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<title>めんまの介護日記</title>
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<description>50を前にして介護職へ転職。小規模な通所介護事業所にて介護職デビューです。日々思った事を綴っていこうと思ってますが、疲れてる時はたぶんサボりますw</description>
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<title>やっちまった</title>
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<![CDATA[ <br>アキレス腱損傷だって。<br>力任せにやってたからなー。<br>もっと工夫しなきゃな。<br>テーピングしてもらったけど、踵に心臓があるみたいに脈打ってます。<br>早く治れ！<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<pubDate>Sat, 02 Mar 2013 13:08:35 +0900</pubDate>
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<title>3日目</title>
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<![CDATA[ <p>通勤し始めて早3日経ちました。</p><p>あっという間に一日が過ぎ去ってしまいます。</p><br><p>さて、私の勤務している事業所の事を記載しておきます。</p><br><p>一日の利用者様は少人数、送迎は免許のあるものがやります。</p><p>通所介護事業ですので、一日の流れはデイサービスと同じだと思います。</p><p>一度には無理なので徐々に覚えていきましょうという話であったが、やはりそこは建前というものがあり、</p><p>事業所内での決まり事、利用者様の状態、介護技術、送迎の為の道順と・・・ほとんど同時進行で進んでおり、早々に結果を出さなければならない状況にあります。</p><p>その上に先輩方は嬉しい事に「できる」ということを前提に対応を求めてきます。</p><p>一度説明したことはわかっているものと考え、一度説明した道も理解していると考え、</p><p>恐ろしい事に教えられてない情報まで理解していると考えているのです。</p><br><p>なぜ、このような状況になってしまうのか・・・。</p><p>それは育成マニュアルが存在していない為・・・って事になるのかな。</p><p>例えば・・・Ａさんに教わりました、翌日はＢさんと教わった事をやる・・・Ｂさんからは違うと怒られるとか、なぜ～したの？と聞かれるとか・・・。</p><p>人によってやり方が違うとかよく聞きますが、それでは新人は迷う事ばかりになります。</p><p>一本、基本的な柱があり、そこから個々のやり方が派生していくなら話はわかりますが、最初から個々のやり方を教わっていては、ただの迷惑な話にしかなりません。</p><p>通常、ＯＪＴを経て現場に出る事になると思いますが、そのようなものなどは皆無でした。</p><br><p>私もそうやって覚えてきた・・・とよく言います。</p><p>でも、育成の場で全てをそれで片付けられたら人は育ちませんなぁ。</p><p>人が足りないから、時間がないから・・・ともよく聞きます。</p><p>いやいや・・・そのような現状にしてしまっているのは先輩方じゃないんですか？</p><br><p>介護現場は人の命を預かるところです。</p><p>だからこそ、その手順等にはシビアになるものですし、厳しくなるものと思います。</p><p>であれば、最初の一歩はとても肝心で流れで教えていいものとは思いません。</p><br><p>介護業界ではこの手の話はよく聞きます。</p><p>利用者様に接するのと同じように、育成も手厚くしていかなければ今後の介護業界は今まで以上に</p><p>人手不足になる事は間違いないと思います。</p><br><p>あー、愚痴っちゃった・・・。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11473439828.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Feb 2013 20:20:21 +0900</pubDate>
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<title>デビュー！</title>
