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<title>soowhang-baekのブログ</title>
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<title>[第5編：エピローグ] ある夏の縁 — 広島の夏</title>
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<![CDATA[ <p data-end="210" data-start="156"><b>[第5編：エピロ</b><b>ー</b><b>グ] ある夏の</b><b>縁 — </b><b>広</b><b>島の夏</b></p><p data-end="210" data-start="156">&nbsp;</p><p data-end="210" data-start="156"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260414/15/soowhang-baek/ff/53/p/o1024153615771361123.png"><img alt="" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260414/15/soowhang-baek/ff/53/p/o1024153615771361123.png" width="420"><font dir="auto" style="vertical-align: inherit;"><font dir="auto" style="vertical-align: inherit;">​​​​​​​​​​​​​​​​</font></font></a></p><p data-end="210" data-start="156">&nbsp;</p><p>今年の八月の終わり、私は広島で開かれる国際学会に参加する予定である。<br>広島を訪れるのは、これが初めてだ。</p><p>発表の準備に追われる日々は、普段と変わらない。<br>研究内容を整理し、資料を整え、限られた時間の中で最善を尽くす。<br>それは、今の私にとってごく当たり前のことであり、繰り返される日常の一部でもある。</p><p>それでも今回は、どこか少し違って感じられる。<br>その場所が、日本だからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>三十年前、私は一人の少女と出会った。<br>その記憶は、もう過去の中に静かに収まっているはずだった。<br>けれど、同じ国の空気に再び触れることを思うと、<br>言葉にしがたい感覚が、ふとよみがえる。</p><p>それは、懐かしさとも違い、未練とも少し異なる。<br>長いあいだ深く沈んでいた何かが、<br>ゆっくりと水面へ浮かび上がってくるような感覚である。</p><p>&nbsp;</p><p>ふと、別の記憶が重なる。</p><p>2006年、長崎で開かれた国際学会に参加した帰りのことだった。<br>帰国便は福岡発だった。</p><p>あのとき、出会いからはすでに十年が過ぎ、<br>連絡が途絶えてからも、さらに長い時間が経っていた。<br>彼女がまだあの場所に住んでいるのか、<br>街がどのように変わってしまったのか、<br>私は何ひとつ知らないままだった。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、八田一丁目へ行ってみたいと思った。</p><p>理由ははっきりしない。<br>ただ、そこへ行けば何かが分かるような気がしたのかもしれない。</p><p>だが結局、その方向へ足を向けることはなかった。<br>時間もなければ、確かめる術もなかった。<br>仮にたどり着いたとしても、<br>そこに何が残っているのかは分からなかっただろう。</p><p>今は、地図一つで世界のほとんどの場所を確かめることができる時代になった。<br>それでも、あのときの私は、<br>行かないという選択をした。</p><p>&nbsp;</p><p>振り返れば、あの住所を頼りに再び訪ねることに、<br>どれほどの意味があったのかは分からない。<br>過ぎ去った時間を、あとからなぞろうとする行為に過ぎなかったのかもしれない。</p><p>それでもなお、<br>心のどこかに、<br>消えることのない影のように、その縁は残っている。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、今も彼女に再び会えるとは思っていない。<br>連絡先も知らなければ、どこでどのように暮らしているのかも分からない。</p><p>それでも、ときどきこんなことを思う。</p><p>もし、どこかの街角で、<br>偶然すれ違うことがあったとしたら。</p><p>現実的な想像ではない。<br>ただ一瞬だけ浮かび上がって、すぐに消えていく可能性にすぎない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>広島の街を歩くとき、<br>私はきっと、数多くの通行人のひとりとしてそこにいるだろう。<br>研究者としての役割を果たし、発表を終え、<br>何事もなかったかのように日常へ戻っていく。</p><p>その流れの中で、何かが劇的に変わることはない。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、ある瞬間に、<br>理由もなく足を止めることがあるかもしれない。<br>人の流れの中で、ふと振り返ることがあるかもしれない。<br>そして、その先に誰もいないことを確かめて、また歩き出すのだろう。</p><p>思えば、私たちの縁は、<br>何かを成し遂げるためにあったものではなかった。