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<title>日々思ったことを書くだけのどこにでもあって取り留めのない、ただ自分の鬱憤を晴らすためのブログ</title>
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<description>日々思ったことを書くだけのどこにでもあって取り留めのない、ただ自分の鬱憤を晴らすためだけにあったブログです。更新完全停止。</description>
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<title>エヴァンゲリオン新作映画製作決定</title>
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<![CDATA[ <p>新世紀エヴァンゲリオンの「新作」が作られるそうだ。<br><a href="http://slashdot.jp/articles/06/09/07/1620233.shtml">http://slashdot.jp/articles/06/09/07/1620233.shtml</a> </p><p><br>＞現状のアニメ業界に対するアンチテーゼとして、エヴァから始まった時代に幕を引くというのが制作側の心構え。<br><br>作った張本人に尻拭いまでしてもらわないとエヴァ世代は脱却できないと思っているのか。<br>それとも下の世代にまで影響を与えてしまっていることに責任を感じているのか。<br><br>僕としては、この「新作」がある意味つまらないものであって欲しい。</p><p>そして、「なんだエヴァってこれだけのことだったのか」と未だに総括できていない人達、<br>特に未だにセカイ系作品を作っている人たちに知らしめて欲しい。</p><br><p>製作者側がどうやって幕を引こうとしているのかはわからないが、<br>一番重要なのは、こんなのエヴァじゃないというような「現実逃避」を彼らにさせないこと。<br>この、自分達が10年前に作ってしまった負の遺産が制作者にとって直接的な障害となる。</p><br><p>「制作者側」という人達がどこまで本気で、全員ともが本当にそう思っているのかはわからない。<br>でも第四世代への準備が着々と進んでいるような、時代の流れが感じられてわくわくする。<br>この新作が話題になっているうちは多分祭りは来ないけど、でも終わったら近いうちに本当に来るのかも。</p>
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<pubDate>Fri, 08 Sep 2006 12:27:13 +0900</pubDate>
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<title>「涼宮ハルヒの憂鬱」。第四世代の始まりはツンデレカップルから</title>
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<![CDATA[ <p>もう、反論も後から間違いだったと思うことも恐れず、またさらに、希望も込めて書きたい。<br>「エヴァ以降」の時代は終わった。と。<br>僕は今、そう、「戦後は終わった」と言った政治家と同じ心地である。</p><br><p>おそらく「涼宮ハルヒの憂鬱」周辺の時代、つまり今のことを、<br>第四世代の始まりと後世呼ぶようになるのだろう。<br>あとはヤマト、ガンダム、エヴァのように、<br>世代を象徴する作品が登場すれば第四世代の完成である。</p><br><p>逆に、「涼宮ハルヒの憂鬱」が世代を象徴する作品とまでは思わない。<br>アニオタの中でそこそこのムーブメントになったのは、<br>京都アニメーションという桁違いな製作会社のおかげと考えるのが妥当かと思う。<br>むしろ「涼宮ハルヒの憂鬱」は、<br>「エヴァ以降」を清算するものとしてうまく作用した作品と、後に位置づけられると考える。</p><br><p>この作品は確かにボーイミーツガールであり、<br>世界の崩壊がキミとボクとの間で起こる。<br>しかし、「ボク」である主人公は意図的に、ある種傍観者的立場をとる。<br>自分が原因で世界が危うくなることを理解していながら、それに悩んだりはしない。<br>ただ漠然と、楽しみながら今にも崩れそうな危うい日常を歩んでいく。</p><br><p>この主人公視点はセカイ系作品をパロディにした感すらある。<br>11年前の14歳と今の高校生は違うのだと。<br>自分は特別で自分にしか世界を救えないと散々言われても、<br>自分が何をすべきかいちいち深く考えないし、<br>極度のツンデレで本作品の「キミ」である涼宮ハルヒ以上のツンデレである主人公は、<br>意図的に、恋への意識を読者にもあまり見せずに、涼宮ハルヒとは距離をとる。<br>（両方ともツンデレならキミとボクにはならなかったのだ。）</p><br><p>すでに、こういう男の子が主人公でも良い時代になっていた。<br>それにもう世代は変わった。本当に中高生が多いニュー即VIPで大ヒットしたのだから。</p><br><p>中高生時代にエヴァに嵌って、大学に入って泣きゲーをやり、テキストサイトを読んでいた第三世代、<br>エヴァを見て哲学だと言い、泣きゲーをやって文学だと言い、<br>テキストサイトはテレビでみる漫才よりも笑えると言い、本当の社会には目を向けなかった。<br>しかし、彼らは大学を卒業し就職して現実の社会に出て行った。一部はニートになったが。</p><br><p>やっとエヴァから脱却して次への土壌ができた。後は祭りを待つのみ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10014813322.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Jul 2006 10:48:50 +0900</pubDate>
