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<title>オーストラリア人主婦のお話</title>
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<description>小学校少しと中学校3年間を日本ですごしました。もう日本人だよね。</description>
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<title>Gotye - Heart A Mess</title>
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<![CDATA[ Gotyeという歌手をご存知ですか？<br>オーストラリア人の歌手です。日本に留学していた経験があり日本語も少し話すことができるんです。<br>きっとYoutube Userの方ならばSomebody That I Used To Knowなら知っているかも知れませんね。<br><br>私の妹のゼミーのお友達ならゼミーがカラオケで本気で歌う歌です。<br><br>今日は私の国の歌手Gotyeの紹介と私の好きな歌　Hearts A Mess　です。<br><br><br><object width="480" height="270"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/MpN1j8R5lZ8?hl=ja_JP&amp;fs=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/MpN1j8R5lZ8?hl=ja_JP&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" width="480" height="270" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object><br><br>
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<pubDate>Sun, 17 Feb 2013 06:20:22 +0900</pubDate>
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<title>街並み</title>
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<![CDATA[ 毎日見てる光景が当たり前になると、過去に見ていた光景は非現実的なものに思えてきます。<br><br><br>学校帰りの駄菓子屋さんの軒先のアイスクリームの冷蔵庫、クリーニング屋さんの看板、理髪店の赤と青のくるくる回ってるシンボル、眼鏡屋さんの眼鏡のアイコン、標識などなど。<br><br><br>今は過去の中のあの可愛い世界。<br><br><br>赤いランドセルに給食袋に体操袋にコップ袋をぶら下げて走ろうとするとうまく走れない。バランスが悪い。<br><br><br>ふと日本を思い出した時に思い浮かんだ物です。<br><br><br>今日はただそれだけなんです。<br><br><br>私はその光景が大好きだったんです。<br><br><br>だけど、なんだか今では違う世界。<br><br><br>いつか歩いていたあの道。<br><br><br>それはとてもノスタルジックな世界。<br><br><br>あの優しい人たち。<br><br><br>かわいい人たち。<br><br><br>私は忘れてはいないあのかわいい世界を。<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 15 Feb 2013 06:42:00 +0900</pubDate>
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<title>魔法の下駄箱</title>
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<![CDATA[ 日本の小学校に行くと決まった日。私は凄い不安でした。<br><br>全く文化の違う子供達の学校に私が一人。<br><br>下駄箱があり、そこに靴を入れる。そして上履きを履く。<br><br>体育館に上がるためには体育館用の靴を履く。<br><br>どうして靴をそんなに履き替えるのか私達の家族は全く理解できませんでしたが、そんなことはすぐに馴染んでいきました。<br><br>中学一年生になると、下駄箱に様々な物が入るようになりました。<br><br>最初は鶴の折り紙が入っていました。<br><br>次に読みたいと言った漫画の本。<br><br>次に可愛い消ゴム。<br><br>誰が入れているんだろうとマリコと相談した翌週には同級生からのラブレターが入っていました。<br><br>始めてのラブレターに『これかー！』と思っていると、翌週は上級生の男子から直に告白されましました。<br>私は恥ずかしくて顔を真っ赤にして、なぜか目を閉じていたそうです。<br>特に何か発言することもなく。<br><br>しかし、その翌週、その同級生の男子と上級生の男子がケンカしたことを知ります。<br><br>私はひどく落ち込みました。<br><br>その日なのか、いつの日なのか、ふにゃふにゃの犬の人形が下駄箱に入っていました。<br>その人形には『悲しまないで、天真爛漫くんより』と書かれた紙が張り付けられていました。<br><br>また誰が入れたのかわからない天真爛漫くんを気に入った私は天真爛漫くんを毎日バッグに吊るして通学していました。<br><br>誰がくれたのか、未だにわかりません。<br>しかし、あの下駄箱で出会った天真爛漫くんは今はオーストリアのメルボルンの家の二階からメルボルンの街を眺めています。