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<![CDATA[ 小さな通所介護事業所ですが、本日介護業界デビューとなりました。<br><br>以前は通勤に往復4時間かかってたけど、今は自転車で往復30分。<br>これだけでもありがたい。<br>残された人生の中で、日々3時間以上時間ができるのは非常にありがたい。<br><br>また、介護の世界って忙しさに紛れて育成というものが皆無に等しいとか、あまり良い話は聞かなかった。<br>しかし、この事業所は違うようだ。<br>みなさん、とても前向きで業務に対しても育成に対してもとても意欲的。<br>これもまたありがたい。<br>早く手をかけなくてもすむように、自分自身も頑張らなくては。<br><br>利用者さんの送迎、介護方法とか覚える事はたくさんあり、認められるにはすっごく時間がかかりそうだが、ここで止まっているわけにはいかない。<br>今のところ3勤1休なんで、３日ごとに詳細な復習しなきゃ。<br><br>利用第一に、利用者目線の対応をしながら、効率よく、次にやる事を考えながら、今やるべき事を考える。<br><br>楽しみを見つけながら頑張っていこう。<br><br>お金が動く以上、介護職はサービス職だ。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11472071738.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Feb 2013 20:56:13 +0900</pubDate>
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<title>なんか変</title>
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<![CDATA[ 移動中の地下鉄。<br><br>普通の席が空いてるのに優先席に堂々と座ってるサラリーマン、優先席が空いてるのに普通の席に当たり前のように座るお年寄り。<br>しかも同じ車両内で。。。<br><br>席を譲るだの、優先席を作るだのとよく聞くが、これってなんか変。<br>お年寄りに席を譲るマナーがあるとすれば、優先席に座る、譲られたら素直に座る、断る場合はお礼を言って事情を話すって事がお年寄りのマナーだよなぁと思ってしまう。。。<br><br>どうせなら、お年寄りは優先席から座りましょう、その他の方は普通の席にって決めちゃえば？<br><br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11470285726.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Feb 2013 11:10:37 +0900</pubDate>
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<title>職安へ</title>
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<![CDATA[ ただいま職安へ移動中。<br>16日から勤務開始の為、再就職手当なるものの申請に行くんです。<br><br>一月に失業保険の手続きに行って三ヶ月間の待機が必要だったんだけど、一ヶ月ちょっとで勤務開始になったから手当の対象になるらしい。<br>職安からの紹介じゃないので、一ヶ月の失業期間が必要との事。<br>これで臨時じゃなく雇用される事が決まれば貰えるとの事。<br>金額もでかいので助かります♬<br>こんな制度があるなんて知らなかったなぁ。<br><br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11470275289.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Feb 2013 10:49:14 +0900</pubDate>
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<title>サテサテ・・・</title>
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<![CDATA[ <p>最後の投稿から６ヵ月近くが過ぎました。</p><br><p>これまでの状況を記しておこうかな。</p><br><p>実家へ帰省したり、義理の母の一周忌があったり、入院があったりと・・・、まぁなんちゅうか・・・生きてましたw</p><p>取り敢えず、ヘルパー２級は取得、その後は通学していた学校系列の施設へ誘われたので募集してみたが、あえなく撃沈・・・。</p><p>期待してただけにがっかり・・・やはり男性で４７才ってのがネックだったのかな。</p><p>その後、東京から離れる事も考えていたのだが結局残る事となった為、再度職場探し・・・。</p><p>ところが、近所の小さな通所介護事業所で採用決定。</p><p>２件目の面接で採用って運が良かったのかな。</p><p>ってなわけで、現在は１６日からの初出社を待っている状態です。</p><p>２ヶ月間の試用期間を経て正社員登用のチャンスを与えてもらっているので、とにかくやるしかないですね。</p><br><p>今後の事については嫁とも話し合い、３年後の介護福祉士、ケアマネ取得までやってみようという事になりました。</p><p>また、嫁は私の介護職デビューをきっかけに介護事務の資格を取ると意気込んでいますw</p><p>業務にも慣れて余裕ができたら、色々と介護関係の資格取得を目指してみるかな・・・。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11469868495.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Feb 2013 20:04:10 +0900</pubDate>