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<title>「NHKにようこそ!」の泣きゲー進行にみえる光画部</title>
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<![CDATA[ <p>作品レビューでもまた久しぶりに書こうかと。相変わらずのオタクではあるが。</p><br><p>まったくのオタク第三世代でキミとボクでボーイミーツガールな「NHKにようこそ!」。<br>初めてこの作品に触れたのはアニメの第一話で、<br>一話だけみて漫画と原作小説をすぐ読んだ。<br>まだアニメは一話のみで漫画も完結していないので、わからないけれど、<br>これらは中身が結構違う。だがすくなくとも、小説の方は面白いと感じてしまった。</p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/0b/5c/10008155666.jpg" target="_blank"><img alt="NHK" src="https://stat.ameba.jp/user_images/0b/5c/10008155666_s.jpg" border="0"></a> <br><br><p>以下ネタバレ。<br>ただ、小説を読んだ感想とネタバレで、漫画版ではいろいろ違う。</p><br><p>主人公の佐藤はひきこもり。大学中退の無職でニート。<br>何年もひきこもったある日、あたまの弱い少女と出会う。<br>一言でいうとエヴァ以後に流行った泣きゲーである。<br>脳のネジが抜けている少女と出会い、その少女を救い出せるのは自分しかいないと信じ込み、<br>病院にも警察にも行かずに救出するという物語だ。<br>エヴァ以降量産されたセカイ系なオタクの幻想、<br>「自分にしか救えない弱い少女がある日突然現れる」そのまんま。</p><br><p>僕はアニメ一話だけ見てまたこれかと思った。mixi日記にもこんなのありえないと書いた。<br>かくいう僕も頭の弱い二次元少女を何人もゲームで救っている。<br>でも醒めた目線ではみてた。例えばこいつらの病名は何だろうと。<br>鍵っ子ども目を覚ませと。主人公は目を覚ましてエピローグでは普通の現実を歩んでいるではないかと。</p><br><p>前々からオタク第三世代を批判しているが、僕は泣きゲー進行が好きである。<br>最初はギャグ交じりな馴れ合いストーリーなのが、<br>終盤にかけて全くギャグがなくなり、さらに日常の描写もなくなり、<br>だんだんと絶望が取り巻いていく。「NHKにようこそ!」もそうだ。<br>ただこの作品の場合、絶望が、主人公を取り巻く人物達が現実へ回帰していくことなのである。</p><br><p>主人公はひきこもりというより駄目人間である。<br>代アニに通う隣人の山崎とどうしようもない毎日を過ごす。<br>恋愛というものに恐怖を抱きながらトラウマヒロイン少女とイチャつく。<br>薬漬けの憧れの先輩と再会する。</p><br><p>そんな日常から絶望進行が始まる。<br>まずヒロイン少女のトラウマと家庭の事情を聞く。これは泣きゲーの定型だ。</p><br><p>そしてさらに、これら登場人物たちが現実へ回帰していく。<br>山崎は実家に帰って親の家業をつぐ。<br>ヒロイン少女は大検に合格する。先輩は結婚する。<br>この過程が非常に僕には印象に残った。<br>要するに光画部的には「夏休みの終わり」なのである。<br>主人公も、ひきこもるための資金を稼ぐため、バイトを始める。<br>一人だけ「8月31日」を突破することのできない主人公。</p><br><p>結局、記号的で表面的なのだけど、<br>それを泣きゲー進行でやられたのが僕にはヒットした。<br>公園にいた野良猫がいなくなるというエピソードにすら悲しさを感じる泣きゲー進行の中で、<br>楽しく馬鹿馬鹿しい日常とモラトリアムが崩壊していく。<br>山崎が代アニに通いつつ部屋で一生懸命作っていたゲームが本当にしょうもないものだったという話は、<br>光画部への幻想が意味のないことだと象徴しているようで印象的だった。</p><br><p>問題は最後だ。泣きゲー的ご都合主義にのっとり、ヒロイン少女が自殺する。<br>結局一命を取り留めるのだが、<br>また自殺を試みるに違いないと悟った主人公はヒロインの元に走る。そして救出。<br>泣きゲーと違うのは主人公が全く救出されず、<br>最終的にひきこもりから脱却できていない点ぐらいである。<br>かなり微妙。</p><br><p>実のところ、この小説で出てくるネタを見ると作者は明らかに泣きゲーをやっている。<br>最初に単行本が出たのは2001年か2002年。泣きゲーは全盛の頃だが、<br>流行が「少女救出」から「家族愛」に移行していっている頃くらいか。</p><br><p>泣きゲー、特に「kanon」の失敗と言われているのが、<br>登場人物たちが現実回帰していく過程の物語であるにもかかわらず、<br>セカイ系のオタクを現実に引き戻すことができなかったということらしい。