<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>みんなの夢は僕の夢</title>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/sl-nakano/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>「ライフプランニングって何？。」それは夢をかなえるもの。ステキな未来を築き上げるもの。お客様との触れ合いの中で、皆さんの夢が叶えられることが僕の夢でもあります。そんな普段の活動の中から起きたエピソードを中心に書いていきます。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>何とかして助ける　それだけを考える</title>
<description>
<![CDATA[ 普段、テレビを見ない僕でも、NHKの「プロフェッショナル～仕事の流儀」という番組だけは、録画してでも見たい番組。<br>今日は自宅に早く戻ってきたので、1ヶ月前に放送された回をやっと見た。<br><br><br>その回は、壮絶な命の現場の回だった。<br><br><br>虎ノ門病院血液内科医　谷口修一先生。<br>他の病院で余命宣告された血液がん・白血病の患者さんに、臍帯血移植などを行い、希望を与え続けている先生だった。<br>治癒率3割。<br>たった3割という無かれ。<br>絶望の淵におかれた患者さんを「3割も」救っているのだ。<br><br><br><br>そしてその数字の影には、お引き受けした患者さんを「7割も」看取っているという現実がある。<br><br><br><br>谷口先生は、若い頃、九州大学の師匠である原田先生にこう言われたそうだ。<br><br><br><br>「助かるかどうかは関係ない。助けろ。」<br><br><br><br>なんと壮絶な言葉。<br>その言葉を背中に、最前線に立ち続ける先生の姿に涙が止まらなかった。<br><br><br>この放送では、ある50歳のお母さんを追っていた。<br>やはり白血病で、他の病院で余命数ヶ月と診断され、谷口先生の移植に一縷の望みを懸けた。<br><br><br><br>彼女には中学生の娘さんがいた。<br>その娘さんを想う言葉が、また心に刺さった。<br><br><br>「『子どものために生きる』というのは、自分が生きなきゃできない」<br><br><br>誰かのために生きる。<br>偽善的な言葉かも知れないが、誰もがそんな想いは持っているはず。<br>でも生死の狭間で、初めて「他己のため」に「自己を守らなきゃいけない」と気づく言葉は、余りにも重い。<br><br><br><br>移植後2ヶ月で、このお母さんは、谷口先生達の懸命な努力にもかかわらず亡くなる。<br>でもその闘いは決して無駄ではなかったはず。<br>そう、お子さんにとっても。<br>番組の中では描かれてないが、多分お子さんはそんなお母さんを誇りに持って、これからを生きていくだろう。<br>愛された記憶を胸に。<br><br><br><br>そして今日も谷口先生の闘いは続いている。<br>3割を4割に。<br>4割を5割に。<br>何としても助けるために。<br><br><br><br>僕らは、今目の前にいるその人のために、どれだけのことができるだろうか？。<br>その覚悟があるか？。<br>先生の背中に、改めて教えられた想いだった。<br><br><br>感謝。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-11080653445.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Nov 2011 23:03:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>一通の手紙</title>
<description>
<![CDATA[ 先日、会社に一通の手紙が届いた。<br>流麗な筆文字で宛先が書かれた手紙を見て、宛名を見なくても、誰だかわかった気がした。<br><br><br><br>先月のシルバーウィーク。<br>僕がこの仕事に就いてもう8年以上になるが、初めてと言っていいぐらい長いお休みを頂いた。<br><br><br>そのお休みを使って、福島・栃木・茨城を旅してきたのだ。<br>お客様も何人かいる中で、お会いしに行くという目的はあったにしろ、むしろ震災以降初めて足を踏み入れるそれらの場所で、色んな人からお話を聞き、自分の目で色んなものを確かめたかった。<br><br><br>敢えてわかりやすい場所には行かなかった。<br>まだまだ復興は端緒の尾を付けたばかりだ。僕らが行って、全く手付かずの場所を見て、その現状を伝えていくのは、他の方におまかせしようと思った。<br>むしろ、その周り。表面上は何も問題ないように見えるところ。<br>そんな場所を回りたかった。<br><br><br>様々な場所で色んな人の話を聞いた。