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<pubDate>Tue, 12 Feb 2013 11:12:00 +0900</pubDate>
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<title>心の余裕？</title>
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<![CDATA[ 娘が眠ってからバルコニーに出て夫と二人して煙草を吸いながらビールを飲みます。<br><br>ベンチシートに二人して座って。<br><br>なぜだか一日の終わりにこうしてゆったりとした時間を過ごせるのは心に余裕があるからですね。<br><br><br>心の余裕？<br><br><br>私には4つ年の離れた双子の妹達がいるのです。同じように育ったのに一人は日本で、もう一人はアメリカで仕事をしています。<br>それぞれその国を愛し、その国の人達とうまくやっているそうです。<br><br>特に日本に残った妹のゼミーは雑誌編集社で働くキャリアウーマンです。<br>独身で恋人がいるような話も聞かないので母は心配し、この前はオーストラリアに帰ってきたらと説得していました。<br><br>彼女はそういう業界にいるだけあり面白い言葉の表現をします。<br><br>「心の余裕」と言ったのは彼女ですし、そういうように誰かに何かを伝える人のことをザビエルと言っていました。<br><br>心の余裕と私に伝えたザビエルは、そのゼミーですね。<br><br>ちなみにこのameba piggを私に伝えたザビエルもゼミーです。<br><br>どれもいかにも日本人らしい表現方法ですね。<br><br>まるでゲームのように 心 にゲージがあるようです。<br><br>ザビエルというのもイエズス会のフランシスコ ザビエルのことでしょう。<br><br><br>ゼミーは大学の時に、その行動力と人望からキャプテンというおかしなあだ名をつけられ、本人もそれを気に入って今でも彼女の友人にはキャプテンと呼ばれています。<br><br>本当に日本にマッチした人材だったのでしょうね。<br>今年ついに責任ある立場になったんだそうです。<br><br>彼女の結婚を母はついに諦めそうになっています。<br>私は彼女は日本と結婚したのだと思っています。<br><br>しかし、心の余裕が無くなればオーストラリアに帰ってきて、お酒を飲み、酔っぱらって号泣し、翌日の昼頃に起きてきて、また夜にお酒を飲み。<br><br>心の余裕の回復方法は様々のようです。<br><br><br>日本は凄い一流の国家で素晴らしく世界が驚愕する技術を持った人々がいますが、心の余裕をもっと持てる環境では無かったように思います。<br><br>今回の柔道女子での体罰問題は世界中に衝撃を与えました。<br><br>なぜならば、そういうことがあの日本で行われていたからです。<br><br>選手は家畜ですか？いいえ、言葉で言えばわかります。殴ったり、死ね。と暴言をはくのは勘違いですね。<br><br>しかし、そのトレーナー達が辞めて新しくそういう暴力のない環境で練習することができるのなら、今後、日本の女子柔道に期待ができますね。<br><br>トレーナー達に無くされた心の余裕がこれからは増えるわけですから。<br><br>きっと体罰を行っていたトレーナー達も心に余裕が無かったのでしょうね。<br><br><br>と生意気なことを考えつつ煙草の火を灰皿で揉み消すのでした。<br><br>
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<pubDate>Thu, 07 Feb 2013 06:59:00 +0900</pubDate>
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<title>新しい命</title>
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<![CDATA[ 今朝、母から弟の奥さんが破水し父の診療所に搬送され無事に赤ちゃんを産んだと電話がきた。<br><br>夫にそれを話すと、私達はまだベッドの中だったのですが、早速見に行こうと言うことになり朝の8時から実家に行くことにしました。<br>実家には既に弟の奥さんの家族が集まっていました。<br><br>弟は私にマドリナ、ゴッドマザーになってほしいと言ってきました。「もちろん！」と快諾し、心の中で「よっしゃーーー！」とガッツポーズです。<br><br>今日一人増えたオーストラリア美女を眺めながら夫は私に、もう一人オーストラリア美女を増やす？と言っていましました。<br><br>どうぞ一人でも二人でも。<br><br>父はまた孫が生まれたのに夜中に起こされたので疲れて眠ってしまったとか。<br><br>しかし、弟の奥さんが言うには、赤ちゃんを見せてくれたときに「私ににているかな？」と笑顔だったそうです。<br><br><br>日系人というのは、時代が明治、大正、昭和初期のまま日本が止まっているんたそうです。<br>今の日本人とは違うセンスを持っています。ユーモアなんかもその当時のままのものです。<br><br>私の実の父ではないけれど、新しい赤ちゃんは彼の生きることへの強い執着心遺伝子が入っているのだから、この赤ちゃんも私の弟たちや妹たちのように強い日系人になっていくのでしょうね。<br><br>今日、オーストラリアに日本人をルーツとする赤ちゃんが生まれました。<br><br>それ以外に素敵な言葉は無いと思います。
