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<title>コミュニケーションデザイン研究</title>
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<description>色々と書いてきて一貫性の無いブログになってしまった・・・</description>
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<title>ノイズ批評　～プチカリスマ～</title>
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<![CDATA[ <p>世の中に発信される情報は<strong><em><font color="#660066">ノイズ</font></em></strong>で溢れている。</p><br><p>つまり本来ならば自分には必要が無いような情報も大量に流れているのである。</p><br><p>ノイズ批評とは、巷に事実の様に公布されているが、本当は汎用的ではない情報を主観と偏見をもって批評するノイズの一部である（トートロジー）。</p><br><p>今回のノイズは「カリスマ」である。</p><br><p>ネットの台頭によってビジネス界に<strong><u><font color="#ff0000">プチカリスマ</font></u></strong>が大勢誕生した。</p><br><p>その結果、昔は器量の良い者のみが活躍できたメディアに<strong><u><font color="#ff0000">頭の良いオッサンやオバサン</font></u></strong>が登場するようになった。</p><br><p>実際、これらのオッサンやオバサンは実に頭がよく、学歴、経歴ともに立派であり、ビジネス評論家やら経済評論家という肩書きでスクリーンに登場し本を書くのである。</p><br><p>しかし、勘違いしてはいけないのは彼らは<strong><u><font color="#ff0000">評論家 = 単なる芸能人</font></u></strong>であり、専門家とは限らない。</p><br><p>そして、芸能人のビジネスモデルは人気商売である。</p><br><p>つまり、以下のようなサイクルを繰り返すことが至上命題なのである。</p><br><p>1. 本を書いて、メディアに取り上げられる</p><br><p>2. メディア露出が増えることで信者が増える</p><br><p>3. 信者が著書を持ち上げて、さらに信者が増える</p><br><p>4. 本を出すたびに売れるようになる</p><br><br><p>もちろんこのサイクルを作るのは大変な労力であり、それを実現した<strong><u><font color="#ff0000">著者の実力は並大抵のものではない</font></u></strong>。</p><br><br><p>しかし、極めて辛辣な表現を使えば<strong><u><font color="#ff0000">著者は搾取する側</font></u></strong>で、<font color="#ff0000"><strong><u>読者は搾取される側</u></strong></font>であることは紛れも無い事実だ。</p><br><p>それは以下のように考えると自明である。</p><br><p>すなわち著者らは<strong><u><font color="#ff0000">ロックスター</font></u></strong>なのである。みんなが憧れる成功者なのだ。読者はそのロックスターの<strong><u><font color="#ff0000">ファン</font></u></strong>だ。</p><br><p>そして、ファンが<strong><u><font color="#ff0000">いくら</font><font color="#ff0000">彼らの歌を聴いたところで彼らにはなれない</font></u></strong>のは自明である。だってファンは支える側なんだもん。</p><br><p>ロックスターと違うところは、発信するコンテンツが如何にも自分の成長につながりそうに見えるところである。</p><br><p>昔、大流行をしたとある女史の著書を興味本位で読んだことがある。なるほど、女史の頭の良さは良く分かる。</p><br><p>しかし、冷静に考えれば何の役にも立たない内容しか記述されていなかったのである。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10665770815.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Oct 2010 01:23:28 +0900</pubDate>
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<title>ノイズ批評　～中高年の既得権益～</title>