<br>額然とするものもあった。<br>思わず涙がこぼれたこともあった。<br>そんな何日かを過ごして、最後の夜。<br>僕は茨城の水戸にいた。<br><br><br>その日は3連休の最初の夜。<br>水戸に初めて降り立った僕は、大きな都市と言うイメージとは、およそかけ離れた駅前で夕食を取る場所を探していた。<br>時刻は19時。<br>駅前は若い人を中心にある程度の人はいるとは言え、駅ビルのわかりやすすぎるぐらいの照明の強さには、およそ不釣り合いな人通りだった。<br><br><br><br>そんな中で、一軒の居酒屋に入った。<br>地元の野菜を中心としたメニューに目が留まり、ちょこっと中を覗くと内装を含めて、ステキな感じだった。<br><br><br>話は逸れるが、なぜかこういう時の嗅覚は、自分でも感心するほど敏感で、まずハズレのお店に出くわしたことがない。<br>この日のお店「わびすけ」も、そんなお店だった。<br><br><br>女性2人がやってらっしゃるお店で、僕が入った時はカップルが一組だけ。<br>その後も、カップルが2組ぐらい入ってきただけで、総じて「ヒマ」な感じだったので、僕はお二人にずっとお話相手になって頂いた。<br><br><br>お店のこと、震災のこと、お二人のご自身のこと、水戸のこと、ご実家のこと。。。。<br>僕もなぜこの旅をしてきたのか、どんな想いで震災を見てるのか、自分自身のことも含めて、色んなことを話した。<br><br><br>この閑散とした状況はやはり震災以降のことで、水戸駅周辺はその昔、千波湖を埋め立てたもので、震災の影響で液状化が激しく、多くの店がのれんを降ろしているらしい。<br>その上、「わびすけ」は地元の食材を使うことが売りなので、原発事故による風評被害でかなりのダメージを受けたそうだ。<br><br><br>お二人のうち、店長と思しき人と主に話してたのだけど、<br><br><br>いつのまにか泣いてた。<br>目を真っ赤にして。<br>そして僕ももらい泣き。<br><br><br>でも、その店長がきっぱりと言った一言が突き刺さった。<br><br><br>「でもね、ここで生きて行くしかないんですよ。ここで頑張るしかないんです。」<br><br><br>その時、彼女は「ヤマトナデシコ」だった。<br><br><br>結局は閉店まで、ほとんど店を貸し切りにしていたぐらいの状況で、贅沢な夜を過ごした。<br>帰りにお店の外まで見送りに来てくださった彼女に感激しながら。<br><br><br>届いた手紙の筆文字は、まさに「ヤマトナデシコ」の文字だった。<br>彼女ならこういう字を書くだろうなと思った。<br>だから開けなくても、誰からだかわかった。<br><br><br>その手紙は便箋4枚もあった。<br>その中の一文が嬉しかった。<br><br><br>「中野さんの心に触れて、熱い気持ちになりました。」<br><br><br>想いは伝わる。<br>共鳴する。<br>だから伝える努力をやめてはいけない。<br>思いの丈を込めて「伝える」。<br>いつまでもそんな人でありたい。<br>だから、ブログに戻って来た。<br><br><br><br>「わびすけ」の伊藤店長、千秋さん。<br>また必ず行きますね。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-11054621424.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2011 08:14:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ただいま。</title>
<description>
<![CDATA[ 震災を機に、ブログを書くことをお休みした。<br><br><br><br>自分自身にも色んなことが起き、今でも色んなことが起こっていて、心の余裕が無くなった。<br>いや、無くなったと自分で決めつけていた気がする。<br>「自粛」などという言葉に、圧倒的な反抗意識を示していたのにも拘らず、心はへたっていたらしい。<br><br><br>でも先日、あるお客様にいきなりこのブログのことを聞かれた。<br>そのお客様は、わざわざネットで僕の名前を検索して、このブログにたどり着いたと言う。<br>「～の話、泣きました。」とそのお客様は告白してくれた。<br><br><br><br>恥ずかしかったけど<br><br><br><br>嬉しかった。<br><br><br><br>だからまた少しずつ書こうと思う。<br>読んでくれる人がいるなら。<br><br><br>もう一つ<br><br><br>今日、ある手紙が届いた。<br>それが僕の背を後押ししてくれた気がする。<br><br><br><br>その手紙については、次のブログで書こうと思う。<br><br><br><br>とりあえず<br><br><br><br>ただいま。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-11054559897.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Oct 2011 13:09:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>BACKUP</title>
