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<title>4人子育てママの激変日記〜こんなに気持ちがフゥって楽にできる〜</title>
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<description>上は9歳から下は1歳の4人子育てフルタイムママは日々の生活で精一杯でしたが、一歩外へ出てみたら、とても自由で、今まで考えられなかったことが沢山起きました。ママが笑顔なら子供もきっと笑顔でいられる！</description>
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<title>両親を癌で亡くして、想うこと</title>
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<![CDATA[ <span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">今回は、前にも書いた両親が癌で闘病し、亡くなって今想うことを書きたいと思います。</span><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">少し長くなりますが、読んでいただけたら幸いです</span><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png" alt="ニコニコ" width="24" height="24"><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">8年前父は多発性骨髄腫という血液の癌、母は三年前に食道癌で他界しました。共に病気がわかって2年経たずに亡くなりました。</span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">父の時は正直何かをしてあげれたか、、自信が無かったし、後悔も沢山ありました</span><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/050.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24"></div><div><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">私にできたことは小さい孫を見せに病院へ行ったり、退院してからも自由に私のうちに遊びに来れたくらいで</span><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/042.png" alt="真顔" width="24" height="24">そもそも父はその少し前に婿入りしていたうちから出て行っていて一人暮らしだったので。いろいろ複雑で。</div><div>病気がわかった時、普通に代行の仕事をしていて時折孫の顔を見にうちに来ていましたが、「何だか腰が痛い。ちょっと風邪ひいたみたいだ。」と言っていて、地域の内科にはかかっていたけれどなかなかよくならず。</div><div>どうにも腰が痛くて救急車で🚑大きな病院へ行ったら、多発性骨髄腫と診断されました。3クールの治療で一旦落ち着き、その間の医療費も本人は払えず、頼れるのはうちだけだったので頑張ってお金工面しましたよ〜。いい旦那で良かった<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/015.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24"></div><div>退院後は60歳の還暦に同級会の幹事で頑張って、体調的にも何とか行けて、、その間も今度こそ娘に少しはお金返せるかな💴と年金もらって、さらに働けるだけ働こうと思っていたようでしたが、再発<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/050.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24">その時はもう先生から余命幾ばくもないと聞かされました。</div><div>まあ父は知ってか知らずか、今となってはわかりません。亡くなる前の日もまだ病院で自分で何とか動いていたけれど、孫を連れて行った私を気遣って珍しく「早く帰れ」と言ってました。看護師さんにお世話になり、🚹にも1人で行けなくなったりお腹が痛いとか色々とあったかとは思いますが、覚悟していたように思います。</div><div>夜中に電話が来たけど、何だか嫌な予感がしてすぐに反応できず。数分して確認し、急いで病院へ行きましたが間に合いませんでした。</div><div><br></div><div>とにかく父には何もしてあげれず</div><div>後悔ばかりが残りました。</div><div>しばらくぼーっとしてました。</div><div>うちの長男は2歳前でしたが、時折じいちゃんのことを言います。「生きてたらじいちゃんと魚釣り行けたかなー？」とか。</div><div>間違いなく生きていたら、孫も私のように連れ回したでしょうね〜。昔タクシーの運転手🚖だったので車で出かけるのが好きでしたから。</div><div>魚釣りも、スポーツ観戦も沢山連れて行ったんだろうなーと思います。</div><div><br></div><div>第二の人生これからって時に</div><div>まだまだあれもしたいこれもしたいと</div><div>思っていたようです</div><div>それも知っていたからか</div><div>私も後悔が多くあり</div><div>母の時はできる限りのことをしたいと思っていました。</div><div><br></div><div>父のことだけ考えれば、</div><div>今までも自分のやりたいことを</div><div>存分にやってきてただろうから</div><div>まあねー</div><div>でも別れても母をいつか旅行に連れて行きたいと思ってたようで、それが叶わず</div><div><br></div><div><br></div><div>そしてまさかその後すぐに母が倒れるとは思っていませんでした。</div><div>私が第二子次男、その2年後に第三子長女を産んで、職場に長女五ヶ月で復帰した直後でした。