<br>つまり、彼等は弱い少女への萌えに走り、さらなる現実逃避に走る結果になってしまったと。<br>実際に、泣きゲー全盛期、萌えの時代がさらなる全盛を迎え、<br>秋葉原は萌えの街と呼ばれるようになった。<br></p><br><p>この作品、アニメがどう原作と異なる展開をしていくかが僕としての最大の注目点で、<br>例えば最後に主人公がひきこもりから脱却するとした場合、どう評価されるのだろうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10014738482.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Jul 2006 06:20:29 +0900</pubDate>
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<title>なつかしいサイト</title>
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<![CDATA[ <p>さっき、とある言葉で検索していたら、</p><p>「Out of Heavenとかいってみるテスト」という懐かしいサイトに行き当たった。</p><p>以前僕が見ていた頃、このサイトの管理人はまだ高校生だったと思う。</p><br><p>今でこそ2ch系のブログはたくさんあるが、当時はそんなのなかった。</p><p>むしろブログという言葉がなかった。</p><p>2ちゃんねるの面白いスレ、レス、運営情報を集めて紹介するサイトは、テキストサイトやテキストニュースサイトと呼ばれる枠組みで存在した。リドミランキングがまだ全盛だった頃だ。</p><br><p>そういう2ちゃんねる系テキストサイトを束ねていたのがCNP（ちゃんねるニュースヘッドライン）で、</p><p>このサイト「Out of Heaven」の他にも、スレの杜、2ちゃんねる研究、The Battle Watcher Annex、2ちゃんねるの怖い話、泣ける2ちゃんねる、2ちゃんねる放浪日記、等などが登録されていた。</p><p>これらのサイトの質は非常に高かったし、それぞれがそれぞれの分野を持ち、多彩な顔ぶれだったと思う。</p><br><p>だが、ネットの移り変わりは早い。上記のサイトがいくつか閉鎖し、CNPも終了し、僕はだんだんと離れ、</p><p>CNPと関係のない「2ちゃんねるベストヒット」やら「閑」に移行していくことになる。</p><br><p>その後の話になるが、The Battle Watcher Annex はしばらくの放置のあと閉鎖し、ニュー即にスレがたった。</p><p>しかし、スレでは「何それ？」という反応が多く、時代の移り変わりを実感せずにはいられなかった。</p><p>大手テキストニュースサイトでも「1つの時代が終わった」と書かれたりした。<br>その頃から、既出ネタで盛り上がる人を見ても何とも思わなくなる。</p><br><p>最近、どの2ちゃんねる系のブログを見ればいいのかわからない。特にVIPは既出ネタが多い。</p><p>「2ちゃんねるの怖い話」の後継サイトも出来てるし、誰かまたCNPの後継をつくってくれないだろうか。VIP抜きで。</p><br><br><p>一応書いとくけど、このブログを定期的に更新することはないでしょう。</p><p>当の「Out of Heavenとかいってみるテスト」が、放置していたのを最近更新したところみたいだったので、</p><p>懐かしさにかられて僕もこのブログを更新する気分になったというだけ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10009054567.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Feb 2006 17:05:04 +0900</pubDate>
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<title>このブログの状況</title>
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<![CDATA[ <p>どうみても閉鎖です。</p><p>本当にありがとうございました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10005981345.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Nov 2005 00:24:18 +0900</pubDate>
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<title>いろいろすっ飛ばして出す結論と何なら最初から全てすっ飛ばしても良かったんじゃないかという気分</title>
