<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>雑音盤獺祭録</title>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/somizeme/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>アマチュア音楽家の相馬泉は最近こんなのを聴きました。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>『雨天決行』佐々木好</title>
<description>
<![CDATA[ 　『雨天決行』佐々木好<br>　１９８４年作品。<br><br>　それまでの“透明感”だけでは済まなくなってきた、サード・アルバム。<br>　まず声そのものが、微妙な屈折を帯びた色のあるもの（“色気”という意味ではない）に変化した。歌い回しも<a href="http://ameblo.jp/somizeme/entry-11914926163.html" target="_blank">過去</a><a href="http://ameblo.jp/somizeme/entry-11969397744.html" target="_blank">作品</a>より（やや）くっきりしたものになって、一時期の中島みゆきから棘を抜いたような感じ？ 最初は少し違和感があるが、全体として存在感は増したと思う。<br>　<br>　サウンドで耳に付くのは、コーラスの大々的な導入だ。佐々木好本人の多重録音による３パートはバッチリ決まっていて深みのある響き。町支寛二のウーワーコーラスは、ところによってはでしゃばり過ぎな気もするが、それなりに悪くない彩りを添えている。<br><br>　とはいえこのひとの場合はやはり歌詞に耳が行くわけで、「夜の風景」はタイトル通り夜の街をただ観察している“だけ”の歌。「本日も晴天なり」は道端（線路端？）に一本だけ竹が生えているという、だからどうしたという内容。ところがこれらはアルバム中最もポップな２曲なのである。リズミカルな曲調のせいもあるが、歌声と歌詞の相互作用で異様な広がりを見せて妙な説得力を放つこの感覚は音楽の魔法と認定しても良いだろう。<br><br>　全体としては、透明な上澄みを透かして見ると性根は存外どす黒いという、まぁそのへんは１～２作目でも見当は付いていたけど、少し深いところまで潜りましたというもので、瞠目すべきは「瞳」。この歌詞は怖い。“♪だ～～ぁれ～～にも～～”と引き伸ばして歌う譜割りもジワジワ絡み付くようで怖い。山崎ハコより怖い。<br>　「セブンスター」の、タバコの灰のくだりも強烈だ。それが歌の言葉としてちゃんと成立しているのも凄い。更に曲名を考慮すると、聴き手にこういう気分を与えることこそが狙いなのか。うわぁ。<br><br>　ただそういった表現の深化の一方で、一部の曲のアレンジや「恋です」の“♪涙 涙 涙が出ます”等、ポップ化を図っているフシもあって、なにかプレッシャーがあったのだろうか？ だったら曖昧なコラージュを用いた印象の薄いジャケット・デザインは如何なものか。<br><br>　「待ってたのに」、おかしなタイミングで一言だけ入る台詞は余計だと思う。更に続くのかな～と待ってたのにそのまま終わってしまった。<br>　「浅草にて‥‥」、歌詞カードを見ると“不労者”と表記してあるのはレコ倫対策か。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12287671204.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jun 2017 10:21:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『針のない時計』国安修二</title>
<description>
<![CDATA[ 　『針のない時計』国安修二<br>　１９８５年作品。<br>　'８３～'８４年のシングル曲も収録した、労作のファースト・アルバム。<br><br>　代表曲「ねぇ」は“ねぇ”という感動詞をキャッチフレーズにしたなかなか思い切った歌。なのだが、<br><br>　♪確かな場所へふたり／たどりつけると信じていたね<br>　　ねぇ／よろけて踏み外した時<br>　　ねぇ／つないだ手がほどけたね<br>　　ねぇ／どうして愛した人と<br>　　ねぇ／どうして結ばれないの<br><br>　“ねぇ”の前のフレーズがよりによって“ね”で終わるのだ（しかも２箇所）。目で見るとさほどでもないが音として聴くと違和感は明白。ここが私には全く理解出来ない。<br>　まさか意図的なものではないだろうが、うっかりにしても偶然が過ぎる。