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<title>ふつうの女の子になりたい人生でした。</title>
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<description>車いすに乗ってる20代独身女の日記</description>
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<title>なぜ、子宮全摘手術を受けることになったのか。</title>
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<![CDATA[ <p>眠れないので、続けて記事を投稿しようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ドレナージをして痛みも出血も落ち着いた頃に、当時の主治医から話がありました。</p><p>あくまでドレナージは塞がっている膣のかわりに子宮に管を入れて外に経血を排出する一時的な処置であって、ずっとドレーンを入れておくことはできないので、これからどう付き合っていくかの決断を迫られました。</p><p>この時、すでに腎機能も低下していた事もあり、健常者の方よりもとても骨粗鬆症のリスクを抱えているため、リュープリンもこれ以上使うことは難しいだろうと。そこで提案されたのが3つ。</p><p>① パッチ剤を腕に貼付してホルモンを抑制する</p><p>② 低用量ピルでホルモンを抑制する</p><p>③ 根本的治療の子宮を全摘出する</p><p>&nbsp;</p><p>リュープリン1／10の量より、点鼻薬がホルモンの抑制効果は高いはずなのに、わたしには十分な効果が得られなかったことが正直ショックでした。</p><p>それに加えて、この決断をしなくてはならない現実を突きつけられて、目の前は真っ暗になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>３つの選択肢は提示されたものの、「ドレーンが入っているうちの方が子宮摘出はしやすい」と言われて、先生たちの中ではもう子宮摘出を考えてるんだろうなと。</p><p>&nbsp;</p><p>話があった翌日に「考えみた？」と外科の先生から問われ、言葉に詰まってしまったわたしに「じゃあ土日考える？」と言われ、急かされた気分になってしまって。そんなつもりはなかったのかもしれませんが。</p><p>経血を排出する機能がない以上、根本的な治療は子宮摘出しかないんだろうなとぼんやり自分でもわかっていたけど、実際にそう聞くと想像以上に辛いものでした。</p><p>それと同時に、臓器を摘出するかどうか含めた決断を2、3日で返答を求めるなんて短すぎると思いましたし、手術になるのなら具体的にどんな効果が予想されるのか、子宮を摘出することによるリスクがあるのかとか説明も聞いていないのに決められるわけないじゃないかという苛立ちがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>この時期は、毎日、コロナ禍で家族とも会えない日々で個室の病室でひとりで泣き、母との電話でも泣いて取り乱し、この時が1番辛かったように思います。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12721001361.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Jan 2022 02:20:16 +0900</pubDate>
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<title>わたしの2021年。</title>
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<![CDATA[ <p>夜中にこんにちは。なんか久しぶりにブログを書きたくなってきて戻ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>7月に人工透析を始めて、翌月から入退院の繰り返しで今も子宮全摘・両側卵管切除手術のため、入院中です。</p><p>早めに来た厄年ではないかと思うほど、たくさん泣いて大変な1年だったなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>二分脊椎症で生まれたわたしは、幼い頃にたくさんの手術を受け、その時に造膣手術をしました。</p><p>そして中学生になり、毎月お腹がとても痛くなっていたのですが、造った膣からは経血が出ていなかったので生理によるものだという認識は全くなく、何年間も毎月の数日間の痛みに耐えていました。</p><p>とある入院がきっかけで主治医にふと相談したところ、たくさんの検査の末、子宮と膣が繋がっていないため、経血を排出するところがなく、子宮に溜まっていたことがわかりました。</p><p>人工的に造ったものは閉鎖しやすいようで、生理が始まる頃には既に塞がっていたんですね。<br>&nbsp;</p><p>子宮と膣が繋がっていないことがわかってから、生理を止めるお薬「リュープリン」を月に1回、投与して経血が溜まることによる腹痛を防ぐ治療をしていました。</p><p>投与し始めた頃は、ホットフラッシュなど更年期症状などがありましたが、痛みも全くなく、当初の1／10の量の投与でコントロールできていたのですが、人工透析の導入がきっかけとなり、点鼻薬に変わりました。</p><p>&nbsp;</p><p>それから程なくして、お腹を掴まれるような痛みがあり、救急外来に駆け込んでそのまま緊急入院に。</p><p>結果、女性ホルモンの値がリュープリンを毎月投与していたときの何倍も高くなっていて、月経を起こし、経血が子宮に溜まったことによる痛みだとわかりました。</p><p>子宮に溜まった経血を排出させるため、ドレナージしたらすっかり痛みはなくなったのですが、ここからがわたしの2021年一番の試練がやってきました。<br>&nbsp;</p><p>長くなってしまったので、今回はここまで。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12721001162.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Jan 2022 02:13:56 +0900</pubDate>