</div><div><br></div><div>それまでも母はとにかく働きづめで、</div><div>自分の家で兄家族小学生子供3人と暮らし、</div><div>仕事の合間に我が家の洗い物や掃除などをし、</div><div>自分の兄弟のうちの草取りやら、墓掃除など</div><div>休んでる暇なく、働いていました。</div><div>そして好きな韓流ドラマをDVD借りて見まくるということを楽しみに。</div><div><br></div><div>そんな母も父同様、風邪すらめったにひかず</div><div>医者に行くのも年にあるかないかくらいの人で</div><div><br></div><div>初めは耳が痛い、食事が喉を通らないと行って</div><div>耳鼻科へ行ってました。</div><div>しかしよくならず、段々食事がまったく飲み込めなくなり、大きな病院に紹介されるもMRIの予約などで日数がかかるうちにとうとう我慢がならないほど苦しくなり、救急車で🚑病院へ。</div><div>そこですぐに食道癌が見つかり、、、</div><div><br></div><div>その時思ったのは、</div><div>えっ本人にすぐそこまで言うの？？という感じでお医者さんって家族にも相談しないで言ってしまうの？と思いました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/050.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24">そもそもうちの母、とても心配性なんで、そんなこと聞いたら、、、って。でもまあそれだけ早く治療に入らなきゃまずい状態だったのです。</div><div>何でもっと早くに検査できなかったのか、わからなかったのか<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" alt="ショボーン" width="24" height="24">検査の日はまだ10日くらい先の予定だったので。わかった時にはステージはⅣと手遅れ状態。少しでも小さくできるか、放射線治療しかないと。<br></div><div>大きな病院でも同じように本人にはっきりと言われました。そして本人がムンテラの部屋から出てから、「あとどれくらい生きられますか？」と先生に聞きました。</div><div>「年は言えないです。」と。それを聞いた時、</div><div><br></div><div>父の時のように後悔しないようにできるだけのことをしようって決めました</div><div>それからというのは子供達にも旦那にも沢山負担をかけたかと思うけど、病院通いしながら兄家族や母の姉妹と協力しながら、できるだけのことをしました。</div><div>長女がどうやって、大きくなったかあまり覚えていません<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" alt="ガーン" width="24" height="24">でも彼女の成長が間違いなく母の生きる励みであったことは言うまでもありません</div><div><br></div><div>胃ろうを造設して、自己管理しながら自宅で治療することになり、職場から介護休暇いただいて三ヶ月ゆっくり母のそばにいました。思いの外、自宅での生活にも慣れました。が、抗がん剤は合う合わないがあったり、腎機能の方がダメで変えざるおえない状態になるなどあり、ついに胃に転移、悪化があり、再入院。胃ろうも入れられず、点滴のような形でしか栄養が入れられず。</div><div>それでもできる限りうちにいて、お金かけたくないという母の思いから、兄のお嫁さん、甥姪の協力の元、自宅へ。その頃にはモルヒネのようなパッチで痛みを抑えていたからか、母は久しぶりに口から食べたいものが少し食べれたり、楽しい年末お正月を過ごすことができました。</div><div>そして、訪問看護の方の採血の結果、即入院の方向になり、先生から</div><div>「今生きているのが不思議なくらいの値で、いつどうなってもおかしくない状態です。」と告げられました。</div><div>それからは私と兄が交互に夜付き添いで泊まり、仕事へ行ったり来たり。体も心も疲れ果てていましたがやれることはやりました。そして母の姉妹の協力と先生の「今日なら何とか出かけられるかな」と最後になるであろう外出へ。兄に抱えられ車椅子から車に乗って、母のオススメの浜茶屋のラーメンを私達に食べさせ、海を眺めて自宅へ少し帰れました。</div><div>その2日後息を引き取りました。誰にも看取られず。でも誰か側にいたら心配で逆に旅立てなそうな母だったので、母らしかったと思いました。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><b>こうやって両親を見送り、想うことは</b></div><div><br></div><div><b>やるだけのことをやったと思えた。</b></div><div><b>母の時は</b></div><div><b>不思議と悲しみに暮れるということは</b></div><div><b>あまりなかった</b></div><div><b><br></b></div><div><b>やってあげたいと思ったことはすべてやった</b></div><div><b>ってことが私にとっては後悔なく看取れたことにつながったのでは、、、と。</b></div><div><b><br></b></div><div><b>そして人生や時間は有限。</b></div><div><b>出来ることに限界もある。タイミングも。</b></div><div><b>でも自分が後悔しないように</b></div><div><b>大切な人との時間をどう過ごすかが</b></div><div><b>大切なんだ</b></div><div><b>それをこれからの自分の人生にも活かさなきゃと</b></div><div><b><br></b></div><div><b>今、大切な人との時間をちゃんととれていますか？</b></div><div><b>その時間を十分楽しんでいますか？</b></div><div><b>親孝行、後回しにしてはいませんか？</b></div><div><b>子供との時間、小言や怒ってばかりになっていませんか？