<br>続くことを前提とした関係でもなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、ある時間の中で一度だけ交差し、<br>そのまま静かに離れていっただけである。</p><p>それでも、その出会いは消えていない。<br>今もこうして、不意に思い出される。</p><p>おそらく、これからも同じだろう。<br>再び会うことはなくても、<br>完全に忘れることもない。</p><p>&nbsp;</p><p>あの夏の記憶は、過去として閉じられるのではなく、<br>今の時間の上に、かすかに重なり続けている。</p><p>広島の夏の夕暮れの中で、<br>私はきっと、何事もなかったかのように歩いている。</p><p>&nbsp;</p><p>そして心のどこかで、<br>こんなふうに思っているのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>縁というものは、<br>つかむものではなく、<br>残るものなのだと。</p>
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<link>https://ameblo.jp/soowhang-baek/entry-12962984793.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Apr 2026 15:24:34 +0900</pubDate>
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<title>[4/4]編: ある夏の縁 — 残るもの</title>
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<![CDATA[ <p><b>[4]編: ある夏の</b><b>縁 — </b><b>残</b><b>るもの</b></p><p><b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/19/soowhang-baek/a5/77/p/o0480072015771100043.png"><img alt="" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/19/soowhang-baek/a5/77/p/o0480072015771100043.png" width="420"></a></b></p><p>&nbsp;</p><p>その瞬間、もう終わったと思っていた記憶が一気によみがえった。すでに消えたと思っていた三十年前の時間が、思いがけず昨日のことのように立ち上がってきた。写真を目にしたあと、私は忘れていた名前や場所や季節を次々に思い出した。スペースワールド、多々良中央中学校、八田一丁目、1998年3月の電話。あのころのことはすべて過去になったと思っていたのに、記憶は完全に消えていたのではなく、長いあいだ押し込まれていただけだったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>出会ってから三十年になろうとする2026年4月、私はグーグルマップのストリートビューで、多々良中央中学校の周辺を長いこと眺めていた。彼女が通い、卒業し、日々を過ごしたであろう場所を画面越しにたどることは、最後まで届かなかった時間の座標を静かにたしかめ直すことにも似ていた。八田一丁目の昔の住所をたどり、電話帳の姓を探し、古い町の痕跡を拾い集めるうち、最初のうちは何かを確認したかったのだと思う。けれど最後にはっきりしたのは、私が本当に知りたかったのは、彼女が今どこにいるのかということではなかった、ということだった。</p><p>&nbsp;</p><p>ときには、もしかしたら彼女が私のXやブログを見ていたかもしれない、と思うこともあった。けれど返事がなかったのなら、それもまた一つの答えなのだろう。見たのか、見なかったのか。沈黙が何を意味するのか。どれも分からない。ある縁は最後まで確認されないまま残り、だからこそ、かえって長く心に残るのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>ピ・チョンドゥクの随筆「縁」を読むたび、ふと思う。縁とは、必ずしも成就しなければならないものではないのかもしれない。長く続かなければ縁ではない、というわけでもないのだろう。ほんのひとときすれ違っただけなのに妙に長く残る人、再会できなかったからこそかえって鮮明になる人もいる。ある縁は、そばに置くために訪れるのではなく、長い時間が過ぎたあとも、一人の心を静かに揺らすために訪れるのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、どこかで元気に暮らしていてくれたらいいと願うだけである。結局、私が知りたかったのも、そのことだけだった。それ以上でも、それ以下でもない。若い日の未練としてもう一度会いたいわけでもないし、過ぎ去った時間を無理に取り戻したいわけでもない。かつて確かに存在していた一人の人が、今もどこかで静かに生きているのだと思えれば、それで十分なのだと、今は思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>そして今は分かる。過去の縁を懐かしむことと、現在の人生に誠実であることは、互いに矛盾しない。むしろ、一つの古い記憶を静かに整理したあとでこそ、今そばにいる人たちの大切さが、いっそうはっきりと見えてくることがある。私にとって大事なのは、過ぎ去った夏をもう一度つかもうとすることではなく、今そばにいる妻と子どもたちに最善を尽くして生きることである。思い出は思い出として残し、愛情と責任は今そばにいる家族に尽くすこと。それが、遠く回り道をした末に、私がようやく辿り着いた場所なのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>是松里佳（これまつ・りか）<br>今はどこかで、まったく別の人生を生きている一人の人。