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<title>ゲンザイ　ニ　イタル</title>
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<![CDATA[ <p>高専賃での生活・・・様々な不満があるようです。</p><br><p>父親との介護度の違い。</p><p>職員の対応への不満。</p><p>身内の対応への不満等々・・・。</p><br><p>今、私にできる事・・・聴いてあげる事。</p><br><p>父親との介護度の違いにより支援の幅が違う、自立支援という事があるますので今は職員の対応は理解できます。</p><p>しかし、自立支援という言葉を知らない私は話を聞くだけでした。</p><p>母親のその強い思いにより、父親は職員の女性に気がある、その為職員は父親よりお小遣いを貰っているとの妄想も出始めました。</p><p>正直、母親よりこのような言葉が出るといい思いはしません。</p><p>何度もその話が出てくるので、最終的に「その話は聞きたくない」と言い切ってしまいました。</p><br><br><br><p>「もう、お前には何も言わない」</p><p>この一言の後、母親は話をしなくなりました。</p><p>その時母親は耳が悪くなっており、居室で話していても廊下にまで声が響く状態でした。</p><p>職員に聞かれると居心地がわるくなるんじゃないかとか、自分自身の気持ちの問題で訴えをシャットアウトしていたのです。</p><p>「お前には何も言わない」の言葉とその時の顔が今でも忘れられません。</p><p>職員や身内への不満も多くありました。</p><br><p>現在は、もっと自宅に近い住宅型有料老人ホームへ移り、生活しています。</p><p>移った事で、不満解消にも繋がったようです。</p><p>父親は余命宣告の2年を過ぎましたが健在、母親も何とか健在、ただし入退院は多くなっている現状です。</p><br><br><br><br><p>母親の対応に悩んでいた頃、従兄弟より「お前も介護職につかないか」との話がありました。</p><p>従兄弟は看護士でしたが、10年ほど前に訪問看護ステーションを立ち上げて、事業展開しています。</p><p>一緒に働けという意味ではないのですが、お前の性格なら十分できるとの事でした。</p><p>しかし、仕事の割りに給与面が低い事もあり、悩んでいる最中でなかなか判断がつきません。</p><p>また、嫁の母親がやっている整体の仕事を継いでほしいとの希望もあった為、余計に気持ちが揺らいでいました。</p><p>現在の仕事には、かなりの行き詰まりと将来への不安が大きかったので、退職の時期をみている段階でした。</p><p>しかし、突然の嫁の母親の死・・・。</p><p>いろんな事を教えてくれた恩師のような母親でした。</p><p>それから数ヶ月は悩んだし、考えました。</p><p>また、諦めに似たような感覚がありました。</p><br><br><br><p>そして今、決断しています。</p><p>「よし！介護職をやろう！」</p><p>昨年より体調不良になり手術もしました、現在も病院にかかっており休職中ですが、嫁からも一緒に頑張ろうと言われ、まずはヘルパー2級取得、そして経験じゃ！と夫婦で盛り上がっております。</p><br><br><br><p>この3年間は、ほんとに様々な事がありました。</p><p>そして、精神的にも重い苦痛がありました。</p><p>しかし、それはここへ辿り着く為の布石だったと思います。</p><p>ここまでの事を忘れないように残します。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11334783517.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Aug 2012 10:08:06 +0900</pubDate>
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<title>ジタクセイカツ　ノ　ゲンカイ　ト　キッカケ</title>
