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<title>読書ログ</title>
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<description>あらすじを紹介するより、読んでどう感じたか、自分の気持ち・行動などなどどう変わったのかを忘れないための覚え書</description>
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<title>『活版印刷三日月堂  海からの手紙』ほしおさなえ　ポプラ文庫</title>
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<![CDATA[ <div><span style="font-weight: bold;">『活版印刷三日月堂　海からの手紙』 ほしおさなえ ポプラ文庫</span><br></div><p>&nbsp;</p><p>『活版印刷三日月堂』シリーズの2作目。</p><p>冒頭、1作目とのつながりが分からず、少し戸惑った。</p><p>読み進めると、1作目で作ったものをきっかけに三日月堂と川越で暮らす人たちの繋がりが広がっていることが分かって、なんだか嬉しくなった。</p><p>&nbsp;</p><p>「ちょうちょうの朗読会」</p><p>仕事のために始めた朗読講座に通い始めた小穂と、同じ朗読講座に通う三咲・遥海・愛菜が黒田先生の勧めで朗読会を行うことになった。小穂たちは、小穂の同僚が作った結婚式の案内状をきっかけに朗読会のプログラムを三日月堂に依頼する。</p><p>小穂は美咲たちと自分を比べて劣等感を抱いていたり、自分の理想とする読み方ができず苦しんでいた。しかし、悩んでいたのは自分だけでないことに気付くことができた。</p><p>&nbsp;</p><p>プログラムの組版をしているシーンが印象的だ。弓子さんが自分に言い聞かせるように「できることだけをやってたんじゃ、ダメなんですよね。できることを広げていかないと。」と話すところは、なんとなく覚えがあった。できることだけやるのは楽だし、リスクも少ない。でもそれでは進めないし広がらない。何度も実感してきたことだ。いつのまにか、楽やリスクヘッジをしていることが多くなった。楽しそう、飛び込んでみよう、と思うことはあっても思って終わることがほとんどになっている。</p><p>今、どう広げていけるだろうか。広げられるものはあるのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>「あわゆきのあと」</p><p>なんとも切ないお話だと思っていた。三日月堂でつくった朗読会のプログラムを母親が持っていたことから始まる。生まれてすぐに亡くなってしまった姉の“あわゆき”の存在と今までずっと家にお骨があったこと、そして法事に合わせて納骨をすることを突然知らされた広太の話だ。</p><p>両親には突然という感覚はないだろうし、広太のことを考えてタイミングを見計らっていたから、むしろずっと考えていたのだろう。広太は、姉がいたということではなく、両親からずっと隠し事をされていた事実に対してもやもやしていた。悲しいや悔しいという言葉では表しきれない感情なのは感じ取れた。</p><p>あわゆきのファースト名刺をつくるシーンは、やっぱり目頭が熱くなった。広太は名刺に様々な紙の種類の中から、パルパーというふわっとした“雲の紙”を選んだ。調べてみたら読んで想像していたよりもふわっとした質感だけど、しっかりしている印象を受けた。そして、できた名刺を両親に渡すところは涙があふれた。父親が広太に言った「あれができるは広太だけだ。―あわゆきと同じように母さんから生まれたお前だけができること。」という言葉に今までのことが詰まっているように思えた。</p><p>&nbsp;</p><p>自分は隠されていたわけではなく、広太と同じく小学生くらいのときに、自分が生まれてすぐ亡くなった祖父を認識した。そこで死がすこし身近になり、祖父と父を重ね、できるだけ一緒になにかした記憶をつくろうと、土日は出来るだけ友達との予定を入れないようにしていたことを思い出した。好きだからというより、記憶がないことを想像するのが怖かったのだとおもう。</p><p>&nbsp;</p><p>家族とのシーンがとても良く感じただけに、住職さんが広太にかける言葉が事実だけどなんとも薄く感じてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>「海からの手紙」</p><p>昌代は“あわゆき”のファースト名刺から三日月堂を知る。長く付き合っていて同居していた幸彦と別れ、一人暮らしをしていた。冒頭から昌代に共感できることが多かった。</p><p>そして、昌代を通して気付けたこともあった。昌代は人の心に鈍感で、自分の心にも鈍感だという。自分の場合は、人の心に過敏であると思う。でも自分の心や体には鈍感だった。特につらいと感じることに対しては鈍い。限界までいって、体に表れて初めて辛かったのかもと気付くことが多い。昌代は、幸彦が浮気をして相手を連れてきて、妊娠を告げられたとき、どう答えたらいいか、なぜ幸彦にそんなことを言われなければならないのか、と振り返っている。</p><p>自分も多分、昌代と同じ反応をすると思った。