………」<br>　聞き耳を立てたわけではなかったが、そんな言葉が漏れ聞こえてきた。どれも眉を顰めるような雰囲気のものばかりで、この作品に対して好意的な意見とは言い難い。<br>　目の前に飾られていた作品は、確かに今まで見てきた作品と趣がずいぶんと異なるものだった。<br>　三日月を模した黒っぽい花器は、金属製だろうか。三日月の内側から、桜と思しき枝が四方に伸び、一際長い枝が花器の下に置かれた水盤に浸かり、張られた水面からその枝先を覗かせている。<br>　花も葉もない。あるのは枝のみ。<br>　女性達の会話を聞かなければ、それが桜の枝だということも、わたしにはわからなかったと思う。<br>　枝は、自然にこのような形になったのか人の手が加えられているのか、それすらもわからなかったが、水に浸かる一枝は見事な曲線を描いている。<br>「釣り月ならまだしも…………さらに水潜りにしとるところがなんともなぁ」<br>「この形……！ここまで来るともう曲生けやな。技巧を見せつけたいだけやろ」<br>「毘沙門流の“花”と呼ぶには、いささか…………斬新、ではあるけどなぁ……」<br>　同じく少しばかり遠巻きに眺める男性二人からも、困惑と不快感に近い感情が伝わってくる。<br>（う～ん……確かに、今まで見てきた花と、ずいぶん雰囲気が違うけど…………）<br>　花や葉が無い分、色彩はごくごく地味である。しかし、枝の広がりや形は綺麗で、どこか人の目を引く華やかさがあった。<br>「…………これは、弟の作品どす」<br>　俊太郎さんの静かな声に、作品の横に書かれていた名札に目を向けると、“枡屋為次郎正裕”と書かれてあった。<br>（為次郎……？）<br>「…………ああ、華道家としての名前で、ミドルネームみたいなもんやと思うてもらえれば」<br>　口に出したつもりはなかったのだけど、どうも小さい声で呟いてしまったようで、俊太郎さんがわたしの疑問に答えてくれた。<br>「ちなみにわては、枡屋“喜右衛門”俊太郎、になります」<br>「そう、ですか…………」<br>（やっぱり名字は枡屋、なんだよね…………最初に名乗った、古高という名字は、いったい……？）<br>　ずっと気になっていることだが、実はいまだに聞けずにいる。<br>　そして今も、なんだか俊太郎さんの声の温度が少しだけ下がったような気がして、口には出せなかった。<br>　さらに気が付けば、先程までいた三人連れの女性も、二人組の男性も、俊太郎さんが誰だかわかったのか、ばつが悪そうにしながらこそこそと姿を消した。<br>　俊太郎さんはそんな周囲の人々に気を掛けることもなく、ただ弟さんの作品を静かに見つめている。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11489832240.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Mar 2013 23:07:32 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第八話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">「こちらは、藍屋秋斉さん……いや、徳川秋斉、とご紹介したほうがいいでっしゃろか？」<br>「どっちでもかましまへんえ…………それにしても、枡屋はんの恋人役にしては……六花はん、ずいぶんお若い気がしますけど」<br>「ですよね…………」</font></p><p><font size="2">（……だから言ったのに…………）<br>　案の定、ずばり秋斉さんに指摘されて、わたしはそっと溜息をつく。<br>「…………大学生？」<br>「いえ、まだ…………」<br>「……………………高校生？失礼やけど、お歳は？」<br>「えっと…………十六、です…………」<br>「…………………………………………」<br>　扇で口許を隠しつつ、半眼でじっと俊太郎さんを見据える秋斉さん。<br>　その眼差しを受けても、穏やかな表情を崩さずに微笑み返す俊太郎さん。<br>　そんな俊太郎さんに、秋斉さんは、はぁ、と深い溜息をついた。<br>「二十歳くらいかと思うたら……まったく、こんないたいけな女子高生を巻き込んで、あんさんは何やっとるんかいな…………まぁ、理由はなんとのう想像できますけど…………」<br>（自分から巻き込まれといてなんですけど、わたしもそう思います、秋斉さん…………）<br>　なんだか居たたまれない気持ちになってきて、軽く俯いてしまう。<br>　しかし。<br>「せやけど」<br>「…………？」<br>　秋斉さんの口から洩れた逆接の言葉に、顔を上げる。<br>「ずいぶん心を許してはるようやから、適任やったんでしょう」<br>「……………………」<br>　からかいを含んだ秋斉さんの言葉に、俊太郎さんはやはり無言のまま微笑みを崩さなかったけれど。<br>（もし、そうなら…………）<br>　俊太郎さんが、たまたまタイミングのよい時にそばにいたからわたしを頼ってくれたのではなく、わたしだから頼みたい、本当にそう思っていてくれていたのなら。<br>　昔から俊太郎さんを知っているらしい秋斉さんから見て、彼がわたしに心を許しているように見えるのなら。<br>　恋人役には頼りないかもしれないけれど、それでも彼の役に立てているのなら。<br>（うれしい、かも…………）<br>　互いに感じているあの不思議な既視感が、俊太郎さんがわたしに心を許してくれているように見えている理由だとしても、それでも。<br>　自然と顔が緩んでしまい、微笑を浮かべた秋斉さんと目が合って慌てて顔を引き締めた。<br>「…………枡屋はんが手を出したなる気持ちもわかりますなぁ、このお嬢さんやったら退屈しなさそうや」<br>「っ！？……手っ、手とか、出されたり、してません……っ！！」<br>　さらりと言い放った秋斉さんに、思わずわたしは反射的に言い返してしまった。声に出してしまってから、状況を思い出して周りの様子を窺う。幸いなことに周囲には誰もおらず、こちらに注目している人もいないようで、ほっと胸を撫で下ろした。<br>　そんなわたしの様子を、秋斉さんはまた扇越しに眺めて、何故かますます目を細めている。