<description>
<![CDATA[ このブログでは、あまりダーツのことを書きませんでした。<br><br>僕は、プロフィールにも書いてありますが、趣味でダーツをやっていて、mixiでは「Team 矢宴」というダーツチームの管理者をやらせて頂いてます。<br>2ヶ月に1度定期的にイベントを行い、ダーツのみならず、遠足に行ったり、飲み会をしたり、ダーツを元にしてたくさんのご縁を頂きました。<br><br><br>今回の震災にあたり、そのコミュを通して何か出来ないか？、と自問自答してました。<br>矢宴イベントには、毎回ありがたいことに30人以上の仲間が集まってくれています。登録人数だけで言うと200名ほどいます。<br><br><br>何か出来ないか？。<br><br><br>そう思ってた折、矢宴メンバーでもあり、日頃から親しくさせてもらっているプロプレーヤーの竹山大輔が代表発起人となり、「BACKUP」という震災復興支援プロジェクトを立ち上げるという知らせが入りました。<br><br><br>「BACKUP ACT FOR JAPAN　発起人代表あいさつ」<br>http://ameblo.jp/backup-jp/<br><br><br>「BACKUP ACT:1」<br>http://atnd.org/events/13954<br><br><br>実は今回の震災で、ダーツプレーヤーの中にはかなり怖い思いをしている人達がいます。<br>震災のあった週末は、仙台でPERFECTという大会が行われる予定でした。<br>ですから前日入りしていた選手や、状況がわからず仙台に向かっていた選手は、本当に大変な想いをして帰ってきました。<br>中には、乗っていた車が津波に攫われ、トラックの上で救助を待っていた選手もいます(Tmitterでダーツ仲間が救援を呼び掛け、そのツイートがyahooニュースに載っているぐらいでした)。<br>仲間がそんな想いをしてますから、他人事では決してないのです。<br><br><br>この時期にこういうイベントをするのは、当然賛否両論もあるでしょう。<br>ましてや今流行っているソフトダーツの機械は、電気も使いますから、目くじらを立てられる方もいることは重々承知です。<br><br><br>ですが、彼らは自分達が「出来ること」で役に立とうとしてる。その純粋な想いは、決して非難されるものではありません。<br>ましてや、自粛自粛で「楽しい」ものが排除され、節電で街の灯りも消えている。<br>あまりにも過度な状況は、今元気でいる人達の元気さえなくしてしまいそうです。<br>それでは日本全体がつぶれかねません。<br>「楽しみ」を思い出し、意欲を発露し、明日の糧を僕らが率先して生み出して行くことは、僕らの使命でもあると思います。<br><br><br>竹山がいみじくも言ってましたが、「まず出来ることを行動にうつしてみる」ことが、今は一番必要なことだと思います。<br>「不謹慎」というお言葉は、彼らに変わって、僕が甘んじてお引き受けします。偽善結構、不謹慎大いに結構とさえ思っています。<br>でも決して「非常識」ではありません。もっと言えば、出来ることを何もしないより、よほど崇高な活動だと思っています。<br><br><br>第一回目のイベントは明日に迫っております。<br>大会以外では、これだけのプロプレーヤーが集まることは稀です。<br>もしもダーツに興味があったんだけど、投げ方がわからないとかルールがわからないなんて言う方にとっても、最適なイベントになるでしょう。<br>是非、彼らの心意気を感じとって、少しの余裕がある方はご協力下さい。<br><br><br>僕は、竹山を始め、今回の運営に携わっているスタッフを今後も「BACKUP」して行く覚悟です。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-10834936334.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Mar 2011 13:23:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>誇りとプライド</title>
<description>