悲しさや怒りをぶつけるのではなく、ただ茫然と、でもどこか客観視してきっとこれが最善なのだろうと思うことを言うのだろう。</p><p>版画の工房を主催している今泉さんと妻の澄子さんの話を読んでから今泉さんの「飛べる人は飛ぶべきだ」という言葉に触れると、込められている想いが深くなったように感じた。</p><p>澄子さんの作品の意味を今泉さんに教えない内山先生が愛しく感じる。</p><p>昌代が豆本のために新たに制作する版画の貝を探していて、以前幸彦からもらったテンシノツバサが版画の道具をしまい込んでいた箱の底から出てくる。なんだか多くの意味というか、内容、ものを含んだ形であるように感じた。</p><p>テンシノツバサの版画を見ながら振り返るところにハッとした。昌代は、幸彦と別れたときに、今までのことが全部嘘に思っていたが、どれも全部ほんとうのことだと気づいた。「ちゃんとあって、消えることはない。そのあと変わっただけだ。」というところはドキッとした。相手ばかり変わっていったように見えていたが、自分も変わっていったのかもしれないと思ったからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>このお話では、昌代と弓子さん、今泉さんそれぞれが止まったところから進み始めている。それがはっきりと描かれていないところが好きだ。</p><p>&nbsp;</p><p>「我らの西部劇」</p><p>「海からの手紙」で弓子さんと昌代さんが作った豆本が片山慎一と三日月堂をつなぐ。</p><p>奔放な父親を見ていた慎一は、父親を反面教師に堅実に働いてきた。そんな中、職場で心臓発作を起こし、仕事を続けられなくなってしまった。そのため、住んでいた社宅をでて、川越にある慎一の実家に引っ越すことになる。</p><p>&nbsp;</p><p>終盤、息子の裕也と慎一、明美とあすかがぶつかるシーンがある。なんとなく揉めるんだろうなという流れは感じていたが、思っていたよりも激しく感じた。案の定、ドキドキして息苦しくなってしまった。いつもならそこで閉じてしまうが、読み進められた。今回、初めて、なぜ文章なのに映像で見るようにドキドキするのかと考えたが、自分の頭の中でドラマCDのように音声再生していることに気付いた。納得している自分と、自分で自分の首しめてた～と苦笑いしている自分がいた。</p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊＊＊</p><p>　モノをつくることが好きだったことを思い出した。いつからか、そのモノに対して正解を求めるようになってから苦しくなっていったように思う。</p><p>　文字を書くことが好きなのは、書いたモノの美しさや正確さを褒めてもらえた経験が多いからだろう。褒めてもらえて、評価してもらえて初めて“正解だった”と自分のそれまでを認められたからかなと思う。かつての昌代のように、何者かになりたいと思った時期もあった。当時はそれが書道だったから打ち込んでいた。でも、上は途方もなく、それを知ってしまってからは、どれだけ誉め言葉をかけられても、素直に受け取れず、表面的なものだろうと思っていた。素直に受け取って、調子に乗って続けていたら違ったのだろうか…と思った。</p><p>　</p><p>　弓子さんは押しつけがましくないから、すっと染み込むのかなと感じている。「私はこれがいいと思う。だからあなたもそうしたほうがいい。」なんて言われた日には、いくらそれが自分も良いと感じていても真っ向から反対して別のことをするだろう。さら～っと受け流せるようになりたい。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/snow-u19/entry-12660626914.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Mar 2021 03:18:31 +0900</pubDate>
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<title>『金曜日の本屋さん』 名取佐和子 ハルキ文庫</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">『金曜日の本屋さん』 名取佐和子 ハルキ文庫</span></p><p>&nbsp;</p><p>自分は、本も好きだが本屋で本を探すことが特に好きだ。本屋さんを舞台にした小説なんだろうと興味をひかれた。</p><p>&nbsp;</p><p>「“読みたい本が見つかる本屋”」とはなんて素敵な響きだろうと思った。主人公の倉井くんが見つけたネット上の噂でも、行ってみたいという欲には勝てる気がしない。</p><p>&nbsp;</p><p>駅ナカ書店金曜堂は、明るい槇乃店長、物静かで長身、いい声で主に喫茶スペースのカウンターにいる栖川さん、金短髪でソフトスーツ、目つきの悪いいかにも…なオーナー、ヤスくんがいる。</p><p>&nbsp;</p><p>槇乃店長は、その明るさと勢いが私には少し鬱陶しく感じた。しかし、過ぎる明るさが物静かに描写されている栖川さんと良いコントラストなのだろう。栖川さんの淹れるコーヒーやピラフは味わってみたい。