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<title>いつか小説に書きたい言葉</title>
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<description>言葉に思いを馳せて、戯言に愛を込めて。</description>
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<title>単純泉。</title>
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<![CDATA[ 　「シンプル」っていう言葉を、肯定的な意味でとらえる人は、今日本人の何パーセントくらいいるのでしょう。何となくサッカーあたりが発生源と勝手に睨んでいるのですが、「シンプルなストラテジー」「シンプルなワークフロー」なんて、ちまたのビジネスやスポーツの世界などではもてはやさらています。さも無駄を省いた、合理的なものなんです、イマ風のやつですよー。そんな風味をした「シンプル」ですが、まあ、わかりやすいということはは非常にいいことなんでしょう。<br>　ただ、どうもこのポジティブ感がしっくり来ないのも事実で、これはつまり、私の頭の中での訳語が「単純」だからなのでしょう。単純ということばは、「明快」という言葉の力を借りて武装しなければ決してプラスイメージには捉えられない、悲しくも惨めな言葉です。単純な人といえば、単細胞、思慮が浅い、直情的な人のことというのが相場になってしまいます。夏目漱石の坊っちゃんだって、主人公が愛されるのは溢れる正義感がバックボーンにあるからと、何よりも読者が傍観者だからであって、あんな単純な人が身近にいたらと思うと身の毛もよだつ思いがします。「単純なストラテジー」「単純なワークフロー」という言葉には、ちょっと侮蔑的な響きさえ感じます。同じことなのにね。<br>　さて、単純泉。どうしても、ちゃちい温泉に思えてしまうのは致し方ないのでしょうか。温泉の泉質の一種で、刺激物の含有が少ないので高齢者などにはもってこいの「優秀な」お湯なのに、ネーミングのせいで「大したことない湯」に思えてしまう。何も知らずに温泉に行って、浴場のパネルに単純泉と書いてあると、とたんに損した気分になってその下の効能がまるで頭に入ってこない。入ってもクセのない湯なので、勝手に「所詮、単純泉だなぁ」なんてつぶやいて早々に上がってしまう。何もかもが、単純という言葉の持つ、「効能」のせいなのでしょう。<br>　ただ、解決策はこれしかない、と、「シンプル泉」と言い換えてみると、あら不思議、あれほどかっちょいい言葉だったシンプルなのに、バカにしているようにしか聞こえません。
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<pubDate>Wed, 27 Sep 2017 23:11:02 +0900</pubDate>
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