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<title>グローバルコミュニケーション～世界に開く自分</title>
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<description>このブログでは、グローバルコミュニケーションを俯瞰する形で見つめていきたいと思います。僕自身も考え中のテーマですので、何か教え諭すのではなく、このブログという場を通じて、様々なアイディアが生み出されていけば嬉しいです。</description>
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<title>スティーブジョブス</title>
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<![CDATA[ すでに、発売されてから大分日にちがたっているが、スティーブジョブスの生前の様子を克明に記した本を読んでいる。<br><br>先輩から、これは絶対に読むべきと言われて、ようやく手にした。<br><br>2巻目の途中からアップル社の経営の様子が出てくる。何気なく？ジョブスがコメントする。”これは世界にとって、必要なサービスだよ。”、と。<br><br>被災地にいた時、先輩から言われたことでもあり、自分自身も業務を通じて痛感したが、小さな組織であっても、大きな組織であればなおのこと、自分たちが今までやってきた経験、業務をみたいな、枠を設定しがちであり、その枠というものをなかなか乗り越えられない。<br><br>いろいろな事情が組織にはある。しかし、クライアントは組織の事情にはかまっていられない。DEAD OR LIVEの被災地の業務では、なおのことだった。<br><br>しかし、そのような状況でも、人は枠を設定して、これは自分たちの仕事、領分、これは自分達ではない、という区分をしてしまうことも、ままある。<br><br>ジョブスのこのメッセージは、ただただ愚直に、世界の人びとというクライアントと、真摯に、愚直に向き合っているからこそ、出てくる言葉なのではないかと、考えさせられた。<br><br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<pubDate>Sat, 03 Nov 2012 19:11:58 +0900</pubDate>
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<title>現場から乖離した上澄みの議論</title>
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<![CDATA[ 先日、僕がせんだいみやぎNPOセンターに出向していた時の同僚が、被災地の支援ということで現地に入ってくる地域外の人が、現場を見ずに、世の中で議論されているようなカタカナ言葉を用いて、現場が混乱しているというFacebookのコメントがあった。<br><br>その課題は、被災地だけではなく、途上国においても、国際会議においても存在すると感じた。<br><br>先日、仙台で開催されたTED✖SENDAIというイベントに参加した。これは、TEDという欧米にて始められたもので、テクノロジーを活用して、コミュニティや途上国で直面する課題に向き合う、その可能性をプレゼンテーションするものである。個人的には 面白い試みだと思う。ただ、不思議に思ったのは、会場に地元のかたと思われるような人が、あまりいなかったことである。<br><br>被災地には、依然として、多くの課題がある。その課題に対して、どのようにテクノロジーを活用していけるか。これは重要な命題である。しかし、テクノロジーというのは、現地に適用し、さらに、それを現場の住民が日常生活において、利用されて初めて、その目的が達成されるのだと思う。<br><br>世の中の議論として、すごい技術が開発された！この課題は、こういうふうに解決すべきといった、ことを指摘することは多くあるが、ではどうやって？第一ステップは？誰とやるの？といった具体的な内容は、あまり議論されず、さも、テクノロジーもしくは、論理的な解決策が見出せたら、後は自動的に問題は解決されていくといった、手放しにしてしまうことがままあるような気がする。<br><br>これだけ情報があふれるような社会になり、正直、何が正解かを見つけることは、誰でもできる時代なのかなと感じる。むしろ、その情報を組み合わせて、課題解決に漕ぎ着けさせる力が、社会で必要とされてるのではないだろうか？<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11386643515.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Oct 2012 13:11:36 +0900</pubDate>
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<title>思考停止する局面</title>