ヤスくんは、話の中で何かしゃべる度にその口調に緊張してしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>この作品に出てくる登場人物大体に感情を振り回された気がする。それぞれの背景を知っても納得できないことや共感できないことが割と多くあった。</p><p>&nbsp;</p><p>それぞれのカギになる本はどれも読んでみたいと思わせるものだった。</p><p>特に『白鳥の歌なんか聞こえない』が気になった。1話で登場する本だが、喫茶スペースで栖川さんが出したメニューがにくいことが読み進めて分かってくる箇所、倉井くんは「薫くん」じゃなかったし、お父さんも「薫くん」になることを求めてはいなかった箇所が気に入った。</p><p>そして、倉井くんが病気で細く弱っていく父親を見て「気持ち悪い」と思うのは、なんとなくだが分からなくはないなと感じた。　ありがたいことに、未だ近しい人が病気で弱っていく様を目の当たりにしたことがない。しかし、倉井君と近い状況になれば、同じようなことを感じ、考えてしまうかもしれないと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>読んでいて苦しくなったのは、第2話。寿子が私にはきつかった。読んでいて共感はできなかったが、理由は分かった。それでも息苦しいというか、何とも言えないつらさを感じた。今思えば、自分も気づいていない寿子と似ている部分がありすぎたからかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>最後の第4話では、疑問にも思っていなかった所に隠されていたものが明らかになった。キーが河童というのが良い。そして『家守綺譚』の冒頭について藪北さんが触れているが、それが気になった。読んでみたい本の一つに加わった。藪北さんが1～4話の中で一番好きなキャラクターだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>読んでいて感情が行ったり来たりする経験は初めてだった。この作品を読んで、描写が映像としてはっきり浮かんでくるようだった。だから余計にほっとしたりイライラしたりハラハラしたりしたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>金曜堂のメンバー、特に槇乃店長についてはあまり触れられていないように思えた。自分が読み取った槇乃店長は、ゆるくウェーブのかかった胸までの髪、クリっと大きな目、本に対する膨大な知識量と愛情を持っている、金曜堂の3人は高校の同級生で「金曜日の読書会」のメンバー、とてもとても明るいということだ。ここまで分かれば十分な気もするが、幼少期や金曜堂を始めたきっかけも気になる。そして、ジン君だ。栖川さんとヤスくんとのエピソードそれぞれで登場したが、槇乃店長とのエピソードやその後が気になる。想像力が足りないのか、行間が読めていないのかだろうが…</p><p>そして、地下書庫だ。一人では怖く感じてしまうだろう。しかしそれでも行ってみたい！</p><p>&nbsp;</p><p>どうしても気になるのが1つ。余計なお世話だろうが、カバーイラストの槇乃店長の髪が短い気がしている。右京さんではないが、細かいところが気になる悪い癖だ。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/snow-u19/entry-12652398402.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jan 2021 17:45:49 +0900</pubDate>
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<title>ひとりごと</title>
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<![CDATA[ <p>本の感想ではなくひとりごと。</p><p>&nbsp;</p><p>コロナ禍で友達と以前のように遊びに行けず、お気に入りのバー(？)にふらっと飲みにも行けなくなり、会話が格段に減った。</p><p>すると、会話のキャッチボールが驚くほど下手になった。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、仕事をする上で打撃だったのが、私の発話に主語が無くなっていた。上司から指摘されるまで気付かなかったのがより一層つらいところだった。それからは、考えてから話しかけるようになったので、会話のテンポがまぁ悪い。それを自分が一番感じているから、トレーニングと思って話せば良いものを、話さないようになる。すると会話が減るから余計に下手になる。悪循環でしかない。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、独り言が多く、大きくなった。最近ではテレビやラジオ、果てには配信動画に対しての感想が口をついて出ている。さすがに結構引いてる。改善するといいなぁ．．．</p><p>近頃はSnowManの動画を見てはかわいいかわいいとずっと言っている。楽しいからいい。でも言っているところは家族でも見られたら恥ずか死する自信がある。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>英語、特にTOEICの勉強をした方がいい。ほんとにすっごい分かってる。なんなら前に使った問題集とか単語集とかもちゃんとある。開いた試しはないが。やらなきゃな～と思い、昨年アプリをダウンロードした。それも有料のやつ。結局一回も使わずアンインストールしたけど。もう一回か？使って課金して後に引けない状況を作ればどうにかなることは、自分との付き合いも長いから知っている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/snow-u19/entry-12652394332.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jan 2021 01:21:29 +0900</pubDate>