<br>けれど私の記憶の中で、彼女は今もなお、1996年の夏のまんなかに立っている。<br>人であふれたスペースワールドの真ん中で、きらめく陽射しの中に立っていた一人の人として。</p><p>&nbsp;</p><p>今さら再び会えるとは思っていない。けれど、忘れたとも言えない。その縁はとっくに終わったはずなのに、不思議とまだ終わっていないかのように、私の中に残っている。もしかすると、ある出会いは再びつながるために訪れるのではなく、一人の記憶の中に長くとどまるために訪れるのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>そして私は、ようやく少し分かった気がする。<br>縁というものは、つかむものではなく、残るものなのかもしれない、と。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>最後に、あの頃の浜崎あゆみの「SURREAL」が、ふと頭の中に流れてきた。<br>過ぎ去ったはずの時間は、消えるのではなく、こうして不意に戻ってくるのだと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>la la la - どこにもない場所で</p><p>私は私のままで立ってるよ</p><p>ねえ君は君のままでいてね</p><p>いつまでも君でいて欲しい</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/soowhang-baek/entry-12962906528.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2026 19:43:20 +0900</pubDate>
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<title>[3/4]編: ある夏の縁 — 届かなかった朝</title>
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<![CDATA[ <p><b>[3]編: ある夏の</b><b>縁 — </b><b>届</b><b>かなかった朝</b></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/19/soowhang-baek/08/87/p/o0480072015771096146.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/19/soowhang-baek/08/87/p/o0480072015771096146.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>その出来事を最後に、私は彼女から二度と手紙を受け取った記憶がない。</p><p>&nbsp;</p><p>だから私はよく思う。私たちの縁の終わりには、喧嘩も、別れの宣言も、劇的な誤解もなかった。終わりはむしろ、あまりに静かだった。届くのが一日遅れた手紙一通、深夜の電話一本、土曜の朝に空いていた席ひとつ。人と人が完全に遠ざかるのは、案外こういうふうに起こるのだろう。大きな出来事のせいではなく、そのときには重要に見えなかった、ほんのわずかなすれ違いによって。</p><p>&nbsp;</p><p>そのころ彼女は中学校を終え、高校へ進み、それまでとはまったく違う時間の中へ入っていったのだろう。新しい学校、新しい友人、新しい日常の中で、昔の手紙と名前は少しずつ後ろへ退いていったのかもしれない。私のほうもまた、手紙一通を書くこと自体が容易ではなかった。今のように翻訳機やAIの助けを借りて文章を整えられる時代ではなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>好きだという気持ちはあっても、それをきちんと伝えるための言葉が私にはなかった。拙い英語と子どもじみた日本語で一文ずつ抱え込んでいると、手紙を書くことは気持ちの問題というより、時間と勇気の問題になった。一通書くのにも長くかかり、何度も書き直しては結局出せなかったこともあったと思う。そうして躊躇い、先延ばしにするあいだに、縁は少しずつ遠のいていった。はっきりとした別れがあったわけではない。ただ、書けなかった手紙の数だけ、私たちの距離は静かに広がっていったのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>そして2000年2月以降は、私自身も彼女が知っていた住所を離れた。そこから先は、気持ちだけでなく、道そのものが途切れた。考えてみれば、私たちを引き離したのは再開発でも住所変更でもなく、それぞれの人生を前へ押し進めていった時間の流れだったのかもしれない。住所は後になって消えたのだとしても、縁のほうがそれより先に、静かに遠ざかっていたのである。</p><p>&nbsp;</p><p>その後も、リカは完全に忘れ去られた人ではなかった。日本を思い出すたび、古い写真を見るたび、ふと一度ずつ心をよぎる人として残っていた。ただ、それも過ぎ去った記憶の一片にすぎないのだと思っていた。実際、私は十年ほど前に結婚したとき、リカの手紙も写真もすべて捨ててしまった。もう整理すべき過去だと思ったからである。そうすれば、あの時間も自然に片づいていくのだろうと思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>ところが少し前、研究室の本のあいだから、リカの卒業写真が二枚、思いがけず見つかった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/soowhang-baek/entry-12962904072.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2026 19:17:19 +0900</pubDate>