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<![CDATA[ 日本では、中国、韓国といった隣国、米国といった強国の脅威論よく議論される。今日の日経新聞で、米国の識者がTPPについて、意見を述べていて、その中で、日本では米国の脅威論があるが、米国政府にそんな能力はないとあっさり否定していた。<br><br>もちろん、戦略的に、国として自国の優位な方向にもっていきたいという考えは、米国のみならず、中国や韓国も持っていると思うが、脅威論が言うような日本を落とし込める様な余裕のある国は、外部環境が激しく変化する現代において、どこもないのではないだろうか？<br><br>韓国では、年末に大統領選挙、中国では、もうすぐ政治のトップが交代になる中、どこの国も国内の政治状況をどのようにまとめるかに汲々としているのが、現実なのでは？<br><br>ただ、不思議なのが、日本でいう脅威論が起きると、議論の中で、日本は狙われている、このままではまずいということばかりが議論の中心になる思考停止状態が発生して、実際のところどうなんだろうと、その場に踏みとどまって、その現実を見つめるといったことが、あまり行われなくなることに問題意識を感じる。本当にそれでいいんでしょうか？
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11304222458.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Jul 2012 20:15:59 +0900</pubDate>
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<title>成功モデル</title>
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<![CDATA[ 最近、本屋に行っていないが、一時期サムソンなどの韓国企業の海外でのマーケティング戦略を礼賛するような本がたくさん出ていたと記憶している。<br><br>幹部候補生を、中南米やアジアに身一つで派遣して、会社からのサポートは一切なし。現地で自分の力で生き抜き、そこで消費者の生活を見聞きしながら、対象となるマーケットで最も適当と感じる製品の種を探し、本社に戻り、今後の戦略を考えるというもの。<br><br>初めて、その話を聞いた時、率直に日本はまずいなと感じた。同時に、何故韓国にそのようなことができて、日本では残念ながらそこまで、割り切ることができないのだろうと思った。<br><br>そこで、僕が思ったのは、韓国の人口である。前にも、このブログでも書いたことがあるが、韓国の人口4000万人という必ずしもサイズとしては大きな国ではない。つまり、国内マーケットに依拠していては、継続的な成長は見込めないという、ある種割り切りがしやすい状況がある。<br><br>一方、我が国日本は、1億2000万人という、世界的に見ても、多くの人口を抱え、かつその人々がある程度の資力をもっているマーケットをもつ。また、日本は、戦後に産めよ増やせよで、人口が増加すると同時に、国内の人々の富が増加することにより国が成長していった国であり、その成功モデルに乗っかって成長した企業にとっては、その国内のマーケットにあてるリソースを大きく減らして、リスクがより大きいと感じられる海外に出て行くことを判断するのは、なかなか厳しい、割り切りがしにくい状況があるあるように感じる。<br><br>世の中は、ものすごいスピードで変化していっている。その変化も認識しつつ、それを前提として、どこに軸足をおいて、企業活動などを行っていくのは、そう簡単なことではないのかもしれない。しかし、世の中が待ったなしで大きく変化していっているのも事実ではあると感じる。
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11303042047.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Jul 2012 13:05:03 +0900</pubDate>
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<title>復興支援の報道</title>
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<![CDATA[ <br>最近、新聞記事を見ていて、2011年の後半の時期に比べて、復興支援に関する記事が著しく減少していると感じます。特に、現在は、日本国内では、政局が混迷しており、また、社会保障の問題といった国民の将来の生活に直結する問題が国会で議論されていることもあり、復興支援の問題が、残念ながらかつてほどは注目をあつめて集めていない印象があります。<br><br>今週は、宮城県仙台市にて、各国の閣僚クラスが集まる防災に関する国際会議が開催されましたが、テーマの中心は、防災の経験を、海外で次に生じる可能性のある自然災害に活かすといったことがテーマになっており、実際には、現場で起きている復興支援の問題が忘れ去られてしまっているのではないかという様に思われます。<br><br>先日、たまたまTV制作に関わる方とお話する機会があり、その方によると、日本国内のTV制作会社の9割程度は、東京に集中していること、よって、TVメディアの大半は東京中心に制作が進められているとのことでした。また、景気がよかった90年代と異なり、現在は景気もよくないため、制作費として使える予算も限られており、取材費用があまりかからずに、視聴率が一定程度とれる、お笑い芸人の出るバライティ番組が中心とのことでした。<br><br>このように、メディアの構造的な問題というのは、一朝一夕には変化させることは困難であり、今後においては、ソーシャルメディアなどの活用、また、日本国民が興味を示す可能性がある切り口での情報発信を工夫していく必要性があると考えています。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11294636815.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Jul 2012 08:54:54 +0900</pubDate>