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<title>透析1〜3日目。透析デビュー。</title>
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<![CDATA[ <p>寝ているだけで傷も痛む中、術後2日目で早速人工透析デビュー。</p><p>&nbsp;</p><p>入院中は行動範囲も狭くなるから筋力低下は絶対避けたくて、</p><p>顔を歪めながらも意地でも自分でベッドから移乗して車椅子も自走する</p><p>私を見て看護師さんも褒めてくれました。甘やかされている。笑</p><p>&nbsp;</p><p>1〜3日目までは体を慣らすために連日の透析で、</p><p>体が慣れていないことによる不均衡症候群の症状緩和のためのお薬を</p><p>使いながらの3時間コースでした。</p><p>始めたての頃は動悸と強い頭痛と倦怠感が1日中つづき、やっと2週間経って</p><p>少し不均衡症候群の症状が落ち着いてきたかなという感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>正直、透析導入前まで尿毒症の症状の倦怠感、食欲不振、不眠等を</p><p>感じることなく過ごしてきたので、「透析した方がきついじゃん！」</p><p>っていう反発心みたいなものがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>でもやっぱり血液検査にはちゃんと効果は表れていて、薬も半分になって</p><p>そこで少し受け入れられた気がしました。</p><p>同時に実感したのはとても時間が取られるんだってこと。</p><p>&nbsp;</p><p>入院前に抱えていたのは痛みや傷の不安だったけど、透析を始めた今、</p><p>元の生活に戻れるのか、両立ができるのだろうかという不安に変わった。</p><p>透析をしながら仕事をしている自分が想像できない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688160076.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 22:25:04 +0900</pubDate>
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<title>7月12日　入院。カフ型カテーテル手術。</title>
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<![CDATA[ <p>結局、この日も一睡もできず、当日を迎えました。</p><p>&nbsp;</p><p>母と2人で号泣して話した日から少しメンタルを持ち直していたのに</p><p>腎臓内科の受付をした瞬間、また号泣。</p><p>看護師、担当医、母の言葉の端々にも苛立ってしまって強くあたったり</p><p>本当に子どもな対応をしてしまいました。</p><p>今考えると、本当に恥ずかしいし、申し訳ない気持ちでいっぱい…。</p><p>&nbsp;</p><p>緊張からか血管が隠れてしまっていて、抗生剤投与用のルート確保も</p><p>一苦労で時間より遅れて手術室に入室。</p><p>「できるだけ痛くないようにして」「傷は小さく綺麗にして」っていう</p><p>私のわがままも聞き入れてくださって、寝ている間に終わってた。笑</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>かなり強めの痛み止めを術後に入れてくださっていたみたいで、</p><p>結構な時間寝ていたんですが、夕食で起こされました。</p><p>起き上がるのも、何か喉を通るのも痛くてほとんど食べず、また寝て</p><p>夜中に痛くて痛み止めもらいました。</p><p>ほんと私、人より痛みに弱いんだと思う。自覚はある。</p><p>でも痛み止めもらったのはこの1回だけです！（強調）笑</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688152682.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 21:46:26 +0900</pubDate>
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<title>情緒不安定の日々。</title>
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<![CDATA[ <p>自分で入院日も決めておきながら、病院に連絡した日から</p><p>ずっと情緒不安定でひとりで泣いて眠れない日が続きました。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも朝になったら着替えて化粧して、ちゃんと仕事して。</p><p>仕事をしている方が楽だったんですよね。考えなくて済むから。</p><p>でも全然過らないわけじゃなくて、ふとした時に現実に戻されて</p><p>仕事中に涙止まらなくなるという、そんな自分にも嫌気がさして。</p><p>本当に迷惑なやつだったと思います。笑</p><p>&nbsp;</p><p>入院前の1か月はショートスリーパーになれた気分でした。笑</p><p>そのおかげで（？）入院時のクレアチニン値は11で記録更新。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>決めてからもできるだけ母の前ではできるだけ明るくいようと</p><p>思っていたのに入院2日前は起きて泣く、ご飯食べて泣く、</p><p>ってな感じで、もう隙あらば涙が出ていました。</p><p>母は何も言わず、抱きしめてくれて、それが歯止めを吹き飛ばして</p><p>そこから子どものように過呼吸になるほど泣きました。</p><p>&nbsp;</p><p>「産んでごめんね」</p><p>&nbsp;</p><p>母自身、自分には泣く資格もないと思っていたと。</p><p>妊娠中にもっと〜していればよかったとずっと後悔していると。</p><p>&nbsp;</p><p>母にそんなことを言わせしまった。私もその言葉に胸を締めつけられた。</p><p>母をずっと苦しめていたのは、私の存在なんだと改めて思った。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688147769.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 21:21:24 +0900</pubDate>