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<pubDate>Sat, 02 Feb 2013 08:49:00 +0900</pubDate>
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<title>私との違い</title>
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<![CDATA[ メルボルンから少し離れた街にある実家に娘を連れて行きました。<br><br>まだ日本で言えば中学二年生ぐらいの妹がサーフボードに友達とおしゃべりしながらワックスを塗ったりしていました。<br><br>オーストラリア人でも、ほぼ日本で育った私はサーフボードなど見たこともありませんでしたし、今でもサーフィンはできません。<br><br>その後、彼女達のボーイフレンドがやってきて普通にキスしたり。まぁ挨拶なんですけどね。<br><br>私の中学二年生のころは、マリコが持ってきてくれる少女漫画に夢中だったな…と思いながら。<br><br>妹と友達は上半身、ビキニでボーイフレンドとお話しながらサーフボードに何かしている。<br><br>私はセーラー服を着て白のスニーカー履いて…<br><br>私の頭はまだ日本人脳で妹とは明らかに違いがありますね…
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<pubDate>Tue, 29 Jan 2013 07:25:00 +0900</pubDate>
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<title>ご縁がありました</title>
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<![CDATA[ 結局、母は昨日、家に帰らず私の家で寝ました。帰りたくなかったわけではなく私との話に熱がはいり帰る機会を失ったというのが正しいのかもしれません。<br><br>ワインを飲んだ為に車を運転することもできず、夫もその日にかぎって仕事で家に帰らず。<br><br>母も都会の雰囲気が好きなのか、私達は二人、家のバルコニーからメルボルンの夜景を見ながらワインを一瓶。<br><br><br>母は父と出会う前には赤ん坊の私を抱いてメルボルン、シドニー、キャンベラ、アデレードと様々な街に住んだことがあると言っていますが、私にはメルボルンでの記憶以外には東京での記憶しかありません。<br><br><br>母は財布の中に私達が子供のころの写真を入れており、証明写真サイズの私が赤ん坊のころの写真を見せてくれました。<br><br>母は写真や大切な物をラミネートパックする癖があり、その写真もラミネートされています。その母の財布の中ラミネートコレクションには日本の5円玉もありました。<br><br>日本人がご縁がありますようにということで母に渡した縁起物のアイコンのようなその五円玉も母はラミネートして大切に財布にしまってあります。<br><br><br>日本に住んでいたころ、母は他の外国人に「これは何円ですか？」と聞かれたんだそうです。<br><br>そう言えば私もありました。<br><br>五円<br><br>こう書かれていると、日本語を読めない人にとっては何円なのかわからない硬貨ですね。<br><br>穴の開いた漢字だけのイメージ的には江戸時代からあったような五円玉を母は珍しいのでお気に入りにしています。<br><br>それと、日本人が五円にかけて言うご縁。<br><br>私は日本に住んでいたころ可愛らしいクラスメイトに近所の人々。<br><br>素敵な縁で知り合うことができました。<br><br>日本に行ったことのある外国人の日本に対する評価は複雑でそれは日本人の心の中にある複雑さがそうなるのかもしれません。<br><br>しかし、私が出会った人達のほとんどは私に対して優しく接してくれた素敵な人々でした。<br><br><br>昨夜は、その五円玉の製造中止と言うニュースを聞きかじり、少しだけ日本とのご縁を母と話した夜になりました。<br>
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<pubDate>Mon, 21 Jan 2013 10:52:00 +0900</pubDate>
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<title>自転車のサドル</title>