<![CDATA[ 先日の東北大地震から始まった、未曾有の混乱。<br><br><br>被災に遭われた方々、本当にご苦労かと思います。<br>僕らは幸いにもこの関東に住んでいて、怖い思いや不便な思いをしつつも、まだ東北の皆さんのことを考えたら、大したことないって思えます。<br><br><br><br>でも、先ほど仕事から帰ってきて、遅い夕食を食べながらテレビをつけたら、相も変わらずほぼ全ての民放局と公共放送のNHKが未だに災害に関する情報のみ流しているのを見て、思わずテレビを消しました。<br>やっぱり、心が疲れてきてる。<br>疲弊してきてる。<br>そう感じました。<br><br><br><br>僕は普段、食事をする時にスポーツニュースを見ることが多いのですが、「そういえばここのところ見てないな」と思い、iPhoneでyahooニュースを閲覧し始めました。<br><br><br><br>「3月中のJリーグは全試合中止」<br>「Vリーグは打ち切り」<br>「オープン戦9試合中止」<br><br><br><br>やっぱりこんな記事ばかりか<br>そう思った記事の中に<br><br><br><br><br>「ザック監督　代表戦開催を主張」<br><br><br><br><br>という記事を見つけました。<br><br><br><br>「日本は、この恐ろしい災害から復興することができる。そして、サッカーが貢献を果たすことが出来る。私はそう確信する。」<br><br><br><br><br>思わず、ぽろっと涙が。<br><br><br><br>こんな時期にスポーツなんか<br>こんな時期に娯楽なんか<br><br><br><br>そういう向きのご意見があるのは、重々承知です。<br><br><br><br>でも、こんな時だからこそ、です。<br><br><br><br>彼はサッカーが持っている「人々を励ます」可能性を信じてる。<br>そして、彼が「するべきこと」を知っている。<br>そう思うのです。<br><br><br><br>「日本国民に胸一杯のサッカーを、一生懸命のサッカーを見せるんだ。それが日本を救う力の一助になる。」と。<br>自分の仕事に誇りとプライドを持って、奮い立っている。<br>そう思うのです。<br><br><br><br>代表戦なら、関西の方のスタジアムを使えば、開催には全く問題ないでしょう。<br>是非、やっていただきたい。<br>僕は全面的に応援します。<br>そしてその大歓声を被災地の皆さんに伝えて欲しい。<br>「日本、頑張れ！。」と。<br><br><br><br>開催が出来たら<br><br><br><br>どうかテレビ局の皆さん<br>放送して下さい。<br>何とか被災地の皆さんが見ることが出来るようにしてあげて下さい。<br><br><br>どうかラジオ局の皆さん<br>放送して下さい。<br>何とか被災地の皆さんに、スタジアムの大歓声を聞こえるようにしてあげて下さい。<br><br><br><br>そして僕らは<br><br><br><br>自分たちの「するべきこと」を、胸一杯の思いでやっていきますから。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-10831023328.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Mar 2011 23:59:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>NPO法人を立ち上げる夢</title>
<description>
<![CDATA[ その人には、ナンパで知り合いました（笑）。<br>「ナンパした」んではないですよ、「ナンパされて」。<br><br><br><br>その人は、ある打ち合わせで知り合いました。<br><br><br><br>僕は<br>たまたまその打ち合わせに出席をし<br>たまたまお昼直前だったので、打ち合わせ後にすぐにエレベーターに乗り<br>たまたまその打ち合わせの中心だった業者の方とエレベータに乗り合わせ<br>たまたま「お昼ご飯に行くんだ」と言ったら<br><br><br><br>「ご一緒させて頂いていいですか？。」とナンパされました（笑）。<br><br><br><br>そして食事の席で、色んな話をしている中で、その日初めて会った彼女から衝撃の告白を受けたのです。<br><br><br><br><br><br><br><br>彼女は肺がんの羅患経験者でした。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>何年もの間、がんに苦しみ、闘い、勝ってそれでも尚、その影に怯える一人の戦士でした。<br><br><br><br><br>実際にがんから生還した方からお話を伺う機会と言うのは、そうそうあることではありません。<br>どんな資料やどんなデータよりも、そこには真実の姿があります。<br>彼女に大変たくさんのことを教わった僕は、彼女の「取り戻した未来」を確かなものにするために、ライフプランニングを提案しました。<br>過去の影のために未来に怯えたり、不安感に苛まれる前に、彼女の背中を少しでも支える役目が出来ればと思ったからです。<br><br><br><br>日を改めて彼女と話して行く中で、彼女は友人の姿に自分の未来の夢を重ねていました。