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<title>現代社会の遭難者</title>
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<description>現代社会の遭難者たちに捧ぐ。</description>
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<title>社会復帰</title>
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<![CDATA[ 社会復帰してから早や一週間。<div>心身ともに快調である。</div><div>家に閉じこもってるよりよっぽど良い。</div><div>心にゆとりが出来た。</div>
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<pubDate>Mon, 10 Apr 2017 13:35:01 +0900</pubDate>
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<title>猫</title>
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<![CDATA[ 猫が好きだ。<div>散歩に行こうと言うと行かないところが好きだ。</div><div>散歩に行かないと言うとはよ連れてけという顔をするところが好きだ。</div><div>構ってくれというと死ねという顔をするところが好きだ。</div><div>忙しいと言うとはよ遊べとおもちゃを咥えてくるところが好きだ。</div><div>猫の匂いが好きだ。</div><div>猫飼いたい。でも昼間は1人でいるから可哀想で飼えない。</div><div>猫。猫。猫。</div>
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<pubDate>Thu, 30 Mar 2017 17:46:34 +0900</pubDate>
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<title>砂金</title>
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<![CDATA[ <p>太宰治の「正義と微笑」という作品をご存知だろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>太宰の作品の中では私はこれが一番好きだ。</p><p>&nbsp;</p><p>最初に読んだのは18歳〜１９歳、大学一年生の頃だった。</p><p>&nbsp;</p><p>生徒に慕われている若い先生が教師を辞める時のセリフがまさにパンチラインだった。</p><p>&nbsp;</p><p>おおよそ次のような意味だったと記憶している。</p><p>&nbsp;</p><p>「学問なんてものは覚えた端から忘れてしまって構わないんだ。その代わり、一生懸命学問に打ち込むと、自分の中に水の中の一握の砂金のようなものが残る。これだ。これが尊いのだ。」</p><p>&nbsp;</p><p>浅学でゴミムシのような自分にはおこがましいが、この砂金という言葉の意味を考えると、それは「思考の型」であるような気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>大学卒業後、科学哲学→認識論→日本のポストモダン思想→フランス現代思想と哲学的遍歴を重ねてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>今思えばこれらも無駄ではなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>科学哲学ではポパーの反証可能性を起点として自分なりに科学とは何かを考えることが出来たし、認識論ではjustified True Beliefについて考察した。</p><p>&nbsp;</p><p>日本のポストモダンでは何故あれほど熱中されたのか、そしてフランス現代思想ではレヴィナスを手がかりに、実存から実存者そのものへの視座を獲得することが出来た。</p><p>&nbsp;</p><p>超訳ニーチェの言葉とかどうでもいいんですよ。大事なのはその言葉を発するに至るまでの思考の過程。哲学の真髄はそこにある！！！！</p><p>そして本を読んでその過程をなぞり、自分の中で噛み砕き、肯定できる点と批判すべき点を明らかにすることによって自分の思考そのものを観察すること。</p><p>&nbsp;</p><p>これこそが私にとっての砂金である。</p>
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<pubDate>Mon, 27 Mar 2017 22:33:53 +0900</pubDate>
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<title>2.26</title>
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<![CDATA[ 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという。<div><br></div><div>自らの力の及ばない経済騒動に基づく不況によって苦しむ。</div><div><br></div><div>それを打開したいのは2.26事件の青年将校達もも同じだった。</div><div><br></div><div>彼らは暴力によってのみ、その解決策を打ち立てることしか出来なかった。そして更に巨大な暴力によって潰された。</div><div><br></div><div>そこから学ぶことは何か。</div><div><br></div><div>行動ありきの計画は必ず失敗するということだ。</div><div><br></div><div>私は賢者ではないが、現在の自分の状況を打破する一助としたい。</div>
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<pubDate>Mon, 27 Mar 2017 08:53:01 +0900</pubDate>
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<title>ここ最近</title>