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<![CDATA[ <p>肺気腫の父親のベッド横には据え置き型の酸素吸入器、移動用には酸素ボンベを使用、足腰の悪い母親の為に介護保険を使用し段差対策の手すり、シャワーチェア、ポータブルトイレ等々を設置。</p><p>何とか暮らしてきましたが、そろそろ限界の時期となりました。</p><p>そこでケアマネさんより提案されたのが、隣県にある高齢者用賃貸住宅の入居でした。</p><p>まだ、自力での生活は維持できる為、そちらに移って生活してみてはどうかと・・・。</p><br><p>見学すると居室も広いし実家にも近い、私的にはOKなんだが、両親がどうか・・・。</p><br><br><br><br><p>やはり・・・父親は「いやじゃ・・・、この家で生活したい」との事。</p><p>そうですよね・・・たぶん私でもそう言うと思う。</p><p>しかし、家の構造だけではなく、長い介護生活と父親の自由気ままなこれまでの生活を支えてきた母親の気持ちは父親以上のものであった。</p><p>正直、この時点では憎しみにも似たようなものがあったと思う。</p><p>本当は夫婦二人で入居予定であったが、父親は入居自体を拒み、母親は父親と同居する事を頑なに拒んでいた。</p><br><p>とにかく、一度離し冷静になってもらった上で対処しないといけないと思い、父親の説得を始めた。</p><p>「一番は私が戻れば問題はなくなるのであるが、生活ができない事を考えると共倒れになってしまう、一度入居生活を送ってみないか？私も安心だし・・・」という一言で、父親は承諾した。</p><p>段差の多い自宅で母親が生活する事には十分不安があったが、何とか一つ前へ進んだ気がした。</p><br><p>父親が高専賃へ入居したのは1月、入居者同士、職員の気遣い等で色々あったが何とか落ち着いてくれた。母親も離れている父親が心配なのか、同室入居について前向きに離し始めた。</p><p>1年後、転倒した事をきっかけに夫婦で再び高専賃での生活が始まった。</p><br><p>誰もいなくなった実家、後片付けをする為帰省した。</p><br><br><br><p>叱られた部屋、屋根に上がって景色を眺めながら食べたみかん、飼っていた犬、父親に手伝わされ嫌々作ったブロック塀、ハチの巣に頭をぶつけて刺された縁側、一緒に食事をしたキッチン・・・、この思い出がいっぱい詰まった家にはもう誰もいない。</p><p>いずれ、ここで父母を見送らなければいけないと思うと涙が止まりませんでした。</p><br><br><p>この辺りから介護の仕事をしたいと思い始めました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11334759550.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Aug 2012 09:40:12 +0900</pubDate>
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<title>ハジマリ</title>
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<![CDATA[ <p>介護職・・・ぼんやりとは理解しているつもりであったが、その日は突然にやってきた。</p><br><p>実家の父母とは離れている為、電話でのやり取りがメイン。</p><p>いつもなら、「まだ大丈夫」と言ってた親父が「肺気腫」になった。</p><p>親父はヘビースモーカーでロングピースを一日2箱吸っていた。</p><p>煙草の側面にも記載されているのだが、「肺気腫になる恐れが・・・」あったｗ</p><p>あーあ・・・なっちゃった。</p><br><p>当初はたまに酸素を吸う程度で良かったのだが、少しずつ肺は病魔に冒されいるようで、症状は時間をかかけてであるが悪化していく。</p><p>坂道も途中で休まないと登れない、歩く速度が極端に遅くなる、トイレ移動も休まないと行けない等々・・・。</p><br><p>発症から3年程経過し、とうとう必要以上には動かなくなってしまった。</p><p>私の実家は山間地域にあり自宅は山の中腹、家自体も昔の作りの為段差が非常に多い作りです。</p><p>居室からキッチン、トイレ、浴室の導線も段差だらけで、高齢者向けとは到底思えないものです。</p><p>肺気腫発症から3年の間に、要介護認定1を受けました。</p><p>ホームヘルパーさんの手助けを受け、訪問看護を受け、時には緊急入院という状況を繰り返していたのです。</p><br><p>当然、この状況になると心配も増え、実家に帰省する回数も増えてきます。</p><p>入院の一報を受け帰省し病室へ行き声をかけると・・・一瞬誰だかわかっていない・・・。</p><p>そうです、認知症が出てしまいました。</p><p>しかし、まだ軽い状態の為、すぐに理解はでき会話も普通でしたが、医者の話によると時間認識が悪くなっているとの事でした。</p><p>肺気腫も悪化しており、恐らく2年でしょうとの事・・・ん～～～、やはりこの宣告はショックでしたね。</p><br><p>時を同じくして母親もついに腰・膝がわるくなり要支援2を受けました。</p><p>俗に言う「老老介護」をしてきましたが、そろそろ限界にきているようです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sonic7802/entry-11334744521.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Aug 2012 08:37:45 +0900</pubDate>
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