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<title>まなえ　るみ　の　本棚</title>
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<description>結婚を機にお休みしていた物書きを再開することにしました。子育ての合間に行うため、更新はまちまちです。とりあえず、今まで書き溜めたものを再掲載させていただきます。ご興味がある方は、読んでやってください。</description>
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<title>想花屋</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000">　いらっしゃいませ。</font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000">　あなたのお好きな花は何ですか？その花に、魅せられたことがありまして？</font></p><font color="#000000"><p style="MARGIN-TOP: 0px"><br>　花とは、いつの時も人の心を虜にするものです。そうして、時には、不思議な世界をのぞかせる事も・・・。</p><p style="MARGIN-TOP: 0px"></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#ffffff"><font color="#000000"><br></font></font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#ffffff"><font color="#000000">　どうぞ、花の香に取りこまれないようお気を付け下さいませ。<br></font></font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#ffffff"><font color="#000000"><br></font></font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#ffffff"><br></font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#ffffff"><br></font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#ffffff"><br></font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><a href="http://ameblo.jp/soukaya/entry-11585618714.html" target="_blank"><img alt="桜" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/095.gif" width="16" height="16">桜下の鬼</a> </p><p style="MARGIN-TOP: 0px"></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><a href="http://ameblo.jp/soukaya/entry-11586785246.html" target="_blank"><img alt="桜" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/095.gif" width="16" height="16">すずらんの毒</a> </p><p style="MARGIN-TOP: 0px"></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><a href="http://ameblo.jp/soukaya/entry-11586789177.html" target="_blank"><img alt="桜" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/095.gif" width="16" height="16">月下美人</a> </p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><a href="http://ameblo.jp/soukaya/entry-11586791908.html" target="_blank"><img alt="桜" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/095.gif" width="16" height="16">蛍袋と艶恋</a> </p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><a href="http://ameblo.jp/soukaya/entry-11586793550.html" target="_blank"><img alt="桜" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/095.gif" width="16" height="16">孔雀舞</a> </p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><a href="http://ameblo.jp/soukaya/entry-11586794956.html" target="_blank"><img alt="桜" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/095.gif" width="16" height="16">いとし傷</a></p><p style="MARGIN-TOP: 0px"><img alt="桜" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/095.gif" width="16" height="16">花描きし鮮血</p></font><font color="#000000">　昔、そうまだ日本に不思議な世界が存在していた頃、その時には、花に魅せられた方がたくさんいらしたそうよ。 </font>
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<pubDate>Sun, 18 Aug 2013 23:48:33 +0900</pubDate>
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<title>いとし傷</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000">「ねぇ、おばあちゃん。この着物、ここの所が汚れてるわ。せっかくの婚礼衣装なのに・・・。」<br>「ああ、だけど、着てしまえば見えないだろう。」<br>　私は孫ににっこりと答えてやった。<br>「でも、折角の衣装ですもの、完璧なものでお嫁に行きたいわ。」<br>　孫は、ほんのり赤い頬を桃色にそめて、ため息と共につぶやいた。婚礼を前に少し気が立っているらしい。<br>「でもね、完全なものには、魔がつきやすいんだよ。」<br>「魔？」<br>「そうさ、だから、見えないところに１箇所欠点を付けるのだ。まぁ、魔除けだね。」<br>「魔除け？」<br>　孫が私の顔をのぞき込んだ。<br>「そう、じゃあ、結婚のお祝いにひとつ話をしてやろう。」<br>　私は左の眉を孫の視線から隠すように手で覆った。<br><br><br><br>山におられる貴き方は<br>ひとりでさみしと息つきなさる<br>月のごとくに美し姫に<br>我が伴侶にと囁かれ<br>姫はそのまま山の中<br><br><br><br>　子供たちの笑い声が、風に流れて聞こえてくる。今日もよい天気だ。月詠は額の汗を拭うと中断していた水撒きを再開した。<br>「お姉ちゃん、お客さ～ん。」<br>　振り返ると、この寺に遊びに来ていた子供の一人が一人の男性を連れてきた。<br>「じゃあね。私、みんなの所へ戻るね。」<br>　一目散に掛け戻っていく子供をその男は、ゆったりと見ている。<br>「あの、何かご用でしょうか？」<br>　月詠が尋ねる。その時、やっと月詠の存在に気が付いたかのように顔を向けた。<br>「あ、申し訳ありません。禅比丘尼を尋ねてきたのですが、おられますか？」<br>「比丘尼様は、今日は朝からお出かけです。失礼ですが、どちら様でしょう？」<br>　男は月詠に笑いかける。この寺も禅比丘尼も村では知らない者はいないが、それが近隣まで及ぶとかといえば、そうではない。だから、このような場所にわざわざ禅比丘尼を尋ねてくるものは、皆無に等しい。<br>「失礼しました。私、禅比丘尼の孫で、清正と申します。」<br>　言われてみれば、比丘尼に似ている。男の言葉に月詠もにっこりと笑い返した。<br>「私は、この寺に住んでいる者です。禅比丘尼様には、いつもよくしていただいております。比丘尼様は、所要で村の方までお出かけになられており、夕刻までお帰りにならないと思いますが、どうなさいますか？お待ちいただいても結構ですが・・・。」<br>　月詠の言葉に清正は少し考えてから、<br>「では、待たせていただきます。」<br>と答えた。<br>　清正は、江戸の問屋へと嫁いでいった比丘尼の娘の子供である。比丘尼の夫は、娘の結婚直後に亡くなり、その死後、彼女はその財産を費やし、廃寺となっていたこの寺を再建させた。その莫大な財産を継ぐ息子がいなかったせいだと噂されたが、比丘尼は微笑むばかりで答えてはくれなかった。<br>「美しいですね。」<br>「はい？」<br>　そうつぶやいた清正に、月詠は振り返った。<br>「あぁ、この花ですね。いつの間にか自生してしまったんです。美しいので、そのままにしておりますが。」<br>「いや、そうではないのですが・・・。まぁ、いいです。」<br>「？」<br>　月詠の言葉に清正は言葉を濁した。清正は、月詠が美しいと思ったのだ。確かに、月詠は美しかった。白く透ける肌。切れ長の目。それに流れるような黒髪。着飾れば、どこぞの姫君とも見紛うほどの美しさだ。<br>「その花の名をご存知ですか？」<br>「いいえ。」<br>「金盞花と言うのですよ、月詠殿。」<br>「え、何で名前を？」<br>　清正は、意味ありげに笑う。<br>「金のさかずきの花で、金盞花。ほら、あなたが撒いた水が、まるで清い神酒のようだ。」<br>　清正が指差す。太陽の日を受けた金盞花が金色に輝く。<br>「本当に美しいです。」<br>　月詠はうっとりと見つめた。<br>「月夜の金盞花も昼とはまた違う姿で美しいですよ。月と金盞花と月詠、一枚の絵にもなりましょうね。」<br>　清正がにっこりと笑った。月詠は、きょとんと清正を見た。<br>「清正様、なぜに私の名をご存知ですか？私、清正殿には、お初にお目にかかると思うのですが・・・。」<br>　月詠の言葉に、清正は、頭を掻いた。<br>「いやぁ、おばあ様が私に合いに来る時には、あなたの名がよく出てくるのです。それに、実は私達は１度お会いしているんですよ。」<br>「え？申し訳ございません。いつでしょう。」<br>「いえ、謝っていただく必要はありませんよ。あなたは、まだ赤子でしたから、覚えていないのが道理です。」<br>　清正が笑う。<br>「赤子・・・、ですか？」<br>「はい、ちょうど母が里帰りをしていたときのことです。私は、生まれて間もないあなたと出会った。実は、“月詠”の名は、私が付けたのですよ。月に照らされた金盞花のように、瞳を閉じたあなたは、とても愛らしかった。」<br>　男は照れくさそうに笑う。<br>「まぁ、そうでしたか。素敵な名を付けていただき、ありがとうございます。私、この名をとても気に入っておりますの。」<br>　月詠が笑う。その笑顔が何故か悲しそうで、清正は思わず目を伏せた。<br>　その夜、寺ではささやかながら賑やかな宴が催された。寺に在住する尼たちと共に月詠もその宴に顔を出す。<br>「月詠、禅比丘尼様のあのように楽しそうなお顔は久しぶりではありませんか。」<br>　高齢の尼たちの中でも一番年若い尼の一人が月詠に耳打ちした。<br>「ええ、本当に。」<br>「清正殿には、ごゆるりと滞在していただきたいものですわ。そうすれば、禅比丘尼様のかみなりも半分に減るというもの。」<br>　違う尼が月詠たちの会話にそっとはいってきた。月詠は、くすくすと笑いながら、禅比丘尼を見た。自然と会話が弾んでいく。<br>　月詠も尼たちも、厳しくはあるが、暖かく包んでくれる禅比丘尼を愛していた。しかし、この所その比丘尼に陰りが見えていた。ため息の数が増え、顔色が悪い。人がおらぬ時には、涙を浮かべている時さえあった。<br>　その憂いの理由をみな知っていたが、それをわざわざ口に出す者はいなかった。いや、出来なかったという方が正しいかもしれない。<br>「やはり、禅比丘尼様はお笑いになっているのが、一番ですわ。清正殿のおかげで比丘尼様の憂いも今宵限りで晴れましょう。」<br>　月詠の言葉に尼たちは、目を伏せてうなずいた。夜は、こうして更ふけていった。