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<title>[2/4]編: ある夏の縁 — 手紙と、まだ届いていた時間</title>
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<![CDATA[ <p><b>[2]編: ある夏の</b><b>縁 — 手紙と、まだ</b><b>届いていた時間</b></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/19/soowhang-baek/7a/29/p/o0480072015771091893.png"><img alt="" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/19/soowhang-baek/7a/29/p/o0480072015771091893.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>思い返せば、私たちの縁が遠のいた決定的な時期は、住所が変わった時ではなく、1998年の春だったように思う。1996年の夏、スペースワールドで初めて会って以来、私たちは何度か手紙を交わし、少なくともそのころまでは互いに届く道が確かにあった。途中で一度、手紙が宛先不明で戻ってきた記憶があるが、それがすぐに住所の消滅を意味していたわけではないように思う。その後にも彼女が改めて住所を書いて送ってきた記憶が残っていることを思えば、あの返送は関係の終わりというより、しばし道に迷った郵便物が一つあった、という程度のことだったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>実質的な転機は1998年3月だった。ある日、リカから突然手紙が届いた。私の記憶では、3月11日から14日のあいだに韓国へ来ると書いてあった。理由はよく分からなかったが、世宗高校との交流で韓国を訪れるという内容だった。当時の私には、それがよく理解できなかった。日本では高校入学は4月であり、その時点で彼女はまだ高校入学前だったからである。後になって、世宗高校と九州高校が日韓交流に関して姉妹提携を結んでいたことを知ったが、そのときの彼女がどのような立場でその訪韓に参加したのかは、今でもはっきりしない。だから、ときどきこんなことも思う。では、彼女は結局、九州高校に合格していたのだろうか。だとしたら、以前の手紙にあった「オチマシタ」は何を意味していたのだろう。他の学校に落ちたということだったのだろうか。長い年月が過ぎた今も、その一言の意味だけはきれいに整理できずにいる。</p><p>&nbsp;</p><p>けれど、そうした謎以上に鮮明に残っているのは、日付とすれ違いの感覚である。その手紙を私が読んだのは、おそらく3月13日金曜日の夕方だった。学校を終えて家に帰り、封を開けてみると、リカの出国まではもう一日しか残っていなかった。宿泊先はソウル教育文化会館だと書かれていたように記憶している。今でもあのとき、父の車でそこへ向かわなかったことが長く心に残っている。その夜、父が電話をかけてくれたが、時間が遅く通話はできず、翌日にまた連絡できるようにと、自宅の電話番号を伝えたのだったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>そして翌朝、すべてはもう一度すれ違った。</p><p>&nbsp;</p><p>当時、私は高校2年生で、そのころの韓国の高校生は土曜日も登校していた。私はいつものように学校へ行っていた。母の話では、リカは朝8時ごろ、我が家に電話をかけてきたという。しかし、その時間、私は学校にいた。すぐ近くまで来ていたのに、結局会えなかった。後から思えば、その場面は一本の映画のように鮮明である。ソウルのどこかの宿からかかってきた一本の電話、家にいたのに出られなかった家族、そしてその時間、教室に座っていた私。あの朝のほんの数分のあいだに、もう一度会えたかもしれない可能性は開き、そしてすぐに閉じてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>あの時、「今すぐ金浦（キンポ）空港に駆けつけ、福岡行きの搭乗ゲートで待ち伏せすれば、彼女に会えるのではないか」という考えが頭をよぎった。けれど、一介の高校生という立場では、それはあまりにも無力で、現実には到底及ばない願いだった。</p><p>&nbsp;</p><p>その出来事を最後に、私は彼女から二度と手紙を受け取った記憶がない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/soowhang-baek/entry-12962902932.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2026 19:04:58 +0900</pubDate>
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<title>[1/4]編: ある夏の縁 — スペースワールドの記憶</title>
