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<title>スナフキンの足跡・・・反省、感謝そしてこれから</title>
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<description>憧れのスナフキンのような生き様とはほど遠い自分。忘れてはならない過去と忘れたい過去と今向き合います。</description>
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<title>尽くす愛</title>
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<![CDATA[ 親父の精神力と愛情はオフクロの生命力にも大きな力を与えた。　　　　以前母の病気がひどく悪かった時、それでも好きな短歌を書いては親父が新聞社に投稿していた時代があった。それがきっかけで雑誌社が取材に来た事もあった。母は短歌をはじめ、書くという事が生き甲斐となり自信となった。親父の愛の支えで母は３度の危篤を奇跡的に乗り越えた。 母を救う為 精神的にも 大きな支えとなり、そして食事療法までも試行錯誤しながら母を死の淵から救ったのだ。母はいま九州の兄の近くで環境の素晴らしい 老人ホームで介護を受けながら暮らしている。その当時からは想像着かないほど元気になった。
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<link>https://ameblo.jp/snufkin777/entry-10039545677.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Jul 2007 00:52:51 +0900</pubDate>
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<title>2007/07/04</title>
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<![CDATA[ 数年前親父はうつ病だっんだと病床の親父から聞いた。ショックだった。知らなかった。 全く気付かなかった。というか気付いてあげれなかった。その当時も月１のペースで遊びにいき、帰り際毎回親父は笑顔で僕らを見送ってくれた。あの笑顔の裏にそんなつらい世界があったなんて。<br>うつ病のつらさは理解している。自分もそうだった。そしていま 妻がその中にいる。心が重くて気力が出なくて自分が嫌で 歯痒くて体が重くて・・・<br>親父の支えになれなかった。
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<pubDate>Wed, 04 Jul 2007 00:41:29 +0900</pubDate>
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<title>親の心、子知らず。</title>
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<![CDATA[ 親の苦労は遠く離れているとわかりずらい。親父の性格上からも知り得ないところが多かった。息子らに弱音を吐くものかと、それが、親父たる者そうあるべき と無言の教えだったのだろうか。父親を幼い時に亡くした親父。一つの理想像を貫いたということなのだろうかのか。尊敬すべき父でありこの上なく尊敬している。しかし過去の両親の苦労を今更ながら知り、衝撃を受けると同時に自分情けなさに唇を噛み締めた。
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<link>https://ameblo.jp/snufkin777/entry-10038501718.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Jul 2007 12:01:19 +0900</pubDate>
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<title>祈り</title>
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<![CDATA[ 親父の入院に伴ってお袋も入院することになった。母は 重度の身体障害者の為 親父が介護をしてくれていて、その為入院せざるをえなかった。息子としてはこの非常事態を どう乗り越えようか、というより 親父とお袋の心中はいかばかりか、きっとお互いのことが心配で心配で気掛かりでしょうがないにちがいない。二つの違う病院に行きその心配を取り除いてあげることを第一に見舞った。時々 お袋を車椅子に乗っけて 親父のいる病院に連れて行った。親父もお袋も手を握りながらお互いを励ましあい涙をながしていた。親父の涙。 夫婦の愛。親父のガンが 治ってほしい 神様に心の底から祈った。
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<link>https://ameblo.jp/snufkin777/entry-10038280204.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2007 06:51:25 +0900</pubDate>
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<title>壮絶</title>
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<![CDATA[ 親父の闘病は壮絶だった。かなり体重も減り体に入ったチュウブの数も増えていた。しかし子供である我々の前では決して弱音を吐かなかった。逆境の時こそ力が出る、頑張れる。というのが昔からの親父のポリシーだった。ある看護師の方は「ほんとに気丈な方ですね」と親父の事を話してくださった。　　　　　　親になって親のありがたみがわかるというが まさにその通りだった。そして自分の子供の成長を見るにつけ、こんな自分をよく育ててくださったと感謝の思いがいまさらながら心の底から湧いてくる。 　　　　　　　 「それじゃ 親父 そろそろ帰るわ」と 別れ際に親父と握手をした。普段親父と握手をすることなどなかったが その時は自然と手が伸びた。「ありがとな」と言ったその手は重病人とは思えないほど力強く大きかった。
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<link>https://ameblo.jp/snufkin777/entry-10038149757.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jun 2007 23:32:56 +0900</pubDate>
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<title>時は戻らず。</title>
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<![CDATA[ 去年の真冬 父はこの世を去った。71の誕生日を向かえた直後だった。     去年の今頃は病床で病と闘っていた。ガンだった。夏のむせ返るような暑さ。お見舞いに行き、今度来る時に持って来て欲しいと言っていた　よもぎ餅と鰻の蒲焼きを 病室で渡すと、少しかすれた声で「昨日から絶食になってしまった。わるいなぁせっかく持って来てくれたのに」<br>胸が締め付けられる思いがした。もっと早く来ていればと自分を責めた。ささやかな親孝行のつもりが 結果、残酷なものとなってしまった。       
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<link>https://ameblo.jp/snufkin777/entry-10038055906.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jun 2007 01:13:22 +0900</pubDate>
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<title>今となっては・・・</title>
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<![CDATA[ <p>亡き父が昔、焼酎を飲みながらぽそっと言ったことば、「若者は未来に生き、壮年は今に生き、老人は過去に生きる」。</p><p>今自分は中年オヤジ、メタボのボッテリ腹。その頃のオヤジの年代だ。</p><p>確かに現実の中でもがいている。若い頃のように未来に夢を馳せ、希望に燃える自分はそこにはいない。かといって過去に思いをめぐらせ「昔は良かった・・・」と言う自分もいない。今、家族の為に生きる。それが自分の存在価値であり、また生きるエネルギーの根源である。</p><p>家族。家族という言葉をふとしたときに耳にした時、今自分がパパであり夫であるこの家族と、父がいて母がいて兄弟がいて自分がいる懐かしい家族との両方が心の中にある。父がなくなった後、あの懐かしい家族の思い出や父、母に対する懺悔に近い気持ちが日に日に増していることに気付いた。</p><p>今となってはどうすることもできない過去。でも過去を省みて、今、そして未来を生きぬかねば！！！　きょうは息子の９歳の誕生日である。おめでとう！！！</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/snufkin777/entry-10037950872.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jun 2007 23:50:52 +0900</pubDate>
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