作詞者（田口俊）は自分で歌ってみることなく机上だけで書いたに違いないが、それにしても誰ひとり異議を唱えることなくこれが通ってしまったのは不可解だ。<br>　前半それなりに工夫された情景描写があっても、この無神経な展開は致命傷。勿体無い。<br><br>　全曲作曲は国安修二本人、作詞は他者。「５月９日」とか「たった５パーセント」とか、差別化を図ってはいるけれど、それがいかにも職業作詞家による受け狙いのフレーズという感じで、それは必ずしも悪いことではないけれども、どうも作為的な雰囲気が鼻に付くというか、そういう演出過多が強みになる個性ではない（これを、職業作詞家と組む悪い側面が出てしまった、と考えるのは私の偏見か）。<br><br>　それはサウンドに関しても同様で、（大部分を占める）当時の時流を反映した都会的なニュー・ミュージック・サウンドよりも、比較的シンプルでアコースティック寄りな最後の２曲のほうがヴォーカルとの相性も含めて圧倒的に好ましい。<br>　ということを考慮すると、あと５年くらい早く、フォークというニュアンスを素直に出せる状況だったら、国安修二のまっとうな歌の上手さを生かしたもっと魅力的な作品集が作れたんじゃないかと思う。<br>　因みにその２曲、ともにピアノの音を基盤にしたアレンジだが、「れいこ」は村下孝蔵風であるのに対し「アンコール」は来生たかお風とイメージがはっきり分かれるのが面白い。いや、これは聴き手側の感性の問題か。<br>　
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12285910341.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Jun 2017 11:37:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『懐かしい未来』新居昭乃</title>
<description>
<![CDATA[ 　『懐かしい未来』新居昭乃<br>　１９８６年作品。<br><br>　新居昭乃は良くも悪くも普通に歌の上手なひと。<br>　澄んだ声と明瞭な歌い回しと正確な音程と。とはいえそれだけで絶対的な表現になるほど突き抜けた存在とまではいかず、良い部分が揃っているだけに却って特徴に欠けるオーソドックスなポップ・シンガーとして、埋もれてしまう危険がなくもない（少なくともこっち方向の音をあまり聴きこんでいない私にとっては）。<br>　それでもなんとなく気になるのは、最初の２枚のシングル「約束」「地図をゆく雲」の楽曲の良さが大きい。聴き手に印象付けるべく良い意味で計算して書かれたようなメロディと、そこはかとなくＳＦ風味を纏う歌詞。私にはあまりないことだが映像が喚起されて飛べる。<br><br>　この２曲を前提に聴くと、「Ring Ring」は惑星間の遠距離恋愛みたいだし「Sky Lounge」の“Sky”には“宇宙”の文字を当てたくなる。そもそもアルバム・タイトルだってＳＦ用語だ。<br>　但しこのアルバム、こともあろうに「約束」をシングルとは全く違うヴァージョンで収録している。リズムのアレンジに手を加えているせいで歌メロが一部不自然な響きに変わっており、余計なことしやがってと言う以外に言葉も無い。編曲者は清水信之。シングル・ヴァージョンてＣＤ化されているのだろうか？<br><br>　「１９９９」はノリの良い奴もひとつくらい必要だねというバランスだけで作ったような強引な曲で、声に合っているとは思えないし、こういう歌い手にとっては必要どころか無理に騒がなくても良いのにと痛々しく感じてしまう。プロデュース上の不備だ。「美しい星」の大仰なメッセージはまぁ若気の至りとして大目に見よう。天才ソングライターというわけではないが、あざとくならない範囲で他と差別化可能なセンスはこの時点で体得していたようだ。総合的に見て相応の存在感のあるファースト・アルバムだとは思う。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12279472859.html</link>
<pubDate>Wed, 31 May 2017 10:17:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『うたの引力実験室』チャカと昆虫採集</title>
<description>