<br>「……な、なんですか…………」<br>「いや、ほんまに退屈しなさそうやと思うて…………枡屋はんもそう思うやろ？」<br>「……………………」<br>「…………？？？」<br>　楽しそうな秋斉さんに、俊太郎さんはやはり無言の微笑みで答えている。<br>（あ、そうか…………またからかわれてるのか、わたし）<br>　その事実に気付くのに少しずつ早くなってはいるものの、どうやらまだまだ精進が足らないらしい。<br>（そんなにからかいやすいのかな、わたし…………）<br>　俊太郎さんと出逢ってから知り合った大人の人に、洩れなくからかわれている気がする。<br>（わたしなんかからかったところで面白くないと思うんだけどなー）<br>　むう、と軽く口を尖らせてから、ふと肝心なことを訊いてなかったことに気付いた。<br>「ところで……お二人はどのようなご関係なんですか？」<br>　昔からの知り合いで、気心の知れた仲である、ということはなんとなくわかったけれども、それ以上のことはさっぱりだ。<br>（お師匠さんがどうのこうのって話してたけど…………）<br>「ああ、秋斉はんのご実家は、日舞の家元なんどす。わての家は華道の家どすが、ひと通り教養を積ませる方針で、生け花と関係の深い茶道はもちろん、日舞や書道、香道、歌なんかも習わせられとって……日舞に関しては子供のころから藍屋さんのほうでお世話になっとりました。その時に秋斉はんともたまに稽古で一緒になっとったんどすわ。わては齧った程度やけど、秋斉さんは名取の腕前なんどす」<br>　話の矛先が変わった所為か、俊太郎さんが妙に饒舌になって説明してくれる。<br>　そんな様子に秋斉さんは何故か苦笑していた。<br>（秋斉さんが日舞って、納得だな…………）<br>　どうりで所作や立ち姿が美しいわけである。<br>「うちは枡屋はんとこみたいに歴史があるわけちゃいますけど、まぁおかげさんで潰れない程度に繁盛しとります」<br>（……ん？でもなんでアメリカに？ＭＢＡって、確か……経営かなんかの資格じゃなかったっけ？？？）<br>「……ああ、日舞をやっとるんは母方の実家で、今は東京のほうで父方の家業を手伝っとるんよ。アメリカに行っとったのは、そっちの関係どす。わてはこっちの生まれやけど、あっちの生活がすっかり長くなってしもた」<br>「……………………なんか……すみません…………」<br>（見透かされてた…………）<br>　どうやらばっちり顔に出ていたらしく、秋斉さんはあっさりとわたしの疑問に答えてくれた。<br>（跡を継がないとか、そういうことか…………）<br>　ふむふむ、と納得していると、今度は秋斉さんが口を開く。<br>「六花はんは……関東のお生まれどすな？」<br>「は、はい！そうです…………」<br>（やっぱり言葉でバレバレだよね…………）<br>　俊太郎さんの恋人なら、京都弁を話せる人がよかったのではないだろうか。<br>（でも、下手に真似しても、イントネーションが絶対嘘くさくなるだろうし）<br>　そんなことを考えていたけれど。<br>「なら…………」<br>　扇を畳む間を置いてから、秋斉さんがおもむろに口を開いた瞬間、わたしが考えていたことなど簡単に吹き飛んでしまった。<br>「最初からこっちで話したほうが、よかったかな」<br>「…………！！」<br>　がらりと口調が変わった秋斉さんのそれは、訛りのまったくない、完全に標準語のイントネーションだった。<br>　わたしが考えたことと逆もしかりで、関西の人が標準語を話しても、どうしてもイントネーションに特徴が出てしまうものである。そのため、話していればやはり関西の人だ、とすぐわかるのだけれど、秋斉さんのそれには一切の違和感がない。<br>「確か枡屋さんも綺麗な標準語を話せたはずだけどね…………彼はずっと京都だというのに、どこで憶えたんだか」<br>「…………仕事の都合どす」<br>「お仕事……？」<br>「ああ、毘沙門流は由緒正しい華道の流派だし、その跡継ぎの若先生ともなれば、東京のほうでも何かと仕事はあるだろうね。しかし……わざわざ訛りを消す必要もないだろうに。京都弁でいたほうが、何かと女性にはモテる気がするけどね」<br>　妖しさとからかいを含んだ笑みで、秋斉さんは指摘する。<br>「…………秋斉はんには関係あらへん」<br>「確かに。…………しかし、こんな軽口くらい、受け流せばいいじゃないか、枡屋さんも。逢わない間に性格が変わったかい？」<br>　遠慮のない秋斉さんの言葉に、枡屋さんは苦笑を返すばかりだ。<br>「秋斉はんは…………しばらく逢わんうちに妙にいけずになりましたな」<br>「ははははは…………口が減らん弟がそばにおったからやろか」<br>　また唐突にイントネーションを切り替えて京訛りに戻った秋斉さんが、可笑しそうに笑う。<br>「…………こっちに来たんもひさしぶりで、少しはゆっくりしよかと思うとったけど……名代頼まれて得したわ」<br>「得…………？」<br>「枡屋はんにも逢えたし…………面白いもんが見れたしなぁ」<br>　そう言って、言葉とは裏腹にふわりとやさしい笑顔になって秋斉さんがまた笑った。<br>（久坂先生も前に同じようなこと言ってた気がするけど…………）<br>　わたしはよくわからずにぱちぱちと瞬きを繰り返すばかりだったけれど、俊太郎さんは苦笑を重ねていた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11489823012.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Mar 2013 23:07:07 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第七話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">　訪れた会場は、それほど大きなものではなかった。時間の所為もあってか、入口から見える人の姿もまばらである。<br>　今回の花展は、毘沙門流で月に一度、主にお弟子さんの成果をお披露目することを目的として開かれるもので、小規模な花展である、と事前に俊太郎さんから聞かされていた通りなのだろう。