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<![CDATA[ <p>そろそろ飽きてきたのでいきなりだが、<br>やっぱり「光画部」なんて幻想でしかなかったんだというのが結論。<br>そもそも「光画部幻想」には「いつまでも続く」という要素が不可欠なわけで、<br>そんなものが現実にそうそうあるもんじゃない。<br>「究極超人あ～る」という漫画の中でさえ、最後はその部分で破綻したんだし。確か。<br><br>あとは箇条書き。<br><br>●すごく薄っぺらい結論になったけど、当然省略しまくり。冷静に考えたらそうせざるを得ないでしょう。<br><br>●「究極超人あ～る」は当時相当の影響を与えた作品であることは間違いないのです。<br>　時々あるでしょう。そういう漫画とかゲームとかアニメ。<br>　いまだにその幻想と呪縛を解き放てない人が多いとか言われたりする。<br><br>●何とか幻想から脱したいという気もあって今回一連のことを書いてみた。<br>　読んでいる人がいるのかもわからないけど、やっぱり人前に出した方が臨場感でるし。<br>　動機は学生時代を一度総括して健全に社会に出ましょうということ。<br>　影響された世代にとって最も象徴的なのがこの漫画だから前面に押し出した。<br><br>●ここに書いてあることとかぶり過ぎなのは前に読んだことあるからかと。<br>　<a href="http://www.geocities.jp/wakusei2nd/r.html">http://www.geocities.jp/wakusei2nd/r.html</a> <br><br>●「ハチクロ」と「げんしけん」は展開次第でそうなるかもしれないけど、<br>　「光画部」脱却を扱う作品ってあまりないんだよなあ。知らないだけか。<br>　一方で「セカイ系」脱却は結構出ていたりするけど。<br>　そういえばFF7ACはどうだったんだろう。<br><br>●実は、小学生の頃に一度読んだ以降「究極超人あ～る」を読んだことがない。<br>　今読み返したら全然違ったりするかも。なので、そういう部分で突っ込まれると困る。<br><br>●読んだのは友達のうちで、徹夜で格ゲーしていた頃だから90年代には入っていたと思う。<br>　一度読んだだけでこれほどまで影響受けているという事実は何かの指標にはなるかと。<br><br>●このブログは停止します。<br>　エントリタイトルの字数制限うざいし。アメブロ重いし。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10004519181.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Sep 2005 00:41:55 +0900</pubDate>
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<title>やっと書けた「サユリ1号」の感想とそこから沸いた「リアリティ」と「幻想」との間にある差への実感</title>
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<![CDATA[ <p>ちょっと話をずらして、今日は漫画「 <a href="http://homepage2.nifty.com/taka_ringo/comic/work/sa/sayuri1gou.htm" target="_blank"><font color="#00ffff">サユリ1号</font></a> 」の感想でも。<br>「光画部」を持ち出すより別の切り口から感想書いた方が的確なんだろうけど敢えて持ち出す。<br>この漫画の感想を何度か書こうとして失敗した経験を踏まえ、<br>こういう切り口なら書けるだろうということでもある。<br><br>「ハチクロ」の前半って、「光画部幻想」に限らず、<br>サークル内恋愛事情の一つの理想形だと思う人結構いると思うんだけど、どうなんだろう。<br>まあ、抜け駆けする人がいないという要素は「光画部」的には重要か。<br><br>その点、「サユリ1号」では抜け駆けも普通にあり、理想の対極にある漫画と言える。<br>だからかは知らないけど有り得ない話にしては「リアリティ」を感じたりもする。<br><br>この漫画の舞台は、<br>京都のとある大学の「大学デビューしそこないの中途半端な男が多い、あいまいなサークル」。<br>そこに「そういうサークルの真ん中に大抵いる、純度が高く思い込みの強い女」が大嫌い(大好き?)な悪女が現れ、<br>男どもを誑かしてサークルをめちゃくちゃにしたりという、どろどろした話。<br>誑かし方が重要な気はするがそこはあまり触れないかも。<br><br>私が思うに、この漫画で一番「光画部幻想」的に爽快な点はこの悪女の言動。<br>幻想とは対極で、むしろ現実に隣にいたら邪魔なやつらを精神的に追い詰めていくわけだから。<br><br>そもそも、「大学デビューしそこないの中途半端な男」という設定が「光画部幻想」の対極。<br>なぜなら準オタク系で文科系のぬるいサークルがそもそも「光画部」の基本条件なのだから。<br>悪女がこういう勘違い男を手玉に取る様がまず爽快。<br><br>「そういうサークルの真ん中に大抵いる、純度が高く思い込みの強い女」なんて、<br>この説明だけではイメージしづらいだろうけど、「光画部幻想」からしてみたら邪魔でしかない存在。<br>場違いな理想と、周りに配慮のないやる気をもっていたりしてぬるくないから。<br>4巻の、「純度の高さ」と「思い込み」を悪女が砕いていくシーンはただすごいと思った。<br><br>蛇足だけど、男が好きになるのは悪女の方なんだよな。<br>いや、そう思わせるところがこの漫画のすごいところだと思う。これに関しては「光画部」とか抜きで。<br><br>ここまで書いた感想が意味のない結論になってしまった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10004517333.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Sep 2005 02:08:04 +0900</pubDate>