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<title>シンガポールハブ機能にかかるセミナーに参加しました</title>
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<![CDATA[ こんにちは。どんどん暑くなってきましたね。如何お過ごしですか？<br><br>先日、と言っても、５月７日なので、かなり前になりますが、大学時代からお世話になっている木島さんが、東京で、シンガポールのハブ機能に関するセミナーが行われたので参加してきました。ご当人は数年前に、拠点をシンガポールに移して、日系企業をはじめとして、今後のグローバル戦略の中で、どのようにシンガポール拠点をハブ機能として活用できるかということの研究、情報発信、コンサルテーションをされています。<br><br>私は大学時代に、東北大学に通っていたのですが、その時、サークルの垣根を越えて、いろいろとやっている学生団体同士、情報交換、横の連携をしていこうという趣旨のネットワークパーティーというものが開催され、その事務局機能を、仙台で僕が担ったのですが、そのきっかけを頂いたのが、この木島さんでした。<br><br>シンガポールは、東京２３区とほぼ同じ面積で、人口は520万人程度の小さな国です。中学校の授業の時に、赤道があそこに見えると学校の先生が言っていた記憶がありますが、赤道近くの熱帯の国です。<br><br>僕は、二回ほど行ったことがありますが、とにかく灼熱で、日本では極めて有名だと思いますが、地下鉄に乗った時に、ごみを捨てたら罰金といったマークがついていたのが印象的でした。<br><br>このセミナーでは、新聞報道でも、最近シンガポールのグローバル拠点機能ということが取り上げられていますが、改めて、アジアのマーケットを攻略する上で、より現場に近いシンガポールに統括機能を移していくことを実際に進めている方々一定数いらっしゃるということの現実を認識しました。<br><br>一番、驚いたことは、シンガポールという国が自国の特性をある程度認識して、必要となる戦略を講じていることです。先ほども触れましたとおり、シンガポールという人口はというのは、必ずしもマーケットとして考えた場合には、大きなサイズではないため、国の成長を維持していくためには、他国のマーケットも視野に入れざるを得ないのだと思います。その現実を見定めて、他国から拠点としてシンガポールという活用しようという企業には節気ょいく的に税制面のメリットを享受させるなどの工夫がこらされているようでした。まだ詳しくは知りませんが。。<br><br>日本はご案内の通り、人口は1億2000万人強。このサイズというのは、世界的に見ても、実はかなりの規模です。第二次世界大戦後、この大きなサイズの人口が、経済成長と共に豊かになり、そこに対して製品やサービスを充実させていくことによって、日本の経済発展を後ろ支えしたのだと思います。<br><br>シンガポールというのみならず、例えば隣国の韓国は人口が4000万人、台湾は2300万人。これでは、自国のマーケットで経済成長を維持できないので、自然と海外のマーケットを視野に、企業戦略を講じることになると思います。最近日本ではサムソンなどの韓国財閥企業の海外進出が取り上げられていますが、このような背に腹はかえられない事情というのが大きく影響しているのではないかなと、感じています。<br><br>それでは、また。<br><br>登坂<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11258363130.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Jun 2012 21:01:20 +0900</pubDate>
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<title>ブータンに出張に行ってきました</title>
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<![CDATA[ こんばんは。登坂です。とっても久しぶりの投稿になります。皆様、如何お過ごしですか？<br><br>先日、最近日本のメディアで注目をあつめているブータンに出張に行ってきました。何故、いったかはまた、別の機会にご紹介しますね。別にためる必要もないのですが。。<br><br>ブータンは幸せの国というイメージが日本でついているようですが、行ってきた僕の第一印象は、なかなかしんどい国だなというものです。<br><br>ブータンは大国である中国とインドに挟まれている小国です。国土は九州と同じくらいの面積で、人口は70万人しかいません。99年にテレビとインターネットが解禁され、今、首都ティンプーでは急速な都市化が進んでいます。ブータン政府はインターネットやテレビから流される情報に対して特に制限を設けていないので、情報の洪水を一気に受けて、特に若者は地方から出てきている人が増加しているようです。