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<![CDATA[ <p>世の中に発信される情報は<strong><em><font color="#660066">ノイズ</font></em></strong>で溢れている。</p><br><p>つまり本来ならば自分には必要が無いような情報も大量に流れているのである。</p><br><p>ノイズ批評とは、巷に事実の様に公布されているが、本当は汎用的ではない情報を主観と偏見をもって批評するノイズの一部である（トートロジー）。</p><br><p>今回のノイズは「中高年の既得権益」に関する主張である。</p><br><p><strong><u><font color="#ff0000">大企業の中高年のオッサンはとかく世間から人気が無い</font></u></strong>。ハタから見ると楽な仕事で高い給料をもらっているように見えるので、妬み嫉み略して嫉妬の対象になりやすい。</p><br><p>そのような負のイメージの対象になりやすいため、政治家やXX評論家のターゲットになりやすい。何故なら彼らのような<strong><u><font color="#ff0000">人気商売</font></u></strong>においてもっとも重要なことは<strong><u>人から注目を集めること</u></strong>であり、人から注目を集めるにはその人たちが<strong><u>ねたましく思っている対象を槍玉に挙げることが一番簡単</u></strong>だからだ。</p><br><p>もっと分かりやすくいえば、政治家はそれをすることによって<strong><u>票が集まる</u></strong>のであり、評論家はそれを批評することにより<strong><u>本が売れてテレビに出れる</u></strong>のである。実にくだらない話だ。</p><br><p>我々、真っ当なサラリーマンは政治や経済の動向を注目する必要があるが、政治家や評論家の発言は聞き流す必要がある。一方で専門家の発言には注目する必要がある。</p><br><br><p>さて、少し脱線したので大企業のオッサンに話を戻そう。</p><br><p>今まで様々な大企業のオッサンと仕事をしてきた経験からすると、結論から言えば大企業のオッサンは絶妙なポジショニングを築いており、実は<strong><u><font color="#ff0000">代替不可なオッサン</font></u></strong>であることが多い。</p><br><p>窓際族に見えるオッサンでも実は社内システムについてそのオッサンしか知らないことがあったり、特定の得意先に知り合いがいるため外せないオッサンであったりすることが多々あるのだ。</p><br><p>もちろん、一部には本当に窓際のいわゆる<strong><u><font color="#ff0000">上がりのオッサン</font></u></strong>もいる事はいるが、そのようなオッサンは社内でも目立つ = ほとんどのオッサンは何かしらの役に立っているのである。</p><br><p>ちなみに、たびたび脱線するのが小生の悪い癖ではあるが、それでも脱線してしまえば、<font color="#ff0000"><u>若い女の子はこのような「上がったオッサン」に騙されることが多い</u></font>ので注意が必要である。</p><br><p><em><font color="#0000ff">～脱線開始～</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">上がったおっさんは一見落ち着いておりガツガツしていない大人に見える。しかりそれは、おっさんが上がっているが故にガツガツする必要が無いという悲しい副産物であることを諸女史は知るべきである。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">普通の30～40前後は仕事に燃えていて、より面白くてより社会に役立つ仕事をできる立場を獲得するためにガツガツするものなのだ。その年齢でガツガツしない理由は・・・悲しくてこれ以上は小生には言えないのである。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">そして、そのような<strong><u>オッサンと過ちを犯しその歴史を黒歴史として封印している麗しき女史達</u></strong>を小生は多数知っているのである。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">～脱線　了～</font></em></p><br><br><p>さて、ではオッサンが社内でそれなりに重要なプロセスを握っている話に戻ろう。</p><br><p>政治家や評論家は人々の妬みを煽るためにそれを「既得権益」と呼ぶ。しかし、実際のところ<font color="#ff0000"><strong><u>「既得権益」と「蓄積した財産」はほぼ同義</u></strong></font>である。</p><br><p>仮にそのオッサンが得意先の部長と蜜月であり、そのことによって仕事を取れていてそれ以外はダメダメなオッサンであるとしても、その「部長との蜜月な関係」はオッサンが人生の長い時間をかけて築きあげてきたものであり、それはオッサンの財産なのである。</p><br><p>格式高く品性溢れる本ブログでこのような卑近な事例を出すのは不本意であるが、若い諸兄に非常に分かりや</p><p>すい例をひとつ挙げよう。</p><br><br><p><em><font color="#0000ff">～事例開始～</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">貴君には愛する女史Aがいるとする。貴君は4年間もその想いを胸に秘めながらも女史Aとは未だに望ましい関係に発展していない。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">しかし、何度かデートを重ねており女史Aとも気心が知れてきてはいる。