<br><br><br><br>「月詠？」<br>　清正は、ふと目を覚まし、庭を見た。月に照らされた月詠と金盞花が、夢のようにゆらゆらと揺れている。<br>「清正様。」<br>　月詠は、清正に気が付くと、ゆっくりと頭を下げた。<br>「月に見惚れていたのですか？そうしていると、月を恋しがるかぐや姫のようですよ。そのまま月に帰ってしまいそうな、そんな気がします。」<br>「まぁ、お口がお上手なんですね。」<br>　月詠はそう漏らすと清正に背を向ける。<br>「金盞花を・・・、見ていたのです。清正様の申される通り、夜の金盞花も美しいのですね。花弁を閉じた花が、美しいと感じたのは初めてです。あまりに美しいので、魔に魅入られてしましそうです。」<br>　力なく月詠が笑う。清正はその姿に魅入ってしまう。先ほど言った言葉は、決してお世辞ではなかった。清正の目には、月も金盞花も月詠の美しさを引き立たせる為の道具でしかなかった。<br>「美しいのは、あなたですよ、月詠。あなたの方こそ、魔に魅入られ、連れ去られるかもと、私は心配です。」<br>　月詠は、びくりと清正の方を向いた。<br>「月詠？どうしたのですか？」<br>「清正様、私には、その美しさがうとましい。幼少より美しいと言われ、村の人たちから避けられてきました。私を私として接してくださったのは、この寺の方々のみ・・・。」<br>「月詠？」<br>　清正は、意味が分からず月詠に呼びかけた。避けられた？美しいが為に？<br>「なにも聞かないで下さいませ。」<br>　月詠がそっと笑った。今にも泣きそうなその笑いに清正は、その口を閉じた。<br>「清正様、あなたにお会いできてよかった。私の名を付けてくださったあなたに。私が持っていたものは、あなたが下さった名と村に必要とされているという誇りだけでした。その二つがあったからこそ、私は今まで生きてこられた。本当にありがとうございました。」<br>　月詠が笑った。今度は、その顔にいっぺんの悲しみもなかった。<br>　清正は、そのまま床に入ったが、眠る事が出来なかった。嫌な予感がする。月詠は晴れやかに笑っていた。なのに、この嫌な感じは何だろう。<br>「月詠・・・。」<br>　清正は、外の月に目を移した。その月は、泣いているようにも見えた。<br><br><br><br>　どたどたという騒がしさに清正は目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。清正は、衣を整えると部屋を出た。昨夜の月の代わりに太陽が誇らしげに輝いていた。太陽の位置から考えて、もう昼に近い事が分かった。<br>　起きた時と違って、寺はしんみりと静まり返っている。尼たちはみな、出払ったようである。その静けさに混じって禅比丘尼の祈るような読経が聞こえる。清正はその声の方へと足を進めた。<br>　比丘尼は本堂で悲鳴のような読経を捧げていた。<br>「おばあさま？」<br>　清正の声に比丘尼は顔を向ける。倒れてしまいそうな顔色の悪さに、清正は思わず走りよる。<br>「何かあったのですか？」<br>　清正の言葉に反応はない。<br>「誰か呼んできましょう。おばあさまは、月詠がお気に入りでしたね。そうだ、月詠を呼んできましょう。少し待っていてください。」<br>　清正が腰を上げようとした瞬間、比丘尼は切り裂くような悲鳴を上げた。<br>「おばあさま・・・？」<br>「月詠・・・、月詠・・・。」<br>　涙を流しながら、うわ言のように月詠の名を呼ぶ。<br>「清正、みな月詠を捜しに出てここには、誰もいないよ。私も、月詠を迎えに行きたい。」<br>「迎え？」<br>　禅比丘尼が頷く。<br>「それは、昨日月詠が言っていた事に関係があるんですか？」<br>　比丘尼の目が清正を貫く。<br>「昨日、月詠は言ったんです。自分の名とこの村に必要とされている事が自分の誇りだと。」<br>「ああ。」<br>　比丘尼の口から感嘆の声がもれる。<br>「あの子は・・・。あの子は・・・。清正、月詠を迎えに行ってくれ。あの子が背負う事ではない。すべては私達一族の問題なのだから。」<br>　比丘尼は、よろよろと立ちあがった。それを支え、清正も後に続いた。庭から歌が聞こえる。その歌を聴いて、比丘尼はまた低い悲鳴を上げた。<br><br><br><br>山におられる貴き方が<br>一人でさみしと息つきなさる<br>月のごとに美し姫に<br>我が伴侶にと囁かれ<br>姫はそのまま山の中<br><br><br><br>「月詠はね。この村の贄となるべくして育てられた子なんだよ。」<br>「贄？」<br>「そうさ。この村を抱え込んでる山の神さんに２５年に１度引き渡される贄の娘、それが月詠さ。」<br>　比丘尼が吐き捨てるように口ずさむ。少し落ちついた比丘尼は、清正に事情を話し始めた。尼たちは、突如消えた月詠を捜しに出ているらしい。<br>「誰でも良かったのさ。あの娘は運が悪かった。父親はあの娘が生まれる前に谷へ落ち、行方知れず。母親は、産後の肥立ちが悪くて、逝っちまったよ。孤児となったあの子に村人たちは目をつけた。あの娘に肉親はいない。悲しむものは誰一人いないんだ。そうみな正当化したのさ。自分たちの行為をね。」<br>「そんな・・・。」<br>「しかたがないよ。誰も自分が一番かわいいのさ。自分の子供は犠牲にできない。そして、あの娘の不幸がさらに不幸を呼んだ。ある時、村のひとりが言ったんだよ。『あの娘の両親が死んだのは、あの娘が魔に魅入られているからだ。だからごらん。あの子はあんなにも美しい。』」<br>　清正の心には、昨夜の月詠の言葉が甦る。『美しさがいとわしい。』美しさとは、月詠にとっては不幸の象徴だったのだ。清正は顔を歪めた。どこの世界に美しさを悲観するものがあるだろうか。何もかもをなくし、唯一の利点でさえ、彼女には悲しみでしかなかったのだ。<br>「おばあさま、月詠はどこへ？」<br>「あの山の中さ。あそこに大きな滝がある場所がある。そこが贄の安置場だよ。そこにいるはず。」<br>　比丘尼は、無言のまま山を指差した。<br><br><br><br>山におられる貴き方が<br>一人でさみしと息つきなさる<br>月のごとに美し姫に<br>我が伴侶にと囁かれ<br>姫はそのまま山の中<br><br><br><br>　月詠は、月の光を帯びた滝を静かに眺めていた。ここ数日間、あの子供たちの唄が耳から離れなかった。禅比丘尼は「お前が犠牲になることはない、もう終わったのだ。」と言っていたが、月詠にはそう思えなかった。<br>　そんな矢先、投げ文がなされたのだ。何のための贄だ。何の為にお前を食わせてきたのか。そんなことが書きこまれてあった。月詠は涙を流しながら、その文を滝に投げ入れた。文は次第に滝壷の中へと消えていく。<br>　あのように私も消えていくのだろうか。そう思うと月詠は涙が止まらなかった。死ぬために生まれてきたのならば、私は贄になるしか方法はない。どちらにしろ、このまま生きていても私の居場所はないのだ。それが、悲劇だ。<br>　月詠は、涙をこぼすまいと、月を見上げた。静けさが身にしみた。こぼすまいと思うほど、涙が頬を伝う。その静けさに異音が入りこんだ。がさがさという音に死を覚悟した月詠でも、恐怖がつり、ぎゅっと目を閉じた。<br>「月詠！！」<br>　飛び出してきたのは、魔物でも獣でもなかった。青い顔をした清正に抱きしめられた月詠は、何が起こったのかわからずにただされるままになっていた。きつく抱きしめられた月詠には、清正の姿は見えない。<br>「清正様・・・？」<br>　震えるような声。<br>「月詠・・・、お前が贄になる必要はないよ。ここに魔の者いないのだから。」<br>「でも・・・。」<br>「月詠。もういいんだよ。」<br>「でも、私が死ぬ事で、禅比丘尼様の憂いが消えるのならば、私はそれだけでこの命を捧げる価値が見出せます。いくら魔の者がいないと口で申しても、村の方々は首を縦には振りはしないでしょう。」<br>　月詠は、乾いた涙をぬぐい笑った。<br>「なら、月詠は死んだ事にして、私が連れていこう。私のところへ来ればよい。」<br>　清正が月詠を放し、その目を見た。<br>「いえ、そういうわけにはいきません。魔の者がいないという証拠はありません。もし、私が逃げた事で、村に災いがあれば、と思うと・・・。それに、私が死ぬ事で、村の人々が安心するのであれば、それでよいと思います。」<br>　月詠が笑う。<br>「違う。違うんだよ。月詠。本当に魔物はいないんだ。」<br>　清正の声が月の光りに響き反響した。<br><br><br><br>「よくお聞き、贄とは、村のためではない。我が一族の繁栄の為の道具だ。」<br>　本堂で、比丘尼は意を決したように、つぶやいた。<br>「もう５０年前になるかな。私の親友が贄に選ばれた。私は恐かった。彼女に会うのが、最後の日、彼女は私に笑いかけたよ。『さようなら。もっと一緒にいたかった。』とね。私は悔いた。なぜ私は彼女を避けたのかとね。そして、私はその夜、家を抜け出し、彼女のところまで走った。そこで見たんだ。」<br>　比丘尼の喉がコクリとなった。<br>「私の夫をはじめ、我が一族の男たちに犯される彼女を・・・。私は、それから目が離せなかった。彼女は朝まで陵辱されて、そのまま冷たくなっていた。捨て置かれた彼女の遺体は、野犬が食っていたよ。」<br>　清正の口から悲鳴が漏れた。<br>「もちろん、私は帰って夫に問い詰めたさ。そして、儀式の話を知った。あれは、我が一族が繁栄する為の儀式なのだとね。一族の男みんなで、ひとり女をいたぶり捨てる。男たちの種を宿した女は、その後、山とひとつになり、一族を守る為の布石となる。それが、１代目からやってきた呪術。そうやって、一族は、長い間栄華を極めていった。」<br>「むごい事を・・・。」<br>「そうさね。でも、私にはどうする事もできなかった。もう私には娘がいたしね。私ひとりの体ではなかったんだ。私は、あの友の骨だけになった遺体を運び出し、あの寺に移した。そして、娘が育つのをまった。表では、従順な嫁を演じ、裏では・・・。」<br>　比丘尼の瞳が妖しく光った。<br>「娘が嫁に行くと同じに私は、夫に毒を盛った。そして、その遺産で寺を再建させたんだ。すべては、犠牲になった娘たちの為に・・・。」<br>　比丘尼が震えているのが分かった。清正は、そっと近寄ると、その頬に手を添えた。比丘尼の頬は、涙に濡れていた。<br>「私は、恐ろしい女さ。鬼になった恐ろしい女なんだよ。」<br>　比丘尼の悲鳴が響く。若い娘のような鳴き声が、読経のように本堂へ響く。清正は、その体をそっと抱きしめた。<br>「娘たちの為に、そのお優しいお心を鬼に変えられた・・・。そんなおばあさまを責める者がいましょうか。」<br>「清正・・・？」<br>　清正が頷いた。<br>「月詠は、私が連れて去ります。おばあ様、その事であなたの罪は救われましょう。」<br>　その言葉に安心したかのように、比丘尼は、清正の腕の中で気を失った。<br><br><br><br>「でも、私には、魔が宿っています。自分を見て、そう思うのです。吐き気がするほど美しくシミひとつ、ほくろひとつない体。私は、この恐怖の中で生きていく事はできません。」<br>「月詠。魔などいないのだ。」<br>「それでも、私は恐いんです。両親は死にました。それが、私のせいではないと、誰が言えましょう。私のせいで、これから先、不幸になる人間がいないと、誰が言えましょう。」<br>　月詠が叫んだ。<br>「月詠。」<br>　月詠には、もう清正の声は届かなかった。幼い時から積もり積もった恐れが、月詠を支配する。<br>「私は、魔に魅入られた女なのです。死ぬしかないんです。死ぬしか・・・。あ、あはははははははは。そう、私は今日この日に死ぬために生まれてきたのよ。」<br>　月詠み狂った笑い声が、滝壷に吸いこまれていく。<br>「月詠、そこまで言うのなら、私がお前の苦しみを放とう。」<br>　清正は、短剣を取り出した。<br>「清正様？そう、殺して。私を楽にさせて、私に命を吹き込んでくださったあなたに殺されるなら、私に悔いはありません。」<br>　悲しく笑い、うれしそうに叫ぶ月詠に冷たい剣が近づく。<br><br><br><br>「それで、それでおばあちゃん、月詠さんはどうなったの？」<br>「そのあと？その後は、清正様と幸せになられたそうですよ。村の贄の儀式も比丘尼様のお力でなくなったそうだし。」<br>　孫が不思議そうに私を見つめる。<br>「でも、月詠さんは、清正様に刺されたんでしょう。幸せにって、天国でって事？心中しちゃったの？」<br>「違いますよ。月詠はその体に傷をつけられたんですよ。だから、それで彼女の美は完全ではなくなった。救われたんですよ、清正様にね。」<br>　その言葉に、孫が安心したように笑った。<br>「そう、よかったわ。いいわ、月詠さんに免じて、あの汚れは見なかったことにするわ。あれ？そういえば、清正って、おじいちゃんと同じ名前ね。案外、おじいちゃんとおばあちゃんのお話だったりして。」<br>　孫の意味ありげな目つきに今度は私が笑う。<br>「・・・でも、おばあちゃんの名前は、月詠じゃあないから、違うわね。さて、明日は早いから、もう休まないと。」<br>「あぁ、そうだね。ゆっくりお休み。」<br>　私の声に、孫は笑顔で答えて掛けていきました。愛し愛され、幸せそうな孫を見ていると、こっちも幸せになります。<br>「ずいぶん懐かしい話をしているんだな。」<br>「あら、あなた。聞いておりましたの？」<br>「月詠。」<br>　主人が私の額の髪をそっとはらった。<br>「懐かしいですわね。その名前を捨てて、どのくらい経ったのでしょうね。もうその名を呼んでくださる方も、あなただけになってしまったわ。」<br>　髪の下から一生消える事のない古傷があらわれる。主人がそれに愛しそうに触れた。<br>「おまえも月詠の名も、それからその傷も、すべて私のものだ。」<br>「あら、違いますわ。」<br>　主人が私をじっと見ていた。<br>「この傷は、あなたが初めて私にくださった物。私を呪縛から解き放ってくれた物ですわ。だから、私のものです。」<br>　主人が笑った。私も笑った。寺から移し変えた金盞花が、今年も変わらぬ美しさで月の光を浴び、瞳を閉じて眠っていた。<br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><br><br><font color="#000000">終</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">※この作品の著作権は、流海にあります。無断添付・掲載はお断りいたします。 </font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">2005/2/9</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/soukaya/entry-11586794956.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Aug 2013 23:46:47 +0900</pubDate>
