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<title>TATのブログ</title>
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<title>その昔書いていたゼログラビティというブログのホンダについての回。</title>
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<![CDATA[ 『Do You Have a HONDA?』2002年8月5日(月) 晴れ<br>今日は本田宗一郎の命日だ。<br><br>ワシが始めて自分で動かしたバイクはホンダのCB250RSだった。<br>単気筒のスリムで乗りやすいイイバイクだと分かったのは免許を取ってからだったが、初めて動かしたその時はワシは中学生だったし、マジマジと間近で触ったのも初めてだからもの凄くデカク感じた<br>同級生の兄ちゃんが乗っていたモノで、ちょっと運転してみな、と言う事で町内を少し走った。<br>借り物だというコトもあるが、もの凄いスピード感が恐怖で、確か5速あるギアの３速までしか入れる事が出来なかった。<br><br>高校生になって原チャリの免許を取って、初めてのバイク一人旅で乗ったのもホンダのMBX50だった。<br>原チャリとは言っても、7.2馬力フルパワーで本格的な6速クロスミッション付きのスポーツバイクだ。<br>当時はトップスピード規制のリミッターなどなかったので、メーター読みで　100km/hは軽く出たから、峠道だろうが交通量が多く巡航スピードの速い国道だろうがストレス無く走れた。<br>ワシは贅沢にも、この高校の同級生から借りたMBXで紀伊半島を数日かけて一週した。<br>やはりというかなんというか、雨男の面目躍如で(？)、大半が夏の台風まみれの旅だった。<br>でも何故か海に出る度に、雨から快晴へと変化する素晴らしい光景を何度も味わえた。<br>(本当に海に行く時以外は全て大雨なのに！)<br>ワシ高校生時代アホバカ旅の為に大事なバイクを快く貸してくれたカワサワ君、ホント未だに感謝してマス。<br><br>中型免許を取ってようやく自分のバイクを手に入れた。<br>ホンダのVT250Fだ。<br>スリムでコンパクト、今となっては普通だけど天井知らずに良く回るエンジンは当時のホンダの最高技術の結晶だった。<br>その当時売れに売れていた峠最速2サイクルエンジン搭載のヤマハRZ250に、不利な4サイクルで挑もうとしたホンダ技術者入魂の一作だ。<br>これには宗一郎氏のタワゴトも深く関わっているらしい。<br>勝つには２サイクルしか考えられないという時代だったが、研究室に訪れて(現場にしょっちゅう訪れる人だったらしい)  一言、<br>“4サイクルでは、やれんのか”<br>と言ったのが、開発者に火を点けたという話だ。<br>ロードレースの世界では、いまや２サイクルより４サイクルの方が強いが、これは排気量が違うからだ。<br>サイクルの関係で４サイクルは２サイクルの倍ほどの排気量が許されているのだ。<br>だけど当時は違う。<br>２サイクルの500ccレーサーに、ホンダはNR500と言う４サイクルの500ccレーサーで戦いを挑むのである。<br>4サイクルエンジンはパーツ点数が多く、機構も複雑なのでどうしても重量が重くなってしまうから、同条件では圧倒的に不利なのだが、ホンダは技術者達の夢と誇りの為に敢えて不利な挑戦をする。<br>そんな時に市販車として出てきたのがVTだった。<br>RZキラーとかNRレプリカなんていう荒々しいキャッチコピーで登場したが、当時のレースの世界と同様で、峠ではやはりRZに後塵を拝すことが多かったなぁ。<br>しかし、究極に詰められたエンジンと乗りやすさ(乗りやすいコトが速さに繋がるというコンセプトだった)が爆発的にヒットして、峠ではRZにかなわなかったけど、売り上げでは、何年にも渡ってベストセラーになるほどの名車となった。<br>ベストセラーとなって女性ライダーの人口すら爆発的に増やしたVTが、のちに評論家に書かれていた一言がワシは未だに忘れられないでいる。<br>“VTの凄いところは、それがホンダの最先端で最高の技術を全て投入して創られながら、乗る者にそれを全く感じさせないところである。究極に平凡であることが非凡で凄いのだ。”<br>だと。<br>RZキラーなんて言われた頃とはまるで違った評価だけど、周りと違う発想で突き進んだことで、また違ったイイ結果を生み出すもんだなぁ、なんて思ったよ(それを大企業が出来るところが凄いな)。<br>ワシはこのバイクでどこでも行った。<br>3ナイ運動(バイクに乗らない、免許を取らない、取らせない、なんていう当時流行ったナンセンスな高校の運動)を恥ずかしげもなく実施中の我が高校にも隠れて乗って行ったし、石舞台にももちろん行ったし、近畿各地の峠に行ったし、四国一周の旅にも行った。<br>四国は男の同級生と２ケツ(二人乗り)だったんだが、ヤツは免許がナイので運転はずっとワシだ。<br>男と２ケツで四国一周＆ずっと運転、、、なんて今じゃ絶対に考えられないし出来ないが、当時はそれすら楽しかった。<br>仮面ライダー乗りや、シートの上に立って乗る曲芸なんかもこの頃覚えた。<br><br>当時は飛び込みでしか取れなかった大型２輪の免許を高校３年の終わり頃から友人と取りに行きだした(石舞台の話で出てきたヤツだ)。<br>二人でバイトしていたプラスティック工場の前の空き地が、試験の為のいい練習場になった。<br>バイトの休憩中あるいは終わってから良く練習した。<br>国道沿いのうるさいところだったから、夜中まで練習できた。<br>そのかいあってかトライすること？回(がははー、当時は暴走族対策のなごりで厳しくて難しかったのよ)、大型免許は二人ほぼ同時に取れた。<br>が、敢えなく先に買われた。<br>ヤツが買ったのはホンダのCB750Fだった。<br>まだ漫画のバリバリ伝説も始まってなかった頃だからトシがバレるか。<br>見せびらかしに来たのでもちろん運転させて貰う。<br>初めて公道で味わうフルパワー。<br>強烈な加速で脳がとろけそうになる。<br><br>はやくワシもナナハン買おう、、、、<br>と言って高校を卒業してしばらくしてから買ったバイクはカワサキZ750GPだった。<br>なんでやねん。<br>ナナハンキラーと言われたZ650ザッパー直系のボアアップエンジンを積んでいたのでCBより多少軽く車体も若干コンパクトだったことがその理由だが、ホンダには無いカワサキの男っぽさにも前々から憧れてたのよ。<br><br>だけど、今でも本田宗一郎のスピリットはホンダのバイクや車に脈々と生きていると感じるし、またいつかワシの大事な節目には乗ることになるんだろう。<br>免許を取ったばかりの人に聞かれると必ず勧めるのはホンダだ。<br>乗りやすいとか万人向け、という意味ではない。<br>本田宗一郎のカッコイイスピリットを感じて欲しいからだ。<br>そうだ、最初に手に入れた車も10万円で知り合いから譲ってもらったホンダの軽ワンボックスだった。<br>バンなのにミッドシップにエンジンを積んでいてキリッと走る、もの凄くイイ車だった。<br>幾度かの節目節目に偶然とは言えホンダに乗れた事がワシは嬉しいぜよ。<br><br>サンキュー本田宗一郎。<br><br>TAT
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<pubDate>Sun, 10 Mar 2013 13:30:55 +0900</pubDate>
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