<![CDATA[ 　『うたの引力実験室』チャカと昆虫採集<br>　１９９１年作品。<br><br>　ＰＳＹ・Ｓのチャカを中心としたアコースティック・ユニット（メンバーは他に楠瀬誠志郎、細井豊、古川昌義）の、ライヴ録音によるカヴァー・アルバム。<br>　チャカ本人の手によるライナーを一部引用するが、<br><br>　“歌は形のないものだから、どんなにいい曲でも誰かが歌わないことにはいつしか忘れさられていくでしょう。流行遅れと言われても「何か変」と言われても、いい曲をたくさん知ってて、好きな曲がたくさんあるということはその人の財産なのだから、これからも私はず～っと歌っていきます。”<br><br>　という信念を具現化したものなのだろう。<br><br>　チャカはそもそも非常に歌の上手なひとであって、幅広いジャンルを危な気なく歌いこなしている。ジャズ系スキャットが自然で格好良い。<br>　ところでカヴァーについて“楽曲を自分のものにしている”という物言いは常套句だが、ここでは寧ろ“自分のものにしていない”のが重要。ヴォーカリストとしての鬱陶しいエゴとか表現欲求とか言ったものが不思議に希薄で、全ては楽曲に奉仕しているかのような潔さ。<br>　それはまぁ、この独特の声質に加えてこれだけ確実な咽喉のコントロール能力があれば、それ以上余計なことはしなくても自分の表現になってしまうという余裕かもしれない。（崩して歌っている所が皆無とは言わないが）かなり譜面に忠実であるにもかかわらず、杓子定規な印象が全く無い、というあたりはカレン・カーペンターすら連想してしまう。コンセプトにうってつけの適材である。<br><br>　曲目は（子供の頃の？）チャカの頭の中から引っ張り出してきたようなセレクションで、対外的な受け狙いカヴァーとは一線を画しており好感が持てる。<br>　しかしそれでも尚、大半がチャート・ヒットもしくは童謡で（平井堅より１０年早い「大きな古時計」。ロシア民謡「赤いサラファン」はＮＨＫみんなのうたで採り上げられていた）相応の知名度を得ているものばかり。前掲の強気なメッセージに反して忘れ去られる心配はなさそう。名曲の“発掘”ではなくて、あぁそういえばこんな曲もあったなぁという“再確認”にとどまっている点が不満ではある。（カヴァー・アルバムとしてはかなり好きな１枚ではあるが）もう一歩深く踏み込んでくれたら、と思わずにはいられない。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12278948755.html</link>
<pubDate>Mon, 29 May 2017 14:38:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『ラヴ・ユー』ビーチ・ボーイズ</title>
<description>
<![CDATA[ 　『ラヴ・ユー』ビーチ・ボーイズ<br>　原題『Love You』The Beach Boys。<br>　１９７７年作品。<br>　<br>　精神状態の悪化その他によって戦線離脱していたブライアン・ウィルソンが、本調子ではないながらも正式メンバーとしてどうにかバンドに復帰したのが'７６年の『１５ビッグ・ワンズ（偉大なる１５年）』。続いてブライアン完全復活を謳って発表されたのが本作『ラヴ・ユー』である。<br><br>　ここで私が思うのは、ブライアン不在の間も他のメンバーは頑張ってバンド活動を維持していたじゃないか、ということ。創作面での牽引者には欠けていても、自分達に求められていることをそれなりに的確に具現化した、誠実な何枚かのアルバムは、確かに革新的なものではないが決して駄作ではない。ブライアンにばかりスポットライトを当ててありがたがるのは何か違うのではないか。<br>　そもそもザ・ビーチ・ボーイズの、特にヒットを連発した初期の作品は、自分達の“型”に大きく依存したものが大半である。従ってザ・ビーチ・ボーイズがザ・ビーチ・ボーイズっぽい作品ばかり期待されたのは自業自得なのでは。『ペット・サウンズ』～『スマイル』と飛躍し暴走したブライアンは空気が読めていなかったのだとも言える。<br><br>　そして『ラヴ・ユー』でブライアンはまたやった。これはどうもザ・ビーチ・ボーイズのアルバムには聴こえない。ブライアン・ウィルソンがザ・ビーチ・ボーイズのメンバーを使って作ったソロ作のためのデモ・テープ、おいおいなんて贅沢な、と言う感じだ。<br>　可笑しな形の断片をごちゃっとまとめたような、'９０年代の宅録系に通じるような感触。それはそれで悪くはないが、このグループが持っている筈のあの豊穣さがあまり聴こえて来ない。声が衰えたせいばかりでなく。これにザ・ビーチ・ボーイズの看板を掛けちゃうの？<br><br>　これを聴いて逆説的に判るのは、私はこのひとたちに関しては、天才ブライアン・ウィルソンの“個”よりも、メンバーが変わろうがスタジオ・ミュージシャンに頼ろうが或る程度一貫して生み出されてきたワン・パターンなビーチ・ボーイズ・サウンドに惹かれているのだなぁと言うこと。<br>　勿論『ペット・サウンズ』は好きだけれども、『ラヴ・ユー』をディスコグラフィの中で位置付けるなら“参考作品”である。面白いけれど本道ではない。<br><br>　ベスト曲は同じメロディを延々繰り返す「Mona」。全然ノヴェルティ・ソングっぽくないところが却って可笑しい。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12278029227.html</link>