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<title>自ら決める苦しさ。</title>
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<![CDATA[ <p>ようやく痛みもなく、自由に手が動かせるようになったのと、</p><p>入院生活も残りわずかなので、怒涛のように投稿しております。笑</p><p>&nbsp;</p><p>前記事でも触れましたが、これまでたくさん手術を受けてきましたが、</p><p>それ全部、子どもの時なんですよね。</p><p>だから今まで治療方針はもちろん手術を受ける・受けないとかを</p><p>自分で決めたことがなくて、ぜんぶ親が背負ってくれていたんですよね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自ら決めるようになって決断することの難しさと苦しさを感じます。</p><p>まだ自分の意思もない幼かった子どもの私の治療を決めてくれていた両親、</p><p>とくに母は今の私以上に辛かっただろう、苦しかっただろうと想像します。</p><p>リスクも大きい手術もたくさんあったし、病状が少しでも改善するためとはいえ、</p><p>痛みや苦しむ子を見て何度母は辛い思いしたんだろうと。</p><p>両親には、本当に感謝しかないです。</p><p>&nbsp;</p><p>腎機能が低下し始めて、腎移植のことも人工透析のことも</p><p>「あなたに任せるよ」、「移植をするならお母さんの腎臓あげるよ」</p><p>といつでも母は、私の気持ちを尊重してくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこには子を思う母の愛情と優しさであることはわかっていますが</p><p>その私の気持ちを尊重する言葉さえ、「自分で決めなさい」と</p><p>突き放されたように思えるほど、私は葛藤の中で苦しみました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688141012.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 20:45:06 +0900</pubDate>
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<title>カフ型カテーテルでの人工透析に至るまでの道。　その4</title>
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<![CDATA[ <p>これまでいろんな手術をして私の体には至る所にたくさん傷があります。</p><p>ずっと傷がコンプレックスで見えるところには傷を増やしたくない</p><p>その思いが強かったので、自分の視界によく入る腕には作りたくなかった。</p><p>カフ型カテーテルなら首の挿入部の傷は見えるけど出口部は胸元が開いた服を</p><p>着なければ見えないかなと思って。</p><p>&nbsp;</p><p>それと透析のたびに穿刺しなくていいということも、痛みに弱い私にとって</p><p>大きな決め手となりました。透析用の針って太いですしね…。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんなわけでカフ型カテーテルでの透析導入を決めました。</p><p>入院日を決めましょう、と告げられた日から数日はなんだか実感がなくて</p><p>逆にとても冷静でいることができて、仕事も考慮して7月12日からと決め、</p><p>職場に病気休暇をもらいたいと伝え、すぐ外来に電話をしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>外来に伝えてからが、情緒不安定の毎日の始まりでした。笑</p><p>眠れなくて睡眠時間1時間とかで普通に仕事行って、</p><p>職場でも家でも涙が止まらなくなって、逃げたい一心でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688131785.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 19:51:50 +0900</pubDate>
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<title>カフ型カテーテルでの人工透析に至るまでの道。　その3</title>
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<![CDATA[ <p>クレアチニン値5を超え、いつの間にか9.95になっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>少し前から余力は確実になくなっているし、緊急だと大変だから</p><p>仕事の都合がつく時に2週間くらい入院して計画的に導入した方がいい</p><p>と言っていた担当医も、もう引き伸ばすのは難しいと判断したみたい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ちょっと話はそれますが、人工透析の手段として提案されたのは、</p><p>①前腕へ人工血管を挿入したシャント</p><p>②首から挿入するカフ型カテーテル</p><p>この2つで、私が選んだのは②カフ型カテーテルです。<br>&nbsp;</p><p>人工血管でのシャントは、挿入した部分がぽこっと隆起していて</p><p>今後移植をしたとして人工血管を取り除きたいと思ったら、</p><p>大きく切開しなければならず、シャント完成まで1〜2か月ほど</p><p>時間を要する。