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<title>孔雀舞</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#000000">「もっと舞え！！」<br>　その言葉に私はそっと頷いた。その時にかすかな笑みをたたえる事も忘れてはいけない。<br>「良いぞ。なんと美しい神楽舞じゃ。神に捧げるのにはおしいわ。」<br>　男共の口から、次々と賛辞が漏れた。私はその声を支えになおも可憐に舞ってみせた。今日はへまをするわけにはいかない。私は今日、この場でこの城の主に見初められなければいけないのだから。<br>「本当に美しいの。かな江は三国一の舞姫だ。」<br>　主、吉継の賛辞が聞こえた。その言葉だけで私の疲れは消え去った。私は無言で艶のついた笑みを主に返す。髪にさしていた孔雀草がはらりと落ちた。<br><br><br><br>「吉成様、お呼びだと伺いましたが。」<br>　その声に私はふと顔を上げた。かな江が三つ指をついて頭を下げている。<br>「どうかなさりましたか？」<br>　はじけんばかりの笑顔が私の心を和ませる。<br>「かな江、お前神楽を踊りにいかなくて良いのか？私は暇が出来たら、と言ったのだが。」<br>「吉成様、私は半人前ゆえ、まだ正式には舞わせていただけないのです。」<br>「半人前？私は美しいと思うが・・・。まぁいい。お前が半人前のおかげで、私はお前の舞いがいつでも見られる。ここで私に一舞踊ってはくれないか？」<br>　私の言葉で、かな江の顔に赤みが刺した。<br>「はい、もちろん喜んで。」<br>　かな江はその顔に笑みをたたえて舞い始めた。<br>　今日の私は朝から苛ついていた。かな江の舞いを見ているとそれが嘘のように消えていく。彼女はいつも私の心を浄化してくれるのだ。それが私にはうれしかった。<br>　私のこの愁いの原因は、今、この社の中にある。この中であの者達は、家の繁栄を願い満面の笑みをたたえ、神楽を見ているのであろう。それが憎くて仕方がなかった。<br>　彼らの中心とも言える人物、それが私の双子の弟、吉継である。同じ双子という立場でありながら、私とは違う道を生きる弟、なぜにこうも状況が違うのか。それが私には納得がゆかない。たかが母の腹から生まれ出た順で、私はこの神社に幽閉。美しく咲き乱れる孔雀草に囲まれたこの異界とも言うべき社に連れてこられたおかげで、私は自由を失ったのだ。私は、孔雀草の美しい結界を抜ける事は出来ない。一方、弟は一国一城の主となり、この世の栄華を極めている。それもこれもあの忌々しい掟のせいである。<br>　双子は、私の家では不吉の表れであった。なんでも私達の先祖に双子がおり、その双子の兄が狂って弟を打ったと言うのである。馬鹿な話だと思うが、我が家でそれは堅く信じつづけられ、城に生きる者たちの間で、まことしやかに語り継がれてきたのだ。三つになった時、私は突然城から出され、この神社へとやってきた。それは私にとってはある種解放でもあった。少なくとも私はあの理不尽なさげすみの視線を逃れる事が出来たのだから・・・。あの時、一面に咲いた孔雀草にまねかれ、私は幼いながらに嬉し涙を流した。<br>　しかし、悲しい。なぜ私がこのような立場に追い込まれねばならなかった。母の腹から早く出てきたと言うだけで・・・。城にも跡目にも未練はない。ただ私は愛に飢えている、いつの時も・・・。誰ぞ、私を無条件に愛してくれる人はいないものか・・・。<br>　顔を上げるとそこにはかな江の笑顔があった。いついかなる時でも崩れる事のないその笑顔に私の心は平穏を見出す。自然と私の顔にも笑みがこぼれるのが分かった。<br><br>　私が我に帰った時、そこにかな江の姿はなく、赤い光りが部屋に射し込んでいた。<br>　眠っていたのか・・・？私は体を起こした。かな江の舞いも夢であったのであろうか？うつろな情景に私は思いを馳せる。・・・いや、そうではなさそうである。私の肩には、かな江の桃色の衣が掛けてあった。私はそれを手に取ると、ゆっくりと抱きしめた。彼女のほのかな甘い香りがしたような気がする。<br>　妖しいほど赤やけに焼けたそらが、障子の向こう側に広がっている。逢魔ヶ刻とはよく言ったものである。魅惑的なその光景は、何だか胸騒ぎさえ呼び起こすようである。<br>　ふと夕日の光がさえぎられるのを感じ、私は顔を上げた。<br>「吉成。またかな江の舞いを見ていたの？」<br>　そこにいたのは、かな江の姉代わりであるよし江であった。よし江は、この社一の神楽舞いの名手である。今日の法要も彼女が舞っているはず。艶めいた彼女は、赤い光りに照らされて、美しかった。<br>「吉成ぃ。私も舞ってやろうか？」<br>　よし江がおぼつかない足取りでこちらへと向かってきた。つんと酒の匂いが鼻につく。<br>「お前、酔っているのか？」<br>「はれ？分かる？ふふふ、私今よい気持ちなの。」<br>　けらけらと笑う姉君に私はため息をついた。<br>「部屋まで送っていくから、今日はもう休め。」<br>「吉成、優しい・・・。」<br>　ぽつりとよし江がつぶやいた。顔を下げたよし江の顔は泣いているようにも見えた。もともと酒には強いよし江がこれほど酔うのはめずらしい。何かあったのだろうか？<br>　よし江の部屋に入っていくと、もう床の用意がしてあった。私は彼女をそこにごろんと横たえた。<br>「吉成ぃ。泊まっていくぅ？」<br>「馬鹿か・・・。」<br>「ふふ、吉成はかな江の事が大事だものね。私、知ってるんだぁ。」<br>　よし江がまたけらけらと笑う。私はふっとため息をつくと、その場を離れ様と障子に手をかけた。<br>「ねぇ、初めて口付けを交わした日の事を覚えている。」<br>「ああ、覚えているよ。」<br>　よし江の問いに、私は背を向けたまま答える。<br>「孔雀草の花畑に隠れて、こっそりと。ふふ、懐かしい・・・、あの頃に戻りたいなぁ・・・。」<br>「よし江・・・？」<br>　よし江の様子は明らかにおかしかった。最後の方は涙で聞き取れない。私は思わず振り返った。そこには私のほうを直視した姉君の姿があった。<br>「吉成ぃ。私、世継君への輿入れが決まったんだ。」<br>「そうか。」<br>　私が返事をした時、彼女はやすらかな寝息を立てていた。<br><br>　よし江は、私がここにきて初めて出会った女性である。彼女は、私がここへ来た時、孔雀草の丘で私の部屋に飾る為の花をつんでいた。花にうずもれた彼女は、花に負けぬほど美しかった。私達は成長と友に惹かれあった。初めての口付けも、初めての逢瀬も・・・、彼女と行った。<br>　彼女の言葉がこだまする。「あの頃に戻りたい・・・。」しかし、今更私はもどれない。確かに私は、よし江に惹かれ、彼女以外考えられない時もあったのも事実だ。しかし、それももう過去の出来事である。ある日、私はある事実を突き止めてしまったのだ。そしてその事が、私の心を急速に冷めさせていった。<br>　よし江が私の目の前から姿を消す事は、少し悲しくもあったが、決して切なくはなかった・・・。私はもう彼女との関係に終止符を打っていたのだし、吉継に嫁ぐことにより、よし江には、何不自由のない未来が約束されている。今更、よし江の心を悩ます事はない。<br>　それに私の想い人は他にあった。しかし、決して結ばれてはいけない想い人である。<br>「吉成様、夕餉の膳をお持ちいたしました。」<br>　かな江の声に私ははっと顔を上げた。<br>「ありがとう。そこに置いておいてくれ。今日は神事に人が借り出されていたのだろう。お前も疲れただろうから、もう下がってよいぞ。」<br>　そう言ったが、かな江は一向に座を離れようとはしなかった。<br>「どうかしたのか？」<br>　覗きこむと、彼女は泣いていた。瞳いっぱいにためた涙がはらりはらりと水に浮かぶ花びらのように舞い落ちた。<br>「吉成様、姉さんと一緒にどこかに行かれるのですか？」<br>「？何の話だ。」<br>「姉さんが世継ぎの君に嫁がれると先ほど聞きました。」<br>　その涙は淡い火の光りに照らされ、花のように落ちていく。<br>「私、知っているのです。吉成様と姉さんが恋仲だって・・・。」<br>　かな江ははっとしたようにうつむいた。顔が赤く染まっているのが見て取れた。そのままの姿勢で、かな江はぽつりとひとりごとのようにつぶやく。<br>「でも・・・、私も吉成様を想うております・・・。」<br>　かな江の思いもよらない告白に、私は一瞬戸惑ってしまった。そして、その後出てきたのは、笑いであった。その瞬間、私の理性が切れる音がした。<br>「吉成様・・・？」<br>　かな江が不思議そうに顔を上げた。<br>「ではかな江、お前が私と逃げるか？」<br>「え？」<br>　驚いたように顔を上げたかな江の顔が、私の脳裏に焼きつく。理性の切れ目が徐々に裂けていくのが分かった。その先で、禁忌に対する警告がなされているような気がした。誰にも言えない禁忌。それが、私に言うなとやめろと警告する。かな江はだめだと・・・。<br>「よし江とはもう切れている。」<br>　かな江が私を見ている。涙にうるんだその瞳は、吸い込まれるほど清い。あの日、よし江に別れを切り出した日、私はよし江と初めて出会った孔雀草の丘で、かな江と出会った。あの時、不思議そうに見ていた瞳と同じ瞳である。<br>「お前と孔雀草の花畑で初めて出会った時から、私の心をお前はつかんで放さなかった。」<br>　かな江が表情のない顔で、私を見つめている。<br>「私はもうここにも飽きた。ここを出て、孔雀草に見送られながら、人知れず暮らしたい。一緒に行かないか？」<br>　私の中の警告が大きな音となって、全身を駆け巡ったが、かな江が私の手を取った瞬間、それも彼方へと消し飛んでしまった。私には、もうかな江の笑顔しかなかった。<br>　かな江だけいれば、私が知る禁忌も恐くはなかった。私が言わなければ、かな江も気づくはずはない。私は内心ほくそえんでいた。<br><br>　私達は、よし江の輿入れの日にここを出る算段をした。その前日からかな江は、次の神楽舞いの名手となるべく孔雀草の丘にある小さな祠で儀式を行う予定であった。よし江がこの神社を出た後は、警護が手薄になる。その隙をついて出ていくのだ。それはこれから広がる輝かしい未来への道であった。<br>　その日、かな江はその身に白と赤の神具をまとい、祠へと向かった。優しげな笑顔で私を見つめていたのがとても印象的であった。祠には、かな江以外の誰もはいる事は出来ない。かな江はその中で逃げる準備をし、私を待っているのだ。それが、私がかな江を見ることが出来る最後の機会だとも知らず、私はにこやかに彼女を見送った。彼女は、孔雀草の中に少しづつ消えていった。<br>　私は、かな江が出ていってから、そわそわと落ちつかなかった。誰が見ても私の態度はおかしかったと思う。しかし、その日はみな忙しく働いていて、私のその態度にまで気を配るものはいなかった。<br><br>・・・ただ一人を除いて。<br><br>「吉成・・・。」<br>　薄ら明かりの中で、私はぼうっと声の主を探した。興奮が抜けきらず、やっと眠りにつけた頃であったせいか、目の前に霞がかかったように視界がはっきりしない。<br>「吉成・・・。」<br>　また私を誰かが呼んだ。<br>「よし・・・江？」<br>「うん。」<br>　悲しそうな声が返事をすると、私の方までするりとよってくる。<br>「吉成・・・、かな江と逃げるの？」<br>　私はただ黙って頷いた。よし江には告げずに出て行くつもりであった。そう私達さえ黙っていれば、吉継の元へ行ったよし江が分かるはずもない。<br>「そう・・・。」<br>　ようやく私の目も暗闇に慣れてきた。そこには美しく憂いを立てた女が、目を伏せて座っている。<br>「どうして？」<br>「どうしてって？分かるわよ。私は吉成が好きなんですもの・・・。吉成の態度もかな江の態度も・・・、昨日から妙にそわそわしていた。ふたりとも目を合わそうとはしなかった。気が付かなかったの？」<br>「・・・。」<br>「私に黙って出ていくつもりだったんでしょう。馬鹿ね。ねぇ知ってる？・・・吉成、かな江は私の本当の妹なの・・・。」<br>　美しいよし江の顔が醜く歪んだ。<br>「知ってる。」