そして貴君は近く女史Aに愛の告白をすることを決意する。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">そこに別の男性Bが現れる。男性Bは若くて誠実かつ積極的な好青年で猛烈に女史Aにアタックを始めている。しかし、男性Bは女史Aとの関係が浅いために女史Aのツボをつくことができない。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">危機感を感じた貴君は女史Aへの愛の告白を実行し、2人は見事に結ばれる。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">しかし、ここで男性Bが貴君にクレームを付けてくる。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">「貴君は女史Aとの長い関係によって信頼関係を既に築いていた。私がそこに入り込む余地はなかった。ソレハズルイデハナイカ」</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">と。</font></em></p><p><em><font color="#0000ff"><br></font></em></p><p><em><font color="#0000ff">～事例終了～</font></em></p><br><br><p>さて、ここまで読んでいただけた貴兄貴女は<font color="#ff0000"><strong><u>「既得権益」という仮想敵国を設定するのが如何に馬鹿らしいこと</u></strong></font>であるかを理解していただけたのではないだろうか。</p><br><p>そんなものを設定したところで潤うのは人気商売の方々のみなのである。</p><br><p>ちなみに私の業界では<u><strong>パンツを見せて仕事を取れる人は、自分の武器を活かせる人として評価される</strong></u>のである。</p><br><p>重ね重ね申し上げるが本ブログは格式高く品性が溢れるブログなのである。</p><br><br><p>ちなみにこ中高年のオッサンにまつわるノイズについては別の機会に異なる視点でもノイズ発信する予定である。</p>
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10665428170.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Oct 2010 19:18:48 +0900</pubDate>
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<title>ノイズ批評　〜自己啓発本のムダ〜</title>
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<![CDATA[ 僕の様な凡庸な個人が情報を発信できる様になったおかげで、世の中には爆発的に情報が増えた。<br><br>その結果、必ずしも汎用的（ロバスト）では無い情報がまるで真実であるかの様に発信されていることも多い。所謂ノイズである。<br><br>情報量が爆発的に増えても、人生の時間が増える訳ではないので、自分にとってムダな情報は排除する必要がある。<br><br>サラリーマンに取って特にムダだと感じるのは「個人として成功した人」のハウツー・自己啓発情報はこの傾向が強い。<br><br>それは経営戦略のひとつである先行者優位戦略の視点からも自明である。<br><br>つまり、成功者が成功して本を書く様な立場になった時には既にその人のフォロワーは大量に発生しているため、競争環境はその人が当該事業を開始した当初とは比較にならないほど激化しているという当たり前のことだ。<br><br>にも関わらずその手の本がいつも店頭で平積みされており、飛ぶ様に売れていくのは我々からすると不思議で仕方が無い。私もとある外資コンサルティングファームに勤務しているが、その手の本を読んでいる人を見たことはほとんどない（いても新人くらい）。それらの情報が単なるノイズであることを皆知っており、貴重な時間を割くのは勿体ないと考えているからだ。<br><br>実際、その手の本を読むと独立、起業が極端に推奨されていて、サラリーマンでいることは勿体ないことであるかの様に書かれている。そして若者の大手志向を嘆いている。<br><br>しかし、彼らが拠り所とする経済的観点で見るならば実際はまったく異なる。<br><br><br><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline; color: rgb(0, 0, 255);">「サラリーマンでいることは勿体ない」の嘘について。</span><br style="font-weight: bold; text-decoration: underline; color: rgb(0, 0, 255);"><br>リターンを考える際にはリスクと対比する必要がある。ハイリスクであればハイリターンであるのは当然のことだ。知人等から聞いた話であり正確性に疑問符は付くが、例えば小規模のIT会社の経営社の年収は実は1,500万円程度だという。<br><br>この程度であれば、大手企業の50代の年収よりもだいぶ低い。つまり、サラリーマンでも高いキャリアを積んでいけば非現実的な数字ではないということだ。