<br><br>ブータンでは、外貨収入の50％近くが、インドに対する売電収入であり、また、その発電を行う水力発電の大半は電力を購入するインドが資金を支援しており、国家財政の中でかなりの位置をインドに頼っているという現実がりました。<br><br>日本のメディアでは、幸せの国ブータンではということが、かなり取り上げられており、最近はそれに飽きたのか、幸せの国の現実ということで、ブータンの問題をかなり報道しているようですが、そのちょうど間くらいが、ブータンの現実なのではないかなと感じました。<br><br>では、また。<br><br>追伸：最近、IPHONEのBLUETOOTHというキーボードを購入して、出先からも簡単にブログをアップデート出来るようになりました。これで、アップデートが滞る場合は、僕がものぐさであることが証明されてしまいます。。<br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11285012580.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Jun 2012 19:02:51 +0900</pubDate>
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<title>選挙の年</title>
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<![CDATA[ こんにちは。登坂です。<br><br>GWの前半に風邪をひいてしまいましたが、東京でゆっくりと過ごしたGWでした。昨日は突如雨が降ったり、ひょうが降ったりと激しい天候の変化でした。茨城県では、竜巻が発生して、家が全壊もしくは半壊になられた方もいらっしゃるということで、自然災害の脅威について、改めて考えさせられました。被害のあった家の復旧には時間が要すると思いますが、家の復旧等が進むことを祈っています。<br><br>今年は、選挙の年ということで、GW中にフランス、ギリシャの選挙が行われ、今後、米国大統領選挙、そして、中国でもリーダーの交替が行われる予定です。日本でも衆議院総選挙の可能性があると言われています。<br><br>選挙が行われると、当然ですが、政治家の政策は内向きなものになります。日本で内向きの人間が増えていると言われていますが、アメリカはもちろんのこと、他の国であっても、政治家は、有権者である自国の国民が満足するような政策を打ち出すことができなければ、当該国の代表となることはできません。<br><br>北朝鮮の人工衛星発射の問題等、自国の安全を脅かすような事態が発生した場合には、政治家は、その火種をつくった国の今後の中長期を見据えた外交政策を打ち出すことも考えますが、それ以上に、如何に有権者に納得してもらえる政策を打ち出すことができるかということに配慮するのではないかと思います。<br><br>そこでは、利害関係が相反することも、ままあるため、バランスをとっていくことは至難のわざであると感じます。<br><br>昨日、2011年～2012年に出版されたフォーリンアフェアーズの特集記事を拝見していました。そこでは、先進諸国の雇用問題について言及された記事がありました。米国において、GDPに大きく貢献する教育・所得水準共に高い層の所得が増えている一方、中間層の伸びはそれほどでもない、労働コストを下げるために、製造業がどんどんと海外の工場等を増やしていく中で、自国の雇用を増やしていくには、国家的な戦略、計画を準備する必要があるという記事もありました。<br><br>日本でもグローバル人材の育成が必要ということで、英語を小学校から勉強しようとか、コミュニケーション能力を高めなければといったメディア報道もあります。<br><br>もちろん、それも極めて重要な課題だと思いますが、国内の産業と海外の産業とのバランス、そして、日本という国が今後、どういった国になっていくべきかということを、固めていく必要があると感じています。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11235743855.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Apr 2012 17:26:19 +0900</pubDate>
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<title>ドイツの振付師ピナバウシュの映画を見てきました</title>
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<![CDATA[ こんばんは。登坂です。<br><br>昨晩、妻と一緒にドイツの振付師ピナバウシュの映画、PINA～Dance otherwise we are lostという映画を見てきました。この映画は３Dなのですが、なかなか興味深い内容でした。彼女の作品は、一度新宿で見たことがあったんですが、刺激的なメッセージを身体表現で伝えており、うまく表現できないですが、本当におすすめです。<br><br>最近の新聞の報道やTVを見ていると、数年前と比べても、さらに、頭で考えて、こう思いましたという”知”の情報が多く、人間としたどのように感じたかという、”感”の情報が著しく減少しているなという問題意識をもっています。<br><br>”知”の世界は、相手になる人がどう感じていようが、そのアイディア、考えがより合理的な方が選択される世界だと思います。