</b></div><div><br></div><div><b>大切な人が側にいるのが当たり前で</b></div><div><b>その人がどんなに自分の事を思ってやってくれていたか、亡くなったり、いなくなってから気付いて後悔したりするのは悲しすぎます</b></div><div><b><br></b></div><div><b>当たり前は当たり前ではない</b></div><div><b><br></b></div><div><b>日々の生活、日常の中にこそ</b></div><div><b>自分にとっての幸せが</b></div><div><b>沢山あるのに</b></div><div><b>気付いているだろうか</b></div><div><b>感じれているだろうか</b></div><div><b><br></b></div><div>うちの場合はたまたま癌で</div><div>発見が遅かったけれど、</div><div>それでも2年という時間</div><div>自分でできる精一杯を、</div><div>娘としてやりたい事を、</div><div>やれた気がします</div><div><br></div><div>母が亡くなってすぐに四人目の妊娠がわかり、本当に怒涛のような10年でしたが、</div><div>ひと段落して</div><div><br></div><div>私ってもしかしてこんなやってのんびり婆ちゃんになろうとしてるけど、いつどうなるかわからなくね？って、思って。</div><div>もしかしたら早くに病気になるかもだし、</div><div>やりたい事我慢している場合じゃないって！<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/014.png" alt="びっくり" width="24" height="24"></div><div><br></div><div>そこで改めて</div><div>私って何がしたいのかな〜って考えるよい機会がありました。そのお話はまた次回！</div><div><br></div><div>拙い文章、読んでくださりありがとうございます😊</div><div><br></div><div><div><br></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/soutahuuka/entry-12316136846.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Oct 2017 03:46:07 +0900</pubDate>
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<title>始めちゃいます(前に書いたのを消してしまって〜)</title>
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<![CDATA[ 今朝見てビックリ‼️<div>続 始めちゃいました の前の文章に編集してしまっていて前のが無くなっている<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/041.png" alt="ゲッソリ" width="24" height="24"></div><div>やっちまったー</div><div>下手こいたー</div><div><br></div><div>こりゃあまた書くしかないですね。</div><div><br></div><div>まあまあ拙い文章ですので</div><div>何かと読みにくさあるかと思います！</div><div><br></div><div>そして、何が書きたいか伝わりにくさ</div><div>大いにありそうですが</div><div>それでも自分の為にも忘れないうちにこの10年くらいのことまとめてみたくて。</div><div><br></div><div>前回自己紹介だったのに、消えてなくなってまして。</div><div>えーとっ、</div><div>タイトルにもあるように結婚して10年になりますが、その間に子供を産みながら自分の両親を看取り、気づけば4人の母になっていた私。</div><div>現在は長男小3、次男小1、長女年中、次女1歳の4人の子を育てながらフルタイムで特養でリハビリしています。</div><div><br></div><div>両親の看取りの話もおいおいゆっくりしたいと思います。</div><div>順番的には</div><div>結婚</div><div>新居</div><div>今の職場に勤め始め</div><div>長男誕生</div><div>父の多発性骨髄腫発症、他界</div><div>次男誕生</div><div>長女誕生</div><div>母の食道癌、看取り</div><div>次女誕生</div><div><br></div><div>その間ずっと職場は変わらず、4度の産休育休、一度介護休暇もいただき、お世話になっております<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/007.png" alt="照れ" width="24" height="24">とても感謝してます！職員さんたちにも、ご利用者にも。</div><div>特におじいちゃん👴おばあちゃん👵たちは</div><div>私の事も、子供の事も、両親の事も</div><div>とても心配してくれて、話を聞いてもらいました。</div><div><br></div><div>妊娠、出産は私の場合はつわりほぼなし、産むのも軽い方でしたが、子育ては大変でした<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/018.png" alt="えーん" width="24" height="24"></div><div>とてもとても周りの助けなしではできなかったと思います。</div><div>なんでこんなに怒ってばかり、</div><div>ツノが生えそう、生えてそう、、</div><div>それもそう、こんなに自分の思うようにならないことが今までの人生で無かったからかも</div><div>自分のペースでできない</div><div>やらなきゃいけないことが終わらない、進まない</div><div>そんなことばかりでした</div><div><br></div><div>母を看取ってすぐ発覚した四人目妊娠🤰</div><div>長男が小学校1年のときでした。</div><div>四月からの集団登校も行けたり行けなかったり、毎朝ケンカというか1人母は怒鳴っていました。</div><div>旦那は先に仕事へ行ってしまうので。</div><div>私の中に「学校は集団で歩いていくもんだ」</div><div>という概念があり、随分葛藤してました。</div><div>そして私が産休に入った11月からは、登校すら拒否があり、大きなお腹の私が車で送っていくも</div><div>降りない時は無理やり抱っこ、保健室へ。