<br>「え？」<br>　よし江の目が大きく見開かれた。<br>「知ってて？」<br>「そう、知っていても、かな江が欲しかった・・・。」<br>　私の告白によし江は小さく頷いた。<br>「じゃあ、仕方がないわね。かな江にあなたをあげるわ。」<br>　よし江が笑う。それはきれいな笑みであった。<br>「よし江？」<br>「私とは無理だった・・・、でもかな江となら乗り越えられるのでしょう？」<br>　よし江はなおも笑っている。<br>「すまない・・・。」<br>「吉成、謝る事ないわ。あなたが悪いんじゃない。もちろん、かな江も私も悪くない。仕方のないことなのよ。」<br>　よし江はすっと立つと私のもとを離れていく。<br>「吉成、ひとつ聞いてもいい？」<br>「ああ。」<br>「私のことも好きだった？」<br>「もちろん、愛していたよ。」<br>　よし江がこくりと喉を鳴らしたのが分かった。<br>「じゃぁ、最後の思い出に私を抱いて。」<br>　よし江が私に飛びかかってきた。彼女は私を掻き抱いた。私はなすすべもなく、彼女を抱きとめる。<br>「吉成・・・。」<br>　よし江は泣いていた。切ないほどの泣き声が、切れ切れにもれる。<br>「吉成、私にもう１度だけ、あなたとの思い出をちょうだい。」<br>「よし江・・・。」<br>　もともと嫌いで別れたのではなかった。別れなければならない理由があったのだ。あれさえなければ、私は当の昔によし江と逃げいていたはずだ。<br>　よし江の荒い息遣いが耳をくすぐる。私達は、服も脱がないまま交わった。それは本当に短い逢瀬であった。<br>「ありがとう。」<br>　すべてが終わった後、よし江は何事もなかったかのように着物を整えると私を見てそう言った。<br>「・・・吉成、かな江を不幸にしたら承知しないから。」<br>　よし江の言葉に私は、ただ頷くしかなかった。<br><br><br><br>「かな江・・・。もっとこっちへ来ないか・・・。」<br>　吉継がそう笑う。<br>「美しい舞いであったぞ。さすがはよし江の後継者だな。よし江も美しかったが、お前も美しい。お前も私のものとなれ。」<br>　私はにっこりと笑った。計画通りであった。吉継は今日の閨の相手を私に選んだのだ。<br>「うれしいか？かな江。お前もここにいれば何不自由のない暮らしが手にはいるのだぞ。ただ私のご機嫌を取っていればよい。そうすれば、お前の好きなよし江ともいつでも会える。何なら、二人のための別宅を作ってやってもかまわぬ。」<br>「ふふふ・・・。」<br>　その笑いに吉継は私の同意を得たのだと勘違いをしたのであろう。私の手をさっと引くとその唇を私の首筋にあてがった。その時、閉じられた障子が開け放たれた。<br>「なんだ、よし江！！お前は呼んでおらぬぞ！！」<br>　吉継の罵倒が響く。そこには青い顔のよし江が立っていた。よし江は私を凝視している。よし継ぐがさっと私から離れるとよし江のほうへとにじり寄った。私がこの好機を逃がすはずはなかった。<br>「っ・・・。かな・・・江。」<br>　低い吉継の声が刀を通して伝わってきた。<br>「吉成！！」<br>　よし江が私に飛びつく。よし江の体は震えていた。気丈にも彼女は懸命に悲鳴を押し殺していた。<br>「吉成・・・だと・・・？」<br>　吉継が私とよし江とを交互に見た。<br>「お前は、この手で殺したはず・・・なぜ。」<br>　吉継の言葉に私はなにも言わなかった。ただ泣き崩れるよし江を抱きかかえるので精一杯であった。結局吉継は私の答えも聞かぬままに果てた。<br>「吉成、衣を取り替えて！！」<br>　我に返ったよし江が私にそう言うと、そそくさと吉継の着物を脱がせにかかった。血が染み込んだ着物を脱がせ終わると、私の着替えを手伝った。鬘を外し、その下にある髪を丁寧に結っていく。私はないも考える事が出来なかった。ただ呆然と地に濡れた自分の手を見ていた。<br>　私の用意が終わると、今度は吉継の番であった。意識のない人間は、中々難しいのであろう、よし江は下着姿にした吉継に私が着ていた衣をかけると、その上から深々と刀を突き刺した。<br>「吉成、いい、今からあなたは吉継様よ。いいわね。」<br>　よし江は母親のように私を言いくめると意を決したように叫び声をあげた。<br>「きゃーーー、誰か！誰かいらっしゃいますか？賊です、賊が吉継様のお命を！！」<br>　その叫びに、周辺の人々がどやどやとやってくる。<br>「こ・・・、これは・・・。」<br>「吉継様、ご無事ですか？」<br>「よし江殿？一体、どう言う事ですか？かな江殿は一体？」<br>　よし江はあたかも我に返ったように駆けつけた警護の者たちを見る。その声が上ずっている。それは、演技ではないかもしれない。<br>「あれはかな江ではありませんでした。私、遠巻きにかな江の舞を見て、違う気がしたのでございます。それで、殿の御身が心配になり、ここへ・・・、そしたら、吉継様が賊を切られているところで・・・。恐ろしかった・・・。」<br>　はふっとよし江は息をはいた。よし江の体がよろめいたのを、私はとっさに支えた。<br>「ここは穢れてしまいました。吉継様をこのような場所に置いて、穢れを移されてはいけません。今夜は、私の部屋へお泊めしようと思いますが、よろしいでしょうか？」<br>　よし江は、私の腕にしがみついたままそう言った。<br>「もちろんでございます。殿をよろしくお願いしますぞ、よし江様。」<br>「ええ、皆様の方こそ、後の事をよろしくお願いします。」<br>　私はよし江に連れられて、彼女の部屋へと入った。<br>「吉成、もう大丈夫よ。どういうこと？吉継様はあなたを殺したと言われたわ。なのに・・・。どうしてかな江の振りを・・・？」<br>「よし江、殺されたのは私ではない。かな江の方だ。」<br>「え？」<br>「あの日、私がかな江の元へ行った時、かな江は孔雀草に守られるかのように死んでいた。」<br>　姉君の顔から血の気がさらに引いた。<br>「かな江は、逃げる時に着るはずであった男物の着物を着ていた。かな江は間違われたんだよ。私に・・・。」<br>「なんで・・・、そんな。」<br>「何で？分かるだろう。私達はよく似ている・・・、私に吉継、かな江に・・・、そしてあなただ。かな江の死顔は、本当に驚くほど私に似ていた。この城の血は、驚くほど濃いのだと実感したよ。」<br>　よし江の口から嗚咽が漏れ、そのまま伏せて彼女は泣いた。私も声を出さぬまま、涙を流した。私達四人は、父を同じくしていたのだ。そして、よし江とかな江は妾の子であったため、社に移されたのだ。<br>　もともとこの城の者は、濃い同属婚姻の血族であった。その血によって、異常に自己愛の強くなった我が一族は、恐ろしいほど同じ顔の人物に惹かれ、多くの異常者を生み出しては、闇に葬ってきた。それが私が社で学んだ城の私達の禁忌である。そして、それは私達四人も例外ではなかった。私達は、それぞれに惹かれ、その想いに見を焦がしたのだ。・・・それが、現実。私は、かな江の死を一方では悲しみ、一方では自分の血をこれ以上増やさない喜びに身悶えていた。</font></p><p><font color="#000000">「よし江。私はこの血を絶やしたい。」 <br>　私の言葉に、よし江は目を大きく見開く。 <br>「もう、無理よ。私の中には、あなたの子が宿っているのだもの。」 <br>　そうよし江はつぶやいた。私はそっと目を閉じた。 </font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000">　私は見果てぬ先を闇の中に見つめた。その奥底で、かな江がくるくるとこの舞っていた。まるでくるりくるりと複雑に繋ぎあうこの因果のような舞いであった。かな江が微笑む。さて、よし江からは、まともな子が生まれてくるのであろうか・・・。 </font></p><p style="MARGIN-TOP: 0px" align="left"><font color="#000000">　</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">終</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">※この作品の著作権は、流海にあります。無断添付・掲載はお断りいたします。 </font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">2004/11/28</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/soukaya/entry-11586793550.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Aug 2013 10:00:31 +0900</pubDate>
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<title>蛍袋と艶恋</title>
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<![CDATA[ <font color="#000000">　 女たちの笑い声が聞こえる。深夜、誰もいないはずの離れに明かりが漏れていた。好奇心で近づいたのが、そもそもの間違いであったのかもしれない。そうすれば、知ることもなかつたのだから・・・。私は、女たちの嬌声に誘われて、そっとふすまの隙間から中を覗き見た。知らない方がよかった・・・。見るべきではなかった・・・。見なければ、何も知らないまま、可愛らしい二人の女性を愛し、幸せの中に身を置きつづけれたのだから・・・。 <br><br>　私がそこで見たものは・・・、美しくおぞましい世界であったーーー。 <br><br><br><br>「お宮ちゃん、もう行ってしまうの？帰らなだめ？」 <br>　生れ付きのたれ目をもっとたれさせて、情けない顔になったお染が私にそう言ってまいりました。私より三つばかり年下のお染は、もう十五にもなろうというのに、私の前だけでは、なかなか甘えが抜けそうにありません。 <br>「ええ、今日はもう・・・。母に言われているの。梅香姐さんが、今度花魁道中をするから、衣裳選びに付き合ってあげなさいって・・・。だから、帰らないと。」 <br>「嫌だよ、もっと一緒にいたい。私ももうすぐ引込みになるんだよ。今以上に会えなくなるのに・・・。」 <br>「でもね、ただでさえ母たちは、お前と遊ぶことを嫌がってるの。それなのに、約束をやぶったら、それこそ会えなくなっちゃうよ。」 <br>「そうだね・・・。」 <br>　お染は、悲しげにうつむいてしまいました。その視線の先には、薄桃色の蛍袋がございました。あぁ、もう夏なのだわ、と私が愛でている横で、お染がふうっとため息をつきました。 <br>「私も蛍と同じになるんだな。きれいに着飾って、閉じ込められてしまうんだ。」 <br>　それがとても不憫でしかたがございません。 <br>　私とお染は、姉妹のように育った間柄でございます。生まれも育ちも同じ花街の廓の中。嘘の色恋があふれた街でございます。違う点をあげるならば、ひとつだけ。私は、廓の主人の娘、お染は、遊女の娘であるという事。彼女の母上は、我が遊廓一の花魁で、それは美しい方であったそうでございます。・・・もうお亡くなりになられましたが。 <br>「お宮ちゃん、また遊んでね。」 <br>　お宮が笑いかけてくれました。私は、それだけで心が軽くなるのでございます。天女とは、このようなものかもしれぬ、と最近とみに思うようになりました。母親ゆずりの美貌・・・、それがお染と私が一緒にいられる、ただひとつの繋がりでございます。お染が美しければ美しいほど、この花街にいる理由が出てくるのですから。 <br>「じゃぁ、帰ろう。」 <br>　私はそう言って、手を差し出しました。お染はその手を握りしめると、私の顔とつないだ手を交互に見つめ、にっこりと笑うのでございました。 <br>　数日後、お染自身で口にしていた通りに引込みとなり、私達はお母の思惑どおり、会う機会が極端に減ってしまいました。しかし、心の底で私とお染はつながっていたんだと思います。　廊下ですれ違ったとき、外で思いがけず出くわしたとき、私達は、そっと目配せしては、お互いの存在を感じあっていたのですから。 <br>　そんなある日、私はお母に呼び出されました。また、お染の事か、と思い私は、多少うんざりいたしました。しかしながら、逃げるわけにもいかず、母の部屋まで出向きました。 <br>「失礼いたします。」 <br>ふすまを開き、私は深々と頭を下げました。 <br>　私が顔を上げてみると、そこにいたのは、母一人ではございませんでした。母と差向いに座っていたのは、うちのお客さま。昼寄せによくいらっしゃる方でございます。梅香花魁がいつもぼやいております。「坂井の旦那は、ここにきても、花街の遊びをしていかない。一体、何のために来ているんだろうね。」と。美しいとは言い難い殿方ではございましたが、優しく誠実なお人柄に、松の位の花魁梅香姐さんもひかれているようでございました。 <br>「お宮、こちら、坂井の若旦那様。お前もよく知っているだろう。」 <br>　母の言葉に私は、もう一度頭をさげました。 <br>「いつもご贔屓にありがとうございます。」 <br>　にっこりと愛想笑いを見せると、若旦那は顔を赤らめられます。見合いか・・・。そう察した私は、何とかその場を立ち去ろうと思いあぐねました。 <br>「お母さま、ご来客中のようですので、私はまたあとでまいりますわ。では失礼いたします。」 <br>「おまち。お前に御用なのは、こちらの旦那だよ。」 <br>　母の言葉に内心舌打ちしながらも、私はしかたなしに座を進めました。 <br>「御用とは何でございましょう。」 <br>「・・・いや、あの・・・私は、宗一郎と申すものなのですが・・・。」 <br>　坂井の旦那、宗一郎様は、言いにくそうに私を見つめ返されます。それが沈黙となった頃、母が焦れったそうに話しはじめました。 <br>「こちらの旦那様は、お前を妻にとご所望だよ。」 <br>　宗一郎様は、赤くなった顔をさらに赤くされて、 <br>「そう・・・、です。」 <br>とうつむいたまま申されます。前では、母がそれはそれは、心底うれしそうに笑んでおられます。 <br>「それじゃ、私は仕事があるんで、お宮、旦那のことは頼んだよ。」 <br>　母はそう言うと、そそくさと部屋を出て行ってしまわれたのでした。そこに残ったのは、宗一郎様と私、そして沈黙だけでございました。 <br>「お宮殿、私がここに通っていたのは、遊びのためではない。もう分かっておられると思うが、あなたに会いたいがため・・・。」 <br>　宗一郎様はそう言うと、また黙り込まれてしまいました。 <br>「でも、私は遊廓の娘でございます。旦那さまのように大きな問屋の旦那さまのもとへ、嫁入りするなんて、とてもとても・・・。」 <br>　そう私が口にすると、宗一郎様は、そっと私の手をとられました。とっさの事に、私は顔を上げました。・・・当然のごとく、宗一郎様と目が合いました。とても優しい目。私には、視線を外すことができませんでした。 <br>「お宮殿。お家の稼業が何なのだ。そんな事では、あなたの魅力は何も損なわれない。私はあなたの為ならば、何でも出来るし、あなたの言う事ならば、何でも聞いてあげたい。どうか、後生だから一緒になってはくれまいか。」 <br>　宗一郎様はうわ言のように繰り返されます。そのあまりの熱意に私は負けてしまいました。負けた・・・？いえ、その時にはもう、私の中にはあの計画が芽生えていたのかもしれませぬ。 <br>「本当かい？一緒になってくれれのか？」 <br>　宗一郎様は、確かめるように尋ねます。私は、にっこりと笑うと、こくりとうなずきました。 <br>「あぁ、お宮殿。あなたを幸せにいたします。一点のくもりもないように。」 <br>　素直にそう喜ばれる宗一郎様をいとおしいと思ったのも決して嘘ではございません。ええ、決して・・・。 <br>「ふつつか者でございますが、どうぞよろしくお願いいたします。」 <br>　私は頭を下げると、もう一度にっこりと笑ってみせたのでございました。 <br><br>「お宮ちゃん！！」 <br>　どたどたという足音と姐さん達の止める声と共に、お染が勢いよく部屋に入ってきました。そうして、その瞬間、お染は凍り付いてしまったのでございます。その部屋にいたのは、宗一郎様と私・・・。結婚の約束をして、十日ほどたった時のことでございました。 <br>「お染、お客さまとお嬢さんにご迷惑だろう。こちらへ来なさい。」 <br>　たくさんの遊女達に後ろからはがいじめにされたお染は、目にたくさんの涙をためて、下唇を噛んでいます。なんて可愛らしい。 <br>「あの娘は？」 <br>　宗一郎様の問いに私ははっと我に返りました。私はお染に見惚れておりました。かつて、あのように愛らしい顔を見たことがあったでしょうか？お気に入りをとられて苦痛に歪む顔、それが、私の興奮を呼び覚ましました。 <br>「宗一郎様、少し席をはずしてもかまいませんか？」 <br>　私がそう言うと、彼は軽くうなずいてくれました。 <br>「すぐにもどりますので・・・。」 <br>　私は軽く会釈をすると、そっと襖をしめました。庭に蛍袋の花がこれでもかと誇らしげに咲いているのが、ちらりと見えました。 <br>「この事、お母は知っているの？」 <br>　私が冷たく言うと、その場に居合わせた女郎たちは、一様に首を振りました。 <br>「そう、では内密に。・・・お染、いらっしゃい。」 <br>　いつもと違う私の態度に、まわりが凍り付きます。お染も例外ではなく、びくりと体を強ばらせました。女郎達を解散させると、私は、足早にお染を離れの部屋に連れ込みました。黙ったままの私に、お染が恐る恐る口を開きます。 <br>「お宮ちゃん、怒ってる？」 <br>　それでも黙っていると、とうとうお染は泣きだしてしまいました。 <br>「だって・・・、悲しかったんだもの。お宮ちゃんずっと、一緒だって言ってくれたのに・・・。急に契りを結ぶって、私から離れて行くって・・・。」 <br>　お染の泣き声は、ますます激しくなってまいります。私はたまりかねて、お染の涙を拭ってやりました。お染は、泣き声を上げたまま私に抱きついてまいりました。 <br>「泣かないの。・・・あのね、お染。」 <br>　私はそう話し掛けました。お染の泣き声が不意に小さくなりました。まるで私の言葉を一言も洩らすまいとするかのように。 <br>　ひっくひっくというお染のしゃくり声が、部屋に響いておりました。 <br><br>　その数ヵ月後、私は宗一郎様の元へと、嫁いだのでありました。 <br><br><br><br>　私が覗いているのに、いち早く気が付いたのは、紫艶のほうであった。彼女は私を見て、くすりと勝ち誇ったように笑うと、組み敷かれたお宮に視線を移した。お宮は、赤く上気した顔に虚ろな目を泳がせて、紫艶の顔をつかむかのように、手を伸ばしている。 <br>　私は、目が離せなかった。お宮のあのように恍惚とした顔も、紫艶のあのように自慢げな顔も、見たことがなかったからかもしれない。それは、美しい・・・、いや、愛らしい子供の遊戯のようであった。 <br><br><br><br>　お宮と結婚の盃をかわしてから、二年ほどが過ぎた。お宮は、我家に来て以来、その人柄と働き振りで家の者をはじめ、客に至るまで若奥様という地位を認められていた。夫の欲目かもしれないが、確かに躾の行き届いた礼儀作法にやわらかな物腰、明るい笑顔の彼女を煙たがるものはおらぬのではないか、と私は思う。 <br>　そのお宮の様子が、この所少しおかしいのだ。いつものように人前では、にこにこと笑みを見せているのだが、不意にその表情が曇り、ため息が漏れる。 <br>　あまりにそれが続くので、私はついにお宮に尋ねた。お宮は少し驚いた表情を見せると、 <br>「いえ、何でも・・・。」 <br>とだけ言い、するりと私から逃げようとする。私は急に腹立たしい気持ちとなり、逃げ行くお宮の背に怒鳴り付けた。 <br>「そんなに私が頼りないのか！！」 <br>　何時ぞとなく怒りの声を出す私に、お宮は振り返り、わっと泣きだしてしまった。 <br>　座り込んで動こうとしないお宮に、私は慌てて謝るが、お宮は首を振りただただ泣きじゃくるだけである。 <br>「本当にすまない。ただ私は、お前のことが心配なだけなんだ。せっかく夫婦になったのだし、心配ごとなんかを内に秘めず、何でも話してほしいんだよ。お前に悲しい想いをしてほしくないんだ。」 <br>　私の言葉に、お宮はそっと顔を上げた。私は、それを見てほっと胸を撫で下ろした。 <br>「私自身のことですし、宗一郎様にお話するのもどうかと思っておりましたけど・・・。でも、あなたがそう言ってくださるなら・・・。」 <br>　お宮は、そう言うとぽつりぽつりと話し出す。 <br>「あなたが、以前私の実家に通ってきてくださっていた時に、部屋に押し入ってきた一人の引込みを覚えておられますか？」 <br>「あぁ、お前の妹代わりだと言う。名前は、確かお染・・・、とか言ったかな？」 <br>「えぇ、あの娘、この間新造だしがあり、紫艶という名を賜ったのございますが・・・。水揚げの事でなやんでおりまして。私は正直申しまして、あの娘を他人とは思っておりませぬ。だからこそ、不憫で・・・。」 <br>　そう言うと、お宮は止まっていた涙をまたはらはらと流すしまつ。 <br>「私に何かできることはないか？」 <br>　お宮の涙に導かれるように私は言った。まるで芝居の台本でも読んでいるかのように、会話が進んでいる気がした。するとお宮は、少し考える素振りを見せて、 <br>「あなた、お染・・・。いえ、紫艶の初めての客になってはくれませんか？」 <br>と言ってきた。何となく予測していた台詞であったが、まさか本当にそんな台詞が出てくるとは思わず、私は絶句してしまった。 <br>　自分の妻が、他の女と寝ろと言っているのである。私は、目眩がするほどの衝撃の中、ただお宮だけを見つめていた気がする。 <br>「大変なことを言っているのは、分かっているつもりです。でも、あなたの妻だからこそ、言えることでもあるのです。あなたの優しい包容を知っているから・・・。だからこそ、妹を託せるのです。」 <br>　喉が渇く・・・。お宮の真摯な眼差しに、私はただ <br>「分かった。」 <br>とだけ述べた。お宮は満足そうに笑むと、視線をそらした。そこには、蛍袋の花に美しい蛍火が漂っていた。 <br><br><br><br>「旦那様、いつまでそこに隠れておられるつもりかえ？」 <br>　二人の情景に、ぼうっと見惚れていた私は、そう紫艶に呼び掛けられて、どきりとした。熱っぽい紫艶の声が、私の体にまとわり付く。お宮は、私に気付いたのか、気付かないのか、一心不乱に紫艶にまとわり付き、その細く白い首に口付けを繰り返す。 <br>「何をしている。」 <br>　喉がからからだった。 <br>「何をって・・・。ほほほ、野暮な事を・・・。今まで覗いておられたのなら、お分りでしょうに・・・。」 <br>　紫艶が笑む。私はこの世が傾いたような気がした。 <br><br><br><br>　私と紫艶の再開は、夏のただ中であった。丑三刻も過ぎた寅の刻、私はそっと紫艶の元へ忍んでいった。娘婿である私が、正式に紫艶の水揚げの客となるわけにもいかず、お宮の手引きで水揚げ前に紫艶と通じることとなったのである。 <br>　紫艶は、新造出し当初から美しいと評判の娘であったし、その水揚げにも様々な人物が名乗りを上げていた。妻の手前、無関心を装ってはいたが、このお役目に内心、ほくそ笑んでいたのは事実である。 <br>　私は、お宮の実家に着くと、裏口からするりと入り込み、結婚前にお宮が使っていた部屋に滑り込んだ。そこが、私たちの密会場所であった。お宮が私の元へ嫁いで以来、主人を失ったその部屋は、色々なものが雑然と置かれていた。 <br>　その中に、紫艶がいた。目を伏せ、まるで人形のように身じろぎず座っていた。 <br>「紫艶殿・・・か？」 <br>　私の問いに紫艶は、笑いもせず顔を伏せたまま頷く。まだ未熟な美がそこにはあった。噂以上の美しさであったが、そこに女特有の色気のような物は感じられず、少年のようなさわやかさを感じた。 <br>　私は、我を失った。気が付くと、布団もない畳の上に紫艶を押し倒していた。くぐもった紫艶の声が、私の欲望を駆り立てる。紫艶を抱いている間、彼女の体に夢中になりながらも、不思議とお宮のことを考えていた。なぜお宮は、私にこのような事をさせたのだろうか。お宮の哀しげな顔が頭の中にちらつく。 <br>　事を終えた後、私は眠りについていたらしい。隣に紫艶の姿はなく、細く開いた襖から、紫の蛍袋が覗いていた。 <br>　その日から、私は紫艶に溺れていった。しかし、紫艶を抱いても思うのは、お宮の事ばかり・・・。しかし、紫艶にもお宮にも罪悪感は、感じていなかった。紫艶もお宮もその行為について咎めることもなかった。 <br>　そんなある日、私は紫艶が哀しげに伏せているのを見た。 <br>「何かあったの？」 <br>　その日は、お宮の里帰りに付き合っていて、二人で紫艶を訪ねていた。 <br>　心配そうなお宮の声といつになく沈んだ紫艶の顔に私は息を呑んだ。紫艶は、美しい娘であったが、めったに表情が出てくることはなかった。 <br>「いえ、ただいつまでここにいればいいんだろうって思うと・・・。もう、つかれてしまって。私、お宮ちゃんがうらやましい。」 <br>　今にも泣きだしそうな紫艶の顔をお宮が優しく包み込んだ。その横で、私は心からの喜びを隠せないでいた。愛らしい妻と美しい愛人を手に入れたのだ。私は、その時、紫艶を身請けすること心に決めたのだった。いつも淡々と仕事をこなす紫艶と違い、お宮の腕の中で震える紫艶は、とても弱々しく見えた。 <br>　あの時、紫艶を身請けしなければ・・・、いや、それ以前に、紫艶の客にならなければ・・・。しかし、何もかもが運命づけられていたのかもしれない。 <br><br><br><br>「し・・・えん。」 <br>　お宮が、息絶え絶えに私に呼び掛ける。あまりの可愛らしさに私は、その手のひらにそっと唇をおとした。宗一郎が震えている。 <br>「何をしているんだ。」 <br>　その問いが、なんだかおかしい。見れば分かるのに。 <br>「だから、見たままですよ。」 <br>「ど、どういうことだ。」 <br>　現状が信じられないのか、それとも狂ったのか、宗一郎が、鸚鵡返しのようにまたも聞いてくる。 <br>「お前は、私に惚れているのではないのか。」 <br>　その問いがあまりにおかしくて、私は声に出して笑った。 <br>「私は、一度もそのような事を申した覚えはございませんが・・・。私が惚れているのは、後にも先にもお宮だけ・・・。」 <br>　私は宗一郎に見せ付けるようにお宮に接吻する。 <br>「ばかな・・・。女同士・・・、お前達は同性同士ではないか！？」 <br>「あら、おかしい。殿方達は、お金を払ってまで男を買いに行くのに・・・。それに私、自分のことを女と思ったことなど一度もございませんわ。」 <br>　私の答えに宗一郎は、わけも分からず、へたりこんでしまった。 <br>　お宮は相変わらず私に熱っぽい体を押しあててくる。お宮はもう私のもの。やっと捕らえる事が出来た。愛らしい光は、美しい紫の花の中で、永遠に輝きつづければいいのよ・・・。 <br>　私はにっこりと笑いかけた。私は、お宮が婚約時代に言った事を思い出しながら、深い口付けとともにお宮に覆いかぶさった。 <br><br>「お染、あなたと私を繋ぎ続けるための人柱が決まったわ。私は彼と結婚します。ほとぼりが冷めたら、あなたのもとへ彼を通わすわ。だから、私があなた以外の人と情事を重ねることを我慢して頂戴。私には、あなただけ・・・。きっと一緒になれるから・・・。」 <br></font><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">終</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">※この作品の著作権は、流海にあります。無断添付・掲載はお断りいたします。</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">2004/7/13</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/soukaya/entry-11586791908.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Aug 2013 10:44:06 +0900</pubDate>