<br><br>その場合、その対象が何を感じているか、どういう感覚でいるかという点は、無視されることになるのではないかと思います。<br><br>それでも、世界的な企業競争等の観点から、より効率的で、利潤が高いものを、より早く見つけ出す人に、勝者の称号が与えられるような気がしています。しかし、それで、実際に世の中は、適切な方向にまわっていくのか、そもそも、毎年自殺者3万人も生み出している社会が、本当によいのかということを考えさせられました。<br><br>僕は専門家ではないですが、”踊る”という行為は、それを通じて、自分自身が体感している感覚を外に表出されるものだと思います。<br><br>タイトルの迷子になってしまうというのは、その感覚の部分を感じ取らなければならない、そうではなければ、人間の中に宿っている”人間性”、”魂”が迷子になってしまうという意味合いだったのではないかと感じました。<br><br>ピナバウシュは、09年6月30日にガンで亡くなってしまいました。しかし、彼女のメッセージは現代の自分の中にも、突き刺さるものだと思っています。<br><br>最後までお読み頂きましてありがとうございました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11222205322.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Apr 2012 20:44:03 +0900</pubDate>
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<title>できることの積み上げ　宇宙兄弟から</title>
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<![CDATA[ おはようございます。登坂です。<br><br>最近出勤前に、できる限りブログを書くようにしています。できないことも、ままありますが。<br><br>仙台を離れる前に、僕の敬愛する大学時代の友人の山田くん（宮城県庁）から教わりました。彼は、もうかれこれ、5年以上、朝ブログを書くということを続けているようで、そのような積み上げもあって、震災後に、糸井重里さんにまで、彼のメッセージがつながり、対談に実現、その結果、新しい復興支援の枠組みに注目を引き付けるということが実現していました。本当に頭が下がります。<br><br>さて、昨日は初顔合わせということを書きましたが、以前、お食事をご一緒させて頂いた、鵜尾さん（ファンドレックス代表取締役）のML上に、宇宙兄弟というコミックのことが掲載されていたので、そのことについて書きたいと思います。ちなみに、ファンドレックスという会社は、NPO等市民活動団体の資金調達等のコンサルテーションを支援する株式会社です。<br><br>最近、TSUTAYAでコミックを大量に借りてくることがあるのですが、先日宇宙兄弟を読みました。ご存知の方も多いと思いますが、宇宙兄弟は、まさのそのタイトルの通り、兄弟がそれぞれ、NASAの宇宙飛行士になり、月を目指すという、2025年の時代を想定して作成されたものです。<br><br>その中で、読んでいる人にしか分からないと思いますが、ある人が月面の船外活動で問題が発生し、宇宙服を着ると、前に歩くことができないといった状態になります。その時に、ある方が、提案したのは、宇宙服ではなく、着ぐるみとか、剣道の防具とかを着けて、歩くことをはじめ、少しずつ、”できること”を積み上げていくというものでした。<br><br>先のブログでも書きましたが、4月は初顔合わせの季節。<br><br>初めての部署、初めての会社、初めての大学等いろいろと、初めて尽くしだと思います。<br><br>その時、僕が個人的に思っているのは、少しずつでいいので、”できること”を増やしていくことだと思います。そして、その”できること”をベースとして、次の新しい”できること”ができていき、それが増えていくと、徐々に、”できること”と”できること”を繋いで、新しいことができたりするのかなと思っています。<br><br>なので、何か”できないこと”に直面したとしても、もちろん、心理的にしんどいところもあると思いますが、”できること”を切り出す等して、自分の”できること”を増やしていってみるのも一案かなと考えています。<br><br><strong><font color="#FF0000">みなさんは、初めての○○の状況で、”できないこと”に直面した時に、どのような行動をとりますか？<br><br>”できること”が見つかった時、どんな気持ちになりますか？</font></strong><br><br>※質問についての回答を考える場合には、vol. 24 質問についても併せてご参照ください。回答を考える上での前提を記しています。<br>http://ameblo.jp/sota-gc/entry-11045548219.html<br><br>最後までお読み頂きましてありがとうございました！<br>
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<link>https://ameblo.jp/sota-gc/entry-11220866990.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Apr 2012 09:07:01 +0900</pubDate>
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