<br>「簡単なお披露目会みたいなもんやから、顔を合わせる人はそれほど多くはありまへん。ただ……もしかしたら身内と顔を合わせることになるかもしれまへん」<br>　花展の説明の時に聞かされた言葉を思い出して、わたしは自然と身体に力が入るのを感じた。<br>（身内って、俊太郎さんのご家族、ってことだよね……さすがに緊張するな…………）<br>　ふりではあるけれど、彼の恋人として紹介されることになるのだから。<br>（あんまり歓迎されないよね、きっと…………）<br>　毘沙門流の人間じゃないどころか、どこの馬の骨ともわからない女性をいきなり恋人と紹介されたら、やはり吃驚してしまうだろう。<br>（粗相がないように、がんばろう！うん）<br>　俊太郎さんの斜め後ろを歩きながら、背筋を正していると。<br>「おや、若先生！」<br>　受付にいた男の人が、歩み寄る俊太郎さんの姿に目を留めて立ち上がった。<br>「今日おいでになる予定やったんどすか……言ってくらはったらよかったのに」<br>「ああ、伊坂はん。いつもお世話さまどす。今日はまぁ、様子を見に来たのと…………」<br>　わたしのほうを振り返った俊太郎さんに、眼差しで促され、彼の横に立った。<br>「このお嬢さんを、案内しよかと思うて」<br>　こういう時はひとまず笑顔だ、と、わたしは出来る限り自然な笑顔を浮かべ、軽くお辞儀をする。<br>　はて、このお嬢さんはどこのお人やったろか、と記憶を探ろうとしている男性に、自己紹介をすべきか迷っていると。<br>「この人は…………わての大切な人どす」<br>　俊太郎さんは笑顔で言って、わたしの腰のあたりを引き寄せ、そのまま。<br>（…………っ！！）<br>　こめかみのあたりに触れるか触れないかという程度のキスを落とす。<br>　目の前で見せつけられた男の人はもちろん、着物姿で受付嬢をしていたとなりの若い女性まで、こぼれんばかりに目を丸くした。<br>「しゅ、俊太郎さん……人前でこんな……いけません…………」<br>　恋人らしくはじらうふりをしつつも、半分は紛れもない本音である。<br>「ははは、すんまへん、あんさんがあまりにかいらしゅうて、つい」<br>「……………………」<br>　そう言われて顔を覗き込まれれば、その甘い微笑みに何も言えなくなってしまう。<br>（こんな感じで…………）<br>　果たして自分の身が持つのだろうか。今更ながらに心配になってしまう。<br>「は、ははは……そ、そうどすか…………どうぞ、ごゆっくり…………」<br>　案の定、伊坂さん、と呼ばれた男性は目の前のわたし達のやり取りに顔を引き攣らせていた。驚きから脱した受付嬢からは、刺すような視線がわたしに注がれている。<br>（ううう……視線が痛い…………）<br>「遠慮のう、ゆっくり見させてもらいます…………それでは」<br>　俊太郎さんが二人に頭を下げる姿に我に返り、わたしも慌てて会釈をして受付を離れた。<br>　背を向けてもなお、途惑いと敵意にも似た強い視線を背中に感じて、わたしは思わず溜息を洩らした。そんなわたしの横では、俊太郎さんが笑いを必死に堪えている。<br>「ちょっと、俊太郎さんっ！？」<br>　受付の死角に入ってから、わたしが小声で俊太郎さんを咎めると。<br>「すんまへん、伊坂はんの顔が、あまりに…………」<br>　声を殺しつつも背中が揺れんばかりの笑いに、わたしは呆れ顔になってしまった。<br>「…………まぁ、わてを堅物と思うとる人やから、よっぽど吃驚されたんやろなぁ……ああ可笑しかった」<br>「…………………………………………俊太郎さん、この状況を楽しんでませんか？」<br>「……否定はせえへんよ」<br>　ようやく笑いが治まったらしい俊太郎さんは、あっさりと言い返す。<br>（まったく、この人は…………）<br>　ますます呆れてしまったけれど、その反面、そんな俊太郎さんの態度に、わたしの緊張が少しほぐれたのも事実だった。<br>「さて…………今日の目的はほぼ果たしたようなもんやけど、せっかくやから六花はんを案内しまひょか」<br>「えっと…………お願いします」<br>　確かにすぐ帰るのもおかしいだろうし、と心の中で独り言ちて、改めてフロアを見渡した。<br>　それほど広くはない、極力シンプルな内装の中に、思い思いに生けられた花が等間隔で飾られている。作品の前に立つ人は、入口から見た時と同様にまばらだった。<br>「……ん？あれは…………」<br>　俊太郎さんがその中のひとりに目を留め、声をあげた。<br>「……ちょっとよろしおすか？」<br>「は、はい…………」<br>　わたしに断りを入れて、彼は視線の先に歩み寄っていく。<br>　彼が向かう先には、着物姿で作品の前にひとり佇む、立ち姿が妙に美しい、すらりと長身の男性がいた。<br>「秋斉はん…………？」<br>　俊太郎さんの呼び掛けに振り向いた男性は、彼と同じ年頃か少し年下だろうか。<br>（うわ…………）<br>　綺麗、という形容を男性に使うのも失礼かもしれないが、そう言いたくなる程に整った容貌をした男の人だった。<br>「ああ、これは枡屋はん……ずいぶんと御無沙汰してもうて」<br>　秋斉、と呼ばれたその男性は、妖艶さすら纏って俊太郎さんに微笑みかけた。<br>（俊太郎さんとはまた違うけど……かっこいい、というか、綺麗な人…………）<br>　上品で優美な雰囲気は俊太郎さんと似ていたけれど、この人のほうがより怜悧な美しさを湛えている。顔だけでなく、身体全体から、玲瓏な月を思わせる、凛とした静けさが漂っていた。ただ振り向く仕草すら何処か美しい。<br>「アメリカに行かれてたと聞いとりましたが……帰国されたんどすな」<br>「ええ、ついこの間。目的は果たしましたから」<br>「無事にＭＢＡを？」<br>「そうどす。来年は徳川の弟も卒業やし、ええタイミングで帰国できました…………しかし、帰国してこっちに来た途端、名代として花展に行ってきてくれと頼まれてしもて」<br>「ああ、それで…………今回はお師匠はんのご友人の花が出とりますから。秋斉はんとも久しぶりやけど、お師匠はんにもしばらくお逢いしとらんなぁ……お元気どすか？」<br>「ああ、もう。ぴんぴんしとりますえ。