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<![CDATA[ 夫は自転車競技が好きで、彼自身も大学時代は自転車競技選手でした。<br><br>「オーストラリアは広大な土地があるのですが一般的には起伏がそれほど激しく高低差があるわけではないので南米の選手のように異常な心配能力があるわけではないし、東ヨーロピアンのようにステロイドホルモンを使わない。それは問題外だけれど。」<br><br>東ヨーロッパにルーツを持つ私への当て付けなのかと少しムッとしました。<br><br>彼は今度出場するトライアスロンの為に彼はガレージ兼彼の趣味の作業場で自転車をセッティングしていたのですが。<br><br>「さっきの晩御飯のチキン、ステロイドホルモン入れたけど大丈夫？」<br><br>一瞬、かれの動きがピタリと止まって面白かったのです。<br><br>そんな乗るのも難しい自転車は日本のママチャリに絶対勝てないよ。私はそう思いながら、世界を広げてくれたママチャリを思い出します。<br><br><br>中学1年生のころ、私は、そのおかしなネーミングの自転車をどこでどうやって手に入れたのかは全く覚えていませんが。シルバーカラーのママチャリに乗っていました。<br><br>カゴにいっぱいに物が入るのが大好きで、常に何か物を入れていた記憶があるのです。<br><br>自転車で友達に会いに行き、お喋りの途中で私が自転車のカゴから取り出す御菓子や飲み物。カゴの使い方が面白いとずっと言われていましたが、それは私のお気に入りポイントの１つでした。実はママチャリにはもう１つお気に入りポイントは一蹴りでつくライトです。<br>回る車輪を利用し電気を発生させるなんて考案した人は天才だよね。<br><br>私はいつものようにママチャリで買い物に行き駐輪場にママチャリを置き店に入っていき、買い物を済ませて、駐輪場に戻ると。<br><br>私の自転車の椅子の部分が盗まれていたのです。<br><br>しかたなくトボトボと自転車を押して家に帰っているところ、いつも見かける高校の制服を着た高校生のお兄さんが、「サドル無くなったの？」と言ってきました。<br><br>彼は家に帰る途中だったのでしょうが、座る椅子の無い自転車を押しながら歩く私を惨めだと思い立ち止まってくれたんですね。<br><br>「日本語わかる？」と聞いたので「うん、椅子無くなったの。」と言いました。<br>すると彼はおもむろに自分のサドルを外し、私の自転車に差し込みました。<br><br>「どうして？」と思う言葉さえも言えないまま、彼は椅子無しの自転車を立ち運転し去っていきました。<br><br>まるでカンガルーのようなその運転方法で去っていき、惨めだった私の為に自分のサドルをくれた彼に感謝しながら、私は一瞬惨めな思いをしたが、彼のおかげで素敵な思いもした。<br><br>今度、同じように椅子を無くして歩いている人が入れば、私はさっきのカンガルーお兄さんと同じことをする！と誓ったのです。<br><br><br>ですが、<br><br>さっき夫が「そのサドル返して。」と言ってきたのですが、先程の東ヨーロッパ人への侮辱を謝罪しない彼への抵抗としてテーブルの向こう側に置き、代わりにオランダで買ったママチャリ風の私の自転車のサドルを渡しました。<br><br>彼は空気を読んで「ah sorry.ハラキリー。」と言っておどけました。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 19 Jan 2013 03:53:00 +0900</pubDate>
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<title>「コンニチハ」それは素敵なおまじない</title>
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<![CDATA[ 娘が「アルファベット、Aはとんがり帽子、Bは太っちょさんでお腹がつっかえて…」アルファベットを勉強していました。<br>勉強といっても、レコーダーから聞こえてくる音楽を聞きながら遊んでいるだけですが。<br><br>母がキャンベラの親戚の家に行った帰りに私の家に来て私と娘の為に持ってきてくれたマンゴーを切りながら、空港で出会った日本人達のことを話していました。<br><br>母は日本人達が空港で日本に帰ったときの寒さやジャケットのことを心配しているのを聞いて、母が接した日本人達のことを思い出していたんだそうです。<br><br><br>私の知っている東京は、雪が積もり地面がベタベタになっている風景ですが、東京で働く妹の話によれば最近は冬でも雪が積もることはまれのようですね。<br><br>私は真冬の日本と言えばオーストラリアではなく、オーストリア大使館近くの坂の所でオーストリア人と思われる子供達と私の下の弟が雪だるまを作っていたのを思い出すのです。<br><br>子供達は雪だるまを作るのですが、人が通ると「コンニチハー」と言うのです。<br><br>すると歩いている大人はその外国人の子供達を見て「こんにちは」と言って思わず笑います。<br><br>弟を含めて小学生の低学年の子供達は立ち話をしている母親達の近くで必死で雪だるまを作っていました。弟はドイツ語はわからないだろうに必死で雪だるま製造を手伝っていたのです。<br><br>私はさっき買ったマンガを読みながら弟達の横にいました。<br>でも外なので寒く、母のオーストリア人のおばさん達との立ち話も早く終わって欲しいと思いながらいたはずです。<br><br>車や人が通るたびに「コンニチハー！」という子供達。私の弟もペコッと頭をさげて「コンニチハー！」<br><br>その度に、言われた人は「こんにちは、雪だるま？スノーマン？」などと笑いながら声をかけていました。<br><br>家に帰ってから。私は何かの用事で外に出たのですが、それがその日のことか別の日のことかは覚えていません。<br><br>前からお婆さんが歩いてきていたのです。<br>私に「こんにちは、今日は寒いですね？」と言ったのです。<br><br>私は何故か、本当に何故かわからないのてすが嬉しくなって「こんにちは！寒いてす！」と答えたのです。<br><br>このことを今でも覚えているのですから、よっぽど嬉しかったんでしょうね。<br><br>ただ「こんにちは」と言われただけです。<br><br>見ず知らずの優しそうなお婆さんに。<br><br>ただ、それだけなのに。<br><br>「コンニチハ」これは人を笑顔にする素敵なおまじないですね。<br><br>あなたは言えますか？この素敵な言葉。<br>