</div><div>結局それでもダメな時もあり、</div><div>保健室の先生や担任の先生などにもお世話に</div><div>なりながら、その頃には旦那も協力してくれたり</div><div>カウンセラーの先生と話をしたり</div><div>亡くなった母の姉(おばちゃん)にもお世話になり、</div><div>長男自身もなんで行きたくないのか聞いても</div><div>はっきりせず。うちにいても何をしたいでもなく。急に今までのゆっくり一緒にいれたことがなかった時間を取り戻すかのように、べったり。</div><div>始めは学校🏫を休むなんて考えられなかったですが、そんな時間も必要だったし、あの時しか</div><div>無かったんだと思います。</div><div>思えば、長男は生まれてきてからずーっと</div><div>母はいつも働いて、親の病気と他界、下の子の世話に追われ、ゆっくりと関わってこれなかった</div><div>それは言い訳かもしれません。</div><div>関わってこなかった。</div><div>そしてまた1人下の子が増える、甘えられない、</div><div>兄としてのプレッシャーや負担がどれ程だったか</div><div><br></div><div>私には何も言いませんでしたが、</div><div>おばちゃんには色々話したそうで。</div><div>「俺は勉強に忙しいし、もう弟も妹の面倒もみたから、次は弟が見ればいい。」</div><div>とか。言うことは一丁前だなー 笑</div><div><br></div><div>私が学校行かせるのを諦めたら、楽になりました。</div><div>それでも最初は怒ったりもしました。</div><div>勉強もしないで、そばでゲームばっかりだったり<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" alt="ガーン" width="24" height="24"></div><div>で、一緒に公園へ散歩に行ったりしたら、赤ちゃんが生まれたらなかなか外へ行ってあげられないしと思ったら、その貴重な時間に感謝できるようになりまして。</div><div>そして、とうとう出産を迎え、長男はおばちゃんと陣痛室で待っていてくれ、一番に赤ちゃんと、ご対面。名カメラマンぶりを発揮してました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/063.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24"></div><div><br></div><div>そしてそれからは学校へ行き始めました。</div><div>カウンセラーの先生の言った通り。</div><div>生まれればお兄ちゃんとしての自覚が出るから</div><div>行けますよ。その通りでしたっ</div><div>それからは赤ちゃんは長男大好きで😍</div><div><br></div><div>微笑ましいかぎりでした<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/001.png" alt="爆笑" width="24" height="24"></div><div><br></div><div>すでにその四ヶ月後には職場復帰することにしてたので、私は産んでから二ヶ月を待たずして</div><div>家にいるのは勿体無いっ！</div><div>今のうちにやりたい事をやろうって思えて</div><div><br></div><div>それからのことは</div><div>続 始めちゃいました をご覧ください<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/004.png" alt="ウインク" width="24" height="24"></div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 03 Sep 2017 04:37:09 +0900</pubDate>
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<title>続 始めちゃいました！</title>
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<![CDATA[ 前回からblog始めちゃいます。の続きです。<div><br></div><div>一旦ブレイクのつもりが随分ブレイクしてしまった〜<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" alt="ガーン" width="24" height="24"></div><div>お待たせしました〜って誰も待ってないかー<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/019.png" alt="てへぺろ" width="24" height="24"></div><div><br></div><div>平成28年四月、第四子四ヶ月のときに職場である特養に復帰予定でありまして</div><div>その前に出産後二ヶ月を待たずして、その当時中学同級生の奥さんが近くで何やら楽しそうなイベントやってるな〜って</div><div>しかも子連れ歓迎なかんじで</div><div>しかも片付けとか今のうちにやっときたい内容で</div><div>これは今のうちに行っておこうっ何故か思えて</div><div><br></div><div>その時、私は初めて四人目にして小さい子供を連れて外へ出かけることも、してもいいのだと</div><div>自分に許した。</div><div>今思えば、実の母親の「子供が小さいうちは、、」とか嫁さんへの愚痴とか聞いてたからか、頑張ってる母の手前、自分ばかり好きな事をしていいと思えず。</div><div>今思えばたくさんの呪縛にがんじがらめで</div><div>沢山我慢してばかりだった</div><div><br></div><div>でもいろんな事を我慢してばかりのあたしは</div><div>ツノが生えそうな程、鬼👹のようだったような</div><div>気がします。