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<title>月下美人</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000">「知っているか？うわさの吉原美人。」 <br>「若菜の事かい？やり手の花魁らしいが・・・。」 <br>「いいや、違う。咲夜のことさ。」 <br>「咲夜？」 <br>「ああ、名前の通り、夜に咲く花さ。月の光に照らされた咲夜は、月から舞い降りた天女のようにきれいだとか・・・。」 <br>「ほぅ、そりゃぁ、一度拝んでみてえもんだな。」 <br>「しかしなぁ～、奴さんの人気はすげぇもんでな、夜は予約でいっぱい・・・。昼間はお相手しねぇらしい。泊まりもなしだ。」 <br>「そんなんで、店のもんは文句をいわねえのかい？」 <br>「夜だけで、すげぇ売れゆきらしいからな・・・。」 </font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000">　昔話をいたしましょう。私の生涯忘れる事ができぬ方の・・・。多少つまらぬ話かもしれませぬが、年寄りの戯言だと思い、黙って聞いてやってくださいまし。もう私も長くはありますまい。あの世に行ってしまう前に、どうしても誰かに聞いていただきたいのです。え、あの方でございますか？いえいえ、殿方ではございませぬ。しかし、この胸にしまいあの世に持っていくには、もったいない出来事なのでございます。それは、私の色恋話など、とうてい足元にもおよばぬ、一人の女の壮絶な悲恋物語でございます。 <br>　その話を始める前に、まずは私が育った場所を説明しなくてはなりますまい。私は、七つの時に人攫いに合い、女郎宿で暮らすようになりました。吉原とよばれる淫らで華々しい夜の街が、私の育った場所でございます。女郎宿では、美しい姉さん方が暮らしておられました。その姉さんたちの中でも、ひときわ美しかったのが、私の姉さん、咲夜姉さんでございました。そう、この咲夜姉さんこそが、私の生涯忘れえぬ方でございます。 <br>　咲夜姉さんは、他の姉さん方と違い、めったな事では笑みを見せません。しかし、たまに見せる笑みは、それはそれは美しく、その笑み見たさに多くの殿方が集まったものでございます。咲夜姉さんの笑み？そうですね。それはそれは美しい笑みでございましたが、なんと言うのでしょう。妖艶でそれでいて、殿方に媚びているのではない、挑戦的な笑みといった感じでしょうか。逆にそれが、殿方には、物珍しかったようです。 <br>　姉さんは、あまり自分の過去を話そうとはいたしませんでした。ただ人の過去には興味があるらしく、何かと尋ねておられたのを覚えております。姉さんの唯一の禿である私は、それはもう格好の餌食で、２日と開けずに話をしておりましたように思います。そうして、その時には決まって、姉さんはいつもとは違う悲しそうな笑みを見せるのでございます。そのうち、その美しい瞳から涙がこぼれおちるのではないか、と私はいつもおろおろしておりました。すると咲夜姉さんは、決まって私の頬をなで、「その思い出を大切になさい。」とおっしゃるのです。しかし、そのお言葉とは裏腹に、姉さんのお顔は沈んでいらっしゃるのです。幼い私には、なぜ姉さんが沈んでおられるのか、てんで想像がつきませんでした。いえ、大人になっていても姉さんの愁いを理解できたかどうか分かりませんが・・・。 <br>　人を寄せ付けない姉さんでしたが、なぜだか私だけは違っていたようで、それが私の密やかな自慢でございました。もともと人間嫌いで通っておられる姉さんではありましたが、それまで数人の禿がついたそうです。しかしながら、長続きはせず、皆七日を過ぎる頃には、他の姉さんの禿になっていたのだとか・・・。なぜ私が続いたのかは良く分かりませんが、他の方々と違って私が、我関せずの性格だったのが良かったのかもしれませぬ。 <br>　話が横道にそれてしまいましが、姉さんには、間男が一人おりました。彼の名は覚えておりませんが、たいそう見てくれの良いかと言って、人当たりも悪くはない男でした。しかし、私はいつもその男に言い知れぬ違和感を感じておりました。特に冷たく当たられたというわけではございません。しかしながら、その身にまとった雰囲気と言いますか、それが本当に冷淡な感じがいたしました。見た目と違って、心根のお優しい咲夜姉さんには似つかわしくない気がして仕方がございませんでした。その事をどの方にお話しても、誰もまともに取り合ってはくれませんでしたが、咲夜姉さんだけは違っておりました。ころころと声を立ててお笑いになると、 <br>「でもね、私にはあの男が必要なのさ。」 <br>とおっしゃるのです。私には良く意味が分かりませんでしたが、姉さんがそれはそれは楽しそうにお笑いになるので、私も楽しくなって笑いました。 <br>「いつもお前の話ばかりだから、たまには私の話もしてみようかねぇ。」 <br>　ある日、姉さんは艶っぽい声でそうおっしゃいました。その日は、姉さんの間男が朝まで一緒だったようで、大変疲れておられるようでしたが、わざわざ私を呼びに来られたということは、たいそうな話があるのだろうと、意気込んで姉さんの話に耳を傾けることにいたしました。 <br>　姉さんの話は、幼い頃の話・・・、咲夜姉さんの過去のお話でありました。 <br>「私には、妹がいたのんさ。それは可愛らしい妹で、お前そっくり、だからお前を見ると妹の生まれ変わりのように思えてしかたがないよ。」 <br>そこから姉さんの話は始まりました。私は、姉さんの妹君に似ていると言われた事がうれしく、思わずにっこりといたしました。しかし、そこから続いた話は、悲しいお話だったのでございます。 <br>「私はね、田舎の村でうまれたのんさ。家は地主の家だったから、普通よりは良い暮らしをしていたよ。妹のほかに兄がいてね、いつも一緒だった。そんな生活が一変したのは、ちょうど、ここに来た時のお前の年の頃、一人の旅人が訪ねて来てね。人の良い家の者は、その男が泊まるところがないと知ると、家の中に上げ、部屋の一つを貸したのさ。都から来たというその男は、身なりこそよかったが、言葉使いなんかが粗雑でね。妙な感じがしたよ。」 <br>　姉さんは、まるで他人事のように淡々と話しておられます。私は、まるで物語りでも聞くように姉さんの話に憔悴していきました。 <br>「それでね、その男、実は賊だったのさ。夜中、母の悲鳴に気がついた兄さんは、恐る恐る悲鳴がした方へ行ったんだと。そこにあったのは、両親の無残な死体と、息絶え絶えな妹だったのさ。私は、兄さんにたたき起こされ、一緒に庭に逃げ込んだ。訳が分からなくって、何度も兄さんにどうしたのか？と尋ねたさ。でも、兄さんは震える手で私を抱きしめるだけで、答えてくれない。」 <br>　姉さんが、私の方に手を伸ばすので、私はそっと姉さんの傍によりました。姉さんのお兄様と同じように、姉さんは震える手でそっと私を抱きしめてくれました。 <br>「月のきれいな晩でね。庭に植えてある大陸から来たという植物が大きな白い花を咲かせていたのが印象的だった。夜中にしか咲かない珍しい花でね。家族で花が咲くのを楽しみにしていたのさ。私と兄さんは、その植物に“サクヤ”という名前まで付けた。私は、その花を見られた事がうれしゅうてうれしゅうて、兄さんに『父さまたちに知らせてあげなきゃね。』と言ったさ。すると兄さんは、泣き出してね。私は、何が悲しいのか分からず、絶えず流れてくる涙を拭き続けたんだよ。少しすると、庭に人の声が聞こえてきた。その声は、ぼそぼそと小さくてね。私は父さまだと思い、兄さんが止めるのも聞かず、飛び出して行ったんだよ・・・。」 <br>「そこにいたのは、賊・・・、だったのですか？」 <br>姉さんが言いにくそうにしているので、私はとっさに口にしてしまいました。姉さんは、少し驚いたように私を見ましたが、悲しそうに笑んでこくりとうなずきました。 <br>「結局、私も兄さんも捕まって、このありさまさ。」 <br>悲しそうに笑んだ姉さんは、とても痛々しそうでしたが、私は、聞いてしまいました。 <br>「お兄様はどうなされたのですか？」 <br>兄さんが生きておいでならば、姉さんの心も少しは癒されるかもしれぬ、という浅はかな子供心でございました。そうして、姉さんが答えられるよりも先に、仕事の呼びがかかってしまいました。ふと気がつくと、もう日が傾いております。 <br>「続きは、また次にでも・・・。」 <br>姉さんがそう言って、支度を始めるので、私も手伝わぬわけにはまいりません。そのまま話は中断してしまいました。そのうちに、私も新造となり、花魁修行の為、琴などのお稽古を始めなくてはいけなくなりました。あの時のように、姉さんとゆっくり話をする暇は、なくなってしまったのでございます。遊郭で暮らすものにとって、新造になれるということは、花魁への最短距離の道にいるということですから、喜ばしいことでございます。しかし、私は、そのようなことどうだって、よかったのですから、姉さんと会えない新造と言う立場は、わずらわしくてしかたがありませんでした。 <br>　姉さんとのすれ違いの日々が続き、私は、次第に姉さんとの話は絵空事のようにおぼろげになってゆきました。姉さんも素知らぬふりで、あれ以来まったく話題にもされませんでした。 <br>　そんなある日でございます。姉さんのお支度を手伝っておりますと、不意に姉さんが、 <br>「お前、今日は明け方まで起きておいで、でも自分の部屋でだよ。決して、私の所には来てはいけない。」 <br>と言われます。今までこのような事は言われた事がございませんでしたので、私はすぐさま問い返しました。 <br>「どうしてでございますか？」 <br>咲夜姉さんは、私の肩に手をかけると、しっかりとにぎりしめ、私を見つめます。 <br>「どうしても・・・、だよ。そうして、何かあったなら、一目散に逃げ出すんだ。わけは聞いてはいけないよ。お前は、ただ黙ってうなずくだけで良い。そうして、言われた事をきちんと守るんだよ。いいね。」 <br>姉さんのあまりの迫力に、私はただうなずく事しかできませんでした。姉さんは、にっこりと笑うと、お客の出迎えへといかれました。私は、姉さんの笑顔が気になってしようがありませんでした。いつも道りの美しい笑みでございましたが、何かこの世の者ではないような感じがいたしたのでございます。 <br>　そうして、私はその夜、初めて姉さんとの約束を破りました。私は、こっそり部屋の襖に身を預け、姉さんの様子を覗き見ておりました。そこにおられたのは、姉さんの一番客である反物問屋の若旦那さまでございました。 <br>「咲夜、例の件だが、やはり無理か？」 <br>「旦那さまでございましたら、他にも良い方がおられましょうに。」 <br>身請けの話だ、と私はぴんときました。姉さんほどの器量ならば、珍しい事ではございません。 <br>「咲夜・・・。」 <br>「それに、私は廓育ち、今更普通の生活はできますまい。」 <br>「・・・やはり、・・・男か？」 <br>そう問う旦那さまに咲夜姉さんは、またにっこりとお笑いなさります。その笑みは、私に向けられたものと同様に悲哀に満ちてでございました。 <br>「私の事は忘れてくれなされ。私は、他へ行くことは考えておりません。まだやる事が残っておりますし。」 <br>姉さんは、そう言うと窓の縁に腰をかけられました。月に照らされた姉さんは、それは美しくみえました。 <br>「咲夜、そうしている姿は、まさに夜に咲く花だな。」 <br>そう旦那さまが言われるのを私は聞きました。その時、私は見たのでございます。あの日、姉さんが賊に襲われたという日に咲いていた、夜に咲く大輪の花を・・・。月に照らされた美しい白い花を・・・。 <br>　気がつくと、辺りには静寂が漂っておりました。どうやら私は眠っていたようでございます。私は身震いをしながら身体を起こしました。ふと見ると隣の部屋から明かりが漏れ、男の高いびきが聞こえてまいります。私は、そっと襖に近づき、目を凝らしました。そこに寝ていたのは、姉さんの間男でございます。その上に、姉さんがまたごすようにかがんでおられます。私は、目を見張りました。姉さんは、手に短刀を携え、男の首筋に添えておられるのです。その異様な光景を私は、ただぼうっと除いておりおました。