<br><br><br><br>そのご友人は、そう遠くない過去に愚かな内戦をし、地雷という、およそ人類が考え出したもっとも愚かしく卑怯な兵器が埋まるカンボジアの地に、中古の救急車を輸出するためのボランティア活動をしている方でした。<br><br><br><br>身体の中に隠れる「がん」という地雷を抱えながら、見る夢。<br><br><br><br>彼女は、そんな活動をするためにいつかNPO法人を立ち上げ、貢献をしていきたいと考える、やはり戦士でした。<br><br><br><br>夢を語る時に彼女が言った言葉が、僕の頭の中から離れません。<br><br><br><br><br><br><br>「病気のおかげで、夢を持つようになったんです。」<br><br><br><br><br><br>そう言いながら、草原の中で四つ葉のクローバーを見つけた子どものように笑う彼女の笑顔を、僕は支えていきたいと思っています。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-10826907480.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Mar 2011 07:20:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>322人の夢</title>
<description>
<![CDATA[ <br>今日は娘の高校の卒業式。<br>仕事の関係で、中途退席になってしまいましたが、参列させてもらいました。<br><br><br>娘は辛子色の上着と緑色袴姿。<br>凛々しくなったものです。<br><br><br><br>ほんのちょっと前まで<br><br><br><br>よちよち歩きだったのに。<br>ランドセルを背負ってたのに。<br>駆けっこのスタートがうまく出来ないと言って、公園で練習したのに。<br>箱根の旅行から帰ってきて、別れる時に駅で泣いていたのに。<br>ベトナムを二人で闊歩したのに。<br>たった一年でビオラを弾いて、僕を驚かせたのに。<br><br><br><br>けれども、彼女は凛とした18歳の女性に成長していました。<br>親としては、嬉しいような、寂しいような。<br>でもしっかりと自分の足で立てる人になってました。<br>これも前妻のおかげだと、本当に感謝してます。<br><br><br>式自体も、厳かな中にも、アットホームな感じでした。<br>卒業生がそれぞれの証書を頂いた後に、クラス毎にちょっとした出し物をしたり。<br><br><br>その中で、卒業生が校長先生に卒業証書を渡すというシーンがありました。<br>校長先生は、今年で定年を迎えられ、ご退任されるとのこと。<br>娘達卒業生322人が、校長先生にとって最後の送り出す生徒だったのです。<br><br><br>ユーモアも交えながら、感謝を込めてしっかりと校長先生に卒業証書を渡す生徒たちの姿に、「絆」を見たような気がします。<br><br><br><br>そんな校長先生は、ご挨拶の中でこんな言葉を娘達卒業生に送ってました。<br><br><br><br>「勇気を出して翔べばいい。翔ぶべきときに翔べばいい。」<br><br><br><br>しっかりと背中を押す、ステキな言葉だなぁと思いました。<br><br><br><br>だから、その言葉に加えて、これから翔び立つ娘へ。<br><br><br><br><br><br>「翔びたくなったら、翔べばいい。」<br><br><br><br><br><br>卒業おめでとう。<br>そして、ありがとう。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-10821038887.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Mar 2011 12:08:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>海外移住の夢</title>
<description>
<![CDATA[ 昔からの友人から、突然の電話がありました。<br>普段はメールでもあまり交流がなく、ましてや電話など珍しい友人でした。<br><br><br><br>「今度、結婚することになったんです。で、保険のことを教えてもらえないかと思って。」<br><br><br><br>彼は奥様になられる方から、「保険にはちゃんと入っておいて」と促されたとのこと。<br>友人のおめでたい話に喜びながらも、確かに彼にはそういった話もしたことがなく、僕の手落ちなのですが、まずは奥様も交えて色々お話しを聞くことになりました。<br><br><br><br>その日は、彼らの入籍日。<br>市役所に婚姻届を出した、その足でお会いするという経験も初めてでした。<br><br><br><br>奥様は彼より5歳年上。<br>なるほど、年長者なので若い旦那さんに保険のことなども教えたんだなと思ってました。