ついでに言えば業界によっては３０代前半でも達成可能な数字である。<br><br>サラリーマンで高いキャリアを築くことと独立・起業することのリスクを天秤にかければ明白に前者の方が低リスクである。あくまで経済的な観点のみであるが、合理的な判断をするのであれば起業はしないという答えが出ることは何も不思議ではない。<br><br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255); text-decoration: underline; font-weight: bold;">「若者の大手志向への嘆き」の嘘について</span><br style="color: rgb(0, 0, 255); text-decoration: underline; font-weight: bold;"><br>特に就職活動をしている学生はこのノイズに騙されてはいけない。どうしても信じられないのであれば、厚生労働省の毎月勤労統計を見てみるといい。そこには産業別×事業規模別の平均給与（月額）が記載されている。大手企業と中小企業の給与の差を見ると愕然とするはずだ。ついでに産業ごとの給与の差も見ておくといい。業界ごとのブレがかなり大きいことに気が付くはずだ。<br><br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255); text-decoration: underline; font-weight: bold;">結論</span><br style="color: rgb(0, 0, 255); text-decoration: underline; font-weight: bold;"><br>必要の無いリスクを取るのは止めましょう。<br><br>それなりの学歴があってローリスク-ミッドリターンの大手企業に入れるのであれば、ハイリスク-ミッドリターンの起業やミッドリスク-ローリターンのベンチャーに入社する必要などない。<br><br>今流行の「個人の価値観次第」などと言われると反論のしようも無いが、多くの場合、社会経験の無い若者の価値観などは就職後に劇的に変化するものだ。<br><br>上記の選択は、整備された道をまっすぐ進めば美味しいラーメン屋があるのに、わざわざ獣道を通ってまったく美味くないラーメン屋を目指すプロセスであり、ドM以外にはまったく推奨しない。<br><br>先日、とあるニュースで学力の高い子どもは「草食系」で学力の低い子は「起業家精神に溢れている」などという、とてつもなく頭の悪い研究結果が公表されていた。<br><br>もちろん事実は異なる。頭の良い子は現実をしっかりと捉えており、そうでない子は非現実的な妄想をしているだけだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10665054656.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Oct 2010 11:10:00 +0900</pubDate>
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<title>コレはイカン！</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Fri, 23 Apr 2010 22:40:51 +0900</pubDate>
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<title>法人税を経済対策に</title>
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<![CDATA[ 批判ばかりしているのもアレなので、じゃあどの様にして経済対策をすればいいのか考えてみる。<br> <br>今回はGDPを構成する要素の内で民間収支の活性化について考えてみる。いわゆる内需だ。<br> <br>民間収支が上がるには消費者が積極的に消費活動を行うことが重要だ。かといってアメリカのように信用枠に頼った過剰消費(分かりやすく言えばクレジットカード湧枠いっぱいで買い物をすること）では信用リスクが膨らみ日本版信用破綻が起こりかねない。<br> <br>であるとすれば必要なことは給与水準を上げることである。もっと言えば労働分配率を向上することである。<br> <br>「んなこたぁ分かっているんだ。それをどうすりゃいいのかが問題なんだ、バカ野郎!!!」という話であるが、どこかの政党ではないので具体的なアイデアを出してみる。<br> <br>個人的には<br> <br>「営業利益に対する人件費の割合がある程度以上である企業の法人税を優遇する」<br> <br>が良いのではないかと考える。これを実施することにより企業は「税金に取られるくらいなら・・・」と給与水準を上げるか雇用を増やす方向に動くのではないだろうか？その上で消費税を徐々に上げればよい（年に1%ずつくらい？）。<br> <br>多分に推測を含む話であるが、多くの人間にとって誰がどのように負担するのか不明瞭な政府からの給付金を受け取るよりも、自分が所属している会社からの給与が増額されるほうが心理的に安心するのではないだろうか？<br> <br>常々思うのだが、給付金やら手当てやらを実施すればその過程で様々な事務コストが掛かるがコレは実に無駄であると思う。むろん公務員も国民であるので公務員の収入が増えれば少しは消費も良くなるのかもしれないが。