そうして、小鳥の鳴くような声で男を起こされます。 <br>「ひっ。」 <br>目を覚ました男は、首筋の冷たい感触に、小さく悲鳴を上げました。男はすばやく辺りを見まわし、自分の置かれた状況を理解しようとしていたようです。 <br>「な、何のつもりだ！咲夜。」 <br>姉さんは、それには答えようとせず、ころころと笑われます。 <br>「サクヤ・・・、という男を知っておいでですよね。」 <br>ふいをついた姉さんの言葉に男の血の気が一気に失せていきます。 <br>「知ら・・・。」 <br>「嘘おっしゃいな。サクヤという陰間の男だよ。あんたはあの人の恋人だったんだから、知っているはずだろう。ま、あんたにとって、愛のないただの金づるだったんだから、本当に知らないのかもしれないけどね。」 <br>咲夜姉さんは、ころころとまた楽しそうに笑われます。男はもはや蛇に睨まれた蛙です。動く事もできず、ただおろおろと姉さんをみています。 <br>「あの人はね、よく私に会いに来ていたのさ。こっそりとね、知っていたかい。知らないだろうね。まぁ、知っていたとしても、あんたには何の関係もないんだろうかね。月のきれいな夜だったよ。いきなりその男が私の元に来たのさ。最後の別れを言いにね。心中するって言うんだから、驚いたよ。・・・その数日後さ。人気陰間の死体が川から上がったのは・・・。相手の男は、どこにもいなかったけどね。」 <br>男は震える声で言い返します。 <br>「なんで、・・・お前がサクヤ・・・を知っている。」 <br>私は、その時、空気が止まったように思えました。姉さんは、にっと笑うと、 <br>「サクヤは、私の兄だよ。」 <br>と言い放ったのでございます。その瞬間、姉さんは、短剣をすっと引きました。男の首から大量の血が飛び散ります。男が首を押さえながら動き回るので、あちらこちらに血が降り注ぎました。姉さんは、その血の雨の中を軽々と舞いながら、笑っておられます。それは、それは晴々と・・・。鬼だ・・・、と私は思いました。恐ろしゅうて恐ろしゅうて、私は、その場を動けませんでした。そうして、姉さんは、月を愛でながら自分の胸に短刀を突き刺したのでございます。 <br>「うっ。」 <br>という短いうめきに私は我に返りました。 <br>「咲夜姉さん！！」 <br>私は、襖の扉を勢いよく開け放ちました。姉さんは、窓の桟に身を横たえながら、 <br>「入ってきてはだめよ。」 <br>と私を征しました。そうして、姉さんは、苦しそうに息をしながら、足で灯篭をたおしたのでございます。 <br>「・・・姉・・・さん。」 <br>「お前・・・約束を破ったの？だめな子ね。さぁ、行きなさい。私のことは忘れて・・・。みんな悪い夢よ。」 <br>火は瞬く間に燃え広がります。私は、きびすを返し必死で逃げ惑いました。何がなんだか分からずに、無我夢中で逃げ回り、気がついたら、辺り一面焼野原でした。私は、とぼとぼと自分の生活をしていた廓へとむかいました。そこは、見事に何もなくなっておりました。私は、声を出さず、さめざめと泣きました。 <br><br>　あれから、何十年経ちましたでしょうか？私は、あの後すぐに姉さんの一番客、反物問屋の若旦那に引き取られ、その数年後、彼と結婚をいたしました。夫はあの事件の事を姉さんにほのめかされ、自分の死後、私のことを姉さんに頼まれたのだとか・・・。夫は、長い年月をかけて、咲夜姉さんのことを私に聞かせてくれました。夫の話では、咲夜姉さんは、実の兄であるサクヤさんに恋をしていたのだとか・・・。そうして、兄の仇があの間男だったのだと・・・。まさか、火を放つとは思っていなかったよ、と苦笑いをしておりました。私たちは、ふたりとも咲夜姉さんのあの激しい恋に見入られ、姉さんに選ばれたものでございました。夫は、死の淵で「先に咲夜の元へ行ってくるよ。」と申しておりました。私にももうすぐお迎えが参ります。咲夜姉さんに夫、もしかするとサクヤさんも一緒に来ていただけるかも・・・。少し楽しみでございます。 <br>　あなたが月下美人の花をもってこなかったら、きっとこの話はしなかったかもしれませんね。今夜にでもこのつぼみは、花開きましょう。そうしたら、きっと私はそこにあの夜のそれは美しい咲夜姉さんを見るのでございましょう。 <br>　年寄りの長話につきあっていただき、ありがとうございました。さぁ、日も暮れてまいりました。もうお帰り下さいませ。私も少々疲れてしまいました。では、また。 </font></p><p align="left"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000">終</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000">※この作品の著作権は、流海にあります。無断添付・掲載はお断りいたします。</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000">2004/3/20</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/soukaya/entry-11586789177.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Aug 2013 18:06:20 +0900</pubDate>
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<title>すずらんの毒</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="left"><font color="#000000">「あなた様についていきます。」<br>　少女とも見まがうほど、あどけない表情の女は、私に向かい三つ指をついて深々と頭を下げた。いとおしい・・・、と心底思った女である。四十をとうに過ぎているはずだが、そうは見えぬ色香が彼女にはあった。女は、鈴といった。もとを正せば、彼女は、私の使用人である。そう、もとを正せば・・・。<br>　女は、すっと顔を上げると、私に向かって笑みを見せた。<br>「鈴、白い鈴蘭の花を覚えているか？」<br>「はい・・・。」<br>　鈴は、消え入るような返事と共に、もう一度私を見なおすと、微笑んだ。それは、風にゆれる白い花のように涼やかであった。<br><br><br><br>　私と鈴が初めて出会ったのは、寒い雪の日であった。当日、私は十になった頃で、まだまだやんちゃな盛りであったと思う。その日、やっと眠りに落ちた私であったが、ざわざわとした音に目を覚ました。騒ぎの中心は玄関先で、みながどたどたと走り回っている。<br>「母親の方は、もうだめだ。」<br>　主治医の竹村先生が、なにか白いものを手に取りながら、そう言った。よく見ると、それは、女の身体につながっており、その横で五つになるかならないかくらいの女の子が「かあちゃん、かあちゃん」と泣き叫んでいた。そして、そんな２人を父がを見下ろしていた。<br>「母親の方は、弔ってやれ。このままでは、寝覚めが悪い。」<br>「・・・で、娘の方は・・・？」<br>一同が固唾を飲みこむ中、父は、冷ややかな口調で言い放つ。<br>「花道にでも売れ。母親はこれだけの器量だ。育てば娘も良いおなごとなろう。売り銭は母親の弔い銭の一部だ。親孝行ではないか。」<br>　私は、愕然とした。このような父を見たのは、初めてであったからである。確かに父は厳しい男であった。だが、このように冷酷無比な事は言えぬ男であった。底知れぬ慈悲がある・・・、とその時までは、そう信じていたのだ。娘は、父の視線に臆したのか、しゃくりあげながら怯えていた。<br>「連れていけ。」<br>父の言葉を合図に男たちが娘を抱きかかえる。<br>「まってください。」<br>みなが、じっとこちらを見た。<br>「なんだ、まだ起きていたのか・・・。」<br>「父さま、その娘、僕に下さい。」<br>「・・・お前にくれてやってどうする？母親を弔ってやっただけでは、わしは丸損だ。」<br>見据えられるのは、私の番となった。あの時の恐ろしさは、きっと忘れる事はないであろう。あの時、私は生まれて初めて契約というものをした。<br>「私は、将来、父様の跡を継ぎ、今の倍、いえ、３倍の財を築きましょう。出世払い・・・、ということになりますが。」<br>　父は、一瞬驚いたのだろう。真顔で私を見つめた。それもそのはず、私は叔父の影響で、学者を夢見ていたのだから。父は、表に出さないものの、その実、かなり苦心していた。そして、どうやって私を跡目に据えるかを算段していたはずだ。<br>「お前が私の跡目を継ぐ・・・？できるのか、お前に？これは口約束ではない、誓約ぞ。」<br>「分かっています。」<br>父は、無表情で私を見た。内心ほくそえんでいたのは間違いない。私が跡を継がない、ということは、異母弟にその役が回る。異母弟も後妻の母も嫌な人間ではないのだが、義母は遊郭の出だ。父は、それを承知で後妻に迎えながら、その血を持つ者に本家を取らす事を良しとはしていなかった。<br>「好きにしろ。」<br>父の一言で、鈴は私専属の付きとなった。<br>　鈴は、成長していくうちに、どんどんと美しい娘となっていった。誰もが彼女に見惚れた。それは、私も例外ではなかった。いつから・・・、と聞かれると自信がない。自覚をしたのは、十六になったころであろうか・・・。もしかすると、出会ったとあの時・・・、すでに私は彼女にひかれていたのかもしれない。<br>　しかし、私は鈴を買ったという負い目があった。私に買われた鈴と思いを遂げるのは、遊郭に女を買いに行くのとそう変わらないのではないか。そう思ったのである。その上、私は跡目を継ぐという、父との誓約もあった。跡目を継ぐという事は、それ相応の家の娘を娶らなければならない。出所知らずで、親なしの鈴では、父をはじめとする一族のものが納得するはずもなかった。私は、いつも罪悪と欲望の狭間でもがいていた。<br>　そんな時、異母弟から一つの申し出があった。<br>「鈴を娶りたい。」<br>と。ただ一言申し出した異母弟の目は、実に澄んでいた。真摯な瞳に押されながらも、私はそれを承知することはできなかった。<br>「時間をくれ。」<br>　私は、そう言うのが精一杯であった。<br>　異母弟は、遊郭一と謳われた母に似て、とても美しい男であった。鈴と並んでもまったく遜色ない。その上、その容姿に似ず、本当にまじめな男である。鈴を思う気持ちも本当であるのだから、娶らせれば、鈴が幸せになることは分かりきっていた。そうして、庶子となっている異母弟と鈴の間には、身分の差もない。跡目としての結婚をせねばならぬ私の元へいるよりは、ずっと幸せになるはずである。私は・・・、異母弟がうらやましかった。なにも考えずとも、素直に鈴をほしいと言える彼を、うらやましく思っていた。<br>　結局、私は鈴を手放す事はできなかった。<br>　異母弟から申し出があった数日後、私は、決断しかねて鈴を部屋に呼んのだ。その日は、鈴と出会った時のように雪がふっていた。雪は月光に照らされて、暗闇の中きらきらと光り落ちていた。<br>「きれい・・・。」<br>　鈴が何も言えないでいる私を気遣ったのか、ぽつりと口にした。そして、私と目が合うと、<br>「雪・・・、きれいですね。」<br>と彼女特有の笑みを見せたのだ。私は、笑みを返せなかった。どんな顔をしていたのか、想像もつかない。そして・・・、私は、切り出したのだ。<br>「鈴・・・、異母弟の元へ嫁ぐか？」<br>　事前に鈴は、異母弟からその話を聞いていたのかもしれない。今日、呼び出されたのも、この話であろうと察しがついていたのであろう。消え入るような声で、<br>「はい。」<br>とだけ言った。沈黙の中、私は降りしきる雪を見ていた。気配で鈴が頭を下げたのが分かった。<br>「旦那様。」<br>鈴がひかえめに私を呼ぶ。<br>「旦那様、これをもらってはいただけないでしょうか？」<br>鈴の前には、折りたたんだ白い和紙があった。<br>「これは・・・？」<br>「私のお守りです。・・・母のかたみなんです。」<br>鈴は、また微笑む。それは、少し悲しみを帯びているような気がした。私は、そっとその包みを手に取った。中には、きれいに押し花にされたすずらんの花がひとふさ入っていた。<br>「どうして・・・、これを私に・・・。」<br>「旦那様に持っていていただきたいのです。私の存在が旦那様のお仕事のお邪魔になっていることは、承知いたしております。でも・・・、でもたまに、たまにで良いのです。これを見て・・・、私を思い出してくださいませ。」<br>気がつくと私は、鈴を抱きしめていた。鈴は、小さく「あっ。」と声をあげると、私の背に手を回してきた。その行動に私は、一瞬だけ正気に戻った。・・・一瞬だけ。身体を離したとたん、・・・鈴と目が合ってしまった。鈴の瞳は、涙で潤んでいた。私は、それで正気を完全に失ってしまった・・・。<br>　次の瞬間、私は鈴に深く・・・、深く口付けをしていた。たえだえに鈴の吐息が漏れる。<br>「鈴・・・、私のそばにいたいか？」<br>私は、ぐったりと身体を預ける鈴の耳元で囁いた。<br>「旦那様のご迷惑でなければ・・・、いえ、ご迷惑でもおそばを離れたくな・・・。」<br>鈴のいじらしい答えに、私はもう一度口付けをした。今度は、優しく・・・。<br>「苦労をするぞ・・・。」<br>「承知の上です。」<br>その夜、私たちは一線を越えた・・・。<br><br>　あれから、３０年ほどが経った。鈴は、私の元へ残り、私は別の女と結婚、１人息子をもうけた。あれ以来、鈴と関係を持った事はなかった。<br>　今日、１人息子に店を譲った。父との約束は果たした。