跡継ぎ育てんうちはくたばらへん、言うて」<br>「…………やはり、秋斉はんが藍屋を継がれないいう噂は、ほんまやったんどすな」<br>「……………………仕方あらへん、それが……自分で選んだ道やから」<br>　秋斉さんは、手にしていた扇で苦笑する口許を隠し、ほんの一瞬だけ、遠い目をした。<br>「…………で」<br>　扇越しの秋斉さんの目が、つい、と、わたしに向けられて、妖しげな色気を含んだその眼差しに思わずどきりとさせられる。<br>「このかいらしいお嬢さんは、わてに紹介していただけへんの？」<br>　旧知の間柄らしい二人の会話に口を挟むことも出来ず、俊太郎さんの斜め後ろに佇むばかりだったわたしは、話の方向がいきなり自分に向けられたためにどぎまぎしてしまう。<br>　そんなわたしの手を、さも当然のように微笑みと共に引き寄せる俊太郎さん。<br>（ああ、また…………）<br>　呉服屋さんや受付でのやり取りを思い出して、心の中で身構えた。<br>「こちらは…………わてのフィアンセどす」<br>「……フィっ！？」<br>（なんか話が進んでますけどっ！？）<br>　身構えたにも関わらず、思いがけない言葉が俊太郎さんの口から飛び出して、わたしは狼狽え、思わず声が出てしまった。<br>「それはまぁ…………おめでたいことで」<br>　わたしの動揺に気付いているのかいないのか、秋斉さんはやたらと朗らかな笑顔を俊太郎さんに向ける。<br>　その秋斉さんの様子に、俊太郎さんは苦笑を返して。<br>「…………秋斉はんは騙せへんなぁ」<br>「わてを騙すつもりなんか、元よりあらしまへんやろ？」<br>　晴れやかな笑みはそのままで、秋斉さんは扇を煽いでみせる。<br>「かなわんなぁ…………まぁ、訳あって恋人のふりをお願いしとるお嬢さんで、六花はんどす」<br>「は、初めまして…………六花、です」<br>　秋斉さんの言葉からして、どうやらこの人に対しては演技をしなくてもいいらしい。<br>（わざとらしくフィアンセって言ったのも、またわたしをからかったのかな…………）<br>　この人は、と俊太郎さんを軽く睨んでみるけれど、俊太郎さんは気付かないふりをしたままである。<br>（まったく、もう…………）<br>　俊太郎さんにも困ったものだ、と、今日何度目かわからない溜息をついた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p>
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<pubDate>Fri, 15 Mar 2013 23:06:41 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第六話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">　帯が崩れないようにと、車のシートに浅く腰掛けているせいか、どうも身体が安定しない。<br>「大丈夫？」<br>「は、はい…………」<br>　そう声をかけてくれる俊太郎さんもまた、着物姿である。彼の場合は自前な上、運転にも支障がないらしい。<br>　花を生ける時に必ず、というわけではないけれど、改まった席ではやはり着る機会が多い、とのことだから、華道家という職業柄、彼も着物は慣れているのだろう。<br>（似合うなぁ…………）<br>　俊太郎さんが着物を着ると、上品で閑雅な雰囲気がさらに際立つ。<br>　思わず見惚れている自分がいて、慌てて前を向いた。<br>「…………そういえばわたし、子猫ちゃん設定なんですね」<br>　何とはなしに着物の袖を眺めていたら、先程の女将さんとのやり取りが思い出され、思わず口に出してしまった。<br>「…………嫌やった？」<br>　俊太郎さんに問われて、わたしはつい俯いてしまう。<br>「そういうわけじゃ、ないですけど…………」<br>　引き寄せられて感じる体温にも、囁かれる言葉の甘さにも。<br>「…………慣れていないので」<br>　顔が赤くなってしまうのを止められない。<br>「わかっとるよ…………六花はんはそのままでええ。付き合いたての初々しさと思えば、違和感はありまへん」<br>　そんなわたしの態度にもなんでもない、という顔をして、俊太郎さんが言う。どうやら彼は、あれ以上の加減をする気はないらしい。<br>「…………っ」<br>　わたしは俊太郎さんを睨みつけたけれど、彼は涼しい顔のまま前を向いて運転している。<br>（…………この人は）<br>　全部わかっていて、わたしの反応を楽しんでいるのではないだろか。<br>「……………………性悪男」<br>「ははは…………否定はせえへんよ」<br>　ぼそりと呟いたわたしの言葉を耳聡く聞きつけて、俊太郎さんが笑う。<br>「せやけど…………あまり余所余所しくては恋人には見えへんやろし……あのくらいは、どうか堪忍しておくれやす。ただ……ほんまに嫌やったら、きちんと言うて？」<br>　からかう色を潜めて、俊太郎さんの声音が誠実さを帯びた。<br>「わ、わかりました……努力、します…………」<br>　こうやって言われてしまえば、勢いを失ったわたしの声はしゅるしゅると小さく萎んでいく。<br>（べ、別に、嫌なワケじゃないんだよね。ただ、ホントに慣れてないってだけで…………）<br>　確かに、恋人の真似事をする前から、彼はわたしをからかっている部分が無きにしも非ずではあったが、それでもきちんと線引きをしてくれている。<br>（さっきは、肩を抱かれたり、手を握られたりしたけど…………）<br>　こうして今は、触れられることもない。<br>（初めて時のほうが、よっぽど…………）<br>　お姫さま抱っこをされたり、頭を撫でられたりしたことを思い出して、反射的に頬が熱くなる。<br>（あ、いや、そういうことじゃなくて…………っ）<br>　心の中で自分自身に意味不明な言い訳をして、頭を振った。<br>（その後は…………）<br>　顔を近付けられたり、言葉でからかわれたりしたけれど、俊太郎さんは決してわたしに気安く触れるような真似はしない。<br>（なんだかんだ、紳士、なんだよね…………）<br>　そう、俊太郎さんはきちんと弁えた振る舞いをしてくれている。