<br><br>しかし、一度行政サービスのコストとして滞留するよりは市場で循環させ投資にカネを回す方が経済は活性化するのではないだろうか。<br><br>経済対策はボトムにテコ入れをするよりも中間層を刺激する方が効果が大きいのでは無いかと思う。そしてその中間層が最も敏感に反応するのは給与の増減であろう。ほとんどの中間層の主要な収入は給与であるからだ。<br><br>であるとすれば、企業が労働分配率を拡大したくなるインセンティブが働くような政策が有用なのではないだろうか？<br><br>給付金やら手当てはあくまでセーフティーネットとして利用すべき手段であると個人的には思っている。<br><br>と思っていたら自民党の参院選公約原案では経済対策として法人税について言及しているようだ。<br><br>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100415-00000007-fsi-bus_all<br><br>現状、自民も特に支援している訳ではないが、政策の質ではやはり民主よりは説得力、納得感はあるなぁと思う。<br><br>とはいえ自分のアイデアも体系的な説明がしっかりとできるわけではない。やっぱりまだまだ勉強が足りないと言うことでしょうな。 <br>
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<pubDate>Fri, 16 Apr 2010 21:26:34 +0900</pubDate>
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<title>無縁社会と電縁社会</title>
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<![CDATA[ 今週のダイアモンドの特集は「無縁社会」というタイトルであった。<br><br>要約すると昨今の核家族化やライフスタイルの変化によって特に高齢者が社会から孤立しやすい環境が出来上がっており、それが人生を貧しいものにしていると言った内容だ。<br><br>発端は今年の元旦にNHKの特集らしい。ちなみに4月3日の夕方から再放送があるらしいよ。<br><br>もっともNHKが特集する前からそのようなことは認識されていたし、そのようなことが起きているのは事実であると思う。しかし、個人的にはそれは個人主義を追求した当然の結果であると思っている。<br><br>（俺はこの言葉が大変に嫌いだが、）「自分らしく」生きたいけれども「周りにもかまってほしい」はあまりにワガママでは無かろうか？と思う。<br><br>それにこの現象を一方的に「社会問題」として提起するNHKの姿勢も疑問だ。実際、特集の中では孤独死や孤立に対する様々な視点が紹介されていて、問題としているエリアが必ずしも噛み合っていない。<br><br>これは余談であり多分に個人的な嗜好が入るのだが、放送法という特権に守られて強制的に料金を徴収している以上はNHKが番組の内容に「主張」を含むべきではない。ましてや民間の苦労を全く知らない恵まれた立場から表面的に読み取れる現象を「問題だ！！！」と騒ぎ立てるマリーアントワネット的なアプローチは害悪だ。<br><br>「ワーキングプア」もNHKの特集がきっかけのひとつとして広がったが、視聴者を煽るようなセンセーショナルな演出をした結果、派遣労働者に間違った被害者意識と劣等感を与え、歪んだ派遣法の成立に貢献しただけなのではないかと思う。そして何でもかんでも問題解決をすべて「社会」に落とし込もうとするのもいい加減辞めてほしい。人間の自立心を奪うだけだ。<br><br>「無縁化」のテーマもどうやら「社会問題」に落とし込もうとしているようだが、これ以上カネを高齢者のために使って下の世代に負担をかけるのには絶対に反対だ。我々や今生まれてくる子供たちの老後生活は、現在の高齢者など比較にならないほど厳しいものになるのはすでに目に見えているのに。<br><br>という訳で、無縁化が社会問題かどうかはともかくとして、確かに人とのつながりをあまり意識しないでも只生きていることは出来る世の中にはなってきたし、それを寂しいと思うのも事実だ。<br><br>特に俺のようなアラサー、独身、彼女なしという負け組スペックの男には春の冷風が骨身に染みる。とはいえ、平日は仕事ばかりなので特に寂しくはなかったりするので困ったもんだ。<br><br>総務省は情報通信白書の中で、従来の「血縁」、「地縁」、「社縁」に加えてより積極的に「電縁」の活用を推進すべきと述べている。<br><br>この電縁について、ダイアモンドでは否定的な書き方をしているけど、個人的には結局、今後は如何に上手に電縁を使うか？って話だと思っている。人間関係はちょっとマーケティングに似ていて、主要なアクティビティは以下の3つであると思う。（マーケティングのACR）<br><br>1. 新規の関係構築<br>2. 関係の深化<br>3. 関係の維持（疎遠化防止）<br><br>例えばmixiなどのSNSは関係の維持に大きく貢献しているし、携帯電話は関係の深化に役立っていると思う。それにコミュニティやら何やらで新しい関係が生まれることもあるし、オフ会なんかも随分ハードルが下がってリアルの世界での関係構築のリードとなっている。それに物理的に離れていてもテレビ電話的な機能も随分安く利用できる様になった。<br><br>とはいえ、昔からの友達の安心感というのは確かに凄いのは事実なんだけどね～（笑）。<br>