<pubDate>Fri, 26 May 2017 10:10:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『熱風』チャゲ＆飛鳥</title>
<description>
<![CDATA[ 　『熱風』チャゲ＆飛鳥<br>　１９８１年作品。<br><br>　このセカンド・アルバムは、肩に力が入り過ぎ。それでこそのチャゲ＆飛鳥と言う気もするが、力み具合に楽曲が追い付いていない。ファースト<a href="http://ameblo.jp/somizeme/entry-12255911629.html" target="_blank">『風舞』</a>で早くも確立した世界観の継承にばかり注力して、客観的な視点がなおざりにされている。そういうアンバランスさが必ずしも作品の出来の悪さにつながるとは限らないが、ここでは悪い方向に作用してしまった。<br><br>　Ａ面の１曲目「熱風」とラスト「悲炎」は、妙にもたつくような重さに引き摺られた曲調。それも個性と言えば個性だが。Ｂ面１曲目「翼」は明るく弾けようと意図して弾けているような不自然さが付き纏う。「荒野」がまた変に重苦しく、次のラスト曲「お・や・す・み」はこういう感じのバラードでこういう感じの歌詞で曲名がオヤスミというのは良くあるパターンであって若気の至りで書いちゃったのだろうか。志は判るが、こういったことを演りたいなら楽曲的にもうワン・ランク上のものが欲しかった。<br>　アナログ盤両面の最初と最後、いわばアルバムの四隅がいまひとつの曲で押さえられちゃって、その隙間に良い曲を流し込んだような構造。四隅のほうがどうしても目立つので、総体としてパッとしない印象なのである。<br><br>　「万里の河」。（サビ前の♪恋のように～いいいいい～、は技を披露しているという感じでまだ判るが）サビの終わり♪流れて行くよおおで～え～え～、というしつこい伸ばし方は聴く度に違和感を感じる。中国の民話のような歌詞に合わせて、トラディショナル曲で時折見かける“現代のセンスで聴くと意味不明な譜割り”を狙ったのかと邪推します。<br><br>　「この恋おいらのからまわり」は、もう少し軽やかなら良かった。こんなふうに♪おいらはいいよ～、と歌われても全然いいようには聴こえない。<br><br>　「花暦」。エレクトリック・ギターをフィーチュアした間奏は、意図的に思い切って雰囲気を変えたのだろうが、失敗だと思う。そのあとのサビの曖昧なハモりは邪魔。楽曲としては好きなんだけど。<br><br>　「あばんぎゃるど」は自然体で良いと思う。初期の長渕剛みたい。<br><br>　「嘘」。『風舞』収録の「終章（エピローグ）」の二番煎じっぽく聴こえるのが難点だがそれは仕方が無いか。単体で聴けばどちらも名曲。改めて思ったのは、リード・ヴォーカリストとしてのチャゲの味わい深さ。飛鳥涼の上でハモる時はどうしても甲高い声で頑張りっぱなしになりがちだが、こうして適切な抑揚を得ると、意外に気弱な素顔や敢て陽気に振舞う健気さのようなものが感じられて、こんなに感情表現豊かな歌声だったんだな～と見直した。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12256868988.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Mar 2017 12:04:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『風舞』チャゲ＆飛鳥</title>
<description>
<![CDATA[ 　『風舞』チャゲ＆飛鳥<br>　１９８０年作品。<br><br>　「ひとり咲き」についてはずっと思っていたことがある。ヴォーカル・デュオのデビュー曲にしては、その片割れ（つまりチャゲ）の出番が少な過ぎではないか？<br>　ユニゾン・コーラスに意義が無いとは言わないが、ふたりで歌っている以上聴かせどころはやはりハーモニーであるし、それがあんなちょびっとだけ、数えてみたら合計３小節分に過ぎない。影が薄いので、実は私は結構長い間、チャゲとはリード・ギタリストの名前だと思っていた。<br>　ゆったりしたメロディだし、決してハモりにくい歌ではない。何故こんな風にしてしまったのか。私がチャゲだったら暴れるぞ。<br>　もしかしたら水墨画のようなモノクロの世界観で、ここぞと言う一点にだけ朱を注したのかもしれない。