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<title>「光画部幻想」と現実生活の記号的一致と、それでも結局「光画部」は不完全で終わるという結論</title>
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<![CDATA[ <p>昨日は、うちのサークルは「光画部」だったのかということを書いたけど、<br>実際にはこういう「光画部」への幻想って、あのノリを実践することではなく、<br>あくまで自分達なりの「光画部」をぬるく過ごすということなんだと思う。<br>ここで重要なのは、例えば「光画部」を自分達で構築するとかの能動的な部分があまりないところ。<br>この辺は今回飛ばすけど。<br><br>では、何が「光画部」なのかという所で取っ掛かりになるのが、<br>「究極超人あ～る」に限らず当時の学園モノから続いてきたいくつかのキーワード。<br>すぐ思いつくのは、「終わらない放課後」、「文化祭の前日」、「夏休みの終わり」とか。<br>これらが現実の生活に記号的に合致すると気分的には「光画部」っぽくなってくる。<br><br>でまあ、自分達もこれらのキーワードに近いこと送ってきたと思う。<br>次の日の午後までだらだら続く「放課後」とか、<br>年に何回もある「文化祭」とそこで何度も繰り返された「祭りは準備が面白い」「今年もあと何日で祭りが終わる」という会話とか。<br>「夏休みの終わり」（=卒業）的な雰囲気がサークルに蔓延したことはあまりなかったけど、<br>個人的に浸っている人は何人も見てきたし、こんなこと書いている自分もそう。<br><br>それと、卒業したのにサークルに来るたくさんのOBや、<br>いつまでも大学を出ない人、入り直す人とかの存在（自分もそういう人間の一人だが）も完全に合致する。<br>これも気分的に大きかったと思う。<br>冷静にみたら「ぬるい共同体から抜け出せない寂しい人達」ぐらいに思われるのがオチなのは明らかで、<br>実際にうざがっていた人はいたのかもしれないけど。<br>(世代的に、セカイ系な人達は「光画部幻想」に嫌悪感を抱く傾向があったりするそうです。)<br><br>自分的に意味のない合宿も楽しかった。<br>楽器持っていかない合宿に意味あるのと当時聞かれれば、意味があったら行かないと答えただろう。<br><br>こんな感じで、ある意味幻想との合致をみせるサークル生活ではあったが、<br>でも、「光画部幻想」は幻想というだけあって現実とは異なったのだった。つづく<br><br>「光画部」への幻想を抱く文科系サークルは、ここまでは容易に辿り着いたんだろう。<br>でも、20年続いた歴史を見て、未だに幻想から抜け出せない大人が数多く存在することを考えると、<br>もう結論はでているような。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10004447339.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Sep 2005 19:26:33 +0900</pubDate>
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<title>僕は学生生活で光画部という「楽園」を体験できたのかという観点における学生生活のまとめに向けて</title>
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<![CDATA[ <p>本エントリは内容が非常にオタク的ですが、<br>学生生活をサークル活動中心に自分なりにまとめてみようという話です。<br>まだ何年かあるけど、「夏休みの終わり」とか言うやつの準備と言えます。<br>専門用語が気になる人はwikipediaかgoogleでも見てください。<br><br><br>最近読んできた漫画であるところの「 <a href="http://comics-news.shueisha.co.jp/common/hatikuro/" target="_blank"><font color="#00ffff">ハチクロ</font></a> 」と「 <a href="http://homepage2.nifty.com/taka_ringo/comic/work/ka/gensiken.html" target="_blank"><font color="#00ffff">げんしけん</font></a> 」、<br>美大とオタクという表面的な違いがあって読む人を選ぶ漫画ではあるけれど、<br>私等の世代が2作品に共通してそこに見てしまうのはやっぱり「 <a href="http://www.h-opera.com/otaneta/r01.html" target="_blank"><font color="#00ffff">究極超人あ～る</font></a> 」なのだと思う。<br><br>本当は、この漫画が絶大な影響を与えた世代は自分等の世代より一回り上で、<br>私の世代なんかはもろ <a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%bb%a5%ab%a5%a4%b7%cf" target="_blank"><font color="#00ffff">セカイ系</font></a> 世代なわけだけど(エヴァンゲリオン放映時に14歳)、<br>私は小学生の頃にこの漫画を読み、<br>登場人物の名前とか全然覚えていないけど取りあえず強烈だったという印象をずっと持ってきた。