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10494752558.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Mar 2010 22:22:23 +0900</pubDate>
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<title>キャリアゲーム</title>
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<![CDATA[ 「仕組みを作ったものが勝つ・・・」といった類いのビジネス本が売れているらしいが、本当にそうなんだろうか？と懐疑的な視点で考えてみた。<br><br>そんな事を考えた発端は、今週のダイアモンドに掲載されていたサムスンの躍進の記事を読んだから（単純）。<br><br>数年前（つまり俺が社会人化したころ）からサムスンがエクセレントカンパニーだという話はよく耳にはしていたものの、どうも実感が無かった。<br><br>価格が安いものばかりが目立っていたので「安かろう悪かろうのパチもん」というイメージがあったし、実際に多くの人がそう考えたからこそ日本のマーケットでは成功しなかったのだと思う。<br><br>一方で、視点を外に向けてみると世界各国のマーケットではサムスンの一人勝ち状態であるらしい。<br><br>しかも中国を初めとした家電の新興マーケットでは価格が安いサムスンではなく、高付加価値のサムスンとして認知されているとのこと。<br><br>そのひとつの代表例としてLEDテレビがあるらしいが、紙面上に掲載されている写真を見てもたしかに魅力的なデザインである。<br><br>しかし、それよりも衝撃的な事はそのテレビを現段階では日本の電機メーカーの技術では作れないらしい。<br><br>もちろん「工業製品として競争力のある価格で作れない」という事だとは思うが、そもそも製造業においては先端技術よりもそうやって製品に落とし込む技術の方がコアコンピタンスなのではないかという気もする。<br><br>自分の仕事がコンサルティング業であり、関わっている業界は金融がほとんどであるが、家路につくときに度々思うのは「やっぱり、なにか作っているヤツがエラいよなぁ」という事だ。そしてその度に現場のバックグラウンドがない自分の経験に危機感を感じる。<br><br>それでも自分の仕事を面白いと思うし、技術が専門職であるのと同様にマネジメントも専門職であると確信はしているが、一方で昨今は昔とうって変わってマネジメント偏重の文化がある事が否めない。<br><br>そのひとつの顕著な例が先に述べた「仕組みを作ったものが・・・」とか「年収が○○倍に・・・」的な本への人気の集まりだと思う。僕は、例え負け犬の遠吠えと言われようとも、一世代前の金銭的成功者たちの過度に個人主義に走りすぎた主張に強い嫌悪感を抱いている。彼ら/彼女らが推奨するのは一人勝ちの理論であって、そしてその活動は評論やメディア露出が主であり、実は社会資本の増強には何も寄与していないからだ。<br><br>そのような情報に踊らされて日本人が「キャリアゲーム」に興じている間に本質的な部分で負けてしまったというのでは本末転倒だ。本質なきものに方法論を展開して仕組み化したところでアウトプットは粗悪なものばかりになってしまう。<br><br>現在の経済状況と同じで、そもそも本質的に金がないのに小手先のテクニックだけで凌げるわけが無いのだ。<br><br>さぁ、日々精進して世界に負けない日本を支える歯車にならなくてはね。
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10466380301.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Feb 2010 22:47:24 +0900</pubDate>
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<title>ストレス社会と酒</title>
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<![CDATA[ 最近の若者は酒ではなくてストレスで肝臓を壊すという記事を見かけたことがある。<br><br>あぁ可哀想な俺たち（若者ということにしてくれ）。<br><br>しかし、何故酒の量が多くなるのかをよくよく考えるとストレスを発散するためというのが多くの人の理由だろう。<br><br>という事は肝臓を壊すプロセスが酒を経由するか直接ストレスに起因するかの差しか無いのではないか。<br><br>最 近は国内の酒の消費量が減っているらしい。かくいう俺も基本的には酒は飲みたいとは思わない。嫌いではないが好きでもない。飲み会などの場に出れば飲むけ ど、自発的に飲みに行くという事はまずない。俺にとっては理性が自分のコントロール下にない事が多大なストレスになるので、酒はそのリスクがもっとも高 い。<br><br>そもそも大麻は違法で、煙草は嫌煙ムード、なのに酒だけが槍玉に上げられる事が無いのは実に不思議で仕方が無い。やっと飲酒運転だけは厳しくなったけど、単純な事件・事故数で言ったら大麻や煙草よりも酒に起因するものの方が遥かに多いのに。<br><br>最近も飲み過ぎた女性が駅から転落する事故があったし、そんな大きな事故じゃなくたって酔ってトラブルを起こす人を毎日の様に見かける。今ぱっと思いつくだけでも酒によるトラブルには以下の様なモノが思い浮かぶ。<br><br>傷害、殺人、性犯罪、交通事故、喧嘩、怪我、健康被害、etc<br><br>こうやって改めてリストアップしてみると酒は百薬の長などと言われるが、百厄の長という方が正しいのではないかと思う。