<br>（なのに…………）<br>　先程のやり取りが、恋人のふり、とわかっていても、それに振り回されてしまう自分が少し情けない。<br>（…………うん、ちゃんとしなきゃ）<br>　引き受けた自分の役割を、全うしなくては。<br>　そう思い直して、顔を上げると。<br>「……………………」<br>　視界に飛び込んできた赤信号に続いて、横からの視線を感じて見やれば、無言でわたしを見つめる俊太郎さんと目が合う。<br>「……………………百面相」<br>「…………っ！！」<br>　ぼそっと呟かれて、先程とは違う理由で顔が真っ赤に染まった。<br>「もうすぐ会場に着きます……………………それまでにその赤い顔、治まるやろか」<br>「どっ……どうにか、し、ます…………」<br>　俊太郎さんの笑い声を聞きながら、わたしは窓の外を眺めて、ひたすら深呼吸を繰り返した。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11489818470.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Mar 2013 22:47:05 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第五話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">「枡屋さん、こないに素敵なお嬢さん、いったい何処に隠してはったの？」<br>　笑みを含んだ、はんなり声でそんなことを言いながらわたしの帯を仕上げているのは、まさに京美人、と呼ぶに相応しい上品な容姿の女性である。年齢は四十代前半、といったところだろうか。<br>　わたしに着付けしてくれているこの女性は、俊太郎さんが馴染だという呉服屋の女将さんである。着物姿が様になっているのは、仕事柄、着慣れているからなのだろう。<br>（それにしても麗佳さんといい、この女将さんといい……俊太郎さんの周りの女性って、綺麗な人ばっかりなのかな…………）<br>　なんだか、面白くない。<br>　そんな感情が心の片隅を過ぎったけれど、わたしは敢えて深く考えないようにした。<br>　ちなみに、なぜその女将さんに着付けをしてもらっているかというと。<br>　ついに、というかなんというか、とうとう俊太郎さんに同行して、毘沙門流の花展へ行くことになったのだ。今日は俊太郎さんも着物姿で、わたしもぜひ、ということで、こちらで着物をお借りすることになった。<br>「別に隠してたわけではあらへんよ、知り合うたのも、最近やさかい…………このお嬢さんは、わての車の前に飛び出してきはったんどす。可哀想なくらい震えとって……思わず拾ってしもた」<br>　衝立のむこうでお茶を飲んでいるらしい俊太郎さんが、笑って女将さんに言葉を返した。<br>　彼の答えに、わたしは頬が自然と熱くなるのを感じる。<br>「枡屋さんたら……そない猫か犬みたいに言わはって…………ねぇ？」<br>　女将さんは言外に困った人、と付け加えてわたしに同意を求めてきたが、わたしが何かを言う前に。<br>「せや、わてにとっては可愛い可愛い子猫やさかい」<br>　俊太郎さんが楽しげに笑いながらそんなことを告げるので、わたしは喉の奥で言葉を詰まらせてしまった。<br>「まぁ、枡屋さんがそないなこと言わはるなんて……よっぽどこのお嬢さんがお気に入りなのね」<br>　ふふふ、と女将さんまで楽しげに笑うので、ますますわたしは何も言えなくなってしまう。<br>（もう、俊太郎さんってば…………）<br>　うー、っと、心の中で唸るしかない。ふりとはいえ恋人なのだから、甘い言葉をかけられて動揺するのはおかしいだろう。<br>「……………………さて、これでどうかしら？」<br>　ぽん、と背中を軽く叩かれて、わたしは我に返る。<br>「ほう…………これはまた」<br>　察した俊太郎さんが衝立から顔を出し、わたしの姿を眺めて目を細めた。<br>「に、似合ってますか……？」<br>「ええ、もちろん」<br>　俊太郎さんの返事にまた頬を染めつつ、女将さんに促されて姿見の前に立った。<br>（わぁ…………）<br>　赤、というより紅と呼んだほうが似つかわしい深みのある色合いに、大きめの花が控えめに散らしてある着物は、華やかではあるが、下品な派手派手しさは感じない。帯は黒地でこちらにも美しい刺繍が施されている。<br>　見せてもらった時から綺麗な着物だと思っていたけれど、こうして身に着けてみるとまた印象が変わってくる。<br>　着物に着慣れていない自分では、似合っているのか、いないのか、いまいち判断に迷うところだけれど、二人の反応は決して悪くないのだから、それなりに見られる状態と思っていいのだろうか。<br>「このままうちの店のモデルになってもらおうかしら？」<br>「……それは困りますなぁ」<br>　満足げな表情を浮かべている女将さんの言葉を、俊太郎さんは即座に否定した。<br>「この人はわてだけの…………可愛い子猫やさかい」<br>　肩を抱き寄せられて、手を取られる。その体温に鼓動が跳ね上がった。<br>　身体の距離が近付いて、ふわりと、ほんの微かに、甘くて苦い、お香のような匂いが鼻腔を掠める。<br>「……見世物なんかにさせへん」<br>　着物に合わせて結い上げた髪にそっと指で触れられて囁かれれば、頬だけでなく、顔全体が熱くなっていくのを止められない。<br>「まぁ、見せつけてくれちゃって」<br>　女将さんは楽しげに笑うけれど、わたしは動揺を抑えるのに必死だった。<br>（演技だって、わかってるけど…………っ）<br>　そんなわたしの限界を悟ったのか、俊太郎さんの身体がすっと離れて。<br>「着物に慣れてへんから……いろいろ教えてやっておくれやす。まだ時間はあるさかい」<br>　そんな言葉を残して、衝立のむこう側に姿を消した。<br>「…………着物は、初めて？」<br>「えっと……子供のころ以来、です。最近は浴衣くらいで、ちゃんとした振袖を着たことは…………」<br>　女将さんに問われて、わたしは乱れたままの鼓動をようやく鎮めつつ答えた。<br>「そうね、京都だからって、若いお嬢さんが振袖を着る機会なんてそうそうないわよね。