妻や息子には悪かったが、もう家に縛られる事はないのだ。そして鈴に思いを遂げたのだ・・・。「一緒に逃げよう。」と。<br>　鈴は、相変わらず私を見て微笑んでいる、あの彼女の特有の笑い方で。<br>「鈴、あの時の鈴蘭だ。」<br>　鈴は、そっと鈴蘭の押し花を手に取った。そうして、いとおしそうにそれを見つめている。私は、ふと不安になった。鈴の先ほどの答えは本心であるのか・・・、と。<br>「鈴・・・、本当に一緒に来てくれるのか？私には、財も若さも何も残っていないのだぞ。ただの老いぼれだ・・・。」<br>「旦那様、私は、旦那様さえいらっしゃればよろしいのです。欲しいものは、旦那様と旦那様の心。それさえあれば、私は、満足でございます。」<br>鈴は、勝ち誇ったように笑んで見せた。その笑みに私は、寒気を覚えた。<br>「昔話をいたしましょう。・・・私の祖母は、遊郭の遊女でございました。母は、客の１人との間にできた子で、父親さえも定かではありません。母は、水揚げの時に遊郭を逃げ出しました。そうして、とあるお屋敷にたどり着いたのでございます。母は、それは美しい人でした。そこのご主人は、母を一目で気に入り、昼は庭師の見習として、夜は遊女として雇いました。遊郭で育ったのです、夜の営みもすんなりと受け入れたようです。母は、ご主人を愛してらっしゃったみたいですし。・・・そうして、私は生まれた。でも、ご主人のお子とは、口が裂けてもいえません。奥様に知られれば、大変な事になりますから。ですから、私は、庭師の娘として育てられました。私は、母が育てていた鈴蘭の花にたとえられ、鈴と名づけられました。そうして、悲劇は起こった。ご主人の奥様にばれたのです。母は、ご主人を愛しておりました。でも、ご主人にとって母は、一つの玩具でしかなかったようです。母は、寒い冬の日にお屋敷を追い出されました。私と共に・・・。旦那様、私は、母のようにはなりたくない、と常日頃思っておりました。・・・私は、どんな事があっても、いとおしい殿方の愛は奪い取る、と。ありがたい事に、母は私に殿方の気のひき方を教えてくださいました。」<br>鈴は、また笑む。私は、背中に冷たいものを感じた。顔がこわばるのを感じる。どうして気がつかなかったのか。鈴のあの笑みには、妖艶な色香が漂っていると。<br>「旦那様・・・、どうかいたしました？」<br>鈴が笑む。<br>「いや、何でもないよ、鈴。さて、これからどこへ行こうか？」<br>　私は、もう鈴なしではいられなかった。どんなに鈴が恋狂い女でも。鈴の毒は、長い年月をかけて私の身体を蝕んでいったのだから・・・。<br><br><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">終</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">※この作品の著作権は、流海にあります。無断添付・掲載はお断りいたします。 </font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px; MARGIN-TOP: 0px" align="right"><font color="#000000">2004/2/12</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/soukaya/entry-11586785246.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Aug 2013 15:52:30 +0900</pubDate>
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<title>桜下の鬼</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN-TOP: 0px"><font color="#000000">　桜の下には、贖罪をおった死人が埋まっている。そう言ったのは、誰だったのでしょう。あの美しい桜の花の色は、人の血の色だと・・・。人は、桜に血を吸われ、死してなお苦しみ、苦しみぬいていつしか鬼になるのだと、そして、鬼は決まってそのまま桜の下に住みついて、人間だった頃を思い出しては、悲しく泣くのだと。鬼は悲しい生き物なのだと・・・。そう言ったのは、一体誰だったのでしょう。 <br><br>　今年もまた、家の桜は、桃色の小さな花をたくさんつけて咲き誇っております。心なしか、色が一昨年より昨年、昨年より今年、と年々濃くなっているように見えるのは、あの話しを思い出したせいなのでしょうか。それとも、あの桜に特別な思い出があるからなのでしょうか。・・・わたくしには分かりません。ただ、桜の下にいると、桜の花を見ると、何か物悲しさがこみ上げてくるのでございます。それは、桜特有の咲き方のせいなのでございましょう。淡い桃色の花をみんないっせいに開かせ、自分の運命を悟りきったかのように、すべて流れ散って行きます。それは、それは最後まで美しく天を埋め尽くしながら・・・。まだ、美しい花びらは、地面をいろどり、そうして、自分のいた天を仰ぎ見ながら、枯れてゆくのでございます。そのような潔い桜の一生は、他の花達とは違う気がいたします。桜は、それで桜は満足なのでしょうか。それは、桜にしか分かりません。しかし、わたくしは思います。桜はあきらめを持っている、と。だからこそ、桜は悲しみを誘うのでしょう。 <br><br>　わたくしには、この桜に二つの思い入れがあります。ひとつは、母様の死。肺結核でございました。満開の桜の下で、口から恐ろしいほどの赤い血を流し、私の方を呆然と見つめていた母様をわたくしは、今でも脳裏から呼び起こす事ができます。母様は、まるで鬼のようでございました。わたくしは、いとおしそうに手を差し伸べる母様を避け、泣きじゃくりました。気がつくと、母様はとらわれの身となっておりました。そうして、わたくしと会うこともなく、数日後、この世をさって行かれたのでございます。ご病気であった母様とは、生れてこのかた、数えるほどしか会っておりません。それゆえ、わたくしの母様のお姿は、その時のお姿しか浮かんでこないのでございます。 <br><br><br><br>　もうひとつ、それは、たった二年前の出来事でございます。<br>「咲子、今年も桜が美しく咲いたね。ここの風景はまったく変わらないね。時が止まっているかのようだよ。」 <br>父の問いかけにわたくしは、無言でうなずきました。そう、多分そうしたのでございます。というのも、母が亡くなって六年、私はただぼうっと過ごしておりました。何の感情も出さず、心はいつも無でございました。もしかすれば、何か心にあったのかもしれません、しかし、何も思い出せないのでございます。声も出ず、・・・いえ、出さなかったのかもしれませんが、先ほども申したように恥ずかしながら、記憶がないのでございます。わたくしは、ただ、ぼうっと時の流れに身をまかせて生きておりました。あの時のわたくしは、生ける人形とでも申すのでしょう。すでに、周りの方々はそのことが、あたりまえとなり、わたくしの事を目に入れる方もいなくなってゆきました。誰もがわたくしをいない者としている中で、わたくしは、いつも桜を見ておりました。それだけは、確かでございます。あの時の記憶の中には、桜しかございませんでした。なぜ、見つめていたのでございましょう。きっとそれは、わたくしが桜という花に母様の影を引きずっていたからでございましょう。そう、最後に母様を見たのが桜の下であったから・・・、私は桜を母様のように見つめ、心の奥で母様を追いかけていたのかもしれません。 <br><br>「さて、咲子、私は出かけてくるよ。おばあ様たちがいるからね。何かあれば、おばあ様を呼ぶんだよ。」 <br><br>何の反応も示さないわたくしに父はそう言うと、いつものように悲しそうな目をして、去ってゆくのでございました。 <br><br>父がいなくなって、少し経った頃でございました。私は、いつもの桜の下に鬼を見たのでございます。美しいその鬼は、花吹雪にかこまれながら、こちらを向き立っておりました。その見事な黒髪が花びらと共に風邪になびいておりました。その姿を見たのは一瞬でございました。 <br><br>次の瞬間には、鬼はわたくしの目の前で、私をゆっくりと見下ろしていたのでございます。それは、どのくらいの時間であったのか想像もつきません。今に思えば、長かったような気もいたしますし、短かったような気もいたします。何も考えてはおりませんでした。ただ、今までの思い出、とでもいうのでございましょうか、それが一気にわたくしの中に流れ込んできたのでございます。鬼は、何の迷いもなくわたくしを見つめておりました。着物のすそが地を流れ、花びらが舞い上がっておりました。あれほど桜が、そして・・・、鬼が美しいと思ったのは、それ以前も以後もございません。体中が心臓のようにわたくしのすべてが高鳴ってゆきました。心と躯が解け合った瞬間でございます。 <br><br>鬼の手がゆっくりとわたくしに近づいて参りましたが、わたくしはその場を動く事はできませんでした。不思議と恐ろしさはございませんでした。それどころか、このまま鬼に殺されてもよいとさえ思いました。恐ろしいが美しく悲しげな鬼は、ゆっくりとしかし確実に私の首に手をかけました。それでも、わたくしはただじっと座って鬼だけを見つめておりました。鬼をひとりにはしておけなかったのでございます。鬼の流ような黒髪は、烏の濡れ羽のように美しく輝いており、わたくしのほほにさらさらと流れてまいりました。美しくのびたその白い手に少しずつ力が入れば入るほど、体が燃えているようでございました。とぎれとぎれの呼吸の間に、わたくしは母の生きていたときの姿を思い出し、微笑んでいたのでございます。その時のわたくしこそ鬼のようであったかもしれません。首を締められながら、笑っているのですから・・・。でも、本当に幸せな母の姿だったのです。 <br><br>「咲子。」 <br><br>鬼が指に力を入れながらそうつぶやいたのでございます。鬼は、泣いておりました。いつのまにか降り出した雨が、涙と一緒に流れ落ちて行きました。わたくしは、震えながら、その背に手を伸ばし、もう片方の手で涙をすくい取りました。意識が朦朧としているときでございました。声にならない声が出てまいります。息がもつれたようにひゅうひゅうと音をたてておりました。意識が遠くなる中で、わたくしは一度だけはっきりと言葉を発したのでございます。 <br><br>「母さま・・・。」 <br><br>と。なぜ母を呼んだのでしょう。それはわたくしにも分かりません。 <br><br>　その瞬間は、不思議な時でございました。鬼が手を離したのでございます。わたくしは、それまで閉ざされていた空気が、一気に体の中に入り込み、それを拒絶するかのようにおもいきり咳き込みました。目の前には、闇が広がり、何がなにやら分からず、ただ身のまかせるままに倒れこんだのでございます。涙が後から後から流れ落ちてゆきます。それがやっとおさまって、わたくしは体をゆっくりと起こしました。 <br><br>　そうして、わたくしは見たのでございます。鬼が泣いているのを・・・。涙越しにうつろに見える桜、鬼。その鬼の瞳から、なんとも清らかな涙が流れ落ちているのでございます。 <br><br>「母様。」 <br><br>わたくしは、もう一度、自分に言い聞かせるように言いました。鬼は、ゆっくりと微笑んで薄れてゆきます。鬼・・・、鬼でしたでしょうか。もっと、超越したもののようにも見えました。それはそれは美しい姿でございます。 <br><br>「母様。・・・母様。かあさま。」 <br><br>わたくしは半狂乱になって泣き叫びました。鬼に飛びつき、抱きしめました。一瞬、抱きしめられたようでした。夢か現か、そこにはもう鬼の姿はございませんでした。ただ、桜の花びらと、雨、涙に彩られたわたくしがいるだけでございました。 <br><br>　あれは、あのときの鬼は何だったのでございましょう。それは、分かりません。しかし、あれを母さまだと思ったのは、きっと間違えではないでしょう。母様は、わたくしをこの世に残し、去っていったことを贖罪に桜の木の下に留まったのかもしれません。 <br><br>　しょせん、この世は夢うつつ。鬼となりし母とおうて何の不思議がございましょう。 <br><br>　桜は、毎年美しく、そして妖しく咲き、わたくしたちを惑わすのでございます。それでも、わたくしたちは毎年桜を愛でるのでございましょう。大切な故人を愛し、思い出すように。 <br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><br><font color="#000000">終</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000">※この作品の著作権は、流海にあります。無断添付・掲載はお断りいたします。</font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000"><br></font></p><p style="MARGIN-BOTTOM: 0px" align="right"><font color="#000000">2003/11/27</font></p>
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<pubDate>Sun, 04 Aug 2013 14:58:07 +0900</pubDate>
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