実際俺の大事な友人も本当に酷い被害に遭ってとても傷ついているし。<br><br>し かしそれでも酒が世間の攻撃にさらされないのは、ひとつは多くの人による支持があるからであろう。道理は通らないが理由にはなっている。もうひとつは経済 的な影響であろう。煙草の売り上げが減った場合でも大ダメージを受ける企業は基本的にJTだけだ。一方で酒を規制した場合、酒造メーカー、各種飲食店など その影響範囲がとても大きく雇用に多大な影響を与える。<br><br>とはいえ実際に多くの被害が出ているのだから一日に店が出せる量を規制する様な仕組みを作ってもいい様な気もする。実際にはTaspoみたいな運用しか無さそうなので難しいのかもしれないけど。<br><br>と、 少し話がずれたが、ストレス社会についてだ。先に示した様に現代は肝臓が悪くなってしまう程のストレス社会だと言われるが、では過去の方がストレスが少な かったのかと言われればそんな事は無いはずだ。俺の両親はサラリーマンだったけど土曜日も働いていたし、当時はそれが一般的であった。労働時間だって今よ りも短いという事は特になかったのではないかと思う。<br><br>昨日、仕事帰りにお客さまと何故そのような現象が起こるのか？をディスカッションし た。ひとつの仮説として「達成感を得られにくくなったからでは無いか？」という結論になった。ストレスの有無は物的な充足度と比例するわけではない。すな わち衣食住が満たされていても、その次のステップの欲求が満たされない場合にはストレスになる。そして一般的に現状の充足度が上がる程、次のステップの欲 求を満たすのは困難になる。<br><br>極端な例ではあるが、例えば食欲を満たしたければ日雇いのアルバイトを行えばとりあえずはその欲求を満たす事 が出来るが、それが満たされる様になってもっと「いい家に住みたい」と思った段階でその達成は少し難しくなる。定常的な収入がある職業か、もっと効率の良 いバイトをする必要があるだろう。それも何とか達成して次に「人に尊敬してもらえる様な仕事がしたい」という欲求が出てくるとコレは大分困難になってく る。残念ながら日本はまだまだ学歴社会なので、学歴がある人と無い人では社会的地位の高い職に就ける可能性は大分違ってくる。学歴の様なものは今までとは 違い、積み重ねによって得られるステータスなので直ぐに解決する事は実質不可能だ。そしてこの例からも分かる様に、より上位の欲求を満たせる人数はどんど ん絞られていく。<br><br>一方で先進国の様に高度に発展した社会では、初頭の欲求は生まれながらにして満たされている事が多い。例えば欲求レベル が5まであるとしたら、レベル1～2は8割の人が生まれながらに満たしている。すると多くの人はレベル３を目指すのだが、レベル1と２を自分で乗り越えて いないのにレベル3を乗り越えるのは相当に難しい。ギターを弾いた事が無い人が1週間後のライブを目標にしろと言われる様なものだ。<br><br>さ て、そうはいってもレベル1～2を満たせない世界に逆戻りする訳にもいかない。そんな事をすれば先人に申し訳が立たない。自分でレベル１～２を経験する事 が出来ないのであれば、それを代替するには他人の経験から学ぶしかない。すなわち教育だ。一方で現状の教育の枠組みはお世辞にも良いとは言えない。教育を 受ける側に問題は多々あるが、教育そのものの方針にも問題がある。<br><br>日本の教育は極めてボトムアップな教育方針だ。その教育が目指す先は作業ロボットを作る事にある。これは何も初等教育のみに限らない。ビジネススクールなどと呼ばれている場所の多くも作業ロボット養成所になっていることも多い。<br><br>例えば会計ひとつとっても、日本では簿記から始める人がとても多い。一方で欧米ではまず会計の枠組みとそれを利用した経営分析から学習するらしい。<br><br>過 去の時代においては経理の経営上の課題は如何に効率的に仕訳をこなすかであった。そして機械化もされていなかったのでそこには多くの人間が必要であった。 一方、現代ではそれらの定型的な作業はほぼ自動化されており、人間の役割はその数値を使った改善案の立案にシフトしている。すなわち簿記を知っている事の 価値は過去に比較して相対的に低減している。つまり一生懸命簿記を修得しても、それを用いて社会で達成感が得られる機会が減っているという事だ。<br><br>つ まり何が言いたいかと言えばそもそも教育が社会で達成感を得られる様なスキルを構築する枠組みになっていないという事だ。まぁ、もっとも現状の教育カリ キュラムは見た事が無いのでもう改善されているのかもしれないが、子供がいる多くの人の不満を聞くとあまり変わっていないのでないだろうか。<br><br>さて、「達成感」を満たせないからストレスが溜まるという構図は示したが、一方でストレスは必要悪でもある。もしもストレスを感じなければ人間は成長しない。壊れない程度にストレスを受けそれを乗り越えて行く事は自立した人生を送る為には必要な事だ。<br><br>昨日のニュースでアメリカが公定歩合を引き上げる政策を選択した。ここにアメリカの市場主義の健全な側面が現れている気がする。す なわち少し余裕が出てきたら市場にストレスを与え、より屈強で危機に強い体制を手に入れる努力を始めたという事だろう。<br><br>日本も「楽な方向」ばかり選ばないで時には自らに試練を課して鍛錬するような健全な精神が根付かなければますます衰退していくばかりであろう。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10463487814.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Feb 2010 11:48:59 +0900</pubDate>