成人式か、せいぜい結婚式くらいかしら」<br>　わたしに合わせてくれたのか、女将さんはイントネーションだけ残した訛りの少ない言葉になっていた。<br>「すみません、こんなに素敵な着物、貸していただいてしまって…………」<br>「いいのよ、気にしないで。枡屋さんのお家とは長い付き合いやから。それに、素敵なお嬢さんに着ていただけるならこちらとしてもうれしいわ…………本当にこのままモデルになってくれてもいいくらい」<br>　彼女のやさしい微笑みに、ようやく落ち着きが戻したわたしも微笑みを返すことできた。<br>「歩き方のコツや、おトイレで気を付けたほうがいいこと、教えるわね…………」<br>　こうして親切な女将さんに色々と教わっている間、衝立のむこうでは俊太郎さんが遠い眼差しを虚空に向けていた。<br>　その瞳には、哀しげで自虐的な、諦めにも似た色と、秘められて揺らぐ熱い焔とを、同時に浮かべて。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11489812200.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Mar 2013 23:01:22 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第四話</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">　麗佳さんの姿が消えた後、残された食器が見事に空になっているのを、わたしはただぼんやりと眺めながら、頭の中では必死に情報を整理していた。<br>（家元の、跡取り息子…………）<br>　俊太郎さんの育ちの良さや暮らしぶりを考えれば、それは充分に頷けた。山のように持ち込まれるお見合いも、彼の家の格式と将来を考えればきっと当然のことなのだろう。<br>　そして時折、彼が人知れず吐露する苦々しい何かは、伝統や格式を重んじる家への重責や、敷かれたレールに乗せられていることへの不満だと考えれば。<br>（ううん、ただそれだけじゃない気がする…………）<br>　まだわたしの知らない彼の素顔。<br>　それを知りたいと思うのは。<br>「…………台風みたいな人やろ？申し訳あらへん」<br>　沈黙を破る俊太郎さんの声に、わたしは思考を中断してはっと顔を上げた。<br>「家のことは、きちんとわてから話すつもりでいたんやけど…………」<br>　申し訳ない、と今まで見たことないくらいの困った笑顔で、俊太郎さんが再度謝罪する。<br>「いえ…………」<br>「麗佳が言ったことに嘘はあらへん…………わては伝統を重んじる毘沙門流という流派の家元の生まれどす。跡取りと嘱望されていることも事実。身内に目撃されたのをこれ幸いと、六花はんに面倒な役を背負わせようとしました。家に関係ないお人やからこそ、そう思て…………せやけど、確かに麗佳の言う通り、関係のない人間を巻き込んで、考えなしやと罵られても何も言い訳できへん…………六花はんが迷惑と思うなら、今すぐ恋人役のことは撤回してもろてかまへん」<br>　関係のない、と言われた言葉が、不意にずしんと響いて堪えた。<br>　そう、きっと、わたしはこの人のことを本当のところはまだ何も知らないのだ。<br>　まだ、今は。<br>「……………………」<br>　すぐには言い返せず、わたしは束の間沈黙した。<br>　そして自身に問いかける。<br>　しかし、答えはすぐに出た。<br>「あの……っ」<br>　その答えを、うまく言葉にできるか不安を憶えながら、口にする。<br>「一度引き受けたことを、放り出すつもりはないです…………」<br>　それだけはまずはっきりと言葉にした。<br>　真っ直ぐ見返した俊太郎さんの目が、少しだけ驚きを浮かべる。<br>　俊太郎さんがわたしにしてくれたこと。夢に気付かせてくれた。それを手助けしてくれている。でも、それだけじゃない。<br>「それに、わたし、俊太郎さんの花、好きです！」<br>　ああ、こういうことが言いたいんじゃないのに、そんなことを思うけれど、それでも言葉を必死に紡いだ。<br>「お花のこと、何もわからないけど……でも、心が込めてあって、綺麗だと思います！」<br>「ええんや、麗佳の言ったことは、ほんとのことやから…………」<br>　自嘲した俊太郎さんの笑みに、胸が痛む。<br>　上手く言えない、そのもどかしさが苦しい。<br>「でもっ！」<br>「ありがとう。六花はんの言葉だけで充分どす…………せやけど、ほんまにこのまま引き受けて、六花はんはほんまに後悔せえへん？」<br>「…………多分」<br>「多分？」<br>　再度問われて少し弱気になったわたしの答えに、俊太郎さんはよくやく少しだけ笑みを浮かべてくれる。<br>「正直、わかりません…………でも、少なくとも今は、お断りする理由がありません」<br>　麗佳さんの言葉に、このままおめおめと引き下がれない、そう思ったのも事実だ。<br>　でも、違う。それだけじゃない。なのにやはり、上手く言葉にはできなかった。</font></p><p><font size="2">「……真面目な六花はんらしい…………せやけど、わての目は、確かやった」<br>「え…………？」<br>「そのうち、花展に付き合ってもらうことになります。六花はんはわてのとなりにおってくれるだけでええ、できる限り六花はんの負担にならへんようにします。せやけど、もしかしたら嫌な思いをさせるかもしれへん…………ほんまにつらくなったら、やめたなったら、すぐに言うて？」<br>「はい…………」 <br>「面倒をかけます。それでも……わては六花はんに頼みたい」<br>　まっぐな瞳で、テーブルのむこうから微笑みかけられて、出逢った日に前に頭を撫でられたことを思い出してしまい、何故か頬が熱くなる。<br>「よ、よろしくお願いします…………」<br>「こちらこそ、改めてよろしゅうお頼み申します」<br>　一度きちんと頭を下げた俊太郎さんが、今度こそ穏やかな笑みでわたしを見た。<br>　その微笑みがうれしくて、わたしの心にふんわりとやさしい灯りが点る。<br>「あ……お料理、冷めちゃいましたね…………温め直しましょうか？」