</p><p>&nbsp;</p><p>カフ型カテーテルは挿入部と出口部の2か所、切開するものの</p><p>手術の当日又は翌日からすぐ透析に使用でき、移植後はカフ部分を</p><p>切開すると抜去できるが、衛生管理が必要。</p><p>血液検査や注射もカテーテルからできるので透析や検査のたびに</p><p>穿刺する必要がなく、痛みが少ない。</p><p>&nbsp;</p><p>私が担当医から聞いたこと、ネットで調べたこと等をまとめると</p><p>前述のようなことを知りました。</p><p>検索魔な私は、人工血管を用いたシャントやカフ型カテーテルの</p><p>術例もたくさん見ました。</p><p>そして、私の中で決め手となったのは見た目と痛みでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688119121.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 18:37:56 +0900</pubDate>
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<title>カフ型カテーテルでの人工透析に至るまでの道。　その2</title>
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<![CDATA[ <p>毎月、検査結果を見るたびに、坂を転がるように急降下しました。</p><p>担当医との約束のクレアチニン値5を超えるのにそんなに時間はかからず、</p><p>でも担当医は「尿毒症の症状が出ていなければ急ぐ必要はない」と</p><p>あたたかく私の決断を待ってくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>低下し続ける腎機能とは裏腹に、本来、出現してもおかしくない</p><p>尿毒症の症状はありませんでした。私の体感では。</p><p>急降下とはいえ、2年くらいかけて少しずつ悪くなっていったので、</p><p>尿毒症の症状に気づかなかった、というのが正しいのかもしれないですね。</p><p>&nbsp;</p><p>自覚症状がなかった私は、「症状がなければ急がなくていい」</p><p>先生のその言葉に甘んじて、自分の体の状態を受け止めることも</p><p>人工透析を受ける自分を想像することもしてきませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>だから2021年に入ってクレアチニン値が外来ごとにほぼ1ずつ</p><p>上昇していき始めた時、本当にいつ透析って言われるか怖かった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして2021年6月の外来日。</p><p>「そろそろ腎臓の余力も無くなっている。入院日を決めましょう」</p><p>と告げられました。</p><p>&nbsp;</p><p>涙が止まらなかった。</p><p>ついにその時が来たんだ、ってやっと自覚した。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688113439.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 18:04:47 +0900</pubDate>
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<title>カフ型カテーテルでの人工透析に至るまでの道。　その1</title>
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<![CDATA[ <p>カフ型カテーテルで人工透析を導入すると決めるまで、悩みました。</p><p>決めてからも正しかったのか悩む毎日で、何なら今も悩み続けています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ここからは前記事の続き。</p><p>何となく私のイメージでは腎移植は人工透析の次のステップという</p><p>認識だったので、転院先であれよあれよと腎移植をする前提で話を</p><p>進められることに戸惑いがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中、腎移植外来で県外の腎移植専門の系列病院でしか、</p><p>泌尿器の課題も合わせて手術が受けられないと告げられました。</p><p>さらに私の症例で腎移植と泌尿器の手術の可否さえも、</p><p>人工透析を初めてからしか検討もできないことも伝えられました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこから腎移植外来から腎臓内科の受診となり、話は腎移植から</p><p>人工透析の導入タイミングへと変わりました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その時点ではまだクレアチニン値、1.2ほど。</p><p>私は車椅子ユーザーなので、健常者よりも筋肉量も少ないことから、</p><p>本来まだ人工透析を要しない段階でも、早めに透析を始める必要があると</p><p>医師から言われていました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中、みるみるうちに腎機能が低下するなんて想像もしていない</p><p>私が決めた透析導入のタイミングは「クレアチニン値が5超えたら」。</p><p>&nbsp;</p><p>ここからは本当に早かったですね。</p><p>今までにないスピードで低下する腎機能。自分でも怖かったです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/srtm-326/entry-12688112797.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jul 2021 18:01:10 +0900</pubDate>
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