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<title>『満月珈琲店の星詠み』望月麻衣 文春文庫</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">『満月珈琲店の星詠み』 望月麻衣 文春文庫</span></p><p>&nbsp;</p><p>桜田千尋さんの「イラストから生まれた物語」という帯を見て惹かれた。マスターと店員が猫であるというところも気になった。</p><p>&nbsp;</p><p>印象的なのは1話。主人公の芹川瑞希はスランプ中のシナリオライターだ。かつて瑞希が書いた脚本のドラマが大ヒットした。しかし、恋愛シミュレーションゲームのサブキャラとの脇道エンドを、自嘲的に感じながらオーダーに合わせて執筆している。そんな中、かつて一緒に仕事をしていたテレビ局の中山明里から近くにいるから会わないかと連絡が入る。瑞希は返信に企画書を添えて送った。明里の計らいで企画会議にかかったが採用はされなかった。「そんなことを伝えるために呼び出したのか」とやさぐれと感謝を感じていたときに、瑞希の心に軽い言葉でグサッとくることを言ってくる若い男の子とそれをたしなめる男性に話しかけられた。そしてその男性から&nbsp;“満月珈琲店” の名刺を渡される。名刺の場所に行ってみると、猫のマスターと店員がいるトレーラーがあった。メニューはなく、マスターが客に合うものを提供してくれるという。実に行ってみたい。そこで出てくるのが、桜田千尋さんの描くイラストのスイーツだ。今回は「満月バターのホットケーキ」。パンケーキではなく、ホットケーキというところがそそられる。</p><p>&nbsp;</p><p>1話は惑星期と年齢域＋星詠み。惑星期、私はちゃんと経られただろうか。あまり自信はない。特に、金星期の「自分を飾る」はあまり達成できている気がしない。「自分を飾る」とはお化粧も入るのか？いまだに面倒くさいとしか思えず、ろくな道具も持っていない。服は好きだ。波はあるが、最近好きなテイストが分かってきて、好きなものを周りを気にせず着られるようになった。メンズライクよりメンズの服だけを着たい日もあれば、スカートはいてキレイめお姉さんチックにしたい日もある。周りからの目をあまり気にしなくなった気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>本編の星詠みシーンは、本格的なホロスコープとそれに対応した挿絵があり、ホロスコープの入門書を読んでいるのかと錯覚するほどであった。</p><p>話にあるように、何をしてもうまくいかない時期や何か噛み合わず、空回っているように感じることが続いたときがあった。今となっては、それが惑星の逆行だったのか、やり方が間違っていたのか検証しようがないし、したところでどうにもならない。しかし、逆行したりハウスに現状ではうまくいかなそうな惑星が入っていることが分かれば、どうしたら良さそうかを考えるきっかけになったり、どうしようもなければ「そういう星回りならしゃーない」と行動のヒントにできそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>マスターが瑞希に、「『素敵』だと感じる空間にいてこそ、仕事に良い結果をもたらす」とアドバイスしている。そして、それを知ること、自分を理解することが大切だと続けた。出された紅茶とデザートを堪能し終えて顔を上げると満月珈琲店は無くなっていた。女性から声をかけられ、瑞希は明里と会ったホテルのカフェで寝てしまっていたことに気付く。そして帰り道で、とりあえず花を買って帰り、素敵なカップ&amp;ソーサーを買おうと考えるところで終わる。</p><p>ここが特に印象的だった。瑞希は星詠みから、空間が重要であるとわかった。自分に当てはまるかはまだ分からないが、このシーンに感化されて最近、花を買い、活けてみている。ふとしたときに家で花が目に入る経験は今までなかったように思う。節約の観点から見れば、削れる部分だと思うが、会った方が気持ち的に良いと感じているから、少し続けてみようかなとも思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>どこかで占いは受け止め方次第だと聞いたことがある。悪い部分より良い部分を見て動けばいいと。たしかに、占いはヒントであって、絶対ではない。元々占い、特に星に興味はあった。これを機に、星詠みをかじってみようかな。まずは自分を知るところから。</p>