<br>「いや、大丈夫や。六花はんの料理は冷めても美味しい」<br>「あ、ありがとうございます…………」<br>　麗佳さんの衝撃から、ようやくいつもの雰囲気が戻ってきて、互いに食事を再開する。<br>（がんばろう、俊太郎さんの役に立てるように…………）<br>　今のわたしに想像できないようなことが、この先に待ち構えていても。<br>　この人のことをもっと知りたい。どういう人なのか。<br>　そう思い始めた時から、もうすでに。止められない想いは、走り出している。<br>　わたしはまだ、気付いていない。<br>　人はそれを、恋と呼ぶのだと。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11476807353.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Feb 2013 21:15:52 +0900</pubDate>
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<title>【胡蝶　第二部】第三話</title>
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<![CDATA[ <font size="2"><p>「申し訳あらへん」<br>　電話のむこうで開口一番、俊太郎さんが謝罪の言葉を口にした。<br>「どうかしましたか……？」<br>　謝られる心当たりがまったくなく、わたしは携帯を手にしながら首を傾げていた。<br>「実は…………少しばかり厄介なことになってしもて」<br>　とうとう、本格的に恋人のふりをすべき時が来たか、と身構えたわたしだったが、俊太郎さんの話は少しばかり予想と違っていた。<br>「へぇ……美味しそうね」<br>　だいぶ慣れてきた俊太郎さんのキッチンで、いつものように料理をしていたわたしの背後から鍋の中を覗き込んできたのは、わたしの雇い主ではない。<br>　屈みこんだ際に肩から滑り落ちる、いまどきめずらしい漆黒の髪はまさに濡れ羽色。手入れが行き届いた豊かな巻き髪は艶々としていて、ゴージャスの一言に尽きる。目鼻立ちは整っていて、中でも吊り目がちだが大きく美しい瞳もまた黒曜石のように黒々と神秘的な輝きを帯びている。吸い込まれそう、というよりは、光を放って人を圧するような強さがあった。スタイルはモデルのように華奢ではなく、凹凸のはっきりした肉感的な体つきをしており、儚さよりも生命力を感じさせるエネルギッシュなオーラを全体に纏っている。顔立ちの華やかもあって、やや日本人離れしている美しさである。<br>　美人、よりも、綺麗、よりも。美女、という形容がぴったりの女性。<br>「……ホントにね、この画数が多くて仰々しい名前、どうにかならないかしらって、自分でも昔から思ってるんだけど」<br>　先程、出逢い頭に手渡された名刺には、夕霧麗佳、と書かれてあった。<br>（この人が…………）<br>　そう、あの麗佳さんである。<br>　先日、俊太郎さんが電話で謝っていたのは、次の料理の日に麗佳さんが同席することになった、という連絡に関してだった。<br>「いい匂い…………鯖の味噌煮？」<br>「あ、はい、今日は和食にしようと思って…………」<br>「アタシも魚が食べたい気分だったから、ちょうどよかったわ」<br>　くるりと踵を返して、リビングのほうに戻っていく麗佳さん。その後ろ姿を目で追ってしまうと、心配そうにこちらを見ていた俊太郎さんと目が合った。<br>　すんまへん、と目で謝られ、大丈夫です、と同じように目線で返した。<br>「……別に取って食おうってつもりはないわよ、失礼ねぇ」<br>　麗佳さんがわたし達のやり取りを目敏く見咎めて、容姿とは裏腹な、子供じみた仕草で口を尖らせる。<br>「失礼なんはあんさんのほうや、急に押しかけて……こっちの迷惑も考えへんで」<br>　対する俊太郎さんもまた、口調に遠慮がない。<br>「だから、言ったでしょ？アタシにも紹介しといたほうがいいんじゃないかって、なんなら協力してあげるって」<br>「断れば、偽物やとばらす、そういう意味やろ？」<br>「誰もそんなこと言ってないじゃない！」<br>「言ってます、気付いてないなら無意識や、そのほうが余計に性質悪いわ」<br>「な……っ！！」<br>（なんか……雰囲気が刺々しいというか、ぎすぎすしてるというか、ぴりぴりしてるというか…………）<br>　明らかに歓迎してない俊太郎さんと、それを承知の上で乗り込んでいると思われる麗佳さん。<br>　ひとまず食事で誤魔化そうと、鯖の味噌煮に添える白髪葱を慌てて完成させ、料理の盛り付けにかかる。<br>「しょ！食事に、しま、しょう…………」<br>　お盆を手にして意気込んだものの、二人の間に冷え冷えと漂う空気にわたしの声は勢いを失って、結局無言で料理を並べていく。<br>「…………わても手伝います」<br>「あ、ありがとうございます…………」<br>「……………………」<br>　俊太郎さんは穏やかな表情を取り戻して立ち上がり、麗佳さんはケンカした子供のように不貞腐れつつも器を並べてくれる。<br>（俊太郎さんもあんなふうに怒ったりするんだな…………なんかちょっと、意外な感じ。でも、あれが俊太郎さんの素顔だったりするのかな…………）<br>　そんなことを考えて、なんだか心の隅が妙な具合になったけれど、ひとまず今は、と、料理のほうに意識を集中する。<br>「……………………」<br>　料理を並べ終えて、それぞれが席に着いて。何故か妙な間が空いた。<br>「えっと…………今日は、鯖の味噌煮と、けんちん汁、春菊の白和え、だし巻き卵です」<br>　気まずさを打ち消すべく、わたしが口火を切って料理を説明する。<br>「今日は和食どすか」<br>「はい…………」<br>「いただきます」<br>　麗佳さんはさっそくお箸を手にして、けんちん汁をひと口。<br>「ん……美味しいわ」<br>「ありがとうございます…………」<br>　こうして、今日の食事は始まった。<br>「…………それにしても、アナタもよく俊太郎の恋人役なんて引き受けたわね……ちなみにそれをリアルにするのはおススメしないわ。