子供たちからは言われた事ないけど</div><div>私がいつもそう思っていて、自己否定</div><div>自己評価の低い事低い事<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" alt="ショボーン" width="24" height="24"></div><div><br></div><div>今思えば、そんな母親嫌ですよねー<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/011.png" alt="えー" width="24" height="24"></div><div>子供たちも基本自分に自信が無いようでした。</div><div><br></div><div>でもその外へ出初めてから</div><div>また出会ったママさんや教えていただいた全捨離</div><div>、ヨガ、、、</div><div>何より、もっと「ママも自由でやりたいことやればいいじゃん」の世界<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/015.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24"></div><div>こんな考えがありだった事すら衝撃でした。</div><div>日々必死すぎて</div><div>家族や子供、職場の人、ご利用者</div><div>人のことばかり考えて</div><div>自分の事を後回しに考えていた<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/045.png" alt="チーン" width="24" height="24"></div><div>でもそれが当たり前で</div><div>それがいいことだと思ってた</div><div><br></div><div>自分のことが大好き❤️とか</div><div>自分が大切とか</div><div>言っちゃーいけないってどこかで思ってた<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" alt="ガーン" width="24" height="24"></div><div><br></div><div>そんな事なかったとわかってからの気の楽なこと<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/008.png" alt="チュー" width="24" height="24"></div><div><br></div><div>そしてとうとう仕事へ</div><div>H28年四月に職場復帰、部署が変わってシフト制のデイサービスへ。</div><div>土日が割と休みな旦那に4人の育児をしてもらいながら、平日休みを存分に満喫させてもらって<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/004.png" alt="ウインク" width="24" height="24"></div><div>でも常に「早くこの状況(仕事の内容、休み)どうにかならんのかい？」の旦那からのプレッシャーは半端なく、、、</div><div>どうしよーかなー？あたしが今の仕事辞めて、生活どうすんの？とか</div><div>あたしは他に何が出来るんじゃい？</div><div>とか色々考えていた時にたまたま元同僚の看護師さんのいいね！から</div><div>職場の近くで「アロマヒーリング」っていうのがあることを知って、</div><div>「本当にこんな事あるのかなー？<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/011.png" alt="えー" width="24" height="24">でも思い切って行ってみようかな？自分で体験しなきゃわからないし！」</div><div>11月にたまたま旦那のうちの近所の整体室縁というところで、内山さんからアロマヒーリング初級講座を受けてみました。</div><div><br></div><div>正直一回ではなかなかわからなかったり、うまく自分の潜在意識へのアクセスができず、、、</div><div>でもパパセラピストの内山さんからは、</div><div>「ここに来たことがすでにあなたにとっては一歩踏み出せていると思いますよ」と言っていただけて、もう少し続けてみたいと思いました。</div><div><br></div><div>その後も内山さんの奥様のやっているオーガニックトリートメントを受けさせていただき、亡き母の誕生日でしたが、日頃頑張ってきた自分へのご褒美<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/063.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24">日頃ご利用者にマッサージなどする機会が沢山ある私でしたが、自分が全身隈無く、トリートメントしてもらって、心まで洗われるようでした。そんな風に自分にお金をかけるのもどうなのか、本当に自分って貧乏性で<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/064.png" alt="アセアセ" width="24" height="24"></div><div>でも旦那も子供も何故かとっても優しくて</div><div>尚更パワフルに子育ても仕事もやっていける気が！</div><div><br></div><div>その頃仕事していたデイサービスから特養へ戻る話も出たり、大きな研修で苦手な講義をしなくてはいけなくなり猛勉強したり、多忙でしたが、とてもやりがいある仕事をやらせてもらえることに感謝しつつ、好きなことをやらせてもらって。</div><div><br></div><div>沢山書きたいことがありますが、</div><div>折を見て、、、</div><div><br></div><div>もしよかったらもう少し続きがありますが</div><div>また後ほど<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/007.png" alt="照れ" width="24" height="24"></div>
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<link>https://ameblo.jp/soutahuuka/entry-12300520494.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Aug 2017 16:48:09 +0900</pubDate>
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