確かにその分、ふたりでハモる瞬間が鮮やかに引き立ってはいるが、それは今だから言えることであって、当時は不器用なデュオが現われたなぁとか思われたんじゃないだろうか。<br><br>　「流恋情歌」では、“俺”の目を通して“やけに割り切った”態度の女との別れが語られる。<br>　♪まるで別れに慣れてるように／慣れすぎているように／おまえは言った うつむいて／この先恋なんて いくらでもあるから<br>　それは、そうとでも言うしかなかったんじゃないかな。この歌詞は、自分の無神経さに無自覚な男をメタ的に描いているように、私には聴こえるのだ。作者の意図はどうであれ、<br>　♪いつまでたっても この雨は／止みそうにない雨なんだな<br>　などと自己陶酔めいたフレーズをサビとして歌い上げる意地の悪さは素敵じゃないか。<br><br>　飛鳥涼が主導している印象ではあるが、白眉はチャゲの「終章（エピローグ）」。御洒落なシティ・ポップスにもなりそうな歌詞だが、完全に“和”の世界である。この女のひとは和装だと思うな。<br><br>　無骨さと繊細さが綯い交ぜになった、大和言葉のニューミュージック。きっと、アマチュア時代から積み上げてきたものをプロの音作りで纏め上げたら、自然にオリジナルの世界が出来ていたのだろう。無理を感じさせる部分が殆ど無い、優れたファースト・アルバムである。<br>　各曲の存在感が大きくてともすれば濃過ぎ、あまりにも気を抜けないのが欠点。と思いきや、名曲！と言う感じがしない名曲（？）「御意見無用」が上手くそれを中和しているのだ。これもチャゲの作品。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12255911629.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Mar 2017 09:29:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『Frankie Valli Solo』Frankie Valli</title>
<description>
<![CDATA[ 　『Frankie Valli Solo』Frankie Valli<br>　１９６７年作品。<br>　<br>　ザ・フォー・シーズンズのフランキー・ヴァリは、１９６５年からグループ活動の合間を縫ってソロ・シングルを発表し始める。<br>　第１弾「The Sun Ain't Gonna Shine Anymore（太陽はもう輝かない）」は、翌年にザ・ウォーカー・ブラザーズがカヴァーしてヒット。フランキー・ヴァリの歌は確かに上手いが、声そのものにどことなくコミカルな味わいがあり、こういう壮大なバッキングで高らかに歌い上げる系統では不利であって、軍配はウォーカーズ版に上がるだろう。<br><br>　それで自身の資質を悟ったか、それともスタッフの圧力か、同年の「(You're Gonna)Hurt Yourself」、'６６年の「You're Ready Now」「The Proud One」はザ・フォー・シーズンズに近いポップ・ナンバー。いずれも印象的なメロディでフランキー・ヴァリの声に合った佳曲である。<br><br>　５枚目が'６７年の「Can't Take My Eyeys Off You（君の瞳に恋してる）」。厳密に訳すなら“君から目が離せない”といったところなので邦題は正確ではないがフレーズとしては悪くない。<br>　名曲なんだけど突っ込みどころも多い。低くボソボソ言うようなＡメロと弾けるサビの対比は鮮やかながら、物凄く良いメロディと言うわけではないと思う。良いのはアレンジ、と言うかサビ前の間奏フレーズ。あの８小節の為の歌、と言う感じなのだが、その割にホーン・セクションの演奏が雑だったりするのはレコード会社があまり予算を出してくれなかったのだろうか。そしてヴォーカルは崩して歌い過ぎだ。リズミカルな曲想を生かすには、せめてサビはもっと端正に歌って欲しかった。　<br><br>　この曲が全米２位を記録した為、すかさず発売されたアルバムが『Frankie Valli Solo』。それまでのシングル収録曲を寄せ集め、スタンダードのカヴァー３曲を付け加えたもの。<br>　二極化した内容も場当たり的な来歴を踏まえれば納得出来る。成り行きから考えて本人の趣味はスタンダード路線っぽいが輝きを放つのは明らかにポップ路線、と言う皮肉がはっきり形になっている。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12254759248.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Mar 2017 14:54:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『バック・トゥ・スクール』ベイビー＆サイダー</title>