この男だけはやめといたほうがいいわよ、背負うものが暗くて重くて面倒くさいから」<br>　だけ、というところをやたらと強調して、彼女はだし巻き卵を口に放り込んだ。<br>　ぱくぱくぱく、と音が聞こえてきそうなほど、豪快に、かつ手際よく料理を口に運んでいく麗佳さん。なのに、決して口に物が入ったままの状態で喋るような、行儀の悪い真似はしない。箸遣いも綺麗で上品だから、見ているこちらも気持ちがいいほどの食べっぷりだ。<br>　ただ、どうやって食べるスピードと喋る量を維持しているのか、目の前で見ているのにまったくわからなかった。<br>「麗佳さんは、俊太郎さんのことをよくご存知なんですね…………昔からのお知り合いですか？」<br>　彼女につられたのか、わたしも食事の合間に思ったことを口にしてしまう。<br>「…………俊太郎、アタシのこと話してないの？」<br>　麗佳さんは見咎めるような眼差しを俊太郎さんに向けたが、彼は表情なく無言のままだ。<br>「…………親戚兼、幼馴染だから、確かに付き合いは無駄に長いわね。ま、腐れ縁ってヤツよ。昔は一緒に花を習ってたんだけど、アタシにはあの古臭い世界が性に合わなくてね……大学で上京して、そのままあっちで仕事見つけたの。結局、フラワーコーディネーターなんて、逃げ出せたんだか逃げ出せてないんだか、よくわかんない仕事に就いちゃったけど、花は嫌いじゃないのよ。古臭いしきたりに縛られない分、今の仕事は自由で楽しいわ」<br>「……はぁ」<br>「ちなみに最近では雑誌の仕事なんかも手掛けるようになって、そこでクララと知り合ったのよ」<br>「なるほど…………」<br>「クララ、アナタのこと気に入ってたわ。連絡取ってるんでしょ？」<br>「はい、たまにですけど、メールで…………」<br>　麗佳さんの弾丸トークに気圧されていたが、ここではたと気付く。<br>（あ…………！！）<br>　詳しいことは聞いていないけれど、わたしのことは俊太郎さんが麗佳さんに話したのではないことは彼の態度から明らかだ。おそらく、彼女はわたしのことをクララさんから聞いたのだろう。クララさんにはっきり話した訳ではないけれど、クララさんもそれとなく事態を察し、心配して麗佳さんに話したのかもしれない。<br>（後で、俊太郎さんに謝らなきゃ…………）<br>「何？どうしたの？」<br>「い、いえ、なんでも…………」<br>「不安そうな顔ね…………俊太郎のことだもの、どうせロクに説明もせず、アナタを引っ張り込んだんじゃない？そのこと自体らしくないわ、他人を巻き込むなんて。それとも本気でこのコに惚れたの？」<br>「何を馬鹿なことを…………」<br>「アナタもね、単なる恋人のふりするだけだと思ったら、大間違いよ？」<br>「…………？」<br>「お見合いだのなんだの、俊太郎も大変よね…………枡屋の家はまだマシなほうかもしれないけど、伝統ばかり重んじる、古臭い家に変わりはないわ。アナタも恋人のふりなんて、やめるなら今のうちだからね」<br>「…………麗佳はん」<br>「俊太郎は……紛れもなく、歴史ある毘沙門流の家元である枡屋本家の、跡取り息子だもの」<br>（…………！！）<br>「麗佳！」<br>　俊太郎さんの険しい声が飛ぶ。それでも麗佳さんは止まる気配がなく、その口から言葉の奔流が迸る。<br>「俊太郎、アンタいつまであそこにいるつもりなの？まるっきり修行僧みたい…………そのまま朽ち果てるつもり？そんな覚悟もないクセに」<br>「……………………」<br>　彼女の言葉は白刃のような鋭さで、わたしに告げるというよりもむしろ、俊太郎さんに斬り込んでいくかのようだ。<br>「アンタの花なんて、ただの猿真似なのに。伝統だけは継承した古臭い花に、小手先だけの技や、今っぽい色彩感覚を取り入れただけの、面白味のない花。伝統ばっかり重んじるジジババや、見た目の華やかさに惑わされる一般人に受けがいいもんだから…………弟の正裕のほうが、よっぽど斬新で面白い花を生けるのにね。頭の硬い連中は異端だって認めないのよ、あいつらの石頭ぶりには困ったものだわ……だからアタシはあそこから逃げ出したんだけど」<br>　最後の方は呟くように言って、麗佳さんは束の間、自嘲した笑みを浮かべた。しかし、すぐに鋭い眼光を宿して、俊太郎さんを射抜こうとする。<br>「因習にがんじがらめになって、動けない。いいえ、アンタは自分から動こうとしない。何に囚われているの？それとも…………このコを選んで、もがいているつもり？」<br>「勝手なことを！！」<br>「そう。アタシはもう外の人間だから、こうして好き勝手なことが言えるのよ。アンタの背負ってるものなんて、アタシは知らない」<br>　知らない、と言いながら、じゃあ、どうして。<br>　情報量の多さに思考が追い付かない。それでも、麗佳さんの言葉に含まれる苛立ちの棘が、ただ俊太郎さんを傷付けることだけを目的としていないことは、わたしにもわかる。<br>「……麗佳、何が言いたいんや」<br>　低く絞りだすような、それでいて平坦な、感情を含ませまいとする声が響く。<br>「…………さぁ？自分で考えたらどう？」<br>　麗佳さんは俊太郎さんにそっけなく言い返して。<br>「ごちそうさま。美味しかったわ、じゃあね」<br>　最後の言葉はわたしに向かって言って、さっさと立ち上がり、荷物をまとめて出て行ってしまう。<br>「……………………」<br>「……………………」<br>　二人だけが取り残されたリビングには、重い沈黙が落ちた。</p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　《続く》</font></p></font>
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<link>https://ameblo.jp/skr-tg/entry-11476806101.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Feb 2013 21:25:45 +0900</pubDate>
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