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<![CDATA[ <p><b>[1]編: ある夏の</b><b>縁 — スペ</b><b>ー</b><b>スワ</b><b>ー</b><b>ルドの記憶</b></p><p><b>&nbsp;</b><font dir="auto" style="vertical-align: inherit;"><font dir="auto" style="vertical-align: inherit;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/18/soowhang-baek/42/a6/p/o0700112515771075742.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="675" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260413/18/soowhang-baek/42/a6/p/o0700112515771075742.png" width="420"></a></font></font></p><p>人は、長くそばにいた人よりも、ほんの一瞬すれ違った人のほうを、かえって長く覚えていることがある。<br>私にとっては、1996年の夏に出会った一人の少女がそうだった。</p><p>&nbsp;</p><p>1996年の夏、私は中学三年生で、彼女は中学二年生だった。<br>その年の8月5日、午後一時ごろ、北九州のスペースワールドで、私は福岡市立多々良中央中学校に通っていた是松里佳（これまつ・りか）と出会った。</p><p>&nbsp;</p><p>あの日の強い日差し、人であふれた遊園地のざわめき、夏特有の明るさと少しの眩暈を伴うような空気。<br>それらは、今でも不思議なほど鮮明に記憶に残っている。<br>しかし、その出会いの舞台となったスペースワールドは、すでに存在しない。<br>今はもうないその場所を思い浮かべるたびに、かつて確かにあった時間までもが、遠くへ引いていくような感覚になる。</p><p>&nbsp;</p><p>その後、私たちは何度か手紙を交わした。<br>おそらく1998年の3月ごろまでだったと思う。<br>今のようにメールもメッセンジャーもSNSもなかった時代である。<br>気持ちがあっても、それを届ける手段は郵便しかなかった。<br>一通の手紙を書き、それが国境を越えて届くのを待つ時間そのものが、関係の一部だった。<br>遅く、不確かではあったが、だからこそ、その分だけ真剣さが宿っていたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>けれど、当時の私はあまりにも未熟だった。<br>好意はあったが、それをどう言葉にすればよいのか分からなかった。<br>母国語ですら言い切れない思いを、拙い英語と幼い日本語で書き綴っていたのだから、今思えば顔が熱くなるような文章も少なくなかったはずである。<br>近づきたいと思って書いた言葉が、かえって距離を生んでいた可能性もある。</p><p>&nbsp;</p><p>今でも忘れられないやり取りがある。<br>私は手紙を送るたびに、自分の写真を同封し、その時々の近況をできるだけ丁寧に書いて送っていた。<br>そして、彼女にも何度か写真を送ってほしいと頼んだ。<br>それは特別な要求というより、自分が日常を見せているのだから、彼女の今も知りたいという、ごく自然な気持ちだった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし彼女は、なぜそんなに写真を求めるのかと尋ねてきた。<br>私は、なくしてしまった写真があって申し訳ない、というつもりで答えた記憶がある。<br>その短い一文の中には、謝意も、寂しさも、もう一度見たいという気持ちも含まれていたはずだった。<br>けれど、手紙という遅い媒体と不完全な言語の中では、それらは十分に伝わらなかったのだろう。<br>振り返れば、私たちの距離を広げたのは大きな出来事ではなく、最後まで正確に伝わらなかった、たった一つの小さな文だったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>彼女はその頃、鳥羽潤や安達祐実、榎本加奈子を好んでいたように思う。<br>そうした些細な好みまで記憶に残っているのは不思議なことだ。<br>人の記憶は、顔だけでは成り立たない。<br>その人が好きだったもの、言葉の調子、季節の匂い。<br>そうした断片が重なって、ようやく一人の輪郭が形づくられる。</p><p>&nbsp;</p><p>ある手紙では、九州産業大学付属高校の話題も出ていた。<br>彼女が「おちました」と書いていた記憶がある。<br>それは試験に落ちたという意味だったのか、それとも別の学校のことだったのか。<br>その後に別の機会があったのかどうかも、今では分からない。<br>ただ、その頃の彼女もまた、進路を前に揺れていたのだろうということだけは、かすかに感じ取れる。</p><p>&nbsp;</p><p>振り返ってみると、私たちの縁が遠のいた決定的な時期は、住所が変わったときではなく、1998年の春だったように思う。<br>1996年の夏、スペースワールドで出会ってから、私たちは何度か手紙を交わし、少なくともその頃までは、互いに届く道が確かに存在していた。<br>途中で一度、手紙が宛先不明で戻ってきたことがあったが、それがすぐに関係の終わりを意味していたわけではない。<br>むしろその後も彼女が改めて住所を書いて送ってきた記憶があることを思えば、あの出来事は、終わりというよりも、ただ一通の手紙が道に迷っただけのことだったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/soowhang-baek/entry-12962899181.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2026 18:21:33 +0900</pubDate>
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<title>「1996年8月5日、真夏の北九州スペースワールドで出会った縁を、今も大切に覚えています。」</title>