<br><br><br><br><br>しかし<br><br><br><br>お話の中で、彼女が30代前半の、僕から見たらまだまだ若い方なのに、既にご両親をどちらも亡くしていることがわかりました。<br>それもがんで。<br><br><br><br>残る身内は妹さん一人。<br>その妹さんは、既にご結婚されて、京都にお住まいとのこと。<br>すぐに頼れる場所ではありません。<br><br><br><br>いわば、「戻れる場所がない」ということ。<br><br><br><br><br><br>そんな彼女が思ってた夢が<br><br><br>「老後にタイに移住すること」<br><br><br>大変ステキな夢だと一瞬思いましたが、その後の言葉に驚かされました。<br><br><br><br><br><br>「ずっと一人だと思ってたから。。。一人で生きていくには、物価の安いところじゃないと大変だと思って。だから別にタイにこだわりがあったわけじゃないんです。」<br><br><br><br><br><br>一人で生き続けて行く覚悟と必死さとあきらめ。<br>そんな想いから出た夢でした。<br><br><br><br><br>でも今は、年下でも彼女を支える旦那さんがいます。<br>彼女を本当に「想う」彼の姿に、僕は彼と友人であることを誇らしく思いました。<br><br><br><br><br>必死の想いから出た夢は、二人で叶えるステキな夢へ昇華させたい。<br>そんな想いを込めたライフプランニング。<br>僕と色々とお話しをした後、彼らの夢に<br><br><br><br>「タイで、トゥクトゥク(タイの3輪タクシー)にも負けないような、ピンクのオープンカーに乗る」が加わりました。<br><br><br><br><br>そして僕の夢に<br><br><br>「33年後にそのオープンカーに乗せてもらう」という夢が加わりました。<br><br><br>ちょっと恥ずかしがるかも知れませんけどね（笑）。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-10818119411.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Mar 2011 16:38:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>パン屋さんになる夢</title>
<description>
<![CDATA[ そのご家族とは、あるイベントでお会いしました。<br>お子さんの学資保険をご紹介するイベントで、ご来場をされてアンケートを記入して行かれた方でした。<br><br><br>ご主人は建設会社の営業で、奥様は歯科衛生士をパートとして勤務してらっしゃる方。娘さんが5歳。とても素直で、ご両親の言うことをよく聞くお嬢さんです。かなりおしゃまですけどね。僕も経験がありますが、お父さんにはまるで奥さんのように厳しい言葉が浴びせられます（笑）。<br>それを見つめるご主人の目は、優しさに溢れてますが。<br><br><br>お話をお伺いしていると、今年念願のマイホームを建てることになったのですが、先々のお金のことが心配なご様子。そこで学資保険と思ったみたいです。<br><br><br><br><br>僕がライフプランニングをする時に、必ず言う言葉があります。ライフプランニングでは、お客様が考えている将来のことを色々と聞かせて頂きます。そこで、<br><br><br>「次回お話を聞くまで、一杯妄想を広げておいて下さい。どんな夢でも結構です。楽しくお話をしましょう。」<br><br><br>「ただしお願いあります。」<br><br><br><br>「夢を考える時、お金のことは考えないで下さい。それを考えるのは、僕らの仕事です。」<br><br><br>僕が必ず言う言葉てす。<br>お金のことだけを先に考えて、夢をあきらめてしまう。<br>すごくもったいないと思うのです。<br>だったら叶う方法を考えればいい。<br><br><br>ご主人は「中野さんをすごく困らせちゃうと思いますよ。」とおっしゃいました。<br>その時、すごくステキなご家族だなぁと思いました。<br>人を困らせるほど、たくさんの夢があるんですから。<br><br><br>お話を聞く日。<br>過去のお話や今現在のお話も聞くわけですが、そこでお子さんが未熟児で生まれてきたことを知りました。<br><br><br>奥様はそれまで、正職員として働いていた歯科医院を、このお子さんの出産を機に退職します。<br>たくさんの慰留を受けながらも、辞める決断をします。<br>「この子を守るのは、私達しかいない。」という、強い想いの元に。<br><br><br><br>今のお子さんの様子から見ると、そんなことは微塵も感じないぐらい元気。<br>そこで奥様は、お仕事にパートとして復帰します。<br><br><br><br>そんなご家族の夢のひとつが、「パン屋さんを開くこと。」<br>聞けば、奥様のお母さんは、お子さんのおやつは全部手作りしていらっしゃったとのこと。<br>そのお母さんが作ってくれたパンが、すごく美味しかったのだそうです。