<description>
<![CDATA[ 　『バック・トゥ・スクール』ベイビー＆サイダー<br>　２００３年作品。<br><br>　ワタナベイビー（ホフディラン解散後、再結成前）と、かせきさいだぁ≡が組んで作ったアルバム。ジャケットに“放課後ROCK”と謳っている通り、宅録のひととヒップホップのひとによる高校生のコスプレ、という企画をストレートに打ち出していて、つまりはザ・ビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のような架空のグループごっこであり、但しふたりはここで本人役を演じているのである。明瞭なキャラクター設定のおかげか、解散前の後期ホフディランでは少々こんがらがっていた感のあるワタナベイビーのソングライティングが水を得た魚のように瑞々しさを取り戻している。学校生活ネタという枠組みに頼っている部分はあるし、ローファイ気味の音作りもちょっと作為的だが、しつこくなり過ぎないサイズ（全１１曲）でまとめているのは賢明な判断。更に「泣くな！かなしみちゃん」という普遍的な佳曲が風穴を開けている。敢て比較しちゃうと３枚目以降のホフディランよりピンと来た。「オバケの転校生」も好きなんだけど♪ユノンセーン？、てどういう意味？
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12253782302.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Mar 2017 09:34:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『ひとり海へ還る』ばんばひろふみ</title>
<description>
<![CDATA[ 　『ひとり海へ還る』ばんばひろふみ<br>　１９７９年作品。<br><br>　本作収録のヒット曲「SACHIKO」で気になるのは、この歌詞の語り手はどういう立場の人物なのか、である。<br><br>　♪SACHIKO 思い通りに／SACHIKO 生きてごらん<br>　　それが悲しい 恋でもいい／笑い方も 忘れた時は／思い出すまで そばにいるよ<br><br>　と言うのだから恋人ではなさそうだ。保護者的な“お兄ちゃん”のように見える。<br>　しかしそうなると、お前がそんなポジションで半端に優しくするからSACHIKOは思い切って自由にはばたけないんじゃないのか、とも言いたくなる。突き放せないお兄ちゃんのエゴイスティックで無駄な包容力ではないのか。<br>　と言う風に作中人物に突っ込みたくなる歌詞というのは概して優れた作であって、この歌も明確な名称を持たないグレー・ゾーンの親密な人間関係を上手く切り取った佳品だと思う。<br>　それにしても固有名詞を使う歌詞はやはり強い。♪幸子という名は 皮肉だと～、の一節でその名前をサラッとストーリーに絡めているところも上手い。<br>　<br>　『ひとり海へ還る』は、ばんばひろふみのソロ２作目。<br>　彼はバンバンを解散しソロとして再出発するにあたってサウンド志向のシティ・ポップスを選び（ソロ・デビュー曲「最終フライト０５便」なんて作編曲が筒美京平である）、評判は悪かったらしい。本作はバンバンで演っていたフォーク的なしっとりした作風へ戻って行く過渡期と言えるだろう。<br><br>　ポップス系の「Tokyo City Girl」や「グッド・ラック・マドモアゼル」は、洒落たサウンドと温かみのあるヴォーカルが噛み合わず、似合わない服を着ているような、地方出身者が都会でテンパっているようなぎこちない出来だ。それが或る種のリアリティを醸し出していて、実はかなり良い。内容の無いキャッチフレーズ（＝曲名）が都会の空虚さを象徴している（のかもしれない）。<br><br>　一方で、彼本来の資質であるはずのフォーク系の作品群は、「SACHIKO」が目立ち過ぎるせいもあるが、あとは「できるだけ遠廻り」のほっこりしたムードが胸に残るくらい。勿論ヴォーカルは嵌っているのだが、それ故に却ってありきたりな想定内の世界に留まってしまった。作詞者（全曲とも職業作詞家が手掛けている）の責任も大きいと考える。<br><br>　と言う捩れを抱えたアルバム。苦笑しながら聴いてしまう。　
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/somizeme/entry-12248601084.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Feb 2017 11:50:18 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