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<title>無料経済</title>
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<![CDATA[ 「Free」なる本が話題になっているらしい。<br><br>結構興味はあるのだが、中々時間が無くて読めていない。<br><br>今日、電車の中で東洋経済を読んでいたらその本の著者のインタビューと本の概要の記事が掲載されていた。<br><br>要約すれば以下の様な話らしい。<br><br>・無料も価格戦略の一環<br>・無料から収益を上げるにはひとつは広告収入型のビジネスモデル（個人情報の入手から個別のマーケティングを可能にして媒体価値を上げる）<br>・もうひとつはクロスセル／アップセルのビジネスモデル（フリーミアム）<br>・デジタルコンテンツは配信の含めて限界コストが極端に低いので実施可能な戦略<br><br>こうやってみると特に真新しい事は無いのだけど、でもまぁ納得できる話ではあるし時間があれば読んでみたい。<br><br>昨今のマーケティングのひとつのテーマとして限界コストが安くて顧客価値が高い商品・サービスをマーケティングツールとして利用し、顧客ロイヤリティを高めようという潮流がある。<br><br>その顕著な例が航空会社のマイレージを中心としたポイントプログラムだ。航空会社のポイントプログラムは顧客に取っては価値が高い一方で、航空会社にとっては空席利用なので限界コストをかなり抑制する事が出来る。もっとも最近ではポイントプログラム自体も競争が激しくなってきており、限界コストは押し上がっているらしい。<br><br>また、IFRSからだったか忘れたけど、ポイントの会計上の取り扱いが国際標準化されるはずなので、ポイントプログラムを採用している企業には何らかの影響があるかもしれない。まぁ最近は電子マネーにも交換できる様になってきたのでマネロンなどの観点からも厳格化が必要だという方針には基本賛成だ。<br><br>まぁでもホントこういうのビジネスモデルを見る度に、頭のいい人はよう考えるなぁと感心します。<br>
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10460818385.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Feb 2010 23:47:19 +0900</pubDate>
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<title>電子版日経新聞</title>
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<![CDATA[ 東洋経済の今号を読んでいたら、日経新聞の電子配信が3月から始まるらしい事を知った。今まで知らなかった事の方が問題かもしれないけど。<br><br>現状は定期購読していないけど、電子化ならではのメリットが享受できるのであれば日経の購読をしてもいいかもと思っている。<br><br>でも今のところあまりメリットを感じない。料金プランもあくまで紙が基本であるというスタンスを取るところが中途半端だ。<br><br>完全に電子化すると日経テレコンとバッティングするからなんだろうけど。<br><br>新聞が電子化して嬉しいのは膨大な蓄積と検索が可能になる事だ。<br><br>東洋経済の記事ではニュースの即時性こそが肝だと主張する人もいたが、俺はそうは思わない。<br><br>瞬発力だったら複数の新聞社をアグリゲートするYahooやGoogleの方が根本的に有利な位置づけにあるからだ。<br><br>同じ号の東洋経済に最近話題になった「Free」という著書の著者のインタビューにもあったのだが、どこの新聞社でも報道するようなメジャーな記事・事件はそれこそ無料化して行くのだと思う。そうやって広告で収益を上げるビジネスモデルの方が向いていると思うし。<br><br>であれば一新聞社の電子化の意味はデータの蓄積とその蓄積されたデータへのアクセスの向上なのではないかと思う。<br><br>現状のプランでは過去１週間の記事を閲覧可能とするらしいが、これは有料化サービスにしては短い。１週間くらいなら個人でも紙媒体でだって取っておける。少なくとも１年くらい過去までは閲覧できる様にしてもらえればもう少し月額が高くても加入すると思う。<br><br>しかし、そうなってくるとiPadも通信の問題さえクリアすれば売れるかもしれませんな。<br><br>それにしても書籍の電子化の一般普及はもう少し先だと思っていたし、去年の夏くらいまではもう少し先という風潮もあった様に思うけど、時代の流れはどんどん早くなっているねぇ。
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<link>https://ameblo.jp/social-marketing/entry-10460671070.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Feb 2010 21:49:35 +0900</pubDate>
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