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<![CDATA[ だいぶ調子が戻ってきた。<div>家にずっといることが退屈になってきている。</div><div>新しいカメラでも買って散歩に行こうかな。</div>
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<pubDate>Sun, 26 Mar 2017 12:41:10 +0900</pubDate>
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<title>今日</title>
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<![CDATA[ とにかくやることがない。<div>ゲームもしないし、本を読む気もおきない。</div><div>日を浴びるのが一番の幸せ。</div><div>植物のように生きてます。</div>
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<pubDate>Thu, 23 Mar 2017 21:33:05 +0900</pubDate>
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<title>暇</title>
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<![CDATA[ 何もすることがないってのは不安になるな
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<pubDate>Wed, 22 Mar 2017 10:11:23 +0900</pubDate>
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<title>退屈</title>
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<![CDATA[ 人生は暇つぶし。<div>どうしようもなく退屈なこの人生を過ごすしかない。</div><div>それで良いのかという疑問がないわけではないけど、その暇つぶしを全力で過ごすことに意義があるのかもしれない。</div><div>「そんなもんだ」と肩の力を抜いて生きるのが中庸であるということなのだ。</div>
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<pubDate>Mon, 20 Mar 2017 11:27:44 +0900</pubDate>
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<title>可能性</title>
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<![CDATA[ 人間は自由であるべきらしい。<div>では自由とは何か。それは選択出来るということだ。</div><div>今まで私は楽な道を選択してきた。</div><div>苦痛を避けるのは動物として当然だから。</div><div>しかしそれは同時に苦痛を克服することによって初めて生まれる自信を得てこなかったことになる。</div><div>文字通り、自分を信じることが出来ない。</div><div>こうなると、何を選択すべきかが分からない。</div><div>私の病はこれまでの人生のツケが回ってきたことによるもののように思えてならない。</div>
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<pubDate>Sat, 18 Mar 2017 19:41:34 +0900</pubDate>
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<title>アカデミック</title>
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<![CDATA[ <p>今の会社に入ってからは入社してから数年に一回研修を受けている。</p><p>その時の講師が言った一言が今でも忘れらない。</p><p>「これから話す内容は少々アカデミックなので申し訳ないです」</p><p>たしかマズローの欲求段階説の話だったと思うが、その内容はどうでも良い。</p><p>ここで問題にしたいのは、企業が研修の際に大学で教えるような内容を「社会人」に教えるのは不適当がと考えている点である。</p><p>この講師の一言には、大学での勉強なんでどうせ世の中の役に立たないですよね、という考えがまず根本にあると思われる。何故そう考えるのか。</p><p>確かに世の中には暇つぶしの為に大学に来ている人間が圧倒的に多いだろう。勉強するわけでもなく、サークルにうつつを抜かす毎日。私の周囲にもそういう人間は山ほどいた。</p><p>しかしいざ就職活動となると、勉強よりもサークル活動に積極的だった人間の方がコミュニケーション能力が高いということで評価されてしまう。つまり、大学で何を学んだかなんてどうでも良いのだ。</p><p>私はこれに疑問を抱く。ろくな勉強もせずコミュニケーション能力に長けた人間が就職活動に成功するのは良いとしても、果たしてそれで良いのか。良い社会を築いていけるのか。というかそもそもコミュニケーション能力って何だ？他人の言ったことを全て肯定することか？会社の中で立場が上の人から言われたことに全面的に服従することか？そんなことでいいのか！？こういうこと言ってるとよく素直じゃないねと言われる。素直＝服従か？同一問題に対して異なる意見をぶつけ合わせ、そこから最善解を導くことが一番望ましいのではないか？</p><p>そもそも大学で一生懸命勉強して何が悪いんだ？大学全入時代においてクソみたいな大学が乱立している今、確かに大学で勉強してきたことを就職活動時に軽視するのは当然かもしれない。しかし中には真面目に勉強し、自分とは何か、社会とは何かを真剣に考えて自分なりの（暫定的な）答えを探している学生も少なからずいると思うし、そういった奴らを評価してほしいと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sounansha/entry-12257046993.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Mar 2017 23:16:23 +0900</pubDate>
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