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<![CDATA[ <p>私は韓国の祥明（サンミョン）大学で教授をしております、白守黃（ベク・スファン）と申します。<br>30年前の1996年8月5日、北九州のスペースワールドで出会った<br>是松里佳（これまつ・りか）さんを探しています。<br><br>彼女は1982年10月生まれで、福岡の多々良中央中学校を卒業し、九州産業大学付属九州高等学校に進学したと記憶しております。<br><br>1998年頃まで文通を続け、清らかな友情を育んできました。30年という長い月日が流れ、互いの住所も変わり連絡が途絶えてしまいましたが、あの頃の澄んだ心を持った友人が、今どのような姿で幸せに過ごしているのか、ずっと気にかかっておりました。<br><br>ただ古い友人の安否を確認したいという切実な願いからです。<br><br>里佳さんご本人、あるいは彼女を覚えていらっしゃる多々良中央中学校、九州高校の同級生の皆様からの情報をお待ちしております。どんな小さな手がかりでも構いません。<br>下記の公式メールアドレスまでご連絡いただければ幸いです。<br><br>【ご連絡先】<br>韓国 祥明大学 教授 白守黃（Baek, Soo-Whang）<br>メール：swbaek@smu.ac.kr</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">※本投稿は、安否を知りたいという目的による善意の呼びかけです。情報が確認でき次第、速やかに削除または非公開にいたします。</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/soowhang-baek/entry-12962468162.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Apr 2026 15:52:06 +0900</pubDate>
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<title>こちらは私の研究室のホームページです</title>
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<![CDATA[ <p>こちらは私の研究室のホームページです</p><p>&nbsp;</p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" contenteditable="false" style="display:inline-block;max-width:100%"><a class="ogpCard_link" data-ogp-card-log="" href="https://sites.google.com/view/smufisl" rel="noopener noreferrer" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" target="_blank"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">Future Intelligence System Lab.</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px"> 전기기기 기반의 구동기술에 기초한 실용화를 통해 '세상에서 실제로 구현되는 기술 개발'을 목표로 함 관련 연구 수행을 통한 '전문 인력 양성' 및 '지역 산업 생태계 강화'에 기여 이론·시뮬레이션을 넘어서 실증(PoC)단계의 연구를 통해 산업 현장에 반영되는 연구를 수행 중 전기기기 최적설계·해석·제어 모터 …</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img alt="リンク" class="ogpCard_icon" height="20" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%" width="20"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">sites.google.com</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img alt="" class="ogpCard_image" data-ogp-card-image="" height="120" loading="lazy" src="https://lh3.googleusercontent.com/sitesv/APaQ0SSrZs5NWixMKzoagH59Oqonb_SherjJvVmisJPJ1DAMecxKRTh9DHjBQ2zJmAX3bLV9yzaYLxMdB-2qVXer6epWS2doOk6wTxD7P9K7FcwNXFNytp3lXdXX5K7BkaI-JI7uzdQxRblZgmzDPw8aJZ9NfNQqulBOCRiRVtYIUs8EdFacqD6_6tzk1vmovW4EUkVK3mDjOaha9JAk6I6Y5448MKfBw9tdidjmmYk=w1280" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)" width="120"></span></a></article></div><p>&nbsp;</p><div class="ogpCard_root">&nbsp;</div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/soowhang-baek/entry-12962466504.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Apr 2026 15:35:08 +0900</pubDate>
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