<br>今思うと、オタク第三世代を形成した時代のアニメ(エヴァとか)をことごとくスルーしたのは、<br>そういう体験があったからなのかとか思ったりもする。<br>つうか、隣で一人妄想してセカイ系やっている奴がいると、<br>「光画部」(この漫画で舞台となっている部活)が成立しないというもどかしさは高校時代からあったような。<br><br>まあ、自分個人の話はどうでもいいんだが、<br>このサークルに来たとき「光画部」を思い起こしたのは確かだった気がする。<br>サークルの強烈な昔話とか、もうまさにそう思えた。<br>「○○時間」（○○にはサークル名が入る）という用語が、<br>実は光画部用語であることに気づいたか教えてもらった時には先人達の願いと幻想が見えてきた。<br><br>でも、何か違ったんだよね。<br>でも、他人の議論や考察に出てくる記号的な部分は良く当てはまっていて「光画部」だったとも言える。<br>で、ちょっと考えてみたいけど、オタクに関する本とか全く読んだことないので、<br>あまり深い考察にはいたらないかもしれないです。つづく<br><br>そういや、今日鳥人間コンテスト見たけどまさに対極だな。あれは。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10004429721.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Sep 2005 00:20:01 +0900</pubDate>
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<title>ぬるい大学サークル漫画「げんしけん」</title>
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<![CDATA[ <p>アフタヌーン連載の漫画「 <a href="http://homepage2.nifty.com/taka_ringo/comic/work/ka/gensiken.html" target="_blank"><font color="#00ffff">げんしけん</font></a> 」に嵌りました。そして抜け出しました。</p><p><br>「げんしけん(現視研)」とは現代視覚文化研究会の略で、<br>写真部に対して「 <a href="http://www2s.biglobe.ne.jp/~rokuhara/c_comic/c_com002.htm" target="_blank"><font color="#00ffff">光画部</font></a> 」があるように、漫研やアニ研に対し存在するサークルのようです。（筑波大に実在）<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/78/fd/10002060741.gif" target="_blank"><img height="179" alt="大野" src="https://stat.ameba.jp/user_images/78/fd/10002060741_s.gif" width="110" border="0"></a>  <br><br>この漫画はそんなサークルのオタク達の活動や生活を描いたものなわけですが、<br>その中身は非常にぬるく、大学というより高校の部活みたいな雰囲気が何とも言えないわけで、<br>そんな学生生活への憧れと懐かしい気持ちで心地良い漫画です。<br>まあ、昨日はBOXでだらだらギャルゲーやっていたわけですが。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/aa/ac/10002060688.gif" target="_blank"><img height="168" alt="斑目" src="https://stat.ameba.jp/user_images/aa/ac/10002060688_s.gif" width="110" border="0"></a>  <br><br>ちなみにこの漫画は、<br>一般人から見た偏見まみれのオタク像が電車男であるなら、<br>オタクから見たオタク像を妥協できる程度に描いた漫画がげんしけんである。<br>みたいなことを言われたりしているような気がちょっとします。<br><br>あと、6巻(初版のみ?)にプロの漫画家が書いた「げんしけんの同人誌」が付いているのですが、<br>久米田康治や桜玉吉など錚々たる顔ぶれが書いています。<br>こんな所にはやっぱり顔を出す久米田というか、何で書いたんだお前っていう桜玉吉というか、<br>作者や出版社がはっちゃけている様子は何となくわかっていただけるかと。<br>漫画の中身はあまりはっちゃけていないんですけどね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/sousousou/entry-10004393714.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Sep 2005 21:20:21 +0900</pubDate>
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