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<pubDate>Fri, 18 Jan 2013 14:50:00 +0900</pubDate>
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<title>可愛い人</title>
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<![CDATA[ 私の夫が私の中学校の卒業アルバムを見ていました。<br><br>夫は私が日本に暮らしていたことは知っていますが、彼が私の子供のころの写真をみるのはそれほど多くありません。<br>そして、このアルバムは両親の家の倉庫を3時間探して見つかったまるで宝物でした。<br><br>「君が日本人の中にいるのは不思議だが、君が見せることのないような笑顔で写っている。」<br><br>夫はそう言って、他の写真を見ていました。<br>娘は背伸びして、写真を指差しては「ママ、ママ」<br><br>私は１つ１つの写真を手に取り、一人一人の名前を思い出していました。<br>その写真は私を含めた女の子三人と男の子二人の写真で東京都庁で撮られた写真でした。<br><br>中学3年生の時、私とマリコとナナは男子のカネボウとイサンチと5人で新宿にある都庁に行こうということになりました。<br><br>西武新宿で降りてPePeのあたりでマリコとナナはトイレに。カネボウとイサンチは売店に。私は家に電話をしていたのです。<br><br>電話が終わり皆を待っていたときに警察のパトロールが三人私の所に着て、「職務質問にご協力ください。パスポートはお持ちですか？」と聞いてきたのです。<br><br>中学三年生でも、私は他の人達よりも少し大人に見えてしまいます。オーストラリア人だからね。<br>しかも、私は黒い髪の毛に青い目なので新宿の大久保の方で働く人達に思われたのかもしれません。<br>しかし、突然のことと、パスポートを日頃持ち歩かないほど日本に同化しているつもりだったのでびっくりしたのです。<br><br>それは、あなたが中学生で突然三人の警察官に呼び止められたのとあまりかわらない威圧感というか子供にとっては恐怖感です。<br>パスポートを持っていない心配などで私は恐怖のあまり泣き出しそうになりました。<br><br>その時、イサンチが走ってきて警察官に対して「こらー！！！」と叫びながら走ってきたのです。<br>イサンチは背が低く小太りで学校ではどちらかいうとおとなしめで休憩時間のUNO友達の１人でした。<br><br>そのあまりに迫力の無い「こらー！！！」という声に道いく人は、何かおこったのか？みたいな顔で見ていました。<br>勢いよく現れたけれど次のワードが出てこないイサンチはすごい顔で警察官をにらんでいたのです。<br><br>見かねた警察官が「友達？」など言っていたと思います。イサンチはとにかく私を守ろうと走ってきてくれたのだけどそれ以上何かが起こることはありませんでした。<br><br>マリコとナナが走ってやってきて警察官に説明して私は解放されました。<br><br>実はイサンチは極度の緊張のあまりに手が震えていて、歩き方もすごいぎこちない歩き方になってしまったのです。<br><br>私はあの時のイサンチの勇気とぎこちない歩きと今にも泣きそうな彼の蒼白の顔が忘れられません。<br><br>都庁までお喋りしながら歩いていても、イサンチはショックが大きかったのかあまり話にも入ってきませんでした。<br><br>今度、警察官の職務質問があったら、○○中学の生徒なので○○中学に電話してくださいって言えばいい。そういう話をしたことも昨日のように覚えています。<br><br>夕方、家の近くで誰かがついに「イサンチ大丈夫？」と言いました。<br><br>イサンチは「ビッキーを助けようと思って行ったけどそれ以上の言葉が出てこなくて恥ずかしかった。強くなりたいな」そんなことを言いました。<br><br>私は我慢できなくなり、イサンチの手を握りました。「助けてくれてありかとう！」<br>私の半分ぐらいしか身長のないイサンチのホッペにキスをしてしまいました。<br><br>友達は「うおー！！」と。<br><br>そうですね、そういう文化では無いし、そういう挨拶方法でもないですから。<br><br>私も緊張と安堵感で家の中だけのオーストラリアが出てしまったのでしょうね。<br><br>イサンチは真っ赤な顔になり「じゃあ、またな！」と急にカッコつけて帰っていったのです。<br><br>私は面白い顔のヒーローの写真を見ながら、あの日のことを思い出しました。<br><br>可愛いですね。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/socaria/entry-11450815975.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jan 2013 19:09:00 +0900</pubDate>
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