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<link>https://ameblo.jp/snow-u19/entry-12651359959.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jan 2021 00:42:07 +0900</pubDate>
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<title>『スーツケースの半分は』近藤史恵 祥伝社文庫</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">『スーツケースの半分は』 近藤史恵 祥伝社文庫</span></p><p>&nbsp;</p><p>8人の女性と1人の男性が各話の主人公になっている。</p><p>それぞれ自分と重なるところがある気がして、共感したり、おっしゃる通りでと耳が痛くなったりもした。それだからか、するすると読めた。最後に「青いスーツケース」の始まりが分かり、すっきり。最後まで楽しかった。</p><p>&nbsp;</p><p>最も印象的だったのは第2話。スポットライトが当たる花恵の父が、花恵の就職先に納得していないところは、喧嘩こそしていないがなんとなく身に覚えがあり、複雑だった。花恵の父は、花恵が大学を卒業したのだから大企業に就職するものだ、そうでなければ恥ずかしいと思っていたのだろう。確かに、難関大学と言われる大学の卒業生は大手企業に就職できるというイメージが強い。私もそうだった。しかし、実際に自分の番になると、周りがいかに就職を意識して部活やサークル、バイト、資格取得に励んでいたか、自分がどれだけ見てみないふりをしてきたのかを痛感した。“大学”で就職活動のすべてがうまくいくわけではないことも痛烈に感じた。そりゃそうだ。</p><p>そして、花恵の父と自分の両親がちょっと似ていることも改めて感じてしまったところが、なんとも苦いところである。恥ずかしいとまでは言っていないが、自分の就活状況の話をしていた時に「なんでそんなところ？もうちょっと選べばいいじゃない」なんて耳タコレベルで聞いた。甚だ失礼な話だ。そして現在も、ずっと同じ仕事内容ってわけではなく、あくまで経験として今の仕事をしていると思っている（のだろう）。</p><p>自分も花恵とたぶん同じで、仕事に対してネガティブなイメージはない。口論を避けるのも自分が消耗したくないからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>第3話のオチは痛快だった。私もゆり香と同じく、旅先では観光スポットもいいがその土地の文化や雰囲気に触れたいと思う。繁華街や暗めの路地はビビってしまうが、メインストリートから少し外れた小道が気になってしまうのだ。余田はもしゆり香が困って泣きついてきたらその後どうしたのだろうか。「やっぱり、僕がいないとだめだろう（ドヤァ）？」とでも言うのだろうか。余田が電話口で「ホテルの手配も支払いも全部してやった」と言っていたが、ゆり香が頼んだわけではないだろう。やっぱり、“してやった” が特段気に入らない。だから、本当は全部できて、頭もよく回り、やりたいようにやるゆり香が一層格好よく見えたのだろう。ゆり香の旅の続きを想像すると、いいぞもっとやれ、と思ってスカッとした。</p><p>&nbsp;</p><p>第6話はこの本で泣けたお話だ。お母さんがメインの回だが、なんとなく自分の母と重なり、「こう思っていたのかな」と今までの我が儘や無茶を申し訳なく思い、胸がいっぱいになった。実際のところ、似ている部分は少ない。それでも、離れている今だからこそ泣けてしまったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>この本の重要なモノになっている青いスーツケースの始まりや今までの登場人物を忍ばせており、この作品もやっぱり前に何度か戻ったりした。身の回りのなんやかんやが落ち着いて、何をしたらいいのか、するべきことはあるけどやりたくない日が続いていた中、リハビリがてらと久しぶりにゆっくり本を読み始めてから2冊目。やっぱり小説を読むのが好きだなと実感できた時間だった。</p><p>次はどこに行こうかと考えていた矢先、ぐるぐるバタバタとして頭や感情が流れについていけていない感覚がずっと拭えなかった日々だった（今も多少はそうだが）。旅行が自分の好きな街歩きやその土地の歴史・文化に触れられて、リセットできる機会だった。学生時代はバイトを頑張った年に1度のご褒美でもあった。この作品を読んで、旅行に行きたくはなったが、前のような焦燥感は減ったような気がする。次にどこかへ気楽に行けるまで、本を読みながら気持ちをパンクしない程度に貯めておこう。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/snow-u19/entry-12651162699.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jan 2021 02:43:48 +0900</pubDate>
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<title>『木曜日にはココアを』青山美智子 宝島社文庫</title>