<br>横でお子さんも、「私もパン大好き！。」と言ってます。<br><br><br>お母さんが作ってくれた愛情たっぷりの手作りパンを食べて、「いつかパン屋さんをやってみたい。」という想いを抱くようになった奥様。<br>それを後押しするお子さんの「パン好き」という言葉と、優しく微笑むご主人。<br><br><br><br>一週間後、全ての想いを叶えるためプランをご案内しました。<br>色んなことを調べて、夢を一つもあきらめずに叶えるための計画です。<br><br><br><br>ご夫婦は最初ポカンとしてました。<br>最初の第一声は「えっ？。出来るの？。」です。<br>でも細かく説明していくと、ご夫婦共に目がキラキラしてきました。<br>そして、パン屋さんを開く夢の計画は、走り出したのです。<br><br><br>夢は叶いますよ。<br>時間を味方につければ。<br>夢を潰してしまうのは、「叶わない」と思ってる自分なのですから。<br><br><br>計画では、20年後にそのパン屋さんはオープンします。<br>その時にお子さんは25歳。<br>お母さんを手伝って、看板娘になってるかもしれませんね。<br><br><br><br>僕の夢に、「オープン初日のパンを食べに行く。」という夢が加わりました。<br>20年後が楽しみです。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-10811395581.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Feb 2011 11:45:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夢の始まり</title>
<description>
<![CDATA[ これから、色んな方々の夢のお話を書いて行くのですが、お話をお伺いする前に「夢なんてない」とか、「どうせ実現しない」なんていうお話を聞くことがあります。<br><br><br>夢に大小もないし、もっと言ってしまえば、お金が掛かる夢が夢ではありません。<br>でもお金のことだけ考えて、夢をあきらめてしまうようなことが、少なくないようです。<br><br><br><br>一番大切なのは、「想い」ですから。<br><br><br><br>最近、松下幸之助さんの本を読む機会が増えました。<br>松下さんと言えば、「経営の神様」と呼ばれた方ですが、僕も若い頃はあまり接する機会がありませんでした。<br>しかし、本などで触れれば触れるほど、社員想いで、いつも周りに配慮し、夢を見続けていた熱い方だったことがわかります。<br><br><br><br>有名なエピソードで、「ダム式経営」の講演会の話を聞かれた方は多いと思います。<br><br><br><br>京都で中小企業の経営者を集めて、講演を行った松下さん。<br>いわゆる「会社で利益や資産をダムに水を貯めるようにコントロールし、社員の生活と会社の経営を安定させる」と言った話なのですが、そこに集まった中小企業の経営者の一人が、質問をします。<br><br><br><br>「うちの会社は松下さんのところと違って、余裕がない。どうしたらダム式経営が出来るのか、教えて欲しい。」<br><br><br><br>それに答えた松下さんの言葉が、有名です。<br><br><br><br>「それはまず、ダム式経営をやろうと思うことでしょうな。」<br><br><br><br>騒然となる会場の中で、一人だけその言葉に雷に撃たれたような衝撃を受けた人がいます。<br>後の京セラの会長、稲盛和夫さんです。<br><br><br><br>稲盛さんだから気付いた、ということではないと思うんですね。<br>この話は、夢の始まりの話とすごく似ていると思うんです。<br><br><br><br><br>まず「自分のやってみたい」ことを、なんのしがらみもなく思い浮かべる。<br>それが夢の始まりだと思うのです。<br>必要なのは、「想い」だけです。<br><br><br><br>悲しいかな、人はつい「出来ない理由」探し始めてしまいます。<br>だから、出来ない。<br>「出来ない理由」がたくさんあるから、結果として出来ない。<br>当たり前ですよね。<br>ある意味、夢が叶ってますよね。<br>「見てた夢が出来ないという夢」が叶ってるわけです。<br><br><br><br>じゃあ逆は？。<br><br><br><br>次回からは、出来るはずがない、と思い込んでた夢へのアプローチのエピソードです。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/sl-nakano/entry-10811841069.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Feb 2011 18:02:20 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