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<![CDATA[ <div><div><br></div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210118/11/snow-u19/e0/82/j/o0910108014883313151.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210118/11/snow-u19/e0/82/j/o0910108014883313151.jpg" alt="" width="910" height="1080"></a><div><br></div></div><p><span style="font-weight:bold;">『木曜日にはココアを』　青木美智子　宝島社文庫</span></p><p>&nbsp;</p><p>マーブルカフェ に関わった人々の短編集。各話に登場した人物が次の話では主人公になっていたり、キーパーソンになっていたりして、「あの話のあの人！！」と気付けたときが嬉しかった。</p><p>&nbsp;</p><p>今までで一番早く読み終わった本かもしれない。読了後のスッキリ感と、終わってしまった…という寂しさを感じた。やらなければならないことが一段落して ― いや、TOEICとか資格取得とかを考えればまだまだやるべきだが…― 好きだったことをしようと思い、本を読むことから始めたのだった。とはいえ、本は移動中など隙間時間に読み続けてはいた。というか、罪悪感からか、隙間でしか読めなかった。例にもれずこの本も移動中に読んだのだが。1時間を超える移動は久しぶりではあったが、まさかその間に読み終えてしまうとは夢にも思わず、当人が一番びっくりしたのである。</p><p>自分は涙もろい。泣かせにかかっている作品であれば、思う壺のようにすぐ泣く。情に訴えかけられたり、青春もの、よく話が分かっていなくても大切であろう人が亡くなったシーンなんかは、もうダメである。最近は、涙もろさに拍車がかかり、CMでさえ泣ける。しかし、これらは、映像であることが多く、文章だとしても誰かが泣いていることが多い。なので多分、自分の涙はそれにつられているのではなかろうかと思い始めている。そして、辛いだったり悲しい、悔しいという感情につられて出た涙は引きずることが多かった。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、この本を読んでいたのはバスの中だった。空港連絡バスで早くもなく遅くもなくという時間帯だったからか、あまり人も乗っておらず、前後左右人はいなかった。内容はただただ楽しかったというより、読んでよかったという感想を抱いた。これは、為になったからという訳ではなく、充実したという気持ちからである。感動はもちろんしたが、急激に感情が高ぶるとか、登場人物の悲しく辛い感情に同調したのではなく、読み進めていてごく自然に涙があふれたのである。本を読んでぽろぽろと涙がこぼれたのは、記憶する限り初めての経験だったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>読んでみようと思ったきっかけはカバーデザイン。ミニチュア写真家・見立て作家の田中達也さんを思い出した。タイトルのココアが入ったカップがカフェになっているところもツボだった。</p><p>&nbsp;</p><p>各話には色がキーポイントになっている。服だったり持ち物だったり、その人が大切にしているもの、話の鍵と色が深く関わっている。私が選びがちな色は青や緑の寒色だ。</p><p>&nbsp;</p><p>読み終わってからカバーをもしや…ともう一度見てみて嬉しくなった。</p><p>前述したように、すれ違っていたり背景の一部のように描写されていた人物が他の話で主人公になっていたりと、ほっこりほろりだけでなく気付いてスッキリもあった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>久しぶりに文章を書いた気がする。書くことを苦痛に感じていたのが懐かしく感じる。</p><p>最近、思いついたことや気持ちの変化を覚えていられなかったり、記憶力が悪くなっていたりしているように感じている。スマホにかける時間が長くなったり、流されるまま動いていたりしたからか、自分で考えたり感じたりしたことを消化する容量が足りなくなってたのかもしれない。であれば、忘れる前に残しておいて、また余裕ができたら改めて咀嚼して、感じなおすのもアリ？ではないかな．．．</p><p>&nbsp;</p><p>なにはともあれ、あと2冊読み終わった本がある。どちらも今回と同じく短編集だが、テーマは全然違う（気がする）。自分は何を感じたのか、思い出す作業も今回やってみて悪くないと思えた。とりあえず、やってみよう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/snow-u19/entry-12650526936.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Jan 2021 02:50:47 +0900</pubDate>
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